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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第6章 対ブルカ同盟の模索

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183 俺たちはサルワタへ引き返す事になりました

 俺の名は吉田修太、三二歳。
 年増の妖艶な未亡人と蜜月の夜を過ごす男である。
 すっかり脱力して心地よい疲労感に浸っていたところ、とんでもない騒ぎがマリアツンデレジアのプライベートルームの側で起きたという次第だ。
 声の主がいったい誰なのかというと、

「い、今の声はシェーンさまの悲鳴ですの」
「急ぎましょう。外で何が起きているのかわからないけれど……」

 このままでは何れクソガキのシェーンが俺たちの側に迫るとおもった矢先の騒ぎである。
 俺たちは着るものもとりあえずという格好で、とにかく応接セットの置かれたマリアツンデレジアの廊下に面した部屋の扉を開けた。

「き、貴様。義母さまを人質にするとは卑怯だぞ! 僕は卑怯者なんかに屈しないッ」
「じゃあきみのママは顔を傷物にされるよ。それでも、いいんだよね?」
「クッ、それは駄目だ! 義母さまの美しいお顔に少しでもその剣で傷を入れてみろ。僕はお前を絶対に許さないぞ!」

 すると、そこには首を絞められて片腕を背中に捻りあげられたクソガキがいた。
 普段は無表情とでも言うべき、抑揚の無い顔を浮かべているシェーン子爵であるけれど、今だけは必死の形相で抵抗しようとしていた。
 技をかけているのは男装の麗人ベローチュである。
 しかも応接室には、クソガキが暴れたからなのかダランと伸びた武官が数人転がっているではないか……

「い、いったい何が起きているのですの?」
「わっわからないけど」

 そしてそのクソガキの向かい側で、スケッチブックか何かに懐剣を突き付けているエルパコがいた。
 応接セットの置かれた私室の端では、スケッチブックを奪われた芸術家ヘイジョンさんと、リンドルの文武両官が震えているではないか。

「ベローチュ、説明してくれ!」
「ははっ。先ほどカサンドラ奥さまより、サルワタからの緊急の知らせがご主人さまの元へ届けられました」
「それがどうしてこんな事態になるんだよ?!」

 エルパコがスケッチブックにグイと剣を突きつけると、目の前で取り押さえられているシェーンがビクリとしてみせる。
 男装の麗人は、一見するとプロレスのチキンウィング胴締めスリーパーみたいな関節技を、多少は緩くかけているらしい。
 俺はそれほどプロレス技に詳しいわけではないが、あれはモノの本によれば「見た目は地味だが、ガチで効果のある関節技」だと聞いたことがあった。本気で絞めたら早撃ちシェーンは、白目をむいて早堕ちシェーンになっているんだろう……

 だがそんな事はどうでもいい。いるはずのないけもみみが、ここにいるという事は、

「エルパコが知らせを持ってきたのか」
「うん。門の前でシューターさんを呼び出してくれってお願いしたら、このひとが出てきたんだよ」

 俺とマリアツンデレジアが互いに顔を見合わせた後、けもみみの言葉に耳を傾けた。

「やっ夜分に領主の家に訪ねて来て、いないはずのサルワタ大使を出せと言ったから、僕は礼儀を教えてやろうとしたんだ……。だけど聞けばサルワタの姦通大使は本当に来ているというじゃないか。だから義母さまをお守りするために、殺してやるつもりでここへ殴り込んだんだ!」

 それなのに、とクソガキが目をすぼめる。

「義母さまがこの姦通大使の腕に手を回しているなど、どういう事ですか……!」
「お黙りなさい。今はその様な場合ではないですの」
「くっけど……」
「とにかく、暴れる様な真似をするのではありませんシェーンさま。義母を困らせないで欲しいですの。よろしくて?」
「はい……」

 悔しそうにうつむいてみせたシェーン子爵は、ようやく大人しい表情になり抵抗する腕を大人しくさせた。
 俺が合図を送ると、ゆっくりとホールドされた腕を解いてやる男装の麗人。

「すいませんマリアちゃん、すこし家中の人間だけにしてもらってよろしいですかね」
「わかりましたの。奥のわたしの部屋を使ってください、極秘の知らせなのでしょう?」

 後で知らせてくださいますのよね? と小声で耳打ちをすると、マリアツンデレジアは俺にしがみ付いていた腕を離して姿勢を正した。
 どういう知らせが届いたかにもよるがサルワタとリンドル、ブルカ辺境伯と対決するためには無くてはならない同盟関係であることは間違いない。

「必要な情報であれば共有するつもりはある……」
「それで構いませんの」

 剣を下げてスケッチブックをシェーンに差し出したけもみみは、そのまま俺の方に向き直ってコクリとうなずいてみせた。
 すぐにも男装の麗人が警戒の姿勢を向けながらクソガキから離れて、俺たちは先ほどまでいたマリアツンデレジアのプライベートルームへと入り、扉を閉める。
 何事か義親子で口論する声は、くぐもってまだ聞こえていた。

     ◆

「さっきのあのスケッチブックは何だ?」
「芸術家さまが待機している時間に描いていた落書きですよ。マリアツンデレジア卿のお顔を拝見したばかりのうちに、一枚ほど練習をしておきたいと言っていたのです。リンドルのご領主さまが暴れるので、人質代わりにエルパコ夫人が取り上げて、脅しにかかっていたのですよ」

 マリアツンデレジアのプライベートルームで俺たちは顔を寄せてヒソヒソ話をした。
 あまりに暴れるので難儀しました、と力なく笑って見せる褐色のベローチュである。

「単純なひとだね、ぼくが紙切れに剣を突き付けたら、暴言の数々だよ。ちょっと脅かすつもりだったのに」
「シェーンさまをあまり困らせてはいけないぞ。それで、知らせというのは?」
「うん」

 薄暗い室内で俺が藤編みのイスに腰かけると、すぐにも伝書鳩に括り付けていたらしい紙片を俺に差し出してくれた。
 ちなみに、俺には書かれた内容を完全に理解する事が出来なかったので、燭台に照らしてみた後にサラリと一瞥し、男装の麗人に渡した。
 ちなみに俺が読み取る事が出来た単語は、わずかに殺人とアレクサンドロシアという文字だけだ。とても嫌な予感がこみあげて来る……

「サルワタのご領地で、連続殺人事件とありますね。以前にもその様な事があったと聞いていましたが、尋常ではありませんね……」
「他に何が書いてある? 詳しく教えてくれ」
「マテルドという人物が犯人の様です。脱獄を図ったうえで、何人もの女を殺害して村中が狂乱状態になったと記されています」
「シューターさん、マテルドはブルカのスパイだった助祭だよね?」
「ああ、逃げたという事はまだ捕まってないのか?」
「その後行方が知れず、村では手が付けられない状態なのだとか。山狩りをしようにも上手くいかず、まだ捕まっていないという事ですね……。最後に、召喚命令が出ています。ただちにご主人さまに戻る様にと……」

 俺は絶句した。
 俺はあわてて引ったくる様に紙片を取り返す。読めもしないのにもういち度紙片に書かれたをそれじっと見つめた。

「か、家族のみんなは、タンヌダルクちゃんは大丈夫なのか?」
「大丈夫だよシューターさん。ダルク義姉さんは元気にしているって」
「そうか、よかった」

 しかし、これは大変な事になった。

「ご主人さま。連合軍の盟主会議を開こうとリンドルの御台さまが画策されているタイミングで、それもオッペンハーゲン公商会との会談もあります。どうなさるのですか?」
「ベローチュ、これはブルカ辺境伯の、罠だよ。ぼくにはわかる」
「どういう事ですか、エルパコ夫人?」
「ぼくたちが纏まろうとする、このタイミングだから、妨害をしているんだ」
「なるほど確かにそうです。ですが、それですと今サルワタ領内にご主人さまが向かわれる事は、相手の思うつぼなのではないでしょうか?」

 確かにブルカ辺境伯の狙いはそこにあるのだろう。俺たちがブルカ伯に対抗するために諸侯を糾合しようとしている情報は、連中も掴んでいるという事だ。

「だがもし冒険者カムラみたいな男が村に送り込まれていて、助祭マテルドと共謀して悪事を働かれたとなったら、村ではまだまだ被害が出る事になるからな……」

 村にはそんな時のための守りにタンクロードバンダムがいるが、今のサルワタは野牛の居留地からゴルゴライに至るまで、支配領域が広域にまたがっている。
 タンクロードバンダムひとりでどうこう出来るもんじゃないだろう。

「冒険者カムラというのは確か」
「俺と互角以上の腕を持っている、ブルカ伯のスパイだった男だ」
「そんなに強いのですか……」
「犯人のマテルドが捕まっていないという上に、手紙だけでは状況がまるでわからない。アレクサンドロシアちゃんの召還命令だ、行かないというわけにはいかんだろう。いちもにもなく出立する」

 俺は考えるまでも無いという風に藤編みのイスを立ち上がった。
 ふたりはその瞬間に俺に対して片膝を付いて、まるで騎士が高貴な身の上の人間に礼を尽くす様な態度をする。
 ちょっと俺は驚いたけれど、ベローチュはもともと妖精剣士隊出身の騎士で、エルパコも俺を守ると騎士の様な真似事をしていたのだ。

「わかりました。ご主人さまがそう仰るのなら、自分は従うまでです」
「ぼくも、シューターさんの命令に従うよ」
「うん。オッペンハーゲンとの交渉がある以上はこの召還にカサンドラを連れていく事は出来ない、何しろ大使のひとりだからな」
「はい」
「今から出立してどれぐらいかかる?」

 リンドルからサルワタの森の開拓村まではかなりの距離がある。
 サルワタからゴルゴライを経由してブルカに至る道は、一昼夜駆けてどうにか到着するという距離だ。それと同じだけサルワタとセレスタまでは距離がある。そこからリンドルに至る道のりは、その旅路よりもややあったような気がする。単純に山が険しいために、実際の距離よりも時間がかかっているのかもしれない。

「そうですね、リンドルとゴルゴライの間は、だいたい二日半ばかりでしょうか」

 ようじょは以前、サルワタからブルカに行くのとさほど距離がかわらないと言っていたけれど、実際に旅をしてみてわかった事は、直線距離でないために三日では届かなかった。
 やはり地図が不正確なので、わかりづらかったんだろう……

「……二日半か。それまでに事態が悪化しているという可能性があるな。どうにかならんものか」
「それでしたら船を使いましょう。夜は便がありませんが、朝一番に出立するのであれば、半日とかからずにセレスタに到着する事が出来ます。そこから一気にサルワタの領地に行くのであれば時間が短縮できます」

 なるほど船という方法があったな。都合のいい事に下流に向かって進むという塩梅だ。

「川はセレスタで止まっているのか?」
「いいえ。ゴルゴライの側までは繋がっていますが、その先は大きな滝があるためにブルカ方面に流れ込む川には近づけないのです」
「世の中あんまりうまくいかないね……」
「まったくだぜ」

 男装の麗人の言葉に俺はしかめつらをして、けもみみも愚痴をひとつこぼした。

「ご安心ください。ギリギリの場所まではセレスタで船を乗り換えて、運んでもらう事は出来ると思います。ただちにオコネイルさまに手配をお願いしましょう」

 おお、さらに時間短縮の手段はあるか!
 俺はたまらず男装の麗人の手を取って、喜んだ。ベローチュは恵みある胸をたゆんと揺らして褐色の頬を染めて見せた。

「わかった。ベローチュ、お前は地元に詳しいだろうからサルワタまでの道中の案内を頼む」
「自分はご主人さまの奴隷です。おおせのままに!」
「ぼくはどうしたらいい? 一緒に行こうか?」
「エルパコ、お前は頼りになる俺のかわいい奥さんだ。留守の間は家族のみんなを守る様にお願いできるかな?」
「うん。わかったよ。ダルク義姉さんの事、よろしくお願いするね」
「もちろんだ。みんな大事な家族だからな」

 情報が漏れるのはよろしくないので、俺は伝書鳩の運んできた紙片を燭台の炎に近付けると、燃やした。
 そのまま近くにあるお香を焚く壺の中に放り込んで、しっかりと燃え尽きるのを確認する。

「シューターさん。義姉さんやッヨイちゃんが待っているから、急ごう?」
「わかった、船で行くならば今夜中に出立の準備をしないとな……」

     ◆

「マリアちゃん。ちょっといいですか」
「はい、何ですの?」

 急ぎ聖堂の宿泊所に戻る準備をしてプライベートルームを出た俺は、応接セットに腰を落として俺たちを待っていたマリアツンデレジアに声をかけた。

「まずい事になったのは、薄々察知しているとおもうけれど」
「ええ、どうぞお続けになってくださいですの」
「妻からサルワタの本領に大至急戻ってくるようにと連絡を受けた。どうもブルカ伯の手引きで家中で問題事が起きたらしい……」
「まあ、やはりわたしたちの動きはブルカ伯に掴まれていたのですね」
「触滅隊との連絡が途絶えた上に、この街で俺たちサルワタの人間が両派の晩餐会で歓待されたんだ。間違いないだろう」

 ほとんどが打ち取られたはずだけれども、中には逃げ出して情報をブルカに届けた人間もいるだろう。あるいは、行商人たちの情報網を伝ってブルカにもたらされた可能性もある。
 すでにゴルゴライがサルワタに併合されたという事実も確実につかんでいるはずだ。

「わたしの居場所のためにも、辺境の盟主となるシェーンさまの将来のためにも、行かなければならないのですね」
「事件を解決し、その時は妻アレクサンドロシアを連れて改めてリンドルに参りましょう」
「了解ですわ。その時までにはオッペンハーゲン、岩窟都市、セレスタ、ベストレや周辺の軽輩領主、それから騎士修道会宛にも会談の招待状を発布しておきましょう」
「よろしく頼みます」

 首肯しながらも、騎士修道会という言葉に俺はピクリと反応した。
 もしかすると騎士修道会とサルワタの関係、俺と雁木マリとの婚約についても掴まれているかもしれない。俺たちは少なくともリンドルで行われた晩餐会で、俺と雁木マリの婚約については積極的に宣伝し過ぎていたぐらいだ。
 今に思えば時期が早すぎたのかもしれないが、後の祭りだな。
 それによってこの同盟は旨味があるとリンドルの政財界にアピール出来たのも事実だし、今回は悪い方にも影響したんだ。

 焦ってはいけない。出来る事をひとつひとつするんだ。
 マリアツンデレジアの隣に腰かけて憎悪のこもった視線を向ける少年に、俺たち主従は一礼をした。

「それではシェーンさま、御台さま。われわれはこれにて失礼いたします」
「に、二度と義母さまの前に現れるな!」
「まあ、何を言うのですかシェーンさま。閣下は未来のお義父さまですよ?!」
「そ、そんな、義母さまっ……」

 俺はそんな口論を無視して退出する。

「今の時刻はいつ頃だ」
「はっ、ただいまは黎明より半刻ほど前といったところでしょうか」

 廊下を駆け足に通り抜けながら、俺は質問した。
 ベローチュの言葉から半刻、つまり夜明けまで一時間前という事を理解する。

「荒事になりそうだから、外交使節の守りも残しながら誰かを連れていくべきなんだろうな……」
「ハーナディン修道騎士さまは、もともと犯人のマテルドというのを護送するためにサルワタへ向かう予定だったのですよね? 近く出立する予定だったので、ちょうどよいではありませんか」
「それなら、ニシカさんがいいと、ぼくは思うよ」

 ッヨイさまは外交が出来るし、カラメルネーゼさんも同様だ。雁木マリも騎士修道会の代表者としてここに残ってオッペンハーゲンの交渉に挑んでもらいたい。

「わかった、その線で何とか準備を整えないとな!」

 俺はリンドル城館を出ると、馬車に乗り込んで急ぎ宿泊所へと戻るのだった。
次回より、サルワタ動乱編です。
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