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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第5章 俺たちは辺境諸侯を歴訪します

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152 双剣のデブ


 お互いの技量の差に決定的な差がない場合、勝負の運び方はどうしてもじわじわと相手を追い詰めていくスタイルになってしまう。
 ナメルシュタイナーの場合はデブの癖に足さばきが非常に巧みだ。
 俺とデブとの間に決定的な技量の差は存在していないと思っているので、そうするとこの軽妙なデブを追い詰める形で倒す事になる。

「必ず殺してやる!」
「黙れよデブ、トンカツにしてやる」

 けれども殺意の衝動に動かされたデブは、そのいくらかばかりの技量の差を埋める様にして守りを捨てた攻撃的な動きをするのだった。
 双剣の戦いはただでさえ腕力と技術力が必要とされるだけに、片手で突きを見舞いながら俺の動きをけん制し、飛びのいたところに一閃を斬りつけて来るやり方はかなりあざとい。
 俺は突きを弾き上げて距離を狭めようとしたけれど、すぐさま斬りつけられてあわてて自分の長剣を引き戻す具合である。
 するとそこにまた反対の手が隙をうかがう様にしてすくい上げの斬り込みがやってくるので、体を入れ替える様にしてくるりと互いに位置を変えた。
 けん制の一撃を俺からも一閃見舞ってやったが、デブはひらりと飛んでみせた。
 互いに肩で息をしている。

 だが感触はあった。
 けん制の一撃は上手い具合にデブの腕の皮一枚を削いでいたらしく、わずかに垂れる血を気にしてチラリと視線を向けたナメルシュタイナーである。
 一方こちらはブリガンダインの鎧に無頼者が傷をひとつ入れた以後は傷ひとつない。
 当初の予定通り、じわじわと追い詰めていけば確実に熊面の猿人間はおしまいだ。

 窓から参戦してくれたカラメルネーゼさんも、自慢の蛸足をくねくねさせながら剣を水平に構えたところだった。
 無頼の男と一進一退の撃剣を繰り返しているらしいが、あの触手で死の抱擁をされてしまうのも時間の問題だな。

「さて、手こずらせるんじゃないぜ。ここで終わらせよう」

 いつまでもデブに関わっているわけにはいかない。
 この後には領境のアジトに向けて俺たちは進撃しなくてはいけないのだからな。夜のうちに郊外のオゲイン隊と合流して、朝までには進めるだけ行軍する予定となっているのだ。

「貴様を殺す、必ず後悔させてやる!」

 馬鹿のひとつ覚えの様にデブが吠えた。
 技量差が大きく開いていないから、何かの拍子にそれを覆せると思ったのか。
 違う。
 デブは吠えた直後に左手に持った短剣を俺に投げつけると、すばやく懐を探った様だ。
 出てきたのはお注射セット、いやカプセルポーションの注入器具ではないか。
 そのまま自分の首に押し付けると、プシュリとそれを射込んでしまった。

「うおおおおお!」
「ちょ、ドーピング!!」

 動きは速かった。
 俺があわてて投げられた短剣を避けて身を翻している間にその挙動を終わらせてしまうと、そのまま倒れ込む様にデブは前進した。
 ラッセルだ。ラッセル車の様な突貫で突きを繰り込んで来たかと思うと、俺は脚位置を素早くずらして剣を弾いてやった。
 そのまま体を入れ替えた直後、何かの粉末を俺にまき散らしてくるデブがいた。

「目潰しか!」

 咄嗟に視線を反らして何とかやり過ごしたが、改めて向き直った先に大上段に両手で長剣を構えているデブがいた。

 重たい一撃。
 俺は咄嗟に肉厚な刃の腹でこれを受け止める事がどうにか出来たが、勢いのある体重の乗ったラッセル撃剣は、そのままぐいと俺を圧し斬ろうとしている様だった。
 そのまま滑る剣先を引き落としてやって構えを改めた時には、デブが双剣の片割れを拾い上げながら舞っている姿を目撃したのである。

 この男何のポーションをキめたんだよ。
 雁木マリならば複数のポーションを状況に合わせて使い分ける様な事をやっていたけれど、ブルカ伯に繋がっていた助祭マテルドの例を考えればヤバい組み合わせの脱法ポーションであってもおかしくない。
 とりあえず狂戦士化か何かの捨て身の接種であった事は間違いなく、眼の座った具合でゆらりと前進を緩めない。

 だが俺は不思議と呼応できた。
 たぶん元いた日本での生活の中で、この男の狂った撃剣を見たのであれば間違いなく逃げ出したであろう。
 けれども俺はこのファンタジー世界でそれなりに死線を潜り抜けてきたという自負がある。
 ワイバーンしかり、街の乱闘しかり、バジリスクしかり、オーガしかり、そして美中年カムラや口の臭い男(何という名前だったかな?)に比べれば、どうという男ではないのが現状認識だ。

 気が付けばむかしより遠目が利く様になって、感覚が鋭敏になっていたのと同じで、飛び出してきたデブの隙が一瞬、見えた。
 この男は防御を捨てて一歩だけ余計に前に踏み込む事が出来た代わり、体勢が前傾になりがちでこれをいなせば姿勢が崩れる。
 つむじ風の様に急襲してきた左右左の斬りつけをどうにか引き受けながらすり下がると、そのままデブを壁に誘導して最後にひらりとかわす。
 デブは振り返りざまに大きく剣を振りかぶろうとしたけれど、その内が長剣が天井をこすり付ける様に走らせてしまったために、見事そこに隙がひとつ大きくできたわけである。

 平服のデブの懐に俺は深々と剣を刺し込んだ。
 感触は確かだ。内臓を確実に裂いて、ぐぐっとそのまま壁に向かって押し付けてやると右手の長剣を取りこぼしたナメルシュタイナーだった。
 しかし俺も呼応するために守りを捨てざるをえなかった。
 だからブリガンダインに浅くではあるが、傷をひとつ作ってしまったのである。

「おしまいにしようや、次の予定がある」
「……そうだな。俺も次の予定があるのでこれでおしまいにしたい」

 口からつうっと血を垂らしたかと思うと、デブは左手の短剣も取りこぼしてしまい、そのまま俺の右腕をがっしりと掴んだのである。
 何をするうわやめろポーションチートの握力やばいです。
 きつく爪を立てられながら握りしめられた俺の腕。そのままぐいと引き寄せるものだから当然、刃広の長剣がデブの腹深く更に刺し込まれる。
 どういうつもりだと思った次の瞬間に、デブが口から血を噴射した。

「眼が、眼がぁ!」

 どうやらニヤリとしたらしいデブは、最後の力を振り絞ったのか俺を突き飛ばしていた。
 そしてガシャンとけたたましくガラス瓶かなにかが割れる音が立て続けに聞こえた。

 必死にボロボロになった服の袖で目元をぬぐった時、俺が目撃したものはナメルシュタイナーの右手に浮かぶファイアボールの出来損ないみたいな紅蓮の小粒だった。

「あばよ、これでおしまいだ」

 剣を引き上げて構えようとしたけれど、デブは多量に出血する腹を抑えながら、さらに手に握っていた何かの粉末をふたたび俺にぶっかけて来る。
 目潰しなんかじゃない。こ、これは硫黄の粉末だ……
 村で鍛冶職人の仕事場にも常備されていた燃焼補助のアイテムだったはず。
 顔じゅう鎧じゅう血でべたべたになった俺の装備に、まぶされた粉末がこびりついている。

「シューター卿!」

 背後で叫ぶカラメルネーゼさんの声がした。
 すでに無頼の息の根を仕留めていたらしく、あわてて俺の首を掴む様にして引っ張り倒す。
 デブはすぐにも小さな紅蓮の小粒を床に叩きつける様にしやがったが、みるみる粉末を発火させていって部屋の中を丸焼きにしようとしていた。
 俺は強引に蛸足に抱きかかえられる様にしてカラメルネーゼさんに部屋の外へと引っ張り出されつつあった。
 けれども紅蓮の広がりはそれよりも早く俺に迫り、そして服に着火したのである。

「ちょ、燃えてる服。やめて一張羅!」
「早くお脱ぎになるのですわ! 誰か、聖少女夫人をお呼びして!!」

 服をあわてて脱ぎ散らかす。ブリガンダインも放り出した。
 掌はめちゃくちゃ熱かったけれどそれどころじゃない。

「どうしたのシューター、燃えてるじゃない!」
「聖少女夫人、早く婿殿を水の魔法でッ」
「待ってなさい、じっとしてて。すぐに冷やすから!」

 俺は燃えた。
 俺の一張羅であるところのブリガンダインは焦げた。
 幸い、命に別状はなかったけれど、ボロボロにされたサーコートはとどめとばかり灰になり、ブリガンダインは黒焦げになってしまったのである。
 どこかで雁木マリの叫ぶ声が聞こえたけれど、俺は茫然自失としていた。

     ◆

 治療に当たるために階上まで顔を出していた雁木マリがいなければ、たぶん俺は焼け死んでいただろう。

「た、助かったぜ」
「火傷の具合は大丈夫よ。綺麗に跡が残らない様に聖なる癒しの魔法で癒してあげるから」
「俺のブリガンダイン鎧が……」

 治療をするために雁木マリに抱きしめられている俺の側をすり抜ける様にして、マリアツンデレジアやハーナディンたちが駆けて行く。
 ほぼ全員を捕縛完了した事を受けて、検分のために館長の居室へ向かうところだった。

「デブはどうなった?」
「館長の居室から見つかった黒焦げの死体はふたつよ」
「ふたつ、それはデブと無頼者のふたつということかな?」

 体を起こそうとすると側にいたカラメルネーゼさんが手伝ってくれて、ゆっくりと立ち上がる。
 今の俺は全裸ではない。かろうじてひもぱんがある。
 苦しい戦いの度に服を失うこの屈辱を、誰にわかってもらえるだろうか。いやいない。

「いいえ違いますわシューター卿。あの時ナメルシュタイナーは笑っていましたもの、たぶん逃げられましたわね」
「あの腹に剣を刺された状態でか……」

 俺がカラメルネーゼさんを見やると、こくりと無言でうなずき返された。
 信じられない。絶対に油断は無かったはずなのに、取り逃がしただなんて……

「ベローチュが追っ手をかけていますわ。安心なさりませ」
「しかしあの重態ではどこまでも逃げられないわね。あいつに協力する町医者でもいない限りは……」

 カラメルネーゼさんと雁木マリの会話をしているところに、黒焦げになって何もかも灰となってしまった部屋の中からようじょとマリアツンデレジアがムッツリ顔で顔を出したのである。
 ようじょは顔を左右に振った。

「やっぱりおデブシュタイナーは逃げていたみたいなのです」
「しかも書類と思われるものも何もかも、火にかけられて燃えてしまった様ですの。見事に証拠を隠滅されてしまいましたの……」

 くそう、相手の方が一枚上手だったと言うべきだろうか。
 俺はすすけた尻をボリボリとかきながら急いで状況を整理した。

「オゲイン卿には早馬を走らせますの。それと、わたしの配下の手勢ですけれど……」
「そうね、あなたの部下たちは大なり小なり手傷を負っているものばかりだわ。このままアジトに向けて出発されるのには問題があると思うの」

 マリアツンデレジアと雁木マリが揃って俺にそう言った。

「それは仕方が無い事なのです。マリアツンデレジアねえさまは最小限のごえーで、ッヨイたちと一緒に郊外に向かうしかないのです」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 みんながうなづきあって話を進めようとしていたところ、俺があわてて制止した。
 とりあえずブリガンダイン鎧は黒焦げだ。
 いや金貨二枚もしたこの鎧のいいところは、補修をすれさえすればまた使い物になるところだし、防御力はまだ幾分残っているとして。
 まず服がない。

「とりあえず何でもいいから服をくれ。話はそれからだ……」
「そうね、服は大事ね」

 雁木マリが俺に同情してそう言った時、ポロリとひもぱんまでもがほどけ落ちた。
 どうやら今回も俺は全裸にされてしまったらしい。
 ナメルシュタイナー許すまじと、復讐の決意を新たにする吉宗であった。

     ◆

 その頃、脱走を試みたというデブの追跡を任されたベローチュは、リンドルの衛士たちとともに捜索に奔走していたらしい。
 すぐにも態勢(主に俺の服)を整えてオゲイン卿の待つリンドル郊外に進発しなければいけないという事で、断腸の思いで捜索参加を断念した男装の麗人は、仏頂面をしてブルカ公商会の商館前に戻って来たのである。

「すいませんご主人さま。これ以上時間をかけて足取りを掴むことは難しいようです」

 たわわな胸を右手で抱く様にして片膝を付いて見せる男装の麗人である。
 そろそろ時刻は繁華に夜の賑わいをもたらす頃合いになっていた。
 するととても横柄な顔をしたシェーン少年が、俺に向き直ってこんな提案をしてくる。

「仕方のない奴隷だ。この続きの捜査は僕がこの市中に残って陣頭指揮をとる事にしよう。感謝してほしいものだね」
「お願いしてもよろしいでしょうか? 俺たちはあなたの義母上とともに、ただちに触滅隊の討伐勢に合流しようと思っています」
「大丈夫だ。この僕にかかれば、逃げ出した熊面の猿人間などは巻狩りの延長線上にあるものだからな」

 義母さまにいいところを見せたいのか、チラチラと不安な表情をしているマリアツンデレジアに視線を送りつつそう宣言してくれた。
 腕にはあまり賢くは見えないハヤブサの親戚の様な猛禽を乗せているシェーン少年である。今も眠たげに大きくくちばしを開けてあくびをしているハヤブサの親戚は、この暗闇で果たして役に立つのか疑問だぜ。

「そういう事なので、俺たちは急いで郊外に向かうとしよう」
「わかりましたご主人さま」

 俺の号令直下、みんながうなずいて見せるとそれぞれの馬に向かって小走りに向かう。
 すると俺が代用でブルカ商館から拝借したばかりの袖を引っ張る人間がいるではないか。

「あのうシューターさん。わたしは馬に乗った事がないのですけれども……」
「それならご主人さまの後ろに乗られるのがいいと思います」
「いや、俺はあまり馬の手綱さばきが得意ではないからな……」

 恥ずかしい話だが、まだ白馬の王子様よろしくカサンドラを乗せて馬を自在に操る自信はない。
 同じく馬に乗るには小さすぎるようじょ軍師はこの際、雁木マリと一緒に馬に跨ろうと思っていたらしい。
 どうしたもんかと考えているところ、

「それでは僭越ながら、自分がカサンドラ夫人をお乗せします」
「いいのですか?」
「もちろん万全をもって戦場までお届けしますので、ご主人さまにおかれましても奥さまにおかれましてもご安心ください」

 長い後ろ髪の三つ編みを揺らしながら白い歯を見せた褐色エルフ、まるでこちらが本物の王子様みたいだった。
 俺はハーナディンの手を借りてどうにか馬に跨る事が出来るという有様だというのに。
 思わず奴隷に嫉妬した。

「よし、みんな準備はいいわね? シューター」
「ああわかった。それではみんな、出発するぞ!」

 何事かと繁華のひとびとから視線を浴びる中、俺たちは広い路地の中央をそこのけそこのけと馬を小走りさせながら走り出す。
 今夜だけは特別に開門したままの市壁を潜り抜け、黒くのっぺり塗りつぶされていた城外の闇間に進撃を開始したのである。

 明朝、領境にある触滅隊のアジトを攻略する。
次回、触滅隊の攻略作戦開始です。
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