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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第9章 青少年期 シルフィエット編

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第八十七話「守られた秘密」

 フィッツ先輩が女だと判明した翌日。
 俺は寮の自室にあるベッドで、だるい体を起こした。
 久しぶりに目覚めた相棒の事が気がかりで眠れなかったのだ。

 相棒は何事もなかったかのように沈黙を続けている。
 俺の脳内は、すでにフィッツ先輩の事で一杯だったが、相棒は知らん顔だ。
 この行き場のない昂ぶりを相棒と一緒に発散させたいと思ったのだが、まだ相棒の機嫌は治りきっていないのか。
 それとも、記憶だけではダメなのか。

 匂いか、感触か、それとも声か。
 フィッツ先輩の存在がED回復の鍵となるのは間違いないらしい。
 人神の言葉は正解だったのだ。
 俺が気づかなかっただけで、すでに治療薬は存在していたのだ。

 とはいえ、これからどうやって治療に入るというのだろうか。
 フィッツ先輩は正体を明かせない。
 俺も、フィッツ先輩に嫌われたり警戒されるような事は出来る限りしたくない。

 EDの治療とフィッツ先輩の信頼。
 せめてあと半年早く彼女が女性であると気付いていれば、
 前者に重きを置いて彼女の事など何も考えずにED治療に邁進したであろう。
 だが、今となっては恋慕の情の方が大きくなってしまった。

 こうなると、エリスの時のように、性欲に任せて行動し、振られるような事は避けたい。
 と、自然に考えるようになってしまう。

「……これも、なるようになるのかね」

 男装した王女の護衛にED治療をねだる男、か。
 その演目は、さぞ面白いんだろうな。
 面白けりゃおひねりをくれたっていいんだぜ、人神さんよ。

 と、俺はわざとらしくニヒルに笑い、下段しか使っていない二段ベッドから出た。
 ぐっと伸びをすると、あくびが出た。
 寝不足だな。

「あふぁ……」

 部屋の隅に置かれた桶の前に移動し、中を温水で満たす。
 そこに映るのは、そこそこ良い感じの少年だ。
 前世界の標準で照らしあわせれば、決してブサイクとはいえない。
 パウロのDQNっぽいちゃらけた顔に、ゼニスの優しい面影をプラスした顔。
 悪くないとは思うが、しかし、この世界の『美形』から少々外れる。

 何度見ても、自分の顔だとは思えないが、それも慣れた。
 前世より悪くないというだけで、十分満足できる。
 しかし果たして、この顔はフィッツ先輩の好みに近いのだろうか。

 いや、よそう。考えてもしかたないことだ。
 彼は男。俺は何もしない。
 そういう事にするのだ。

 ふと、そのまま顔を洗おうとして、自分の顎のあたりにうっすらと何かがついているのを発見した。
 指で触ってみる。
 引っ張ってみると、肌が少しだけ引きつった。

 ヒゲだ。
 産毛のようなヤツが一本、ちょろりと生えているのだ。

「もうそんな歳か……」

 こっちの世界でも、人族の二次性徴はそれほど変わらない。
 パウロがあまり毛深い方ではなかったせいかヒゲはちと遅かったが、それ以外の毛は生えてきている。

 他の種族となるとどうなっているのかは分からないが、フィッツ先輩はどうなんだろうか。
 長耳族ってのは成長が遅いんだったか……。
 あっちの方の毛は生えていたりするんだろうか。
 長耳族の生態はエリナリーゼあたりに聞けばわかるだろうか。

 ん……あれ?
 なんか引っかかるな。
 引っかかるが、それが何か思いつかない。

「…………なんだっけか」

 何か、何か忘れてる。
 しかし、思い出せない。

 思い出せないまま、俺は産毛のようなヒゲを剃り落とした。


---


 丸二日が経過した。
 フィッツ先輩との接触は無い。
 俺も、急にフィッツ先輩を探したりとか、不審な行動を取るつもりはない。
 いつも通り、いつも通りだ

 三日目の朝。
 男子寮の廊下に、ルークが待ち構えていた。
 俺は慌てない。
 何かしらのアクションはあると思っていた。

「おはようございますルーク先輩、珍しいですね、こんな時間に」

 出来る限り快活に声を掛けたが、ルークの顔はうかない。
 不機嫌そうな目で俺を見ている。

「フィッツの事で話がある」

 やはりか。
 だが、この件に関しては、俺も答えを統一させる。

「僕は何も知りません」
「ほう、何を知らない?」

 ルークの詰問口調の声。
 この間のフィッツ先輩の事で、探りを入れているようだ。
 ……となると、もしかすると性別を知ってしまったという事は不確定と思われているのか?

 密着して、あんな事を聞いたのだが、フィッツ先輩は女とは言ってない。
 別に胸を揉んだわけでもなければ、どこぞの尻尾生えた少年のようにパンパンしたわけでもない。
 まだ隠し通せる、そう思っているのかもしれない。
 そういう方向なら、俺も異論はない。

 しかし、フィッツ先輩の秘密、よほど知られてはまずいのだろうか。
 いや、もしかすると、俺がグレイラット姓であることも関係しているのかもしれない。
 だが、俺はすでに、ボレアスとの縁は切れている。
 エリスにフラれた時にな。
 いや、それともパウロの件か?
 どちらにせよ、ここは、ハッキリと言っておかなければな。

「ルーク先輩。僕はあなた方と敵対するつもりはありません。
 フィッツ先輩の正体も知らないフリをします」
「……知らないフリだと?」
「ええ、僕はボレアスとも、ノトスとも縁は切れていますしね」

 ルークの端正な顔が驚きに歪められた。
 何かマズイこと言っただろうか。
 ボレアスやノトスなど知らぬ存ぜぬで通した方が良かっただろうか。

「では、そういう事です」
「ああ、邪魔したな……」

 何も言わないルークにそう言って、俺はその場を後にした。


---


 その日。
 一日の授業を終え、
 ナナホシの実験に赴いた。

「あ、ルーデウス君……」

 ナナホシの部屋の前に、なぜかフィッツ先輩がいた。
 俺の記憶が正しければ、フィッツ先輩が手伝いに来る日はあと4日ほど後だ。
 今日は休みの日ではなかったはずだ。

 だというのに、フィッツ先輩は来た。
 王女の護衛ではなく。
 実験の方に来た。

 理由はやはり、先日の一件によるものだろう。
 フィッツ先輩との肉体的な接触。
 そして、ルークとの対話。
 もちろん、俺はフィッツ先輩と、そしてアリエル王女と敵対するつもりはないと言った。
 だが、向こうがそれを信用する理由はない。
 むしろ、敵対を疑うであろう事は明白だ。
 相手の秘密を知るってのは、そういう事だ。

 なら、今日のフィッツ先輩の目的は、俺の監視か。
 ルークとの対話が真実かを、確かめにきたのかもしれない。
 ふっ、今日の俺は冴えてるぜ。

「……」
「……」
「なに? あなた達、喧嘩でもしたの?」

 押し黙る俺と、緊張の面持ちのフィッツ先輩。
 それを見たナナホシが、魔法陣を書きながらポツリと聞いてきた。

「べ、べ、別に喧嘩なんてしてないよ!」

 対し、あからさまに挙動不審なフィッツ先輩。
 慌てるフィッツ先輩は可愛いな。
 でも、やはり、疑われている。

 こういう時は、どうすれば信頼を得られるのだろう。
 やはり、アリエル王女に貢物とかした方がいいのだろうか。
 菓子折りぐらいしか思いつかんが。
 かなり警戒されてるみたいだし、逆効果かもしれん。

「なんでもいいけど、私を巻き込まないでよね」

 ナナホシは舌打ちの一つでもしそうな声音で言った。
 彼女はこの世界の厄介事は極力さけていく方針だ。
 アスラ王国に関係深いフィッツ先輩と俺の喧嘩に巻き込まれたくはないのだろう。

 もっとも、こんな言い方をしていては、いつか誰かと問題を起こすだろうが。
 ……言う相手が俺ぐらいしかいないようだし、それは問題ないか。

 まあ、この世界とかかわり合いになりたくないというのなら、それでもいいだろう。
 俺がとやかく言う問題じゃない。
 自分の目的を妨害されない程度に愛想よくして置いた方がいいとは思わなくもない。
 だが、毎日必死で魔法陣を書き続けている彼女に、コミュニケーションに労力を割け、とまではなかなか言えない。

「……」
「……」
「ちっ……」

 いつもはフィッツ先輩やナナホシと他愛ない雑談をしながら行われる実験。
 今日はひたすらに無言で、時折ナナホシの舌打ちだけが響いた。

 なんとも微妙な空気のまま、ナナホシの実験は終わった。

「…………お疲れ様」

 ナナホシは疲れた声で、終了を告げた。
 彼女の実験は、今日も進展は無しだ。


---


 実験の帰り。
 やはり俺とフィッツ先輩の間に会話はない。
 何かを喋らないと、今までと同じように振舞わねばと思うが、しかし何を喋るべきか。
 口を開けば、「おっぱい見せて」とか言いそうな気がしてしまう。
 思いつかないまま、女子寮の分かれ道についてしまった。

「……」

 寮に近づくと、何やら入り口の方が騒がしかった。
 遠くからでも入り口近くに人混みができているのが見えた。

「何かあったんでしょうか」
「……………ん、ちょ、ちょっと聞いてくるよ」

 フィッツ先輩が、焦ったような口調でそう言うと、サッとかけ出した。
 彼女も沈黙を苦痛に感じていたのかもしれない。

 俺はその場で待機。
 しばらくすると、フィッツ先輩が小走りで戻ってきた。

「どうでした?」
「うん、なんかねー、寮の中で、喧嘩が、あったんだってー。
 それでね、魔術を使った喧嘩で、廊下と天井に穴が開いたから、最上階の部屋が使えないんだって」

 やけに棒読みだった。
 てことは、喧嘩したのはアリエルだろうか。
 喧嘩するような人物には見えなかったが、何かやらかしたのかもしれない。

「そうですか、それは大変ですね」
「うん、それでね、アリエル様の部屋も使えなくなっちゃったんだ。
 今までボクはアリエル王女の部屋のすぐ傍の、護衛用の小部屋に寝泊まりしてたんだけど、
 そこも使えなくなっちゃってね」
「ほうほう」

 ずいぶんと説明くさいな。

「アリエル様は、街中にいる知り合いの貴族に一晩だけ泊めてもらう事になったんだけど、
 その貴族っていうのが、大の長耳族嫌いな人なんだよ。
 だから、ボクは家に入れられないっていうんだ」
「へぇー」

 フィッツ先輩は演技がヘタだな。
 いつぞやの、設定をそのまま読み上げているような感じの声音である。
 今度は、何を隠しているのやら。
 いやいや、詮索はすまい。

「それでね、明日には修理の人がきて直してくれるらしいんだけど、
 ボクは今晩泊まる所がないんだ」
「ほう、それは大変ですね。なんでしたら、僕が修理に行きましょうか?
 レンガ造りの家屋の修理でしたら経験がありますので、できると思いますよ」

 と、一応ながら提案してみる。
 冒険者時代、土魔術の訓練の一環として、壁や屋根、街の壁の修理をした事がある。
 土魔術でレンガを作り、それを手作業+土魔術で組み上げる。
 手順は知っているので、1時間も貰えれば、フィッツ先輩の部屋ぐらいなら使用可能な状態に戻せるだろう。
 決して、フィッツ先輩のお部屋を拝見したいという下心では無い。

「うえっ……!?」

 フィッツ先輩は顔を引き攣らせた。

「あう、あ、うんと、そ、そうだ。
 三階に使われてるのは高級な耐魔レンガだから、えっと、材料が無くてね、届くのが明日なんだ」
「そうですか」

 そうだって……今思いついたのか。
 だろうな。
 耐魔レンガなら、魔術によって破壊されるとかおかしいもんな。
 でもツッコマンぞ。
 むしろ、それを誰かに聞かれたら「耐魔レンガが雨漏りで劣化していた」という言い訳も考えついた。
 フッ、今日の俺は鋭いぜ。

「それに、女子寮に男子が入れるわけがないじゃないか」
「ですね」

 何をしているのかわからんが、向こうの事情は汲んでおこう。
 とりあえず、俺に女子寮に入られるのはマズイ、ということだ。

「えっと、その、えっと、ルーデウス君、一人部屋だったよね?」
「ええ」

 探るような視線。
 これは、なんと答えるのが正解か。

「なんだったら泊まりにきますか?
 二段ベッドの上はいつだって開いていますよ」

 フィッツ先輩は男で通しており、俺は彼女を男として扱う。
 だから、この提案は、当然の事だ。
 後輩が、先輩を部屋に泊める。
 ただそれだけの事だ。
 決して下心はない。
 寝込みを襲おうとか、そういう不埒な事は考えていない。
 ただ、フィッツ先輩の寝ていた布団の匂いを嗅ごうと思っている程度だ。

 もっとも、フィッツ先輩はさすがに断るだろう。
 男の部屋で同衾というのは、さすがにマズイだろうしな。
 まあ、フィッツ先輩には俺の部屋を貸出し、
 俺自身はザノバの部屋に泊めてもらうのがベストか。
 それでも匂いは嗅げるからな。

「ほんと!? いいの? じゃあ、一晩だけ、お言葉に甘えるね!」

 予想に反して、フィッツ先輩は嬉しそうな顔をして頷いた。

 あれ?
 と、首をかしげ。
 直後に、悟った。

 監視だ。
 フィッツ先輩は今日、俺を監視しているのだ。

 先日の件だけでなく、もしかするとアリエル王女になにかトラブルがあって、
 容疑者として俺が疑われている可能性もある。

 俺が何かをしないように、フィッツ先輩が俺を監視する。
 そういう手はずになっているのかもしれない。
 思えば、本来ならば来ない日にナナホシの所に来たのも、そういう事だったのかもしれない。

 そういう事なら。
 アリエル王女が何を警戒しているのかわからないが、一晩じっくり護衛して、安全だと確かめればいいさ。

「じゃあ、枕と着替えだけ取ってくるね」

 フィッツ先輩はそう言うと、タッと駆け出し、寮の中へと戻っていった。
 …………部屋、散らかってなかったよな。


---


 寮に戻り、フィッツ先輩を自室に招く。
 フィッツ先輩は緊張の面持ちで、部屋に入ってくる。

「どうぞ、粗茶ですが」
「あ、うん。ありあが……ありがとう」

 どもって顔を赤くするフィッツ先輩。

「僕はこれから、ザノバとジュリに魔術を教えにいきますが……一緒に行きますか?」
「い、いや、ボクは待ってるよ。邪魔しちゃ悪いしね」
「そうですか、フィッツ先輩なら、ザノバも邪険にはしないと思いますがね」

 俺の監視ではなかったのだろうか。
 いや、もしかすると、家探しの一つでもする気なのかもしれない。
 俺に探られて痛い腹はない。
 ゆえに、見られて困るものもない。
 ちょっと洗濯物がたまってるけど、別に困りはしない。

「では、行ってきます」

 ザノバルームへと移動する。

 ジュリに土魔術と造形を教えつつ、
 ザノバと赤竜フィギュアの制作をしつつ、
 俺は少々考える。

 考えるのは、フィッツ先輩の事だ。
 現在俺は、好きな子が部屋にいるという事で、少々興奮している。

 しかし、考えてみよう。
 俺はフィッツ先輩の性別を知らない、という事になっている。
 つまり、フィッツ先輩は男として泊まりにきているわけだ。
 俺を監視するために。

 警戒されているのだ。
 ルークには敵対しないと言ったが、
 所詮は口先だけの事、信用出来ないのだろう。

 それに、俺はどうやらこの一年で学校のパワーバランスを大きく変化させてしまった。
 リニア、プルセナ、バーディガーディ、ナナホシと、強い権力を持つ者に接触してきた。
 傍から見れば、俺が従えているように見えるのかもしれない。
 学校中の権力者を支配下に加え、
 最後は生徒会長であるアリエル王女をと、そう思われている可能性もある。

 さすがにそれは邪推だが、
 街中でアリエル王女……と思わしきフィッツ先輩と接触し、
 その後にフィッツ先輩の性別について探りを入れた。
 怪しまれている可能性は高いだろう。

 もちろん、俺はこの学校の覇者になるつもりはないし、
 アリエル王女をどうこうするつもりはない。

 それを証明する方法は後々考えるとして、
 フィッツ先輩に疑われるような事は一切しない方がいいだろう。

 神経を尖らせていく。
 今晩は、疑われるようなミスはしない。

 例えば、うっかりハプニングで、フィッツ先輩の着替えを覗いてしまう。
 わざとではないのだが、わざとだと誤解される。
 なんて事も有り得る。
 恋愛コメディにありがちな展開だ。
 しかし、わかっていれば回避は容易である。

 例えば、トイレ、風呂。
 この寮のトイレは個室だから鍵さえかければ問題ない。
 風呂は、一応、ザノバの所に行っている間に済ませてもらうように言っておいた。
 お湯は1階にもらいにいくか、もしくは自分で沸かす。
 フィッツ先輩は魔術に関しては問題ないだろう。
 一応、他人の部屋で風呂に入るのに抵抗があるのならと、おしぼりも用意しておいた。

 あ、もし帰ったら、偶然にも着替えに鉢合わせてしまう可能性があるな。

 自室なのでノックもなしにガチャリと入り、白い肌を見せているフィッツ先輩。
 きっと「キャッ」という短い悲鳴を上げて、胸を隠すだろう。
 俺はもちろん気付かないフリをして、「背中を流しましょうか」なんて言って近づいて。
 「おっと手が滑ったなんて」言いつつ、慎ましい頂きにロッククライミング。
 「先輩、ちょっと胸筋の鍛え方が足りないんじゃないですか」なんてとぼけつつまさぐれば、
 きっと、息子も大鐘音のエールを響かせながら旗を立てて……。

 いや。
 だから、いかんて。
 そういう事をやったらいかんのだって。

 とはいえ、帰ってきた時に着替えに鉢合わせる可能性。
 これも極めて高いと言えよう。
 少なくとも、俺が生前に読んでいた恋愛コメディでは、確実に遭遇していた。

 ゆえに、扉を開ける時は必ずノックだ。
 自室だが、関係ない。
 そこに人がいるのだから、ノックは必須だ。
 甲子園球児のシゴキぐらい必須だ。
 百本ノックだ。
 打つべし、扉、打つべし。

 今晩、俺はミスはしない。
 欲望に流されてフィッツ先輩の裸を見たり、
 まして夜中に襲いかかったりはしない。絶対にだ。
 性神的ミスは無い、と思っていただこう。

 フィッツ先輩は快適な夜を過ごす事だろう。



--- シルフィ視点 ---


 ルディが部屋を出てから、結構な時間が経った。
 確か、寝る直前までザノバ君とジュリに魔術を教えているらしい。

 そう考えると、あの二人が羨ましい。
 ボクも昔は、丸一日ルディにつきっきりで魔術を教えてもらっていた。
 懐かしい。
 願わくば、あの頃に戻りたい。

 なんて考えているボクは現在、下着姿である。
 女性用のパンツに、ビスチェ。
 いつもつけている色気のない防刃素材のビスチェではなく、アリエル様から借りたセクシーなやつだ。
 少しだけ胸のあたりがダボついているけど、アリエル様は「それがいい」と言っていた。
 よくわからない。

 いつものようにサングラスもつけていない。
 あれを付けていないと、アリエル様が襲われた時にわからないのだが、
 まあ、今はルークを信じよう。
 今日は他の二人もついているし。
 それに、学校で襲われることはほとんど無いし……。

 ちなみに、ボクがなぜこんな格好をしていると聞かれると、これが作戦だからだ。
 アリエル様は言ったのだ。

『いいですかシルフィ。
 ルーデウスは、あなたが女だと気づいている。
 そして、どうやら貴女の事が気になっているようです。
 男性のアレが立ったとは、すなわちそういう事です』

 気になっていると言われ、ボクは不思議でならなかった。
 今までルディと接してきて、そんな気配は一切なかったからだ。
 ボクが一方的に好意を寄せているだけだと思っていた。

『気になる女性が泊まる場所が無いとくれば、
 彼は必ずや、自分の部屋に来いと言うでしょう。
 そうですね、ルーク』
『間違いありません。俺だったら間違いなくそう言います』

 経験豊富なルークも、大きく頷いた。
 ボクはその言葉を信じ、行動した。
 実際にその通りになった。さすがだ。

 ここまではいい。
 彼らの計画通りだ。

『さて、本来ならば、部屋に呼ばれ、それに了承したという事は、
 一夜の契りを交わす事に了承した、という事です』

 ルディとの一夜の契り。
 それを考えると、自分の顔が耳まで真っ赤になるのが自覚できる。
 きっと、アリエル様とのようなのとは違うんだろう。
 リーリャさんに教わったみたいに、熱くて、切なくて、全てを委ねるような何かに違いない。

『しかし、ルーデウスは貴女が女だという事を、気づいていない事にしようとしています。
 そうですね、ルーク』
『間違いありません。そう言っていました』

 やっぱり、あの時、お尻を触られて、女だってことはバレちゃったらしい。
 けど、ルディは隠してくれようとしてくれているようだ。

『とんだヘタレ野郎です。
 恐らくあのヘタレ野郎は、普通にしているだけでは、
 夜になっても貴女に手出しをしてはこないでしょう』
『も、もし手出ししてきたら?』
『その場合は作戦成功です。
 身を委ねてください。そして最後に愛をささやき、
 女である事を二人だけの秘密にして、と言ってください。
 そうですね、ルーク』

 アリエル様の言葉に、ルークが追従する。

『ああ、それで万事うまくいく』

 なるほど、とボクも思った。
 経験豊富なルークが言うなら間違いないだろう。

『いいですかシルフィ。
 その場合、決して逃げてはいけませんよ。
 ルーデウスは鈍感なヘタレです。
 一度でもあなたが躊躇し、抵抗すれば、次に手出しをしてくるには大きな時間が掛かるでしょう。
 半年か、一年か。それぐらいは向こうからは来ません。
 向こうからくるというのは千載一遇のチャンスです』

 ヘタレヘタレと連呼するアリエル様に、ボクもちょっとイラッときた。
 けれど、ルディは紳士なので、いきなり襲ってはこない。
 そう解釈すれば、苛立ちは収まった。

『さて、しかしシルフィ、その千載一遇のチャンスは、自らの手で掴み取れます』
『そうなんですか?』
『はい。現在、ルーデウスがあなたを襲わない理由は『フィッツの秘密』を守ろうとしているからです。
 つまり、あなたの口から秘密を打ち明け、「襲ってもいいよ」と言って上げればいいのです』

 しかし、とアリエル様は続ける。

『理由はわかりませんが、彼は私たちとは関わりあいになりたくないようです。
 あなたの口から言ったとしても、冗談で済ませられる、あるいは「今のは聞かなかったことにする」と言う可能性が高いです』

 ルークが大きく頷く。
 経験豊富なルークが頷くなら間違いないだろう。

『じゃあ、どうすればいいんですか?』

 聞くと、アリエル様は大きく頷いた。

『まず、証拠を提示します』
『証拠?』
『そう、証拠です。
 彼がトイレか何かで席を外した時を見計らい、
 服を脱ぎ捨て、下着姿になるのです。
 さも、今のうちに寝間着に着替えようと思った、という感じで!』

 これがアリエル様とルークの作戦であった。
 まず、下着姿になることで、女である事をアピールする。
 目の前で肌を見れば、さしものルーデウスとて、気付かないフリはできまい。
 下着姿のまま事情を説明し、ブエナ村のシルフィエットであることを告げる。
 気になっている子が下着姿で、実は幼馴染だった。
 さらに追い打ちで愛の告白をする。
 もはや断ることは出来まい。
 そのままベッドイン。
 だそうだ。

 ボクも、男女の作法についてはリーリャさんに聞き及んでいる。
 けれども、正直初めてなので自信はない。
 アリエル様にするのとは絶対に違うだろうことはわかるけど。
 そう漏らすと、ルークは言った。

『流れさえ作ってしまえば、あとは男の方で好きにやる。
 女は男のやることなすことを拒絶せずにいればいいんだ。
 最中には健気な表情を出しつつ「大丈夫だよ、愛してるよ、気持ちいいよ」のどれかを言っていればいい』
『ルーク……それはちょっと……』

 経験豊富なルークの言葉に、
 アリエル様は微妙な顔をしていたが。
 アリエル様だって男性経験は無いはずだ。

 ルークの言葉を信じよう。
 でも、ルディもルークと一緒だと思うと、ちょっと嫌だな。
 だって、ルークの言う理想って、まるでお人形みたいだもん。
 ルディはお人形が好きみたいだけど……うーん。

 とはいえ、他に頼るすべもない。
 ボクは、その作戦を信じることにした。

 ルディが出かけた後、
 ルディが用意してくれた桶にお湯を張って体を清め、下着に着替える。
 アリエル様が貸してくれた手鏡で変な所が無いかを確認。

 ついでに、お湯の残りで、ルディの服も洗濯しておいた。
 洗濯物を溜めるなんて、ルディもやっぱり男の子だよね。

 下着姿でベッドの端に座り、
 いつでも準備は万端だ。

 アリエル様は、いっそ裸のほうがいいんじゃないかと言ってたけど、ルークがそれを止めた。
 いきなり裸だと、風情が無くて逆効果だそうだ。
 よくわからない。

「……へくしゅん!」

 くしゃみをしつつ、待つ。
 ひたすらに待つ。
 床の一点を見つめて。
 じゃないと、さっき洗ったばかりのルディのパンツとか、
 以前ルディが見ないでくれといった神棚の中身が気になってしまう。
 ボクはなるべくそれらを視界に入れないようにして、
 これからの事をシミュレーションする。

 ルディが帰ってくる、ボクの姿を見て驚く。
 ボクは女だと、自分から告げる。
 そして、シルフィエットであることを告げる……。

 シルフィエットと名乗って……失望されないだろうか。
 大丈夫だろうか。
 どうやら、ルディは『フィッツ』に好意をいだいてくれているらしい。
 好意を抱くって事は、肯定してくれてるって事だ。
 お互いに好きなら、うん。うん。
 大丈夫だ、うん。大丈夫。うん。

(お父さん、お母さん。
 今晩、ボクは大人になります)

 コンコン。

「……っ!」

 と、その時、扉がノックされた。
 ノック。
 ノックである。
 自分の部屋をノックする人はいない。

 失念していたが、ルディだってこの一年で交友関係を広くしている。
 誰かが訪ねてこないなどと、誰が決めたのか。

 ボクは慌てて、脇においてあった服を着た。
 正体を明かすのはルディだけだ。
 サングラスをつけると、内側から扉を開けた。

「ごめん、今ちょっとルーデウス君は留守で…………あれ?」
「ただいま戻りました」

 ルディだった。
 ルディが扉の向こうにいたのだ。

「あれ? な、なんでノックしたの?」
「人がいる所に入る前には、ノックするのが当然の礼儀でしょう」

 その通り、その通りだ。
 けど、けどさ、ルディ……。
 あうぅ……。

 出鼻をくじかれてしまった。
 作戦は、失敗だ。


---


 その夜、ボクは悶々としていた。
 今いるのは、二段ベッドの上。
 真下にルディがいると考えると、体が熱くなっているのがわかる。

 あの後、どうにかして、ルディに下着姿を見せようとしたけど、無駄だった。
 ルディはわざとやってるんじゃないかと思うぐらい隙がなくて、ボクは正体を明かす事は出来なかった。
 ルディが鈍感なのか、鋭いのか、ボクにはよくわからない。

 行動の端々から、ボクに不快な思いをさせないようにってのも伝わってくるけどさ。
 うぅ……。

 さて。
 最初の作戦は失敗した。
 が、ボクは次の作戦を持っている。
 ルークの提案した、最終手段である。

『もし、正体を明かすのに失敗したなら、次の段階だ』
『次の段階?』

 ルークは重々しく頷いて、言った。

『夜這いだ』

 夜這いとは、中央大陸南部に伝わっている作法である、とルークは言う。
 想いを通わせた男が、女の寝所に忍び込み、男女の交わりを含めた逢瀬を行う。

 それを、女の方から行うのだ。
 なぜそんな風習があるのかと聞き返すと、知らんと言い返された。
 けど、想いの強さを表すのには丁度いい作法である、と追加された。

『そんな事して、はしたない女だって思われたらどうするのさ』

 ボクがリーリャさんに習ったのは、もっとさりげない誘い方だ。
 ふとした事で脹脛(ふくらはぎ)を見せたりとか、小指を絡めたりとか。
 暑い日に目の前で胸元をゆるめたりとか。
 あくまで、相手の方から手出ししやすいように、というやり方だ。
 旦那様に淫売と思われては元も子もないとは、リーリャさんの言である。

『いいじゃないか、思われても』
『いやだよ。最初ぐらい清楚だって思われたいもん……』
『最初にどう思われるかより、最終的にどう思われるようになるかの方が大事だろうが』

 嫌だよ。
 と、そうボクは言った。
 確かにそう言った。
 一時たりとも、ルディに淫売だとか思われたくない。

 だが、今は迷っている。
 チャンスをもらえなかったがゆえに。

『やる事は簡単だ。「寒いから温めて」とか言いつつ服を脱いでベッドに潜り込んで、胸でも押し付けつつ耳元で抱いてと囁けば済む』

 全然簡単じゃない、と思う。
 もし、それで抱いてもらえなかったらどうするんだ。
 あまりにも惨めじゃないか。
 そもそも、押し付ける胸もないしさ。

『惨めで、気まずくはなるが、一歩先には進めるだろ』

 ルークはポジティブすぎる。
 ボクは知っている。
 ルークは女遊びばかりしてるけど、その全ての相手を骨抜きにしているわけじゃない。
 むしろ、一部の女子からは蛇蝎の如く嫌われているのだ。
 もし、ボクがルディに嫌われたら……。

『そんな及び腰だから、一年も進展がないんだろ。
 『好き』を『大好き』にしたいなら、『嫌い』に思われるリスクを負え』

 妙な説得力があった。
 グレイラット家の家訓か何かだったのだろうか。

 ゆえに、ボクは迷っている。
 迷いながら、男物の寝間着の上着を脱いでいる。
 暑いからだ。
 うん、暑いからだ。
 この部屋は、冬だっていうのに、ルディが気を利かせて暖房を入れているんだ。
 寝ながら一晩中部屋を温めるなんて、何をどうすればできるんだろうか。
 これでは「寒いの」なんて言えない。
 いや、方便なのはわかってるんだけど。

 どうしよう。
 行くか、行かないか。

 あ、そうだ!
 いっそ、朝に下着姿で待っているのも手なんじゃなかろうか。
 そうだ、そうしよう。
 それがいい。
 何も、夜這いなんてしなくてもいい。
 朝だ、朝にしよう。
 もし、途中でルディが起きるなら、それでもいいし……。

 なんて考えつつ、夜は更けていく。



--- ルーデウス視点 ---


 朝、目が覚めた。
 夜中、フィッツ先輩が随分とゴソゴソしていた。
 二段ベッドから降りたり、上がったり。
 ベッドの脇に立ち、じっと俺を見下ろしている気配もあった。
 俺は壁の方を向いて目を閉じつつ、ずっと寝たフリをしていた。

 警戒はしていなかった。
 途中、フィッツ先輩の使命が俺を始末する事かもしれない、とも考えた。
 けど、俺は彼女を信用していた。

「……」

 体を起こす。
 ほぼ徹夜だったのと、寝返りの一つも打たなかったので、体がだるい。
 寝たのはどれぐらいだろうか。
 実質2時間ぐらいかもしれない。マジだりーわ。

 首を巡らせ、部屋の中心を見る。
 そこには、フィッツ先輩がいた。

「おはようございます」
「あ、おはようルーデウス君、早いね」
「早いのは、お互い様でしょう」

 制服を(・・・)カッチリと(・・・・・)着込んだ(・・・・)フィッツ先輩がいた。
 今日もばっちりサングラスが決まっている。
 顔色はよくわからないが、若干疲れているようだ。
 もしかすると、一睡もしていないのかもしれない。
 お疲れ様だ。
 一度ぐらい、起きてお茶でも出して上げればよかったかもしれない。

 俺はいつも通り、顔を洗い、トレーニング用の服装に着替える。

「では、僕は日課のトレーニングに行ってきます」
「そ、そう。じゃあ、ボクはアリエル様の所に戻るよ」

 フィッツ先輩とは、そう言って別れたのだった。


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 失敗の報を聞いたアリエルは、

「あの勇敢なシルフィが、どうして彼の事になるとヘタレるのでしょうか」

 と、小さくため息をついて、次の作戦を考えだした。
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