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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第5章 俺たちは辺境諸侯を歴訪します

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149 ブルカ辺境伯の野望 前編


 情報はいついかなる時代であってもおろそかにしてはいけない。
 むかし俺はWEBコンサルティング会社でバイトをしていた事があったが、その会社の青年取締役は取引先の大手企業の幹部を、頻繁に飲みに誘っていたものである。
 いわゆる接待というヤツだが、普段は単に大手企業の幹部から仕事の愚痴を聞かされるだけの毎日だったけれど、中には新たなビジネスのタネになる情報が転がっている事があるのだという。
 当然ながら新規立ち上げの極秘プロジェクトには守秘義務というものが付いて回るわけだが、酒が入った時、あるいは親しい人間とプライベートな時間を過ごしている時に、ふとポロリと余計な情報を与えてしまう事があるのだ。
 もちろんこれは大手企業の幹部の大失敗である。
 秘密を保持しなければならない立場だが、酒が入ったせいか普段から取引などで顔をよく合わせる人間と過ごしているからか、とにかく気持ちが大きくなった彼が余計なひと言を漏らしてしまったのだ。
 そこから実際に、青年取締役が大きなビジネスの成功にささやかな情報から結び付けた事があった。

 こういう事を究極的に進めるために女性を使ったハニートラップなどというものもあるわけで、浮気なり不倫の状況をこちらが押さえて相手からさらなる情報を引き出すというテクニックもあった。
 たぶん、この手口はこのファンタジー世界でも当たり前の様に行われていた事だろう。
 ひとつの例として、それがエミール夫人の存在だったはずだ。
 リンドル前子爵がどこまでそのハニートラップという名のトラバサミに深く挟まっていたかという事は、今となってはわからない。
 けれども、少なくともエミール夫人を通してかなりの情報が、リンドル城下にあるブルカ公商会の商館から流出していた事は間違いないと俺たちは結論付けていた。

 さて、ハニートラップを使わなくても、より直接的に聞き出す方法がもうひとつあるのだが、これは騎士修道会に属するみなさんの得意分野であるのだ。

「暴力によって自白を強要するのは、素人のやる事だわ」
「ンだと、オレ様の拷問に何か問題があったっていうのかよ!」

 その道のプロである雁木マリ曰く、

「この手のスパイ活動をやっている人間にはふた通りあるのよ」
「ほう?」
「ひとつは簡単ね、自分自身がスパイとして情報収集をしている事に無自覚な人間」

 マリアツンデレジア夫人の部屋に集まった俺たちを見回す様にして雁木マリがそう言ったのである。
 視線の先には早撃ち少年シェーンが、居心地悪そうにガウン姿でソファに座っている。

 この居室にいるのは部屋の主であるマリアツンデレジアはもちろんの事、その義理息子である子爵シェーンと女中おばさん、それに俺とエルパコ、ニシカさんに雁木マリ、そしてズタ袋を被された文官という顔ぶれだった。
 雁木マリは深夜、リンドル城の使いから俺たちがスパイの尻尾を掴んだという報告を受けてすぐに部屋で待機していたけもみみと、修道騎士ハーナディンを護衛に連れて登城して来た。
 リンドル城館の側で情報収集のために走り回っていたベローチュとばったり合流して、そのままこの部屋にやって来たというわけである。
 ハーナディンやベローチュは外の間で待機しているが、俺の奥さんのひとりであるけもみみはマリとともにこの部屋まで通された次第だ。

「彼の様に自分がスパイに利用されているとはつゆ知らずある事無い事、情報をダダ漏れにしている場合があるのよ」
「僕はスパイなんて真似はしたことがないぞ。いつだって義母さまのためを思って、部下たちとこれからのリンドルについて相談をしていただけだからね」
「この通り、本人はそれと知らずに情報をスパイである部下に漏らしてしまう馬鹿がいるのよ。だから問題なの」

 その表情にわずかだけバツの悪そうなものを浮かべたシェーン少年に対して、にべもなく雁木マリは切り捨てるような言葉を言ってのけた。
 すると慰めてもらいたいからか「義母さま……」などと身を寄せようとしているところがあざとい。
 マリアツンデレジアは不機嫌そうな顔をしながらも、頼られて悪くない気分なのか「シェーンさまは大人しくしているのですの」などと言いつつ、少年の掌に自分の手を重ねていた。
 小さなツンデレいただきました!

「もうひとつは何だっていうんだよ、ええ?」
「それはもっと明確よ、命令によってスパイを行うためにしかるべき訓練を受けた人間だわ。あたしも当然その訓練を受けているのだけれど、スパイ行為がばれて捕まった時にわざと誤った情報を自白の中に紛れ込ませるのよ」
「せ、セコい事を考えるやつもいるもんだぜ!」

 当然よ、と雁木マリはさも当たり前の事である様に鼻を鳴らしながら弾帯からいくつかのカプセルポーションを取り出して、注入器具にセットした。

「こういう人間は真実の中に嘘を紛れ込ませて、相手のスパイ捜査や情報の精査を混乱させることがあるのよ。それに人間は暴力で自白を強要された時、助かりたい一心で嘘をでっちあげる事があるわ」

 だからこの道具でより正確な情報を引き出さなければならない。
 聞けば、本当に女神様の信徒として改宗したのかどうかを、こうやって確認するためにこの尋問のスキルはこのファンタジー世界で発達したんだとか。
 やはりこのファンタジー世界は優しくないのだ。

「エルパコ夫人、お手伝い頂けるかしら?」
「いいよ」
「それではその麻袋を取って、猿ぐつわを外してちょうだい。あたしがいいというまでしっかりと押さえておいてくれるかしら?」
「まかせてよ」

 指示された通りにけもみみが乱暴な具合で文官に被されていたズタ袋をすっぽ抜くと、一発その腹にミドルキックをかましてやって彼の抵抗力を奪ってやった。
 そのまま猿ぐつわを俺とお揃いの長剣で斬ってやると、すぐにも髪を掴んで床に叩きつけるのだ。

「ぐぎゃっ、やめてください……」
「黙るといいよ」
「ごふぅやめて……」

 抵抗しようとする文官を制圧するために脇腹を数発けりあげる。
 この慣れた手つき、こわい……
 俺が奥さんの手際の良さに戦々恐々としていると、同じ様にマリアツンデレジア夫人とシェーン少年も、見てはいけないものを見てしまった様に顔を背けた。

 たぶんシェーン少年に至っては、自分がとんでもなく暴力的(ニシカさんとは違った意味でサディスティック)なけもみみ女性に風の魔弾を撃ち込んでしまったと、今更ながらに後悔しているんじゃないだろうかね。
 早撃ちシェーンがそのまま敵に回る様な事があれば、このお手並みはイコール彼に対して行われるのだからな。

「た、大使閣下。ご夫人は夜もこんな具合で乱暴なのですの?」
「いやあ俺たちはまだ新婚さんなので……」

 まだふたりだけの初夜を迎えた事が無かったので、俺はついついお茶を濁しておいた。
 けれどもそれを聞いたリンドル子爵の義母子は、俺が苦笑した姿を見て「ここまでひどくはないけれど、アニマルな夜です」と解釈したらしくおののいているではないか。

「上出来よ。さて文官、まずお前の官姓名と出身を言ってもらおうかしら。あたしは修道騎士なのだけれど、騎士修道会が尋問に対してどういう手段を持っているのか、知っているわね?」
「ひっ、騎士修道会……?!」
「苦しい思いをしたくないのなら、大人しくその恐怖に身を任せてすべてを自白しなさい」

 こうして雁木マリの苛烈な尋問が始まった。

     ◆

 彼の名はジェイソンスコットミーと言った。
 十七歳の時にリンドル領に書記官の下っ端として登用されたとの事だった。
 以前はとあるブルカに拠点を置く商会の丁稚だったらしく、読み書きと計算が出来るというのが売りだったそうだ。
 当時は鉱山経営と加工品の輸出を精力的に伸張させていたリンドルは、人手不足のために広くこうして主要取引先のブルカからひとを採用していたらしい。
 それから二〇年まありをリンドルで文官として過ごしていたわけだが、

「その後、先代ジョーンさまのご命令でブルカへの連絡官として滞在経験があります」
「その時にスパイを行うための訓練は受けたの?」
「これこれこういう情報を探せ、配下のブルカ出身者の中でコミュニティを形成してエミールさまをサポートせよと指示を受けていました」

 こうしてブルカ出身のリンドル文官たちがブルカ辺境伯ミゲルシャールの娘エミールを第三夫人にするための環境づくりが用意されていったのだ。
 もちろんエミール夫人に限らず、ブルカの送り込んだ文官たちの中には女もいたわけで、どの人間を先代ジョーン卿がお手付きにしても問題無い様に、その辺りは緻密に動いていたらしいというから驚きだ。

「お前は最初に登用された時から、スパイだったのかしら」
「そうです。わたしはいつか来たるべき日、王を打倒し、ブルカ辺境伯ミゲルシャールさまによる国王就任のための一斉蜂起活動に備えて送り込まれました」

「「「?!」」」

 尋問の流れの中で文官ジェイソンスコットミーが口にしたそのひと事に、俺たちは戦慄した。
 ブルカ辺境伯は、辺境を併呑して独立国家を立ち上げる事を志向していたのか……

 こうした人間が他にも他領に潜伏しているという証言を得た俺たちは確信した。
 サルワタの森にいた助祭マテルド、その隣村に潜んでいたマイサンドラの偽装結婚相手の男、当然それはセレスタにもいるだろうという言葉だし、辺境併呑とその先に見える建国のためにはオッペンハーゲンにもその手のスリーパーと呼ぶべきスパイたちが潜伏しているはずであるのだ。
 それはゴルゴライにも存在していて、領主親子の中で生き残ったナメルシュタイナーは間違いなくこのブルカ伯の送り込んだスパイ(恐らく冒険者だろう)によって逃がされたという事になる。

「どうしますかマリアツンデレジアさん」
「ここまで舐められた事をされたのでは、戦争しかありませんのよ!」
「せ、戦争ですか。それはまた急な展開ですね……」

 激昂した御台さまは応接セットのテーブルをドカンと叩いて声を荒げた。

「もちろん、すぐにとは申しませんの。こちらはせいぜい兵士をかき集めても二〇〇そこそこ、これに傭兵を加えたところで一〇〇〇に満たない戦力しか集められません。けれども、このまま舐められたままでいては、やがてブルカ辺境伯の野心に屈してしまう事になりますのよ」
「うーん、ひとまずブルカ伯に対して警告を与える事は重要だと思いますね。これ以上リンドルの中で好き放題をされたくはないでしょうから、この男を証人としてブルカに送り返す必要はあると思いますけれど。その間に辺境の諸侯に呼び掛けて、対決の姿勢を鮮明にしようというのが我が妻サルワタ領主の考えと言ったところかな」

 言葉を慎重に選びながら、俺はマリアツンデレジアの説得を試みた。

「いまハーナディンが別の部屋で、この男からスパイたちの名前を聞き出してリストを作成中だわ。全員解雇という流れになるのなら、この際しっかりスパイは排除しておく方がいいわ」
「し、しかし義母さま。文官たちを大量解雇したのでは、領地経営がまともに機能しなくなるよ。どうするんだい」

 雁木マリが扉の外に視線を向けながらそう言ったところ、シェーン子爵だけは血色悪げな表情でマリアツンデレジアを見やった。
 当然だ。チラリと文官が吐いた名前の数だけでも文官の中には一〇名あまり、使用人や関係者まで含めるとその数はとんでもない事になってしまうだろう。
 一気にリンドルの城府から官僚がいなくなってしまったら、例え領地経営の内政に関してはダアヌ夫人派の職掌と言っても、外交すらもまともに機能しないことになってしまう。

「ブルカの魔手はそれに、文官たちスパイだけではないですからねぇ。触滅隊の事も処理しなければならない」
「そ、それについては直ちにオゲイン卿と協議する必要がありますの。彼はすでに出兵の準備を進めているはずですのね?」
「そう聞いていますね」
「わたしも出兵には参加しますの。内外にわたってこれはブルカ伯の仕業である事と、リンドルは決してこれに屈しないと宣言する必要があるのですのよ!」

 そう、マリアツンデレジアは決意の言葉を俺に向けた。
 彼女が王都の宮廷伯の娘という箱入り具合で、恐らく他の領主たちの様に貴族軍人の出身者でない事はこの際は問うべき事じゃないだろうな。
 実際に最前線を指揮するのではなくて、出兵の最後尾でいいから参加している事が重要なんだろう。

 けれども問題は、先ほどから土色の表情をしたまま固まった顔をしているシェーン少年だ。
 彼の顔は明らかに混乱の色を見せていた。
 普段は生意気な表情で、それ以上に感情をあまり発露させていない彼であるけれど、さすがに自分の実母であるエミール夫人がブルカ辺境伯の妾腹の娘であるという事実が呑み込めていないのだろう。

 事態の協議は事実上のリンドルの支配者である御台マリアツンデレジア夫人と、俺たちで話し合われていた。
 けれども、本来の支配者であるシェーンは無言のままだ。
 俺たちが協議を終え、マリアツンデレジア夫人に見送られながら部屋を退出するその時。
 背後でニシカさんが、仏頂面をしたシェーン少年に向けて何事か話しかけているのがチラリと見えた。

「おい、坊主」
「な、何だお前は。坊主ではなくシェーン子爵と呼べよ」
「名前なんてどうでもいいぜ。お前ぇの気持ちはどっちに向いているんだ。本当の母ちゃんなのか、お前の大好きなツンデレのマリアちゃんなのか、どっちなんだ。ん?」
「ぼ、僕はリンドルの領主だ。例え実の母の実家を敵に回す事があっても、義母さまとリンドル領民を裏切る様な事はない。みくびるな!」

 ふむ。シェーン少年はマリアツンデレジアを取るか。
 ここで俺たちは決して言葉にはしなかったけれど、シェーン少年が実母の実家に弓引く躊躇いがあるのなら、少なくともスパイたちやブルカ商館の人間たちと強制送還をする事を思案のひとつに入れていたんだがな。

 まもなく黎明を迎える時間が迫る頃、城府の入り口で見送りの馬車を待っていた。
 城館を退出した俺たちは疲れからかみんな無言のままだったけれど、ふとニシカさんだけがベローチュを呼びつけて何事かを命じようとしていた。

「おい、わかっちゃいると思うがあの早撃ちボーイの動きを監視しろ」
「ブルカ伯側の人間が再度近づく事を警戒すればいいのですか?」
「いいやそうじゃねえ、あの顔は納得がいってませんという人間のものだったぜ。お貴族領主さまで首を挿げ替えるというわけにゃいかないんだったら、監視しておくしかねえだろうがよ。土壇場で裏切られたらかなわねえからな」

 ニシカさんのその言葉に、俺と雁木マリが反応して視線を向けた。

「いや、万が一という事があるからな。あいつはツンデレのマリア好きさに残っただけだ、あのマリアさんを自分のモノに出来るのなら、裏切る事だってあるぜ」
「なら、マリアツンデレジア卿の身の安全も考えなくてはいけないわね」
「リンドルには聖堂もあるし、騎士隊の一部でも送り込んだらいいんじゃねえか?」

 ニシカさんと雁木マリのやり取りを聞きながら、厄介事ばかりを持ち込んでくれるブルカ辺境伯の顔を見てみたいものだと思った。
 顔の見えない敵ほど怖いものはないからな。あれこれといらぬ想像をして、余計な過大評価をしてしまう事もよくある。
 空手の試合の時などは、そういう事がよくあった。
 未対戦のベテラン相手や新人の動きは想像できないからな。

 これが空手の試合なら、ブルカ辺境伯の顔を出会いがしらで防御を捨ててでも、一発拳で確実に殴りつけてやりたい。
 どうせ殴るなら、俺たちそれぞれが全員一発ずつ殴っておけばいいかもしれない。もちろんカサンドラにも一発殴ってもらうのがいいな。いや、拳を怪我するといけないから蹴りを提案しよう。

「野心旺盛なお貴族さまは本当に迷惑千万だな」
「うん、そうだね」

 俺の言葉に反応したエルパコを見やると、このけもみみなら前歯ぐらいは容赦なくボキボキに折るパンチをしそうな気がしたのである。

「どうしたのシューターさん? ぼくの顔に何かついている?」

 いいえ何でもありません!
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