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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第5章 俺たちは辺境諸侯を歴訪します

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150 ブルカ辺境伯の野望 後編

 翌朝、セレスタより返信を知らせる伝書鳩の連絡を持って、男装の麗人が俺の寝室へと駆け込んできた。

「ご主人様。セレスタのオコネイル男爵より、妖精剣士隊を出動させるという連絡が届きました。今回は男爵さまご自身が直率なさるそうです」

 このファンタジー世界における伝書鳩の飛行速度がどの程度のものかは知らないが、元いた日本では平均時速五〇あまりで飛行するらしい。
 してみるとたった一時間で、人間が二日かけて徒歩で移動する距離をあっさりと飛びぬける事が出来るのだ。
 リンドルからセレスタの徒歩による行程はおおよそ四、五日あまりであるの距離である。
 よくよく考えてみるとほんの数時間で返信が帰って来るというのは、思った以上にこの世界の通信速度が速い事に驚かされるのである。

「それは本当なの?! 男色男爵のあの騎兵隊の勇姿はあたしも覚えているわ」
「へいたいの数が多いのはよい事なのです!」

 朝から俺の部屋に集まっていた雁木マリとようじょが、俺が返事するよりも早く男装の麗人に言葉を返していた。
 その顔は昨夜遅くまで情報収集や尋問に立ち会って疲れ切っていたものの、男装の麗人の瞳は妙にギラついていて怖かった。
 奴隷なのに、襲われたら食べられちゃいそう。

「お、おうお疲れさま。マリ、すぐに誰か城府にひとをやってこの事を伝えてくれないか」
「了解したわ。シューターはそのままサボらずに読み書きの練習をするのよ!」

 雁木マリは机に向かって背を縮めている俺にひと言残すと、立ち上がって部屋を飛び出していった。
 疲れた顔のベローチュがギロリとこちらに視線を向ける。

「ご主人さまは何をやっているのですか?」
「見ての通り、読み書きの練習だ……」

 ここ数日、俺は自分が文字を書けない事にちょっとしたコンプレックスを覚えつつあった。
 サルワタの奥さんたちやセレスタの男色男爵に手紙を度々送っているというのに、自分ではこれが書けない。
 俺が知っている事といえば、せいぜいが自分や家族の名前を書ける程度だ。後は冒険者ギルドと教会堂という文字ぐらいだろうか。
 近頃カサンドラは毎朝、安っぽい麻紙に羽ペンを使って字書きの練習をしている事が多かったので、俺も一念発起して習おうと思いだしたところだったのである。

「はい、シューターさんは全裸を貴ぶ部族の文字しか使えないという事なので、エルパコちゃんとッヨイちゃんが文字の書き方をお教えしていたのですよ」
「文字、ですか。文字なら自分がいくらでも代筆して差し上げるというのに」

 字の練習をしていたカサンドラが顔を上げてそう説明すると、男らしい外見とは裏腹に腰をクネクネさせるベローチュである。
 俺は褐色長耳の男装麗人に呆れた顔をした。

「お前は情報収集や俺の付き添いで疲れているだろう。朝も早くに飛び出していったし少し仮眠をしなさい」
「お気遣いありがとうございます。しかしそうするとご家族をお守りする警護役がおりません」
「ぼくがいるから、休んでおいで」

 すると、俺の不慣れな文字に採点をしていたけもみみが顔を上げて、お姉さんぶった顔で男装の麗人にこう言った。

「しかし、エルパコ夫人も今は守られる側ですよ。せめて野牛の兵士か傭兵を呼びましょう」
「ぼくたちは家族じゃない。だから、かしこまらなくていいよ。ぼ、ぼくの事はお姉さんと呼んでくれるといいかな」
「はい、わかりました。エルパコ義姉さま、これでよろしいですか?」
「うん……」

 お姉さんぶっていると思ったら、本当にお姉さんになりたかったらしい。
 うちのハーレム大家族では、はじめにけもみみがカサンドラの事を義姉さんと呼ぶ様になってから、奥さまたちの間では姉妹の呼び方をするようになっていたからな。
 ハーレムは姉妹、ハーレムは家族。遠慮をするな! である。

「ではお言葉に甘えて、自分は昼食の時間まで少し仮眠をさせていただきますカサンドラ奥さま、義姉さま。ご主人さま失礼します」
「おう。ゆっくり休んでおいで」

 かしこまって巨乳に右手を当て、貴人への礼をしてみせる男装の麗人を俺は軽く手を振って見送った。

「律儀な方ですね、ベローチュさんは」
「打算の塊の様な女だと思っていたけれど、意外に仕事熱心だからな」
「シューターさん、姉さん。手が動いてないよ」
「「はいっ」」

 カサンドラとそんな男装の麗人の後ろ姿を見ながら雑談をしていると、けもみみに指摘されてしまった。
 ハイエナ獣人の娘は、けっこうなスパルタである。
 俺とカサンドラはあわてて安っぽい麻紙に向き直って文字の練習を再開した。

「じゃあ、どれぇとねえさまはあと一〇〇回、この文字を書くのです!」
「「はいっ!」」

 それに輪をかけて厳しかったのが、ようじょ教師である。

     ◆

 作戦会議のために集まった一同を前にして、ようじょ軍師はこう言った。

「こらいより、むつかしい作戦は必ず失敗するといわれているのです!」

 だから作戦は常に単純明快で農夫から徴兵された戦士にもわかりやすいものでなければいけない。
 シンプル・イズ・ザ・ベスト。
 今回は特にリンドルのオゲイン卿が率いる領邦軍だけではなく、マリアツンデレジアの手勢、俺たちサルワタの仲間、そしてセレスタのオコネイル男爵までが兵を供出しようという多数の参加集団があるのだから、わかりやすい事は至上命題であるのだ。

 複雑にお互いの兵力が呼応し合いながら敵を包囲して殲滅する。
 言葉の上や図に書いて説明すればわかりやすいものであったとしても、実際に動く側になってみれば、現場は必ず多少の混乱を受けるものだからな。
 むかし俺が時代劇の合戦シーンで撮影に参加した時だって、兵隊がただ平原を突撃するシーンを撮るだけの簡単なお仕事だったにもかかわらず、騎馬武者へ立ち向かう事の恐ろしさや、火縄銃の弾着で火薬の炸裂音を聞いただけで、次の段取りをぶっ飛ばす人間が多発したものだ。
 戦場は命のやり取りをするわけだから、よりその恐怖心が思考停止をもたらして、シンプルである事が求められるのである。

 だから俺たちは今、リンドル聖堂の礼拝施設にそれぞれの勢力の代表者が集まっていた。
 俺とカサンドラにカラメルネーゼさん、ニシカさんにけもみみに雁木マリとようじょ。野牛のタンスロットさんやゴブリンのッジャジャマくん、それからモンサンダミーも参加していた。
 オゲイン卿とその部下の騎士さまが数名、補給を担当するという文官さんもそこにいる。
 マリアツンデレジア夫人は実家から輿入れに従って付いてきたという屈強な戦士に城府で働く武官を数名、そして早撃ちシェーンである。

「わしらリンドルの人間は、お恥ずかしながら御台さまとわしの妹とで争っているものの、兵力を上げての戦争というものは久しくしてはおらんのだが」
「そうですの。わたしが王都から連れてきた兵士も、せいぜいわたしの巻狩りに参加したか盗賊の捕り物を経験したという程度ですの……」

 不安な顔をしているリンドルの実力者ふたりに対して、俺はようじょ軍師とうなづき合った後に言葉を口にする。

「オゲイン卿、その辺りの事は俺たちにお任せしてもらえませんかねえ。うちの婚約者は騎士修道会の軍事訓練を受けた人間で、戦争や冒険者経験も豊富だ。それにッヨイさまはこのお歳ですが兵法にも造詣が深いのですよ」

 ようじょ軍師はこれまでも女村長や俺に対して様々な献策をしてくれているからな。
 褒められて照れくさそうな顔をしていたようじょかわいい。

「おお、養女どのがか。尊卿は後継者にめぐまれておる」
「そうなんです、ただのようじょじゃないんです」

 何となく後継者などと言われて俺とカサンドラは顔を見合わせてしまった。
 ようじょはこうして、うちの子として世間(お貴族限定)さまに周知されていくのだろうか。
 娘はエースに渡さん!

「ではお言葉に甘えてこちらから作戦の提案を」
「うむ、頼みますぞ」
「よろしくなのですの」

 よし、イニシアチブは取れた。

「ッヨイが提案する作戦の詳細を説明するのです」
「よしじゃあみんな確認するわよ。作戦はまず、市中のブルカ公商会の商館を接収する事ね。もちろんここで働いている人間はみんなとっつかまえないといないわ。ひとりでも逃がしたら駄目、漏れが出ればアジトまで通報されてしまう可能性があるわ」

 ようじょ軍師とうなづき合った雁木マリが、言葉を引き取る様にしてリンドルの周辺地図を前にして言葉を口にした。

「ブルカの商館を制圧後、あたしたちは境界線上にある廃村地帯に向かって進撃する。この廃村は、タマラン、アマナン、アマノンという三つの旧集落があつまった廃村という事らしいのだけれど、これとは別にかつての領主の館というのが山の中にあるわ。ここが恐らく触滅隊の生活拠点になっている場所とみるわ」

 周囲を見回しながら俺たちひとりひとりの顔を確認する雁木マリ。そして最後に触滅隊の拠点を指し示した。
 ようじょも言葉を添える。

「ひとつひとつ、確実になのです」
「このブルカ商館の制圧は基本的にマリアツンデレジア夫人の手勢で担当していただきたいわ。あたしたちサルワタの人間も協力します」
「よろしいですの。ブルカ商館への令状は直ちに作成させていただきますの」
「確保した商館員は、直ちに聖堂の協力を得てポーション漬けにするわ。これで逃げられないようにする予定だから」

 雁木マリによる恐ろしい発言に、ポーション尋問の目撃者であるシェーン少年がゴクリと生唾を呑んでいる。
 反対にオゲイン卿は太り肉を揺らしながら身を乗り出して、マリに次の質問をした。

「わしらの出番はどうなっておる」
「オゲイン卿は確か兵士一〇〇名を用意できると言っていましたね?」
「さよう。数は揃えようと思えばもっと可能だが、時間がかかる。常時雇っている傭兵とこの街の兵士を合わせれば、今すぐ用意出来た数はこれが限界だ」
「結構よ。それだけあれば十分に対抗できる。ブルカ商館の制圧の確認が出来次第、郊外に待機していた兵力を境界線上のアジトに向けて進撃させるわ」
「大規模な兵士を動かせば、市内の噂になりはせんかの?」

 オゲイン卿と雁木マリのやり取りを聞いていた俺はひとつ口を挟む。

「そちらのオゲイン卿の兵士とサルワタの戦士たちで、模擬戦でもやるという触れ込みで演習という形をとったらどうですかね。モノの本によれば、演習のフリをしながら戦争をけしかけるのは古来からのならわしだ」
「いいわねそれ、採用でどうかしら?」

 雁木マリがフンと鼻を鳴らしてようじょ軍師と顔を見合わせると、ようじょはニッコリと白い歯を見せてくれた。
 オゲイン卿も納得のご様子である。

「情報収集には、おっぱいエルフとエルパコねえさんに先行してもらうのがいいと思います。おふたりからの情報提供を受けた後に、マリアツンデレジアねえさまとの合流を待ってブルカ商館の制圧後にオゲイン卿の兵士が進発するのです!」
「わたしたちを待たず、出来るだけ早く動いた方がいいんじゃないですの? もしもどこかで情報が洩れでもしたら、相手は待ち構えている事になりますの」
「あせりは禁物なのです。複数の軍隊を動かす時は、無理をしてはいけないのです。ボタンの掛け違えが致命傷にならないように、ひとつひとつなのです」

 原理原則を捻じ曲げないという意思を示す様に、ようじょは小難しい顔をしてマリアツンデレジアを見やった。

「セレスタ方面からはオコネイル男爵が直率する妖精剣士隊が出撃よ。これは山岳騎兵という連中らしくて、山中の傾斜ある悪路も走破出来る非常に高価な馬に乗った剣士だと思ってくれればいいわ。あたしも見たのだけれど、坂を一気に下って攻める騎馬突撃は圧巻だったわね」
「騎馬戦闘も出来る剣士だと思ってください。この地方は山がちなので、状況判断では馬を降りて戦う事も可能です。状況にはこだわりません」

 雁木マリと元妖精剣士隊の男装の麗人が、口々にそう言いながらリンドル領外から指し示しながらアジトへの進路を伝える。
 締めくくりとばかりようじょ軍師が兵力配置を説明する。

「それぞれの持ち場はここ、そしてここ。まだ現地の情報が入っていないので何ともいえませんが、アジトの包囲網はわざとひとつだけ逃げ口を作るのです」
「何故そんな事をするのかの。逃げ口を作ってしまっては、相手を取り逃がす事になってしまうのではないか」
「完全包囲網を作ってしまうと、敵は死にもの狂いになって抵抗するのです。だからわざと包囲網の抜け道を作って、ここを妖精剣士隊にチャージしてもらいます」
「なるほど。わしが見識不足であった」

 そんな次第で作戦概要のあらましを説明したようじょであったけれど、みんなはそれぞれにある程度納得の顔をしてくれていた。

「よし、では衆議は一致したという事ですのね。みなさん、心してブルカ辺境伯の野望を打倒するのですの!」
「「「応!」」」

 剣を引き抜いて見せたマリアツンデレジアに呼応して、俺たちも天井に向けて剣を付き上げた。
 戦争の秋の到来である。

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