挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
異世界に転生したら村八分にされた 作者:狐谷まどか

第4章 アレクサンドロシアの野望

112/519

99 真夏の夜の長いお話し

 女村長の宿泊部屋を出ると、俺たちは吊り床の雑魚寝部屋に移動する。
 浮かない顔はしていても政治的な問題には一切口を挟まないエレクトラは、むすっとしたままで四人ひと部屋の狭い寝床にさっさと向かっていた。
 俺は少し距離を置いてからけもみみを捕まえる。

「エルパコ、あのふたりの会話を探れ」
「う、うん」

 明日の会談の行方を左右する重大な内容であるなら、アレクサンドロシアちゃんの野望を成就させるのだと誓っている俺としても、出来るだけ詳細に知っておきたい。
 エルパコならば少し離れた場所からでも情報収集する事はたぶん出来るだろうから、ぜひお願いしておきたかった。
 疲れているところ申し訳ないが、もうひと働きしてもらわなくちゃな。
 ところが肝心のエルパコが、あまり乗り気じゃない様な顔をして俺と部屋の方を何度も見比べている。

「えと……」
「何を話していたか詳しく聞いて俺に報告するんだ」
「…………」
「どうした?」

 俺が手に持ったランタンに照らされて、眼を白黒させているエルパコの表情がよくうかがえた。

「し、シューターさん。ぼくはやめた方がいいと思うよ」
「何でだよ?」

 思いつめたような顔をして、小柄なエルパコが俺を見上げて来る。
 と同時に、まるで警戒心を丸出しにしている様にぴこぴこと耳がせわしなく動いているのがわかった。
 その耳はもしかして、ここからでも部屋の中の会話が聞こえているのかもしれない。

「何でって。ぼくは、シューターさんを守るのが役目だから」
「だったら俺を守るためにも、部屋の会話を聞いて来なさい。聞き漏らしがあったら俺どころか村ごと危機に陥るかもしれないだろう?」

 俺は諭す様にエルパコの肩をそっと握って、言い含めた。
 それでもけもみみは頑なに首を横に振って動こうとしなかった。

「エルパコくん」
「…………」
「お前は何か大事な話を俺に隠しているね?」
「か、隠してなんかないよ」
「本当かな。ん?」

 ずいと俺が顔を近づけてランタンを持ち上げると、けもみみの眼を覗き込む。
 するとまるでエルパコの瞳が魚の様にぐるぐると泳いでいるのがよくわかった。
 やはり何か隠し事をしているのは間違いない。
 俺がさらにエルパコの顔をしっかりと見据えてやろうとすると、明らかに戸惑った表情が浮かんだ。

「こ、怖いよシューターさん」
「いや、すまん……」

 慌てて俺が肩から手を離して咳払いをした。
 いかんいかん。大切な家族であり仲間を怖がらせて、俺は一体どうしようと言うんだ。
 反省の意味も込めて銀髪をわしわしっと軽く撫でてやると、頬をぷくうと膨らせたエルパコが見上げて来た。

「そんな事されたって、ぼく教えないもん」
「じゃあどうやったら本当の事を教えてくれるんだ?」

 自分でもう隠し事をしているとバラしてしまっているわけだが、このけもみみはその事に気付いているのだろうか。
 まあ、でもそうまでして俺に教えたくないという事なんだろうな。
 エルパコがここまで拒否反応を示したのは、たぶんはじめての事じゃないだろうか。
 そんな風に思っていると、今度は珍しくエルパコの方から俺に体を預けて、きゅっと力なく抱き着いてきた。
 ちょ、どういう事ですか。
 おじさんちょっと状況が理解できない!

「……ね。シューターさん、ずっとぼくたちと一緒にいるよね?」
「そりゃ俺たちは家族だからな。ずっと一緒だ」
「そっか、それなら――」

 何か言いたげな表情のエルパコであるが、この子なりに必死で適切な言葉を探しているらしい。

「きっと本人が自分で言うと思うから。それまで待ってあげて」

 それだけ言葉を残すと、エルパコはするりと俺の体から身を離して吊り床の雑魚寝部屋に駆けて行ってしまった。
 何なんだよもう。
 きっと本人が自分で言う事?
 わけもわからず俺は振り返って、けもみみの消えた薄暗い廊下を見やった。

     ◆

 乾燥させた除虫菊を焚く臭いがどこからか漂ってくる。
 エルパコとあんな事があって居心地の悪さを感じた俺は、そのまま四人部屋の寝所には向かわず宿泊施設の外に出て来た。

 さすがに真夏の夜という事でじっとりと体にまとわりつく汗が気持ち悪い。
 宿泊所の外に出ると、井戸を探して俺はうろついていた。
 水浴びでもして気分を落ち着かせたいところだが場所がわからない。
 ぐるりと宿泊所のまわりを一周したところで、植え込みの陰になった場所に屋根付きの井戸があるのを発見した。
 ランタンを持ったままでよかったぜ。
 近くまでやってくるとそれを置き、井戸から縄を引き上げて桶を取り出す。
 井戸水は外気にさらされていないぶん冷たく、ばしゃりと顔を洗うと少しだけ気持ちが紛れた。

 本人から聞けと言うのはどういう事だろうね。
 恐らく女村長か雁木マリにかかわる事なんだろう。そして家族というキイワードも気になるところだ。
 などと思いながら、確か女村長の寝所の方を振り返ったところ、

「……」
「…………」

 寝所の窓が開け広げられていて、そこから雁木マリがこちらを見ている姿が飛び込んできた。

「やあ、まだお話は続いているのかな?」
「シューター、そこで何をしているの……」
「暑いから、ちょっと水浴びでもしようと思ってね」
「本当かしら? まさかあたしたちの話を盗み聞きしようとしていたんじゃないでしょうね……」

 俺に猜疑の眼を向け来る雁木マリである。
 あわてて濡れ衣を証明すべく、半分空になった井戸の桶を持ち上げて見せるが、その視線は鋭いままだ。

「いや、そういう事はニシカさんやエルパコじゃないから俺には出来ないし」
「そう、ならいいわ。悪いけれど込み入った話があるので、遠慮してくれるかしら」
「お、おう。そういう事なら」

 急いで桶を井戸の中に放り込むと、さっさとこの場から移動する事にした。
 いつまでも視線を背中に感じているのでしょうがない。

「どうした、何があったのだ」
「いえ、気にしなくていいわドロシア卿」

 フンと鼻を鳴らす音が聞こえて、雁木マリは板窓をバタンと閉じてしまった様だ。
 どうやらエルパコの臭わせていた通りに、何か女村長と雁木マリとの間で会話があったに違いない。
 これはいよいよ、気になってしょうがない気分である。

     ◆

 寝床についてしばらく、俺の介在しない場所で何かの企みでも起きてるんじゃないかと考え事をしていた。
 けれどもやはり慣れない乗馬のせいなのか、気が付けば瞼が重たくなり思考は揺らいでいく。

 どれぐらいの時間がたったのかはわからないけれど、四人部屋の吊り床に誰かが近づいて来るのがわかった。
 恐らく女村長と話し込んでいた雁木マリが、要件を済ませて戻って来たのだろう。
 俺のすぐ上で寝ているはずのエルパコが身じろぎしたので、一応は誰かが近づいたのをエルパコが察知して、一瞬だけ警戒したのかもしれない。

 そしてしばらく深い寝心地に任せてじっとしていると、雁木マリと思われるその気配が俺の側にやってくるのがわかった。
 マリのための寝床は俺の向かいの吊り床を空けてある。
 暗がりだが、その上にエレクトラが寝ているのできっとわかるだろうと思うのだが……
 夢心地の中で何をしているのだろうかとわずかに思考が働いたところで俺の手が握られた。
 えええ。どういう事だ……?
 俺はさすがに脳みそが覚醒して、自然と雁木マリの手を握り返してしまった。

「?!」

 すると暗がりの中で、マリがてき面に驚いているのが伝わってくる。
 何か思い詰めているらしいが、暗がりの中で目を開けたところで残念ながら彼女の表情をうかがい知ることが出来なかった。

「話は何だ」
「えっとうん。ここでは何だから……」
「そうだな、みんなを起こしちゃ悪いしな」

 俺たちは小声でヒソヒソ話をする。
 エルパコはたぶん雁木マリが切り出そうとする話の内容もちゃんと理解しているし、たぶんこの会話そのものもきっちりと耳に入れている事だろう。
 けれども、マリとしてはここでは話しにくい内容なんだろうという事は俺にだって理解できる。
 体を起こして静かに立ち上がると、そのまま暗がりの中で廊下に出た。
 ちゃんとマリがすぐ後ろにいる事を確認して、とりあえず宿泊所から出る。

「もう察しがついているかも知れないんだけれど……」

 夕方遅くに会談が行われた礼拝所にやってくると、そのがらんどうの中で雁木マリの声がよく響きわたった。
 俺は何も察しが付いていなかったけれど、まあマリに言葉を続けてもらう。

「カーネルクリーフがドロシア卿に協力する代わりに提案した要求はね」
「うん?」
「あ、あたしとシューターが結婚する事が条件よ」
「?!」

 雁木マリさん。いま何て言った?
 きっと俺はかなり間抜けな顔をして雁木マリを見返しただろう。
 ここが暗がりの中でなければ、マリは吹き出していたかもしれない。

     ◆

 俺の名は吉田修太、三二歳。
 ティーンエイジな聖少女さまと夜の密会をしている妻帯者だ。

「何で騎士修道会の総長さまが、俺とマリが結婚する事を条件に持ち出してくるんだよ」
「そ、それが政治っていうものでしょう。ドロシア卿は騎士修道会の協力が欲しい、騎士修道会はあなたが欲しい。この世界の領主たちだって自分たちの共闘関係や不戦協定を結ぶために、血の繋がりを作るじゃないの。結婚を利用して」

 確かにそれはそうだ。
 俺は女村長の命令で、野牛の一族を仲間内にするためにタンヌダルクちゃんと結婚する事になったのは事実だ。
 女村長の義息子ギムルもまた、同様に野牛の一族から嫁探しをしている。
 しかしそれは領主や貴族間での話だろう。
 基本的に血のつながりではなく、宗旨の繋がりによって結束している騎士修道会という武装教団にはあまり関係のないことのはずだ。

「だけど騎士修道会は貴族ではないし領主ではない。それなら結婚というカタチに拘る必要が無いだろう? そもそも騎士修道会は何で俺が欲しいんだ、俺なんて元奴隷の地方領主に仕える騎士だぜ」
「いいえ違うわ。だってシューターはこの世界の人間にとって異邦人じゃない」

 異邦人という言葉を聞いて、俺は改めてマリの方へ向き直る。
 雁木マリはブルカの聖堂で礼拝中に全裸で降誕した。

「わたしが聖堂に降誕した様に、シューターが異邦人である事はちゃんとカーネルクリーフも理解しているわ」
「マリが報告をしていたのか」
「……ええ。そういう事例があたし以外にあったって事を、シューターがサルワタ領に戻っている間に報告していたもの。ごめんなさい」

 マリが申し訳なさそうに首を垂れたけれど、騎士修道会の人間としては当然の態度だろうから別にいい。
 それはわかった。だけど、異邦人同士が結婚する事に何の意味があるんだ。騎士修道会は今後、血族集団で組織作りをする予定でもあるのか?

「あたしは前にも言ったけれど、騎士修道会の中で聖少女修道騎士という立場なの。彼ら騎士修道会の人間は、あたしが女神様のご聖断によってこのファンタジー世界に送り込まれたのだと思っているわ。それはシューターも同じだと解釈しているのよ。だから騎士修道会としてはシューターもまた女神様の起こした奇跡の片鱗であり、宗教的にも政治的にも価値があるのよ。少なくともシューターの出自を知れば、シューターを見る領主たちの眼も変わってくるはずだわ」

 まじかよ。俺に政治的価値とかあったんか。
 知らなかったそんなの。

「騎士修道会としてはシューターを他の領主に政治利用されるような事態は教義的にも許せるものでないし、何よりあたしとシューターなら、女神様の使徒同士なのだから貴族の血の結びつきにも匹敵するってカーネルクリーフは考えたのね」
「じゃあひとつ聞くが、本当に俺たちは女神様のご意思とやらで導かれたのか?」

 俺がどうしてこの世界にやって来たのかという疑問は、ずっと俺の中にあったものだ。
 そもそも転移だったのか転生だったのかも今の俺にはわからない。
 ただし騎士修道会の聖少女である雁木マリ自身は、自分はブルカ聖堂に全裸で「降誕」したんだと認識している。
 生まれたままの姿ではあるが、元いたままの年齢で俺はこの世界にやって来たのだ。
 そのあたりどうなんだろうね。

「わからない。わからないけれど、聖堂会の大司教は少なくともそう解釈しているの。元いた世界といっしょで、神様を信仰しているからと言って、本当に神様の姿やお告げを受けた人間はあたしたちの生きている時代には誰ひとり存在していないから」

 過去の降誕者や宗教的指導者の言葉に従えば、女神様のご意思という事に思考が落ち着くらしい。

「ひとつだけ確かなのは、あたしがブルカ聖堂に突然裸で放り出されたとき、元の世界にいた時ここにあったはずのホクロがなくなっていたわ。シューターもそういうところ、ない? 例えば元はあった傷跡がきれいさっぱり消えているとか」

 雁木マリはそう言って、暗がりの中で右腕を指した。
 ホクロが消えていたのか。
 俺もそれを聞いて、あわててシャツを探る。

「本当だ。むかし俺が弾着の失敗で火傷した時に作った傷が、言われてみれば確かに存在しない」
「だんちゃく?」
「ああ、学生時代に自主製作映画を撮っていた事があるんだけど、銃撃で撃たれて倒れるシーンで火傷したんだ」

 確か十年経っても消えない火傷跡が、へその右隣あたりにあったと思ったが、そんなものは綺麗になくなっている。
 ホクロについては……まともに姿見で確認する機会が無かったので、気付きもしなかった事だ。我が家に鏡と言えば、ブルカ土産にカサンドラにプレゼントした手鏡しかない。

「まあわかった、情報を整理しよう。突然いろんな事がわかって頭が混乱している」
「ええそうね」
「それでカーネルクリーフ総長は、俺とマリの結婚を条件に出したわけだな」
「その通りよ」

 ここまでは理解した。
 問題はメリットだ。カーネルクリーフ総長は俺たちを結婚させてどういう風にしたいのか。

「マリと俺が結婚したらどうなる? 具体的な協力というのはどういうものなんだ」
「まずサルワタ領内に聖堂を建てるという件だけど、あれは寄進というカタチではなく共同でという話になるわ。少なくとも聖堂会には信徒から多くの寄進が寄せられているものだし、母体の騎士修道会にも貴族から多額の寄進があるの。資金的にドロシア卿が一手に金貨一〇〇〇〇枚を支払う状況は回避されるわ」
「そりゃ村長さまとしても確かにありがたい限りだ」

 とりあえず資金の問題が大部分で解決するんじゃないか。
 半値になるだけでも騎士修道会を領内に誘致するのが、実現に一歩近づく。
 細かい事はわからないが、金貨数千枚ならあるいは。

「まだあるわ。騎士修道会は銀貨鋳造権を国王より与えられているから、両者一体になるという事はドロシア卿はその恩恵にあずかる事が出来るの」
「おお、それは確かに大きい」

 モノの本によれば、貨幣には実際と同等のものを鋳造したとしてもコスパフォーマンス的には大きな問題があるらしい。特にそれが硬貨であれば重量がかさばり、鋳造の際には実際の価値以上に輸送コストを乗せて発行する必要があったのだそうだ。
 このデメリットを解消するためのひとつの方策が、国家の主催者である王権が諸侯に対して鋳造権の分有を許可したのだ。
 自らが鋳造する権利を有すると言う事は、輸送コストにかかるぶんの差額を手にする事が出来るという経済的にも有利な立場になる。
 逆に今のサルワタ領は、実際の貨幣価値以上の価格を物品で交換しているというデメリットを受けている。

 それならば、どうして女村長は難しい顔をしていたんだ。
 彼女は間違いなく「騎士修道会を領内に誘致する事は難しい」と口にした。
 貨幣鋳造権の分有をさらに分有する様なものだから、聖堂寄進の半分を捻出しなければならないとしても、実際にはさらにお安くなるはずなのに。
 どういう事だ……

「アレクサンドロシアちゃんはそれに対して何と反応したんだ」
「シューターはわたさない、と」

 そう、女村長は断言したらしい。

「こんないい条件をどうして」
「それはたぶん、あなたが村を退去する必要が発生するからじゃないかしら」
「村を退去……」

 俺が雁木マリと結婚すると言う事は、ブルカに俺を呼びつけると言う意味だったのか?
 それならば確かに女村長が渋い顔をするのは理解できる。
 いや、アレクサンドロシアちゃんに惚れられているからな、などと己惚れ発言をするのではない。
 野牛の一族を抑えるために俺はタンヌダルクちゃんと結婚したわけだから、サルワタ領内を退去するとなれば、この婚姻同盟が有名無実化してしまう事になる。
 あるいは女村長が常々口にしている様に、俺を戦士として評価していて、その部分を頼りにしているのかもしれない。
 俺たちの村は、兵士と呼べるようなまともな軍事訓練を受けた人間もほとんどいないはずだし、確かに俺は頼りにされているのだ。

「ドロシア卿は仰っていたわ。シューターは自分の懐剣だから、これを手放す事は到底できないとね」
「マリと結婚するという事はブルカに行く事になるのか? 豪華な聖堂を建てれば、騎士修道会がこっちにやってきておわりって事にはならないか?」
「ならないわ。仮にも立派な聖堂を建設するならば月日がかかるものだし、騎士修道会の軍事訓練のためのキャンプは、ブルカ近郊にあるから」

 そう説明をしてくれた雁木マリは、暗がりの中で改めて俺を見やっている様だった。
 言葉を続ける。

「あたしと結婚するという事は、シューターは修道騎士になるという事なのよ。あたしが聖少女修道騎士だから、どういう肩書になるのかしら……。いずれにしてもそのための教育と訓練を受けるから、その間はサルワタ領を離れないと行けなくなる」

 わかった。なるほどそうなのね。
 これから外交使節を派遣して諸領主と交渉すると言うタイミングで、俺が抜けると言うのも最大の問題だ。
 だからアレクサンドロシアちゃんはぶすっとしていたのか。
 いやそれだけじゃない。
 雁木マリ本人はどういう反応をしたんだろう。
 すごく大事なことじゃないか。そして一番気になるところだ。

「マリは、君はどう思ってるんだ。俺と結婚するなんて突然言われて、どういう反応をしたんだ?」
「あ、あたしはそれもいいかなって……思ってるわよ? 聖少女なんて立場だから、なかなか結婚相手とか見つからないし、それに変な貴族とお見合い結婚とか絶対に嫌だし。その点ほら、シューターの事は仲間、だし?」

 暗がりでもわかる、雁木マリの吐息と上気。
 もしかしてこれはモテ期か?!
 一拍を置いてゴクリとつばを飲み込んだらしい雁木マリが続きを口にする。

「そ、そんな事よりシューターはどうなのよ? あたしなんかと結婚って。その、素敵な奥さんがふたりもいて、愛人だっているのに……」
「えっ俺か?」

 愛人というのはエルパコの事を言っているのか……
 それはともかくとして、雁木マリが何となく俺に対して一種の感情を抱いている節がある事は、少し前から薄々理解していた事だ。
 雁木マリとの出会いはぶっちゃけ最悪だったと思うし、出会いがしらに殴る蹴るされた事は今でもいい思い出としてよく覚えているぜ。ただ、

「マリは魅力的な女性だと思うよ。下品な言い方をすれば、いい女だよ」
「うぇ? い、いい女ってどこがよ?!」
「そういうのは一緒にいて気が楽な事というか、何だろうな。それに俺たち村が危機的状況の時にこうしてすぐに駆けつけてくれたのは凄く嬉しかったし、仲間ってものにこれほど救われた事もなかったよ」

 変な声を出してあわてた雁木マリに俺が言った。
 言葉にするのが難しいんだけれど、マリと結婚という事を考えてみれば自然と受け入れられる気がするのだ。

「けど、本当に俺でいいのか……」
「いっいいわよ…? そのえっと仲間だしね」
「……そうだよな仲間だしな」

 仲間だと結婚するという理屈は明らかにおかしいのだが。
 どうやらテンパっているらしい少し鼻息の荒い雁木マリはその点に気が付いているのだろうか。
 床に置いたランタンを持ち上げて、マリの表情を改めて確認した。
 俺の顔もちゃんと見てもらって、しっかり誠意があるところを見せないとな。
 ところが俺はちょっとニヤけ面をしていたらしい。
 モテ期到来ですかとかぬか喜びした表情が出ていたのかもしれない。

「その顔、お前もしかして、ここまでくれば奥さんがふたりでも三人でも一緒だとか思ったでしょ?!」

 違うぞ落ち着け!
 ランタンに照らされた怒った表情のマリが、ぐいと顔を近づけて睨みつける。
 久しぶりに拳を握りしめたマリを見て、殴られるのかと俺は焦った。

「そ、そんな事はないからな。ただ、こういう事はちゃんとカサンドラに報告してからじゃないと返事できないし、村長さまにも相談しないといけないだろっ。俺たちが勝手に決められる事じゃ――」
「黙りなさいよ」

 メガネの向こう側で、恐怖と覚悟がない交ぜになった様な瞳を見せながら、あろう事か雁木マリが俺の唇をふさいでしまった。
 少し緊張して、硬く震える様な。
 だがちょっと待ってほしい、大人を舐めるな。
 いや俺は震えるマリの背中にゆっくりと手を回しながら、ランタンをふたたび床に置いた。
 マリの唇と俺の唇でつまみ、舌を差し入れてゆっくりと舐めま……

「つ、続きはまた今度よ」

 ビクンと背筋を震わせたマリが突然俺を押しのけて立ち上がると、逃げる様に礼拝所の通路を走っていった。
 少し俺も気がはやったかも知れない。
 でも拒否はされなかったよな、続きはあるんだから……

     ◆

 ひとりになっても礼拝所の女神像をぼんやりと眺めながら俺は考える。
 雁木マリと結婚すると言う条件か。
 女村長は俺を引き渡す事に難色を示しているんだよな。
 さて、どうやって折り合いをつけるのか。
 俺も男だから何かの妥協案を捻りださないといけないね。

 などと思っていると、背後に誰かの気配を感じて俺は振り返った。
 もしかして雁木マリが何か言い残したことがあったのかな?

「……し、シューターさん、ぼくは何も見てないからね。義姉さんたちにはナイショにしておくから」
「エルパコ?! いつからいたんだ……」
「ふたりが部屋を抜け出した、その後からだよ」

 ずっとじゃねえか!

「大丈夫。ぼ、ぼく口は堅い方だから……」
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ