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異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第4章 アレクサンドロシアの野望

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閑話 サルワタを統べる者 決意

 今となっては懐かしい話だが、シューターの存在を快く思っていなかった義息子が彼を嵌めようとしたことがあった。
 出自不明の人間ほど片田舎において不気味な存在はいない。
 そう考えた義息子のギムルは、わらわが命じて置いたシューターに村の雑事をさせて、少しずつ周辺に馴染んでもらえばよいという考えを捻じ曲げ、機会を得れば亡き者にしようとしたのだ。
 いくつもの畜舎を世話している酪農家ジンターネンの豚舎で作業をさせている時、その事件は起こった。
 (いさか)いの原因はさだかではないけれど、どうやらシューターがギムルを叩きのめしたというのである。

「村長さま大変です、ジンターネンさんの豚舎でギムルさまがよそ者殺されそうになったと!」
「どういう事だ、シューターは今どうなっている?!」
「よそ者はすでにジンターネンさんたちが物見の塔の地下牢に入れたそうですが……」

 下女のメリアによってそう知らせが飛んで来た時、何となくであるが事の成り行きをわらわは想像できた気がする。
 ギムルはわらわには過ぎた大変よく出来た義息子ではあったが、ひとつだけ欠点があった。
 とにかく思い込めば前しか見えぬところで、それもその行動の原理が、わらわに良かれと思ってやっている節がある点だ。
 実の父を多感な時期に亡くしてしまった義息子は、わらわを唯一の身内と過剰に崇めている事はわらわも理解していたのだが。
 この時ばかりは「ああこうなるか」と妙な納得を覚えながらも、仰天もした。

「それでギムルはどうなったのだ。斬られはしなかったのか」
「はい、お体の方は棒きれで打ち据えられたそうですが、命に別状はないという事で。すでに教会堂の診療所に治療へ向かわれて……」

 ギムルは亡き夫エタルの忘れ形見である。
 わらわはこの土地の領主であり村長という立場だが、それは次代の領主たる義息子のためにこの土地を守る事が役割なのだ。
 シューターは確かに優れた戦士であったかもしれないが、義息子と天秤にかけて義息子を失ってよいものではない。
 だがそれはそれとして、過度の親贔屓(びいき)はこの機会に正さねばならぬ。
 義息子が大事ないならば、今こそ自立を促さねばならぬのだ。

「ただちにギムルをわらわのもとへ呼びつけよ」
「え、お見舞いのご仕度はなさらないのですか?」
「そのようなものは必要ない。ジンターネンからは聞いておるか? どうせわらわの命に反してシューターを挑発した結果なのだろう。ん?」
「それは、わたしにはわかりかねます……」

 メリアがシューターの事をひどく毛嫌いしている事はその態度からもよくわかった。
 もともと富農の娘という事もあって、この娘の両親はよい家に娘を嫁がせたいと考えているからな。
 可能ならばギムルのもとに嫁ぎたい、嫁がせたいというメリア親子の考える事はわかるが、わらわにそのつもりはない。
 将来のため、可能な限りギムルには外から嫁を迎え入れるべきだと考えているし、メリアの如き富農の娘は村の幹部に嫁ぎ領内の地場を固めねばならない。

「ではその場にいた者をひとり呼びだせ。誰がいた?」
「ジンターネンさんと、農夫の数名、それから猟師がひとり……」
「では猟師を呼びだせ。この時間に村の中にいたという事はッサキチョではないか」
「えっ、ゴブリンの猟師ですか。ジンターネンさんでは駄目なのですか?」
「あの女は齢を取り過ぎてモノの見方が凝り固まっている。しのごの言わずッサキチョを呼びだせ」

 わらわが睨み付けると、メリアはとても嫌そうな顔を隠しもせずに退出した。
 しばらくするとわらわのもとに、ッサキチョを伴ったメリアが戻って来る。

「仔細を話せ」
「はっ」
「何をしている、言わぬか」
「……では。大変申し上げにくいのですが、若大将が全裸の戦士を斬ろうとしたところ、天秤棒で反撃されて倒されたのだと聞いています」
「原因は何だ」
「若大将が仰るに、ぶどう酒を飲んでいたところ全裸の戦士が奪おうとしたのだと」

 わらわはたまらず大きなため息をついてしまう。

「そのぶどう酒は、恐らくわらわがシューターに与えた褒美の酒だ。ギムルめが勝手に奴の酒を拝借したのが諍いの原因であろう」
「はあ、そういう事もあるかもしれん」
「ギムルは何かの理由を付けてシューターを亡き者にしようとしていたのかもしれぬが、そうはさせん。あの男をッサキッチョはどう見る?」

 安楽椅子から少し身を乗り出して、小さな体のゴブリンを見やった。

「腕は立つと思います。たかが天秤棒で剣を持った若大将を軽く子ども扱いしたとなれば、本人が名乗る戦士という口上も事実でしょうな」
「お前と比べれば腕はどうだ?」
「体格差もありますし、戦士の経験を考えれば自分では勝ち目がないかと」
「シューターに猟師は可能か」
「もちろん、可能です。齢もまだ若い事を考えれば、これから一人前の飛龍殺しに成長できるのではないかと思います」

 何よりそういう人間が村にいる事は、これから開拓を推し進めるにあたって安心材料になる。
 野盗が近郊に巣くったとしても、ワイバーンが襲ってきたとしても、その点は期待できるというものだ。

 助祭に治療を受けたというギムルが書斎でくつろぐわらわの元へ来たとき、何の悪びれも無い顔をしていた義息子を見て、わらわは折檻する事にした。
 シューターの顔を殴り潰してやったと言うので「では村のルールに従えばお前は顔を潰す罰を与える事になる」と言ってやったところ、ずいぶんと納得のいかない顔をしていた。
 まあ当然であろう。
 義息子にはシューターがわらわにどうやってか取り入ろうとしている様に見えたと話したものだから、わらわは大笑いである。
 泰然とかつ腰の低い様は、見ようによってはそう感じられるか。
 だが将来、村の発展を願うのであればこの様な逸材は手なずけねばならないのだ。
 ギムルがそれを理解するには若すぎた。

「以後、シューターを父とも兄とも思い、学ぶのだ」

 わらわのその言葉にしばらく驚きの顔をしていた義息子だが、少しすると表情を変えた。
 少しでもわかってくれたのであれば、わらわも母として嬉しい。

     ◆

 そんなシューターの実力を知る事が出来たのは、それから幾日も経たぬうちの事だった。
 季節はずれにも、ワイバーンが我が村のに餌を求めて降り立ったのである。
 それがまた間の悪い事に昼間の事で、村では多くの人間が農作業をしている時間帯だった。

「そ、村長さま」
「何事だメリア、騒々しいの」
「村に、村にワイバーンが出没しました! 今、放牧地の牛が襲われています!」

 血相を変えたメリアがわらわの執務室に飛び込んでくると、わなわなと震え状況を説明する。
 またこれが間の悪い事に、ジンターネンの牛が襲われたと言うのだ。
 着るものも取りあえずワイバーンを倒さねばならぬと、剣を片手に屋敷の外に飛び出した。
 けれどもそこに見えたのは、襲われている牛を基準に考えると大きすぎるワイバーンであった。
 あれは、わらわの見たことがある数少ない飛龍の中でも、ひときわ大きな存在だった。

「か、甲冑を用意せよ。せめて胸当てだけでも装備しておかねば、」

 時間は惜しいが、このままではあれに歯が立たないと言葉を続けたかったが、わらわは腰が引ける想いだった。
 戦場は知っている。泣き叫ぶ女子供の中を蛮族討伐に駆けた事もあれば、合戦場で隣国の騎士たちと命のやり取りをした事もあった。
 だが、剣の一振りであのワイバーンを倒す事はわらわには出来ないだろう。

「ギムル、猟師たちはどうしている!」
「すでに集まっている様です。指示を出しますか?」
「馬鹿者。常に支配者は前に出ねばならぬさ」

 その言葉にギムルは必死で抗弁する。

「いけません。村長は前に出ては。俺たちが行きます!」
「馬鹿を言うな。支配者がぬくぬくと後方に居て、何を支配できるというのだ。見ていよ、わらわとて戦場を駆け巡った騎士であるならば、この程度の事は」

 ギムルをワイバーンの矢面に立たせるなどという事は、それこそ亡き夫エタルに申し訳がたない。
 しかしこの村にはッサキチョをはじめ優れた猟師はいるのだ。
 わらわが前に出ようとするだけで、その者たちがきっと我武者羅になってワイバーンを仕留めようと考えるはずなのだ。
 わらわはそろそろ引退だ。せめて母の小さな背中を見て一人前になってくれればエタルに申し訳が立つ。
 そのためにも自立するのだギムルよ。
 だから勇気を示すために、前に出ねばならない。

 けれども。
 村の若い幹部たちを連れ、覚悟を決めて猟師たちの集団に合流しようと前に出たものの、ほとんどその時の出来事は記憶に残っていない。
 戦場とは違う圧倒的な存在を前にした恐怖で、恐らく感覚がマヒしていたのであろう。
 猟師たちが簡単に蹴散らされ、禍々しいワイバーンの見てくれに恐怖したわらわは腰を抜かした。
 本来ならば森の中で猟師たちはワイバーンを仕留める事数多のはずだ。
 なのに、森の外に出てはワイバーンにまるで歯が立たない。

 もう駄目だと思い、猟師たちを蹴散らし迫りくるワイバーンのアギトを見上げている時、そこにひとつの人影が割り込んだ。それが彼だった。

「おお、シューターお前か」

 その言葉はあっけなく無視される。
 強引に抱き寄せた彼は、そのまま勢いよくわらわを地面に押し倒し、自らは身代わりにでもなるつもりか立ち上がった。
 子供の頃に読んだことがある、絵巻物出て来る安っぽい子供だましの英雄物語でも見せられる様に、彼はわらわを守ろうとした。

 そしてさらに加勢に加わったッサキッチョが、ワイバーンにさらわれてしまう事態となった。
 シューターも、わらわが持っていた剣で胸を削がれたという。
 はっきりした事を覚えていないうちに、剣を振り回してしまったのだろうか。
 母の背中を見よとギムルに言ったところで、わらわは情けない姿を見せてしまったものだ。

「この事は俺と村長さまのナイショという事でね」

 シューターが腰を抜かしていたわらわの側に身を近づけたかと思うと、そう小さくささやきかけた。
 何を言っているのだと思えば、わらわは失禁していたのである。
 ふんッ。
 全裸の癖に言う事だけは言うではないか。
 この様な情けない姿を見せてしまっただけではなく、気遣いまでされてしまうとはな。

 けれども、これでもこの男に何ひとつ恥ずかしがるものは無くなったのだ。

 もはやこの身を惜しむところではない。シューターにくれてやってもよい。
 代わりにこの男にわらわの夢を共有してもらおうか。
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