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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

間章 サルワタ動乱編

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閑話 ギムルの嫁取物語 1


「若大将、いいですか」

 倉庫で酒樽の検品をしていたところ、俺のもとに木こりのッンナニワが駆けこんで来た。
 この男は義母上にお仕えする下男の木こりである。
 寡黙で辛気臭い男だが、仕事ぶりは真面目なゴブリンだった。
 その無口な事をよいと考えているのか、義母上はこの男を重宝していた。
 だが俺はゴブリンが嫌いだった。連中はみんな同じような顔をしていて、何を考えているのかまるでわからないからだ。
 確か今日は義母上の言いつけで、薪を切り出すために森に入っていたはずである。
 そのはずが、まさか村長の命令を無視して俺のところにやってくるとは、義母上にかわって折檻をしなければならない。

「何事だ、騒々しい……村長の言いつけはどうした」

 そんな風に俺が振り返ったところ、

「それが、森の中に全裸の怪しい男があらわれました」
「何だ、全裸の怪しい男というのはどういう事だ?」
「教会堂の裏手のクヌギ畑のさらに奥で、着るものも何も纏っていない男がさ迷っていたのです」
「何者だその男は、浮浪者か流民か。盗賊の類ならもちろんその場で斬り殺したのだろうな?」

 酒樽を棚に戻しながら俺がッンナニワを睨み付けると、木こりは萎縮して俺を見上げた。

「無抵抗だったので、その場でロープで縛りあげました。ご確認願えますか?」
「わかった、少し待っていろ。酒樽の倉庫は厳重に封をしておかねば、またあの赤鼻が樽をかっさらう様な事があるかもしれないからな……」

 俺は棚にいくつかの酒樽を戻しながら倉庫を出ると、扉には厳重に封をした。
 この村の人間の中には、酒癖の悪い者が少なからずいる。
 いつだったか、この倉庫に鍵をかけ忘れた事があった。するとどこで見たのか聞きつけたのか、酒癖のたいへん悪い長耳女が、証拠も残さず酒樽をひとつかすめとった事があったのだ。
 その事を知った義母上に、俺が仕事にかこつけて酒を拝借したと思ったのか凄まじい折檻を受けた。

 尊敬する義母上は、大変な激情家である。
 この村で義母上にまともに口答えを許される人間などいるはずもなく、俺が言い訳をしたところ、折檻棒で尻をしたたかに打ち据えられてしまった。
 子供の頃は平手で叩かれるぐらいのものだった。あの頃は耐えられるものだとたかをくくっていたが、俺が成長するにつけて、義母上は容赦がなくなってしまった。
 それもこれもあの赤鼻のせいだ。許さん。

「どこにその全裸男はいるのだ、案内しろ」
「こちらです。暴れるといけませんので、お屋敷そばの大木に括り付けておりますので」

 口数の足らない木こりのゴブリンは、チラリと俺を見上げると「ご安心ください」とばかり頭をひとつ下げて見せた。

 俺たちの住む辺境の最果てにある様な開拓村を訪れる人間は、決して多くない。
 そして訪れる人間は決まって厄介事を持ち込んでくると相場が決まっていた。
 行商人ならば大概は顔の知れた人間であるので、村長である義母上が謁見をし、決まった物品だけを買い取って追い出してしまう。
 懇意にしている商人ならば一夜の宿を与えてくれるが、美しい義母上を狙った不埒者もいるので、義母が許しても俺が早々に叩き出すのだ。
 あるいは仲間から脱落した悪党の成れの果てが、流民や移民者を装って村に流れ着く事がある。
 優れた見識を持つ義母上は、すぐにその事を見抜いてその場で斬り殺してしまった事もあった。
 たまには、近くの村から単独で獲物を追っている猟師が顔を見せる事もあるが、そういう場合は猟師たちの中に顔の見知った人間が必ずいて、責任をもって自分の猟師小屋に泊めるというルールがあった。

 一番やっかいなのは身元も知れず、何者かもよくわからない人間だろう。
 そういう連中はゴブリンであったりドワーフであったり、ヒトの場合もあるが大概は行商人に売りつけて、追い出す事になっていた。

「全裸の男となると、この国の人間ではない可能性もあるな」
「かもしれません」
「義母上の書斎にあった書物の中には、全裸を貴ぶ部族というのが、遥か遠方の土地に繁栄しているそうだと記されていた。その部族では優れた人物は武器やモノに頼ることなく、ありのままの姿で振る舞っているらしい」
「まるで学者の様な連中ですな」

 だが、ありのままの姿でいたために滅ぼされたと書物の最後は締めくくられていた。もしかするとその部族の生き残りが、この開拓村にたどり着いたのかも知れん。
 馬鹿げた伝説のひとつでしかないと古い書物を読んだ時には思ったものだが、その書物を読む様にと俺にお命じになられた義母上は、しごく真面目に「全裸を馬鹿にするものではない」と言っておられた。
 何かの冗談かとも思ったが、そういう部族もいるのだろうと当時は軽く理解していたのだが……

「やあ、ハローこんにちは。俺はこの後、どうなってしまうのかな?」

 巨木の幹にぐるぐる巻きにされた全裸の男を見た時、果たしてこの男がただの不審な浮浪者なのか、果たして全裸を貴ぶ部族であるのか、俺には理解できなかった。
 ただひとつ俺にわかったのは、この男が妙に気に食わない態度であるという事だ。
 間の抜けた緊張感の無い笑い顔をしていて、自分の立場をまるで理解していない愚か者に見えたからだ。

 まず街にいる全裸で過ごす学者であることはない。
 しかし体は鍛えられていて、中背ではあるが戦士の体をしていた。
 だが戦士にしては緊張感が足りない。

「樹液で被れたのかケツが痒いんですがねえ。せめてこの木から解いてくれませんか」
「黙れ」

 俺が睨み付けると全裸の男は大人しく黙った。

「村長にご判断を仰ぐ、屋敷に連れていくぞ」
「へい」

 俺は直感的にだが感じ入るものがあった。
 こいつは厄介者だ。厄介者のよそ者である事に間違いない。
 村はこれまで何ひとつ変わらぬ毎日を繰り返し、決して豊かではないが亡き父と義母上の積み重ねてきた平和と発展があった。
 この厄介者は何となく、村に厄介事を運び込んでくる人間なのではないかと俺には思えてならなかったのだ。

     ◆

「それがもしかすると、義父になるかもしれない男と俺の出会いだった」

 口の中に残ったぶどう酒の皮かすをぺっと手に出したところ、嫌な顔をひとすもせず野牛の娘が微笑んでそれをつまみ上げた。
 酒を飲む相手をしてくれるこの女は、そのまま大事なものを扱う様にして、ツマミの殻になった皿に皮かすを置く。

「はじめはよそ者で好かん男だと思っていたが、村一番の力持ちで棒切れを持たせたら最強の男だ。全裸を貴ぶ部族という出自がどうもいただけないが、今では気付けば村長のお気に入りで片腕だ」
「ギムルさまよりも、お力持ちなのですか?」

 俺が野牛の娘にもぶどう酒を注いでやると、女は嬉しそうに酒杯を両手で握りながら質問をしてきた。
 この女も酒が好きなのだろう。豊かな胸に酒好きときて、密かに赤鼻の長耳を思い出してみたが、あの女は下品でならないが、この女は義母上に似て上品だ。

「貴様も、貴様の族長とあの全裸男が力比べをしていた姿を見たであろう。壮絶な死闘であったが、血まみれになりながらも当然あの男が勝利した。俺などは棒切れ一本で制圧されたことがあるぞ」
「まあ、そうでしたね。族長さまが負けてしまうなんて、夢にも思いませんでした」

 ふふっとまた女は笑った。

「貴様には悪いが、野牛の族長と義母上が結婚するなどという噂話を聞いた時には、とんでもない話だと俺は思った」
「義母さまである、蛮族の領主さまには幸せになってもらいたのだけれど、ギムルさまのお認めになった方でなければいけないわけですね」
「そうだ、その通りだ」

 近頃は大人しくなったものだが、近隣の領主たちは美しい義母とこのサルワタ領を手に入れたくて、あの手この手で口説きの文を届けにきたものだ。義母上はそれを当然無視してきたけれど、

「だが、だからといっていつまでも領主が独身というのでは格好がつかん」
「はい。ギムルさまご自身もそうですよ?」

 ため息ひとつこぼしながら酒杯を口に運んだところ、野牛の女がからかう様にしてそんな事を言った。
 たまらず俺はぶどう酒を吹き出してしまう。

「お、俺たちの事はどうだっていい! だが義母上には義母上を支える夫が必要なのだ。だが、誰でもいいというわけにはいかんが、シューターならば俺を裏切る様な真似はしないだろう。命を賭してでもワイバーンから義母上を守ったほどの男だからな」
「はい、そうでしたね、全裸を貴ぶ辺境最強の戦士だと、嫁いで行かれたタンヌダルクお嬢さまもおっしゃっておられました」
「しかし、あの男はどうも煮え切らなくていかん。俺が義母上と結婚しろと言い含めても、まるで相手にしないのだ」

 酒の席でタイミングが悪かったのだろうか、野牛の一族との宴会で話を振ってみたが相手にされなかった。
 あの男め、義母を振るとはけしからん全裸だ。

「それでわたしたちのお義父さまお義母さまには、いつご挨拶をすればいいのでしょうか?」
「そこなのだ……」

 俺は義母上と、ミノの族長タンクロードバンダムとの間で取り交わされた血縁同盟のための人質として、野牛の居留地がある半地下洞窟の街へと差し出された身分であった。
 これはと思う人間の中から将来の妻選びをせよと義母上に命じられ、こうして野牛の居留地に用意された俺のための屋敷で、お見合いをする毎日だったのである。

「だがな。村に残された義母上の事を思うと、俺が幸せになってもいいものだろうかと悩むことがある」
「おかわいそうなギムルさま」

 そしてこの女は、野牛の居留地に用意された俺の屋敷を世話する女だ。
 名前はタンシエルだ。
 見合いをした野牛の娘たちは、誰もかれも若く健康的で快活な女ばかりであった。
 だが、何れも俺がいざ結婚するとなった時に、一緒にいて気の休まる様な相手には見えなかった。
 何せどこか取り繕ったところがあるのだ。

「けれども、ギムルさまがわたしたちが結婚しますとご報告すれば、お義母さまも安心してご再婚なさるのではないでしょうか?」
「むむっ」

 このサルワタの洞窟に住まうミノタウロスどもは、これまでに見てきた他のミノの部族とは違いとても文化的で知的だ。してみれば、俺たち人間を蛮族と見下す風情がある。
 だから、心の底でどう思われているのかわからない。どこか侮る視線を感じて、誰も心を許す相手には感じられなかったのだ。

「タンシエルよ聞いてくれ」
「はい、ギムルさま」

 そこをいくと、タンシエルは違った。
 シューターの元に嫁いだタンヌダルクの世話役をむかししていたというこの女は、とても相手をしていて心地の良いものだった。どこか義母上に似ているかもしれない包容力がそこにはあった。
 齢も俺よりみっつ上だ。
 見合いをしてきた小娘たちとはわけがちがうのだ。
 俺は姉が出来たような気分になった。

「時が来れば何れ必ず貴様を紹介する。だが今は時期が悪いのだ」
「ええ、わかっております」
「義父になるかもしれないあの男は、お役目で今旅に出ているのでな。報告は義母上とシューターが戻り、揃っている時に俺たちふたりで向かう事にしよう」

 柔らかな手を取ってみせると、タンシエルは「はい」と眼を潤ませてそう言った。

 ちなみにだが、どうしてタンシエルに心を許したかというと。
 義母上の側を離れて、野牛に囲まれて居心地の悪い人質生活をしている時に、酒に逃げた俺は酔った。
 酒に酔った勢いで、タンシエルの角を触ってしまった事があったのだ。
 足取りも定かでなかったその時、支えてくれたタンシエルに抱きついてしまった。
 もちろん不可抗力だが、その時に角に触れたのだ。
 その晩、俺はタンシエルに押し倒された。
 義母上以外の女のひとに、はじめて俺は心を許した気がした。
 義母に似た匂いがして、気を許した俺は気が果てた。

「ここではいけませんよ、寝台に」

 きっとこの流れなら今夜もそうなるだろう……
 タンシエルが上気してそう言った瞬間の事である。

「若大将、いいですか」

 タンシエルを両手で抱き上げて寝台に移動しようとしたところ。
 居間の扉の向こう側からゴブリンの声がしたのである。
 確かッワクワクゴロの弟のひとりでッピコロという名前だったはずだ。
 猟師見習をしていたが、義母上の命令を受けて俺の使用人という形で野牛の居留地にやってきた男だ。
 兄に似ず、調子のよいゴブリンで女の尻ばかりを追いかけている下品なヤツだ。

「何事だ、騒々しい……族長の言いつけはどうした」
「ええ、その事なんですがねえ。明日の朝に村長さまがお戻りになるのだと、村に滞在中のタンクロードバンダムさんからお知らせが来ましたよ」

 何で夜中にわざわざそんな事を言いに来なくてはいけないのだ。
 急な知らせでもないならば、いつもなら朝に報告をするところである。
 この猿人間め、まさか俺たちの営みを妨害するつもりで……

「要件は伝えました~。明日は村にいち度お戻りになられるのがいいかもしれませんねっ」
「黙れ、()ね!」
「はいはい、お邪魔しましたっス」

 俺はゴブリンが嫌いだ。何故ならば常に空気を読めない行動をするからだ!
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