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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第5章 俺たちは辺境諸侯を歴訪します

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139 階段の白き嶺城 6


 高くそびえる山々を背景に、市中城下を睥睨するようにしてリンドル子爵の城が存在していた。
 一段高くそそり立つ天守塔といくつかの居館が連なったその様式は、集中式城郭というものらしい。
 街のふもとから見上げている限りは白く塗られた石の壁だと思っていたものは、どうやら白レンガと呼ばれるものだったようだ。
 それぞれの階層と市壁の構成そのものはとても軍事的に堅牢な印象を与えたけれど、リンドル子爵城の居館そのものは軍事的な性質よりも贅沢を尽くした、まさしく宮殿とでも呼ぶべき佇まいかもしれない。 

 謁見の場に向かう道すがら、俺たちは居館の内部を走る廊下の壁という壁にかかげられた肖像画や風景画にまず驚いた。

「マリアツンデレジアさまが芸術の庇護者であらせられるという噂は、事実だったのですねぇ」
「はい。当館の主は、歴史画を頂点とする王都や宗教関係者の感受性にはたいへん疑問をお持ちになっておりますので、こうして実践主義的な絵画の普及のために、力を入れておいでなのです」

 絵画の数々に俺がそんな感想を口にしたところ、案内役をしていた女中頭の様な中年女性がそんな言葉を口にした。
 宗教関係者の感受性という単語を耳にしたとたんに、不機嫌な顔をしている雁木マリである。
 視界の端でカサンドラが無言のうちにマリを嗜めているのが映った。まったくどちらが年上なのかわからないぜ。

「主というのはマリアツンデレジアさまの事かな?」
「ふふっ、大使閣下はおかしな事をおっしゃいますね。リンドルの領主はシェーンさまであって、御台(みだい)さまの事ではございませんよ?」
「あ、そうなんだ」

 どう見てもツンデレのマリア夫人の趣味なのだろうが、公式見解ではあくまで義息子の趣向と押し通すつもりらしい。
 あるいはこれらの絵画収集にかかる費用を、シェーンの教育費用と称して経費に計上しているのかもしれんね。
 そんな絵画に彩られた回廊を潜り抜けて、俺たちは応接間に通された。

「こちらでしばらくの間、お待ちください。すぐにも御台さまがお見えになられますので」

 一礼した女中おばさんが応接間を退出すると、手持無沙汰の俺たちは大人しくソファに腰かける事にする。
 数人掛けのソファがひとつに、向かいは独り用のソファがふたつ。
 よくある洋間の応接セットを連想してもらえばいいだろうか。それを適度に古めかしくして、思いっきり時代遅れにした感じを連想してもらえるといい。

「あのう、シューターさん」
「ん?」
「御台さまというのは、マリアツンデレジさまの事を差しているのですよねえ?」

 おずおずと俺の方を見たカサンドラが、女中おばさんと俺の会話の中に出てきた単語について気恥ずかしそうに質問をしてきた。

 たぶんだが、御台さまというのはマリアツンデレジアの現在リンドル子爵の家中における地位を表している称号の事だろう。
 モノの本によれば、平安貴族や将軍家の正室を差して使われた言葉である。
 俺んちのハーレム大家族で言えばカサンドラがそういう位置づけにあたるのだろうか。家中の奥向き一切を取り仕切り、台所の配膳までを細かく指図する立場だ。まさに、

「例えるなら我が家の御台さまはカサンドラだね」
「?」
「あるいはアレクサンドロシア義姉さんが義息子のギムルに爵位を譲った後は、彼女がサルワタの御台さまという事になるかしらね。王都の高貴な身の上のひとたちは、やたらと難しい言葉を使いたがるから困ったものね」

 俺の言葉に補足説明を入れる様に、マリが苦笑してそう言った。
 普通は御台さまなんて言葉は使わないもんな。俺もたまたま歴史の本や小説を読んだことがあったから知っていたという程度である。
 口の悪いおっぱいエルフにかかれば、もっとひどい表現になる。

「要は先代ババアって事だな!」

 してみると、公式の立場上ではマリアツンデレジアは前子爵の正妻という位置づけであり、権力闘争上はダアヌ夫人を差し置いて主導権を握っているという事だろうかね。

 さて。
 この部屋に通された面子は、大使の俺とカサンドラ、それから雁木マリとタンスロットさんの本来メンバー。それから勝手に付いてきたニシカさんとけもみみである。
 さすがに奴隷を入室させるわけにはいかないというので、ベローチュは今頃リンドル城の大広間に残されて不満を垂らしているところだろう。

「調度品には触れたら駄目ですよ、たぶんそこの壺は金貨十八枚よりお高いはずだ」

 席が足りないので立ってふらふらと壁や棚に置かれた芸術品をしげしげと見やっていたニシカさんに向けて俺がそう言った。
 するとそれを聞いた雁木マリとニシカさんが吹き出しそうになったではないか。

「ばっか手前ぇ、笑わせるんじゃねぇよ。お高い壺を落としたらどうするんだ」
「いやすいません」
「ホンモノのお高い壺なんだろう。割ったらお前ぇが言う様に偉い事だぜ」

 金貨十八枚というのは、奴隷として俺が売り飛ばされた時の金額である。
 ついでに言うと、名前の長い奴隷商人にニシカさんとようじょがプレゼントした偽の聖壺のお値段。
 ちょっと懐かしい気分で冗談を口にしたのだけれど、あの場にいた関係者のふたりには笑いのツボを押されてしまったらしい。
 まるで意味が分かっていないのがカサンドラとタンスロットである。けもみみはこんな時もほげーっとした顔をしていた。

「ホンモノのお高い壺ねぇ。オレ様からすればようじょの作ったアレと何が違うのかわかんねえぜ」
「それはまあ、ッヨイが本物を参考にしてあの時はどこからどう見ても本物同然にこしらえたのだから当然ね」
「ゴブリン人形の方がオレは味があっていいと思うけどな」

 そんな馬鹿な事を言いながらニシカさんが胸元に手を突っ込むと、何かを取り出した。
 まさかゴブリン人形じゃないだろうなと思ったら、事実そうでした。

「何やってるんだあんたは!」
「バレやしねぇよ。こいつは木彫りじゃなくて粘土で作ったやつだからな、オレ様特製のッワクワクゴロ人形だぜ」

 ニシカさんがニヤニヤしながら調度品の置かれた棚に、まるで以前からそれがあった様にして違和感なく配置しているではないか。
 しかしゴブリン人形は木彫りのものばかりと思っていたけれど、粘土細工のものもあるらしい。
 彼女の掲げて見せたそれは白肌で艶のある、一見するとたいへん高価そうな陶磁人形であったのだ。
 俺はそれを見ておやっという顔をする。

「どこでとれた粘土なんですかね」
「集落の近くにある丘の土だぜ。粘土ならいくらでもあそこから採れるからな、タダだぜダタ!」

 ふむ。白い陶磁が出来る粘土……
 何か引っかかる様な気持ちを覚えながらニシカさんの持ったゴブリン人形である。
 いや何だっけ、何かを俺は思い出しそうで思い出せない。

「……まったく。子供の悪戯みたいな事をするんじゃないわ、ニシカさん」
「何言ってんだばっか、お近づきの印というやつだ」

 雁木マリの指摘に悪びれも無くニシカさんがそう言うとその隣、またその隣と並んだ壺に興味を向けて移動している。
 いいかげん、どれぐらい待たされるのだろうかと応接セットのテーブルの上に置かれた砂時計を見ていたところ、不意に女の声が応接室にこだました。

「それは春の宮殿から取り寄せた、贖罪の壺ですの。聖地の土を使い、春の宮殿にいる陶器の職工が嗜好を凝らして作った女神様への免罪符となる壺なのですよ。寄進をし、得たものはこれによって異世界に魂の旅立ちをする事が出来るという触れ込みですが。どうだか」

 驚いて振り返ると、白い肌をした年増の女性がそこに立っていた。
 美人だ。少し薄幸そうなところはカサンドラに似ていると言えば似ているけれど、それよりも華奢でお貴族さまの箱入り娘がそのまま成長したという印象を与えてくれる。

「モノの経緯はともかくとして、趣向を凝らした逸品であることに間違いはないのです。オルヴィアンヌ金貨五〇枚を積んで購入しましたの」

 ソファを立ち上がった俺たちは、貴族の礼にのっとって腰を曲げながら右手を胸に付いて見せた。
 なゃんちゃってお貴族さまの仲間入りをしたばかりの自分が、上手くそれを出来ているかはわからない。
 けれども相手にはそれなりに見えたらしいね。
 ふふっと笑みをこぼす柔らかな声音がしたかと思うと、このリンドル宮殿とでも言うべき居城の実質的主が自己紹介をした。

「はじめまして、サルワタ大使のみなさん。わたしはリンドル子爵の後見人、義母のマリアツンデレジアですの」

     ◆

 調度品に囲まれた応接室の中にあって、俺たちは面会している。
 リンドルの実質的主でるマリアツンデレジアさまと、その側近たるふたりの男。
 対するは俺とカサンドラの大使に、付き添いを許された雁木マリとタンスロットさんが着席し、その後ろにニシカさんとけもみみが控えている。
 応接間の入り口にはリンドルの騎士らしき人物がふたり控えていて、俺たち全員が改めて着席したところを見計らった様に、女中おばさんたちがお茶を運び入れてくれた。

「聞けばサルワタという土地は静かな湖畔と豊かな森、そして万年にわたり雪をたたえた山々に囲まれたこの地の果てにあるとても風光明美な土地と言うではないですか」

 白磁の茶器によってぶどう酒の注がれた酒杯を片手に、目の前のマリアツンデレジアはそう言った。
 この茶器の道具に使われている白磁という陶磁器は、俺が元いた世界の中世において、高貴な身の上の人間たちにもてはやされた中国由来のお高い陶磁器なのである。

「そして、白磁に適した粘土層がある様ですの」

 見た目の年齢に反してやや口ぶりは幼さが残る様な印象だ。
 貴族の箱入り娘として育ち、そのままリンドルへやって来てからも長らく別邸で引きこもりの生活をしていたので、そういう風に世間擦れしていないのかもしれない。
 だがいま大事なところは、その点ではない。
 マリアツンデレジアは、ニシカさんの悪戯で壺の陳列棚に紛れ込ませたゴブリン人形を手に持っていた。
 あっさりとニシカさんの悪巧みは看破されたのである。
 そしてマリアツンデレジアは手に持ったそれを前にして、白磁という言葉を使った。

 それだ!
 サルワタから白磁に適した粘土質が採れるのだ。

「そ、それはサルワタで伝統的に作られているゴブリンを模した人形です」

 俺が心の中で妙な興奮をしていると、カサンドラがマリアツンデレジア夫人を前にしてニシカさんのイタズラを釈明してくれていた。

「へぇ。サルワタの特産品なのですね?」
「そうですねえ、かく言う俺の妻なども、幼いころには職人たちとまじって工房でこの人形を作っていたそうですよ。木彫りのものが主流だそうですが、中には陶磁器のものもあるようで、俺も驚いた次第です」

 本当に驚いたぜ。
 白磁の茶器は、きっとこのマリアツンデレジア夫人が、八方手を尽くしてどこか遠国から取り寄せた高価なものに違いないのである。
 それがサルワタの裏山のような場所で産出されると言うんだからね。

 ゴブリン人形を指示した俺の言葉に、カサンドラが静かにうなずいて見せたけれど、その表情から今の状況がまるで掴めていないらしいのは俺が見ていてもわかる。
 当然の様に雁木マリもニシカさんもけもみみも、そもそもサルワタ本来の人間ではないタンスロットさんもよくわかっていないという雰囲気を俺は背中で感じていた。

「つまりこの人形は、やはりサルワタの粘土で作られているのですのね」

 目の前の白磁、そしてゴブリン人形。
 どちらも何かの特別な鉱物を含む地層から取り出された粘土質の土を使っているという事だ。
 西洋における白磁の陶磁器と言えばマイセンが有名であるけれど、これがドイツのマイセン地方で生産を開始する以前は、中国から取り寄せられたその陶磁器が大変重宝されたというわけである。

「そういう事になります」

 俺の明瞭簡潔な回答に、マリアツンデレジア夫人はふふっと改めて微笑を浮かべた。
 マリアツンデレジア夫人は白磁の陶器をこうして集めている。
 と、同時に彼女にとってサルワタのゴブリン人形は、いみじくも白磁の素材となりうる粘土層を算出する土地柄という理解なのだろうね。

 思わぬところで俺は彼女のハートをゲット出来るチャンスを手に入れたと言える。
 傍らで「後で説明しなさいよね」と雁木マリが視線だけで俺に訴えて来るのを感じたので、うんと無言でうなずき返しておいた。

 そして、そんな会話にひとしきり満足したらしいマリアツンデレジア夫人である。
 手にしていたゴブリン人形を傍らの文官に渡すと、居住まいを改めてこちらを向いたのである。
 さて、本題に切り出す番だ。

「ところでサルワタ大使のみなさんは、遠路はるばるこのリンドルへはどのようなご用向きで子爵さまへの謁見を求めてこられたのですの?」
「これは子爵さまへの謁見の前に事前のすり合わせをしておくための会談という認識でいいですかね?」
「ええ、そういう認識をしていただければ構いませんわ」

 俺とカサンドラ、雁木マリが顔を見合わせた。
 そして何となく息苦しさを感じて胸元を改めてから口を開いた。事前に取り決めていた内容を単刀直入に切り出す。

「ブルカ辺境伯の手が、このリンドルに伸びていると俺が言ったら、あなたは俺たちの話に耳を傾けてくださいますかね?」
「……そのお話、詳しくお聞かせ願いますの」

 マリアツンデレジア夫人は左右に控えている文武両官に目配せをしたのちに、俺たちへと向き直ってそう言った。
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