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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第4章 アレクサンドロシアの野望

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103 一抹の不安を俺は覚えた

「それじゃあ、少しの間じっとしていてくれるかしら?」

 艶のあるカラメルネーゼさんの言葉に少しドキドキしながら、俺は心の内にある疑問を投げかけた。
 内心不安でいっぱいである。聞けることは聞いておかないと……

「い、痛くないですよね?」
「あら、はじめての時も痛くなかったはずですわ」
「……ほ、ほんの最初の瞬間だけはやはり痛かった様な」
「なら最初だけ我慢すればいいのですわ。男の子でしょう?」

     ◆

 俺は今、これから起こるであろう痛みに恐怖していたのだ。
 やることは簡単である。
 奴隷解放。
 挑発的な視線を俺に送りながら、カラメルネーゼさんが俺のへそピアスに指をかけ、引っ張って見せる。
 これからこおへそリングを取り除くことで、体的にも奴隷の特徴を無くそうというわけである。
 すでにニシカさんがようじょ取り交わした際の奴隷契約書は、カラメルネーゼさんによって破棄された後だった。

 奴隷が装着するヘソピアスには、取り外しが効かない様に完全に繋ぎ目が溶接でつぶされていた。
 簡単に外れてしまう様では脱走される可能性があるからなのだとか。
 なのでいったんピアスを通してしまった後に繋ぎ目ぶぶんを熱で溶かしてしまうという荒業をするのだ。
 ついでにその際に火傷をするのが、この奴隷化施術の恐ろしいところである。

 もうこれは便宜的な帳尻合わせにすぎないのだけれど、村長の強制執行権でニシカさんから奴隷の権利を取り上げたという書類と、それを開放する書類というのも、署名入りで作成されていた。
 ニシカさんから権利を取り上げるのはこれは領主なのか村長なのかの権限で可能なものなので、ニシカさんの署名捺印はいらないから助かった。
 もし不可能でも、もともとこのカラメルネーゼさんは必要ならゴルゴライまで、あるいはサルワタの森の開拓村まで遠出をするつもりがあったらしい。

「聞けばアレクサンドロシアがやる気になったというではないですか。騎士見習いの同期としては、可能な範囲でお手伝い出来ればと思っているのですわ」

 そうやって俺と女村長の顔を見比べながら言ったわけである。
 しかしヘソピアスは、ピアッサーなんて便利なものを使って明けたわけではないので、どうするのかとビビっていたのである。
 あの時は強制的にピアスをはめ込んだ後に、強制的に聖なる癒しの魔法で傷を修復したのだ。
 ちなみにその魔法を使ったのは、あの名前の長い魔法使いだった。
 聖職者ではなくても使えるという事に当時驚いたものだが、効果は助祭マテルドが行ったような高度なものではなく単なる止血である。

「それじゃ、いきますわね。ほら力を抜いて……」
「っく」
「そんなに筋肉に力を入れたんじゃ、かえって痛いですわよ?」
「しかし、ですね」
「ほうら、わたしが優しくマッサージをしてさしあげますわ」

 肌を露出した俺の上半身を、つつつと片方の指で撫でる。
 筋肉の発達した場所に沿って、いくつもある触手の何本かが伝う。
 こ、これは正直なんだか別の気分になってしまうね!

 などと一瞬の油断をした瞬間、

「ッつが!」

 走り出した触手によって俺の四肢が拘束され、熱したニッパーの様なものでパチリとこれを切断されてしまう。
 続けて、あれよあれよという間にへそピアスは引き抜かれてしまった。
 油断である。へその周辺というのは人間が想像するよりもずっと皮膚が敏感で痛みに弱いんだね。

「お、お兄ちゃん大丈夫かっ?!」
「ちょっと痛かったけど、大丈夫です……」
「おいカラメルネーゼ、おっお兄ちゃんはこれから結婚を控えている大事な身の上なんだぞ。傷物になったりしたらどうするんだ」

 いや、そこまで騒ぐほどは痛くなかった。

「ほら、痛くなかったでしょう?」

 だけど強引な手法で引き抜こうとしたカラメルネーゼさんには、ちゃんと抗議しておかないといけない。
 俺に続く犠牲者を出さないためにも!

「痛かったですよ!」
「大丈夫ですは、傷口はすぐに塞がりますわ」

 何が大丈夫なのかわからないけれど、清潔な布に湿らせた消毒薬品で何度もへその周りを清めて、その後に何かの薬草を揉んだものがガーゼとともに押し当てられる。
 雁木マリなら聖なる癒しの魔法を使うかポーションで一瞬にして治すところなのだろう。
 けれども修道騎士ではなく、ただの騎士であるカラメルネーゼさんはごく一般的な処置をしてくれるだけだった。

 さすが元いた世界の暗黒時代、中世ファンタジーなノリだぜ……

     ◆

 こうして俺は晴れて奴隷解放された。
 ヘソのあたりに今もピアスがあったころの名残か違和感が残り続けていたけれども、それもしばらくすればなくなるらしい。

「それじゃ、後の事は若いおふたりにお任せするとして、お邪魔虫のわたくしはこれで失礼させていただきますわ」

 などと口にしたカラメルネーゼさんは、妖艶な微笑を唇にたたえて女村長の寝所を退出していった。
 呆れた顔をした女村長は「同期のくせに、まったくカラメルネーゼは」などと悪態をこぼしていたけれど、顔は真っ赤である。

「しばらく安静にせよという事だったが、大丈夫かお兄ちゃん」
「まあ、別に手術をしたわけではないですしね。そのうちに雁木マリが帰ってくるでしょうから、聖なる癒しの魔法で処置してもらいますよ」
「そうだな。聖少女どのに見てもらうといい……」

 そう言ったきり、俺たちの間で会話は無くなってしまった。
 どうしたもんかね。俺たちもういい齢なんだからもう少し大人の人間関係というか、会話の間持たせぐらい出来てもいいものなんだがな……
 しかもどちらも結婚経験者である。

 安楽イスに腰を落ち着けた女村長は、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
 俺はというと、施術が終わってからそのままベッドにいたので、そのまま上半身裸のままあぐらをかいていた。
 真夏の盛りという事もあって、久しぶりに上半身裸になっていてもちょうどいいぐらいだった。
 そんな馬鹿なことを考えていると、ふとこちらに視線を向けてきたアレクサンドロシアちゃんがポツリと言葉を吐いた。

「とうとうお兄ちゃんはわらわのものではなくなってしまったの」
「……何を言い出すかと思えば。こっこれから結婚すれば、また俺はアレクサンドロシアちゃんのものになりますよ」
「そうではないぞ、お兄ちゃん。こういう言葉はあまり使いたくはないが、シューターはわらわからカサンドラに与えた夫である。であるならば、今のシューターは何を持ってもカサンドラのものであると言えるのだ」

 何やらよくわからない理屈を口にして立ち上がったアレクサンドロシアちゃんは、ゆっくりとこちらへと近づいてくる。

「支配者というものは勝手だの」
「どうした、またやぶからぼうに」
「わらわの都合でカサンドラにお前を押し付け、今度は必要になったからと言ってカサンドラから取り上げる様な命令を出さねばならぬ」
「これも世の中が世知辛いからですねえ。けど、アレクサンドロシアちゃんとの結婚、俺は嫌じゃないですよ?」

 女村長は事ある度に自分の事を「こんな大年増の女」と卑下しているけれども、彼女には若い娘には出せない大人の魅力がムンムンである。

「本当にそう思っているのか? わらわはまだ女として、お兄ちゃんの奥さんが務まるかの」
「大丈夫だ、問題ないさ」

 このファンタジー世界の女性がよく着こなしている首周りをゆったりと広く取ったその服装は、ただの女が着ているのではまるで魅力が感じられない。
 してみると、アレクサンドロシアちゃんは見る者から自分がどの様に映っているのかを、まるで計算したようなファッションセンスなのである。
 もしかすると本人はそういうつもりではなく、まだまだ自分は若い女なのだと言いたいがためにその服のチョイスだったのかもしれない。
 まあ聞くのはヤボというものなので、俺の心の中だけで感想をしまい込んでおこう。

 そんな風に思っていると、俺の少し離れたところにいち度は腰を下ろしたアレクサンドロシアちゃんが、気恥ずかしそうにすすと、腰を近づけてくる。

「ならばせめて。お兄ちゃんの御身をカサンドラに返すまで、独占してもよいかの」
「そうですね。俺でよければ……」

 この齢になってこんな気恥ずかしい会話をしたものだから、アレクサンドロシアちゃんの頬は先ほどにもまして朱色に染まり上がって、かわいらしかった。
 まだ昼間だけど、いいよね。
 暑さから板窓を全開にしたのだけれど、閉めた方がいいだろうか。

 チラリと見やった瞬間、こういう時に限ってけもみみあたりが護衛任務と称して覗き見していそうな気がしないでもなかったけれど、その姿も気配も感じられなかった。
 もしかすると少し離れたところで聞き耳を立てているかもしれないなどと、いちいち気にしている様ではいけないからな。
 お楽しみタイムの間はしっかりお楽しみに集中しましょう!

「まだ夜には早いぞお兄ちゃん」
「人払いの命令はまだしたまんまだろう? じゃあ大丈夫だ」
「う、うぬ……」

 俺はゆっくりとアレクサンドロシアちゃんの腰に手を回し、やさしく押し倒した。

     ◆

 正装のドレス姿から少し簡易的な服装に着替えた女村長と、これからの事を話している時の事だった。

「ひとまず騎士修道会との協定については交わす事が出来たけど、あれって詐欺みたいな手法だったんじゃないんですかねえ」
「何か問題があったか?」
「だってほら、アレクサンドロシアちゃんと俺、俺と雁木マリの結婚という形で両者の婚姻関係を形成する同盟だったわけじゃないですか」
「確かにそうだの」
「してみるとですよ。ギムルさまを結婚させてアレクサンドロシアちゃんが引退、爵位を移譲するという事になれば、騎士修道会とギムルさまには直接の関係が無くなってしまうんですよ」

 俺は協定の内容を詰めている間には特に気づかなかったけれど、後々になって問題になるんじゃないかと思ったことを口にした。
 せっかくの協定関係が成立しても、それでは詐欺めいた手法だと罵倒されやしないかと思ったのだ。

「それについては慎重を期さねばなるまいさ。まずはわらわとシューターが結婚をする事。それからガンギマリーどのとお兄ちゃんの婚約。ここまでをやっておいて、ギムルには早いところ結婚をさせる」

 まあわらわがお兄ちゃんと結婚すれば、義息子も腹を決めるであろう。と口元を緩めてアレクサンドロシアちゃんが言った。

「問題はどのタイミングで後継者指名をして爵位を譲るかという事であるな。わらわとしては、この程度の手法は王都の貴族たちの間ではよく見られるものでな、特段気にするような事でも無いと思っているのだが」
「けれど、対ブルカ伯協調のためには慎重を期した方がいいですよ」
「それならば、お兄ちゃんと聖少女どのが結婚をした後、ただちに爵位を移譲する他はないな」

 俺が元いた世界では、この種のせこい了承の取り方はビジネスの世界でも多用される。
 むかし俺はWEBマーケティングを専門とする会社でバイトしていた事があった話は、以前にも振り返ったことがあった。
 その会社ではよくWEBアプリなどを使ったデータバンクビジネスをセールスアピールに使っていたのだが、そういう場合に利用規約を利用者にチェックさせて、同意をとる方法を徹底していた。
 後で利用者がその事で不具合が発生した時に、文句をいってきても「でもあなたは利用規約に同意したでしょう?」と言えるようにするためである。
 いわゆるパーミッションを取るというやつだが、これは利用者からすれば合法でも詐欺みたいな手法ではある。

「何か騎士修道会から文句を言われた時はどうします」
「その時は、わらわが義息子に爵位を譲る事で、この同盟関係は次代にも続くという意思表示を世間に示したのだと説明すればよい」

 女村長は澄まし顔でしれっとそう言ってのけた。
 確かに、どんな契約書でも見落としがあった際の問題は、了承した側になるのだが……

「本当に大丈夫ですかねえ」
「ま、まさかお兄ちゃんは、わらわとお兄ちゃんとの間に生まれた子に、サルワタを継がせたいと思っているのか?」
「いや、そういう事は考えたこともないですけども」
「ならばいいではないか。この話はこれで終わりだ。カーネルクリーフどのにはその件、口頭でも触れておったゆえに安心いたせ」
「だといいのですが……」

 これ以上は話を抗弁するのもどうかと思い、少し俺は心の中で首を捻りながらもすごすごと引き下がることにした。
 まあ、このファンタジー世界の政治家・支配者であるアレクサンドロシアちゃんが言うのだから、大丈夫なのだろう。

 大きく開けた背中を見せている女村長の背中を眺めていると、ふと寝所に近づいてくる気配を感じた。
 近頃はこのファンタジー世界にもこの体が馴染みつつあるのだろうか、ずっと以前の元いた世界では考えられないほど、俺もちょっとしたタイミングで気配を察知出来るようになってきた気がする。
 まあもちろんニシカさんやッワクワクゴロさん、エルパコほどその精度が高いわけじゃないんだけれどな。
 そんな風に思っていると、少し足早にカツカツとブーツの底を鳴らす音が床を近づいてきて、いよいよ寝所の扉の前で止まった。

 数は複数。どうやら四、五人ぐらいらしい。
 コンコンと扉を開く音は少し忙しなげで、何かあまりよくない知らせを俺たちに知らせに来たような予感がするじゃないか。
 俺と女村長は互いに顔を見合わせた。
 ドレスの身だしなみを改めてから、女村長が声を上げる。

「よい、入れ……」

 ギイバタン。
 許可を得たところで、護衛のエレクトラを筆頭に雁木マリ、エルパコ、そして騎士修道会総長の護衛のひとりとしてこのツダ村にやって来た、もと猟師だという修道騎士の姿があった。
 おや? 確か名前はハーナディンだったか……

「お、お休みのところを失礼します。人払い中にもかかわらず……」
「構わないさ」
「コホン。では火急の用事なので遠慮なく報告させてもらうわ」

 申し訳なさそうにエレクトラがそういったが、あっさりと女村長が手を振って返事をした。
 そうしていながら、部屋の空気に漂う空気を敏感に察したらしい雁木マリが、胡乱げに周囲を見回した後に俺たちの前に来た。
 乱れたシーツへ一瞥をくれるマリさんの目線怖い!

「ブルカからツダ村に戻る途中の事だけど、こんなものが街道の脇で見つかったわ……」

 内心に何を言われるのかと冷や冷やしていたのだけれども、どうやらそんな事に意識を回している場合ではないらしい。
 真剣そのものという表情で、マリが女村長と俺を見比べた後に、修道騎士ハーナディンを見やった。
 ハーナディンの手には羽毛のささくれだった、あわれな姿のカワラバトが握られていた。

「アレクサンドロシア卿、これをご覧ください」
「何だこれは……?」
「ご想像の通り、魔法の伝書鳩の亡骸です。脚に括り付けてあった文筒が強引に外されています」

 俺とアレクサンドロシアちゃんは互いに顔を見合わせて怪訝な顔をする。
 ハーナディンの口にした意味を理解するのに、少しばかりの時間がかかってしまった。
遅くなってしまいましたが、昨夜分の投稿です!
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