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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第1章 気が付けばそこは辺境の開拓村だった

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22 愛妻に手鏡の土産を買います


 このファンタジー世界に来て、俺は久しぶりに夜更かしをした。
 ろうそくは貴重品で、薪もランタンの燃料も貴重品だ。だから村の猟師小屋で生活している時には、陽が落ちるとともに夕飯を食って、さっさと寝仕度をしたものだ。
 それが、街で初日の夜を明かしたのは、たぶん元の世界で日付が変わる前後頃だったはずだ。

 不思議なもので、したたかに酒を飲んだはずだったがそれでも朝は夜明けとともに目が覚める。
 いや、目が覚めたのは俺だけの事だった様だ。
 部屋の隅で焚かれている乾燥した草の匂いで目が覚めた。
 お香なんて贅沢品ではなく、ただの除虫菊を焚いていただけである。蚊取り線香の原材料で、情緒もへったくれも無い。
 吊り床の下段で目を覚ました俺は、狭苦しいその場で大きく欠伸をして、抱き枕をむにゃむにゃとやった。

 むにゃ。

 柔らかいそれはもうひと寝入りを誘うのに十分だったが、すぐにも俺は覚醒した。
 この狭い部屋に抱き枕なんてものはない。
 果たしてそれは鱗裂きのニシカだった。ニシカさんの爆乳の片割れだったのだ。

「同衾かよ!」

 ひと咆えした俺は飛び起きて、転がる様に吊り床から出た。
 確か俺はべろべろに酔ったニシカさんを肩に担いで連れ帰り、無理やり上のベッドに乗せたところまでしっかり記憶がある。
 ちゃんとボロボロの毛布をかけてやったところまで記憶にあるので間違いない。
 それが、何で、ニシカさんは、下の段にいるんだ!

「おいシューター、酒もってこい! ふぁ……むにゃ」

 夢の中でも酒に溺れているニシカさんは、そんな寝言を言いながら俺がのいた事でできた空きスペースに寝返りをうって、片足を吊り床から放り出した。
 よく見ると、このファンタジー世界ではおなじみの糞壺に水たまりがあった。
 ニシカさんが恐らく、トイレのために起床してここで用便した後、俺の吊り床に潜り込んだのだろう。
 ラッキースケベなシチュエーションは大いに嬉しいのだが、俺は新妻をもらったばかりの新婚さんである。
 まだ嫁とも床を共にした事が無いのに、ムラムラして間違いがあってはいけないのだ。

「間違い、起きてないだろうな?」

 しっかりと装着したヒモパンを確認した。
 大丈夫だ、問題ない。
 朝から疲れるるシチュエーションに小さくため息をつくと、俺は吊り床に引っ掛けていたチョッキと腰巻をとって装着した。

「まったく、朝からびっくりするぜ。あんまり無防備だと襲うからな。いつまでも我慢していられるほど枯れてないんだぜ……」
「ふん。意気地なしの癖によくいうぜ。むにゃ……」

 そんな寝言に俺はドキリとした。起きてるのか?! とも思ったが、ニシカさんか口を開けて「くかー」といびきをかいている。
 冗談半分、本気半分というつもりで口にしたのだが。
 それにしても飛龍殺しの長耳女はだらしのない姿だった。
 上段の吊り床から垂れ下がる洗濯したアイパッチ数本とヒモパン。
 そう言えばニシカさんは昨日、眼帯をはずしていたが酒を見て両眼をキラキラさせていた気がする。
 やっぱりファッション眼帯なのだろうか、あるいはふたつ名を名乗るぐらいだから魔眼がどうのという中二病をこじらせているのだろうかね。
 馬鹿な事を考えていると、ドアがノックされた。
 ギイバタン。

「起きていたか。冒険者ギルドに行くぞ、付いて来い」

 いつもの貫頭衣に袖を通した青年ギムルの姿だった。
 ちゃんと腰には長剣をさしていて、背中には旅荷の詰まったずた袋が背負われている。

「ニシカさんまだ寝てますけど」
「この女はうるさいいので放っておけばいい、先にギルドで冒険者に合い、街の商店で買い物をする」
「わかりました。では俺も荷物は置いて出かけますね」
「その前に連泊する事はカウンターで伝えておくといい。先に料金の前払いだ」

 ギムルとそんな話をしながら入口に向かい、連泊の料金を払い終えると冒険者ギルドに向かった。
 陽が昇ってまだ一時間と少し位しか経っていないというのに、街の人々はすでに盛んに動き出していた。
 野菜を露店に並べるもの、魚の肉を並べるもの。鶏の籠を用意するもの。
 村では見られない光景にちょっとしたエキゾチックさを感じながら、馬車を避け人ごみを回避して、ギルドへと入る。

「昨日、そちらの紹介で面接を行ったふたりについてだが、採用しようと思う。連絡はとれるか。名前はエレクトラという女と、巨漢のダイソンだ」

 ギムルがカウンターの受付に話を切り出していた。
 その間俺は、せっかくだからギムルに書いてもらった紹介状で冒険者登録でもしようかと思ったが、よく考えればニシカさんがいない。
 チッ、出直すか。

「そのお二人でしたら、いつも午前中にこちらに顔を出しますよ。もうじき来られるでしょうから見かけたらここで待っている様に伝えます」
「そうしてくれ。俺たちは村に戻る前に買い物をしておきたい。市場に出るのでしばらくしたら戻る」
「わかりました。午前中の待ち合わせという事で」
「頼む」

 そんなやり取りを終えて、ギムルが俺に話しかけた。

「朝から食糧以外の土産品は手に入りますかね。妻に何か気の利いたものを買いたいんですよね」
「職人も朝は早いからな、問題無いだろう」

 冒険者ギルドを出ると、先ほどの食糧を売り出していた露店の辻とは別の場所を通った。
 こちらは小間物というのだろうか日用品や雑貨、化粧品の類を売る通りだった様だ。

「お詳しいですね、ギムルさん」
「以前、義母上に土産物を求めた事がある」
「なるほど。親孝行ですなぁ。でも一番の親孝行はやはり嫁をもらって孫の顔を見せてあげる事ですよ」
「黙れッ」

 顔を赤くしたギムルが俯いて小さく咆えた。
 フフン。
 俺も孫の顔を見せていなかったから、お前さんの気持ちはよくわかるぜ。などとは言わなかった。
 うちは上の妹が早くに結婚したおかげでそこは安泰だったしな。ただし子供はしばらく作らない家族計画だったので、そこだけは心配だ。共働きでしばらく貯金を作っておくといっていたか。無計画な俺と違って、妹夫婦はとても素晴らしいぜ!
 思考を巡らせていてとても悲しくなった俺は、気持ちを切り替えるべく次々に小間物屋通りを回って行った。
 そして。

「……手鏡か」

 装飾の施された可愛らしいもの、シンプルだがとても綺麗な光沢のもの、あるいはその中間のもの。
 猟師小屋には鏡は無かった。
 まずもって鏡が必要になる生活をしていなかったが、妻もまた女性である。
 あればあるで、困るものではない。そんな事を考えながら、いくつもの手鏡を手に取って俺は吟味をはじめた。
 女性にプレゼントをするのはどれぐらいぶりだろうか。
 革の巾着袋の中身を改めた俺は、売り子の娘に「これをください」と差し出した。修道会銀貨で二枚。決して安い額ではないが、これくらいの贅沢は貧乏暮らしの妻にプレゼントしてもいいだろう。
 うん。

「決まったか」
「はい。この手鏡を購入しました」
「見ていたが金は大丈夫なのか」
「そ、村長さまより頂いたお駄賃をはたけば、たぶん銀貨二枚ぶんぐらいになるはずです。ただ、これで俺の服を買う代金は自分で稼がないといけませんね。滞在費も馬鹿になりませんし」

 少し金の計算をしながら手鏡をギムルへ渡した。
 べっこう柄の手鏡。少々地味ではあるが、もともとここは異世界なので俺の感覚とこの世界の感覚は違うはずだ。
 妻はあまり派手な格好をしていなかったし、例えそれが貧乏暮らしがゆえの事だとしても、これぐらいの方が妻には似合う気がする。
 半ば無理やり女村長の命令で結婚を決めた俺たちがだ、少しずつ信頼関係を気付いていけばいい。
 ただ、おっさんの事は頭の片隅に引っかかっているが……

     ◆

 冒険者ギルドで新しく雇い入れるふたりの男女と合流し、馬車の預け所に寄った俺たちは、村唯一の乗り物を引き出してブルカの城門側まで向かう。
 そこでギムルと挨拶をして別れる事になった。
 帰りの馬車には冒険者ギルドから連れてきた鳩舎の伝書鳩が入ったかごが積まれている。

「それでは引き続き冒険者探しをよろしく頼む。何かあれば伝書鳩を飛ばせ」
「わかりました。おふたりの冒険者さんも、ギムルさんの護衛、しっかりお任せしますよ」

 ギムルさんの言葉にうなずいた俺は、新しい村の仲間に頭を下げた。

「わかっているわ。あんたほど強くはないけれど、あたしは対人戦にはちょと自信あるんだ」
「そうだな。ここから先の辺境に向かう街道ならコボルトぐらいしかいないだろう。俺たちでも何とかなるぜ」

 カマゾンさんと巨漢レスラーさんは笑って俺に返してくれた。
 よし、後は妻にくれぐれもことづけを頼んでおけばいいか。俺、嫁を大事にしていますアピールがしっかりできるはずだ。

「では、妻にくれぐれもよろしくお伝えください」
「心得た」
「真っ先に渡してくださいよね!」
「黙れ。それ以上のろけるな」

 最後に俺の言葉を制止した青年ギムルだったが、その顔には白い歯が浮かんでいた。

 さて、村へと戻るギムルたちの馬車と別れた俺は、ひとまず喜びの唄亭へ戻る事にした。
 そろそろ時刻は午前九時ぐらいだろう。
 通りの往来は朝にも増してごった煮状態である。
 俺は混雑を避けるために、確かこの路地をギムルさんも通っていたなと思い出しながら、裏の細道へと入った。

 こちらは夜の歓楽街という感じの場所で、午前中はほとんど人通りも無い。
 汚らしく空の酒樽が転がっていたり、捨てられた野菜くずが木箱にたんまりと積まれていた。
 時おり見かける人影も、どうやら朝まで飲んだくれていた様な景気の良いお兄さんたちか、あるいは酌婦のお姉さんだった。多少、治安が悪そうな気もするが、俺も一応は帯剣しているのでイザという時は斬り抜けられるはず。

 むかし俺は、とある治安の悪い歓楽街のストリップ劇場で支配人代行をやっていた事があった。
 劇場の支配人は基本的に週に二日の休みをもらっているが、その彼がいない間を受け持つのが俺の役目だった。
 雇われたのにはいくつか理由がある。俺自身がいろんな接客業をバイト経験していたので安心できると思われた事と、それなりに長い空手経験があるからだ。
 いざ暴力沙汰になった時に、俺が出て行って制圧できるとでも思って誘われたのだろう。
 ひとつだけ恐ろしい体験談を口にする。
 俺が支配人代理として働きだした初日の事。表の受付側で、親切にも落とし物のサイフを拾った青年が、因縁をつけられた事である。いかにもガラの悪そうなおっさんが「俺のサイフを盗みやがったな!」と親切な青年を殴り飛ばしたのだ。その上、慰謝料を寄越せと暴れだした。
 俺の初仕事、初勤務についてたったの五分後の事である。
 あんときゃあまいったぜ!
 ダンサーのお姉さんは「ここはうちの敷地の外だから、支配人サンは手を出しちゃダメ!」って言うし、すぐさま誰かが警察に通報してパトカーが飛んでくるし。事情聴取をさせられて、初日から仕事がまともにできなかった記憶がある。

 とんでもない思い出だが、それも元の世界で起きた過去の出来事だな。
 うん。
 などと過去を懐かしんでいたら、俺はガラの悪いおじさんたちに肩をぶつけてしまった。
 その拍子に何かの壺を落としてしまう。
 チッ朝から酔っ払いどもめ。
 そう思ったのは一瞬の事、俺はいつもの様に低姿勢で頭をさげるべくペコペコした。

「どうもすいません。以後気を付けます」
「んだとおらぁ! 手前ぇ何してくれてるの殺すぞこらぁ!」

 怒声を浴びせかける姿を、ペコペコしつつも視線だけは絶対に外さない様にチンピラどもを観察する。
 男は五人、態度は最悪。鎖帷子を羽織った冒険者たちだった。
 ついでに間の悪い事に、男のひとりが手から取りこぼしたその壺は割れていた。

 何が入っていたのかな?

 ほんの一瞬だけ壺に視線を送った事を俺は後悔した。
 まったく挙動の察知できない素早さで、咆えた男の腕がフック気味に俺の顎を捉えていたからである。

 俺は一撃でぶっ飛ばされた。

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