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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

間章 サルワタ動乱編

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閑話 ギムルの嫁取物語 10

 戦闘の足跡も生々しく残したまま、義母上はスルーヌの占領統治をエクセルパーク叔父に任せると一旦サルワタの開拓村に帰還すると宣言した。

「スルーヌもしばらくはわらわの統治に対して不満の出るものもいるだろう。それに、ゴルゴライは食糧不足という事もあるしの。野牛の兵士のうち第二陣の二〇〇については、スルーヌに駐屯させる事にしようと思う」
「応、その件については直ちに兵を走らせて手配しよう」
「イディオどの。タンクロードとともに、そなたらにゴルゴライを任せる故、何かあれば直ちに連絡を飛ばしてくれ」
「お任せください。タンクロード卿とはオーガの大量出没事件についての調査報告を手伝ってもらえるという事で、ゴルゴライで事情聴取にご協力願う事で話をしていました」

 馬上の義母上が修道騎士イディオ卿と族長タンクロードバンダムを交互に見やりながらそう命じると、ふたりは頭を下げてその命令を受け入れた。

「ほどなく、騎士修道会から査問のためにサルワタの助祭マテルドを引き上げるための護送部隊が送り込まれることになるかと思います」
「到着まではどれぐらいの日程がかかるかの」
「そうですな。何の手も打たずに護送部隊を送り出したとなれば、ブルカ辺境伯の妨害が入るやもしれません。本来、査問はブルカへ召喚した後に行うのが筋です。しかし今回はサルワタの現地で行う事になるかもしれません」
「ふむ、騎士修道会の拠点があるブルカの街と言えど、安心はできないという事かの。わかった、その旨了承した。可能ならばブルカ聖堂会には新しい助祭を送り出してもらいたいものだな」

 夏のはじまりに殺人と火付け事件を起こした犯人のひとり助祭マテルドは、ブルカ辺境伯の手がサルワタの開拓村に伸びた事を示す有力な証人だった。
 現在、如才マテルドは村長の屋敷内の納戸に抑留されている。
 本来は領主の庇護のもと、一定の治外法権を認める代わりに、冠婚葬祭の宗教儀式一切と医療従事を引き受けるのが役割だった。
 かつては司祭と助祭ふたりでそれを執り行ってきたが、今は残された司祭だけが忙しくその役割を担っているという有様だ。

「アレクサンドロシア卿のご統治なさる領域は、このわずかな間に飛躍的に広がりました。人間も必要でしょう、ただちに宗教儀式と医療従事に携わる人間を送り出す様その点も進言させていただきます」
「頼むぞ。助祭である必要はないゆえ、修道士を送り出してもらえればありがたい」
「ははっ。ではこれにて失礼します!」

 こうしてスルーヌの村の街道口でやり取りが行われた後に、イディオ率いる従士たちとタンクロード率いる二〇〇の野牛の兵士たちがゴルゴライを目指して南下しはじめる。
 すでにトカイの命令によっと落とされた橋は、応急修理ながら完成したらしく、今はゴルゴライやスルーヌの村から大工や人足が集められて、より本格的な修復作業がはじまりつつあった。

 平伏する大工や人足たちの姿を見やりながら、義母上を先頭に俺とふたりの冒険者が橋を渡る。
 応急修理成った橋を渡り切ったところで、ふと義母上が馬首を返してゴルゴライへと続く街道を見やった。
 その遠くには徒歩で隊列を組む野牛の兵士どもの姿がまだ見えている。

「……村長さま、ゴルゴライまでお戻りにならなくてよかったのですか?」
「村長ではない! まったく、いつまでわらわを村長扱いしておる。わらわはすでにサルワタからゴルゴライ一帯にかけての支配者だぞ。サルワタはすでにギムル卿に譲っておるというのに」
「し、失礼しました」

 未だに言いなれていないのだろう、冒険者エレクトラは義母上を村長と呼んでまた義母上のお叱りを受けていた。
 そうだ、俺は義母上の言う通りにサルワタの開拓村の村長になるのだが……
 その実感はまだ俺の体の中にはるはずもなく、俺自身もともすれば村長と義母上の事を読んでしまいそうになってしまうからな。
 公私混同の上から俺は義母上を「義母上」とお声かけする事を、極力避ける様にしてきた。
 しかし自分がサルワタの村長になってしまった後では、義母上を何と呼ぶべきなのだろうと少し思案してしまう。
 義母上は俺に「アレクサンドロシア準女爵と呼べ」などと仰っていたが、爵位で義母上を呼ぶ事は何だか距離を感じてしまうのだ。
 同じ様に、義母上が俺を「ギムル卿」とお呼びする事に寂しさがあった。

 しかし、それではいけないのだ。
 村に戻れば俺はタンシエルを義母上に紹介しようと思う。
 きっと義母上が俺に対して、自立を促しているのだ。義母上はタンシエルを受け入れてくれるだろうか。
 彼女はとても義母上に似て強く美しく、そしてきっと俺をこれからも支えてくれるだろう。
 チラリと義母上を見ながらそんな事を考えていると、義母上はフンと鼻を鳴らして槍をゴルトライへと続く街道に指示した。

「まあよい。ギムル卿、それからお前たちよ」
「「「はい」」」」
「ゴルゴライは我がサルワタ、そしてリンドルへと続く戦略上の要衝だ。しかしその要衝たるゴルゴライにわらわが居座り続けた場合、世間の眼にはどの様に見えるだろうの」

 ふたりの冒険者は互いに顔を見合わせ、その後に義母上ともに俺へその視線を集中させた。
 これはきっと義母上から俺に出された試験なのだろう。さしずめ義母上の後継者たるに相応しいかどうかを試す。

「サルワタの女騎士は、辺境の軽輩諸領主を攻め滅ぼさんと牙をむこうとしている。そう考えるやもしれません」
「その通りだギムル卿よ」

 満足げに義母上は麗しきその面に微笑を浮かべて首肯した。
 義母上が輿入れの際に書斎に多く持ち込んだ書物を勉強せよと仰った意味が、今更ながらにわかる。
 巻物になった戦史の図説や分厚い戦争哲学書、そして経済書などもあった。
 どれも子供の頃の義母上は「必要な事だ」と繰り返し、書斎で俺に読み聞かせてくれた過去がよみがえって来る。

「ゴルゴライと直接に領土を接している諸侯は五つある。ひとつはスルーヌでこれは今やわらわのものだ。次にブルカへと向かう街道の左右にわかれて、ふたつの領主がいる。それからセレスタとも境界線の一部が接触しており、セレスタとゴルゴライの間にも領主が治める村がある」

 辺境の中心都市ブルカと義母上の手に入れたゴルゴライの間には、その他にも無数の軽輩領主たちがブルカ辺境伯の寄騎として各村を治めている。

「ゴルゴライにわらわが居座り続ける事で、ブルカ方面の領主どもがブルカ辺境伯に庇護を求めて来るという事態になるとこれは問題だ。すでに事態の経緯を説明するため、彼らにわらわは使者を送り出した後であるから、わらわがそこに居れば、疑心暗鬼に陥るというものだろう」

 なるほど義母上はそこまでお考えだったのか。

「だからタンクロードに命じて、野牛の兵士のうち後陣のものどもはスルーヌに留め置かせることにしたのだ。わらわがおらずとも、ミノタウロスという異形の戦士部族がゴルゴライに大挙して駐屯している様では、これは戦争の機運を高めてしまうからな」
「しかしアレクサンドロシアさま、それではいざゴルゴライがブルカ辺境伯に攻められた時に対処できないのではありませんか?」

 ふと思い至ったのだろう、冒険者ダイソンがそんな質問をした。
 だがそこには義母上なりの考えがあるのだろう。
 義母上はまた俺を見やると、言葉の続きをお前が説明せよとばかりアゴをしゃくってみせた。

「それな。隣の領地であるスルーヌに残りの兵を駐屯さておけば、いざという時にすぐに駆け付けられるかという配慮だ。食料の問題もあるが、ゴルゴライに敵が攻め寄せた時、スルーヌから進発する野牛の兵士たちが、ちょうど敵の側面を攻撃する事が可能だ」

 どうだろう。少しは考えて、間違いの無い様に説明が出来たと俺は思った。
 しかし義母上は微笑を浮かべていた口角を少しだけ鋭くさせると、俺の言葉を受け取って続きを口にした。

「まだあるぞ。この川を見よ」

 義母上の言ったそれは先日、トカイの命令で落とされた橋のかかっていた川だ。
 川幅は二〇丈(大人二〇人ほどを並べた長さ)あまりのそれは、スルーヌの村を迂回するように走り、そのままサルワタの森にある湖へと通じている河川だ。
 下流はそのままブルカ方面に流れ込む大きな川へと合流しているはずだ。

「そうか、敵はこの川をつかって北上してくる可能性もあるという事ですか」
「正解だギムル卿よ。わらわと書斎でお勉強をした日々も懐かしいな」
「はい、懐かしいです」

 やはり義母上が親父と再婚された頃の思い出を、懐かしんでおられたのか。

「この川の流れは比較的速いし、川底の深さもたかが知れている。だがその事に油断していて、河川を通じて街道を避ける作戦で軍隊を送り込まれた場合、奇襲される事もあろう。ゴルゴライを経由せぬ事になるからな」

 そうなった場合は、サルワタの開拓村方面に、ブルカ辺境伯の軍勢が攻め寄せて来る事も可能性としてあるのか。
 俺が納得の表情をしている隣でダイソンもウンウンと唸っていた。
 その事を俺は子供の頃に学んではいたけれど、俺は騎士としての鍛錬だけは義母上に付けて頂く事が無かった。
 何となく、ひとりの領主として自立するためには不完全な人間なのではないかと微妙な気分になる。

「だから、スルーヌに兵士の半分を駐屯させる事をお考えになったのか。アレクサンドロシアさまは天才ですか?」
「馬鹿者、この様なものは騎士見習いとなれば必ず学ぶ事だ。それにッヨイやシューターならば、騎士にあらずとも知っておるだろうの」
「まあシューターの旦那は、あたしらと違って学がありそうだから当然だねえ」

 するとこの川とか移動の交差点であるこの橋に、関所でも設けた方がいいのかもしれない。その事を義母上に意見具申してみると、

「戦備と時間の問題があるから、立派なものを作る事は出来ないだろうの。しかし検問ぐらいは問題なかろう。少なくともスルーヌのトカイめはその事を良く知っていたから、この橋を落としたのだろうな。いや、ツジンと言ったか。その者が理解していたのか……」

 義母上はそんな反応を示して、腕を組んで美しくも柔らかそうな胸を押し上げて見せた。
 畜生、この胸はすでに義父シューターのものだ。もしも俺が義母上の実子であれば、独占する期間だってあったというのにな。
 まあいい、俺にはタンシエルのたわわな胸がある。

「あ、あのサルワタの騎士さま。おらからひとついいですか?」
「何だ、申してみよ」

 俺たちのやり取りを見ていた女幹部が、ふと義母上におずおずと口を開いたのである。
 すっかり存在を忘れていたが、トカイの娘アンギッタを人質として移送するために、スルーヌの村から連れていく段取りをしていたのだった。

「ツジンという似非坊主さまは、この川を渡ってきた傭兵さん方を村に向かい入れたのだす」
「ふむ、ツジンは別行動をしていたのか?」
「ツジンさまはゴルゴライを経由して来たと」
「なるほど。ならばわらわたちにその存在を悟らせないために、わざわざ川を使ったのだな。ツジンという似非坊主は、いよいよ坊主ではないと見るべきかもしれぬ」
「はい。ツジンさまは賢い方だとおらも思っただ」

 クレメンスがそう言ったところ、義母上は警戒の顔を浮かべていた。警戒の色と同時に、義母上は凄みのある表情をしていたのだ。
 義母上はもしかすると、この状況を楽しんでおられるのだろうか……

「その者は確かブルカ辺境伯の側近と言っておったな、恐らくそれは事実であろう。手ごわそうな相手だの……」
「どうされますか。(ッヨイ)を召還するのもひとつの手だと思いますが」
「それはならぬ。ッヨイには外交使節に帯同して大使ふたりのサポートをさせねばらなぬからな……。ある程度、リンドルやオッペンハーゲンとの交渉がまとまったらなら」

 痛し痒しだ、と義母上は俺の意見に苦笑して見せた。

「まずはさておき、村に戻るぞ」
「ははっ」
「この先しばらく体を休める事も出来そうもないからな、今少しの間は屋敷にもどってゆっくりさせてもらおう。ギムル卿の相手の顔も拝んでおかねばならぬ」

 義母上は笑うと、愛馬の手綱を握って強く駆け出すのであった。
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