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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

間章 サルワタ動乱編

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閑話 アレクサンドロシアの野望 風雲禄 2


 護衛のエレクトラが細剣を引き抜いて、目の前のゴブリン武装飛脚に剣を突き付けた。

「ま、待ってください。ぼくはまだ何もしていませんよ?!」
「お前は今、まだと言ったな! 恐れ多くもアレクサンドロシアさまのお身内に対して欲情したのは事実だろう。アレクサンドロシアさま、こいつを生かしておいては、いつッヨイさまに近付くか知れたものじゃないですよ。この際殺してしまいましょう!」

 興奮したエレクトラの事は無視をして、わらわは改めて小さな武装飛脚を見やる。
 ッヨイに懸想をしておるという事だけれど、目の前で震えている優顔の若いゴブリンに、たいした度胸もある様に思えない。
 だが、わが村では過去にオッサンドラの件もあったので、そう言われてみれば注意をしない訳にもいかない。
 わらわがずいと顔を近づけると、武装飛脚は作り笑いでニッコリした。
 気に入らない顔だ。剣の鞘を左手で握りながらさらに近付くと、

「エースとやら、まずはカーネルクリーフどのの書簡を拝見しようか」
「わわっ、剣は勘弁してください。はい、こちらが騎士修道会総長さまからお預かりした書簡になります。お改めください……」
「ふむ。確かにこれは総長どのの蝋印だの」

 ブルカ近郊のツダ村で交わした同盟締結の合意書簡と同じもので、カーネルクリーフが封のためにした蝋印である事を確認した。
 いち度は細剣で武装飛脚を追い払ったエレクトラが、素早く剣を収めてナイフを差し出してくれる。
 それを受け取ると、蝋印の封を解いて羊皮紙の中身を広げた。

「こ、この書簡はアレクサンドロシアさまご本人に、必ず直接お渡しする様にと総長さまから言づけられました」
「ほうそうか、他には何か言っていたか」
「風見鶏にも注意を向けろとのお話でしたけれど」
「む。風見鶏か、風見鶏という事は本土の諸侯という事だろうかの……」

 羊皮紙を広げると、いかにも読みやすい丸みを帯びた文字の連なりがびっしりと書かれた文章がそこにはあった。
 これまでの定期連絡では、せいぜいがブルカ伯の動向を伝える内容、あるいは市中の市場の動きなどが短く書かれていたぐらいである。
 わらわはブルカの市街に懇意にしている伝手として信用できる商会があった。
 そこからもブルカの街での政治経済の動向を知らせる伝書鳩を送らせていたけれど、内容は似た様なものでこれまで差異は存在しなかったのだ。

 それが、今回ばかりは違う。

 守護聖人の擁護者たるアレクサンドロシア=ジュメェ準女爵に、以下の報をお知らせする。
 ブルカの書記官によると、ミゲルシャールが密かに王都へ上洛している可能性がある。少なくともここ十日あまりブルカ宮殿で彼の姿を見たものがいなかったのは間違いない。
 また、本土国境に軍役で出征していたブルカの軍勢が引き上げを開始したとの報を、オルヴィアンヌ大聖堂から連絡を受けた。
 もうひとつ、尊卿より問い合わせのあったツジンという旅の修道士は、ミゲルシャールの側近である事がわかった。女神様の伝道者を名乗っているが、彼は騎士修道会に籍を置く者ではない。恐らく他の修道会に所属する人間と思われる。
 出征部隊が帰還し、市場が落ち着いた時期が開戦時期と思われる。
 中央の動向、領境周辺の気配に諸々注意されたし。
 辺境における女神様のご威光を示す聖使徒の代理人、枢機卿カーネルクリーフ。

 いち度最後まで読み、また改めて内容を精査する。
 カーネルクリーフが知らせてくれた内容は一言一句が捨て置けない内容だった。

 なるほど。風見鶏というのは、本土の諸侯たちに注力せよという意味でやはり間違いがないと見える。
 ブルカ辺境伯が密かに上洛した可能性があり、その時期に国王の直臣に義務付けられた軍役を解かれたブルカ伯軍が帰還をはじめている。
 何らかの働きかけを中央にブルカ伯が行い、いつでも戦争を出来る準備をはじめたという事だ。
 さらにツジンという見覚えのある人物の名前が書かれている。
 どうやらスルーヌ領に傭兵たちを引き入れてきた、秘密工作を行っていた人物だったはずだ。
 ツジンはミゲルシャールめの側近だと、確かスルーヌ村の女幹部は言っていたはずだが、これも事実だったらしい。

「委細、わかった。これよりわらわは返書をしたためるゆえ、しばし待て。エレクトラ、付いてこい!」
「はっはい、アレクサンドロシアさまっ」

 もはや目の前の優顔ゴブリンの事などはどうでもよかった。
 わらわは平伏したその者を捨て置くと、ただちに礼拝堂の仮の居室に急いだ。ギムルに譲った屋敷からかき集めた書類と執務机だけを強引に押し込んだ部屋である。

「エレクトラよ、ブルカ伯が戦争を決意したぞ。本土国境地帯に張り付いていたヤツの軍勢が領内に引き上げを開始したらしい」
「本当ですか! 戦争を仕掛けて来るキッカケは何になるでしょうね?」
「わからん、わらわが知りたいぐらいだ。だが辺境の軽輩領主が陣取り合戦をした程度では、中央はあまり気にもせぬだろう。……しかし問題はそこではない」

 軽輩領主というのは村ひとつ、言い換えれば爵位を持つ人間が領内にひとりしか居ない様な領地は、中央における影響力を行使出来ないために陳情や援軍要請などを送っても無視されるのが習わしだ。
 だがブルカ辺境伯という爵位は特別だ。
 辺境における旗頭であり、あの男が保持している爵位は少なくとも十ではきかない。
 その軍事力は少なくとも王国全体を含めても五指に入る軍事力を持つ大貴族のひとつなのだからな。

「ブルカ伯が勝手に軍勢を動かすとなれば、直ぐにも「国王陛下に対する反乱の意志がある」のではないかと王侯貴族どもに疑われてしまう。そして王都の宮廷貴族どもから黙認を得るために、どうやら今ヤツは王都に居るらしいからな」

 恐らくだが、ゴルゴライとスルーヌをあっさり掠め取った事は、ミゲルシャールにしても予想外だったのだと想像がつく。
 これ以上、わらわが辺境外苑の切り取りを勝手次第にやっているのは、辺境の旗頭として見過ごすわけにはいかないとでも、中央に陳情に向かったのだろう。
 それに同情される様な事があれば、王侯貴族どもは介入などしないだろうが、少なくとも黙認はする。

「どうなってしまうのですか?」
「ヤツが、わらわを討つための大義名分を手に入れたという事であろう。こちらが態勢を整える前に、問答無用で揉み潰すつもりらしい……」

 執務机に向かって羊皮紙を用意し、羽根ペンでカーネルクリーフに対する返書を記す。
 気持ちがどうも高ぶって、綺麗に文字を連ねる事に苦慮をした。
 宗教者どもが使う様なかしこまった文章を書く気分にもならず、要点だけを急ぎ連ねた。

 枢機卿カーネルクリーフへ。
 これより伝手を使い、中央の貴族にブルカ辺境伯が辺境全土を(わたくし)しようとしている事を噂で流させる。
 また、その証拠となるであろう捕虜マテルドの護送を急いでもらいたい。
 こちらにはスルーヌ領主の身柄を拘束しており、その娘を人質に取っているので、こちらも有力な証言をさせる事は可能だと判断する。
 この際ブルカ辺境伯本人への弾劾ではなく、中央に向けて陳情を行うのがよろしかろう。

 オルヴィアンヌ王国ゴルゴライ準女爵アレクサンドロシア=ジュメェ。

「エレクトラよ」
「はい」
「村の助祭マテルドと、スルーヌ前領主のトカイを王都に護送して糾弾の材料にしたいとわらわは考えるが、どうか」
「あ、あたしには政治向きの事はわかりません……」

 こんな時にお兄ちゃんが側にいれば、必ず頼りになるアドバイスをしてくれたものだ。
 だがお兄ちゃんはこの場におらず、冒険者がひとり控えているだけだった。
 ギムルに相談するのはどうかとも考えたが、あれも今は村の統治にかかりきりで、心配をかけるべきところではない。

「そうか、おかしな質問をしてしまってすまなかったの」
「い、いえ。お力になれず……」
「それは構わん。代わりにこれからひとつ走って、馬の扱いに優れた冒険者をひとりと、礼拝堂に駐在している修道騎士を呼んでくれるか。あと武装飛脚もだ」
「わかりました。すぐに呼んでまいります!」

 飛び出していったエレクトラを見送ってから、わらわは天井を思わず仰いだ。
 まだ漆喰の匂いが漂っている、竣工したばかりの礼拝堂の一室で、もやもやした気分になった。

 ブルカ辺境伯の軍勢と言えば、恐らく根こそぎ集めれば万に届く大勢力を誇っているはずである。
 一方のわらわの軍勢はサルワタ、スルーヌ、ゴルゴライそして野牛の一族にエクセルパークのクワズを合わせたところで、無理をしてもせいぜい一〇〇〇の兵士を揃えられる程度だろう。
 だがそれは無理をすれば可能な数字だ。
 その様な戦備は、恐らくいち度きりの会戦で可能かどうかの事だからな。

 セレスタのオコネイルは間違いなくわらわの味方をしてくるれるだろうが、兵力は無理をして集めても五〇〇を大きく上回る事はない。
 オッペンハーゲンもその点では頼りになる同盟候補だ。
 お兄ちゃんから届けられた報告では、すでにリンドル城下の商館を通じて交渉を開始しているという。
 あそこの軍事力はたかが辺境の軽輩とは侮れない人口と兵士数千の動員力があるはずだ。
 問題はリンドルだ。どうであろうか。
 リンドルは軍事力ではアテに出来ないとあったが、資金力の面では交易都市だけに潤沢だ。

「全ての兵士をかき集めて、恐らく五〇〇〇というところか。ブルカの半分であるな」

 しかし問題は他にもある。
 子爵と言えば、辺境ではブルカ辺境伯に次ぐ位の高い爵位である。
 そして、あそこの当主はお兄ちゃんの調べによればブルカ辺境伯の血を持っているという。
 その情報は後になって出てきたもので、リンドルを同盟に引き込もうとした時には知らなかった事だ。
 出来ればリンドルは、わらわとお兄ちゃんで上手くコントロール出来なければ危険だな。
 何か策はないか……
 麻紙をひとつ取り出すと、魔法の伝書鳩に持たせる手紙をしたためた。

「リンドルをこのまま放置していれば、今後辺境の中心的役割を担う可能性があり、これをわらわは危惧している。したがってお兄ちゃんはどのような手段を使っても御台の権力を簒奪し、わらわとお兄ちゃんの前途を明るいものとするように……」

 危険な芽は排除しなければならないだろう……。
 リンドル子爵シェーンは、その義母である後見人のマリアツンデレジアの傀儡だとある。
 となれば、マリアツンデレジアの権力は簒奪しなければならないな。
 手段を選んでいる場合ではないが、この様なお願いをするわらわを、お兄ちゃんはどう思うだろうか。
 軽蔑するだろうかな。

 何たる孤独、何たる不安。
 こうしてひとりになってみると、その不安は徐々に大きくなっていった。
 悩み事は多く、頼るべき相手が側にいないこの孤独がとても辛かった。

 いや、わらわは決して孤独ではない。
 独り立ちを終えた義息子もいれば、お兄ちゃんもいる。
 そして今はお兄ちゃんの妻たちもいるのだから、これは孤独とは言えないだろう。
 悩んだ時は行動をするに限るな。
 考えすぎても、結論など簡単には出るものではない。
 それに、ブルカ辺境伯(ミゲルシャール)と対決する事はすでに決定事項だ。
 後には引けないとみなの者に言って聞かせたのだ、わらわが躊躇してどうするのだ。
 ミゲルシャールの息の根を止めるまで、止まるわけにはいかないのだ。

「わらわを守ってくれよ、お兄ちゃん」
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