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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

間章 サルワタ動乱編

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閑話 ギムルの嫁取物語 6

 それからも義母上は忙しく精力的に仕事をこなしていた。
 周辺の集落から戻った使者たちの報告を聞き、それと一緒に来訪したそれぞれの集落の代表者と謁見をする。
 快く義母上による支配を受け入れ、逆らわらないのであればこれまで通りの生活を認めると言う内容の口上を繰り返していたはずだ。

「ギムルさま。俺たちは戦争をするんですかい?」

 俺はというと、タンシエルとの結婚の報告をどう切り出したものかと悶々とした気持ちで過ごすばかりだった。
 多くの修道騎士と従士、それに野牛の兵士たちがこの村に集結しているため、一時的に護衛役のダイソンはその任を解かれていた。

「村長の腹積もりは、そうだと聞いただろう。愚問だ」
「するとあれですかね、ブルカまで俺たちは攻め上る事になるんですかね」
「そういう事もあるかもしれないな」
「ははあ、戦争か……」

 ダイソンは宿屋の食堂でだらんとくつろいだ格好のままで、思案する様にハチミツ酒の入った酒杯を覗き込んでいた。

「何だ、戦争をするのは嫌か?」
「まあ俺は傭兵ではなくて冒険者ですからね、戦争よりモンスターを相手にしている方が性に合っていますや。けど、」
「けど何だ?」

 まるで巨大な猿人間の様な体躯をしていながら、ダイソンはその身を丸めてた。

「戦争になって勲功を立てれば、この俺も騎士さまの端くれぐらいにはなれるかもしれませんや。騎士ダイソン、良い響きだぜ」

 そんな事を口走って、ダイソンはハチミツ酒をひと息に呑む。
 食堂の少し離れたテーブルで細剣を磨いていたエレクトラが、そのタイミングで顔を上げた。この女も今は一時的に義母上の護衛役を解かれている。

「思うところがあるならば、無理にあたしに付き合う必要はないよ。あんたはもともと冒険者として雇われた身分だろうから、戦争なんて契約にはない事だからね」
「いや別に、俺は戦争が怖いわけじゃねえ! シューターの旦那みたいに人間を軽く棒切れで捻り倒すなんて事は、さすがに出来ねえって言いたかったんだよ。そういうお前ぇは戦争になっても、アレクサンドロシアさまに従うつもりがあるのか!」

 ふたりの冒険者が口論を始めたのを見て、俺は溜息を付きながらビールを口に運んだ。
 村にはビールを作っている酒蔵などはなかったから、ブルカの街以来口にしていなかったこれを呑んで、少し懐かしい気分になった。
 このビールもブルカで作られて小さな村に運ばれてくるものだ。
 モノは何でもブルカで手に入る。しかしサルワタでも手に入るモノがあるのも確かだ。
 あの美しい義母上に似たタンシエルは、少なくとも俺がサルワタにいたからこそ手に入ったものだ。
 いや正確には野牛の居留地にいたからと言うべきだろうか。

「あ、あたしはだね。辺境を(わたくし)するブルカ辺境伯の野心を挫くと言う崇高な理念に感銘を受けて、だね」
「手前ぇの嘘っぱちなんてすぐにわかるんだよ。手前ぇが惚れてんのは村長さまじゃねえな、シューターの旦那だろう」
「ち、違うよ」
「じゃあッワクワクゴロの旦那か?」
「何でそうなるんだよ、あたしを馬鹿にしているのかい!」
「じゃあ誰なんだよ。村長さまが聞いたらゴブリン差別だと言ってブチのめされるぞ。村長さまはゴブリンハーフだからな、がっはっは」

 今頃はサルワタの開拓村で待機しているのだろうか。
 タンシエルは美しさの中に可憐さがあり、可憐さとともに勇ましさがあった。
 義母上には可憐さはないが、タンシエルにはそれがある。そこが義母上とタンシエルの違いだろう。

「あ、あたしはね。ただあれほどの剣技を持ったシューター卿に、いつか教えを請いたいと思っているんだよ。剣を持たせてもあの強さだけれど、天秤棒で巨大な猿人間に立ち向かう姿、あんたは何も思わなかったのかい?」
「違うね」
「何が違うのさ」
「シューター卿の本当の強さは、全裸だ。服を脱げば脱ぐほど強くなるんだぜ、お前だって脱いだシューターの旦那にはめたくそにやられていただろう」

 戦争になれば、しばらくタンシエルに逢えなくなるのだろうか。
 しかしこれは貴族の義務である。義母上を支えるため、仕方ない事なのだ。

「あ、あたしはまだやられてないよ、これでも生娘なんだ。奥さまがたに義理があるし、何より村長さまに殺されたくないからね……」
「お前ぇ、乙女かよ?」
「うるさいよ! あんただって今年で三十路にもなるのに、子供のひとりもいないじゃないか」
「旦那だってあれで三二歳と言うぞ?」
「えっ嘘だろう? もっと若いと思っていたんだけどね」
「カサンドラ奥さまにタンヌダルク奥さま、村長さまにエルパコ奥さまだ。こんだけご夫人がいても子供はいないんだ。俺は奥さんがいないから、これはしょがないってものだ」

 義母上はブルカと戦争する事を決意しているが、その落着点をどう考えておられるのだろうか。
 輿入れの折に義母上がたくさん持ち込んだ軍学書は大概俺は眼を通しているが、そこにはこんな事が書かれていたと思う。
 戦いははじまる前にすでに終わりを見据えているものだと。
 今の義母上は、どういうつもりで戦争を始めるのか……

「あのう、騎士のみなさま。お静かに願えませんでしょうか……。旅の商人さまがたが怯えてございます」
「おい聞いたかいダイソン、あたしたちが騎士さまだってさ」
「おう、そうとも俺はサルワタの騎士ダイソンさまだ!」
「シューターの旦那に聞かれたら、それこそ棒切れで張り倒されるよ。サルワタに騎士は旦那しかいないんだ」

 ま、まさか義母上は辺境を統一しようという野心をお持ちなのだろうか。
 シューターはワイバーンを倒し、バジリスクすらも倒してしまう最強の戦士であるから、これを手に入れた事で野心が芽生えたのかもしれない。
 するとその力を使い、辺境を統一する。騎士修道会を味方に付けたのであれば、圧倒的な軍事力を手に入れたという事だ。
 俺たちは領民の税で領地を富ませるが、騎士修道会は辺境一帯に信徒を持っている。信徒はすなわち女神様の領民であるという考え方も出来るではないか。
 女神様の信仰心をも利用して求心力を得て、サルワタ辺境伯とでも言うべき立場に上り詰めるという事か!
 そして今は野牛の兵士たちも控えているのだ。

 義母上。美しく、そして恐ろしいひとだ。

 そうすると義母上とあの男との間に生まれた人間が、次期サルワタ辺境伯という事になる。
 俺は、そうだな……タンシエルと結婚した後は、親父と義母上の意志を継いで開拓村の後継者になるのだろう。
 いい未来だ。
 俺は必ずこの戦争を勝ち残って、タンシエルとの間に子供を作るのだ。
 そうだ、義母上からお名前を一部いただくのはどうか。名前はタンからはじまるのが野牛の一族の掟だから、タンドロシアというのはさすがにないか。それならばタンアレクサンドロ……
 フンス、いやゴホン。ありだな……

「失礼、ギムルどのはおられるかな?」
「おっと修道騎士さま。ギムルさまは奥でビールを呑んでおいでですよ」
「そうか失礼するぞ。ギムルどのにご相談があって参ったのだが……」

 思案に暮れていたところ、修道騎士イディオ卿が仲間たちを引き連れて宿屋の食堂の中に現れた。
 俺はついついぼんやりとしていた事を悟られまいと、あわてて立ち上がると居住まいを改めて目礼をする。

「どうなされましたか、修道騎士どの」
「……実はひとつ大きな問題がござりましてな、アレクサンドロシア卿ご配下のミノタウロスの軍勢の事です」
「何か、連中が暴れる様な事があって厄介事でも起こしたのですか?」
「そうではなく、兵士の数の事ですな。タンクロード卿に聞きましたところ、野牛の兵は総勢で四〇〇にものぼる数だそうで、このゴルゴライにはそれだけの食糧の備えがないのです」
「…………」
「騎士修道会の部隊は自分たちの糧食を持ち込んだ程度で、兵糧に余裕がありません。またゴルゴライ領内はどの程度の余裕があるのか、今しがた農業ギルドという組合の人間に調べてもらう事にしたのですが、」

 鍛えられた体のイディオ卿が俺から振り返って、背後に控えていた農夫の親爺を見やる。
 確か農業ギルドの親方株を持った人間のひとりだったはずだ。義母上のゴルゴライ平定は正当なものであったと書面をしたためた男のひとりだ。
 イディオ卿が「よろしく頼む」と言うと、その男が一歩前に出て言葉を口にする。

「へへっ。食糧の蓄えについてなのですが、このゴルゴライの開拓村では多くの人間が養蜂をやっておりますだ」
「養蜂か」
「はい。何せご領主さまが熊の親戚でしたから、養蜂を奨励していたのですだ。ハチミツの蓄えだけはいくらでもあるものの、農作物と言えば領内で消費する程度の蓄えしかありません。ハチミツでご勘弁してもらう事は出来ねえでしょうか?」

「ハチミツで戦争が出来るか!」

 たまらず、俺は怒声を上げてしまった。
 すぐに農業ギルドの親方株を持った男は「ヒィ」と悲鳴を上げて萎縮したが、ハチミツで戦が出来るわけがない。

義母(はは)うぇい……。ゴホン、村長は何と言っている?」
「まだご報告はしておらん。今すぐ騎士修道会の本部に手配をしたところで、ブルカで食糧をかき集めて送り出すとなると数日はかかる」

 嘆息を漏らしたイディオ卿は、どっかりと空いているイスに腰を落ち着けた。
 それもそうだ。しかも市場で兵糧を買いあさっている事がブルカ伯に伝わると、こちらが軍勢を集めてゴルゴライの防備を固めようとしている事が筒抜けになってしまうな。これはまずい。

「……わかった。俺が村長に相談してみる事にする」
「よろしく頼みます。アレクサンドロシア卿は今時分、領主館で近郊領主の使者の謁見を終えた頃合いでしょう」

 イディオ卿は宿屋の親爺にビールを頼むと、短く刈り上げた髪をガリガリとかきむしっていた。
 これではせっかく義母上とご相談する機会を得たというのに、タンシエルとの結婚を切り出すにはタイミングが悪すぎるではないか。
 義母上が激昂してそれどころではなくなる様な予感がして、俺も頭をかきむしりたい気分になった。

     ◆

「まずい事になってまったの」

 ところが義母上はお怒りにならなかった。
 それどころか神妙な顔をして、執務室に据えられた安楽椅子から身を乗り出してくる。

「ひとつ何かの手を打てたと思えば、今度は別の問題が起こるというのは。まったく、わらわの人生はままならん事ばかりだ」
「はい……」

 実はなギムルよ、と義母上はひじ掛けを握りながら俺を見やる。

「わらわも野牛の者どもが、あれほどの戦士をこのゴルゴライに送り出してくるとは思いもしなかったのだ。お兄ちゃんは言っておった。洞窟の向こうにある都市の人口は数百そこいらという話であった。せいぜいが他に集落があると考えても一〇〇〇はおらんだろうとわらわは考えておったのだ」

 俺も野牛の居留地に送り出された時は、そう思っていました義母上。
 しかしお兄ちゃんという言葉は違和感がある。あれはシューターを示している事だけは間違いないが、あまり村人や幹部たちの前で聞かれていいものではないだろう。
 義母上の村長としての、いや貴族としての矜持を俺は心配してしまった。

「それがどうだ、四〇〇の野牛の兵士が心強い援軍である事は間違いないが、わらわはとんでもない相手に戦争をちらつかせて納税を迫っておったのだな。ふふっ、あの時の度胸が信じられぬ」
「しかし、そうも言っていられません村長」
「わかっておる。野牛の全軍が到着するまでには間もあるだろうから、今のうちに手を打つぞ。わらわは親交のあるセレスタ領主に伝書で掛け合ってみる故、お前は何とかしてサルワタの兵糧をかき集める様に指示を飛ばせ。村は今、誰が食糧庫の管理をしているのだったかの」
「ばあさんです」
「……ジンターネンか。やっかいな事だの」

 酪農家のジンターネンは開拓村でも有力な村の幹部だったが、押しの強いばあさんで村人はみんな苦手意識があった。
 ばあさんに命令が出来るのは義母上ぐらいのものだが、その義母上もこうしてみると嫌っているらしい。
 村に残っているのは他にッワクワクゴロぐらいしか有力幹部がいないのが実情だ。ッワクワクゴロは猟師の親方株を前のリーダーから引き継いだ男だが、所詮は猿人間(ゴブリン)だから求心力に欠ける。
 他の幹部たちはどの人間もこういう事に不向きか、俺と年齢の変わらない若者ばかりなので、ばあさんや村の豪農たちを抑える事が出来ないのだ。
 野牛から嫁いできたタンヌダルクなどは、村人から牛乳女(ミノちちおんな)と避けられて相手にすらされていない。問題外だ。

「しかたない。わらわが命令の文をしたためる故、しばし待て」

 億劫そうに安楽椅子を立ち上がった義母上は、そのまま執務机に向かうと羊皮紙とインク壺を用意した。
 義母上はさすがに少々お疲れの様だった。
 いつもは丁寧に癖のある髪を解いて身綺麗にしている美しいひとだったが、今はほつれ髪が散って、頬は少々やつれている様に感じた。

「ギムルよ、そなたは魔女の大釜というのを知っているか」
「いいえ、知りません」
「聞くところによると熊面の猿人間どもは、ハチミツを作るのに大釜を使うそうだの」
「大釜、ですか。それと魔女に何の関係があるのでしょうか」
「熊面の猿人間どもの間に残る言い伝えではな。ハチミツ酒を作るのは古来、魔女がつかさどるものとされていたそうだ」
「魔女、ですか……」
「そうだの、熊人間にとっては魔女とは信仰の対象だったそうだ。その棚に掲げてある銀の釜が、その魔女の大釜だそうだ」

 ペンを動かす手を止めて、義母上が壁際の棚に置かれている巨大な銀杯だと思っていたものに視線を向けた。大釜だったのか。
 ささやかな祭壇の様にシーツが置かれ、何かの供え物の様なものがある。

「これでどうしてあのハメルめが、わらわにしつこく懸想しておったかわかったであろう」
「そ、村長がお美しいからではないのですか?」
「馬鹿め何を言うておる。あの男はジュメェの氏族たるわらわが、魔法使いであるからこそ、我が物にしようとしたのだ。俗物の考えそうなことだ。わらわは魔女ではなく魔法使いであるがな。あっはっは」

 その錆びた大釜は、豊穣をつかさどる象徴なのだそうだの。そう最後に言葉を締めくくった義母上は、またペンを走らせて羊皮紙に言葉を連ねた。
 義母上はそのままサルワタに送る羊皮紙の書面一通と、セレスタに送ると言う伝書をひと息に書き連ねた。

「そうであった、シューターにも近況を届けておかねばならぬな。こちらは万事抜かりなく進んでいる旨を記しておこう。お兄ちゃんを心配させてはいかん……」
「……は、義母上その」
「何だかしこまって、申してみよ?」
「こっこの度のご結婚おめでとうございます!」

 俺はこれまで口にする事を控えていたひと言を述べた。
 一抹の寂しさを感じると同時に、安堵を感じていた義母上とシューターの結婚の事についてだ。 
 タイミングを探っていた。

「ふふっ、ギムルよ面を上げよ。そなたには長らく心配、いや苦労をかけたと思っておる。亡きエタルはどの様に感じておるかの……」
「親父は異世界に旅立たれました故、モノを言う事は出来ませんが」
「そうだな」
「しかし、領主の結婚とは貴族の大事です。義母上にはまだ後継者たる子供がおりません故、これでよかったのだと俺は思っています……」

 絞り出す様に言葉を選びながら俺がそう言うと、インクを乾かすべく麻紙にふうふうと息をかけていた義母上がギロリと恐ろしい顔をした。

「そなたは何を言っているのだ。わらわの後継者はギムル、そなただぞ」
「し、シューター、いや義父上との間に出来る子供が後継者となるのではないのですか……俺はおふたりの血を受け継いでおりませんが」
「馬鹿を申すな、お前は夫エタルの血を継いだ子供であろう」

 砂盆を取り出した義母上は、羊皮紙をそこに置くとインクの上に砂を被せていく。そうしながらも俺を時折見やって、美しい顔に微笑みを浮かべた。

「ギムル、よく聞け。わらわはサルワタの騎士爵位をそなたに譲ろうと思う」
「正気ですか?!」
「もちろんわらわは正気だとも」
「し、しかし俺たちは今ブルカ辺境伯と戦争になるかもしれないという、大切な時期で」
「大切な時期だからこそ、そなたにサルワタの騎士爵位を譲ろうと思うているのだ」

 義母上は執務机を離れると、そのまま向かいに立っていた俺の側までやって来てその手を握る。

「では義母上とシューターはどうなるのですか? 無位無爵というのでは、高貴な身の上の立場がないです」
「案ずるな、わらわは三つの爵位を有しておる。国王より賜った貴族軍人たる騎士爵位、エタルより受け継いだサルワタ騎士爵位、そしてこのゴルゴライの準男爵位だ。サルワタの正統なる後継者であるという向きを示すために、サルワタ領主の家督を譲るのさ」

 それに、と義母上は言葉をつづける。

「ここまでくれば、もはや後には引けぬだろうの。シューターにはすでに相談した事だが、わらわは自主独立のため辺境を平らげるぞ」
「!」

 義母上は今、平らげるという言葉を口にした。
 切り取るではない。国王陛下より許可された辺境の外苑の切り取り勝手次第ではなく、内に向けて平らげるのだ。

「そうなれば領地に付帯する爵位など、今後ごろごろと手に入るであろう。お兄ちゃんはいらぬと申しておったが、ギムルが欲しがるならもっと上の爵位をくれてやる事も出来る」

 くっくっくと笑い出した義母上に、俺は絶句した。
 義母上は本気で、ブルカ辺境伯と戦争するつもりなのだ。
 この戦いの終着点はどこなのか、少し前に考えていた事を思い返してから結論に至った。
 ブルカ辺境伯を打倒し、辺境は全て手に入れるまで継続するつもりなのだ。

「さてわらわはシューターと結婚したが、次はギムルそなたの番だ」
「?!」
「聞けば、お前がこれはと思う野牛の娘がいるそうではないか」
「誰がその様な事を?!」
「タンヌダルクだ。どうせわらわに遠慮して、結婚の話も切り出さぬでおったのだろうが、女は耳ざとい生き物なのでな、そういう事は自然と耳に届くのだ」
「あの馬鹿牛姫め……」

 タンシエルはあの族長の妹の使用人を務めていた事もある女だった。
 してみるとこの情報がタンヌダルクに届いていてもおかしくはなかったのだ。俺はその事をすっかりと失念していた……

「馬鹿者、仮にもそなたの義母のひとりとなる人間を、牛姫などと馬鹿にしてよいという事はない!」
「はっはい義母上っ」
「いいか。そなたの母はこのわらわとカサンドラ、タンヌダルク、それにエルパコとガンギマリーどのが加わるのだ。等しく母と思い、親孝行せよ」

 ガンギマリーどのはともかくとして、カサンドラにタンヌダルク、それにけもみみ娘まで義母上になるのか。その上にあの男が義父か……

「いい機会だ、村に戻った暁にはそなたの想う女を連れてまいれ。そろそろ、そなたも独り立ちせねばらなん」
「義母上……」
「以後はわらわも、そなたをギムル村長と呼ぶ事にしよう。そなたも今後はわらわをアレクサンロシア準女爵と呼ぶがいい」
「はい、村長」
「違うぞ、準女爵だ」

 義母上の瞳に珠の涙が浮かんでいた。俺もそうだ。たまらず感極まってしまった。俺が、村長……
 聞きなれない言葉に歯がゆさを感じながら俺が言いな直そうとしたところ、

「村長さま、大変です! 街道をこちらに向かっていた野牛の兵士から至急伝が届きました!!」

 血相を変えた冒険者エレクトラが、領主館の執務室に飛び込んできたのである。

「おお、エレクトラよ。サルワタの騎士爵位をギムルに譲った故、今後はわらわの事をアレクサンドロシア準女爵と呼べ。ギムルは村長だ」
「そんな事を言っている場合じゃありませんよ村長さまっ。スルーヌの領主が野牛の兵隊を通す事はまかりならないと言い出したんです!」
「何だと、それは本当かッ」

 息せき切って説明をしたエレクトラの言葉に、義母上が激昂した。

「街道の途中で連中の兵隊と押し問答をしているみたいで……」
「スルーヌにはすでにゴルゴライを接収した事について文を持たせた使者を送り出しておる。それがいつまでも帰って来ぬと思えば、わらわを舐めているのか!」
「は、義母上落ち着いてください」
「これが落ち着いていられるものか。周辺領主に告知も無く関所や検問を設ける事は、辺境における不文律に違反している事ではないか。許さぬぞ……」

 先ほどまでの涙をにじませた瞳はそこになかった。めらめらと燃える眼をギラつかせて、義母上は剣を手に取る。

「よし、ならば戦争だ! ギムルよわらわに付いてまいれ、出陣だ。ブルカ伯が来る前に後方地帯の安全を確保するぞ!!」
+注意+
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