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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第4章 アレクサンドロシアの野望

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閑話 サルワタを統べる者 葛藤


 騎士修道会総長はわらわに対しさらに畳みかける様に語りだした。

「余たち聖職者の、騎士修道会の建前は常に一貫していると言える。辺境とその先に広がる一帯の教化と、奉仕活動である。奉仕活動には基本、医療と野盗、それからモンスターの退治が含まれている」
「……」
「あくまでも騎士修道会は辺境諸侯の政治には関わらぬことで、それら布教と奉仕の活動を辺境諸侯たちから保護されるという相互関係を保持して来た」
「…………」
「余がまだ青き一介の修道騎士に過ぎなかった頃は辺境の開拓も始まったばかりで、大身の貴族たちがオッペンハーゲンやブルカに土着を開始したころであった。その当時と言えば領主となった貴族たちの間で常に諍いが絶えず、まだ誰が国王より辺境諸卿の旗頭であるかと任命を受けてもいなかった」

 わらわはその言葉を静かに聞く。
 もちろんその内心は自分が再婚など、シューターと結婚するなど、と思考がぐるぐると回り続けていた。
 自分で納得できる形に整理する事など、そう易々と出来るものでない。

「今でこそ、その勢力というのがおおむねブルカやベストレ、オッペンハーゲンといった辺境の中心的都市にまとまったとも言えるし、その表面上はブルカを旗頭とする事で落ち着いておるがな。余たち辺境に根差す騎士修道会の立場としては、辺境の勢力が一本化されてくれるのであればこの建前論を覆す事は、何も問題を感じないと言えるだろう」
「……辺境勢力の一本化」
「左様。サルワタ騎士爵アレクサンドロシア・ジュメェ卿によって一本化されるのであれば、余らの辺境における布教を妨げるものは著しく減退すると言える。またそういう事があったとしても、そのための騎士隊であるからな」

 武装教団として成り立った騎士修道会の長らしい物言いに、わらわはぐうの音も出ぬ気持でカーネルクリーフを見返した。
 微笑を浮かべているその壮年の顔が憎たらしかった。
 きっとわらわの頬は朱に染まったまま、血の気は引いておらぬであろう。

「さて、我々の提示する条件をお飲みいただけるのであれば、余は騎士修道会の総力を挙げてサルワタの城下に聖堂を建立する事を命じ、何れ騎士修道会の拠点そのものをサルワタに移す事を考えるのであるが」
「……」
「ブルカ辺境伯は、あれはやり過ぎている。近頃は大人しくなっていたオッペンハーゲンでも、その不満に対する声が聞こえているのだよ」
「…………」
「アレクサンドロシア卿、これは貴卿が立ち上がるためにまたとない機会なのであるから、余らで縁を繋ぐ事、ご考慮なされよ」

 わらわの心は正直傾いた。
 シューターをタンヌダルクと結婚させたのは、これは政治の道具としてである。
 それは認める。
 当人たちはよろしくやっている事を既にカサンドラを介して聞いていたのだけれども、それはそれとしてやはり政治のために結ばせたことは事実であったのだ。

 そうであるならば、わらわが部下に平然と命じた事をわらわ自身が拒否するのは指導者として道理が立たぬ事も理解している。
 その一方で、少しでもカサンドラを願いたいと言う気持ちもある。
 もっと言うなれば、これまでいいところのなかった我が人生にも、幸せの春が欲しいと願う心も、やはりあるのだ。

「……ひとつお伺いしたい」
「何かしら、ドロシア卿?」
「わらわとシューターが結婚するという事の意義は理解できた。では、聖少女どのとシューターが結婚するという事は、具体的にどの様な今後の展開が考えられるのかの?」
「ええと、そうね」

 わらわの質問に応えた聖少女どのが、いたんカーネルクリーフと顔を合わせた後に少し恥ずかしい顔をしてこちらを向いた。

「し、新婚だから、あたしたちの新居を作ると言うのが筋じゃないかしら」
「新居だと?」
「そう。あなたが湖畔に建設を推し進めていたお城の事、すでに総長たちにも話しているの。あたしたちが身内になるのだから、お城の建設についても“実家”である騎士修道会から資金が投入されるというのは、おかしい事じゃないと思うし」
「な、なるほど」

 この娘が、わらわの村で司祭や修道騎士たちと肩を突き合わせて何事を思案していたのかと思えば、その様な事を……

「それと、シューターが聖使徒であるという事を世間に知らしめることが必要よね」
「ふむ。それは必要な事だの」

 わらわたちの村ではあの男、全裸を貴ぶ部族の出で、旅の末にこの辺境にやって来た男という程度の認識だ。
 そんな男とわらわが結婚しても、わらわが好色に狂ったと思われるだけであろうし、ガンギマリーどのにしたところで、聖少女がとんだ気まぐれを起こしたと、世間が教会堂の評判を悪く思うだけかもしれない。

「それ故、騎士シューターどのには軍事訓練を受けていただくのがよいだろう」
「軍事訓練?」

 カーネルクリーフの言葉にわらわはそっくり聞き返す。

「左様だ。軍事訓練を受けた後に彼を修道騎士とし、騎士修道会による聖使徒の称号を与える。ほんの数年ばかりシューターどのには修行を受けてもらう事になるが、これで余らと貴卿らは文字通り家族も同然となれる。これらの修行はブルカで行うもよし、なお効果を考えるのであれば聖地において行うもよし」

 素晴らしい計画じゃないか、とでも言わんばかりにわらわを見返してくるカーネルクリーフ。
 やはり自分の事と理解しているので気恥ずかしいのであろう聖少女ガンギマリーどの。
 そして、きっとわらわはこの中でもっとも酷い顔をしているのであろうな。

「それはお受け出来ぬ相談だ。今、サルワタからシューターを出すという事は、ようやく纏まりつつあった我が領内の体制を無に帰す事と同然さ」
「……アレクサンドロシア卿、これは政治であるぞ?」
「政治であるなればこそ、ご理解いただきたいものだの。わらわは領内に野牛の一族を抱えておる。ただの野牛ではなく、わらわたちよりもよほど恵まれた生活をしておる文化的な連中だ。聖少女どのは知っておるだろう? あの一族を身内に迎え入れるためにシューターに族長の妹を嫁がせているのだ」

 わらわの言葉に聖少女どのもうなずく。
 それを見てまだまだある問題を口にする。

「さらに言えば、サルワタには戦士に適した人間が極端に少ない。外敵と言えばほとんどがモンスターの類、言ってしまえばワイバーンだ。これを討伐するために領内で必要だったのは兵士ではなく猟師であった。シューターはワイバーンにとどまらず、このブルカ近郊ではバジリスクをも討伐した優れた猟師である。もちろん戦士の出身で今は村唯一の騎士たるシューターは、わらわにとって文字通り片腕なのだ」
「余たちから騎士隊を派遣すると言ってもこれは解決にならぬのか」
「それでは世間はどう見るだろうかの。サルワタの領主は聖堂を寄進したのもなく、領地そのものを寄進したと侮られるであろう。それでは外交に差支えが出る」

 冷静になってみれば、これは領主の体面というものも関わってくるのである。
 騎士修道会に言われるまま、家臣と結婚しその夫を奪われ、あまつさえ領内に騎士隊を進駐させたなどとあっては、周りの領主はその姿を見て、まずわらわが呼びかけるブルカ包囲網に協力する事を約束するであろうか?

「ふむ」
「外交と言えば、まずもってこれよりシューターを使節の長として送り出さねばならぬのだ。それは出来ない条件だとご理解いただけたであろうか」
「では、余たちの協力は必要ないという事だろうか」
「そうではない。そうではないが、また別の協力の形か、あるいは条件をお出し願いたい。寄進という手があるのならば、その額面にあった宗教施設を、わが領内に作る事も可能であろうさ」

 やはり何もかもを簡単に物事運ばせる事は出来ぬのだ。
 わらわは引きつった顔からようやく血の気が引いていくのを感じて、少しの安堵を覚えた。
 それは、シューターを失わないための言い訳を思いついたからなのか。
 いや、そうではないはずだが、そういう気持ちも少しあったはずだ。

「……委細わかったわ。そうね、この話の続きはひと晩ほど寝かした方がいいわね。どうかしらドロシア卿?」
「カーネルクリーフどのもお疲れの事であろうの。それがよろしかろう」
「ではお言葉に甘えて、この続きは明日の午前にでも」

 なればどう、騎士修道会から協力を取り付ける必要があろうのう。
 カーネルクリーフと握手を交わしながらわらわは、その事を必死に考え続ける。
 それはしばらく、騎士修道会の大人物ふたりが去った後も続けていた。

     ◆

 いち度、食堂で腹を満たす事に専念したわらわは、護衛のエレクトラを連れて今夜の寝所へと戻った。
 宿泊施設では軽く会談のあらましを語ったて聞かせたのであるが、その場所にはどういうわけか聖少女どのが顔を出していたので、たまらずわらわは気分が悪くなった。

 考えてみればこの娘もサルワタに移住をした人間であり、村の人間であると言える。
 本人も言っていた事だけれど、すでに気持ちはこちら側なのであり、騎士修道会の面々にも遠慮をしたというところだろうか。
 やりにくいのはお互い様で、シューター本人を前にしてこの全裸男とけけっ結婚の話が会談上で持ち上がった事には、きれいさっぱりと触れようとしなかった。

「まあ、今すぐに皆に何か必死でアイデアをくれと言ったところで、すぐには出てこぬであろう。会談は明日にするという事なので、朝にまた改めて話し合いの場を持つことにする」

 その夜は簡単に部下たちへの説明を済ませてから、解散にした。
 出来るだけ疲れた顔は見せぬように気を張って声を上げたものの、シューターには気を遣われているのだろうか微笑を浮かべてうなづかれてしまった。
 無理しなくていいと言わんとする様にだ。

「さあ、各々の部屋でゆっくりと休むがよい」

 立ち上がり、去り際になってもシューターはこちらを見やりながら気を遣っていた。
 この男のこういう気遣いにわらわはすっかり腑抜けになってしまったのやもしれぬ。

 そしてわらわの寝所に聖少女ガンギマリーだけが残った。

「その方、最後まで結婚の話をせなんだの」
「あたし自身の結婚の事だもの。こういう事は、あたし自身の口でふたりっきりの時に、言いたいから」
「そうだの。わらわも政治を理由にして結婚せぬか、などとは言いとうないな……」

 十の齢になれば立派な労働力の頭数に数えられるこの王国では、女の結婚は早い。
 貴族であればそれこそ十には婚約をする事もあるし、その適齢は遅く見積もっても二四、五というところであろう。
 わらわなどは政治的結婚ぐらいにしかその価値を見出せない大年増となり果ててしまったものだ。
 それでも年甲斐も無く「アレクサンドロシアちゃん」「お兄ちゃん」などと呼び合う馬鹿げた恥かしい言葉の掛け合いに密かな幸福を見出していたのも事実である。

「あたしなんかは、聖少女だなんて言われて持ち上げられていますけど。その実ただの女子高生だった様な普通の女ですから」
「女子高生? 何だそれは」
「それはね、ええとシューターからお聞きになっていないかしら」
「?」

 わらわの反応に様子をうかがう様な態度をしながら、言葉を選びながら聖少女が口を開く。

「あの。あたしとシューター、いえ吉田修太は同郷なのよ。同じ世界からやって来たの」
「同じ世界から、つまり生前の意識をお前たちは有しているという事であるか」
「そういう事になるのかしら、転生なのか転移なのかわからないけれど、そういう事になるかしらね」

 その様な言葉は初耳であった。
 あるいは女神の住まう天界から降誕したというのであれば、さもありなんという事だろうかの。

「ヨシュア・シューターというのがあの男の本当の名前なのか」
「ええと吉田修太? そうね」
「そうかヨシュアか……」

 口の中で何度もその名前をゆっくりと繰り返していると、聖少女は話の先を続けはじめる。

「あたしはその世界で、どこにでもいる女子高生だったんです。女子高生と言うのはまあ、学生かしら? 王都やブルカにある学舎で学ぶ人間みたいな? まあ、あたしたちのいた世界では誰でも義務教育を受ける様になっていたし、高校までは普通に学んでいたけれども」

 わからない言葉をいくつもならべながら、自虐する様に聖少女は言った。
 なるほど、聞いていると学問を修める事がごくごくあたりまえな世界にいたという事だろう。女神のおわす世界はさすがである。
 などと感心していたら、

「だから、どこにでもいる女子高生だったから、恋愛ぐらいしたいって願望があったんです。聖少女になってしまった今は、そりゃ不満もあるけれど、ここまで泥水をすする様な思いをして立場を築き上げてきた自負もあるから。それは悪い気はしないけど」
「…………」
「聖少女なんて、おいそれとだれとでも結婚というわけにもいかないでしょう。まして、よくわからない領主や貴族に嫁ぐなんて、もってのほか」
「それは何となくわかるのう。わらわもそういう事に憧れた事はある」

 そうなんですか? とガンギマリーが少し驚いたような顔をした。

「絵巻物の中にある様な、駿馬にまたがった聖騎士が救い出してくれる英雄譚。わらわは姫君。そういう憧れは女であれば当然であろう。まあすでにわらわは姫君という齢では無いし、女の盛りは当に過ぎておるがの」
「そんな事はないと思うわ。ドロシア卿はまだお子も産まれておいででないし、十分に若さがあると思うのだけれど」
「それはわらわがゴブリンハーフであるからだろう。ヒトの血が入っておるゆえ少女になるのは早かったが、見た目の老いがなかなか遅いのだ」
「あたしのいた世界だったら、みんな大喜びする事だわ」
「ふふっ……」

 ふたりでそんな意味のない笑いが漏れた。

「ドロシア卿とあたし、シューターとの結婚のはなし。少なくともあたし自身の事については、自分の口から彼に報告しようと思います」
「……」
「ドロシア卿も、彼がドロシア卿の信頼に足る片腕だと仰るなら、相談するべきだとあたしは思うわ。どうあったってこれは彼の意思や意見をそっちのけに、出来る事じゃないから」

 それは政治を知らぬ者の物言いだ。貴族にとって結婚は常に政治である。
 だけれども、聖少女だからなのか凛とした顔に純真な眼を向けられては、今さら反論する気にはならなかった。

「まあよい。ひとつの手段に固執して結論を急ぐのは愚考というものだしの。他の手がどれほどあるのかを考慮した上で、最善を選ぶことにする」
「ドロシア卿……」
「何だの?」
「あなたは、やはりシューターとの結婚がお嫌なのですか。部下とするのは体面が悪いと……」

「いや、そういう事ではなくて、だな。いや、結婚はいいのだ。何というか……」

 気を遣った様な聖少女どのの視線に、ついわらわはしどろもどろになってしまった。
 そうではないのだ、そうではないのだが……

「せめて、あたしひとりが彼と結婚したのでも協力の半分は騎士修道会から得られることはできるわ。あたしはそのつもり」
「そうか。わ、わらわとしてはだ。せめてサルワタの手元にシューターが居てくれるのであれば、やぶさかでは、ない……」
「そう。それを考えましょ」
「うむ」

 自分の意思をはっきりと口にしたガンギマリーどのは、そのまま板窓の側に歩いていく。
 何をやっているのだ。ちょっと前まで全裸だった男に振り回されて、わらわたち女どもは。
 そんな風に天井を仰いで深いため息をついたところで、突然パタンと板窓が閉まる音がした。

「どうした、何があったのだ」
「いえ、気にしなくていいわドロシア卿」

 ひどく取り乱した聖少女ガンギマリーが、先ほどぶりに顔を真っ赤にしてこちらにツカツカと歩いて来るではないか。
 やはり、結婚などと宣言をしてこの娘も恥ずかしかったのだろうか。

 わらわだって恥ずかしい。自分からシューターに結婚してくれなどと、言うのは……!!

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