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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第5章 俺たちは辺境諸侯を歴訪します

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153 俺たちは進軍します


 満天の星空に抱かれながら、俺たちは数珠つなぎとなって馬を走らせる。
 松明は、わずかばかり俺たちの周辺を照らしてくれるだけの頼りない具合だったけれど、それでも急がねばならない理由があるのだ。
 この先、四半刻を進んだあたりにはすでに先行しているオゲイン卿の率いる領兵の軍勢とサルワタの野牛・傭兵の連合部隊が野営しているはずだ。
 四半刻というのが元の世界の用語の基準と同一であるならば、おおよそ三〇分程度という事になるのでそれほど遠くはない。ただし夜間なのでもう少しかかる事は想定済みだ。
 これとまずは合流して、境界線上にあるという触滅隊のアジトへと夜明けまでに向かう手はずになっていた。

「シューター卿。あなたは戦場に出た経験はおありなのですの?」
「残念ながら、訓練以外で大人数が動き回っての戦闘に参加した事はないですね。突発戦闘というか、少人数でのやり取りならば、そこそこ場数は踏んでいます!」

 馬の揺れに合わせて器用に上半身を上下させているマリアツンデレジアが質問を浴びせてくると、俺も大声を張り上げて返事を飛ばす。
 どうしても馬蹄の響きがうるさくて、声が大きくなってしまうのだ。
 まあここらあたりは職能集落と農民集落がいくつか点在しているだけの平和な地域だから、この際は俺たちががなり立てる音を気にする必要はない。
 それにしてもさすがお貴族さまのご出身、乗馬はたしなみの一種と見えて手綱さばきは軽妙だ。

「しかし、ここにいる雁木マリや他の家族たちは、戦場経験も豊富なので頼りになります!」
「家族とお呼びになるんですのね」
「そうです。雁木マリは俺の婚約者ですからね、それに村の仲間たちは家族同然です。それよりも御台さまはその、あまり無理をなさらずに戦場の前線に出ようとしない事だ!」
「心得ておりますの。わたしは領地の支配者が、前線でブルカの手先と対峙したという事実のみを重視しまので、そこは本職のみなさんにお任せする予定ですの」

 マリアツンデレジアはそう言ったものの、うちの女村長系奥さんの例もあるので釘を刺していたのである。
 アレクサンドロシアちゃんは貴族軍人の出身だからか、あるいは彼女自身もよそ者としてサルワタの村にやって来た人間だからか、指揮官先頭の原則を非常に重視していた。
 結果を出し、支配下の領民を平伏させるためには自分の実力を示さなければならないと考えている節が常々あったからな。
 してみるとマリアツンデレジアも同じ立場であり、家臣や領民一同に対して感服に値する結果を欲するあまり前線に飛び出してしまう可能性があると思っていたのである。

「何れブルカとの対立が本格化した時には、戦場に出る事もありますの。その時のために今回はしっかりとシューター卿のご差配をお勉強させていただきますのよ」

 そんな事を言ってのけるマリアツンデレジアの言葉に、俺は苦い顔をしてしまった。
 実際の戦闘を指図するのはたぶん雁木マリやベローチュ、あるいはリンドル側ならばオゲイン卿の役割だろう。
 作戦を立案するのも近頃すっかり軍師の様な役回りをしているようじょである。
 サルワタの外交使節団が事実上、ハーレム大家族によって主要な人間を構成しているもんだから、たまたまハーレム大家族の家長である俺に決裁が求められているだけの話だ。
 しかしこれも大切な事なのだろう。

「決して無理はなさらないでくださいよ。俺は状況に応じて前線に出る事もありますが、あなたは言わばリンドルの大黒柱だ。シェーン子爵おひとりでリンドルを差配できるものではない」
「そうですかね。わたしがいなくても、オゲイン卿がいれば義息子の補佐は十分に務まりますの」
「…………」

 俺に視線を向けるのではなく、前方の暗闇をしっかりと睨み付けているマリアツンデレジアに俺は絶句した。
 やはり女村長と同じで、この世界のお貴族女子はとてつもなく気が強い。
 抜け駆けをする事をやはり考えている様に俺は感じた。

「マリアツンデレジアさま」
「…………」
「この際はっきりと申し上げるが、この戦争に派閥争いを持ち込んでいては、勝てる戦も勝てないものだと心得ていただきたい」
「こ、心得ておりますの。みなまで申されないで」

 どうだかね。
 俺は不安をかなり感じたので、すぐ背後にいる雁木マリとようじょの乗った騎馬に振り返って視線で合図を送った。
 戦場全体を指揮するのは、たぶん実際の経験がある雁木マリに任せるのが一番だろう。
 ッヨイさまは魔法による範囲攻撃とも言える大規模な一撃を要所で使うつもりがあるだろうから、これは臨機応変に前進する必要があるけれど、マリが陣所に残ってくれるのならば目付役をお願いしたいものだと思ったのだ。
 当然その辺りの事はともにダンジョンで死線を潜って来た仲間であるから、どことなく察してくれたらしい。

「任せてちょうだい。御台さまの補佐はあたしがしっかりとつとめて見せるわ」
「頼んだ!」

 これで一安心といったところだろうが、直ぐ横でバツの悪そうな顔を浮かべて俺を睨み付けて来るマリアツンデレジアがいた。
 無視だ。無視しておこう。

     ◆

「シューター卿、もう間もなくですの!」

 前方に見える無数のかがり火を指さして、マリアツンデレジアが俺たちに向き直ってそう言った。
 郊外の野営というのはあれの事だろう。
 いくつかの家々の間から簡易テントが見えており、ところどころに諸兵が屯して休憩をとっている姿がここからも見える。
 見えるというのも驚きだが、俺は以前にもましてますます遠目が利く様になってきたようだった。

「全体、いったん野営中のオゲイン隊に合流して再編成をするわよ!」
「「おう!」」

 今、俺たちの人数は二〇名といったところだろうか。
 これにオゲイン隊とサルワタ勢が加わって一四〇あまり。
 領境のセレスタ側から触滅隊のアジトを目指している男色男爵の妖精剣士隊がおおよそ五〇程度の騎兵集団という事なので、ひとつのアジトを攻略するためにたいした軍隊が集結したという事になる。
 まあ、現代基準で言えば中隊規模といったところだろうけれど、人口密集度が全く違うこのファンタジー世界と元板世界で単純比較をする事は出来ないだろうな。

「点呼終了であります」
「ご苦労、市中ではかなりの大捕物になって、シューター閣下も火傷を負ったと知らせを聞いたが、そちらは大丈夫であるかな」

 出立の準備を知らせる兵士に鷹揚にうなずいてみせたオゲイン卿は、踵を返すと俺にそんな質問をしてきた。

「なに。たいした火傷ではありませんし、俺の家族には優秀な医者がいるのでね」
「そうだったな、ガンギマリー卿は騎士修道会の聖少女修道騎士どのであったかのう。閣下は家族に恵まれておる」
「光栄です。オゲイン卿もこの戦で怪我をした時は遠慮なく申してくださいね。あたしが聖なる癒しの魔法で」

 軽く頭を下げて雑談に応じる雁木マリに、これは一本取られたという顔をして見せるオゲインおじさんである。

「わしも若いころには修道騎士に憧れたものだが、この通りの体で槍働きはからきし駄目だ。出来るだけガンギマリー卿のお世話にはならんようにせんといかん」
「ところで斥候に出ていた俺の身内はどうなっていますか」
「おお、長耳の何と言ったか」
「ニシカさんですか?」
「そう、鱗裂きのニシカ卿がすでに先ほど陣屋まで引き上げておってな。あちらの天幕で休憩をしているはずだ」

 すぐに呼んでまいれと点呼の報告に来た兵士に向けてオゲインおじさんが命令を下した。
 しばらくすると背の高い長耳の眼帯女が、のそりと姿をあらわすではないか。
 どういうわけか上半身裸、というか手甲ブーツにひもぱん一丁の姿だったので俺は驚いたけれど、どうやら新調したばかりの装備を身に着けるところだったらしい。
 ニシカさんいわくタクティカルベストを手にぶら下げながら、こちらへと堂々と歩いてくる。
 揺れるたわわなおっぱいが喋った。

「ようシューター、相手はこちらに気付いていねえ。数はざっと見て一〇〇に足らずといった感じだ」
「他に出動して野盗働きをしているという感じはありませんでしたか」
「どうだろうな。タマラン、アマナン、アマノンというみっつの集落跡地を見た限りじゃ賑わってる感じだったぜ。数人が金稼ぎに出ている事はあっても、おおむねあそこにいるといった感じだな」

 ニシカさんは手に持っていた肌着を目の前で被ってみせ、すっぽり顔が出てきたところで言葉をつづける。

「あとはアジトの本拠地になる旧領主の館だな。古いレンガ造りの館だが、あそこには女がいた」
「女?」
「娼婦か何かを囲っている感じじゃねえか? ほら、ブルカの街にもそういう女がいただろう」

 ニシカさんの言葉に反応をしたのは雁木マリだ。
 確か辺境における娼婦の管轄は騎士修道会という国法があって、ブルカ伯ともそういう取り決めをしていたという話を以前耳にしたことがあった。性病や避妊などの関係上、公共的な医療提供を担っている騎士修道会とその傘下のブルカ聖堂会には聞き逃せない話なのかもしれない。

「フン、まあいいわ。もしもそれが事実なら国法を蔑ろにし、協定を無視したという線から正々堂々と制圧する事が出来るわね。リンドルでも当然、子爵家との取り決めで管轄はあたしたちになっているのよね」

 マリの言葉にマリアツンデレジアもこくりとうなづいて見せた。

「行軍序列は以下の通りでわしは考えている。騎士小隊を組織して先行させ、地理感覚のある領兵を後に続けさせましょうぞ。その後にサルワタの兵士で最後に本隊だ」

 食料補給の部隊みたいなものは今回領内の遠征なのでたいしたものではないが、弓矢を乗せた荷駄列だけは最後尾にオマケで付いてくる。
 これは本隊というか俺やカラメルネーゼさんで守るしかないな。
 誰からも異論がなかった様なので、その事を手早く命じたオゲイン卿によって実行に移される。

「よし、じゃあ進軍しながら詳しい話は詰めていきましょうか」
「途中までは馬車で移動するのがいいだろう。六頭引きの、指揮台を乗せた指揮官専用馬車を運び込んでいる。わしの自慢だ」

 そんな事を言いながら一同を見回すオゲイン卿に、俺たちはうなずきあって後に続いた。
 正直、馬での移動は体力を削がれてしまうので、しなくていいのならそれに越したことがない。

 持ち主であるオゲイン卿に続いて俺が乗り込み、マリアツンデレジアとカサンドラに手を貸してやる。
 雁木マリとようじょにカラメルネーゼさんまでが馬車に入ってしまうと、いくら六頭引きの大きめの指揮官専用馬車と言えども狭々しく感じるのだった。
 トドメとばかり呼びもしないのにニシカさんが強引に入り込んでくると、これはもう寿司詰めである。

 俺は窓から全体行軍の有様を見やりながら、ニシカさんとようじょが地図をにらめっこしながら詳細報告をしている姿を眼にした。
 戦争というものを俺は知らない。
 もちろん平和な日本に生まれて育った人間が戦争について知っているとすれば、それは古老か傭兵経験でもある様な変人のどちらかだ。
 むかし俺は傭兵のアルバイトをしていた、なんて事があるはずも無く、未知の体験にえも言えぬ緊張感を募らせていく。
 時刻は正確ではないけれど、ゆっくりと粉を散らしていく砂時計を見る限り、そろそろ日付が変更する頃合いといったところだった。

「セレスタ男爵の軍隊はどの辺りまで進発しているのか、わからんのか」
「たぶんですが、この距離を考えるとッヨイたちの部隊よりも前に出て移動していると思います」
「出来るだけ遅れる事は避けねばならぬが、これだけの人数が動くとなれば遅くなってしまってもしょうがあるまいな……」

 オゲインおじさんとようじょが距離を測りながら会話をし、今しがたこの道を進んで来たばかりのニシカさんがそれに口を挟む。

「ここから行程の半分まではたぶん馬車で行けるぜ、近くにいくつかまだひとのいる集落があっただろ。そこから先は馬車も降りた方がいいな」
「ではそこからは徒歩と騎馬ですかねぇ。どれぇどう思いますか?」
「そうですね、細かいところはお任せしますが。ニシカさん、そのアジトをしっかり見える場所というと、この地図で言えばここですか?」
「そうだな、ここがたぶん全体を俯瞰できる場所だ。アジトの本拠になる館よりは低い位置にあるが、それでもみっつの集落は見渡せる」

 ではそこを夜明けまでにいったん目指そうという事になって、しばし指揮官一同は仮眠をすることにした。
 夜は長い。
 いや、明日は長い一日になる。
 そんな事を考えながらうとうとと俺の肩に頭を預けて来るカサンドラと雁木マリを抱き寄せながら、緊張する気持ちを必死に抑えこもうとした。

 俺はひとりでの戦闘では戦えたが、果たして集団戦闘でどれだけ役に立つのだろうか。
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