挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第5章 俺たちは辺境諸侯を歴訪します

154/559

128 この先の峠には盗賊がいる 前編

 セレスタからリンドルに向かう往還をひと言で表すならば、難所そのものだった。
 だが地図で眺めるのと実際にこの眼で景色を確かめるのとでは、受けた印象はまるで違った。
 芸術家ヘイジョンさんの大荷物を背負ったロバなど、ともすれば脱落しそうになるので野牛の騎兵がひとり側についていなければならなかった。
 男色男爵が提供した地図には高低差が書き込まれていなかったのである。

「ただ蛇行する道を想像していた俺はとんだ勘違いだったな。実際のところはそれに加えて予想以上の勾配がありますね!」

 そうなのである。
 俺は野牛の一族が用意した豪華な馬車の上で周辺を見回しながら、同じく馬車の上で周囲を警戒していたニシカさんとけもみみに聞こえる様に叫び返した。
 すると地図を片手に思案していたニシカさんが頭を上げて俺に身を寄せ叫ぶ。砂利を蹴り上げる車輪の音がうるさくて、叫ばなくては聞き取りにくいのだ。

「おい、街で雇った傭兵どもがどの程度信用できるのかわからねえぞ。うまく利用するなら数を頼みに出来る地形の場所がいい!」
「そうですね! 一応はあの男色男爵があてがった傭兵だから、まったく信用ならんという事は無いと思いますけれども」
「違う、身元の裏が取れているかどうかの問題じゃなくて、どれほどの強さかもわからねぇだろう」

 なるほど言われてみれば確かにそうかも知れない。
 いないよりはマシな護衛と言えばそれまでだが、俺たちにとっての本当の意味での護衛は別にいる。

「妖精剣士隊がアテに出来れば、問題ないんじゃないですかねえ」
「ンな事言ったって、あいつらはオレたちの視界の外にいるんだぜ? いざという時に間に合わない可能性があるだろ」
「ごもっとも!」

 セレスタを出発する際、男色男爵とは次のような取り決めをしていた。
 まず俺たち外交使節団は何事も無かったように当たり前に出発する。妖精剣士隊の儀仗で見送られながら俺たちがセレスタを発てば、当然その情報は街の裏組織なり冒険者ギルドなり、触滅隊と繋がっている連中によって何らかの情報が伝えられるとする。
 一方で、リンドル方面とは別の門から事前に出撃していた妖精剣士隊の分遣隊が、大きくセレスタを迂回して俺たち辺境歴訪の外交使節団を追走する。

 どうしてこんなややこしい事をするのかと言うと、自分の支配地の人間が触滅隊に接触している可能性に大変ご立腹した男色男爵が、この際連中の裏をかいて鼻を明かしてやりたいと考えたからだ。
 一挙に殲滅する事は無理でも、一撃を加えてやれば一時的にでも連中の猛威を抑え込む事が出来る。

 男爵ご自慢の妖精剣士隊とやらを直接俺たちの護衛に付ける事は簡単だが、それが可能なのはオネエが経営する領内に限っての事だ。どのみち妖精剣士隊が離脱した先で襲われたのではまったく意味がない。
 触滅隊をやり込めるなら男爵としても自分の勢力圏内でやってしまいたい。
 何度もしつこく俺たちを付け狙ってくる可能性もあるが、そこまで考えていればキリがないというものだ。

「おい黒いの、この先にある峠というのはどうなっている! 地図じゃ高低差がわからねえんだッ」

 ニシカさんが、本来は俺用の馬に乗っている褐色エルフのベローチュに向かって叫んだ。
 するとベローチュは、三つ編みに纏めた後ろ髪をなびかせながら馬車の側に馬を寄せて来る。
 彼女は正面から見るとベリーショートヘアの男装の麗人そのものといった剣士風情だが、女らしさを引き立てているのが実はかなり長かった後ろ髪の三つ編と、そしておっぱいである。
 黒おっぱいのおっぱいは、まあタンヌダルクといい勝負かもしれない。やはり褐色エルフにおっぱいは似合うぜ。
 黒おっぱいは、本家おっぱいエルフに向かって返事をする。やっぱりニシカさんのおっぱいはナンバーワンだぜ!

「この辺りはまだ勾配も緩やかで、移動自体に足を取られることはありませんけれども、この先を八半日ほど進んだ峠に近付きますと、視界が悪くなるのです! 勾配はかなりになりますが、そこを越えればまた平地があって、さらに先がまた山間になります!」
「ふむ。おいガンギマリー、聞こえるか! どのタイミングで休憩を取るのか考えた方がいいぜ、なあおい!」

 互いにおっぱいを揺らしながら意思疎通をしたところで、ニシカさんが片膝を付いて立ち上がった。
 先頭で馬を駆っている雁木マリとハーナディンに向かって叫んだのだ。

「そうね、今日のうちに宿場がある次の村まで一気に駆け抜けるのが無難じゃないかしら。野営はあまりオススメしないわね!」
「いやそれはやめた方がいいんじゃねえか! 無理にこの道を強行して疲れを蓄積させるよりは、小まめに休憩を取りつつ、陽の明るいうちに視界の見渡せる場所で野営を取ったほうがいいぞッ。体力を温存して、翌日一気に山を抜けるんだ!!」
「一理あるわね、どう思うシューター?!」

 俺に最終決断が委ねられたので少し考え込む。
 隊列の後方に向けて見張りをしていたけもみみも俺の方を向いてうなずいてみせるので、ニシカさんの案は同じ山野を行動する猟師の見地からしても、妥当なものなのだろう。
 俺の無駄に多いバイト経験から考えても、ベテランの意見は尊重しておくものだ。

「よし、それでいこう!」

 ニシカさんの提案を採用だ。
 適度に小休止を挟みつつ、視界の広い平地を見つけたら今日は早めに野営をする事にしようか。

     ◆

 比較的午後の早い時間に街道沿いの小さな小川を見つけた俺たちは、そこで野営の準備を開始した。
 本当なら体力的に十分に余裕があると言えたけれど、これは先ほどニシカさんの提案通りの行動だった。
 今日このあたりでしっかりと休憩を取っておけば、この先に続く難所の急勾配を、十分に余力を持って明日挑む事が出来るからである。
 俺たちはさっそく簡易テントを設営すると、大きな石と薪になりそうな木を集めて飯の準備を始めた。

「テントを設営するのは最低限だけにしておいた方がよろしいですわね。いざという時に離脱する際、やっかいですわ」

 こういう風に進言してくれたのは長い軍隊経験のあるカラメルネーゼさんだった。
 彼女はアレクサンドロシアちゃんや男色男爵の同期として、国境の警備や盗賊討伐に紛争にと、青春を戦場で過ごしたというだけはあってたのもしい。

「サルワタからゴルゴライを目指すときの野営も、確かそんな感じでしたね。あの時はアレクサンドロシアちゃんが差配していましたけれど」
「おーっほっほ、アレクサンドロシアも恋に現を抜かして腑抜けにはなっていなかったのですわね。この分ならば戦の指揮を任せても安心できますわ」
「うちの奥さんは、あれで戦場に立っていた気質が抜け切れていない人ですからねぇ……」

 アレクサンドロシアちゃんは村をワイバーンが襲撃した時も、ドレスの上から胸当てをして先陣を切ろうとした様な女傑だからな。
 ただしその後にジョビジョバしてしまったんだけどな……

 そんな中。
 妖精剣士隊の分遣チームから一風変わった伝令がやってきたのは、ずいぶんと陽が傾きはじめて俺たち外交使節団の面々が思い思いに体を休めていた頃だった。

 はじめその事に気が付いたのは、炊事の準備をしていたカサンドラで、急ごしらえでようじょの作り上げた窯の前で焚き物の番をしていたところ、視界に映る遥か街道の遠方にごま粒を発見したのである。

「シューターさん、あそこに何か見えます!」
「え? どれどれ……!」

 旦那さまお味はどうですかなどと正妻の隣で木のお玉でスープを試食させてもらっていた俺は、カサンドラの指さす方向を眼をすぼめて観察してみると、確かに何かがこちらに向かってやって来る。

「何ですかね、あれは」
「まさか触滅隊の斥候という事はないだろうな……」
「斥候ですか? 人間の様に高さはないと思いますけれども」
「じゃあ動物かな。まさかワイバーンという事はないだろう。ハハハ」

 カサンドラは猟師の娘というだけあってか非常に遠目が利く。以前もサルワタの村で夫婦揃って石塔上で見張り任務に就いていた時も、真っ先にワイバーンの襲来を見つけたほどであるのだ。
 しかし近頃の俺は元いた世界で生活していた頃に比べると、大自然豊かな環境に身を置いているからかよくものが見える様になっていた。
 だからカサンドラとほとんど同時にそのごま粒を発見したので、ちょっと驚きつつも納得しつつである。
 ニシカさんかけもみみを見つけてあのごま粒がこちらに接近する前に正体を確かめようと思ったところ、すでに豪華な馬車の上でそれを発見していたニシカさんが、立ち上がってごま粒を観察していた。

「ありゃ犬だな」
「という事は俺たちがオオカミか野犬の縄張りにでも飛び込んだという事ですかねえ」
「うんにゃ、オオカミなら単独でうろついているわきゃないだろうな。だからあれは犬だ。おいけもみみ、あれは野犬か飼い犬かどっちにに見える?!」

 ニシカさんの見解ではただの犬であるらしい。
 けれどもただの野犬だと思っていたら実は触滅隊の使役する斥候犬でした、というのでは大問題なのでニシカさんはエルパコにも意見を求める事にした様だ。
 すると、野営の車座でようじょと不思議な体操の様なものをやっていたけもみみが、その言葉に気が付いて駆け出す。
 そのままふわりと跳躍して馬車の上に飛び乗った。
 すごい確信。

「あれは飼い犬だよ……」
「ン、何でそう思うんだよ」
「だって小さいしもじゃもじゃしてるし弱そうだもん」

 だとよ、とニシカさんが俺たちに向かって言った。
 その頃になると野営地で思い思いに過ごしていた連中や、夜の不寝番に備えて仮眠を取っていた連中も集まって来て、こちらに向かってひたひたと駆けて来る存在に注目していた。
 その頃には確かにごま粒ではなく、犬か狐かそういうシルエットが俺にも理解できるようになってきたのだ。

「ところでお前ぇ、何やってたんだ今の体操は」
「おっぱい体操だよ」
「何のためにそんな事をするんだ。ん?」
「シューターさんのためだよ……」

 だとよ、とニシカさんが俺たちに向かって言っているけれど、今はそれどころではない。
 緊張感の足らないニシカさんの事は無視をして、簡易テントから長剣を握って飛び出してきた雁木マリと、おっぱい体操をやっていたようじょたちと顔を突き合わせて警戒した。

「どう思う?」
「触滅隊の放った斥候犬か何かしら」
「どうでしょうねぇ、そうだとすると方角が気になるのです。あれはセレスタ方面から付けてきたのです」

 そうなのである。触滅隊の放った斥候犬というのなら山手から出てくる方が筋が通っているし、見ている限りこちらに向かっている犬というのが、中型犬ぐらいのサイズだ。例えるなら柴犬だろうか。
 ニシカさんは緊張の欠片も感じない、大あくびを垂れながら長弓を持ち上げていた。注意する必要が無いと思っているのだろう。

「どうするんだ騎士サマよ、野良犬なら射止めて晩飯のおかずにでもするか?」
「待ってくださいご主人さま! その犬は自分の隊、いえ元自分のいた剣士隊で使っていた伝令用の軍用犬ですッ」
「軍用犬、妖精剣士隊の?」
「はいそうです! 今晩のおかずにするなんてとんでもありません、おかずなら自分をお召し上がりくださいご主人さまッ」

 こちらも荷馬車に背もたれて仮眠を取っていた男装の麗人が、大あわてで飛び出して来てわけのわからない事を口にした。
 あまりにも動転していたのか、口元のよだれは垂れたままだし言っている事も滅茶苦茶だ。イケメン美女のベローチュもこれじゃ台無しだね。
 俺たちが全員揃って男装の麗人に呆れていると、ハフハフと浅い息をしながら近付いてくる毛むくじゃらの犬が野営の陣中に走り込んできた。
 確かにけもみみが言う様に近くで見ればただの犬だ。サルワタの村でよく見かけた様なジンターネンさんちの牧羊犬みたいな顔をしている。

 そのままベローチュの足元にやってきて滅茶苦茶しっぽを振り回していた伝令犬は、彼女によってお座りをさせられる。首元に括り付けられた筒の中を改めたところ、伝文が汚らしく走り書きされていました。

 ギルドの籠から鳩が飛ぶ、方位南。

「恐らく伝令犬を使って(セレスタ)と分遣隊で伝文リレーをやったのでしょう。それから軍用犬を走らせたという事は、すでに近くに妖精剣士隊が着陣しているという事ですね」
「街道を避けて野営しているのかな?」
「はい、自分たちは訓練された男爵閣下の剣士でした。森の中で寝床など無くても十分に休息が可能な訓練を受けています。何なら、原隊まで確認に行ってきましょうか?」

 それじゃ別行動をとって触滅隊を油断させる意味がないだろう。俺たちの仲間がどこかと連絡取り合っているのが連中にバレたら、こちらが餌を用意して罠を仕掛けていますと宣伝してる様なもんだぜ。

「いえ結構です。いや、そのまま永遠に原隊に帰ってもらうのはどうかな?」
「そんなご主人さま、殺生です! 自分は、自分は生涯をささげたのですからぁ!」

 男装の残念剣士はあわてふためいた。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ