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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第4章 アレクサンドロシアの野望

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閑話 サルワタを統べる者 交渉


 ツダの村にて騎士修道会の一行を出迎えたわらわたちの前に、ひとりの壮年騎士が馬から舞い降りた。
 彼こそがわらわがどうしても直接会って口説き落とさねばならないと考えた人物である。

「お初にお目にかかる、余は騎士修道会総長のカーネルクリーフだ。この度は遠路ご苦労であった」
「わらわは、サルワタ騎士爵アレクサンドロシア・ジュメェだ。こちらこそ招きに応じてくださり、大変感謝しておる」

 カーネルクリーフはお初にお目にかかると言ったが、実のところわらわは娘の頃にこの男を見た事があった。
 この男は、わらわが王都にいた頃から王侯貴族の間では名の知れた人物だった。
 甲冑の上から灰色の法衣を着た当時の青年修道騎士カーネルクリーフは、若い女の間では噂の的であった。
 彫りの深い顔立ちに惚れた女官や女騎士は数知れずだか、優れているのは容姿だけではない。王都にある聖堂の修道騎士としてもすぐれた頭角を現していたはずだ。
 ブルカ聖堂の設立に尽力したという話も聞いている。
 わらわとしてはその力を頼りにしたいのであるが、今もそれは健在であろうか。

 ツダ村の司祭とカーネルクリーフの会話を軽く聞き逃しながら、彼を観察した。
 油断なく、それでいて悠然と構えた仕草はわらわなどよりもよほど領主の風格を持っているから面白い。

「どうされたかな?」
「ふむ。総長どのはお忘れであった様だが、わらわは若い頃に総長殿がまだ王都の聖堂で修道騎士をやっていた頃を知っていたものでな」
「なるほど、あの若い頃の恥ずかしい余をご存知であったとは、これは少々交渉がやりにくくなるというものだ」

 さあ、どうぞと言わんばかりに手を差し出し先を譲る。
 わらわも微笑を返しながら胸元に手を置き貴人の礼を示しながら、先導するツダ村司祭に続いた。

 ちらりとすれ違う時に改めて観察する。
 かつては王都の貴公子だったであろう相貌を残した壮年の修道騎士で、わらわの齢の頃には騎士修道会の総長という第一人者に上り詰めた男だ。
 それより長きにわたり、辺境における布教と施しを行い続けている大丈夫である。この指導者を口説き落とす事が出来れば、これより頼もしい有力者はいない。

 しかし色気を持った壮年というのはやっかいだ。齢は五〇近くだと聞いていたが、宗教者らしく背筋はピンと伸びて未だ馬を駆って戦場を駆ける事もいとわない現場のひとである。
 わらわが見たところ、皺深いその表情と突き出した鷲鼻から、交渉の相手として一筋縄ではいかぬのではないかと一抹の不安を覚えたほどであった。

 そして案の定、わらわが危惧していた様に早々から難題を口にしたのである。

「この度の会談は、女神様のご神前で行う事にするがよろしいか」

 これはつまり、他者を排してわらわたち両人の間でのみ会談の内容を共有しようと言っているのだろう。
 何事か話しにくい内容を提案してくることが想像できた。
 今のわらわであれば、可能なら近くにシューターを置いておきたいと思う。
 何か助言を得る事が出来るかもしれぬし、それがなくとも頼れる存在が側にいる事は安心できるのだ。
 だが、ここで難色を示すのでは交渉のカードをさっそく使ってしまう事になりかねない。

「わらわに異存はない」
「ならばそうさせてもらおう。女神様のおられる前で、腹を割って裏のない話をさせていただく」

 よくもまあそんな事が言えるものだ。
 わらわたちは教会堂内の礼拝所にある女神像の最前列に配された長椅子に腰を下ろした。
 なるほど、これは一種の圧迫会談ともいえるのかも知れぬ。
 こうして女神の前にわらわたち信者を置く事で、思考に足枷でもさせるつもりなのであろう。

 次々と退出する総長の側近たちと対象に、わらわの手の者たちはシューターに視線を集めていた。
 彼はわらわを見て「俺が居なくても大丈夫なのか」とでも言いたげな視線を送って来る。
 ここは任せてほしい。と、そういう意思を込めて首を横に振った。

「では、後ほど……」

 礼拝所に残ったのは長椅子に座ったわらわとカーネルクリーフ、それから少し離れた場所に立っている聖少女である。
 何だ、聖少女どのが残るのであれば、もしかしてシューターも残しておいてよかったのやもしれぬ。
 だがそれは後の祭りだ。

「さて。道中にガンギマリーよりサルワタの騎士爵どのが我々騎士修道会に、そちらの領内に聖堂を建立してほしいと言う提案を受けたのだが……」

 カーネルクリーフは全ての人間が退出して、礼拝所内が静まり返るのを待ってボツリと口を開いた。

「ご熟慮いただけたであろうか」
「その前にまず、我が騎士修道会に籍を置く人間がアレクサンドロシア卿に多大なご迷惑をおかけした件、お詫び申し上げる」

 すっと立ち上がったカーネルクリーフは、わらわの方に向き直って膝を折った。

 当然であろう。
 我が村に騎士修道会の傘下・ブルカ聖堂会から派遣された助祭によって、村で数々の事件を起こされたのは、わらわにとっても記憶に新しい事である。
 またそれらの行為が、よりブルカ辺境伯との対決を決断させたのだと言ってもよい。
 カサンドラにもたらした心と体の傷は、本人がどれだけ気丈に振る舞ったところで簡単に癒えるものではないし、村内に禍根を残したのは事実だ。

「わらわとしても、その件を強く申し立てるつもりはない故、これにて水に流すとしようか」
「そう言っていただけるのであれば、余としてもありがたい限りだ」

 だが、これは政治であるのだ。
 わらわはカサンドラの受けた傷を引き換えに、最大限の譲歩と価値を引き出さねばならぬ。
 カサンドラには申し訳ないが、それがわらわなりに今出来る贖罪であり、領主としての正しい行いなのだと言い聞かせた。

「可能であればサルワタ教会堂の助祭マテルドの身柄をこちらで引き取り、宗教者の身でありながら政治に介入した経緯を洗い出したうえで、その罪を問わねばならない。お引渡し願う事は可能か」
「これはわらわの村で起きた事件であり、本来ならば領内のルールに従って捌くのが筋と言うものだ」

 しかしサルワタの教会堂は騎士修道会という組織の傘下にある施設であり、慣例としてこれに紐づく人間を裁く事はしない事になっているのだ。
 もったいぶった交渉はわらわの好むところではないので、さっさと差し出せるものは差し出す事にする。

「だが、この際お引渡しする事はよしとしよう。あの娘はブルカ辺境伯の縁者という事なので、その点よく調べなおしたうえで、伯爵どのにはどういうつもりなのかお答えを頂きたいものだな」
「それはもちろん、余としても心得ている。近頃、ブルカ辺境伯の専横は目に余るものがあって、辺境の旗頭という立場を(わたくし)しているとささやかれる始末だからな」

「なるほど、ブルカではそのような噂が?」
「左様、余たち騎士修道会に与えられた独占権を無視して、裏で色々とな……」

 何のことを言っているのかと思えば、どうやら騎士修道会の持つ娼館の既得権益につてなのか。
 ギムルやニシカたちの報告では、奴隷商人どもと結託して街娘を奴隷に、そして奴隷を娼婦に仕立て上げる事で、騎士修道会が持つ娼婦の管理特権の抜け道で儲けているらしい。

「大いに伯爵どのを苦しませてくれれば、わらわとしてはこれから先にやる事が非常に楽になるからな」
「そうさせていただこう。さて、アレクサンドロシア卿の求めている、サルワタ領内に聖堂を建立してほしいというご要望であるが、」

 カーネルクリーフは本題に踏み込んできた。
 側らに立つガンギマリーは事の成り行きを見守って大人しくしていたが、この段になって何か緊張の色をその顔に浮かべている様だ。
 これはあまりよろしくない発言が控えているのだろうの。

「そのご要望にお応えするためには、いくつかの条件をアレクサンドロシア卿に呑んで頂く事になる」
「お伺いしようかの」
「ひとつは、余たち騎士修道会に求められているのはサルワタ領内にある湖畔の城側に聖堂規模の宗教施設を建立する事だそうですな。可能であればそこに騎士隊のひとつも置く事が出来れば、ブルカ伯に対する睨みにもなるのでありがたいと」
「そうだ」
「これはまず、余たちが一方的にサルワタの領内に聖堂を建てる、正当な理由が存在しないため今のままでは無理だろう。ではどうすればいいいかと言うと、アレクサンドロシア卿からの寄進を受けて建立、という形が望ましい」
「ふむ……」

 もともと、聖堂なり教会堂なりを湖畔の街作りにあわせて行うのはどうかと言い出したのはシューターであり、続いてそれを本格化させようとしたのはガンギマリーである。
 寄進を求められると言う可能性は考えていた事だったが、はたしてその額は……

「いかほどであろうか」
「単純に聖堂というものを建立するとなれば、オルコス五世金貨でざっと六〇〇〇枚というところだろう」

 オルコス五世金貨というのは、王都周辺域で流通している先王発行の金貨である。
 ブルカ辺境伯金貨よりも純度が高く、またリングのサイズも大きい。
 その様な金はわらわの領内で、

「簡単に用立て出来る資金ではない。不可能だ」
「もちろんそれは理解しているところだ。であれば、別の条件として金銭を伴わない、互いにとってもっともメリットのある条件を提示出来る」

 何だそれは。
 そのようなものがあると言うなら、是非とも聞いておきたいものだ。
 怪しくはあるが、考慮する余地はある。
 こういう時にシューターを側に置いておかなかったのは失敗だったと、わらわは密かにほぞを噛んだ。

「それは貴卿の領内に降誕した、聖使徒を余たちの身内に迎え入れる事だ」
「ん? その様な人間はわらわの領内にいるなどと聞いた事が無い。その様な人間がいるのなら、喜んで差し出すものだがな」
「聖使徒、またの名を騎士シューター。アレクサンドロシア卿の側近の男であるな」

 わらわは一瞬、何を言われているのか理解できなかった。
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