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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第1章 気が付けばそこは辺境の開拓村だった

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閑話 街へ行くので恥かしくない格好をします(※ 挿絵あり)

http://15507.mitemin.net/i184342/

挿絵(By みてみん)





 ある日、ゴブリンの猟師ッワクワクゴロさんが朝から俺を訪ねてきた。
 ちょうどいつもの様に荒れ放題の畑を耕していた俺に向かって手を振っているではないか。

「おーい、シューター。お前にいいものをやる!」

 朝から何でそんなに上機嫌なのか、ッワクワクゴロさんは紅のスカーフをなびかせて白い歯を見せていた。
 彼の足元には狼の親戚みたいな犬が大人しく従っていた。

「おはようございますッワクワクゴロさん。今日も相変わらず元気ですね」
「あたぼうよ、俺はいつだって元気はつらつだ。何しろワイバーンがいなくなったお蔭で、毎日安心して仕事ができるからな」
「そうですか。本当はッサキチョさんの代わりに猟師のリーダーに命じられたから嬉しいんでしょ。俺は知ってますよ」

 彼は先日のワイバーン戦で命を落としたッサキチョさんに代わって、新たな猟師のリーダーとして女村長から指名を受けたのである。
 これからは猟犬の世話をしなくてはならず、食わせていくためにこれまで以上に大変なんじゃないかと思っていたが、そんな事は無かった。
 聞けばリーダーになる事で、上納しなければならない税が免除されるだけでなく、親方手当がつくというので実のところはホクホクだ。

「これからは家族や兄弟に肉を食わせてやれるからな。そりゃ上機嫌にもなるだろう」

 そう言ってッワクワクゴロさんは猟犬の頭をなでた。
 あまり懐いていないからなのか、猟犬は迷惑そうにな顔をした後、あくびをしている。

「うちでとれた新タマネギだ、カサンドラに持って行ってやれ」
「ありがとうございます。いいものというのは、このタマネギの事ですかね?」

 ざるに積み上げられたタマネギを見て俺が質問すると、ニヤニヤしながら毛皮を差し出した。

「喜べ、この前お前とリンクス狩りに行った帰りに仕留めた狐、いただろう。加工が終わったからお前にやる」
「おおっ、あの時の狐ですか。哀れな姿になってしまって」

 おどけたッワクワクゴロさんに俺も調子を合わせるが。

「何だ、あんまり嬉しそうじゃないな。そんなに全裸がいいのかよ」
「嫌だなあ、俺だって服ぐらい着ますよ。チョッキはおってるじゃないですか」
「だが股間がおろそかだ。街に行くんだろう。だったら村の恥になるから黙ってこれを着用しろ」
「いや全裸にこだわりがあるわけじゃないので、ありがたく頂きます。毛皮の腰巻きですか」
「猟師らしくていいだろう、それと清潔な布だ。カサンドラに渡して、下着にしてもらえばいい」
「ありがとうございます。ありがとうございます」

 俺は毛皮の腰巻きとともに麻布を頂戴して、頭をペコペコ下げた。

     ◆

 猟師と言えど、俺たちは毎日森に分け入っているわけではない。
 特に俺はもうしばらくすると街に出かける予定があったので、ここ数日は先輩猟師の手伝いについていって、罠の回収をしてまわるぐらいの事しかしてなかった。
 今から罠を仕掛けたのでは、街に出かけている間に獲物を回収できないのだ。
 したがって午前中は弓の練習がてら、切り株を的に短弓を射掛ける作業をしていた。
 ちなみにこの先輩猟師というのが、周辺集落に住んでいる鱗裂きのニシカである。

「馬鹿野郎、肘の位置がおかしい! 短弓は力で射つんじゃなく、胸の張りで射つんだ!」

 こんな調子で、四六時中ニシカさんの罵声が飛んできた。

「お前、街まで護衛につくんだろうが。弓ぐらい使いこなせるようになれっての!」
「初心者なんで、手とり足とり教えてもらわないとですね……」
「貸してみろ、オレ様が手本を見せてやる」

 そう言って強引に弓を奪ったニシカさんは、フンと鼻息荒く俺を睨み付けた後に矢をつがえた。
 胸を張る。自分が言った言葉通りにニシカは胸を張る様にして弦をしぼるわけだが、そうすると当然の様に革のベストで抑え込まれていたたわわな胸が天を突く。
 でかいんだが、やっぱり弓を使うには邪魔そうだ。

「いいか? こう。そしてこうだ!」

 バビュンと音がした気がする。
 弓の放たれた音ではなく、胸が暴れた音である。もちろん響いたのは俺の脳裏だ。
 放たれた矢は切り株にささった。お見事!

「やってみろ」
「はあ。じゃあまあ」

 短弓を渡されて俺が矢をつがえようとすると、背後にニシカさんがやってきて俺の姿勢を正してくれる。
 胸が当たる事をとても期待していたが、それよりもご褒美をいただいた。
 俺よりもわずかに背の低いニシカさんの顔が、ちょうど俺の首のあたりにくるのだ。
 そうすると彼女の鼻息が、首筋をくすぐる格好になる。

「いいか、もう一度言う。胸を張りながら引き絞る。腕の力に頼らずに胸の張りだ。そう」
「なるほど、いいかんじですね」

 俺は押し付けられた豊かな胸にちょっといい気になりながら、ニシカさんのやる様に身を任せた。
 がそれも一瞬の事。

「ちがう、そうじゃねえ! 前のめりになるなよ。何でだよ!」

 何でって言っても、さすがにちょっと密着時間が長すぎた。
 狐の腰巻きが張りつめてきたので、どうしょうもないじゃないですか。
 バビュンと矢が放物線上を描き、あらぬ方向へ飛んで行った。

「ほれみろ、しっかり胸の貼りで狙わないからこうなるんだ!」
「いやわかってるんですけどねえ。どうしても前のめりになる事情がありまして……」

 俺が股間の位置を手で押されていると、ん? とニシカさんが微妙な顔をした。
 しかし少しすると、顔を真っ赤にしてふたたび罵声をあびせつけてくる。

「て、手前ぇ」
「ほんとすいませんねえ、生理現象なんで」
「新嫁がいるのにオレに欲情してたのかよ」
「いやすまんことですわざとじゃないんです。ほんの少し吐息が刺激的だったもんで」

 ちょっと爆乳な胸を押さえながらニシカがいやいやをして見せる。

「カサンドラに言いつけるぞ! このケダモノが!」

 俺は股間を蹴り上げられた。
 とても痛かったので、俺はその場で悶絶した。

     ◆

 先輩猟師に頼まれて俺が雉の羽毛をむしっていると、夕方になっておっさんがソワソワした態度で訪ねてきた。
 場所は表の作業台だ。
 カサンドラの事を気にしているのか、おっさんは小声で話しかける。

「お前、気は変わらないか?」
「脱走の件か」
「今ならまだ間に合うぞ」
「まあ知らない土地にいきなり放り出されるよりはなあ。金もないし、もう少し様子を見るつもりなんですけど」
「少しは工面してやってもいいんだぞ」
「借金はしない主義なんですよねえ」
「……そ、そうか」
「そういう事なんですよ、わかったらお引き取り下さい」
「待て早まるな。その、」

 オッサンドラは相変わらず、俺をこの村から放逐したいらしい。やはり嫁の事か。

「留守中、カサンドラの事は任せてもらいたい」
「そうかい。せいぜい気を付けてやってくれ、嫁はりんご酢が不足していると言ったぞ。あるなら俺の留守中に届けてやれば喜ぶかもね」

 馬鹿らしい気分になりながら、嫁の機嫌取りのためのアドバイスを、おっさんにしてやった。
 ここまで露骨な反応をしてくるとはな。

     ◆

 夕食はワイバーンの肉をベースに芋と豆、ケールの葉とタマネギを加えた鍋である。
 解体されたワイバーンは亡くなった人間の供養のためにと、村人たちに振る舞われたのである。
 俺と嫁はふたりで寝台に腰掛けて、小さなテーブルに鍋をつつく。
 ふたりは無言だ。
 箸がないので、おたまですくった鍋の中身は二叉のフォークとスプーンを使って食べる事になる。
 しかしワイバーンの肉は不味い。
 筋張っていて歯ごたえもありすぎ、脂身もないスカスカの味だ。この味をどうにかするためにぶどう酒に付け込んでひと晩寝かせてから鍋にしたのだが、柔らかくはならなかった。
 きっとどの家庭でも不評だろうが、肉は貴重なので、しょうがなしに食べるのである。

「親父さんが亡くなった時も、ワイバーンの鍋をしたのか」
「……はい。あの時はたくさんのお肉が家に届けられて、しばらく食事には困りませんでした」

 ふう、ふうしながらスプーンを口元に運びつつ、カサンドラが返事をする。
 食事には困らなかったと言うが、生活はかなり苦しかっただろうに。親父の服まで手放して生計を立てていたのだ。男手が無いから畑も放置していた。

 嫁は果たして今、幸せなのだろうか。
 俺がこの猟師小屋にやって来た事で、男手には苦労しなくなった。
 見よう見まねで畑の手入れをしはじめて、今は芋と豆を栽培している。それから放置していても収穫できるハーブだ。
 しかし俺の猟果がないうちは、食事もたくわえの持ち出しになる。
 それに嫁には幼馴染の従兄がいた。おっさんだ。
 聞いてはいけない事なのだろうけれど、ふと俺の口から言葉が飛び出す。

「今、幸せか……」

 並んで座ったその隣、カサンドラはおずおずといった具合で顔を上げて不思議そうに俺を見る。

「食べるものに困らなくて、養っていただけて、これ以上の幸せは今のわたしには贅沢すぎます」
「そ、そうか。もっと頑張って立派な猟師にならないとな」
「そうですね。明日からは街へ出発します。しっかりお食事をとって、体を休めてください」

 食事が終わる。空になった鍋に木の皿を入れて持ち上げたカサンドラを見送りながら、少し俺は考えた。
 嫁は思考停止をしている。俺の知っている元いた世界の幸せの形は、いろいろあったはずだ。
 けれどこのファンタジーな世界では、生きる事が必死なのだ。だから幸せについて考えている余裕なんてあるはずがない。
 今が生きていけるなら、それは幸せな事なのだ。
 本来ならばおっさんと結ばれる事が彼女にとっての幸せだったのだろう。
 いや、女村長や亡くなった親父はそうさせるつもりがはなからなかったのかも知れない。
 たまたまよそ者の俺が現れたので、俺がちょうどカサンドラの相手に選ばれたのだが、そうすればカサンドラの夫はおっさん以外の誰かだったわけだ。

 考えると、ますますわからなくなってしまう。
 俺は明日から村を出て街に向かう。
 ワイバーン戦で数を減らした村の猟師を補充するために、街に募集をかけに行くのだ。同時に村の開拓に必要な新たな移民も募る。このまま村を出て、街で姿をくらますのもひとつの方法だ。
 では残されたカサンドラはどうなるのか。
 父が死んで夫にまで逃げられたら、ただでさえ村でははなつまみ者の扱いを受ける猟師の嫁は、今以上に立場が悪くなるのではないか。

 くそう。
 考えても結論が出やしねえ。
 不幸ですとでも言われれば、おっさんに話をつけて手引きをしてもらうつもりだったんだけどな。
 嫁とおっさんが結ばれる未来があるのなら、それもありかもしれない。
 何しろ俺は、まだ嫁の指先しか触れたことが無いのだ。
 大変困った。

「あの、シューターさん」

 思考のるつぼに俺が陥り、狭い寝台に寝転がっているとカサンドラが声をかけてきた。

「ん? 何ですか奥さん」
「これはその、街でシューターさんが恥をかかない様に、下着を縫いました。ッワクワクゴロさんに頂いた布で」
「おお、パンツか。パンツは大事だな」

 俺は寝台を起き上がって、カサンドラからパンツを受け取る。
 ふんどしみたいなものを想像していたが、想像以上にヒモパンだった。
 越中ふんどしみたいな前垂れのあるやつじゃなくて、女子がつけてるみたいなヒモパン形状だ。

「腰巻きがよごれないように、使ってくださいね」

 旦那さまの大切な一張羅なんですから。
 クスリと笑ってカサンドラが言った。
 あ、かわいい。
 美人のカサンドラだったが、たぶん俺ははじめて嫁が笑う顔を見た気がした。

「ありがとうございます。ありがとうございます」

 言葉にできないうずきというか、急に抱きしめたくなるような感情に苦しめられながら、俺は新妻に感謝した。
 嫁がフリーなら、たぶんここで押し倒してたと思う。
 だが、おっさんの顔が脳裏をよぎった。

     ◆

 村長の屋敷の前。

 そこには、一頭仕立ての二輪荷馬車が用意されていた。
 村唯一の乗り物である。幌はない。
 乗り込むのは青年ギムルと俺で、荷台にはワイバーンの骨が積まれている。ブルーシートはないので、防水予防に何かの獣皮でこさえたシートがかけられていた。
 街で売り払って、少しでも外貨を獲得しなければならないらしい。ワイバーン退治の手痛い出費で、行商人が次に来るまでは待っていられないのだとか。

 見送りで集まったのは女村長と木こりのッンナニワ、それからいつもの下働きの若い女だ。

「ではお前たち、しっかり交渉をしてくるように」
「お任せください村長」

 女村長とその義息子が、妙に他人行儀な態度でやりとりをしている姿を俺は見ていた。
 準備万端、旅装束はいつもの猟師スタイルに少し豪華な獣毛腰巻きがワンポイントだ。今日は下着だってある。

「委細はギムルに任せているが、荷物と義息子の護衛はしっかりたのむぞ」
「任せてください。むかし護身術のインストラクターをやっていた事があるので、痴漢撃退はお手のものです」

 俺は過去のバイトの思い出を引っ張り出しながら、腰にさした短剣をぽんと叩いて返事をした。

「うむ。お前の勇敢さはワイバーン退治でも証明されている、期待しているぞ。家族との別れはよかったのか?」
「あー妻は恥ずかしがり屋さんなので、家にいるんですよねえ」
「じゃあ出発する。義母上、それでは」
「うむ」

 最後だけは親子らしい会話を短くして、俺が荷台に飛び乗るとギムルが馬に鞭を入れた。
 荷馬車から俺もペコリと頭を下げると村長が手を振ってくれたので、俺はちょっぴり嬉しくなった。

 村長の屋敷から続く道をゆったりと進む。
 サルワタの森をのぞけば俺はこのファンタジー世界について何一つ知らなかった。
 これからはじめて外の世界に踏み出すのだ。まあ、楽しみじゃないと言えば嘘になるな。

「お前の家がここから見えるぞ。嫁が顔を出してる」

 御者台から振り返ったギムルの言葉に俺は驚いた。
 見れば、カサンドラが手を振っている姿が目に飛び込む。
 とても意外な気分だが、悪い気はしない。街についたら土産物でも買って帰ろう。
 俺はおっさんに対して妙に勝ち誇った気分になりながら、手を振り返した。

 妻は何をプレゼントしたら喜ぶだろうかねえ。
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