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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第4章 アレクサンドロシアの野望

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118 往還の行路 後編


 やがて太陽が高く昇り始めた頃になると、その先にいくつもの山が見える様になってきた。

 本来ならば昼食のためにどこかで休憩するのがいいのだろうが、今日に限ってはゴルゴライを出発する前に済ませてある。
 理由は簡単で、今日の内に道中出来るだけ休まずに走破して、次の宿がある街までたどり着こうと話し合っていたからだ。

「ニシカさん、地図を確認してもらえますかね?」
「…………」
「まだ怒ってるんですか、いいかげん機嫌を直してくださいよ」
「……ふんッ」

 豪華な馬車の上で見張りに付いていたニシカさんは、相変わらずご機嫌斜めである。
 俺が馬を寄せて声をかけてみたところ、チラリと視線を送ってきたもののツンツンした態度で俺を無視する。
 とは言ってもこれはお役目でもあるので、地図を持っているニシカさんに確認するしかないのだ。

「気に入らねぇ、何もかも気に入らねぇ。お前は婚約者と仲良くちちくりあいながら道中も楽しいだろうが、オレ様は流れる景色だけが友達だ」
「焼きもちですか。飛龍殺しともあろうおひとが」
「ち、違うわ! どうしてこのオレがガンギマリーに嫉妬しないといけないんだよ」

 俺は腰にぶら下げていた水筒を馬車の上のニシカさんに投げて渡した。
 もちろん中身はニシカさんが大好きな酒である。ゴルゴライを出る時に仲直りをするキッカケにするために用意していたものだった。 
 不貞腐れた顔をしたままニシカさんは水筒の蓋を開けると、くんくんと匂いを嗅いで見せた。

「フン、わかってんじゃねえか。これはオレ様に対する勝利の前払いとして受け取っておくぜ」
「俺もすいませんでした、ニシカさんならきっといいひとが見つかりますよ」
「……チッ、村長もアテにならねえ。妹には嫁の世話をしたくせに、オレ様には何ひとつやってはくれないんだからな」

 中身は例によって芋の焼酎である。辺境の安酒の定番とも言えるものなので高価な樽酒とはほど遠い代物である。
 安い酒というのにニシカさんは鼻の下を伸ばしたかと思うと、嬉しそうに革袋の水筒を口に運んだ。

「うまい!」
「ニシカさんはどんな男性が好みなんですか?」
「オレか? そうだな」
「…………」
「………そう言えば考えた事もねえ」

 何と、ニシカさんは好みの男性というのも特に存在していなかったらしい。
 この分だとおっぱいエルフの勝利宣言は俺の老後になってしまいそうなのでただのサービス、仲直りの印ぐらいに思ってもらえばいいかな。

「ま、待て。シューター手前ぇそんな顔をするな。オレ様としてはだ、そうだな。男はやっぱり強くないといかん。オレ様ほどとは言わないが、ワイバーンを仕留めるぐらいの実力と、どんな人間だろうと倒せるぐらいの強者である必要があるな」
「そうですか」
「あとは甲斐性だ、金があって度量の広い男でなくてはいかん」
「そうですね」

 うんうん言いながら、突然の様に饒舌になるニシカさんである。会話の途中で酒を口に運んで、腕で拭う姿は蛮族そのものだ。

「そこをいくとお前ェはまだまだだな。酒一杯を奢るのもケチるような甲斐性無しだし、カサンドラに頭も上がらないヤツだからな」
「…………」

 このひとは上機嫌で語り始めたが、わかっているのだろうか。
 俺はニシカさんと共同でワイバーンを仕留めた事があるし、俺が自称しているわけじゃないが辺境最強の戦士などと言われているわけだけれども。

「ニシカさん、俺を口説いていますか?」
「?!」
「なるほど、確かに俺とニシカさんが結婚したらニシカさんもお嫁に行けて、その上俺から上等な樽酒をいただけるというひとりウィン=ウィン物語だ」
「ばっか手前ぇ何をいきなり言い出すんだ。そんなわきゃねぇだろ! ぶっとばすぞッ」

 唾を飛ばしながら顔を真っ赤にしたニシカさんである。

「飛龍殺しの鱗裂きともあろうお方が、俺と結婚するのは怖いですかニシカさん。ん?」
「んなわきゃねえ、オレ様が怖いのはカサンドラだ! もうこんな酒はいらねぇ。返す!!」

 ニシカさんは怒って革袋を投げ返してきた。
 いやすでに中身はほとんど無くなっていたのだが、今それを言えばもっと怒り出すだろう。
 これ以上からかうとたぶんニシカさんは本気でしばらく口をきいてくれなくなってしまうので、この辺りでやめておく事にした。
 確かに俺も、ニシカさんと結婚した未来はちょっと想像できないな。
 などと俺が苦笑を浮かべてニシカさんを見上げると「チッ」と舌打ちを飛ばしながら赤い顔をした彼女が視線を外した。
 すると。

「どうしましたか、シューターさん? わたしの事を何かお話しになっていた様ですけれど……」

 馬車の跳ね窓を持ち上げた俺の奥さんが、ひょいと外に顔を出したのである。
 先ほどまでは不機嫌極まりない態度だったニシカさんまで、その声にビクリと背筋を硬直させて、口笛など吹き出すではないか。

「ああっそれはですね。ニシカさんの結婚相手を探すのなら、カサンドラに相談してはどうかと言ってたんだ」
「そうなのですか?」
「そうなんですよ奥さん。なあ、ニシカさん!」
「おっおう。お前さんは今じゃ村の幹部連中にも顔の利く騎士夫人さまだからな。いい男がいたら紹介してくれよな!」

 あわてたニシカさんがそう言いながら、馬車の天井から下を覗き込みながら言い訳をした。
 よく見ると長耳まで真っ赤にしているニシカさんかわいい。

「そ、そうでしょうか? わたしは鼻つまみものの娘でしたから……でも、そうですねえ。素敵な男性がいたらですか」
「そうだぞ。オレとシューターで、オレが結婚出来たら上等な酒を奢ってもらうという約束をしてるんだからなっ」
「んー。素敵な男性と言われても、わたしはシューターさんぐらいしか知りませんし。ご紹介できるのはシューターさんだけですけれども……」
「がはっ、げほっ……すいません」

 何を思ったのかカサンドラがとんでもな事を言い出すではないか。
 会話を聞きながら残り少なくなった水筒の中身を口に運んでいた俺は、盛大に吹き出してしまった。
 酒を吹いた先はニシカさんの顔である。
 ぶぼっと酒を吹き被ったニシカさんは驚いて天井から転げ落ちそうになったけれども、あわててしがみついて事なきを得た。

「だ、駄目だ駄目だ。そんなのは駄目だ!」

 ニシカさんは騒がしくそれを拒否すると、あろう事か地図で酒を浴びた顔を拭こうとするではないか。
 もっと駄目だ馬鹿やめろ。
 俺もびっくりして地図を奪い取る。

「地図で拭いてどうするんですか! 俺の手ぬぐいをつかってください」
「おう、す、すまねえ。ちょっと動転していただけだ……」

 クスクスと笑うカサンドラを尻目に、何となく顔を合わせづらい俺たちは視線を合わせ無い様に距離を取ることにした。
 まったく、見事にカサンドラにからかわれた気分である。
 明後日の方向を向いて尻をかいていたニシカさんの下で、カサンドラが窓から少し身を乗り出してきた。

「うふふ、話はちゃんと聞こえていましたよ」
「あんまり俺たちをからかうんじゃないよ」
「でも、今のお話は心得ておきますのでご安心ください」

 カサンドラはニッコリ笑って俺にそう言うと、跳ね窓を下ろして馬車の中に納まった。
 その「今のお話を心得ておきますので」というのはどの部分にかかっているんだろうね。ちゃんとニシカさんのお眼鏡に叶う立派な男性を見つけてくれるという事だろうか。
 バツの悪い顔をしたまま馬の歩速を速めていくと、御者台でしわくちゃの顔をしたゴブリンがいた。
 どうやらッワクワクゴロさんの弟ッジャジャマくんは、一部始終を聞いていたらしいね。

「大丈夫です。俺はなんも聞いてませんから」
「そうかい………」

     ◆

 さらに旅路を進めていくと、いよいよ山々が手を伸ばせば届きそうな錯覚に陥るほど、距離が近づいてくる。
 俺は元いた世界でもごく平均的な視力だったと自覚しているが、どういうわけか近頃は以前よりもものがよく見えるような気がしてならない。
 今も山肌の木々に視線を向けてみると、枝葉の数がひとつひとつ見えている様な気がするのだ。
 実際に見えているのかどうかはわからない。だがそんな気がするのだ。

 山の形はブルカに向けて進む際に見える遠く高い山と違い、低くいくつものいびつな形の山々がデコボコと水平線の向こう側を隠す様に立ちはだかっている。
 次第に街道の道なりも平らな一本道という事はなくなり、蛇行し、草深くなり、濃い緑の針葉樹林が周囲の視界を妨げる様になっていった。
 足場もあまりよろしくない。
 街道が整備されているといっても、これはただの土の道に過ぎないので、ところどころ決して小さくはない石が地面にむき出しになっている。
 慣れない騎乗というのもあるし、馬がこの石に蹴つまずいてしまわないかと心配になったがこれは杞憂だったぜ。

 しかし。
 この分であれば、馬車の乗り心地は最悪なんじゃないだろうか。
 サスペンションなどという便利なものがまだ発明されていないこのファンタジー世界では、車輪の軸のすぐ上に箱型の馬車の乗車席が乗っかっているかたちだ。
 サルワタを出発した時には女村長とカサンドラ、それにッヨイさまが乗車していた。
 今はゴルゴライに残った女村長のかわりに、ツダの村で拾ってきた自称芸術家が乗り込んでいる。
 ヘイヘイジョングノー氏は作品のいくつかを馬車の屋根に乗せ、自分が連れていたロバには画材の一部と旅荷を載せている。
 彼は小さな布張りのカンバスを馬車の中に持ち込むと、カサンドラとようじょを写生すると張り切っていたけれども、この劣悪な環境では画家先生も悪戦苦闘しているんではないだろうか。
 もしも正妻とようじょの顔を不細工に描いていたら、ぶちのめしてやる所存だ。

 少し前にニシカさんから受け取った地図を見たところ、そろそろ本日の目的である宿場街に到着するはずであった。
 簡易な地図ではあるが、ゴルゴライで得たそれにはサルワタにはじまり隣村クワズ、その隣村スルーヌとあって、ゴルゴライ、マタンギと名前が続いている。
 今日の宿を求めるのはマタンギの次に書き込まれているセレスタであった。

「おいシューター、この先に煙突の煙が見えるぞ!」

 器用に馬車の上で立ち上がって伸びをしていたニシカさんが、山々の狭間から立ち昇る生活煙を見つけたらしい。
 俺が先頭で馬を走らせていたところ、手を振って合図をしてくれたのだ。

「どうやら道中に野盗と出くわす事は無かったわね」
「休み無しに道中を急いだのも幸いしたかもしれなですね」

 雁木マリとハーナディンが俺に向かって声をかけてくる。
 うなずきを返すとマリは手綱を引いて叫んだ。

「もうすぐセレスタの街よ! みんな番兵の検閲準備をしてちょうだいッ」

 その言葉に応えてニシカさんが豪華な馬車の上から飛び降りると、そのまま駆けて御者台に移動する。
 目の前には、針葉樹林の狭間から見えてくる石組みの城壁が見えてくるのだった。
 山間の小さな宿場都市、それがセレスタの街である。

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