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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第4章 アレクサンドロシアの野望

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115 武装飛脚がお届けします


 俺の名は吉田修太、三二歳。女性の裸を貴ぶ男である。
 ただし今は自分も全裸である。
 全裸であるというのに、このところ寝苦しい真夏の夜は相変わらずだ。
 俺は少しの間まどろんでいたかと思うと暑さのせいで目を覚ましてしまった。

 部屋の中をくゆる除虫菊のお香が鼻をくすぐった。
 板窓を開けて少しでも外の空気を取り込めば、ゴルゴライの宿屋の室内も多少は涼しくなるだろうか。
 そんな事を考えたけれども、もそもそと寝台で寝返りをうつカサンドラの事を気にして、そうする事をやめてしまった。
 妻はあまりこの暑さが気にならないらしい。
 よくよく考えてみれば冷房器具など何ひとつないこのファンタジー世界で、この世界の住人たちはとても暑さに強い。
 扇風機やエアコンのある生活が当たり前だった元いた世界は、それだけ素晴らしいところだったんだなあ。

 アレクサンドロシアちゃんであれば、きっとこういう時に三国志の軍師が持っている様な団扇を仰ぐのだろうが、生憎とこの世界では団扇も高価なものだ。
 高貴な身の上の人間は身だしなみの関係上厚着である。女村長は団扇が欠かせないのだ。
 そこをいくと俺などはほんの少し前までは全裸が当たり前、わずかの期間のうちにずいぶんと出世したものである。
 久しぶりに誰の視線も気にせず全裸で夜を過ごしているというのに、文句も言っていられないね!

 喉の渇きを潤すために、寝台の脇にある台に置いていたはずの酒杯を俺は探った。
 入れ物は酒杯だけれども、中身は夏に収穫される柑橘類を絞った果汁水だ。これに少しの塩を混ぜて味をつけたものが、この世界の夏のお供である。
 さっぱりとしたレモン水みたいなもので、雁木マリいわく体内の血の巡りがよくなるらしいね。
 それを口に含みながらもうひと寝入りしようかと酒杯を戻したところ、

「?!」
「お楽しみの後、お疲れのところ悪いが来てもらうか」

 暗闇の中、丸椅子に腰かけた鱗裂きのニシカさんが俺を見てそう言ったのである。
 いったいいつの間に?!
 しかも俺たちが夫婦水入らずでお楽しみだったこともバレてる……
 どこから入ってきたのか、いつそこに腰かけていたのかも俺は気が付かなかったけれど、それより全裸姿の俺やカサンドラを見ても平然とした顔でこちらに向いているのも驚いた。
 夫婦生活の一面を俺は見られて赤面てしまう。
 これが日中の事ならお肌のキスマークを見られてしまったねっ。
 せめて夜着を着せてやらなければと俺がシーツを除けたところ、

「ああいや、カサンドラは起こさなくてもいいぜ」
「急用か」
「けどお前ぇだけ顔を貸してくれたらそれでいい。ブルカから修道騎士の使者が来たぜ」
「わかった、すぐに行くよ」

 俺は言われて放り出していたヒモパンを探るとニシカさんを見た。

「あの……」
「ん?」
「俺の全裸姿がそんなに珍しいですかねえ? 少し前までよく見慣れた光景だったと思うんですけど、何も夜中に目を凝らしてみなくてもいいんじゃないですか」
「ば、ばっかちげぇよ。マッパならそれを早く言えっ」

 俺がからかってやるとニシカさんは慌てて丸イスを立ち上がって背を向けた。

「下の食堂に雁木マリとハーナディン、エルパコにダイソン、エレクトラだけ呼んである。他の連中は領主の屋敷を空にするわけにもいかねえので、残っているぜ」
「夜中なので騎士修道会のみなさん相手だけど、正装とはいきませんよ。ズボンにチョッキ姿でいいですかね」
「ああ、構わないんじゃねえか。オレも似たような格好だ」

 あわただしくも出来るだけ静かに身支度をした俺は、とりあえず腰に剣だけ帯びて廊下に出た。
 果たしてニシカさんも、いつものブラウス姿にサンダル履きという格好で、おおよそ外に出るような装備ではなかった。
 ただし俺と同じ様に腰に山刀だけは装備している。
 ニシカさんは床に置いていた燭台を拾い上げると、無言で俺に付いてこいとアゴをしゃくった。

「修道騎士の使いというと、連中の先発隊が到着したんですかね」
「いや、使者というのは武装飛脚だったぜ」
「武装飛脚?」
「そうさ。お前の話だと近頃は魔法の伝書鳩を狙った鷹匠が街道の界隈にいるって話だろ。たぶんそれを警戒して武装飛脚を仕立てたんだろうな」

 階段を下りながら先を行くニシカさんが説明してくれる。
 確かにツダ村を発ってブルカとゴルゴライにわかれる三叉路で、ハーナディンがそれらしき伝書鳩の死骸を発見した事があったな。

「するとその事を警戒してか。ふむ、村長さまとッヨイさまには声をかけていないんですか?」
「それを判断するのはお前の役目だろうよ。何てったってふたつの領地を治めるお貴族さまの旦那さんだろう。まあ、必要があると判断したらそうしてくれ、ガンギマリーのやつは必要ないんじゃないかと言っていたけどね」
「なるほど、まあ話を聞いてからか」

 階下にやってくるとその先が直ぐにも食堂だ。
 夜中にもかかわらず、ずいぶんと明るくしたその場所には仲間たちが集まっていた。
 サルワタの開拓村の生活に慣れていると、夜中にこれだけ煌々と照らされた室内というのはちょっと贅沢すぎやしないかと思ってしまうものだが、ここは宿屋である。
 お客さんが夜に往来する事もままあるのか、それともこの宿屋が儲かっているのか。
 そんな事を考えていると、夜になってテーブルを部屋の隅に片づけて広くなった中央に大きなたらいが置かれていた。
 たらいを囲む様に人数分のイスが用意されている。

 何だこれは?
 と、一瞬だけそのたらいに意識が向いてしまったけれど、まずは挨拶を済ませる方が先だ。

「夜分お疲れ様です! 騎士修道会の総長さまより、文を預かってまいりました」

 この寝苦しい夜中というのに、フードを目深に被って鉄革合板の鎧姿をした小柄な人間が俺に声をかけてくれた。
 声音からすると少女だろうか、いや声変りが終わっていない少年という感じがした。
 小柄なその人間がフードを脱ぎ取ると、確かに女の子の様な優顔をしたゴブリン系男子の面が出てくる。いや、いかにもヒト族っぽい顔をしているので、ゴブリンではない。ゴブリンハーフかな?

「俺はサルワタの騎士、シューターだ」
「武装飛脚のエースです。お会いできて光栄です!」

 握手を求められて、俺は求めれるままそれに応じた。
 ゴブリンハーフの武装飛脚、エースくんか。耳がとんがっているところを見ると、アレクサンドロシアちゃんと同じ様なゴブリンの混血という事で間違いないだろう。
 身長はッヨイさまよりは頭ひとつぶん高いというところを見ると、やはり声変り前の少年といったところだろうか。

「彼は流しの武装飛脚だそうよ。今回、騎士修道会総長(カーネルクリーフ)から直接文を預かってきたという話ね」

 雁木マリが小さな桶を抱きながら俺に説明をしてくれる。
 見れば桶の中に大小の氷がたっぷりと入っていて、それを水を張った大きなたらいの中に贅沢にも流し込んだ。

「はい、カーネルクリーフ猊下よりお預かりした書簡はこちらになります」
「ああそう。どれどれ拝見……」

 エースくんは背中に背負っていた筒を前に持ってくると、中身を開けて巻物を取り出す。
 蝋印で封されたそれを見ると、チラリと雁木マリに確認を求めた。
 無言でうなずいて見せるマリの態度からすると、間違いなくカーネルクリーフのものという事でいいのかな?

「立ち話もなんだから、みんな座って。暑いからこれぐらいの贅沢は許されると思うのよね」
「ありがとうございます! ずっとこの装備で昼夜駆けて来たので、暑くって。失礼しますね」

 雁木マリの言葉にエレクトラやダイソンがまず遠慮なく氷の満たされたたらいに素足になって足を突っ込んだ。
 お礼の言葉を口にしたエースくんはと言うと、よいしょよいしょと鉄革合板の鎧を脱ぎだす。
 わたわたと苦戦しているみたいだったから隣にいたエルパコが手伝っていた。

「おお、つめてぇな! 最高だぜおい」
「ダイソンはちょっと静かにしなさい。みんな寝ているんだよ」

 物珍し気にダイソンが喜んで、エレクトラがそれをたしなめる。しかしエレクトラも見かけによらず、足を入れると「ひゃん」などとかわいらしい悲鳴を上げていた。
 俺はニシカさんと顔を突き合わせて、蝋印をはぎ取ると羊皮紙の巻物を広げて見せた。

「おい、向うは何と言ってきているんだ?」
「すいません、読めません……」

 残念ながら俺が読めるこの世界の文字は自分の名前ぐらいのものだ。
 後は宿屋と冒険者ギルドという単語だけである。
 とても悲しい気分になった俺は、しょうがないので恥を忍んで婚約者に書簡を渡した。

「文字もまともに読めないの? いったいお前はこの世界に来てから何を勉強していたのかしら」
「すまん。悪かったな」
「ふ、ふん。いい機会だから、この道中にみっちり読み書きを仕込んでやるから覚悟なさいッ」

 ぶつぶつと文句を言いながらも、雁木マリは巻物を広げて素早く視線を走らせた。
 普通に猟師をやっていたり、奴隷身分でようじょの下働きをしているだけならば文字は必要ない。
 けれどもこれから、騎士の真似事をしながら外交使節の一員をするとなれば、やっぱり読み書きは出来ないとまずいよなあ。
 女村長は妻たちに任せておけと言っていたが、やはりマリに頭を下げて多少は読める様になっていたほうがいいかも。

「総長がね、オーガ襲撃事件の調査という名目で騎士隊を送り出したと書いているわ」
「人数と到着時刻はいつですか」

 雁木マリの言葉に隣のハーナディンが質問する。
 彼だけはどういうわけか、修道騎士の正装ともいうべき灰色の法衣を纏ったままで、その下にも鉄革合板の鎧をきっちり着込こんでいた。
 元猟師というのに、そのあたりはキッチリした性格のもんだ。
 同じ元猟師である俺は半裸にズボン、チョッキ姿という格好である。ニシカさんは俗に裸ワイシャツという格好だ。元いた世界ではきっとエロエロなはずだが、この世界ではヒモパンで羞恥の差が決まっちゃうので誰も気にしていない。

「派遣部隊の人数は約四〇名、修道騎士が十名にその他要員三〇名を予定しているらしいわ。同時刻に出発するとブルカ辺境伯に怪しまれる事を考えて、早朝に騎士小隊が出発して、残りは後日。このぶんだと騎士小隊の到着は本日未明っていうところかしら」
「ずいぶんと早くに動いたんだな」

 雁木マリの言葉にうなずきながら俺が思った事を口にした。
 昨日の今日で手回しがいいのはありがたいが、大きな組織というのはもう少し動きが鈍いものだと思っていた。

「ああそれは、婿殿のご命令でナメルシュタイナーの指名手配を出したでしょう。逃げおおせた熊面の跡取りが、ブルカ伯に取り入ってゴルゴライの領有権を主張された時の事を考えて手を打ったのでしょう」
「この、その他要員というのは騎士修道会の従士よ」
「従士?」

 ハーナディンと雁木マリが口々にそう言ったので質問をしておいた。

「軍事訓練を受けた修道会の戦士って事。たぶん、イディオが引き連れてくるんだわ。修道騎士の調査隊については、あたしかシューターの命令に従う事を指示してあるって書いてあるわね」
「マリか俺の命令に従えって事?」
「そうね。もともとオーガ出没事件の調査なんて、理由はミノタウロスが連中を大量解雇したからってわかりきってるんだから、そんな事を調べる必要はないもの。だから自由に騎士隊を使ってサルワタなりゴルゴライなりの守備に付けていいって事なのよ」

 なるほどな。
 だったら有効活用させてもらうとするか。
 とにかく兵隊の数がまともにいない辺境の所領地の事を考えたら、軍事訓練を受けた騎士修道会の人間が仲間に加わるのはありがたい。
 そのところを思案していると、ハーナディンさんが口を開いた。

「修道騎士の仲間は、ドロシア卿と一緒に村に向かってもらうのがいいとして。従士隊は、このままゴルゴライに残ってもらうのがいいんじゃないですかね」
「それは構わないけど、ここに従士を残すわけは?」
「兵士の数が不足しているからな。いざナメルシュタイナーがひょっこり現れて奪い返しにこられた時の事を考えると、戦力は残しておいた方がいいと思うんですよ。婿殿はいかが思われますか?」

 見識を披露してくれたハーナディンに俺は感心した。

「なるほど、なるほどな。マリに異存が無ければ、それでいこう」
「わかったわ、その旨これから書簡の返信をしたためましょう。ドロシア卿には明日の朝に説明しなくちゃいけないわね」

 じゃぶじゃぶと氷のたらいから足を引き抜いた雁木マリは、メガネを押し上げながら納得した。
 会話の端々で俺に確認を取ってくるマリの姿に、なるほど俺を尊重してくれてるんだな、なんて思ったりしたが、きっとその事を口にしたらマリは激昂するに違いない。
 べっ別にあたしはあんたが婚約者だからって嬉しいわけじゃないんだからねッ。

「?」
「マリはいい女だぜ」
「何を言い出すのよ突然?!」

 俺が思ったことを口にすると、マリは顔を真っ赤にして拳を握りしめた。
 恥ずかしがるなよ俺たち夫婦になるんだろ、とか脳裏によぎった直後には、その拳でわりと本気のボディーブローを喰らってしまった。

「はぶらっ、何するんだよおい!」
「みんなの前でおかしなことを言うからよ。返信書簡の用意をするわッ」

 マリは書簡の巻物を小脇に抱えながら手ぬぐいで足を拭くと、サンダルに足を引っ掛けてパタパタと逃げ出した。
 雁木マリの恥ずかしがりは、ちょっとばかり情熱的すぎやしませんかねえ。
 視界の端でニシカさんがニヤニヤといやらしい顔をしていたけれど、見なかった事にする。

 その時である。
 ふと雁木マリが走っていった先から「あらッヨイ、起きたの?」なんてマリの声がしたので俺とハーナディンは意識がそちらに向かった。
 さすがにニシカさんは前々から気づいていたらしく、ひとの悪いニヤけ面を引っ込めた後は、今さらどうでもいいのか氷のたらいの水を足先で混ぜ返すのに熱心だった。

「どれぇたちは、夜中に何をやっているのですかぁ……」

 シーツを引っ張りながら床をゆらゆら歩いてきたようじょが、眼をこすりこすり俺たちを見ている。
 次の瞬間。先ほどまでやっきになって鉄革合板の鎧をぬいでいまエースくんが、ガシャンとその防弾チョッキ状の鎧を手から取りこぼしてしまったのである。

「あなたが神か!」

 何を言っているんだエースくん。
 彼はようじょをひと眼見ると、そんな意味不明な事を口から吐き出した。

「いいえ、ッヨイはようじょだよ?」


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