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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

間章 サルワタ動乱編

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閑話 アレクサンドロシアの野望 風雲禄 4

「……こっこれはモンテパルロだ」

 ゴルゴライへと連なる街道から少し外れた林の中で、わらわたちは修道騎士ひとりと野牛の兵士ふたりの変わり果てた姿を見下ろしていた。
 開戦予想地となるであろう場所を偵察させるために送り出したひとりの修道騎士、名前はデマージョというらしいが、彼が配下の人間たちと林に分け入ったところで見つけたのだ。

「間違いなく、俺が送り出した修道騎士のひとりです。こちらのミノタウロスどのに見覚えはござるか?」
「フンス。俺の身内であることは間違いないが、残念ながら今の状況ではわからん……」

 わらわとともに修道騎士イディオと野牛の族長タンクロードが林の中に入って、みっつの死体を検分したのである。
 死体の一部は森に棲むモンスターに荒らされたのか、


「死体の腐乱状態からすると、すでに十日以上が経過していると見るべきですかね」
「いや、季節が夏という事を考えればもう少し短いかも知れんな……。だが何れにしても、ご領主の送り出した使者が行方不明になった時期とほとんど時間的なズレはない」

 そうだよな? と、振り返ったタンクロードがわらわに同意を求めてきたのである。
 死体を見るのは戦場にいた頃は日常茶飯事だった。
 それこそ、側にいた兵士が命を落として新鮮な骸と化したものから、遺体の酷い傷み具合で敵か味方かもわからぬ様になったもの、あるいは戦乱に巻き込まれた農夫の者と思われるものまで、数多く見たのだ。
 今さら死体を見たところで感慨などはわかぬものと高をくくっていたが……

「うっぷ、ぐぬ。そ、そうだの……」

 みっつの死体から少し離れたべつの亡骸を見て、わらわは妙に込み上げて来る吐き気に苦しんだ。
 恐らくだが、これまで数多き見てきた死体などはしょせんは他人の死体だったのだ。
 部下とは言っても国王より預けられた騎士や兵士に過ぎず、本質的には自分に連なる者ではないのだ。
 命令も基本的に上官の定めた作戦に従って、その結果死んだもので、戦に巻き込まれた農夫などはそれまで顔も知らぬものだったと言えるかもしれない。
 しかし眼の前にあるのは、わらわの命令の結果死んだものだった。

「こ、このゴブリンは騎士の格好をしているが、元をただせば村の人間である」

 そうなのだ。
 眼のまえでハエのたかっている甲冑の中身、ゴブリンの腐乱死体は、これはわらわの村の人間である事は間違いなかった。
 なぜならば、わらわは村に住む同族の者たちは出来るだけ顔を覚える様にしていたからである。
 さすがに腐ってしまった顔で判別は出来なかったけれども、

「どういう事だ、甲冑を着たゴブリンなどはご領主の部下におらなかっただろう?」
「この者は、わらわの下僕ッンナニワの弟、ッオットッノで間違いない。首を見よ、その首輪は村の木こりどもがリンクス対策に巻いているもので間違いないのだ」

 ッンナニワの弟ッオットッノが成人したばかりの頃、わらわが手ずから金属の首輪を巻いてやった記憶があった。
 森に入る木こりたちは、音も無く忍び寄って背後から首根に喰らいつくリンクスを恐れて、この金属の首輪を巻くのだ。
 あまり意味があるものだとはッンナニワは言っていなかったが、成人した折には血をわけた兄弟だから「付けてやってもらいたい」とお願いをされた。
 この様な風習が他の村にあったとは聞いたことがないし、後ろが厚く、前が細くなった首輪は村にも予備のものがいくつもある。
 そして村にいる木こりたちはみな健在だ。

「しかしこのッオットッノは、数年前に村を出て街を目指した。

 生活の苦しい最果ての開拓村の日常に嫌気がさし、サルワタを飛び出したのである。
 一段優れた人間というわけではなかったが、少なくともゴブリンの中では体躯に優れており、サルワタなどと言う辺鄙な村には嫌気がさしたのであろう。

「すると、ブルカ辺境伯の手の者がこのゴブリンを金で雇ったという事でしょうか?」
「故郷を裏切るとは太いヤツだが、その結果がこれでは救いも無いものだな。女神様のご慈悲に、せめてお前んところの修道会で弔ってやってはどうだ。フンス」
「……それは構わないのですが。双方の鎧の切り傷を調べると、やはり争った形跡がある」

 恐らくは似非坊主の格好をしたツジンという人間の道案内でもしていたのだろう。
 その途上でわらわの送り出した使者を待ち伏せしたのか、あるいはばったり遭遇して諍いとなった。
 わらわの使者がスルーヌに行きついては都合が悪いと見えて、妨害したというのが真相だろう。

「せめて遺留品だけは持ち帰って村のッンナニワに届けさせろ。タンクロードよ、頼むぞ」
「お、応ッ」
「イディオどの、わらわは一旦ゴルゴライに向かうとする。ツジンなるミゲルシャールの手の者は、まだこの辺りをうろついている気がしてならぬ」
「わ、わかりました。お供します」

 そして街道の側で警戒に当たっていたわらわの護衛に振り返る。
 一帯に広がる悪臭に顔をしかめていた様だが、ふとわらわの視線を感じて直ぐにエレクトラがそれに気づき、もうひとりの女もあわてて姿勢を正した。

「こったら臭い場所に長くいたら、鼻がひんまがってしまうだす」
「あんたは村の幹部だったくせに戦争に出た事はないのかい」
「無いだす。スルーヌの村は平穏だっただ」

 何事か言い合いをしながらエレクトラと、スルーヌから連れてきた女クレメンスが駆け寄って寄る。

「これからゴルゴライに行くぞ。馬を用意せよ!」
「え、村には戻らないんですかい?」
「まだツジンなる者がこの辺りをうろついているやもしれぬ。上手く捕まえれば尋問にかけようと思っているが、無理でも何かの新しい情報が手に入るやもしれん」

 サルワタの村はこういう時に場所が悪いとわらわは思った。
 ブルカの街から見れば奥まった辺境の最果てにサルワタはあるので、ある意味で守りには適した場所と言える。
 だが、ひとつ情報をやり取りしようと思うと、どうしても遅れて情報がもたらされるのだ。
 しばらくは建設途上の城の面倒を見る程度しか、サルワタでやるべき用事はない。
 ついでに言えば、開拓村の事はギムルに任せている。
 ギムルは村の幹部たちが盛り立てて何事も決める様に言いつけてあるし、わらわが口出しする様な事は何もなかった。

「ゴルゴライはまだ代官もおらぬ様な有様だ。わらわがしばらく腰を落ち着けて、いつ戦争が始まってもいい様に陣頭指揮を執るつもりだ。まあやる事はこれまで通り情報収集と、各地とのやり取りぐらいだがな」

 そのやり取りも、今はすべてゴルゴライを経由して魔法の伝書鳩を飛ばす様にしているのだ。
 サルワタと直接各所とのやり取りを出来る様に、訓練を施した魔法の伝書鳩が決定的に不足しているのが原因だ。
 必ずゴルゴライを経由するのならば、すぐに連絡を取れる場所に腰を落ち着けておいた方がよいかもしれぬ。

「わかりました。ではその様に……」

 今度はゴルゴライに行くのだすか? と怪訝な顔をしていたクレメンスの尻を叩きながら、急いでエレクトラがわらわたちの馬を引いてきた。

     ◆

「ままならん、ままならん、ままならん。わらわのやる事なす事がままならん!」

 不機嫌にゴルゴライ領主館の居室で行ったり来たりをしていると、セレスタから戻ってきたダイソンが萎縮した表情でわらわを見守っていた。
 この執務室に詰めていたエレクトラやクレメンスが困惑している事は、わらわも重々承知している。
 クレメンスが「ご領主さまはどうしてしまっただすか?」などとエレクトラにこそこそ聞いているのだから、相当わらわの不機嫌も極まっているのだろう。

「お、落ち着きましょうや、アレクサンドロシアさま」
「そうですよアレクサンドロシアさま。そうだ、ポーションティーでも飲んで落ち着きましょう。あたしが入れてきます!」
「そうだそれがいいぜ、俺にもくれ」
「おらも手伝いますだ!」

 護衛の部下たちはそう言ってなだめすかせるけれど、わらわの苛立ちは一向に落ち着く事が無かった。
 しかし、檻にとらわれたリンクスの様に右往左往しているのもみっともないと感じて、わらわは安楽イスに腰を落として深いため息をつく。

「ゴルゴライ領主の嫡男であったナメルシュタイナーは、シューターからの知らせによるとリンドル市中に逃げ込んでいたとあったはずだ」
「は、はい。確かにその様に知らせがありました」
「そして、あのハメルめの嫡男(ナメルシュタイナー)はリンドルにあるブルカ公商会の商館に逃げ込んでおった」
「その通りです。間違いありません」
「ナメルはその後、何度もお兄ちゃんの命を狙った後に、これは失敗に終わったとある」
「はい、その事はセレスタのホモ男爵も言っていましたぜ……」

 それらの報告は、お兄ちゃんからもカサンドラからも、あるいはッヨイが時折寄越した私信からも、そして奴隷だというオコネイルの部下経由でも知らされていた内容で問題ない。

「それがどうしてわが領内付近で目撃情報がもたらせておるのだ?!」
「ひっ、それは俺にはわかりません……」
「頭の上に耳の付いたデブは目立つ。それも、あの熊面の猿人間は、堂々とこのゴルゴライに舞い戻っているやもしれぬのだぞ!」

 これが落ち着かずにはいられるか、鼻息をつい荒くして安楽イスの手すりを握りしめたわらわに、ふたりの冒険者たちは困惑の表情をしたのである。
 まあ、怒ってばかりいても何か解決の糸口が見つかるというわけではないが、不機嫌なものは不機嫌なのでしょうがない。

「オコネイルもその事を認めたのだな?」
「はい、セレスタの街中で熊面の猿人間が目撃されたという情報が、官憲から入りました。以前も街に入る検問で対応したのと同じ人物が、やはり対応したそうなので……」

 ナメルシュタイナーという男は、ハチミツ売りの行商人の風体をして、以前にセレスタを経由していたというのだ。
 最初の通行は間違いなくゴルゴライをわらわが平定した際に逃げた時であろう。
 あの時は、ゴルゴライ領主親子と繋がりのあるブルカへの逃亡を予測して、お兄ちゃんはブルカ方面の街道に警戒網を敷く様に指示を出した。
 結果的にこれは大外れで、まさかのセレスタを通り、リンドル方面へ行商人の風体で逃げ出したというのである。

 それはいい。
 リンドルに向かうのならば、ブルカ辺境伯に助けを求めて戦争になる口実を回避したのだと当初は考えたからだ。
 だが、逃げ込んだ先はブルカ辺境伯がリンドルに持つ拠点だったのが問題だ。
 そこでもまだブルカ伯の手下らと協力関係にあったかもしれないが、直接ブルカに逃げたわけでもなく、何度も撃退し、体に傷を負わせたという。
 聞けば重度の負傷をお兄ちゃんが負わせていた事は間違いなく、傷も深いと見えて隠れ潜んでいた場所の包帯を調べた限りでは、治療も完全なものではなかったらしい。
 だが生きている。

「今度は船便を使いセレスタに舞い戻ったか。行先はこのゴルゴライか、あるいはブルカか。まだ周辺を捜索中の者たちから、連絡はないのだの?」
「あ、ありません。修道騎士のイディオさんが、僧兵を率いて頑張ってくれています……」

 本来ならばわらわ自身で出馬して、その捜索に加わりたいところであったが、自重はしていた。
 わらわは広域の領地を統べる支配者である。
 ナメルシュタイナーという男、手負いだとは言うがあの辺境不敗のお兄ちゃんをして苦戦させたほどの男だ。
 もしかすると剣術ではわらわなど叶わぬかも知れぬと思うと、わざわざ自ら危険な場所に出るのは馬鹿のする事であった。

「まあよい。そなたも修道騎士の諸卿が結果を出す様に女神に祈る手伝いをせよ」
「は、はい……」
「それでオコネイルは、中央の貴族たちに何かしらの働きかけをしてくれる件は、了承したというのだな?」
「そ、そうです。それはもちろんご協力いただける事になりました! 何でも内務卿を務めている偉いお貴族さまに伝手があるとかで、さっそくにもあらゆる手で噂を広げると言ってましたぜ」
「そうか。ならばひとまずは安心できるというものだ」

 ようやく少しだけ落ち着きを取り戻したわらわは、改めて近頃凝って仕方がない肩をほぐす様に腕を回して見せた。
 するとダイソンが、無礼にもわらわの胸元をジロジロと見やっているのに気が付く。

「お前にひとつ質問がある」
「は、はい。何でしょうか……」
「わらわのドレスは、ちと派手であろうか?」
「そんな事はありません。よい布地を使っておりますし、アレクサンドロシアさまに紅のドレスはとてもお似合いですぜ」
「そうか、ならばいいのだが」
「へい。燃える様な赤の色は、アレクサンドロシアさまの御心を表している様な気がしますぜ!」
「わかったもういい。その様な歯に浮くようなセリフは、他所の女子にでも使うべきだ。夫のいる身の女に言うものではないわ」

 そう言われて実のところ悪い気はしなかった。
 しかし、大年増という自覚はあるので、あまり派手な格好はするべきではないかも知れない。
 近頃は特に妻となった身の上であるから、自制と言うものも必要であるかと考えていたが。

 少しばかり機嫌を良くしてエレクトラが茶を運んでくるのを待っていると、

「アレクサンドロシアさま。あたしが淹れたお茶ですよ。様々なハーブにポーションを入れて、この土地特産のハチミツを加えてみました」

 元気よく執務室の扉を開けるクレメンスと、盆を持ったエレクトラが姿を現す。
 なぜかクレメンスは扉の前に立って、中までは入ってこなかった。

「ねえちゃん、どうしてお前はその様な所に立っているのだ」
「おっ、おらはやっぱりお茶はいらねえだす。お腹の調子がイマイチなのだす」
「そうか、じゃあ俺たちで頂くか」

 ニコニコとしているエレクトラは、わらわにまずティーカップを差し出して注ぎ、ダイソンと自分自身にもそれをする。
 何気に心地よい香りが漂ってくるものだから、ポーションはきっと鎮静効果のあるものが選ばれたのだろう。

「しかし、エレクトラがその様な医療関係の知識を持っているとは驚きだな」
「いえ。よくわかりませんが、修道騎士のイディオさんが置きっぱなしにしていたポーションを入れてみました」
「?!」

 わらわはすでにお茶を口に運んでいた。
 味はハチミツの甘みと何かの薬草の酸っぱさのあるもので、色は紫であった。
 普通に考えれば絶対に口にしたくない色味だが、ぶどうの親戚が入っているか、ポーションが入っているというのであれば、これは別段おかしい事も無いと思ったのだ。
 けれども!

「ぶばっ! がはっごほっ、何だこれは、妙な甘ったるさと渋み、しかもとろけておるぞ!」

 わらわは噴き出した。
 噴き出したそれは、盛大にエレクトラの顔に噴射してしまい。キャァと女らしい悲鳴をあげよるではないか。
 被害者ぶって、これはお前の作った茶だろうに!

「大丈夫ですか村長さま?!」
「おい、ボサっとしてないで助けを呼んで来いクレメンス」
「……ま、不味い。いったい何のポーションを入れたらこんなに不味くなるのだ」
「ぽ、ポーションは基本的にお薬だから、命に別状はないはずですけれど……おかしいな、ちょっとだけしか入れなかったのに……」

 不味くて苦しんでいるわらわの耳に、助けを呼びに行くクレメンスが「だからおらは飲まなかったんだす」と言い残す声が響いていた。
 裏切者のクレメンスめ!

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