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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第5章 俺たちは辺境諸侯を歴訪します

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140 階段の白き嶺城 7

本日2回目の投稿になります。
「マリアツンデレジアさま、あなたはリンドルのご家中においてシェーン子爵さまの後見人という立場で領内の主導権を握っておいでだと聞き及んでいるけれども、それで相違ありませんか?」

 そう切り出したのは、俺の傍らに控えていた雁木マリだった。
 俺は元いた日本でこの手の営業交渉の様な経験は、バイトの立場からしか経験した事が無かった。
 サイト作成代行やコンサル会社の営業で正社員や取締役のお付きで参加した程度だし、このファンタジー世界に来てからも考えてみればメインの交渉はアレクサンドロシアちゃんや、雁木マリどころか、セレスタではカサンドラにお任せしていた様な立場である。
 自然と多少はその手の外交交渉に慣れているらしいマリが率先して口火を切ってくれた。
 ちょっと俺としては恥ずかしいけれど、頼りになる婚約者ではある。

「ええ、そうですの。わたしが御台としてリンドル前子爵ジョーンの正妻という立場で、後見にあたっておりますの。それが?」
「ではマリアツンデレジアさまは、シェーン卿のご出自についてどこまでご存じなのかしら」

 ずばり単刀直入な物言いではあるけれど、当のマリアツンデレジア夫人は幼さをどこかに残したその表情に不機嫌そのものの顔色を浮かべてマリを睨み返した。

「それはどういう意味ですの? 子爵はエミール第三夫人のご嫡子であって、わたしとは血の繋がりがない事を指摘しているつもりですの?」
「いいえ違うわ。あたしたちが指摘したいのはそのエミール夫人が何者であるのかという事を言っているわ。マリアツンデレジアさまはその点、ご了承なさっているのかしら?」

 雁木マリの言葉に、マリアツンデレジア夫人の左右に控えた文武両官が顔を見合わせた。
 不機嫌そのものの表情のまま、夫人はフンと鼻を鳴らして腕組みをして見せるが、文武両官は困惑の表情のまま、リンドル城の事実上の主の顔を恐る恐ると言った感じでチラ見しているではないか。
 こいつらはその事実をもしかしたら知っているんじゃないかね。
 そろそろ機会を見て、大使らしく俺も話題に切り込んでいく隙を伺う事にしよう。

「エミールさまは流民から任官された家中の秘書官だったと聞いていますの。違ったのかしら?」
「その辺りの事はそちらのご側近がお詳しい様ですけれどもねぇ」

 俺がその点を指摘してやると、側近たちは焦りの表情を見せやがった。

「どうですの?」
「流民からの任官、あるいは農夫娘のご出身という噂が城下で流れているのは事実です。ですがそれはあくまでも噂の域を出ないものと申しますか……」

 と、たどたどしい言葉で文官氏が釈明した。
 するともういち度、厳しい口調でマリアツンデレジアは文官の側を睨み付けて言葉を紡ぐ。

「どうなのです?」
「…………」
「この者たちは夫である前子爵の時代からリンドル家中に仕えている旧臣です。わたしの輿入れに合わせて王都より同道した者たちではありませんの。つまり、子爵の母親が何者の血筋の者なのか、知っていなくてはおかしいことになりますわ」

 なおも黙り込んだままの文武両官の事にはさっさと諦めをつけたのか、たいそう不機嫌なご様子のマリアツンデレジアは俺たちの方を向き直ったではないか。

「口を貝にしているのであれば、あなたたちの言葉で教えてくださりませんの?」
「……では失礼して。俺たちの調べによれば、エミール第三夫人の父親はミゲルシャール。ブルカ辺境伯ミゲルシャールの妾腹の娘と言えばおわかりいただけますかね」
「ミゲルシャール……」

 片眉を吊り上げたまま凍り付いた表情のマリアツンデレジア夫人を俺は見つめ返した。
 幼さをわずかに残す美人の表情は、それはもう恐ろしいものだった。
 もちろん王都のお貴族さまのご出身である彼女は、ブルカ辺境伯の娘が夫との間にこさえた子供がシェーン子爵であるという事実の意味を理解しているだろう。

「どうしてあなたは、前子爵との間に子供を作らなかったのですか。仮にもあなたの血をわけたお子様がこの時存在していたのなら、この様な事にはならなかったと思うんですがねぇ」

 凍り付いた彼女の態度を無視するように、俺は言葉をつづける。

「俺たちのいる辺境は今、ブルカ伯による強引な統一政策によって苦しい立場に立たされつつあると言っていい。どうして辺境の何にもない僻地であるサルワタから、俺たちがリンドルへやって来たのか、あなたは俺たちに質問されましたよね。答えは簡単だ。ブルカ辺境伯の魔手は、サルワタにもリンドルにも、こうして伸びてきていたからですよ」
「…………」

 サルワタの森の開拓村には教会堂の助祭マテルド、それから冒険者カムラが送り込まれていた。
 隣村クワズでは、カサンドラの従姉マイサンドラが偽装結婚の相手がひっそりと農夫か何かとして潜伏していたらしい。
 ついでに言えばクワズという村は女村長が最初に嫁いだ夫の領地だったかな?

「サルワタではこの夏のはじめ、ブルカ伯の送り込んだ冒険者がですね、村に潜伏していたスパイと呼応して付け火騒ぎに殺人事件まで起こしたんですよ。サルワタの開拓村は小さな村だ。そりゃもう村中が大騒ぎになったもんです。そうした事件が起きた背景にはですよ、俺たちの村の領主さまが村の開拓を推し進めるための政策をとったからだった」

 つまり、現状リンドル家中で主導権争いをしているふたりの夫人たちを尻目に、ブルカ辺境伯は乗っ取り工作でも仕込んでいるのかもしれないね。
 すると雁木マリが俺に呼応して言葉を口にする。

「エミール夫人は、ブルカ辺境伯の公商会の商館と頻繁に接触を図っていたそうね」

 言葉を聞いた文官は、また再び武官氏と顔を見合わせた後に揃って顔を伏せてしまった。
 やはりこのふたりはある程度の真実を知っていたのだろう。

「この話は、本当の事ですのね?」
「はい、サルワタ大使閣下のおっしゃる事はおおむね存じております」
「どうしてその事を、ずっと黙っていたんですの?!」
「す、すでにエミールさまは故郷へとお戻りになっていたという事実もございますし、また先の領主さまはその事を存じ上げておりませんでしたので」
「ではどうしてあなたたちがその事を知っていたのですッ」

 それはダアヌ夫人による、身元調査によるところらしい。

「先の領主さまがご存命だった時、ダアヌさまのご命令で密かに我々に調べる様にと指示があったのです。我々はその命令に従ってエミールさまのご出自を調査したのですが、その時にブルカ公商会の商館と何かしらの接触を持っていた事は掌握していました」
「何という事ですの!」
「ただ、言い訳をお許しいただけるのなら申し上げますが……」
「言ってみなさい」
「エミールさまがブルカ辺境伯さまの隠し種であったという事までは、存じ上げておりませんでしたッ。何かしらブルカ辺境伯との接点がある事はわかっていたのですが、ご夫人はあくまでブルカの騎士出身という事だけを理解しておりました……」

 しどろもどろの文官氏は、助けを求める様に俺を見やった。

「この話の信憑性はどの程度なのですか」
「俺たちの御用商会の人間が、この街の商人ネットワークを通じて仕入れたものですね。情報の確度を確かめたいと仰るのなら、保証はしかねますね。ただ、御用商人がこの噂にたどり着いたのはあくまで事実ですよ」

 御用商人というのは、奴隷商人のカラメルネーゼさんの事である。
 まあ、モノは方便であるから何とでも言っておけば勝手に解釈してくれるんじゃないかな。

「そ、それでは今大使閣下がお話しになられた言葉は、この城下で流れているあくまでも噂の域を出ないという事ですな。御台さま、これも大使どのたちの交渉術かも知れません」
「黙りなさい! 領外の、それも片田舎のサルワタ人が知っていて、あなたち家中の者が知らないというのでは良心がないというものですのよ」
「は、ははっ。直ちに噂の真偽を確かめるべく、取り掛かる事に致します」
「当然の事ですの」

 言い訳をぼそぼそと口にして憔悴してしまった文官氏に追い打ちをかける様で申し訳ないのだけれど、俺たちが言っておかなければならないのは、まだ続きがあるんだよね。

「そしてエミール夫人が姿を消した後に、リンドル往還に触滅隊が現れたっていう寸法だ」

 俺がいざ言おうとしていた言葉をかっさらって口にしたのは、背後で控えていたこの噂を見つけてきた張本人、ニシカさんだった。
 一瞬だけムっとしてしまった俺が後ろを振り返ると、まるで悪びれた様子の無いニシカさんは、いつものぶっきらぼうな口調で言葉をつづけた。

「ツンデレのマリアさんよ。おかしいと思わねえかい? あんたが子爵家の中で主導権争いをして、とりあえずの後見人となったところで、触滅隊のご登場だ。オレたちゃこの街にやってくる途中に連中の仲間と一戦やりあったんだがね、ありゃそこら辺の山賊盗賊というわけじゃなかったぜ」
「…………」
「軍隊崩れの、組織だった動きの出来る連中だったぜ。あんたもお貴族さまなら勢子(せこ)というのを知っているだろう。猟師が人数を揃えて獲物を追い立てるアレだよ。そうやって往還を行き来する連中をカモにしていたんだろうぜ。あんたが後見人になったタイミングでな」

 まあオレとシューターにかかれば、先手必勝で皆殺しだけどなあ。などと余計な事を言って言葉を締めくくったものだから、マリアツンデレジアの顔はもう真っ赤だ。

「つまりあんた、ブルカ伯に舐められまくってるぜ。ご政務がまともに出来ないのならと、そのうち辺境伯さまがしゃしゃり出てくるかもしれねえなあ。ん?」

 ただし、明らかに言葉が過ぎている。
 ニシカさんが口にした事は確かにその通りなのだろうけれども、これを直接的に言ってしまえばマリアツンデレジアさまの立つ瀬がない。
 ニシカさん何を言ってくれてるんだ!
 いよいよ激昂が収まらないのか肩を震わせてたかと思うとすっくと立ちあがった彼女は「爺、爺はどこですの?!」と声を上げながら、会見を打ち切りにしてしまった。

「失礼いたしますの。後の事はお前たちでどうにかなさい!」

 唖然として見送っている俺たちの前を立ち去ったマリアツンデレジアの姿が応接間から消えると、残された俺たちの中に沈黙だけが取り残されてしまった。

「み、御台さまの突然のご退出、まことに申し訳ない」
「いえ、こちらも随行員がたいへん失礼な態度をとってしまい。申し訳ないですっ」

 あわてて俺たちがペコペコやっている背後で、ニシカさんがけもみみに何事か質問をしていた。

「ンだよ、こらえ性のないお貴族さまだな。うちの村長といい勝負だぜ」
「ニシカさん、馬鹿?」
「うるせぇ、オレ様を馬鹿にするな!」

 交渉相手を怒らせてどうするんだよ。大使の俺の身にもなってくれ!
 だからニシカさんを連れてくるのは反対だったんだ。
 いや、反対しなかったけれどもさ……

     ◆

 ちなみに、この後に控えていたリンドル子爵シェーン卿との謁見の儀式は、わずかのうちに終了した。

「こ、こちらがサルワタの大使閣下から献上された品々の目録であります」
「ふうん大儀」

 まるで俺たちの献上品に興味がなさそうな態度の若きリンドルの支配者である。
 これはマリアツンデレジア派と交渉を進めていくのは、ひどく難航するだろうなと俺は心の中で感じたのだった。
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