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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

間章 サルワタ動乱編

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間話 ギムルの嫁取物語 5

 ゴルゴライの村にある中央広場の前に並べられた生首を見て、俺は絶句した。
 翌朝の陽が顔を出した頃合いである。
 サルワタの開拓村では見られない風景のひとつ、広場で市場を催すために村人たちが集まり始めていた。
 けれども村人たちはこの中央広場に晒されている生首には近づこうとせず、俺の姿を含めてただ遠巻きに眺めているだけだった。

「この者、武力解決手段(フェーデ)によりわらわに挑み敗死せり。騎士爵アレクサンドロシア=ジュメェ」

 義母上が口上が触書として添えられている。
 細かい事実は異なるが、そんな事は村人にとってはどうでもいい事だ。
 準男爵ハメルシュタイナーのくびり切られたそれと、その息子カフィアシュタイナーの強引に斬り落とされた様なそれ。
 古い言葉の意味で、カフィアとは異教徒を指すものであったと、義母上の書斎にあった文献で眼にした事がある。
 してみると、ゴルゴライ領主親子は異教徒であったというのだ。

「ここに嫡男ナメルシュタイナーの首が飾られていない事が、慙愧(ざんき)に堪えません」

 言葉も無くふたつの晒し首を睨み付けていたところ、背後から女の声がした。
 義母上の警護役を務めている冒険者のエレクトラだった。

「馬鹿め、八方手を尽くしても見つけられなかったのならば、どうにもならんだろう。足取りはどうなっている」
「はい、フェーデの直後から騎士修道会の修道騎士さまたちが街道沿いに斥候をしたんですけど、どうやら村にいた冒険者の手引きで逃げ出したという事はわかってます」
「冒険者か、そいつもブルカ辺境伯の手の者だったというわけか?」
「シューターの旦那はそう仰っていましたね。それで旦那のご指示で、各地の教会堂宛に指名手配の連絡が送られたと思います」
「騎士修道会と俺たちが同盟を結ぶ事が出来たのは、本当によかったな」

 振り返った俺に「まったくですと言葉を漏らしたエレクトラは俺に一礼してみせる。

「聞けば、ゴルゴライ親子は女神様をも恐れぬ集団だとガンギマリー卿に語ったそうですよ。ここではあまり教会堂も重宝されていなかったそうですね」

 カフィアという名前を息子のひとりに付けるぐらいだ。ハメルシュタイナーは不遜な考えの持ち主であった事が伺える。
 そうでなければ親父の葬式の夜に義母上に手を出そうなどと考えるものではないからな。

「それであの男たちは、今頃どのあたりにいるのだ?」
「シューターの旦那がたは、昨日の朝一番にリンドル往還を出発しました。早ければ昨夜のうちにセレスタの街に到着しているんじゃないですかね」
「そうか、馬車といっても四頭引きは足が速いからな」

 リンドルへは順調に到着する事だろう。
 もういち度、晒された生首に向き直った俺は、エレクトラとともに首を垂れて黙祷を捧げる。
 異教徒のそれも生首と言えど、貴族の作法にのっとって扱わなければ、ゴルゴライの領民たちから何を思われるかわからない。
 しばらくの間は女神様のお導きでこのふたりの魂が異世界へと旅立つ事を祈り、そしてその場所を離れた。

「村長さまがお待ちです、急ぎましょう」
「わかっている。俺たちは今日から何をすればいいのだ?」

 中央広場を離れてゴルゴライの領主館へと移動する。
 広場では野菜や魚、肉を売る小さな露店がほんのいくつかだが商売を始めていた。
 近郊の集落から顔を出した人間だろうか、必要なものを買いに顔を出した領民たちを見やりながら、この先にある領主館へとゆっくりと歩いていく。
 エレクトラは斜め後ろに付きしたがって、俺とすれ違う村人たちがいちいち頭を下げる度に「ご苦労」とか「おはよう」などと挨拶をしていた。
 俺はあまり口数が多いたちではないので、鷹揚に軽く手を上げる程度にとどめているが、

「あれが新しい領主さまだそうだ」
「へえ。じゃあ、あの女騎士さまのお身内か」
「そう言えば俺は、フェーデで戦った騎士さまというのが新しいご領主になるとも聞いたぞ?」
「どこで聞いたのだ、そんな話」
「教会堂の助祭のばあさんが言っていた。何でも女神様の守護聖人なんだそうで、ありがたい裸のひとだそうだよ」

 そんな言葉が村人たちから聞こえてきたので、俺は顔をしかめた。
 すぐ後ろでエレクトラが、顔をしわくちゃにして俯きながら歩いているではないか。笑うのを堪えているのだろう。
 守護聖人? この村人たちは何を言っているのだ。

「すると、あのお貴族さまと、ありがたい全裸の守護聖人さまのどちらかがゴルゴライの領主さまとなるのか」
「いいやわからん。ブルカ聖堂会から修道騎士さまたちもやって来ただろう。この村はいったいどうなってしまうんだ」
「どのみち、これからはサルワタの女騎士さまに逆らう事は許されないってわけだわ。逆らえばあんな風になるんだよ」

 逆らえばあんな風、とは晒し首になったゴルゴライ領主親子の事だろう。
 いいかげん、肩を震わせていたエレクトラが中央広場を離れたところで、くつくつと笑いを耐え切れずに噴出した。

「あっはっは、聞きましたかギムルさま? シューターの旦那はありがたい全裸だそうですよ。近頃は全裸になる事も無いのにね」
「黙れ、それよりも守護聖人というのはどういうことなのか説明しろ」
「ああそれですか。何でもシューターの旦那って、実は女神様のお遣わしになった守護聖人さまだったんだそうですよ。騎士修道会の偉いお坊さまがそう認定したんです。全裸で降誕したのは、女神様の使徒である証拠だと」

 尚も笑っているエレクトラを睨み付けたけれど、この背の高い女は悪びれる事も無く笑い続けるのだった。

「いいかげん、義父を笑うのをやめないか」
「し、失礼しました。そう言えば村長さまがシューターの旦那と結婚したんだから、旦那はギムルさまのお父上になられたんでしたね」
「そうだ。サルワタ騎士爵家の名誉にかかわるからな、以後、全裸の守護聖人などという噂話をすることは禁じる。直ちに振れを広場の掲示板に出しておくのだ!」
「ああはい。あたしが後でやっておきます」

     ◆

「村周囲の防備はすでに固めております」

 かつてはゴルゴライ領主の応接室だった場所で、ゆったりとソファに身を沈めた義母上を囲む様にして、俺たちは集まっていた。
 この場には俺たち義親子の他にエレクトラ、ダイソンのふたりの護衛役、それから修道騎士イディオ卿と彼が連れてきた若い修道騎士、それから野牛の族長と幹部兵士という具合だ。
 それにエクセルパーク叔父とゴルゴライの農業ギルドの親方株を持つ男が加わると、応接室は息苦しい有様になっていた。

「物見の塔には常時、見張り員が交代で付いていますので問題ありません。それから、周辺の集落と隣接の領地に対しても、ゴルゴライがサルワタ騎士爵領となった事を触れる知らせも飛ばしました」

 これらの報告はイディオ卿の副官を務めているらしい若い修道騎士によって行われた。
 テーブルに広げられた麻紙の地図を前に、指を指し示しながら次々と説明を続ける。

「まず先に、ブルカ方面に向かう領境の街道沿いにある集落を中心にお触れを向かわせました。その次に優先して各領主宛にです」
「どの領主に送り出したのだ?」
「そちらのエクセルパーク卿とご相談の上、スルーヌ領とセレスタ領、それからふたつの村々です。これらはセレスタを除いて何れも軽輩の小領主たちなので、ゴルゴライがドロシア卿の支配下になったとなれば、いったんは動き出す事はないでしょうね」
「うむ。手際が良いな。セレスタにはすでにわらわからも、伝書鳩を飛ばしておる故、その点は問題ないだろう」

 修道騎士は地図と義母上を見比べながら、途中で叔父の顔をも確認しながらそう言い切った。
 騎士修道会では会派となった信徒に厳しい軍事教練を施すと言うから、それらの教練のたまものなのかもしれない。
 俺ではわからない軍事的な作戦の事を、貴族軍人だった義母上は正しい差配だと感じているらしく、あごに手を当てて納得の表情だった。

「ご苦労だの。人員の手配はどの様にした? わらわの送り出した使者が斬り殺されたというのは、あってはならんことだからな」
「昨夜のうちにアレクサンドロシア卿の署名を添えた文を、騎士修道会の人間ひとりにミノタウロスの兵士に守らせるという形で、周辺集落に飛ばしました。今頃はほとんど全ての領主と集落に文が届けられている事だと思います」

 エクセルパーク叔父が手を上げる。

「義姉上、ひとつよろしいですか。俺の村は義姉上の義実家であるから、これは義姉上に付き従う事は問題ありません。しかし他の領主たちはあくまでもブルカ辺境伯の寄騎という立場です。我々はブルカ伯と主従関係にあるわけではありませんが、少なくとも辺境の旗頭はブルカ伯ミゲルシャールにあるものだと理解しています」
「何が言いたい、遠回しな言い方はわらわは好かん」
「はは、そうですね失礼しました。それでは申し上げます。スルーヌ領はサルワタからゴルゴライに至る義姉上の支配地の中で、唯一独立した領地という事になります。このスルーヌ領がブルカ伯に救援を求めたり、あるいは対決姿勢を示した場合はどうされますか」

 叔父と義母上が睨み合う様にして互いに視線を交錯させた。

「おい、ギムルよ」
「何だ族長」
「貴様の叔父はブルカ大領主の舎弟なのではないか」
「辺境の領主は、形式上みんなブルカ伯の舎弟という立場にあるのだ。しかし主従ではなくあくまでも領主は等しく国王陛下の家臣であるという立場だからな」
「ならばどうしてご領主の味方をする?」

 身を寄せた族長が最もな質問を俺にしてくる。
 すると俺の反対隣に立っていた修道騎士イディオ卿も体を寄せて来るではないか。

「エクセル卿は信用のおける人物なのか?」
「わからん、というのが正直なところだ……」
「それではこの場にドロシア卿がお呼び付けになった理由がわからんではないか」
「俺たちの開拓村で起きた先日の出来事については、叔父に近況の手紙を送った事があった。その上でだ……義母上の要請でこうして駆けつけたのだから、ある程度は信用出来ると思うが。義母上もそういう態度で接している」
「フンス。蛮族の顔色など我らにはわからんからな」

 あくまでも自分たちは高貴なるミノタウロスという人種である事を誇りにしている野牛の族長は、鼻を鳴らして肩を竦めた。

「スルーヌ領がブルカ伯に対して義姉上に反逆の気配があり、辺境の一部を平らげようとしているなどと言われてしまえば、戦争になってしまいますね」

 隣り合わせの領主間の小競り合いなどは日常茶飯事だ、これは問題ない。
 しかし叔父の指摘する様に領地の離れたサルワタとゴルゴライの争いとなれば、周辺諸侯たちの見る向きも変わってくるかもしれない。
 叔父はその事をきっぱりと義母上に上申した。

「ひとつの領主家が滅びてしまったのだから、次は自分が狙われるかもしれないと考えるのが普通ですよ。この補給路を断たれれば、ゴルゴライは孤立してしまう事になります」
「ふむ、エクセルパークの言葉はもっともだ。みなはわらわの腹積もりを、わらわが何を考えているのかをまだ語っておらなんだな」

 義母上は、意外にも大きな溜息を溢しながら俺たち一同を見回すのであった。

「わらわはブルカ辺境伯と戦争も辞さぬつもりだ」

 一同は静まり返って続きの言葉を待つ。
 しかしそれを聞いた叔父に驚きの顔はなかった。義母上が近況としてサルワタで起きたブルカ伯の介入については、俺が手紙をしたためた事があったから理解しているはずだ。
 きっと薄々、ブルカ伯と対決するつもりが義母上にある事を理解していたのだろう。
 すると、こういう口上をいう事で周りの人間にわかりやすく説明をする機会を演出したのだろうか。

「もちろんそれは、ブルカ辺境伯からのちょっかいを排除するための正当な防衛行為である。しかしその過程でゴルゴライをわらわたちは、図らずとも手に入れてしまった。領主たる貴族が領地経営を放棄する事、これは国王陛下より賜った貴族の責務に反する行為といえるだろうの?」

 片眉を吊り上げて俺とエクセルパーク叔父、そして修道騎士イディオ卿を見比べた。最後に、この村の幹部である農業ギルドの親方を睨み付ける。

「へへえっ。このゴルゴライ領主の支配権移譲は、正当な武力解決手段によって移譲が行われた事を、わしら村の人間が証人となりました」
「うむ、そうであったの」

 今朝方のうちに村の主だった幹部たちが、この村の領主はフェーデに巻き込まれて死んでしまい、領主一族不在となったこの村をアレクサンドロシア卿が受け入れる事を嘆願する書状、なるものを連署で提出してきたのである。
 聞けば教会堂を通して、修道騎士イディオ卿の助言を村人たちが受け入れたという体裁を取っているらしい。
 非常にややこしいがこの領地を強奪したのではないという証拠をでっちあげたのだろう。

「どのみちサルワタの森方面に続く街道の首根っこは、わらわがゴルゴライを抑えておる。その事を近郊の諸侯どもに伝える必要があるな」

 義母上がそう言うと叔父は首肯を繰り返した。
 そして、いかにもな演技めいた口上でこう続けた。

「まさにその通りです。俺の村でも数年前、食料を収めた倉庫で不審なボヤ騒ぎが起きた事がありました。今にして思えば、これもブルカ辺境伯が各地に送り込んでいるというスパイの仕業に違いない!」

 そんな事は初耳だった俺と修道騎士イディオ卿は、あながちそれがでっち上げではなく事実なのではないかと思ったほどである。

「ほほう、それはますます見過ごせない事実ではないかの。ブルカの非道をこれ以上見過ごすわけにはいかぬ放置すれば併呑されるのはわらわたち軽輩の領主である」
「ははっ。このクワズ騎士爵エクセルパークは、これよりアレクサンドロシア=ジュメェ騎士爵のご命令に従い、悪逆非道なブルカ伯を誅すお手伝いをするものであります!」

 エクセルパーク叔父が突然片膝を付いて首を垂れた。
 すると今度は隣の野牛の族長タンクロードバンダム、修道騎士イディオ卿までがもそれに倣うではないか。

「ご領主の決断に従います。俺たちは誇り高き野牛の一族、この誓いは終生違えることはないぞ!」
「アレクサンドロシア卿のご決断にご助力いたします!」

 みなが次々にそうするので、俺も当然それに従い、エレクトラやダイソンも続いた。
 最後は村の幹部たちまでが両手を付いて平伏する。

「お前たちの気持ちは受け止めたぞ。わらわは必ずブルカ辺境伯を排除して見せよう。あっはっは」

 近くで平伏するダイソンが「なんだこれ」と漏らす声が聞こえた。

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