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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

間章 サルワタ動乱編

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閑話 アレクサンドロシアの野望 風雲禄 1

アレクサンドロシア視点になります。
投稿後に、一部不足を感じた場所に加筆修正を行いました。

 この小高い丘から見渡せる視界は壮大のひと言に尽きる。
 巨大なサルワタの森と、そこに横たわる澄んだ湖があって、その先には万年雪を頂く山々が遠く遥か彼方に見えているのだった。
 ここが、わらわの新たなる拠点となるべき場所である。
 夏のはじめより起工した城館の建設工事は、すでに基礎固めが終わって城の外壁工事が順調に進んでいるところだった。

「建設の進捗は順調の様であるな」

 城の建設現場を視察するわらわの背後には大工の親方や普請の親方、それから護衛の冒険者に野牛の兵士たちがぞろぞろと付いてきている。

「ははっ。火付け騒ぎと破壊工作があった時はどうしたものかと焦りましたが、(ブルカ)から来た犯罪奴隷や野牛からの人足の数も増えましたので、何とかなりました」
「今では予定よりも早く進んでいるほどだ」

 そうやって現場監督をするドワーフの大工親方に振り返った。
 何を勘違いしているのか、わらわが思ったままを口にしたところ、顔をひきつらせた大工の親方はあわてて言葉を紡ぐのだった。

「がっ外観だけは立派になりましたが、まだまだ水道施設と厠の諸工事が終わっておりません。ただちに完成させる様に人足たちを急がせます」
「ふむ、便所と風呂はさすがにどうにかしたいところだ。お兄ちゃんによれば、リンドルの宮殿にはずいぶんと立派な風呂があったと手紙を寄越してきたぞ。内政に力を入れている領地というのは、やはり財政にも余裕が生まれるのだな」

 集まる税が多ければ、それだけ領主は富むものである。
 辺境などは、ほとんどが農業開墾で得られた食糧が主だった税金収入である。
 サルワタにはこれまでまともな特産品も無く、強いて上げるならワイバーンの骨皮とせいぜいが民芸品の類だ。
 亡きエタルは何を思ったかゴブリンの人形作りを奨励していたが、あれはかつてまともに行商人が取り扱った試しがない。
 そろそろ民芸品を作らせるのはやめて、石鏃の内職でも村の人間にさせたほうが、戦争のためというものだろう。

「な、なるほど。時間さえかければ再現も出来るのですが……」
「まあ風呂などは大きなたらいを持ち込めばそれでよい、ただ便所だけはどうにか致せ。金のかけどころを間違うと、建設途上で資金が尽きてしまうからの」

 まだ名前の無いこの城は、来るべきブルカ辺境伯との戦を見据えている。
 ならば必要なものは最低限でひとまずいいのだ。
 ここは王都でも、本土の有力諸侯の城でもないのだからな。

 今頃はお兄ちゃんが有力な辺境諸侯たちとブルカ伯包囲網を形成しようと外交努力をしているはずだ。
 その交渉の次第では開戦は避けられぬとしても、時期が早まるか遅まるか、風向きは大きく変わる。
 リンドルでは触滅隊などという、ブルカ伯の息のかかった盗賊たちとの戦闘が行われたという。
 結果は助力をしたお兄ちゃんの活躍で大勝利に終わったと聞いたが、その際リンドルの兵士は弱兵に過ぎるというので、送られてきた報告書にはお兄ちゃんの愚痴めいたものが零されていた。

 やがてその事はブルカ伯のもとに届けられ、ミゲルシャールめは本性を表す事、間違いないだろう。
 さて何という口上でこちらに喧嘩を売って来るだろうかの。
 ゴルゴライを(わたくし)した件か、ついでにスルーヌの件を責めるかもしれない。いや、この際はブルカから送り出した冒険者カムラを殺したのは何事かと、予想の斜め上を行く難癖を付けて来る可能性もある。

 外交問題とはその様なものだ。
 きっかけは何であれ、戦争になるのだ。
 ひどければこちら側が王国本土に対して「反意あり」などと、言いがかりを付けて来るかもしれない。
 ちなみにそれは、お兄ちゃんだけに明かした秘密の計画の中で、割と真剣に検討している可能性のひとつだ。
 頼りにならぬ王侯貴族の連中を信じるよりは、よほどわらわは身内を信じている。
 それにはまず、戦争できる状況を作り出す事が肝要だと考えた。

「便所については最優先いたします。それから、広間の内装もただちに取り掛かり、」
「そんなものはどうでもよい。執務室があり、寝る場所があればすべては後回しで構わぬ。それよりも城下の防備を固める方が最優先したいところだな」
「そ、そういうわけには……」
「今は戦争になるかならずという火急の時であるから、いざ戦となった時に村の人間を守れるだけの施設があればよいのだ」

 その言葉に、城下の普請を担当している普請親方が顔を引きつらせた。
 お兄ちゃんの提案していた市壁の一部を実際に作ってしまおうという意見具申は、それだけ大掛かりな作業であるからだ。
 もっとも防御すべきは開拓村側かの正面を守るべき市壁だ。
 しかしここは城門の周辺だけが手を付けているという状態で、築城や家屋の足場に木材を最優先であてがったために、一部を木の城柵とするための木材が不足している。

「これ以上森の木を無計画に切り出すとなると、木こりや猟師の連中から苦情が出てきます」
「サルワタが戦場になれば、どうせここら一帯はハゲ山になってしまうのだぞ?」

 わらわは城の周辺と城下を見回してみせる。
 城の外観だけは立派に石がくみ上げられつつあった。
 人間の、それもヒトやゴブリンでは不可能な勢いで、新たに加わった野牛の一族たちの人足が重い切り出した石を運んでいた。
 足場の組まれた城の表面だけを見れば、十分に外から城と認識できる程度の姿になりつつある。
 森はいち度切り出してしまえば再生に時間がかかるが、この勢いを止めるのはナンセンスだ。

「しかし、それですと」
「わらわは何度か野戦築城の場を指揮した事があったが、指揮所だけが立派でも守りが薄くては役に立たなかったぞ。ここは最後の切り札となる籠城場所になるであろうからな、木こりも死ねば木は切れまい。猟師も死ねば森など関係あるまい、ッワクワクゴロを説得いたせ」

 仮にサルワタ勢と他の辺境領主との連携を断つため、ゴルゴライをブルカ伯に押さえられた場合。
 先に辺境全体で包囲網を形成しようとしてるサルワタを潰される可能性がある。
 このサルワタにブルカ軍を押し込まれてしまっては、援軍が駆けつけるまで籠城策を取るほかに道はないのだ。

 すると今度は、教会堂の司祭がおずおずと意見具申をしてくる。
 この者はむかしよその村で開墾や街の整備を経験したというので、意見を求めるために呼び寄せていた。

「しかし村長さま」
「わらわは村長ではない! いつまでわらわを村長と呼ぶのだ……」
「あ、アレクサンドロシアさま、防御施設だけを優先して作った後に城下の整備をいざやろうとなると、後からかなりの無駄が発生します。縄張りをし、街を計画的に建てなくてもよろしいのですか?」
「生き残らなければ、その後悔をする事も出来ぬではないか。そなたの言いたい事ももっともだが、何事も順番は大切だ。そなたも生き残るために女神に祈るのだ」
「ハハァ」

 生まれてはじめて自分で手掛けるという一世一代の築城建築だ。
 この村の親方たちとして必死なのだろう。
 その気持ちはわかるけれど、多少の釘を刺しておく必要があったのだ。

 そうしていると、今度は冒険者ダイソンが口を開く。

「それで、倉庫についてはすでに完成をしておるのだったな?」
「はい。すでに内部の乾燥も終わっていると思うので、ご利用になられるなら運び込む事は可能ですぞ」
「それからわらわの執務室と寝室も、すぐにも使えるのだったな?」
「は、はい。寝るだけ、仕事をするだけというのであれば可能です。季節も夏の盛りですから、寒いという事はないでしょう。ただ、暖炉の設置は煙突が完成しておりませんので……」

 ダイソンから聞かされた報告に満足しながら、ガンガンと激しい作業音の響く城の中へと足を進めていった。
 義息子ギムルへサルワタ騎士爵の位を譲ったわらわであるが、その後は長く親しんだ屋敷を退去していた。
 宿なしの貴族というのもおかしなものだが、今はこの城とその城下に作られつつある家々のうち、まず最初に完成した礼拝堂を仮の住まいとしている。
 城が徐々に完成していく姿を眺めるのは楽しいし、何よりわらわがここにいるというので、人足どもも気合を入れて建設作業に取り組んでいるからな。

「しかし急ぎますなあ。そのブルカの伯爵さまとは、本当に戦争になるのですか?」
「馬鹿者、すでに戦争ははじまっているのだぞ。何も血を流すだけが戦ではないと村長さまも言っていただろう」
「バッカはお前だ。村長さまと言うと、村長さまにお叱りを受けるぞ……」

 大工や普請の親方たちがヒソヒソと何事か言い合っていた。
 そんな背後の声を無視して、何もないがらんどうの、将来は執務室となるであろう城の間取りにやってくる。
 ここには机を運び込んで、ここにイスを置こう。それからここは、お兄ちゃんとわらわがゆっくりと談笑できる応接セットは置きたいものだ。
 それから壁には、辺境だけではなく王国全域を視野に入れた地図を掲げたいものだ。

「しばらく考え事をする故、どこかから簡易イスを持って参れ」
「ははっ!」

 地図は、それそのものを見ているだけで物事を俯瞰できるから絶対に必要だ。

 サルワタを中心に北に広がる野牛の一族の支配地域。ここは後に知ったところでは、かなりの広さにわたってミノタウロスどもが生活をしているのだという。
 ただし税金を徴収しようにも使われている貨幣が違うと言うので、辺境でこれを使う事が出来ない。
 ミノ貨幣はすべて銅貨で取引が行われているが、銅貨は王国の基幹通過であるから、こんなものを私鋳していると勘違いされては、わらわが国賊扱いだ。

 そしてスルーヌとゴルゴライの二領は支配を始めてから日もほとんど立っておらず、代官すらもまだ派遣していない有様だ。
 死別した最初の夫ダリエルパークの領地であったクワズとは、後継者となったエクセルパークと近頃は密に連絡を取り合っていた。ブルカ辺境伯の差し金で起きた村の事件の顛末、似た様な事がそちらでは起きなかったか。
 もしもブルカ伯と対抗する時は共同歩調をとろうという事。
 エクセルパークはギムルより多少は年上というだけで、まだまだ村長としても領主としても経験が浅い事を理由に、全面的にわらわに従うという意見を最初に送ってきた。
 先日久方ぶりに顔を合わせた限り、その意志は変わっていない態度だった。

 そして辺境一帯だ。
 今サルワタの元には、それら辺境各地から様々な報告がもたらされている。

 セレスタの領主オコネイルは王都で貴族軍人だった時代の同僚だ。
 カラメルネーゼとともに三人で戦場を駆け巡った頃が懐かしいものだが、数年前にセレスタに移封されたという話を聞いた時は驚いた。
 事前にサルワタからわらわの使者が向かうと送ったところ、外交の勉強代わりに会見をすると返事をよこして来た。
 学もあり経験もあるお兄ちゃんはともかく、他の者には良い経験となるだろう。

 それから例えば、道中カサンドラからは、定期的に外交使節団の交渉の中で起きた出来事が短い伝報で送られてくる。
 まずセレスタの男爵がピンク色の服を着ていたとどうでもよい事にはじまり、セレスタで官憲に酔っ払いの喧嘩と間違えられた、盗賊と交戦した、リンドルの子爵はギムルに似ているだととか、とりとめのない私信が多くて困ったものだった。
 これは文字を勉強しはじめたカサンドラに密かに命じていたものだった。
 そしてこの夫の情報は、お兄ちゃんを監視し、お兄ちゃんが他所の貴族の子女と浅からぬ関係になる事を阻止するための必要な事なのだ。
 断じて嫉妬ではない。

「アレクサンドロシアさま、この様なものしかありませんが……」
「座れるのであれば何でもよい。エレクトラ、そなたも席を外していろ」
「はっ、何かあればお呼びください!」

 その中で気になったのは、あのオコネイルの家臣がどういうわけかサルワタの外交使節団に加わったという報告、それからリンドルの御台という立場のマリアツンデレジアという名前の未亡人だろう。
 後はカラメルネーゼの動きがどうやらシューターに近付こうとしているのだとカサンドラは私見を記述していた。

 ちなみに。
 シューターからは、カサンドラとの連名で実務的な報告が寄せられてくる。
 その中には一切の相談事などはなく、触滅隊という野盗と道中で交戦したが、これはブルカ伯の関係者である事は疑いが深い。触滅隊とリンドルのブルカ公商館がリンドルの領地経営を阻害している。これらを正すために介入することにした。と、簡潔なものだった。

 そして少し前、オコネイルから興味深い書簡が届いた。
 自分の部下だった人間をお兄ちゃんの奴隷として差し出す事になったのだが、サルワタの外交使節が情報収集に苦労していると報告を受けている。
 そこでその奴隷となった部下を使って情報収集のためのチームを作らせてはどうかとあったのだ。
 奴隷の名前はベローチュとあったが、これは知らない。恐らくオコネイルの身内である褐色エルフの一族に連なる者である。
 奴隷になった経緯は詳しく知れないが、オコネイルが送り出したのだから使える人間なのだろう。
 さらに。その組織の中心人物には、モンサンダミーという傭兵を使えとある。

 妙に懐かしい名前だったので口を綻ばしてしまった。
 貴族軍人だった時代、部下に確かその様な男がいた。
 斥候の役をよくこなし、戦場でも剣は冴えて、わらわの副官まで上り詰めた男だったはずだ。
 なるほど。今はオコネイルの元で傭兵をしていたのか。

 そこまで考えたところで、わらわの思考は阻害された。

「アレクサンドロシアさま! アレクサンドロシアさまは、まだこちらにおられますか?」

 何事だ。

「どうしたのだ?」
「ゴルゴライより、騎士修道会の総長の使いだと言うゴブリンの武装飛脚がやって参りました!」
「ゴブリンの武装飛脚? その様な話は伝書鳩では聞いていないが、何かの極秘事項であろうか。飛脚は今どこにおる」
「喉をからして水が欲しいというので礼拝所で白湯を与えていますが、すぐにこちらに連れてまいります!」
「よい、わらわが向かうとする」

 報告にやって来たエレクトラを見て、手を振って立ち上がった。
 通常の定時報告であれば、魔法の伝書鳩を使って騎士修道会や大使のお兄ちゃんたちと連絡を取っている。
 しかし、ツダという村の近くで見た様に、魔法の伝書鳩の中身を奪う痴れ者がいる事も確かだ。
 武装飛脚を使うという事は、よほど知られたくない情報を持っていると見えて密かにため息をついてしまった。

 ブルカが開戦を決断して戦争を今けしかけてくるとなると、これは非常にまずいからだ。
 せめてリンドルとオッペンハーゲンを焚き付けて、引きずり出さない事には軍事的に拮抗する事が出来ない。
 時間との勝負だな、そんな風に思いながら築城途中の城を出て、エレクトラとともに礼拝堂に向かって歩いているところ。

「お目通り感謝いたします! 騎士修道会の総長さまより、文を預かってまいりました」

 どうやらわらわと同族の若者が、妙に馴れ馴れしい顔をしてこちらを見上げていた。
 耳と小さな背格好をしているところからしてゴブリンハーフか、少なくともその血が色濃い事は間違いないだろう。

「大儀である。わらわはゴルゴライ準女爵アレクサンドロシア=ジュメェである、顔を見せよ」
「武装飛脚のエースです! ジュメェ、と仰られますと、もしや女神ッヨイさまのご親族であらせられますか?!」

 眼をキラキラとさせた若者が、こちらに身を乗り出さんばかりの勢いで質問を飛ばして来た。
 戸惑ったわらわがエレクトラに顔を向けたところ、

「あ、」
「あーっ!」
「?」

 驚いた顔をしているエースとやらとエレクトラが互いに指を差し示し合っている。

「お前はお騒がせ者のゴブリンだな。アレクサンドロシアさま、こいつにはお気を付けください。こいつはッヨイさまに求婚をしてきたゴブ専の変態ロリコンですよ!」
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