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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第4章 アレクサンドロシアの野望

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116 その名前に偽りあり


 夜中の宿屋で突然騒ぎ出したショタ系ゴブリン、略してショタリンを前に俺たちは困惑した。
 装備を脱いで身軽になったエースくんは、まるで騎士がお姫様に対する礼儀を示す様に(ひざまず)くと、キリっとした顔をした。

「お初にお目にかかります。世の中に女性の数はきら星のごとくあれど、あなたほどの美しいようじょは存在しません」

 真顔でこんな事を口をするショタリンに俺はたまらず呆れた顔をしていた。
 誰かこの少年に、労でもねぎらって酒を飲ませたのか?
 そんな事を思いながらテーブルの端に視線を送ると、確かに彼の旅荷と一緒に空になったぶどう酒の瓶が飛び込んでくる。
 まあ、このファンタジー世界では日常的に昼間から酒を飲んでいるので誰も気にしやしないけれども。

「ど、どれぇ、このひとは何なんですかぁ」
「えーと、武装飛脚のエースくんだ。騎士修道会のカーネルクリーフ総長の書簡を俺たちのところまで運んでくれたんだけどね。ところでッヨイさま」
「何ですかどれぇ……?」
「そのシーツの世界地図はどうしたんでしょうか?」
「?!」

 俺は知っている。
 このようじょは寝ている時、暑苦しい夜であろうとお股にシーツを挟む様にしておねんねする癖があるのだ。
 異世界にやって来てからこっち、俺も全裸だった頃から首に手ぬぐいを巻いて寝るのが習慣化していたので、ようじょの気持ちはわかる。
 気持ちはわかるが、ジョビジョバの一族の心内まではわからないので今度アレクサンドロシアちゃんに聞いておく事にしよう。

「こっ、これは何でもないのです!」
「何でもない事はありません。早くお洗濯をしてきれいきれいしましょうね」
「はぁい……」

 すぐにバレる隠し事をしようとしたようじょであるが、俺が言葉を口にすると大人しくシーツを差し出した。
 きっと知らないひとの前でのやりとりだったので、隠しておきたかったに違いない。
 ようじょだって年頃だもん、恥ずかしいよね。
 シーツを受け取ってさて手洗い洗濯をしておこうかと思ったところで、忘れていたことがひとつあった。
 エースくんの事である。
 みんな呆れた顔のままようじょと俺とエースくんを見比べていたけれど、騎士さまごっこの続きはするのかな?
 結果的に俺たちふたりが揃って無視する形になったもんだから、エースくんはとても嫌そうな顔をして俺を睨み付けていた。

「か、彼女は冒険者のッヨイハディ・ジュメェ。このサルワタ騎士爵アレクサンドロシアさまのお身内だ。お得意にされているのは確か土の魔法……」
「ッヨイはッヨイハディ・ジュメェだよ。魔法使いなのです」

 慌てて俺がようじょの紹介をすると、ようやく機嫌が収まったのかショタリンが白い歯を見せて言った。

「改めまして、武装飛脚を生業にしている冒険者エースです。文や荷物をお届けのご用命がありましたら、ぼくをご指名ください!」
「ぶそーひきゃくさんはゴブリンの一族なのですか?」
「そうです! 父はゴブリン、母はひとの子です。いやあ、あなたと同じ一族ですね!」
「……だったらそれは、おかしいですねえ」

 小首をかしげるようじょである。
 何がおかしい事があるんだろうかと俺が困った顔をしていると、隣のニシカさんが顔を近づけて小声で言った。

「ゴブリンなのにッからはじまらないからおかしいんだろ」
「なるほど。本当の発音はッエースなのかな?」

 俺とニシカさんがそんな馬鹿な事を言っていると、片膝付いたままの格好でエースくんが振り返って鬼の形相をしていた。
 いやいや、俺たち何かまずい事言ったかな?
 すると小首をかしげていたようじょもしごく真面目な顔をしてエースくんを睨み付けた。

「そうなのです、このひとは嘘をついています。辺境一帯のゴブリンは等しくッからはじまる名前なのです」

 ようじょがそんな事を言ったものだから、たらいに足を突っ込んで涼を楽しんでいた仲間たちが、腰の剣に手を回しながら立ち上がった。
 エレクトラなどは迷わず細剣を引き抜いて、エースくんの首に突き付けようとしている。

「怪しいな。あんた、本当は何かを隠しているんじゃないのかい、あたしらを(たばか)ろうとする目的は何だい」
「おう、かわいい顔をしていると思ったら、こいつブルカ伯の手先なんじゃねえのか」
「婿殿どうされますか」

 エレクトラに続いてダイソン、ハーナディンまで剣を引き抜いてエースくんはたまらず万歳をした。

「ち、違います。何も隠し事なんてしていませんッ。ぼくはただ……」
「ただ何なのですか、ぶそーひきゃくさん」
「ぼっぼくはただ、通り名を口にしただけです。本当の名前はッハイエースって言います。ゴブリンハーフのッハイエースです!」

 発音がしにくいので、彼は自分の通り名は本名を略して使っていたらしい。
 それにしてもハイエースって、ひどい名前だな!

「まぎらわしい事をするんじゃないよ、あんたが本当に騎士修道会の派遣した人間かどうか確認してやる。冒険者タグを出しな!」
「やめてください、すぐにお渡ししますから~」

 ショタリンのエースくんはエレクトラにビビりながら首から下げたタグを差し出した。
 俺は文字が読めないが、エレクトラやダイソンなら確認できる。ふたりの冒険者が「確かにッハイエースって書いてあるわ」「チッ本当だ」などと口々にしながら、ハーナディンに見せた。それが回って最後に俺とニシカさんのところにやってくる。
 俺たちは文字があまり読めないので、とりあえず空気を合わせてうなずくだけに留めておいた。

「ハーナディンさん、先ほどの蝋印はホンモノでしたよね?」
「ガンギマリーさまも確認されたし、僕も見た限りでは本物だったと思いますけどね。実際に総長猊下が武装飛脚を使っているのは事実です。この封蝋の指輪印証(シグネットリング)は女神様の枢機卿をあらわすものだから、少なくともカーネルクリーフさまかガンギマリーさま以外にはありえない」

 なるほど、ガンギマリーも同じ指輪を持っているのか。いやマリの指には指輪らしきものを見た事がなかったはずだから、どこか別の場所に保持しているのかもしれないね。

「わかった。じゃあエースくん改め、ッハイエースくんの疑いはひとまず晴れたという事だね。おめでとう」
「だから言ってるじゃないですか、ぼくは騎士修道会の総長さまに雇われたながしの武装飛脚だって!」
「でも、お名前のうそをついたのです」

 ようじょにその点ご指摘されたエースくんは肩を落とした。
 そんな事をやっていると、階段をトントンと軽やかに降りて来た雁木マリが、俺たちを見比べて怪訝な顔を浮かべた。
 手には返信書簡らしき巻物があったので、やはりマリも指輪印証なるものを持っていたのだろう。

「お前たち騒々しいわね。剣なんか抜き放って何をしているのよ?」

 何でもないです、ちょっとした行き違いかな。

     ◆

 まだ陽も昇らぬうちだというのに、ショタリンは冷めた蒸かし芋と固い黒パンをかじっただけでブルカ聖堂会への往路に発った。
 せめてようじょが白湯でも勧めてくれたら大喜びしたのだろうけれど、残念ながらジョビジョバの始末で俺ときれいきれいしなくてはいけない。
 お目当てのッヨイさまお見送りもなく、雁木マリに「命に代えてもその書簡を奪われない様に」と命じられて、すごすごと退散したのである。

「んだよシューター、あいつちょっとかわいそうじゃねえか。ようじょはどうした」
「ッヨイさまはおねむであらせられるので、すでにお布団の中だ」

 ようじょさまはまだ未成年であるから恋愛なんてもってのほかだ。
 ゴブリンの男と言えば悪魔面の猿人間と相場が決まっているのに美形ショタゴブリンだから気に入らないとか、そういう個人的事情など一切存在しない。

「お前ぇ案外、保護者みたいなやつだな」
「保護者も同然ですよ? アレクサンドロシアちゃんは俺の奥さんで、ようじょは彼女の養女という事になってるからな。つまり俺にとっても義娘になるッヨイさまを簡単に嫁に出すわけにはいきません」
「ははっ、わけのわからない理屈だ。てことは手前ぇはオレ様が結婚を決めても保護者面をしてくれるのか、ん?」

 ニシカさんはずいと俺に顔を近づけながらそんなニヤニヤ面で質問をしてきた。
 豊か過ぎる両の胸がブラウスの上からもばるんと揺れたのがよくわかった。だが俺はこんなおっぱいエルフなんかに屈しない。

「馬鹿を言っちゃいけません。あなたみたいな飛龍殺しの黄色い蛮族を奥さんに貰いたいなんてひとがいるなら、ぜひ紹介してもらいたいですね。その時は上等な酒をニシカさんに樽ごと進呈しましょう」
「い、言ったな手前ぇ。その言葉忘れるんじゃねえぞ、後で吠え面かくなよ!」
「覚えておきますとも、酒でも何でも奢りましょう?」
「チッ。馬鹿にしやがって、妻帯者の余裕というのが気に入らんッ」

 ニシカさんは蛮族丸出しに大股でドスドスと歩きながら食堂を飛び出していった。
 美人なのは認めるが、ちょっとぶっきらぼうな性格でお酒にだらしがないところがあるのはいただけない。
 ただかわいそうなので、今度アレクサンドロシアちゃんにいい結婚相手はいないか相談してみよう。そうしよう。

     ◆

 朝日が昇る頃、俺は眠気まなこをこすりながら寝台を起き上がった。
 明け方前に無駄に騒いでしまったのでこのまま二度寝したい気分だったけれども、このファンタジー世界に来てからの習慣というのは恐ろしいもので、家族で一番に目を覚ましてしまうのは相変わらずである。

 気持ちよさそうにまだ夢の中に浸っていた全裸のカサンドラを残して、俺は顔を洗うために水を求めて外に出た。
 同じく早起きのエルパコが後から合流してきて、一緒に歯を磨いているとそこにニシカさんとアレクサンドロシアちゃんもやってくる。
 ようじょは、どうやらシーツを夜中の内に交換しておいたので、アレクサンドロシアちゃんに見つかって怒られることはなかったらしい。
 ちなみにニシカさんは口を利いてくれなかったけれど、これは予想通りだったので気にしなかった。

 少し遅れてカサンドラが目を覚ますと、全員で身支度を整えてゴルゴライの領主館に集まった。
 夜分にやってきたエースくんの書簡を改めて女村長に見せて、朝食とともに今後の善後策を協議するのである。

「お兄ちゃんはどうするのがよいと思うか」

 すでに身内が集まっている場所では誰にはばかる事もなく「お兄ちゃん」と口にする女村長である。
 はじめのうちはみんなその言葉を聞いてギョッとしていたものだが、今では慣れたもので誰も突っ込みを入れないし聞かなかった事にしている。いい事なのか悪い事なのか……

「ナメルシュタイナーが相続を訴えて自分が後継者だと名乗り出て来た場合、どういう事が考えられるかですねえ」
「その場合は、軍事力にものを言わせて戦争で奪い返そうとする可能性があるのですどれぇ」
「ふむ……」

 俺の発言にようじょがパンを手に取りながら口を挟んできた。

「ナメルシュタイナーが短時間でブルカに行き、そこから軍勢を率いてここに戻ってくるというのはちょっと考えられないな。仮にブルカ伯の援軍を頼みにしたとしても、兵隊が戦争の準備をするのには時間がかかるでしょう?」
「そうなのです。兵士を招集し補給物資を集めれば、自然と商店街の噂になります。噂は確実に騎士修道会の掴むところとなり、ドロシアねえさまのところまで情報が送られてきます」

 なるほど、そういう事であれば相手の動きをこちらが先んじて入手する事は不可能ではない。
 俺はマリを見やりながら口にする。

「問題は騎士修道会が騎士隊派遣の準備をしている事も、ブルカ辺境伯に掴まれている可能性があるって事だな」
「その点は心配ないわ。あたしたち騎士修道会は日常的に各地に修道騎士を派遣しているものだし、何れは気が付かれるにしても初動のうちに発見される事はないわね」
「そういう事なら、昨日俺たちが話し合った通りに、この村に修道騎士イディオさんが連れてくるという従士隊を駐屯させておくのがいいと思います。ギムルさんも近くここに到着するのであれば、野牛の兵士と騎士修道会の兵士とあわせれば、それなりに数が揃うんじゃないかな」
「うむ。それで軍事的な面では問題ないだろうな」

 納得顔をした村長は、俺に「その様にいたす」と言葉を続けた。
 しかしナメルシュタイナーの相続主張を物理的にねじ伏せる方法があれば、それが一番いいのだが。
 俺がそんなことを考えていると、正妻カサンドラが俺の方を向いて小声で質問してきた。

「……あの、ナメルシュタイナーさんの顔は、近隣ご領主のみなさんはご存じなのでしょうか?」
「突然どうしてそんなことを聞くのかな?」
「いえ、シューターさんがナメルシュタイナーさんを物理的にねじ伏せる方法をと仰ったので。顔が知られていないのなら、偽物か本物かの区別もつかないんじゃないかなと」

 どうやら俺は思考を口から垂れ流してしまったらしいね。
 そしてカサンドラの言葉を聞いて、はたと気が付いた

「確かに。デブが後からのこのこ出てきても、こいつは偽物だと主張すればどうとでもなるのかな?」
「そういう方法もままあるな。普通は血縁者の元に逃げおおせて軍事援助を求めるのが一般だ。縁者であれば身分の保証をする事も容易であるからな。しかしハメルシュタイナーはあの通り女に見境のない男だったので、すでに妻には逃げられている。ゴルゴライ領主に高貴な身の上の血縁者はいない」

「どのみち今のところはあのデブの情報はこちらに届いていないし、もしかするとブルカではなく別の領地に逃げたという可能性があるわ。ブルカ伯の援軍でないというのならそれほど恐れる必要はないんじゃないかしら?」

 つまり、少数の軍隊を引き連れてデブが領有権を主張したところで、物理の力でねじ伏せる事は出来るのか。

「確かにそうだな。考えてもはじまらないし、その時はその時という事で。よろしいですか、村長さま」
「うむ、衆議は決した様だな。これでいこう」

     ◆

 俺たちが朝食を食べ終わる頃には、それぞれの今後の確認が完了した。
 女村長は騎士修道会の騎士小隊が到着すれば、エレクトラとダイソンを伴って村に戻る。
 俺たちはこのまま支度を済ませれば、馬車でリンドルを目指す。

「では、外交使節の交渉はよろしく頼んだぞお兄ちゃん」
「わかりました、お任せください」
「しばらく逢えない日が続くが、あまり羽目をはずさないようにな。くれぐれもよその貴族の子女に手を付ける様な事があってはならん。せっかくの同盟の力関係が崩れてしまいかねない」
「もちろんですよアレクサンドロシアちゃん」

 何か俺が好色男児の様な勘違いをしている女村長である。
 もちろん俺も男だ女性は大好きだし奥さんたちを愛してやまないけれども、それはそれ。
 誰でも彼でも自分から声をかけて口説いた事なんて、このファンタジー世界にやってきていち度もないのである。

「カサンドラも、正妻の矜持を持って外交交渉に励む様に。そなたは騎士の妻なのだからな」
「はい村長さま、心得ています。ダルクちゃんにはこちらは元気でやっているとお伝えください」
「うむ。しかしわらわにエルパコまでお兄ちゃんと結婚しましたと報告するのがわらわの役目とは、少々気が重いな……」
「ガンギマリーさんの婚約もですよ。これも領主さまとしてのお役目です」
「ふん、言う様になったではないか」

 野牛の一族が用意した豪華な馬車の前、俺たちが女村長がそんなやりとりをしていると、その端でとても嫌そうな顔をしたニシカさんが俺を睨み付けていた。
 その悔しそうな顔を見る限り、結婚が羨ましいってはっきりわかんだね。

「何だかご機嫌が悪いようですがニシカさん、どうしましたか?」
「チッ、別に悔しくねえ! 酒だから覚えてろよ」

 まあ、妻帯者の余裕ってやつですね。
 俺はハイハイと笑顔でニシカさんに返事をすると、カサンドラを馬車に乗るのを手伝った。
 雁木マリと修道騎士ハーナディンはすでに馬上のひととなっている。
 俺もエルパコに手伝ってもらい馬に跨ると、アレクサンドロシアちゃんたちゴルゴライで修道騎士小隊を待つ仲間に振り返った。

「よし、それでは出発!」

 リンドルに向けて外交使節団の旅を再開する。
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