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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第4章 アレクサンドロシアの野望

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113 ゴルゴライの新たな支配者


「ゴルゴライの村と周辺の集落は、このサルワタ騎士爵アレクサンドロシア・ジュメェが掌握した!」

 領主館の広間に立ったアレクサンドロシアちゃんは、降伏した兵士と屋敷の使用人たちを前に強くそう宣言した。
 戦の勝ち負けは兵家の常なんて言葉があるが、この世界でも同じなんだろうかね。
 両脇に野牛の兵士たちを従えたドレス姿の女村長は、いかにも外からやって来た支配者としての役割を見事にこなしていた。
 平伏した兵士や使用人たちも、ハメルシュタイナーの発議によってフェーデが行われていたことは知っているし、この屋敷を掌握する時に雁木マリが領主の首を持ち込んだので事実を受け入れるしかなかったのだろう。

「ゴルゴライの領主ハメルシュタイナー準男爵は、わらわたちとの間で行われたフェーデの最中に命を落とした。現在この村には領主ハメルシュタイナーに代わる統治者は不在である。よって、」

 女村長の言葉に呼応して、熊面領主の生首を手に引き下げていた雁木マリが衆人の前にそれを放り出した。
 元はただの女子高生だった雁木マリだが、このファンタジー世界に染まってしまったのか今は平然とした顔をしていた。
 少しは巨大な猿人間を目の前にした時のトラウマの記憶が収まったのだろうが、婚約者がこれほど勇ましいというのは男として複雑な気分である。

「以後このゴルゴライ領をアレクサンドロシアが国王陛下に代わりお預かりする! 不服のあるものは前に出よ。容赦いたすゆえ、立ち去るがよい」

 アレクサンドロシアちゃんが館内を睥睨すると、萎縮しているのか無言の兵士と使用人たちは今いち度頭を垂れて恭順の姿勢を見せた。
 まあ領主の生首を見せられれば、誰だって大人しくなるってもんだ。

「あのう、わたしたちはどうなってしまうのでしょうか……?」
「今後わらわに逆らわないというのであれば、命まで奪うという事はない。今までと同じようにこの館に仕え、わらわの代理人に従うがよいだろうの」

 ハハァとばかり土下座した旧ハメルシュタイナーの配下たちにまじって、ついいつもの癖で俺まで一緒に平伏しそうになってしまった。
 カサンドラとようじょに止められなかったらやばかったね。

     ◆

 そうして一旦はこの領内を制圧完了した俺たちであるが、なかなか思った様に事がすべて順調に運んだわけではなかったのである。
 厩と鳩舎を抑えたことで、ブルカに向けて連絡を飛ばす人間は現れなかったけれども、やはりナメルシュタイナーの所在は把握出来ないままであったのだ。
 だから馬を飛ばして偵察に出た修道騎士ハーナディンが戻ってくると、すぐにもようじょとともに、旧領主の応接室に集まって善後策を対応した。

「かなり遠方まで馬を飛ばしてみたんですけどね。街道沿いには行商人はおろか、農民の影すら見当たりませんでしたよ」
「そうでしたか。とするとヤツはいったい何処に逃げたんだろうな」
「可能性があるのは、まだこの村に残っていて息を潜めている事なのです」
「この村にですか、ふむ」

 ようじょの言葉に俺は考え込む。
 女村長は雁木マリやカラメルネーゼさんたちや野牛の兵士たちとともに、村の幹部たちを相手に今後の統治方針について指示を飛ばしているはずだ。
 そういう表の顔は婚約者のみなさんに任せて、俺たちは裏方の実務をこなしていかなけれなばならない。領地経営の事はお貴族さまに任せておくに限るからな。

「今、引き続きニシカさんとエルパコが、村の人間の協力も得ながら山狩りをやっています。けど今のところは何の進捗もなしだ。ッヨイさまが言う通り、ここはヤツらの本拠地だからな……協力者が密かにデブに手を貸していてもおかしくはない」
「そうなのです。協力者がいた場合は、いくらでもおデブシュタイナーが隠れる場所はあるのです!」
「となると、やっかいですね。まさか僕たちがこれから統治しようという領内で、村人を見せしめに脅迫して従わせるみたいなのは論外だ」

 俺とようじょにハーナディンが顔を寄せ合って苦悩した。
 まったく成果なしではあるが、これ以上事を荒立てるというわけにもいかない。しかもハーナディンが言う様に、村人を見せしめにして恐怖政治よろしく密告を期待するというのは、新たな統治者のやり口としては最低の方法だろう。

「というか、騎士修道会ではそういう方法を使う事もあるのですかね……」
「逆ですよ逆。教化が行き届いていない地域では、女神様の信者をあぶりだすのにその土地の支配者がそういう方法で僕ら信徒を炙り出すんです」

 どうやら恐ろしい方法も実際にこのファンタジー世界で行われている様である。
 一種の隠れキリシタンに対する踏み絵の様なものだろうか。

「けれどもですどれぇ。フェーデが終了してから半日も村の周辺を探し回って見つからないという事は、すでにッヨイたちの側から逃げたという可能性もあるのです」
「すいません。僕の見落としがあったかもしれない……」
「いやいや。あいつは村の猟師や冒険者たちとモンスター狩りをやっていた様なヤツらしいですから、森に逃げたという線もありますからね」

 謝罪する修道騎士ハーナディンに気を使いながらねぎらいの言葉をかけたものの、俺たちとしてみればあまり望ましい結果ではない。

「ふたりとも。村長さまはああは言っていたけれど、あのデブを逃がした事による俺たちのデメリットは何か考えられるか?」
「うーん、そうですねぇ。のちのちになって出てきて、ゴルゴライの領有権を主張される可能性があるのです。ただし今この場でその事を主張しないのであれば、普通は誰にも相手にされません。ただ、」

 賢くもようじょが首をひねりながら、魔導書を抱きしめつつ言葉をつづけた。

「その事を利用してドロシアねぇさまを追い詰める道具にする人間がひとりいます」
「あー、ブルカ辺境伯ですね。彼は確かにこのゴルゴライ領主と親交もあった様ですから、アレクサンドロシア卿の足場を切り崩すのにそういう主張をするかもしれない」

 やはりその線は考えられるよなあ。
 ッヨイさまの言葉に首肯しながら言葉を引き取ったハーナディンを見ながら俺も考えを巡らせた。

「ただし、国法に従えば領土争いによって結果的に支配者が入れ替わったからと言って、その場で申し出をしなければ無効化されるというのは本当の話ですよ。少なくともアレクサンドロシア卿がこの触れを周囲に出して、ひと月以内に名乗り出ないようであればこれは事実上の相続放棄だ」

 聞けば、そうしなければ後出しでいくらでも親戚筋を引っ張ってきて、領有権を主張する事が出来てしまうからという事らしい。
 貴族や領主ともなれば血縁による同盟関係を作るのが当たり前だし、俺だってそれによってタンヌダルクちゃんだけでなく、雁木マリや女村長とまで結婚するのだからね。
 婚姻関係のある別の領主が出てきて事態が複雑化しない様に、国法で期限が明示されているというわけか。

「なので、僕たちはナメルシュタイナーだけに気を使っていればいいんですよ。何しろハメルシュタイナー卿は正妻がおられなかったわけだし、ふたりの息子はどちらも下女に産ませた子供で、貴族のつながりもない」
「メリットでもあり、デメリットでもあると」
「それに実効支配をしているのは僕たちなので、これを奪い取ろうと思えば実力行使しかない」
「つまり戦争というわけだな。そうなるとますますナメルシュタイナーが頼る相手はブルカ辺境伯しかいないという構図になるのか……」
「その通りなのです! サルワタ領もゴルゴライ領も、見た通り現状では大した兵士はいませんからね。近くの領主を頼ったところで軍事力は期待できないでしょうし、血縁もそもそも希薄でしょう」

 見張っていればいい場所が一本化出来るというのは、案外ありがたいのかもしれない。
 ハーナディンが意外な知識を披露してくれた事で、俺はメリットとメリットをしっかりと把握できた。
 そしてッヨイさまマジ軍師だわ。

「ハーナディンさん」
「?」

 となれば、やる事はひとつだ。
 無駄になるかもしれないが、聖堂会のネットワークを使って監視体制を作るのは必要かもしれない。

「あんたは確か猟師の出身と言ったと思うけれど、それは本土ですかね。それともブルカですかね」
「本土の王都にほど近い土地ですね。残念ながらこの辺りに土地勘はないなあ、申し訳ない」
「いや、それならひとを使えばいい。この村からブルカまでに点在している村々の教会堂に連絡をかけてください。無一文で逃げ出したとなればどこかで引っかかるかもしれないし、目撃情報があれば騎士修道会に待ち伏せしてもらうという手もある」
「なるほど! わかりました、ではさっそく!」

 俺の提案を快諾してくださった修道騎士ハーナディンは「さすが婿殿は女神様がお遣わしになった聖使徒さまだ」などとブツブツいいながら、応接室を飛び出していった。

 残された俺は執務机に広げられている領内の地図に視線を落とす。
 新たにアレクサンドロシアちゃんの領地として加わった土地は広い。
 すぐにもサルワタに飛ばした魔法の伝書鳩によってギムルと野牛の兵士が駆けつけるだろうけれど、それまでにこの領内をどれだけ掌握できるだろうかな。
 そんな風にソファに座って地図と睨めっこをしていると、ようじょが俺の膝にやって来て腰を落ち着けた。

「えへへ」
「ッヨイさまはかわいいなあ」
「そうですか? カサンドラねえさまよりも?」
「うーん、どっちもかわいい。でもッヨイさまはようじょかわいい!」

 意味不明な事を言いながら抱きしめて差し上げると、猫みたいにようじょが喉を鳴らして喜んだ。

「どれぇはもうどれぇじゃなくなりましたが、立派な騎士さまになったのです」
「そうですか? 俺なんかまだまだですよ。今回も色々とお知恵を授けていただき、助かりました」

 賢くもようじょさまの知恵なくば、何事もままならないというのは恥ずかしい限りである。
 俺もアレクサンロシアちゃんの良き伴侶、良き補佐役としてしっかり成長せんといかんなあ。
 そうこうしていると応接室の扉を叩く音がする。

「コンコン、失礼します」
「はいどうぞ!」

 ノック音がしてようじょが膝から飛び降りると、声をかけながそちらに向かった。
 扉の向こうから現れたのは使用人の女だった。
 このファンタジー世界の女性はジンターネンさんを除けばみなさん見眼麗しい事しきりであるけれど、使用人の女の子もまたなかなかの美人さんである。
 齢はたぶんアレクサンドロシアちゃんより少し上と言ったところだから、たぶん俺とそう変わらないだろうか。
 そんな事を考えていると、下女のお姉さんが覇気のまるでない声音で口を開く。

「……あのう。新しい領主さまの奥様が、お食事の用意が出来たので、旦那さま妹さまにも集まる様にと仰っています……」

 旦那さまというのはたぶん俺の事だろう。
 妹さまというのも、ようじょの事を自分の年の離れた妹だと紹介していたのでこれで間違いない。
 問題は俺は奥さんが一杯いるひとだと完全に思われている事だ。
 カサンドラにアレクサンドロシアちゃん、雁木マリにこの場にはいないエルパコ。
 どんだけ奥さんを連れてうろついてる男なんだって思われているに違いない。

「そ、そうでしたか。では部下たちが戻り次第、すぐに向かうとお伝えください。ッヨイさまニシカさんとエルパコが戻ったら行きましょうか」
「はいどれぇ!」
「…………」
「ん、どうしましたか?」

 この時に俺は気が付くべきだった。
 もそもそとうつむき加減でそう告げた年増のお姉さんの見眼麗しさとその胸の豊かさに眼を奪われて、大切な事を見落としていたのだ。
 彼女は後ろに手を組んだ不自然な格好で頭を下げると、立ち上がって近付く俺を待たずに行動に出たのだ。

 組んだ手を前に出したところ、果たしてその手には懐剣が握られていた。
 鞘の抜かれたその剣を腰だめにすると、一瞬だけ近づく俺かようじょのどちらを向くのか躊躇した後に勢い駆けだしたのである。

「息子を返して! この人殺し!」

 その懐剣を握った下女は、ッヨイさま目がけて一目散にぶつかろうとする。
 小さなようじょは驚いた顔をしたけれど、咄嗟の事で魔法を発動させることも間に合わない。
 俺は、俺はその光景を目撃した瞬間に、間に割って入ろうと必死に駆け出した。
 ポーションの効果がわずかでも残っていたのだろうか、壁にかけられていた宝剣をひとつ奪い取ると鞘走りさせ、ほとんど体当たりするように下女に斬りかかった。

 懐剣を握る女の両の手を斬り飛ばし、そのまま押し転がすと俺の手は無意識に下女の胸に剣を振り下ろしていた。

「ッヨイさま?!」
「大丈夫ですどれぇ。切っ先がお腹に少しだけ、刺さっただけです……」
「おい誰かいるか、雁木マリを呼んで来い!!」

 俺は宝剣を放り出すと、屋敷中に響く様に怒声を上げて叫んだ。
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