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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

間章 サルワタ動乱編

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間話 ギムルの嫁取物語 8

「見回したところ、村の入り口に拒馬(バリケード)がこさえてありましたぜ。守備についているのは十数人そこいら。それから甲冑を着た騎士もどきみたいなのと、武装した農民どもが領主の屋敷周辺に集まっていますね、数は四〇ぐらいでしょう。後は物見の塔の周辺に二〇かそこいら、こいつらは傭兵と騎士もどきです」

 村の総戦力はざっとそんなもんですぜ、と冒険者ダイソンが斥候の報告を述べた。
 スルーヌの村は周辺集落とあわせて人口二〇〇〇余の数をもっていたはずだ。そこから考えると七〇名の戦士を急場でかき集めたのは、なかなかの手際ではないかと俺は舌を巻いた。
 サルワタならば少なくとも帯剣した者を集めても二〇も揃わないだろう。

「拒馬まで用意していたとあっては、向こうにもそれなりの備えがあると見るのがいいだろうの」
「やはりブルカ辺境伯の関係者がこの村にいると考えた方がよろしいでしょうね」
「フン。そんなものを用意して作戦を立てる時間があれば、逃走する算段をしていた方がよかったと後悔させてやる。ダイソン! トカイの姿は見かけたかの、齢を取った背の高い痩せた男だ」

 拒馬は検問の際、街道などを封鎖する目的で使用する移動式の簡易バリケードだ。
 義母上の蔵書の中にあった軍学書によれば、馬の突撃を妨害するために進路上に置くのが効果的とあるが、あんなものを急場で用意するのには時間がかかるし、辺境の農村生活にはまるで必要のない代物だ。やはりブルカ伯の入れ知恵だろうか。

「いえ村長さま。そんな爺さんは見当たりませんでしたぜ」
「村長ではない! 何度言えばわかる、わらわはアレクサンドロシア準女爵だ……」

 ブツブツと思案しながら防風林の向こう側から突き出ている物見の塔を見やる義母上は、嘆息を漏らして腕組みをした。

「わらわの軍勢は占めて二〇〇。橋を修復している野牛の兵士を差し引いても、こちの数は倍する勢いだ。しかし、石塔に籠城されると厄介だの。だが屋敷に立てこもったぶんには、包囲して付け火してやればトカイめも飛び出してくるであろう。さてトカイめはどこにいるか……」
「物見の塔は四階建て相当の高さがありますからな。取りついてよじのぼるにも、妨害は必須でしょう」
「その時はその時だ。わらわが魔法使いである事を思い知らせてやる」

 ぎりと拳を握った義母上が、俺と修道騎士イディオ卿を見比べてそう言った。
 義母上は魔法の発動体を持っていない。
 数年前に不作があった年、義母上は国王より下賜された魔法発動体を兼ねる槍を売り飛ばしてしまった。
 わずか金貨数十枚のために、魔法使いが命よりも大事にしている魔法発動体を売ったのだ。先祖伝来だという家宝の魔導書は、十年前の流行病の時にこれも売り飛ばしている。

「案ずるなギムル卿よ。時間はかかるが、グリモワールなど無くても魔法は使える」

 俺の心を見透かしていたのだろう、不安の表情をしていたと思う俺を気遣って義母上は笑って見せた。
 戦場で微笑する姿も義母上は美しかった。
 拳がゆらゆらと蜃気楼の様に揺れると、そのまま紅蓮の弾を現出させた。
 だが大きさはまだ石ころほどのものだ。
 徐々にそれを膨らませていき、義母上の顔が引きつっていく。
 やがてその紅蓮は巨大な義母上の胸の様な大きさになり、放たれた。

「わらわの魔力を持って物理の原則を成せ、逝け!」

 その一撃は拒馬にぶつかると、木片をまき散らしなら破壊された。
 防備を固めていた武装農民たちにその木片が飛び散り、悲鳴を上げている。

「ゆくぞ、最早あんな拒馬はわらわの馬ならば簡単に飛び越えられる!」

 義母上の乗った馬は、輿入れの時に連れてこられた軍馬だ。
 俺が村から乗ってきたそれであり、ブルカの冒険者ギルドに急報を知らせた時も跨っていた。
 だから俺には義母上の愛馬がいささか年老いてはいても優れた馬である事は理解していた。尚更、飼い主がそれに跨るのだ。
 人馬一体となった義母上に追いつこうと、馬を駆って俺とふたりの護衛が続いた。
 背後では「往くぞお前たち!」と修道騎士イディオ卿が号令をかけて、歩兵槍を構えた騎士修道会の従士どもが走り出した。

 俺たちはつむじ風の様になって、村の入り口にある拒馬を目がけて突進した。

「わらわはゴルゴライ領主、アレクサンドロシア=ジュメェ準女爵である!」

 今日何度目の名乗りであろうか。
 義母上は馬速を落とすことなくそう叫びながら村の入り口をジグザグに走りながら目指す。
 そうするのは、視界の向こう側で生き残りがあわてて槍を差し向けたり弓を構えている姿が見えたからだ。
 村の猟師だろうか、夏だと言うのに獣皮のチョッキを着た人間がいつでも発射できる様にと弓を番えている姿が見えた。
 だが勢いに乗った義母上は、本来は馬の突撃を防ぐを拒馬の残骸を難なく跳びまたいで見せるではないか。

 大きく跳躍した義母上の愛馬は、ヒヒンと短く鳴いてみせると次の瞬間には拒馬(バリケード)の向こう側に着地していた。
 俺たちもそのジャンプに続いて馬を勇躍させた。
 すぐにも背後から修道騎士イディオと従士隊が追いついてくる。

「な、何なんだおめぇはよ! ここは村長さまの命令で何人も通してはなんねえ決まりになってんだッ」
「なれば村長のトカイを直ちに呼んでまいれ。サルワタのアレクサンドロシアが貴様に用あって参ったと申すのだ!」
「それはなんねえ!」

 聞き分けの無い猟師のひとりが、問答無用とばかり番えていた矢を放とうと引き絞る姿勢を見せた。
 だが、義母上はそれよりも早く、左手を突き出してファイアボールを放って見せる。
 サルワタで過ごしていた長い平和な生活の中で、義母上が騎士である事をすっかりと忘れさせていた。
 もしかすると義母上もそうであったかもしれないが、戦場に立った今の義母上はまさに騎士だ。騎士そのものだ。

「おのれ! お前たちここは俺がやるッ。お前たちはその兵隊どもを押し返すぶべらッ――」

 問答無用は義母上も同じ事。右手に持った槍でひと突き、どうやら現場を任されていた傭兵然とした男の胸に見舞ったのである。
 そのまま両手に槍を持ち代えると、槍を横に引き抜く勢いで周りに取りつこうとした武装農民を叩きつけた。
 残りの武装農兵たちを相手に、すでに馬を飛び降りていたエレクトラとダイソンが襲いかかっている。
 俺は呆然とそれを見ているしかなかったが、従士たちは拒馬を器用に潜り抜けると、そのまま逃げる武装農兵たちの背中から容赦なく攻撃を仕掛けていった。
 もうひとり、武装農兵たちの中にまじっていた傭兵らしき男は、抵抗らしい抵抗もする事無くイディオ卿に捕縛されていた。
 見た事も無い様なやわらかな動きで、歩兵槍をうまく使って男を引き倒したのだ。

「どうする、死にたくなければトカイを呼んで参れ」
「ヒィ!」

 残ったわずかの武装農兵たちは、蜘蛛の子を蹴散らす様に逃げ出した。

     ◆

 拒馬を突破してしまえば、村の中に俺たちサルワタの軍勢を引き入れる事は容易だった。

 義母上と護衛の冒険者ふたり、そして俺の四騎の他に修道騎士イディオ卿が率いる従士部隊の十数名。
 さらには族長タンクロードバンダムと行動を共にしている連中以外の、一部渡河を強行した野牛兵士たちも加えた二〇名あまりが、村の入り口を突破して雪崩れ込む。
 武装農民たちに加わらなかった他の農民たちは、どうやら戸締りをして屋敷の中で震えてでもいるらしかった。
 ひとの気配が感じられないこの村の中に、俺たちは暴れ込んだ。

 開拓の歴史が比較的古いこのスルーヌという村は、サルワタの様に家屋が散り散りに建っているわけではなく、いくつかの家々の集合体で村を構成していた。
 サルワタには無い木の防柵が村の縄張り周辺に巡らされていて、放牧する羊たちが逃げ出さない様にしているわけだが、これがかえって村の中で目指すべき進路をわかりやすく示してくれた。
 目抜き通りになった道一本を直進すれば、そこに村長たる領主の屋敷がある。
 その一歩手前で右折すれば、そこにはどの開拓村にも存在している物見の石塔があるというわかりやすさだった。

「まずは領主館を目指すぞ」
「石塔はどうなさるのですか?」
「あんなものは下で火をくべれば、籠城されたとても焼き殺せる! 最悪は炎の魔法で鉄の扉ごとわらわが破壊してくれるわっ」

 槍を指し示した義母上の騎乗する馬の側を、従士たちが駆け抜けていった。
 姿勢は低く、そういう訓練をされているのだろう、ふたりがひと組になった態勢で前進するのだった。

「何をぼさっとしておるか。進め、進め!」

 俺もまた必死になって剣を抜いた。
 全裸最強などと言われるシューターには叶うべくもないが、俺だって剣を振る稽古はしてきたつもりだ。
 振り上げてただ相手に斬り下ろすだけならば、俺にだって簡単にできる。
 そんな風に思いながら騎乗から抵抗する武装農民のひとりに攻撃を仕掛けたところ、あっさりと避けられてしまう。
 反対側から鍬を持った武装農民が襲ってきたところで、何とかその鍬を弾き上げて斬り倒して見せた。
 やはり両手で剣を握らない事には、上手く扱えない。

 野牛の兵士たちが勢いにのって武装農民を槍で突き倒したのを見て、俺も馬を下りる事にした。
 義母上の様に馬に乗って槍や剣を自在に扱う事は俺には無理だと諦めた。

「ええい、サルワタの売女風情に後れをとるんじゃない! ミノタウロスなどという人外など恐れるな!」

 屋敷の前で陣頭指揮を執っていた男が、重そうな甲冑に苦しみながら叱咤激励をしていた。
 数こそ揃えていたスルーヌの兵士だったが、

「戦士を分散させて配置するなどというのは素人兵法の最たるものだ。そして側面ががら空きだ」

 義母上はそう言うと、天空に向かってファイアボールを打ち上げた。
 そのままひゅんと飛翔していった紅蓮の弾は、義母上の魔法的な拘束を離れる高さまで飛んで、ぱんと弾けて四散したのだ。

「よし、野牛どもが側面を突いた。イディオどの頼んだぞ」
「タンクロード卿の騎兵隊と呼応するぞ。ヤツらは必ず混乱する、者ども接争用意!」

 一斉に歩兵槍を前に突き立てた従士隊の男たちが、修道騎士イディオ卿の号令とともにと突撃姿勢をとった。

「突撃!」

 彼らは右手で小ぶりなファアイアボールを発射させながら、次の瞬間には勢いに乗って槍を突き立て突撃を敢行していく。
 俺もその後に付いて剣を持ちあげつつ駆けた。
 側面からの野牛兵士たちの突入は見事に挟撃のタイミングをあわせられたらしい。
 四〇あまりの傭兵や武装農民たちの集団は、結果的にふたつの敵を同時に対処しなくてはならなくなって、大混乱に陥った。
 数度剣を振り上げて相手の武装農民を攻撃してみたが、それ以後はほとんど俺に出番はなかった。

 修道騎士イディオは巧みに歩兵槍を操っていた。
 彼は修道騎士でしかも軍事教練の教官あるというから、どんな武器を使わせても間違いなく達者に使って見せるだろう。
 けれども俺が見ている限り、歩兵槍の扱いはまるでシューターの天秤棒を使う姿に似ていた。
 ただ突くだけの武器であるはずの槍を、くるりと回しては相手を押さえつける様に倒して見せたり、ある時はその石突で相手のアゴを的確に叩いたり。
 終いには敵の剣を巻き上げて見せる事もあった。

 息を止めてものの十ほど数えている間の出来事であったと思うが、混乱するスルーヌの軍勢を彼と彼の教え子たちが制圧していったのである。

「ぶ、ぶち殺してやる!」

 その時である。
 唖然とイディオ卿の従士たちを見守っている瞬間に、胸甲を身に纏った男が飛び出して来て、一心不乱に俺に目がけて攻撃してきたのだ。
 明らかに俺が馬から降りた姿を目撃されていたのだろう。
 せめて俺たちサルワタ勢の幹部を道連れにしようとばかり、この男は剣を振り乱して飛びついてきたのだ。
 あっと思った時には、俺の長剣は弾き上げられて、宙を舞っていた。

「馬鹿めが、この素人野郎ッ」

 気が付くとぐるんと剣を翻した男が姿勢を低く、俺に飛び込んでくる。
 だが、殺されると思った瞬間に義母上が馬上から槍を手に飛びついていた。
 体当たりをする様に義母上が男に横から跳び重なり、そのまま地面を何度も転げ、そして抜剣した義母上が手早くその刃先を男の胸に突き立てる。

「ギムルよ、大丈夫か?!」
「も、問題ありません義母上」
「よい、そなたが無事であるならば、わらわはそれでよい」

 その出来事は一瞬で、俺は跳ね上げられた自分の剣をあわてて探しながら己の弱さを恥じた。

「ここはもうよい、物見の塔に火をくべて鉄扉を燃やしてしまえ! 弓矢で妨害する者には魔法で対抗するのだ。それから、スルーヌ村長の、トカイの姿は見当たったか? ヤツめは初老の背の高い男だ!」
「いいえご領主、どこにもおりません」
「屋敷の中にいるのではないですか。あるいは物見の塔に立てこもったのか?!」

 怒号が飛び交う中で義母上と野牛の兵士たちが短くやり取りをし、従士たちが物見の塔を目指す。
 義母上の指示に従って屋敷の中に野牛の兵士たちが突入を開始したところで、散発的に抵抗をしていた武装農民や傭兵どもも、いよいよ戦う事を諦めた様だった。

「よいかギムル卿よ、こんなものは戦争とは呼べぬほどの優しいものだ。お前は領主たる貴族であって貴族軍人ではないのだからな、無理に前に出て戦う必要はない」
「はい……」
「だが、わらわによいところを見せようと剣を振るった姿は感心したものだ。しかし孫の顔を見せるまでは、そなた死んではならぬぞ。早う、そなたの嫁の顔を見たいものだ」

 義母上はそう俺に笑ったかと思うと、頬にべったりと付いていた血をぬぐってみせる。

「お兄ちゃんにはこんな顔は見せられぬな。わらわは新婚さんだから、失望されてはいかん」
「そ、そうですね」

 シューターが族長タンクロードバンダムと血みどろの闘牛をしていた事をふと思い出して、何となく義父上と義母上は似た者同士なのではないかと思ってしまった。

 それから四半刻もしないうちに、組織的な戦闘は終了した。

     ◆

「ひいい。そこの虜囚、わしを守れ!」

 スルーヌの村長であった領主トカイは、果たして石造りの物見の塔に立てこもって最後の抵抗をするつもりであった様だ。
 しかし村の敷地内に俺たちがあっさり突入し、屋敷も俺たちの手に落ちてしまったとわかって、密かに物見の塔の地下牢の中に潜んでやり過ごそうとしてたらしい。

 そこには数人の囚人が繋がれていたので、汚い恰好をしてその中に紛れ込んでいれば助かるかもしれない、そう考えた様だ。

「わしは、わしはスルーヌ騎士爵のトカイであるぞ。わしに手を掛けるという事は、国王の任じた騎士を殺すという事じゃ。それでもサルワタの売女の命令に従うのかッ」
「残念だったのう。わらわはすでにサルワタではなく、ゴルゴライの領主である。そして貴様はただの骸にもうすぐなるのだ。わらわの質問に答えなければな」
「ひっ、人殺し!」

 恐ろしい笑みを浮かべた義母上が、地下牢に踏み込んだ修道騎士イディオ卿たちとともに剣を突き付けた。
 突き付けられた初老のトカイは、膝をぶるぶると震わせながらも国王への忠義と義母上の不義なるものを口にしたけれど、義母上にはどうやら聞こえなかったらしい。

「何を言うか。領主と領主の争い、これは辺境では日常茶飯事の話であろう。国王陛下はその様な小さな事にはいちいち介入せぬ」
「だ、だからと言ってこの様な大義名分の無い不忠が許されるものではないぞ。わしは知っている、ゴルゴライのハメルめを貴様が武力解決手段で嵌め殺した事を。次はわしか、わしの領地を殺すのか!」

 わめき散らすトカイは、確かに俺が何度か拝見した事があった初老の男だった。
 しかし、これほど取り乱す姿を見たのはもちろんはじめてだ。彼は領地経営に優れた人間であったかも知れないが、領土拡張には不向きな温厚な人間だったのだろう。

「ここはわしの領地であるのじゃ。わしはスルーヌの騎士爵トカイだ!」
「戦争の結果に馬鹿を申すな。それとも何か、貴様はここからここまでが自領地であると示す証拠を用意していたというのか? その様な事がこの開拓の地でまかり通る様なら、いやしくも陛下よりご拝命した辺境開拓の任を放棄しているという事になろうの。辺境諸侯に与えられた任は、陛下に成り代わりそのご威光をあまねく辺境に示す事だ。すなわちそれが開拓精神である!」
「…………」

 このじじいを引き立てろ! と、義母上は囚人に紛れていたトカイを蹴り飛ばして命じた。
 事の顛末について、他の捕虜たちとともに尋問にかけるためである。
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