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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

間章 サルワタ動乱編

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閑話 ギムルの嫁取物語 7

確定申告やっとおわりましたね…
更新お待たせしました!
「騎士爵ギムルよ。わらわが戦場というものを教えてやる故、しかとその眼で刮目せよ!」

 紅のドレスの上に甲冑を纏った義母上が、人馬一体となって街道を走りながらそう言った。
 義母上はその手に、ゴルゴライの領主館から持ち出した槍を持っている。恐らくハメルシュタイナーが蒐集していた武器であろうけれど、それを見つけた義母上は気に入ったのか装備したのだ。

「わかりました。ですが義母上もあまりご無理なさらぬように」
「何を申すか、わらわは騎士であるぞ。騎士の本分というものを見せてやる」

 付き従うのは俺、エクセルパーク叔父、族長タンクロードと野牛騎兵、それからふたりの護衛役の冒険者である。
 最後尾にはゴルゴライの村で摘発した荷馬車に揺られる騎士修道会の従士複数名が乗り込んでいた。指揮するのは修道騎士としてひとりだけ参加したイディオ卿だった。彼もまた騎馬ではなく従士たちとともに荷馬車に分乗している。

「よいか、相手は戦場を知らぬ田舎貴族にすぎぬ。わらわの差し向けたゴルゴライ接収の使者の言葉に異を唱えたとなると、またぞろブルカ辺境伯の差し金で何者かに入れ知恵をされた可能性がある」

 強い向かい風を受けているので、当然義母上は叫ぶように首を捻ってそう言った。

「わらわに楯突こうというのは見上げた根性だが、所詮は尚武の気風だけがある軽輩領主だ。迅速果断に攻め寄せて、ひと息に消し炭にしてくれる」
「そ、村長さま落ち着いてください。相手は何かの行き違いで問題を起こしているのかもしれませんので」
「村長ではない、アレクサンドロシア準女爵だ!」

 意見を上申した冒険者ダイソンに、馬上で義母上が激昂した。

「し、失礼しましたアレクサンドロシア卿。しかしゴルゴライの村に騎士修道会の軍勢を置いてきたのはよろしかったのですかね?」
「騎士修道会の諸卿らにおかれては、これはわらわたち辺境領主間の問題であるからご助力は大丈夫だ。わらわに代わってゴルゴライの防備を固め、ブルカに動きある時はすぐに知らせてくれればそれでよい」

 義母上は馬速を緩めることなく、小走りさせながら軽やかにそう宣言した。すると、

「お気持ちはありがたいが、すでに我ら騎士修道会とサルワタ領主家は親戚関係です。アレクサンドロシア卿にもしもの事があれば総長にお叱りを受けます」
「ふむ、ではイディオ卿にもご加勢願おうかの」
「それに、ダイソン卿の仰る様に何かの行き違いで通行拒否をされたというのでは、間に入って調停をする人間も必要でしょう」
「確かにそうだ、事と次第では命まで奪おうと言うつもりはない」
「ご配慮ありがとうございます。俺が騎士修道会の軍事キャンプで教練した従士隊は何れも精兵です、いざという時にもお役に立てるかと存じますぞ」

 騎士修道会と言えば辺境に名の聞こえた精強部隊だ。
 西にモンスターが出現したとあれば討伐し、東に盗賊が跋扈すると聞けばそれを蹴散らす。北に流行病があるとわかれば医療従事者を送り出し、南に巨大な猿人間が巣くうと知ればこれを亡ぼす。
 ただの軍隊ではなく、女神様の祝福を受けた者だけで組織された領境無き頼もしい味方がいるのは、これほど心強い事はない。

「期待しておる。だがタンクロードよ、そなたも負けてはおられぬぞ?」
「応ッ、誇り高きミノタウロスが戦上手である事を見せてやる!」

 義母上のその言葉に、鼻息を荒くした族長タンクロードバンダムが吠えるのだった。

     ◆

「トカイめ、いつのまに戦士を揃えておったのか……」

 義母上は馬速を緩めると、唸る様にしてそう言った。
 スルーヌの村近くまで前進した俺たちの前に、十名ばかりの武装した集団の姿が飛び込んで来た。
 横断する川にかかった橋を通せん坊しているらしく、その向こう側に野牛の兵士たちが固まっているのが見えた。
 たぶんあれは第一陣として集まった二〇〇名の残りだろう。
 橋が落とされているかどうかまでは、ここからは確認出来なかった。
 確かに大勢を相手に通せん坊をするのならば、橋を塞いでしまうのは有効な手段だ。

「しかしあれは装備も不揃い、傭兵どもを集めたと言った風情だろうの。連携がとれるとは甚だ思えん」
「ご領主よ、我が野牛の兵士はあの向こう側に集結している。ご命令あらばすぐにも蹴散らしてみせるぞ」
「まあ待て、あの中にトカイの姿が見えぬな。わらわの送り出した使者は、ヤツの屋敷で拘束されておるのかの?」

 義母上は槍を地面に突き立てると馬首を返した。

「ダイソン、そなたは村の様子を探れ。途中でトカイかその部下に出くわしたら、サルワタのアレクサンドロシアが参ったと申すのだ。天下の往来を通せん坊するとはどういう腹積もりか聞いてこい」
「わかりました!」

 その言葉にダイソンが馬を走らせて、草原の中を突っ切る様にスルーヌの村を目指す。
 義母上はそうして槍を小脇に抱えると、馬の手綱を引いて馬速を速めた。

「付いてまいれ。わらわ自身でどういうつもりか聞いてやる」

 スルーヌの村を支配するのはトカイという村長だった。
 辺境の領主たちというのは何れも騎士爵や準男爵といった軽輩身分の貴族が多く、せいぜい男爵や子爵の領主が数人いる程度だ。
 トカイもまた王国本土の没落騎士の出身で、辺境の開拓に夢を見て移封を志願した男だった。
 年齢は死んだ親父と似た様なものだったはずだから、すでに老境に差しかかった人物だったと記憶している。
 ブルカへの旅路の途中で宿を求めて村を訪れた時に数度、それから親父の葬儀で顔を合わせた程度の見識だが、それからしてもおおよそ戦向きの感情を持った人物ではなかったと記憶している。

「わらわはゴルゴライの準女爵アレクサンドロシア=ジュメェである!」

 先頭を行く義母上が槍を天に高々と突き立てながら、こちらに向かって抜剣してみせた戦士たちにむかって声高に叫んだ。
 見ればスルーヌの傭兵たちの狭間から、落とされた橋が見えるではないか。
 何という事をしてくれたのだ、これではサルワタからの補給物資を輸送する際に、大変な苦労をしてしまう……

 落ちた橋の向こう側で、どうしたものかと顔を見合わせていた野牛の兵士たちが「あれは蛮族の領主さまだ」とか「族長の姿が見える」などと言い合っているのも確認出来た。

「馬鹿を言うな! ゴルゴライの領主は準男爵ハメルシュタイナー卿だ。貴様の様な売女風情がなぜゴルゴライ領主を名乗るかッ」
「すでにゴルゴライはこのアレクサンドロシアが接収した旨、使者を使わせたであろう」

 野牛の兵士たちはスルーヌに雇われた傭兵たちと争う気は無かったらしく、橋を落とされて立往生をしていたらしい。強引にどこからか渡河してみせた野牛の兵士が、ゴルゴライまでその報を伝えたという事か。
 橋を掛けなおそうにも工夫の類は率いておらず、仮にそれが出来たとしても、ここはスルーヌ領内なのでそんな事が自由にできるはずもない。
 意味の無い口論を恐らく数度にわたってしたものの、途方に暮れて睨み合っていたのだろう……

「その様な使者はこのスルーヌには来ていない。サルワタの売女風情が適当な事を言うんじゃない!」
「な、なにを。わらわの使者が来ていないだと?!」

 歩兵槍(パイク)を突き出した戦士たちの中から、リーダーと思われる人物が義母上に反論をした。
 恐らくトカイの身内の者か、トカイから騎士に任じられた男なのだろう。母を侮蔑する言葉を飛ばしながらも、何も知らないという態度で言い返すのだ。
 しかし「サルワタの売女風情」という言葉が飛び出したのを見て、俺は怒りを覚えた。
 いや、義母上を侮蔑されて怒った俺以上に、その言葉は義母上に言ってはならない言葉だったらしい。
 視界の端に捉えていた義母上のこめかみに血管が浮き出るほど激怒しているのを俺は感じた。
 これはまずい。話し合いにならずに義母上が怒りに任せて槍を振り回すのではないか。

「アレクサンドロシア卿、俺の部下が野牛の騎兵とともにスルーヌの村に向かった事は確かです」
「嘘をつくなこの売女! そんな人間はわが村に姿を見せてはいない。それよりもこちらから聞かなければならない事がある。このサルワタの兵士を名乗るミノタウロスどもの軍勢はどういう事だ、説明してもらおうか!」

 背後の落ちた橋を一瞬だけ振り返ったスルーヌ騎士は、剣を義母上に向けながらそう叫んだのだ。
 やめろ、これ以上義母上を「売女」と言うんじゃない。命が惜しくないのか……

「ミノタウロスはわらわの兵どもよ。みな頼もしきサルワタの領民だ」
「ブルカ伯の知らせは本当だったのだな。この様な蛮族の軍勢を集めてまで、ゴルゴライを攻め取るとは恐るべき野心だ。大恩ある国王陛下に弓引くつもりとは、いかにも売女のやりそうなことだ。陛下に成り代わり、売女めを誅してくれる!」

 まるで義母上の言葉に耳を貸さないスルーヌ騎士の態度に、俺たちはもはや義母上を抑える事は出来ない。
 馬上から容赦なく突き出された槍は、するすると伸びてスルーヌ騎士の首に刺さった。

「これ以上わらわを愚弄する事は許さん! お前たち、皆殺しにせよッ」

 その言葉と同時に、待っていましたとばかりタンクロードが巨大なハルバートを振り回して、いち度の斬撃で数名の傭兵の命を刈り取ってしまった。
 荷馬車に分乗していた騎士修道会の従士たちも、修道騎士イディオ卿とともに残りの兵士に飛びついていく。

「待て、数名は生かして捕らえよ。事実を聞き出さねばならん」
「わかりました!」

 イディオ卿の鍛えた従士たちは、ほとんど半狂乱になって無駄な抵抗をしようとしていた雇われ傭兵たちを、いとも簡単に無力化してしまった。
 やはり実戦経験に差が出たのか、輸送物資の護衛程度しかしていないだろう傭兵は歯が立たなかった。

「そこの野牛兵よ、そなたはゴルゴライから大工を呼び寄せて橋の補修を何としても急がせろ」
「わかりました」
「対岸の野牛どもは、数名こちらに来い! 橋は渡し板を破壊しただけで骨組みはそのままだ。荷馬車を解体してどうにかいたせ」
「了解したご領主! 聞いたかお前たち、橋を応急修理だ!!」

 次々と命令を飛ばした義母上に、叔父が馬を寄せて意見具申した。

「義姉上。送り出した使者がスルーヌに到着していないのが事実だとしたら、どこかで使者が殺されたという可能性もありますよ……」
「フン、どうせそんな事だろうと思った」
「しかしそれでは、どうしてあの騎士を殺したのですか。これでスルーヌの村長は後に引けなくなりました」
「だが構わぬ、行き違いなどはスルーヌを強奪するための口上に過ぎぬからな。どのみちあの騎士の口ぶりでは、ブルカ辺境伯の手の者が、トカイの耳に何事か吹き込んでいたに違いないからな」
「……それではすべて計算づくだったという事ですか?」
「そんなものは当然だ。わが村の開拓計画がブルカ伯の奸計で台無しにされた時点で、覚悟は決まっていた。どのみち何も手を打たなければ、あのミゲルシャールに併呑されてしまうのだ」
「確かにそれはそうですが」
「わらわはゴルゴライの領地を掠め取ったのだ。こうなればゴルゴライをひとつ奪うのも、スルーヌをもうひとつ奪うのも、同じものだ。そなたの領地もわらわの義実家であるから、罪は同じものと世間は見るぞ。どうだ、もう後には引けぬであろう。くっくっく……」

 あまりにも苛烈な発言を軽やかに口にした義母上のその唇は笑っていた。

「よいかギムルよ」
「はい……」
「戦場では判断を遅らせるとそれは命にかかわる。後手に回れば出来る手段はどんどん限られていく。迷いは禁物だからな、先手必勝に限る」

 朗々とそう言葉を紡いだ直後に槍を翻して見せ、義母上は物見の塔が見えるスルーヌ村の方角を指し示した。

「このまま勢いにのってスルーヌの村を襲うぞ!」
「待ってください村長さま、ダイソンの伝令は待たないのですか?」

 あわてたエレクトラに義母上は怒鳴り返す。

「村長ではない! 村の街道口を抑えていつでも突撃出来る様にする。タンクロードは騎兵を連れて側面に回れ。村の北側、川に沿って防風林がある辺りは視界が遮断されておるので、それを利用して背後を付くのだ。残りの野牛どもは強引に渡河させよ、この季節だ濡れてもすぐに服は乾く」
「フンス、任せろ!」
「合図が出たら兵士を片っ端から潰して回るのだ。よいな、村人には手を上げるなよ?」
「俺たちは蛮族ではないからな。無抵抗の者に剣は向けぬ」

 踵を返した野牛の騎兵部隊は、そのまま勢いに乗って防風林の向こう側へと消えていった。

「村に押し入る前にトカイめの言い訳を聞いてやるから、イディオ卿は街道口に従士を布陣させてくれ」
「承知しました。任せてください」

 こんな義母上を見たのははじめてだ。
 いつも執務室に籠って安楽椅子に腰かけ、静かに書物を読んでいる義母上しか俺は知らなかった。
 時には蛮族が現れた、熊が暴れたと聞いて甲冑を身に纏う事もあったけれど、そんな事は数えるほどしかなかった。
 ワイバーンが開拓村を襲った時には先陣を切って飛び出していったが、それも何年に一度あるかないかという程度の出来事だった。

「ギムル卿、あなたのお母さんは苛烈なひとだ」
「うぬ。はっ義母上がひとを殺す姿をはじめて見たのだ……」
「戦場で決断が早いのは美徳ですな。さぞ王国軍ではご活躍めされたのだろう」

 従士たちを纏めるために指示を飛ばしていたイディオ卿が、ふと俺に身を寄せてそんな事を言った。
 義母上が褒められているのだから嬉しいはずなのに、どうにも心が落ち着かなかった。
 はっきり言って、義母上は生き生きとしている。ブルカ辺境伯という、辺境最大の領地と人口を持つ貴族を相手に駆け引きをしているのに、一歩も引かぬどころか攻めに回っているのではないか。
 これまでやりたい放題をされてきて溜まった鬱憤を、まき散らしている様にすら見えた。

「あれは戦場を知っている人間だけに出来る立ち居振る舞いだ。正直、田舎貴族の寡婦(かふ)と侮っていたら、ブルカ辺境伯も痛い眼に合うでしょうね」
「義母上はすでに未亡人ではない」
「失礼、そうでしたな。シューター卿の奥さまだ。しかしその事はブルカ伯も知らない。これは面白い事になってきたな。はっはっは!」

 村の街道口に向けて進撃しながら、笑って見せるイディオ卿の姿に俺は困惑してしまった。
 義母上はどこへ向かおうとしているのだ。
 しかし尊敬する義母上の目指す先は、当然俺たちの目指すべき場所だ。
 タンシエルよ、付いてきてくれるな?
2016/03/17
1:30 更新したものに一部を加筆修正しました。
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