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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第5章 俺たちは辺境諸侯を歴訪します

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143 階段の白き嶺城 10 (※ イラストあり)

前回の後半部分を加筆修正しました。

本日はお出かけの予定があるので早めの投稿です。
「この部屋は、夜会で気分を悪くした人間が休憩のために使う様に用意されたところですの」

 ゆったりとしたドレスを揺らしながら寝台に腰かけたマリアツンデレジアは、ようやく不機嫌な表情を解いて俺の方に流し眼を送って来た。
 なるほど、おかしな想像をしてしまった俺は反省しないといけない。
 まさか多くの妻をめとっている身分でありながら、夜の営みを想像していたなんて恥ずかしい。

「こちらに来て座らないんですの?」
「まさか隣に座るわけにはいきませんからね。節度ってものが大事でしょう」
「お互いに初心という事でもありませんのに……」

 まあと口に手を当てて余裕の笑みを浮かべているマリアツンデレジアを無視して、俺は近くにあった椅子に腰かけた。
 少々品の無い座り方だが、背もたれを前にしてそこに腕を置いて彼女を見やる。

「それで、ダアヌ夫人への接触は上手くいっておいでですの?」
「俺の妻が舞踏のついでに、お近づきになったみたいですねえ」
「どの妻ですの?」

 からかう様にして俺にそんな質問をしてくるマリアツンデレジアである。
 もちろんわかっていた上でのからかい言葉なのだから、すぐにも彼女は言葉の続きを口にした。

「ダアヌ夫人の兄オゲイン卿ですのね、彼には気を付けた方がよろしいですの。夫が健在であったころから、領内の差配はあの方がやっておられました。この通りリンドルは鉱脈以外には見るべきものが何もない様なさびれた領ですから、農作物の取り立ては厳しかったと聞いていますの」

 リンドルはマリアツンデレジアが言う通り、確かに鉱物と加工品の街である。
 してみると周辺領内には多くの職工たちの集落はあるけれど、鉄を溶かすために多くの森林伐採が広がっているのか、山野はあまり豊かだとは言えない場所だった。

「リンドルは農作物があまりとれない土壌だったという事ですか?」
「当然ですの。聞けばむかしのリンドルは自然豊かな山林が広がる辺境の大地であったというのに、夫がこの土地に入封してからは、木々を間引いて薪にするため、やがて雨の度に土が流れ出して、洪水が起きるのも多々あったと聞いています」
「確かにそうですね、木々の根は土が水に流れるのを抑える役割があると聞いたことがあります」

 モノの本によれば、かつての大陸では薪を得るために森林伐採によって多くの山野がはげ山にされたのだと聞いたことがある。
 実際、江戸時代の安定期に入る以前の日本でも、多くの人口密集地の周辺の自然が薪を得るために荒れ放題だったのだとか。
 そこで江戸時代の初期に里山に人の手を入れて整備したり、山の出入りを共同管理して勝手に伐採が出来ない様に厳しく幕府や大名たちによって取り締まる様になったのだそうだね。

「するとリンドルは農作物を近隣諸侯たちとの交易に頼っているわけですね」
「まあ、それもしておりますけれど。少しでも自領をから農作物を収穫するために、オゲイン卿が張り切っているのですの」
「どうしてそんな話を?」

 ふと俺は疑問に思った事を口にした。
 すると改めて柳眉を吊り上げて見せたマリアツンデレジアは、居住まいを正して俺の方を見やった。

「ブルカ辺境伯が、この街に触手を伸ばしているとシューター閣下は仰いましたの」
「ええ、確かに俺は言いました」
「ブルカとの鉱物や加工品の取引対価として、農作物を仕入れるという交渉が少し前にあったのですわ」

 マリアツンデレジアは厳しい顔つきのままそう言った後、ひとつため息を溢した。

「この土地や周辺の領地から、ブルカには材木や鉱物といった都会で必要とされているものが送られていますけれど、平地の少ないこの土地では穀物がなかなか収穫出来ない土地なのです」
「かわりに豆、芋といったものはとれるでしょう。ここへ来る途中の往還でもトウモロコシの畑は見かけましたよ」
「それでも、すべての領民のお腹を満たすほどの収穫には程遠いのですの。領民の多くは農民であるけれど、他の領に比べて土地が悪く農地に適した場所も少なく、領民に占める職工たちの比率もまた他領よりも多いですからね」

 なるほど、それは納得出来る話だ。

「ですので、わたしは夫が亡くなった後はそれを引き継いで、ブルカとの交渉で常に不足している穀物を交易で賄おうと考えてたのです」

 けれどもそれは領内の自立を主張するダアヌ夫人派、つまるところその代理人であるオゲインおじさんとの対立に繋がってしまったらしい。

「もしかしてそのブルカとの交渉を提案した人間というのは?」
「エミール夫人ですの。わたしはあの当時、郊外にある別館でひとり夫が訪ねて来る時だけ、相手をしていればよかったですからね。けれどもエミールさんは元は文官を務めた夫の秘書で、そのご出自については知りもしませんでしたから」

 それがどうだろう。
 俺たちサルワタの外交団がやって来て、エミール夫人が何者であるかを口にしたことで、色々と思い当たるものが見えてきたらしい。
 なるほど、エミール夫人を通じて着々とブルカへの取り込み工作を辺境伯はやっていたという事か。

「元は農作に適した土地も無い場所ですもの。だから、夫はおのずと鉱山の経営に力を入れましたの。その結果、山野が痩せ細りましたけれど、交易によって資金を集める事が出来ました。その取引先は当然ブルカですものね。ブルカからこの家中に仕える文武の両官の中に取り立てられた人間は多くいたのですの」

 そうか。そうやって、

「まずは自分の妾腹の娘を領内に送り込んで、文官として前子爵への疑われない形でエミール夫人は接近したわけだな」
「けれども夫は、ブルカ一辺倒になった貴族外交をしないために王都から宮中伯の娘を輿入れする事にしたのですの」
「それがマリアツンデレジア夫人というわけですか」

 その質問に彼女は首肯した。

「けれど、わたしは当時まだ十歳にもならない娘でした。王都近郊の名のある貴族の元に嫁ぐのならいざ知らず、辺境のリンドルなどと聞いたことも無かった土地に輿入れすると父に聞いた時は、その齢ながらにガッカリしたものです」
「その上、領内ではダアヌ夫人派が激怒して、結婚の約束はしたもののリンドルにやって来るのには十年も要したと」
「そうですの。そうしているうちに、夫にはエミールさんが第三夫人になって、子供まで出来たではないですか。腹も立てば夫への愛情などどう向ければいいのかと思うものです」

 だから余計に領内の幹部たちは、それぞれの夫人たちを派閥の首魁にまつり上げて対立構造を作っていったというわけである。
 悲しいけれど、マリアツンデレジア夫人もまた被害者なのかもしれんね。
 その寂しさを紛らわせるために、お高い壺を集めたり、絵画を集めるといった事に金を費やしたのだろうか。
 根は真面目そうなとこがあるけれど、宮廷伯というとても偉そうな爵位を持った家柄の娘だ。その辺りの事は気にせず平気で蒐集活動をしていたのかもしれない。
 そしてそれもたぶん、ダアヌ夫人たちとの溝を広げたんだろう。

「話が逸れてしまいましたの、もどしましょう。夫の晩年の事ですが、鉱物の交易が順調になればなるほど、穀物の不作は深刻になりました」
「その時にエミール夫人が、農作物の交易を持ちかけたのですか?」
「……ええ、そうですの」
「領内の農民たちからの徴税は、これはダアヌ夫人派が握っていた職掌だ。当然ながら自分たちの手腕のまずさを指摘されているみたいな気分になって、ダアヌ夫人もあまり気持ちの良いものではないよな」

 そうしてみると、俺はひとつの疑問に思い至る。

「マリアツンデレジアさま。エミール夫人を送り込んだブルカ伯は、果たして彼女にご主人が手を付ける事も計算の内だったんでしょうかねえ」
「エミールさんは、夫が死んで直ぐにも姿を消しました。残っていれば彼女を庇護する人間はこの領内におりませんの。わたしたち第二第三夫人にいい気持ちを持っていなかったダアヌ夫人は当然として、御台になったわたしとしても、彼女を自由にさせているわけにはいきませんからね」

 仮にエミール夫人がリンドルの家中を掌握したとすれば、当然だが寄るべき人間のいないマリアツンデレジアさんが、姿を消す立場に代わっていたのかもしれない。
 ダアヌさんはこの土地の分限者のご出身だったよな、だったら逃げる場所もないし引き下がれない。マリアツンデレジアさんが相手だろうがエミール夫人が相手だろうが、領内の主導権争いで蹴落とす気はマンマンなのである。

「すると自分の娘の身を案じて、ブルカ伯は引き上げさせたのか。孫もついでに連れていけばよかったのに」
「シェーンは残された唯一の跡取りですの。義息子まで引き上げてしまっては、わたしやダアヌさんの血縁者を養子にするという事を警戒したんでしょう」

 大きく深いため息をついたマリアツンデレジアは天井を見上げるような姿勢をした。
 ところで、

「シェーンお坊ちゃんは、自分がブルカ伯ミゲルシャールの孫だという事実を知っている可能性は?」
「ないと思いますの。わたしたちもその事実をシューター卿から聞くまでは知りもしませんでしたから。それにエミールさんは一部の女中たちだけと親しくして、わたしたちとは距離をおいていましたの」
「坊ちゃんはこうして見ると、大いなる楔だな」
「けれども、いまさらはいそうですかと、義息子を排除するという選択は出来ませんの」
「そりゃそうだ」

 そんな事をしたらブルカ伯に介入する隙を与えてしまうかもしれないね。

「しかし、わたしにも貴族の娘として矜持があります。このまま辺境伯の掌で黙って踊らされているわけにはいきません」
「俺たちと協力、してくださいますよね」
「ええ、可能な範囲でご協力は出来ると思います。ですが、ダアヌ夫人は一筋縄ではいかないと思いますのよ?」
「まずは和解の道を模索するといったところでしょうか。放っておけばそのうちブルカ伯にリンドルは併呑されてしまいますよ。あなたたちの対立が決定的になってくれば、お坊ちゃんが自分の孫であることを公表して、介入してくる可能性は大いにある」

 俺はブルカ辺境伯ミゲルシャールがどんな男かは知らない。
 だが、これだけ四方八方に手を尽くして辺境諸侯を監視し、隙あらば切り崩そうとしている政治姿勢を見ている限り、とんでもない化け物なんじゃないかと想像するわけである。

「和解のための努力は大いにしてもらいたいですねえ」
「わかっていますの。出来る限り……」
「その暁には、我がサルワタから可能な限り、農作物の提供をさせていただきたい」

 都合のいい事に、サルワタの森の開拓村には他所の土地より芋の収穫に猶予があるからね。

「見返りは何ですの? シューター卿は七人の奥さんがいるという話を聞きましたの。まさか、わたしもそのひとりに……?!」
「い、いやそういう事ではないですから。リンドルの冒険者ギルドからうちの村に要員を幾らかと、可能ならば移民のなどを募集させてもらえれば……」

 俺の顔をマジマジとみていたマリアツンデレジアがハッとして、いやいやをして見せたものだから俺は大いに驚いた。
 違う、そうじゃない!
 ここでまたカサンドラに相談も無く奥さんを増やすだなんて悪い冗談だし、何よりアレクサンドロシアちゃんにこんな報告をしたら、今度こそ永久奴隷に落とされてしまうかもしれない。

「冒険者の応援と、移民の募集ですの?」
「それからブルカに対抗していくための同盟関係です」
「わかりました」

 口約束ではあるけれど、互いにその条件の確認に満足して握手をかわそうとした瞬間の事である。

「キャアアアア!」

 大広間の方から、若い女性の悲鳴が響く音が飛び込んできたのである。
 あれは間違いなく、カサンドラのものだ。
 俺はとてつもなく嫌な予感がして、驚きながら立ち上がった。

「し、失礼。あれはたぶん妻のものです。失礼します!」



http://15507.mitemin.net/i177238/

挿絵(By みてみん)
カラメルネーゼ キャラクターラフ
イラスト提供:猪口墓露マテルドさん

カラメルネーゼさんのキャラ起こし現状を掲載しました。
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