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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第4章 アレクサンドロシアの野望

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閑話 サルワタを統べる者 謝罪

 豪奢な馬車の車窓からは、陽を浴びて波打つ青い草葉が煌めいていた。

「えっと、村長さま。いったいどういうお話でしょうか……?」

 いつまでも口を閉ざしているのはわらわの性分ではないので、注目が自分に集まっている事を意識しながら視線をカサンドラへと向ける。
 この娘はもともとひどく臆病な性格でもあったのだし、これ以上は待たせられまいな。
 カサンドラの顔を見据えて、わらわは深い息と共に謝罪の言葉を口にする。

「カサンドラよ。わらわはそなたに対して、この春より色々と迷惑をかけたことを心より謝罪する」

 ガタガタとひどく揺れる馬車の中でわらわは首を垂れた。
 ひと息にそう言ってしまわねば、上手く言葉が伝えられぬような気がした。
 それでも言葉が上手く形に出来たのかはわからない。
 思った通りに、目を丸くしたカサンドラがこちらを見ながら不思議そうな顔をしていた。

「あのうわたし、何か村長さまにご迷惑をかけられるような事をしたでしょうか……?」
「まあそうだの。いきなりこの様に切り出しても、伝わらぬものだ」
「そうなのですドロシアねえさま」

 同じ様に意味を理解できなかったらしいッヨイハディもきょとんとした顔をする。
 だがッヨイハディの事はいい。
 姪はもともと村の事情を知らぬので、この際はわからなくても話を進めるがいいだろう。

「シューターの嫁にと申しつけた事だ。その所為で春より以後は色々と迷惑をかけたなと」
「いえ、その事は村長さまに感謝しなければなりません」

 この娘はよくできた女だ。
 そうではない、そういう事ではないというのに。
 わらわはこの娘にシューターを押し付けたことで、オッサンドラに襲われるという結果をもたらしたのだ。
 オッサンドラの事はもう少しだけわらわが気を付けていれば、防ぎようもあった事なのではないか。

「だがその、不幸な事故もあった、しな」
「はい。確かに村長さまより夫との結婚をお命じになられたときは、ご慈悲のない方だと嘆いた事もありました。わたし如きがとんだ思慮の足らない事を考えたものですけれど、今にして思えば感謝してもしきれません。シューターさんはとても頼りになる夫です」
「そうか、それは重畳だ。けれどもわらわにも思慮が足らない点があった」
「夫はお役目で旅に出たのです。立派な事です」
「うむ、よい心がけだと思うぞ。そなたもシューターの嫁として正妻として、風格が付いてきたと言える」

 凛とした表情で正面を見据えてそう言ってくるカサンドラを見て、わらわは改めて舌を巻いた。
 この女はもはやただの村娘ではなくなった。
 夫を迎え、今はひとりの女として立派な妻になったのだ。
 いや、わらわが以前そう口にして心がけよと言った様に今はシューターの正妻である。
 焦げる心の端をジリジリと感じながらも、肝心な事をはぐらかされているのではないかと、わらわは続ける。

「オッサンドラの事だ、言いたかったのはそれだ。その、思慮が足らず済まない事をした。謝罪して容易に許される事ではないと理解している」
「いえ、もちろんああいう事になったのはとても悲しいですが。全てはブルカの伯爵さまがおやりになった企みの結果ですから、仕方のない事です……」
「すまん……」
「……はい」

 わらわたちが言葉を詰まらせたのを見て、要領を得ないッヨイハディだけが、わらわたちの顔を見比べて不思議そうな顔をしていた。
 まだ姪には深く理解できない会話であるのをいい事に、わらわたちは会話を続けた。

「その、聞きにくい事ではあるがシューターの様子に変化はないのか」
「もちろんありません。夫はとてもいい人です、以前と変わらず」
「そうか」
「ただ、もちろん少し怖いと思う事はあります。ガンギマリーさんに相談してお薬も出していただきましたが、ほとんど必要ありませんでした」

 この娘は本当に強い。
 それだけシューターを信頼しているのだろうか、あるいはこの娘がそれだけ成長したのだろうか。

「許してくれというのは都合が良すぎるだろう。何かわらわで出来る事があるのなら、言ってくれるがよい。可能な範囲でそう致すゆえ」
「それでしたら、」

 カサンドラは姿勢を正したまま微笑を浮かべ、わらわを見やった。

「村長さまもご無理なさらないでください」
「……どういう事だ?」

 ドキリとした。

「わたしたちの夫は村の騎士さまで、村長さまにとっても片腕だと仰っていたのを聞いています。それならば、夫の活躍はわたしたち妻の誇りですから。むつかしい事はわたしにはわかりませんが、夫をこれからもよろしくお願いいたします」
「う、うむ。もちろんだ」

 わらわの心内を見透かされてでもいるのかと一瞬思ったが、それはわからない。
 けれどもこの娘に謝罪し、許しを請うのであれば、これからもシューターを大切にせねばなるまい。

「お前はもともと政治向きの話が得意な娘ではないと思っておったが、わらわの考え違いであった様だ。改めて正妻として立派にその勤めを果たしておる。それゆえ、今後シューターと共に色々な場所に出かける事が増えて来るだろう」
「はい……」
「今のうちから慣れてもらわねばならぬというのも酷な話だが、今後も正妻として、よく夫を立てて励む様に」
「はい!」

 わらわの態度に、カサンドラの表情は最初戸惑いを隠せないものだったけれど、わらわが話しているうちに少しずつ強い決意の表情になっていくのがわかった。

     ◆

 ゴルゴライを前にして野営をしている時。

 簡易テントの寝袋におさまったわらわは、いつまでも眠気が来ずにぼんやりと考え事をしていた。
 同じ様に寝袋に収まったッヨイハディはすでに寝てしまっている。
 カサンドラはというと、少し前までシューターたちと何事か談笑していた様だが、夜も更けて来たと見えて簡易テントの中に潜り込んできた。

「話はすんだのか」
「はい。明日からしばらくまたお別れになりますので、少し家族とお話をしていました」

 カサンドラはシューターにとってもうひとりの妻であるタンヌダルクだけでなく、エルパコもまた家族のひとりと認めているのだ。
 細やかな気配りが出来る様になったのはやはりひとりの妻になったという事なのだろう。

 わらわはどうだろうか。
 ひとり目の夫とは仮初の夫婦の様な生活をし、ふたり目の夫とはもはや親娘の様な関係であった。
 そこをいくと、わらわの半分ほどしか人生を過ごしておらぬ女子に、負けている様な気がしてどこかなさけなかった。
 わらわはギムルにとって正しい母であったのだろうかと、常々思っている事をふと考える。

「こうして野営を貼って床に就くというのは、しばらくぶりであるな」
「そう言えば村長さまはむかし、騎士さまとして軍役に参加されていたのですか」
「うむ。野戦場で寝る事は日常茶飯事であったし、嫁いでからも野盗が出た野牛が出たというので馬を駆って討伐に出たものだ」

 それもここしばらくはご無沙汰であるがな。と笑うと、カサンドラもそれにつられて、ふふと笑みをこぼした。

「母になってからは、息子を放り出して早々陣頭指揮を執るわけにもいかぬからな」
「ギムルさまですか」
「まだ誰にも話してはおらぬのだが、どうやら野牛の一族の中でこれといった娘がようやく見つかったらしい」
「……まあっ」
「義息子のヤツは照れているのか、わらわには報告もせなんだがの。タンクロードがこの前顔を見せた時、わらわに知らせてくれたのだ」

 寝袋に収まったカサンドラの様子を伺いながら、わらわはそう言った。

「それはおめでとうございます。まだシューターさんたちも知らないのですよね?」
「こういう事はまず女がそれを聞いて、準備をするものだ。男どもはそこをいくと粗忽で、すぐに酒の肴にして面目を潰してしまうからな」
「そうかもしれませんね」

 今の村の幹部という顔ぶれは、ッワクワクゴロを含めて下世話なものばかりである。

「しかしまだ油断は出来ぬ。いい雰囲気だという事ばかりは聞いているのだが、義息子めはまだその先に踏み込んでおらぬというではないか」
「それはまた、どうしてなのでしょう?」
「わからぬ。だがもしかすると、わらわ自身が義息子にとって足かせになっているのやもしれぬ」
「……なるほど。それはあるかもしれません」

 考えてみれば、ひとりわらわが領地経営に悪戦苦闘している背中を見せているのが問題なのかもしれない。

「義息子がさっさと嫁を貰ってくれれば、跡取りは任せて楽になるのだがの。やはりわらわは頼りない母であるのか」
「そんな事はありません。村長さまは立派なご領主さまですよ」

 そう言ってくれるのはありがたい事だが、わらわとしてはやはり気に病むものである。
 もそもそと居心地の悪い尻の位置を変えながらポツリと本音を口にした。

「しかし領主と母は同じともかぎらぬであろう」
「それでしたら。村長さまがひとりではないところを、ギムルさまにお見せすればいいのです」
「ふむ。それはどういう事だ?」
「うふふ、簡単な事ですよ。村長さまもご結婚なさればいいのです。そうすれば、安心してギムルさまもご結婚を決断なさるのではないでしょうか」

 その言葉を聞き、わらわはハァとため息をついてしまうのだった。

「その様な事を簡単に言ってくれる」
「あっ、失礼しました……」
「わらわは領主であるなれば、ホイホイとどこぞの領主と見合いをする訳にもいかぬ。下手をすればこのサルワタをいい様に奪われてしまう可能性すらあるではないか」
「……そう、ですよね」
「そう出来れば一番簡単な事ではあるからな。それに、わらわの様な大年増(おおどしま)になってしまうと貰い手もおらぬゆえな」

 あっはっはと乾いた笑いを漏らしそうになった。すると、

「村長さまがご正直になられるのでしたら、シューターさんと結婚されるのがよろしいかと思います」
「……」
「かねてより、ギムルさまはシューターさんと結婚するのならば安心だと、そんな事を漏らしていたそうです。わたしも野牛のみなさまと開かれた宴会でそのお話を聞いて、なるほどと思いました」
「…………」
「村長さまが他の領主さまとお見合いなさるのでしたら、確かにギムルさまも気を揉まれると思いますけれども、シューターさんならきっとギムルさまもご安心なさいますし、村長さまも幸せに」

 簡易テントの中を静寂が支配する。
 この言葉、まさか外にまで漏れているという事はあるまいな。
 わらわの高まる動悸だけが薄い天幕の中を響いているように感じた。
 やはりこの娘、わらわの心内を察しておったのか……

「お前、それを本気で言っているのか?」

 たまらず、その身を起こして暗闇の中でカサンドラを睨み付けた。
 するとカサンドラも身を起こしてこちらを見返しているらしい。

「もちろんです。ですから、必要があればいつでもシューターさんをお貸しします」
「貸す、か。面白い事を言う」
「はい、わたしはシューターさんの正妻ですから」

 これは村長さまが仰ったことですよ?
 さもそう言わんとする様にカサンドラがこちらを見ているのを感じて、わらわはたまらず笑いを堪えきれなくなってしまった。

「あっはっは、これはしてやられた」
「そ、村長さま、ッヨイさまが起きてしまいます」
「すまぬ。いやしかし、そうだな……」

 しかしシューターと結婚などという事は、正直考えもしなかった事だ。
 いつまでも安い褒美でこき使っているわけにもいかないので、一度ぐらいは体を許す事を考えたのも事実だが、それも踏ん切りがつかぬでいた。
 ここまで言われて気を遣われて、わらわはいったい何をやっているのだと言う気分になる。
 さすがに自分で命じておきながら、その相手をわらわ自身が奪うことなどは出来ない。
 わらわはさしずめ、シューターの愛人ぐらいがちょうどよいであろう。

 いかん。そのような事を考えていると気持ちが妙に落ち着かない。

「も、もちろん気持ちはありがたい。そういう選択肢があるという事だけは心にとどめておく。今はまず外交を成功させて、義息子を安心させる事が先決だぞ。お前もその様な事はシューターに言わぬようにな。け、決してだぞ」
「くすっ。はい、わかりました」

 あの男は気を許すとすぐに胸や尻ばかり見て来る好色だからな、ああ見えて……
 結局、その言葉を最後にわらわたちは唇を閉じて、妙に眠れぬ夜の静寂に身を任せる事にしたのだ。
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