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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

間章 サルワタ動乱編

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閑話 ギムルの嫁取物語 2


「何、村長の帰郷が延期になっただと?」
「はい、先ほど村よりタンクロードバンダムさんから知らせが着ましてね。若大将は荷物をまとめてすぐに村へ来るようにと」
「どういう事だそれは?」

 朝になってみると、またもゴブリンのッピコロが報告をもって屋敷に姿を現したのだ。
 ゴブリンの両手に抱かれた魔法の伝書鳩は、大人しく俺を見たり周囲を見回したりとせわしなく首を振っている。
 脚の筒から紙片を取り出して、ざっと内容を確認する。
 アレクサンドロシアの名において命ず。ただちに戦士を動員し、ゴルゴライに参集せよ。
 戦士を集めよとはただ事ではない……

「ゴルゴライという村でひと悶着あったようですよ、戦争です。野牛のみなさんが朝から大騒ぎですね」
「鳩より先に連絡が届いているのか……」

 鳩を使えば四半刻とかからずに野牛の居留地とサルワタの屋敷との間で連絡を取る事が出来るほど、相互の距離は近い。
 それだけに、夜半のうちに問題が届けられたと見えて、野牛の兵士が緊急伝を持って居留地に走ったのだろう。

「詳しい事はタンクロードさんに聞いてくださいよ、俺ではわかりませんや」
「む、そうか。下がっていいぞ」
「…………」
「下がれ!」
「あっはい!!」

 タンシエルは寝台の上でシーツを被って身を隠していたけれど、この下世話なゴブリンは会話の最中もチラチラと女の姿を視姦しているのが気に食わなかった。
 ひと睨みしてやったところでッワクワクゴロの出来の悪い弟ッピコロは、転がる様にして退散していった。
 まったく、兄の何を見て育ったのだと言ってやりたい。

「ギムルさま、いかがなされたのです?」
「義母上が野牛とサルワタから戦士を集めよと、仰せになられた。兵力を纏めて俺はただちにゴルゴライに向かわなくてはならん」

 寝台の上でシーツを手放したタンシエルは、豊かな胸を揺らして立ち上がった。
 心配そうな顔をしているが、その不安は俺にとっても同じものだ。きっとその事が表情に出ていたのだろうとふと思い至って、笑って見せた。

「何、義母上にはシューターが付いている。問題があるならばあの男がきっと体を張って守るだろう」
「はい、お義父さまなら間違いありません」

 微笑を浮かべたタンシエルは、俺に洗いたてのぱんつを差し出して履くのを手伝ってくれた。

「直ちに野牛の幹部に連絡し、兵士たちの呼集状況を確認せねばならない。それからすぐに村に戻る」
「わかりました」
「タンシエルには苦労をかけるが、許してくれるな」
「もちろんです。わたしもギムルさまとともに、そのゴルゴライという村に向かいましょう」

 ズボンを受け取り足を通していたところで、タンシエルはそんな事を言った。
 どういう事だ、タンシエルお前も来るのか……?

「野牛の一族は、成人を迎えるとみな等しく軍事訓練を受けます。それは女も変わりありませんよ?」
「ま、待て。お前は野牛の居留地に残るのだ」
「ギムルさまにもしもの事があれば、タンシエルは蛮族の領主さまに合わせる顔がありません。ギムルさまは必ずわたしがお守りしますから、ご安心ください」
「黙れ……」
「いいえ黙りません。ギムルさまは軍事訓練をお受けになった事がありますか? ありませんよね? わたしはあります。だから、お守りするのです」
「だがしかし……」

 大切な女を兵士として連れていく事など俺にはできない。
 それこそ、タンシエルにもしもの事があれば、俺は野牛の族長にも義母上にも合わせる顔がないというのに……
 だがこれ以上の抵抗をタンシエルは許してくれなかった。

「しかしもへちまもありません!」

 眉を吊り上げた優しい顔だったタンシエルが、まるで闘牛の様に頬を赤めて睨み付けてくるではないか。
 俺はたまらず寝台に倒れそうになって、あわてて手を付いた。

「いいですね? ギムルさまはわたしが守ります」
「…………」
「力を合わせ、少しでも族長さまやお義母さまにお役に立つところを見せて、結婚のご報告に花を添えましょう」
「わ、わかった」

 押し切られた俺はたまらず了承の言葉を口にしてしまった。

     ◆

 野牛の居留地は蜂の巣をつついたような騒ぎで街があわただしかった。
 俺が驚いた顔をしていると、開拓村に戻るために旅の支度を整えていたタンシエルが姿をあらわして、俺の側に控えてくれた。
 それにしても、甲冑を身に纏たタンシエルの姿は勇ましかった。
 義母上も時にはドレスの上から甲冑を着こんで、村の幹部たちを指図する事もあったが。
 ぐぬ。義母上に似て、勇ましい……

「この街には、これほどの兵士がいたのか。村長はミノタウロスに戦争をしかけなくて本当によかった……」
「居留地の兵士だけでなく、近郊の里から集められた軍勢ですね。ご領主さまの召集命令ですから」
「むむっ。そうだな」

 聞けば近郊の野牛の里に向けて、兵士動員の命令が飛ばされたらしいのである。
 サルワタの森を統べる領主の義母上が実は知らない事であるが、俺が野牛の族長タンクロードバンダムから耳打ちをされたことがあった。
 野牛の一族とは、この洞窟の奥にある半地下都市の居留地の他にも、無数の野牛の里からなるグループだという事だったのだ。

 義母上の認識されているサルワタの森というのは、開拓村を中心に隣村クワズとの境界にある湿地帯、西に横たわる湖、北の丘陵地帯、東に伸びた果てしない森の内、せいぜいが村の猟師たちが狩猟でフィールドとして活用している範囲までの事だろう。
 だが実際のサルワタの森とは、遥か北の万年雪を称える山々から、サルワタの開拓村の際までの広範囲が森そのものだ。
 国王陛下より先代領主エタル、つまり親父が授けられた領地はサルワタの森切り取り勝手次第というものだった。
 サルワタ領の人口は開拓村とその周辺集落、そして近頃加わった移民をかき集めてもせいぜい一二〇〇足らずというものだったから、広大な広大なサルワタの森そのものを支配するなどという事は事実上不可能だ。

 してみると、俺たちには認識のずれが存在していた。
 義母上は、手の届く範囲とその少し先までをサルワタ領の実効支配地と考えていて、その少し手の届く先にミノタウロスどもが都市を築き上げた事に問題意識を感じ、血縁同盟を野牛の一族と交わした。
 その結果がシューターと族長の妹タンヌダルクの結婚であり、人質として差し出された今の俺だ。
 ところが野牛の一族が生活する領域は、義母上が考えるよりも遥かに遠大な規模を誇っていたのだ。

「若大将、ひとまず兵士二〇〇の手勢をかき集めました! 必要であれば第二陣が控えておりますので、これらを直ちにご領主さまの村に送り出す手筈となっておりますッ。動員できる兵士の数はあわせて四〇〇あまりです」
「……わかった」

 わずかの間に整列したのは、軍馬を連ねたミノタウロス兵である。
 その数四〇〇と言えば、村ひとつに相当する人々の数である。ミノタウロスの民は総数で五〇〇〇にも上る大人口をかかえた一族だったのだ……
 その事をシューターをはじめ村の幹部はおろか、義母上も当然ながらご存知ない。
 族長のタンクロードバンダムがどうしてその事を秘密にしたがっていたのかというと、答えは簡単だった。

 この春に俺たちの開拓村を襲ったあのワイバーンの存在だ。
 野牛の諸部族たちは、この数年にわたってひどく故地において、あの化け物による災厄に見舞われたのだ。
 彼らはみな生活をしてきた故地を捨て、多くがサルワタの実り豊かな森の中へと移動をはじめていたというのだ。
 俺が仮住まいを得ている半地下の洞窟都市はすでに三年目を迎える居留地だったが、その他の野牛の里は、まだ移民と開拓をはじめて間もない集落もあったのだ。
 税を納めるための算段が立っていない手前、タンクロードバンダムはまだその事を義母上に報告はしていなかった。

 どうやら自分の身内(各氏族)たちが続々とサルワタの森に移民している事実を今領主である義母上に知られるのは、非難の的になるのではないかと思っていたらしい。
 義母上は激情家のひとだからそれもわかる。その事を知れば激昂するだろうか、はたまた開戦しなくて正解だったと安堵するだろうか。

――何れ時を待たずしてタンヌダルクにも稚児(ややこ)を懐妊したと知れば、その時にご領主に頭を下げねばなるまいな。それまではお前はその事実を内緒にしているのだ。

 そんな耳打ちをされたのが、義母上が騎士修道会の総長と会談をするために出発した朝の事だ。
 だが今は、そうも言っていられない事態だと野牛の族長は理解しているのかもしれなかった。
 それがこの動員令なのだろう……

「ギムルさま?」
「うむ。では直ちに村へと進発し、隊列を整えた後にゴルゴライの村に向かって義母上をお迎えに上がる!」
「みなの者聞きましたか、若大将のご命令です!」

 俺の側に控えていたタンシエルが剣を抜くと、勢い天に剣をかざしてそう叫んだ。
 そんなところも、義母上に似て勇ましい……

     ◆

「若大将、そのゴルゴライという村までの距離はどのぐらいあるのでしょうか?」

 開拓村にいち度集結した俺と野牛の兵士たちは、少しばかり離れていた我が家の前に参集して整列を始めていた。
 そこにジンターネンのばあさんの屋敷を宿所としていた野牛の幹部兵士が現れて、俺に話しかけてきた。
 村では俺の事をみな「若大将」と呼んでいたけれど、気が付けばその呼称はミノの連中にまで伝播してしまったらしい。

「ゴルゴライの村はこの開拓村を出てクワズ、スヌールというふたつの村を経由した先にある小さな村だ。小さいが開拓の歴史はこのサルワタよりも古い」
「すると、村の防備も堅固なものなのでしょうな。攻城兵器までは急ぎ足だったので用意できていませんが、今から第二陣に伝令を飛ばして、用意させますか?」
「待て、黙れッ」

 突然、攻城兵器などという単語が飛び出してきたので、俺は狼狽した。
 俺が掌握していない情報が、野牛の族長のもとに届いているのかもしれない。まずはその事を確認せねばなるまいと俺は焦った。

「族長は、タンクロードは今どこにいる?」
「はッ。我が族長はすぐにでもお見えになられますッ」

 俺などよりもはるかに鍛えられた体をした野牛の兵士がそう言葉を発すると、数名の幹部を引き連れたタンクロードバンダムが姿を現したではないか。
 高価な絹のローブの様なものを纏って、その内に鉄の胸当てを身に着けていた。
 この男もゴルゴライに向かうつもりなのか?

「おう、ギムル。ご領主よりの一報、聞いているか?」
「い、いやまだ今この村に到着したばかりで、詳しい話は耳にしていない。攻城兵器とはいったいどういう事だ。説明しろ」
「フンス、ご領主がゴルゴライの領地を占領したというぞ。ゴルゴライ領主の一族を皆殺しにした故、ただちに占領軍を送り出す様にとのご命令が下った」
「?!」
「その先にある何とかという蛮族の大領主が気になるとかでな、付け入る隙を与えないためにも、ただちに戦士を送り付ける様にというご命令だ。フンス、蛮族は手が早いな!」

 フンスッスッス!
 鼻を鳴らして豪快に笑って見したタンクロードバンダムが、ガシリと俺の肩を掴んで見せた。
 その次にギロリと俺の側に控えていたタンシエルを睨み付ける。

「何故お前がこの様な場所に武装して並んでいるのだ」
「わたしの命を賭け、若大将ギムルさまをお守りするために、志願しました」
「フンス。殊勝な心がけだが、ならん」
「な、なぜですか……?!」

 俺と、そしてタンシエルを交互に睨みつけた野牛の族長が、鼻息荒く腕組みをして見せた。
 もしかすると、すでに俺とタンシエルの関係を敏く理解したのかもしれない。
 タンシエルは俺の側に近すぎる距離で立っていた。主人と仕えるべき使用人にしては、もしかすると近すぎる距離感だと看破されたのかもしれなかった。

「お前は有力氏族から差し出された人質の身分であるから、死なれてはかなわん。残るのだ」
「そんな……」
「フンス、安心せよ。俺が必ず若大将をお守りし、ご領主さまの元にお届けする。何しろ俺より強い男は、シューターしかいない。そうだな?」

 フンスッスッス!
 ぽかんと呆れた顔をした俺とタンシエル、それぞれの肩に分厚い手を置いてまた豪快に笑った。
 悔しそうな顔を浮かべたタンシエルは、さすが野牛の女だ。それでも自分が役に立つ存在だと証明しようとして、野牛の族長を見上げていた。

「ぞ、族長さま、若大将。せめてこうなされませ。兵士の数がこうも多いとなると、そのゴルゴライという村に到着するまでに時間がかかると存じます。まずは機動力のある騎兵だけで、そのゴルゴライを目指すのが定石です」
「フンス、では俺とギムルと騎兵だけで、そうするとしよう。若大将、ゴルゴライまでは馬でどれほどの距離だ?」
「や、休まず馬を走らせて、半日というところだろうか。この村には時計がない、正確な時間はわからんぞ」
「では先発する騎兵は俺に続け! 足の遅い兵士どもは、タンヌダルクの指示にしたがって兵糧とともに参れ!」

 一同に振り返った野牛の族長タンクロードバンダムは、フンスと剣を引き上げると号令を飛ばした。

「ぎ、ギムルさま。わたしは……」
「構わない。お前の立場はよくよく理解しているし、気持ちもわかる。義母上もきっと俺たちの事を理解して下さるだろう。では行ってくる」

 つい衆目の存在も忘れて、俺はタンシエルの柔らかな絹肌の手を包んでしまった。
 剣を握り雑務をしてばかりの俺のがさついた手には、まるで不釣り合いなものの様に感じてしまう。
 だが、タンシエルが村に残留する事は、危険を回避するという意味でも必要な事だ。

 そんな事を考えていると、ニヤニヤしたふざけた顔の野牛の女が、ふざけた大きさの胸を揺さぶりながらこちらに近付いていた。
 どうやら旦那が街から持ち帰ったというメイスと盾を背中に担いで、勇ましく金に輝く鎧を身に纏っている。

「なんだ牛女」
「失礼ですね! わたしは全裸を貴ぶ戦士の生き残り、シューターの妻ですよ! 馬鹿にしているのですか? 旦那さまに言いつけますよ!!」
「ま、待て落ち着け。他意はない」
「コホン。シエル、ギムル。その、うまくやりなさいな。旦那さまにはきちんとご助言のお手紙を出しておきますよう」

 明後日の方向を見ながら俺たちに、シューターの野牛妻はそんな言葉を言った。

「そ、そうか。かたじけない」
「はい、タンヌダルクさま!」
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