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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第5章 俺たちは辺境諸侯を歴訪します

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137 階段の白き嶺城 4


 リンドル子爵家のお家事情は、調べれば調べるほど複雑奇怪な様を呈していた。
 高貴な身の上の人間というのは罪作りな存在らしい。
 ご当地の先代子爵の例で言うならば、何と三人の奥さんがいたのである。
 ひとりはダアヌ第一夫人、ふたり目はマリアツンデレジア第二夫人、そしてエミール第三夫人である。

 第一夫人のダアヌは、現在リンドルの第三階層と呼ばれる市中の貴族たちが住まう高級住宅街に邸宅を構えており、そこで先代子爵の旧臣たちと事実上の領地経営を行っていた。
 年齢は御年三七歳。俺よりも少し上の年齢という事になるが、ヒト族の凡庸な風貌らしかった。

「五日にいち度は教会堂に顔を出しているらしく、それなりに信仰心のある女性という事だわ。今、ハーナディンが聖堂に張り込んで、接触の機会をうかがっているわ。ちなみに聖堂建立のための寄進も、先代子爵がご存命だった頃から熱心に働きかけたそうだけれど、理由を聞きたい?」
「そりゃあ、ね。何でだ?」
「ずばり子供が欲しかったからよ」

 それがリンドル聖堂より雁木マリが仕入れてきた追加情報だった。

 先代子爵とダアヌ夫人との間には三人の娘がいたらしいけれど、何れもすでに他家へと嫁いでいるらしい。
 ダアヌ夫人はご当地リンドルの分限者の家柄であったから、娘たちを利用して自己の地位と足場固めをするために、血縁関係を周辺領主たちと結んだらしいね。
 奥さんが何人もいるような先代子爵であるから、それはもう好色であったらしく、子供はそのうちにポコポコと生まれるだろうと考えていたのかもしれない。
 けれどもダアヌ夫人との子供は、三人の娘を除いては生まれる事が無かった。

「夫婦仲はもともとまあり悪くはなかったらしいわ。いくらよそ者嫌いの辺境人の典型と言っても、ダアヌ夫人は渉内、前子爵は渉外と、夫婦で役割を分担して不干渉だったらしいの。けれども四人目の子供がいつまでたっても生まれない事に業を煮やした夫婦は、それぞれの行動に出たわけ。それがダアヌ夫人の聖堂建立のための寄進と、」
「第二夫人を迎え入れるという事に繋がるわけだな」
「ええ、そういう事」

 第二夫人のマリアツンデレジアは御年まだ二六、七という年増の盛りらしい。
 この第二夫人と先代子爵が婚約をしたのは、彼女がまだ九歳という年齢だったというから恐ろしいね。

「ご養女ッヨイさまの年齢で婚約したのですね」
「そうね、それが原因で夫婦仲に亀裂が入った子爵夫妻の関係は、ここからこじれはじめるのよ」

 ベローチュの言葉に雁木マリが言葉を添えた。

「先代子爵は長らく王都に身を置いて国政に参加している時期が長かったらしいのだけれど、マリアツンデレジア夫人が実際にリンドルへと輿入れしてやって来たのは、それから十年後の事だったらしいわ。領地経営の外向きの事一切を彼が取り仕切っていたとは言っても、これはダアヌ夫人にはあずかり知らぬ事だったので、たいそう彼女の逆鱗にふれたのだとか」

 だから実際の婚約から輿入れまでに、実に十年もかかってしまったらしい。
 しかも肝心のマリアツンデレジア夫人はかなりの気難しい人間な上に、王都育ちのお貴族さまである。
 辺境にあっては交易地の都会リンドルも、彼女にとっては片田舎のさびれた街にすぎなかったのだろう。ダアヌ夫人との関係も劣悪だし、先代とは年齢も恐ろしく離れている。
 ちなみに先代子爵が死去した年齢は五六歳だった。いいおっさんである。

「亡くなったのはつい最近の事だったらしいけれど、第一夫人、第二夫人とも結果的に夫婦仲が劣悪で、マリアツンデレジア夫人との間にも結局子供が生まれる事はありませんでした」
「だからマリアツンデレジア夫人は、街の郊外にある何とかという別邸に引きこもって悠々自適の生活をしていたというわけか」
「そういう事になりますね。先代がご存命の頃はダアヌ夫人の眼がありましたから城府に入る事はなく別邸に引きこもっておいででした。現在はさすがに城府に入城して家政の主導権を握ったらしいですが、引き継ぐ事が出来たのは先代子爵と同じ様に渉外についてのみ、という事らしいですね」

 このリンドルのいびつな状況、領地経営はダアヌ夫人派、家政と渉外はマリアツンデレジア夫人派と別れている理由はこのあたりにある。

「現在はご主人さまのご命令に従い、芸術家のヘイヘイジョングノーさんが郊外の別邸近くで、邸宅の写生を実施しているところです。今でも休養を兼ねてか、シェーン子爵を連れてこちらに訪れる事もままあるという事ですので、機会はありますよ」

 今のところ発見はされていないけれども、それも時間の問題だとベローチュが言い添えた。
 絵画にたいへん眼がない人物で、そんな人間が近くで画家が絵を描いていると知ればきっと接触してくるに違いない。
 そこでヘイジョンさんには旅の芸術家という立場を名乗ってもらっている。
 もしも逗留(とうりゅう)を求められた時には、他の領主との約束があるので、一時であれば可能だという風に答えると示し合わせている。

「それでエミール第三夫人の方はどうなっているんですかね。まったく情報も足取りも掴めないという事だったんですけれども」

 俺はため息ひとつをこぼしながら、会話の矛先をカラメルネーゼさんに向けた。
 してみるとカラメルネーゼさんは満面の笑みを浮かべて俺にこう口にする。

「おーっほっほっほ。ご安心なさりませシューター卿。すでにエミール第三夫人の正体について、わたくしすでに存じ上げておりますの」
「正体、というと、どこの村のご出身のお方かわかったのですか?」
「いいえ、村娘というのは巷の噂。本当のご身分はまた別の高貴な身の上のお方だと判明いたしましたわ。彼女はマリアツンデレジア夫人が別邸に引きこもったためにお子様を儲ける事がないとわかった事で、城内で先代さまが手を付けた家臣のひとりだったらしいですわね」

 カラメルネーゼさんは自信満々にそう言い切った。

「誰も第三夫人の情報を知らない中で、よくそんな事を見つけてこれましたね」
「もちろん、わたくしは商人ですもの。それぐらいは当然の事ですわ。おーっほっほっほ」
「ちなみにどうやったか聞いてもいいかしら?」

 雁木マリが自分たち騎士修道会すら糸口をつかめなかった情報の出所に興味を示したらしい。

「それは簡単な事ですわ。先代子爵さまが手を付けたお相手が、あまりにも問題なお相手だったために、その辺りの出自を先代さまが誤魔化して家中に迎え入れたのですわね」

 聞けばけもみみを俺から貸し与えられた蛸足美人は、奴隷商人という立場を利用して地元の商会連中に接触を図ったという事らしい。
 けもみみが商会を出ていく番頭格の人間を付けて、酒場に入り込んだところをカラメルネーゼがお近づきになる。
 これで様々な商会がどの派閥に属しているのか、ついでにリンドル家中の人間関係がどうなっているのかを聞き出したというのだから馬鹿にならない。

「この街に地元の商会が出店している他にも、それぞれの領地の商館が置かれている場合がありますの。さる地元商会の番頭さんから聞いたお話では、エミール第三夫人はそのうちのひとつの商館と懇意になさっていた様子で、そこから足取りを掴んだというわけですわ」

 なるほど、そういう手があったか。
 モノの本によれば、中世ヨーロッパであったり戦国末期の日本において情報戦を担っていた組織というのはふたつあったそうだ。ひとつは宗教団体、キリスト教であったり国内なら寺院や巫女さんやら、そして商人たちの情報網という事だそうだ。
 してみると、カラメルネーゼさんもまた商人同士の交流を通して、その核心まで近づいたという事になるのかな。
 それで、エミール第三夫人の消息はどうなのかというと、

「ずばりこのリンドルの街にエミール第三夫人はすでに存在していませんわ。だからどれだけ手を尽くして探しても、エミール夫人を見つける事が出来なかったというわけですわ」
「殺されたという事かしら?」

 カラメルネーゼさんの言葉に雁木マリが身を乗り出して質問をした。

「いいえ、そういう事ではないですわね。彼女はすでに故郷に引き上げておりますの。そしてご夫人が何者かという点ですけれども……」

 俺たちの注目が触手をうねうねと動かす彼女に集中する。

「ミゲルシャールという男が妾に産ませた子供。この男の名前に聞き覚えがありませんこと?」

 その言葉に俺以外の全員が絶句した。
 ミゲルシャール。はて、どこかで聞いた事のある名前だが、俺はすぐに思い出す事が出来なかった。

「どうしてここにもブルカ辺境伯の名前が出てくるのかしら!」
「自分も驚きです。まさか、こんな形で名前を聞くことになるとは……」

 そうして俺も遅ればせながら驚く。
 ブルカ辺境伯の本名はミゲルシャールというのだ。
 その名前ははじめて耳にしたのは、確かサルワタの森の開拓村である。女村長の屋敷にあった納戸の中で、教会堂の助祭マテルドが口にしたのがその名前だったのだ。
 愕然とした顔を浮かべている俺の前で、雁木マリとベローチュがカラメルネーゼさんを交えて激しく意見交換を始めていた。
 マリは降誕してからブルカを拠点に生活していたのだし、ベローチュやカラメルネーゼさんはお貴族さまの出身だ。
 きっと俺よりもブルカ辺境伯の存在を身近に感じていたぶん、その危機感も大きかったのかもしれない。

「このパターンはサルワタの開拓村とまったく同じだわ。どこの領主の元にも、ブルカ伯の手の者が潜んでいると疑ってかかる必要があるわね」
「この事はオコネイルさまにお知らせした方がいいのではないでしょうか。セレスタにも何かしらの形でブルカ伯の魔手が忍び寄っているかもしれません」
「オコネイルさんは心が女性ですもの。女で釣られるという事はまずありえませんわ。すると、何が考えられるかしら……」

 ブルカ辺境伯のミゲルシャールという男は、いったいこの辺境で何をしようとしているんだ。
 王国に対する反逆か、あるいは辺境諸領の併呑か……
 一歩も二歩も先を俺たちの先の手を打っているブルカ伯に空寒いものを感じながら俺が脳みそをフル回転させていると、視線が鋭く俺を射抜いているのに気が付いた。
 視線の主はアイパッチを外したニシカさんだ。

「もうひとつ、面白い事を付け加えて教えてやろうか?」
「何ですかニシカさん。これ以上の情報がまだあるんですかね」
「ああ、あるぜ。触滅隊の連中が暴れ出した時期と、そのエミール第三夫人がリンドルを退去した時期が合致するんだぜ。面白いだろ?」

 嬉しそうにニヤニヤしたニシカさんが、腕組みを外しておっぱいを解き放った。

「モンサンダミーの野郎と猿人間のッジャジャマを使って、この街のありとあらゆる労働者階級が出入りする酒場で情報をかき集めたんだがよ」

 してみると、エミール第三夫人がここにあるブルカの商館に入っていったところで足取りが消えたそうだ。
 そして次の月から触滅隊が大暴れを始めたって寸法だ。

「ガキだけ残して自分の娘は引き上げさせた。ブルカ伯はこの街に近々政治介入する機会を伺っているという事だな」
「そういう事になるわね、どうするのシューター?」

 俺の言葉に雁木マリが問いかける。

「とにかく誰でもいい、ダアヌ夫人でもマリアツンデレジア夫人でも、状況を説明して取り入る必要があるな……」
「シェーンのお坊ちゃまがそうすると厄介ですわね。マリアツンデレジア夫人はきっと自分がリンドルの主導権を握るつもりでシェーンお坊ちゃまの後見役をやっているのでしょうが、これは藪蛇というものですわ」
「しかし、だからと言ってダアヌ夫人に訴え出るというのは難しいんじゃねえか。あいつらよそ者嫌いなんだろ、たぶんギムルどころじゃねえぜ?」

 今度はカラメルネーゼさんとニシカさんが口々に問題点を指摘した。
 紛糾する俺たちはそのまま結論が出ないまま、ああでもないこうでもないとしばらく意見交換を繰り返した。
 あまりにもその時間が長くなってしまったので、だんだん気分が優れない人間が出てくるのである。
 特にカラメルネーゼさんなどは顔を真っ赤にしてまるでゆで蛸だ。

「あなたたち、いつまで湯船に入ってくつろいでるのですか!」

 そうして俺たちは奥さんにしたたかに怒られた。
 五人が揃って宿屋の隣にある公衆浴場でお風呂を楽しんでいたところ、ひと足先に湯船を出て髪を乾かしていたカサンドラが素っ裸で飛び込んできたのである。
 俺たちはあわてて湯船から飛び出すと、腰に手を当てて俺たちを睥睨する恐妻を前に土下座で整列した。

「シューターさんはこの後、登城をなさるのですよ。みなさんは主に仕える身分なのですから、主をお諫めするのもお役目です。雁木マリさん! シューターさんに腕を回して喜んでいる場合じゃないです。次の順番はエルパコちゃんの約束でしょう?!」
「あ、あたしは別にそういうつもりじゃ……」
「嫌も応もありませんよ!」

 正妻の剣幕にぺこぺこと頭を下げる雁木マリめずらしい。
 そして最後にとても嫌そうな顔をして俺を睨み付けるカサンドラに、俺は肝を冷やした。

「シューターさん」
「お、おう」
「今度湯浴みをする時は、ふたりっきりでお願いしますね?」

 嫌そうな顔だと思ったらちょっと頬っぺたを桜色にして上目遣いを向けてきた奥さんかわいい。

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