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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第9章 青少年期 シルフィエット編

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第八十四話「入学初日・番外編」

 入学してから数年の間は、何事もなく過ぎた。
 何事も無くと言っても、命の危険がない、という意味だ。
 リニア・プルセナと決闘したり、
 アリエル様がボクのふりをして街中を歩いていたらガラの悪いのに囲まれたり。
 そんな小さなイベントは目白押しだったけど、命の危険はなかった。
 概ねアリエル様の思惑通りに事が進んでいた。
 この数年で、アリエル様の信奉者も増えた。

 しかし、三年目に入って。
 ボクらはある情報を得た。

 『泥沼のルーデウス』と呼ばれる人物の情報である。

 ルーデウス。
 そう、ルディの情報を得たのだ。
 若くしてA級冒険者で、数年であっという間に魔法三大国中に名前を広めた魔術師。
 得意技は土魔術。
 強さのほどは定かではないが、無詠唱で巨大な泥沼を作り出すという。

 泥沼の魔術と聞いて、ボクはルディだと確信した。
 思えば、最初に出会った時に彼が使ったのも泥だった。
 ルディは水聖級魔術師だから水が得意だと思いがちだけど、
 泥沼による移動阻害だとか、衝撃波による高速移動だとか、そういう絡め手を好んで使っていた。

 ボクはそのことをアリエル様に改めて話した。
 『泥沼のルーデウス』はボクに魔術を教えてくれた人物であり、
 そして、長い間行方不明になっていた人物だと。

「本物なら、ぜひとも力を貸して頂きたいですが……」

 アリエル様はルディに対して懐疑的であったと思う。
 入ってきた『泥沼のルーデウス』の情報は、実に胡散臭いものであったからだ。

 ルーデウス・グレイラット。
 アスラ王国フィットア領ブエナ村出身。
 三歳の時に、水王級魔術師ロキシー・ミグルディア(当時は水聖級)に弟子入り。
 五歳にして水聖級魔術師となる。
 七歳の時にフィットア領城塞都市ロアの町長の娘、エリス・ボレアス・グレイラットの家庭教師となる。
 話によると、手の付けられない暴れん坊だったエリスを、きちんと教育して立派なレディにしたそうだ。
 その後、フィットア領転移事件にて行方不明となる。

 昔はこんな話を聞いても、別段凄いとは思わなかっただろう。
 けど、アスラ王宮で暮らし、魔法大学で色々と勉強した今なら、ハッキリといえる。
 この経歴は、おかしい。
 作り話だ。

 けど、ボクは知っている。
 ルディは、ロキシーさんを師匠として、尊敬していた。
 ボクはロキシーさんを見たことはない。
 けど、ブエナ村にロキシーさんが居た事は知ってる。
 それに、ボクの持っている杖も、ルディがロキシーさんより授かったものだ。
 七歳で家庭教師になったのも、ボクと別れた後で、時期としては一致する。

「情報に間違いはない、きっとルディだよ」
「シルフィがそう言うのでしたら、信じなくもありませんが……」
「しかし、実際に噂を聞くと、どうにも胡散臭いな」

 アリエル様とルークは半信半疑だった。
 一応、信じてはくれたけど、仕方ない。
 ルディの事を知っているボクだって、おかしいと思うもん。

「けれど、そんな凄い方が、私たちに手を貸してくれるでしょうか。
 元々そのルーデウスというのは、ボレアスの人間でしょう?」

 正直、ボクはアスラ王国の勢力図というものについて詳しくない。
 一年では覚えきれなかったのだ。
 ただ、グレイラットに関しては、一応ながら知っている。

 ボレアスは第一王子派。
 ゼピュロスとエウロスは第二王子派。
 ノトスはボクらの味方だったけど、今は第一王子派に傾いている。
 ボレアスはすなわち、敵だ。
 そして、ボレアスの家庭教師をしていたルディも、敵の可能性が高い。

 でも、ルディとボレアスはもうとっくに切れているはずだ。
 じゃなきゃ、北部で冒険者なんてやっていないはずだ。

「ぼ、ボクが頼めば、きっと……」

 自分で言って、自信がない。
 自信なげな言葉に、ハッと笑ったのはルークだ。

「お前の胸で、ノトスの男がなびくわけがないだろう」

 その言葉に、ボクはよくルークに貧相だと言われる胸を押さえて、ぷくっと膨れた。

 ルークはいつもこうだ。
 何かと胸のことばっかり言ってくる。

 女は胸。
 胸のない女は女じゃない。
 お前に女としての魅力を感じない。

 仕方ないじゃないか、長耳族の血が出てるんだから。
 種族柄、大きくなるわけないんだよ。

 でも、ルークも悪口だけじゃない。
 最後には、必ずこう言う。
 女じゃないから俺はお前の友達でいられる、って。

 友達って言われるのは嬉しいけど、女としての魅力が無いといわれるのは複雑だ。
 そりゃ、アリエル様に比べたら、ボクなんてダメダメなんだろうけど……。

「頼むって、そういう意味じゃないよ」
「じゃあどういう意味だ? まさか、正体を明かすつもりじゃないだろうな?」
「え? あ、そっか」

 ボクはフィッツ、『無言のフィッツ』。
 正体は明かせない。
 どうしよう。

「…………良かったですねシルフィ。探していた人が見つかって」

 ふと、アリエル様がそう言って微笑んでくれた。
 アリエル様はいつでも優しい。
 厳しい時もあるし、悪いことを企む事もあるけど、根は優しい人だ。
 そんなアリエル様は、驚くべきことを口にした。

「特別に、そのルーデウスさんには貴女の正体を明かしてもいいですよ」
「え?」

 正体を明かす。

「でも……それが原因で計画が失敗したら」

 ボクは、自分の役割についてはよくわかっているつもりだ。
 ボクは謎。
 正体不明の『力の象徴』だ。
 ボクもこの数年で、そんじょそこらの相手には負けないってことがわかった。
 ルディに鍛えてもらったお陰だ。
 七大列強とか、なんとか王とか、なんとか帝とか、そういうレベルじゃないけど。
 でも多分、聖級ぐらいはあると教えてもらった。

 他の王子様たちが抱えている王級の人達にはかなわない。
 けど、でも今の第二王女派の最高戦力としての自覚は持たないといけない。

「シルフィには、今まで頑張ってもらいましたからね……。感動の再会ぐらいはさせてあげたいのです」
「でも」
「それで計画が失敗するなら、それまでの事です」

 アリエル様は、ぴしゃりと音がしそうな声音で言った後、

「それに、籠絡するのなら、幼馴染だと話した方が簡単でしょう?」
「……ありがとう、アリエル様」

 ボクは素直にお礼を言った。
 何か腹黒いものが見えたけど、いつものことだ。

 成長したボクを見て、ルディはなんて言ってくれるだろうか。
 今から楽しみだった。


---


 ルディを学校に招くという企みは順調に進んだ。
 ジーナス教頭に情報を流し、それとなく勧誘を促せば、彼は簡単に動いてくれた。


 数カ月後、ボクの待ち望んだ日がやってきた。
 修練場での実習授業中、ジーナス教頭が一人の人物をつれて入ってきた。
 ボクは歓喜の声を上げそうになった。

 ルディ。
 ルディだ!

 間違いない。
 昔と違って、表情に影が差しているようにも見えるけど、間違いない。
 ボクがルディを見間違えるはずがない。

(どうしよう、すごくカッコ良くなってる!)

 記憶にある少年の面影を残しつつも、ルディはたくましくなっていた。
 物腰は鋭く、足取りからもよく鍛えてある事がわかる。
 擦り切れたローブはワイルドで、歴戦のそれを思わせる。
 杖も、遠目から見ても使い込まれたいいものだとわかる。
 周囲を油断なく見回ししながら注意深く歩いているのも、昔のままだ。

(うわぁ……ボク、あんな人と結婚しようとか思ってたんだ)

 そう考えると、なんだか体が熱くなる。

「ル……っ!?」

 なんとも言えない情動に突き動かされるように、ルディの名前を呼びながら駆け寄ろうとした。
 直後に、ボクは凍りついた。
 ルディの後ろから、めちゃくちゃ綺麗な女の人が後ろからついてきたからだ。

(……あれ……もしかして、ルディの奥さん?)

 女の人は、長耳族だった。
 どこか、お父さんに似た雰囲気を持つ人だった。
 凛とした顔立ちで、高貴な印象を受ける。
 そして、そんな人が、ルディとベタベタしていた。
 ルディはうっとおしそうにしていたけど、決して嫌がってはいなかった。

(……あれ? ……あれ?)

 混乱している間に、ルディに駆け寄る機会は失われた。


 その後、ルディの試験をするということで、ボクが呼ばれた。
 ルディが本当に無詠唱魔術を使えるかどうかを見るらしい。

 その頃には、ボクもなんとか気を取り直していた。
 あんなにかっこいいルディなら、すでにいい人がいてもおかしくない。
 そう考えたのだ。

 うん。
 結婚しても関係ない。
 自分と彼は友達だから。
 何も問題ない。
 祝福してあげよう。
 いや、それよりまず、お互いの無事を喜ぼう。
 そう自分に言い聞かせて、ルディに声をかけようとして

「はじめまして、ルーデウス・グレイラットです」
「……………………」

 はじめ、まして?
 え?
 え……。
 あれ?
 うそ。
 ちょっと、まって……。
 ………………忘れられてる?

「何事もなければ、来期からあなたの後輩になります。
 何か至らないところがあればご指導ご鞭撻の程お願いします」
「…………………え?」

 口から疑問符があふれた時、
 ボクは自分がサングラスをかけ、
 緑の髪も白に変わっていて、
 ついでに男装していた事を思い出した。

 そうでなくとも、別れてから8年は経つのだ。
 成長によって、大きく変わっているんだから、一目でわからなくても仕方がない。

 ボクは自分本位に考え過ぎていた。
 自分が気付いたんだから、向こうも気付くだろうと考えていた。
 気がはやっていたのだろう。

 じゃあ、改めてサングラスを外して、名前を名乗ればいい。
 アリエル王女からも許可は得ている。
 こんな所ではまずいけど、
 彼を物陰にでも呼び出して、そこで改めて名乗ればいい。

 しかし、ボクは思ったのだ。
 思ってしまったのだ。

(もう、ルディは、ボクなんか、覚えてはいないんだ……)

 一度でもそう思ってしまえば、もうサングラスを外す事はできなかった。
 サングラスを外して、名前を名乗って。
 その上で、「ごめん、誰だっけ」などと言われたら……。
 そう考えると、もう、ダメだった。

「あ、は、はい」

 ルディにあったらこう言おう、ああ言おうと思っていた事は霧散した。
 もう、何を言っていいのかも、わからなくなった。
 そして、あれよあれよという間に試験が開始され。

 ボクは負けた。
 完膚なきまでに、敗北した。

 わけのわからない術で魔術を封じられ、
 何も出来ないまま、見たこともないようなレベルの岩砲弾が頬をかすめた。

 当てようと思えば当てられたのに。
 手加減されたのだ。
 ボクの成長をどうこうなんて話じゃない。
 ルディは、もっともっと先を行っていたのだ。

「い、今の……どうやってやったの……?」

 やっとの思いで聞けたのは、それだけだった。

乱魔(ディスタブマジック)という魔術です。知りませんか?」

 知らなかった。
 聞いたこともなかった。
 恐らく、どこかの種族の独自魔術か何かだろう。
 魔法大学の誰に聞いても、そんな魔術を知っている人はいないはずだ。

(ルディは凄い)

 改めて、そう思った。

 芽生えたのは尊敬の念だった。
 彼は、やはり成長していた。
 自分なんかとは、比べ物にならないぐらい。
 そう思いながら見ていると、彼はやおら、頭を下げた。

「ありがとうございます先輩!
 新入生である僕に花を持たせてくださったんですね!」
「えっ?」

 ボクは困惑した。
 意味がわからない。
 ボクは何もできなかった。それはルディだってわかったはずだ。
 なのに花をもたせる?
 困惑しつつもボクは、ルディの伸ばした手を掴んだ。
 魔術師の手ではなかった。
 剣士の手だった。
 掌にタコが出来て、それを潰したことのある者の手だった。
 ルークよりもずっと長いこと剣を持っている者の手だった。
 剣士でもないのに。

 そして、困惑しつつも、ボクはその手を掴んで、ドキドキしていた。
 ルディの温もりが、ボクの手を伝わってくるのが、なんだか無償に嬉しかった。
 しかし、ルディはさらにボクを困惑させてきた。

「本日の御礼は、後日きっちりとさせていただきます」

 お礼、どういう事だろうか。
 わからない。
 わからない。

 わからないけど、後日また会えるという事に思い至った。
 ちょっとだけ顔が熱くなるのを感じながら、ボクはコクコクと頷いた。

 そしてルディが去ってから、覚えられていなかった事を思い出し、泣いた。



--- アリエル視点 ---


 生徒会室に戻って一息ついたら、シルフィに泣きつかれました。

「はじめましてって言われた……」

 最初は、ルーデウスが女連れだった事を悩んでいるのかと思いました。
 ちなみに、ルーデウスと一緒にいた女性は彼のパーティメンバーのS級冒険者。
 ルーデウスとは深い関係ではない、という事はすぐに分かりました。
 しかし、シルフィの心は晴れないようです。
 それ以前の問題であったから。

「ルディは、もうボクのことなんて覚えてないんだ……」
「シルフィ……」

 私は困惑していました。
 こんな事は初めてです。
 シルフィエットという少女は、もっと強い子であったはずです。
 気丈で、ひたむきで、真っ直ぐな子だったはずです。
 それが、どうしてか、私の膝で泣いています。
 転移事件から、自分の両親が死んだ時ぐらいしか泣かなかった子が。
 あのみすぼらしいローブをきた少年に覚えられていないというだけで、これです。
 こんな彼女を見ていると、加虐的な心が芽生えてしまいます。
 いけないことです。
 私はシルフィエットには嫌われたくありません。
 友達ですもの。

 しかし、あの少年。
 ルーデウス・グレイラット。
 シルフィと同い年なら、ようやく成人したかどうか、という所でしょうか。

 正直、シルフィの話から想像していたのとは少々違いました。
 私の第一印象は「みすぼらしい男」です。

 買い換えればいいのに、擦り切れた安物のローブ。
 不自然なまでにへりくだる態度、
 キョロキョロと不審げに周囲を見回す姿、
 自信のなさそうな顔……。
 そして、どうにもこう、男としての魅力というものが感じられませんでした。
 私はあの男をいたぶっても、逆にいたぶられても、大して興奮しないでしょう。
 あれなら、ルークの方がマシですね。
 ルークは浮気症でフラフラしている男ですが、性的な魅力に関してはピカイチです。
 主従関係にある以上、互いに手出しはしませんが。

 しかし、あの少年。
 ルーデウス・グレイラット。
 魅力のない男。
 そんな男が『私のシルフィ』を泣かせている。
 そのことが、私には、どうにも許せません。

「本当に忘れられたのか?
 顔を見せて、名前を名乗ってから嘆いたらどうだ?」

 そう口にしたのはルークです。
 彼もルーデウスに関しては、少々思う所があるようです。

「もし、それで思い出されなかったらどうするのさ……」
「その時は、仕方ないだろ」
「仕方ないで済ませないでよ!」

 ルークの軽い言葉に、シルフィは情けない声で抗議しました。
 ルークはやれやれとため息をついています。

 ルークは、剣は一人前ですが、凡才の域を出ません。
 護衛という仕事に関しては真面目に取り組んできましたが。
 それ以外の事に関してはちゃらんぽらんです。
 特に、女の事に関しては、やるだけやって金でモノを言わせてきた事も、一度や二度ではありません。
 グレイラット家の男らしいですね。

 そんな彼には、一つの特技があります。
 それは、観察する事と、女性の本質を見抜く事です。
 彼は様々な情報から、人となりを見るのです。
 グレイラット家に伝わる『引っ掛けるとまずい性悪女を篩に掛ける観察眼』だそうです。
 あの一族はそんなのばかりですね。

 そんな彼は、シルフィの事を尊敬しています。

 女性としてではなく、同僚として、戦友として尊敬しているようです。
 あの、ノトス・グレイラット家の放蕩息子が。
 女と見れば、思う様に犯し捨ててもいいと思っているような男が。
 シルフィという女性を、尊敬しているのです。
 シルフィとはそれほどの女性です。
 私もよくわかります。
 暗殺者や追手との戦いで、危機をしのいできたシルフィを私も尊敬しています。
 一生懸命なんです。彼女は。

 そんなルークのルーデウスに対する思う所については、先ほどこっそりと聞きました。

 ルーデウスは信用できない、とルークは言います。
 それは、ルーデウスの噂に起因しているようです。

 ルーデウスという人物に関しては、シルフィの昔話以外では、噂を聞く程度でした。
 その噂によると、強いのに決して怒らない、決して喧嘩をしない、出来た人物という話です。
 悪い噂がまったく無いのです。
 話だけ聞くと、物語上の人物ですね。

 ルークの持論によると、噂というものはいい噂より悪い噂の方が伝わりやすいものだそうです。
 ルークは意図的に情報が操作されている可能性を疑っていました。

 例えば、先日入ってきた情報に、
 『泥沼のルーデウスがはぐれ竜を一人で退治した』というものがありました。
 はぐれ竜を、一人で、です。
 できるわけがありません。

 「噂になるぐらいだ、それに準じた事はしてきたのだろう」とルークは言いました。
 恐らくは、少人数による竜退治。
 それを自分ひとりでやったと喧伝しているのだと。

 もちろん、強いといえば強いのでしょう。
 曲がりなりにも、魔力付与品(マジックアイテム)で武装したシルフィを倒したのですから。
 そこらの魔術師では相手にもならないぐらい強いのでしょう。
 あるいは、もしかすると、はぐれ竜を一人で退治することが可能なレベルかもしれません。

 しかし、はぐれ竜を退治できたとしても、この噂はさすがにおかしいとルークは言います。
 そもそも、二年間という短い期間でいい噂だけを魔法三大国に轟かせるには、
 意図的にやろうと思わなければ出来ないのだと言います。

 意図的に、情報を操作して、いい噂だけを流した。
 小狡い男。

 ルークのルーデウスを実際に見て下した評価は、そうしたものでした。

 そうした男は、いざという時に裏切るから、信用できない。
 ルークはそう断言しました。

「自分は奴を引き込む事には反対です。アリエル様」
「そうですね、私もそう思います。ですが、強いのは確か……ひとまず保留にしましょうか」

 この決定に首をかしげたのは、シルフィです。

「え?」

 彼女は抗弁します。

 自分を覚えていないことと、ルーデウスの能力は関係ないはずだと。
 ルーデウスはすごく強くなっていたのだと。
 そして、あの乱魔という不思議な魔術。
 あれはどこかの種族の特殊な魔術に違いない。
 あれを使えば、魔術師はみんな役に立たなくなる。
 仲間になってくれれば、これほど頼れる人はいない、と。

 しかし、そうではないのです。
 私達は、すでに彼を胡散臭いと、そう思っているのです。
 シルフィはどうやら、久しぶりに出会った幼馴染に盲目的になっているようですが……。

 あと、私たちが感情的になっているのもあるでしょうね。
 シルフィがこの数年で、心の支えにしていたのは誰だと思っているのでしょうか。
 間違いなく、あのルーデウスです。
 それを忘れているとは何事でしょうか。
 この数ヶ月、シルフィがどれだけウキウキしながら待っていたのか、見せてやりたいぐらいです。
 これでも私は、シルフィとルーデウスの感動的な再会に期待していたのです。
 転移事件からこっち、悲報ばかり届く中、感動的なハッピーエンドを見たかったのです。

 まったくもう。
 確かにシルフィは男装をしていますが、
 白い髪を短く切った長耳族なんて、滅多にいないでしょうに。

 そして、シルフィに勝ったというのに、喜びもしないで、なおへりくだる態度。
 私のシルフィをそこらの木っ端魔術師と同じだとでも思っているのでしょうか。
 思っているのでしょうね。

 シルフィもシルフィです。
 あんな無様を晒しておいて、なぜあんなに嬉しそう(・・・・)なのでしょうか。

 強い嫉妬を感じます。

「私は目下、ルーデウスという男に憤りを覚えています」
「自分もです。シルフィが忘れられているというのであれば、強くとも裏切る可能性の高い相手を仲間に引きいれるわけにはいきません」

 私の言葉にルークが便乗しました。
 そして、シルフィはむくれてしまいました。

「……なんなんだよ。皆してルディの事を悪く言ってさ」

 シルフィは納得していないようでしたが、ルーデウスを仲間に引き入れる作戦は一旦中止。
 しばらく様子を見ることにしました。

 彼に対する過剰な接触は禁止。
 しかし、シルフィが個人的に接触する分には、良しとしました。

 あんなに胡散臭い男でも、ようやく見つかったシルフィの知り合いですし。
 シルフィ、なんだかんだ言って嬉しそうですしね。

 それに、もしかすると、私たちの第一印象が悪かっただけで、
 彼は噂通りの傑物かもしれませんからね。
 繋がりは作っておきましょう。

「もちろん、シルフィが正体を明かしたいと思ったら、その時は構いませんよ」

 シルフィの正体を知られる事のリスクはあります。
 でも、それでルーデウスの底と、噂の真偽が知れるのであれば、安いものかもしれませんしね。



--- シルフィ視点 ---


 それから一ヶ月後。

 入学式にてボクはルディを見ていた。
 制服を来たルディは入試の時に比べて、数段輝いて見えた。
 目があって、すごくドキドキした。

 とはいえ、彼は特別生。
 いまさらルディがこの学校で習う事は少ないだろうから、
 きっと会える機会も少ないだろう、とその時のボクは思っていた。

 一ヶ月前の会議で、ルディには過剰な接触はしない方向で話がついた。

 あれこれといろいろ言ってたけど、
 二人は打算を抜きにして、ルディの事が気に食わないみたいだ。
 なんでだか、ちょっとよくわからない。
 ボクがおかしいんだろうか。

 でも、ボクが個人的に仲良くするのはいいと言ってくれた。

 過剰に接触するのはダメだけど、仲良くするのはいい。
 どれぐらいがよくて、どれぐらいがダメなのか。
 明言してくれないのは、アリエル様の優しさだろう。
 それだけでも、十分だ。
 ルディと話せるだけでも、ボクにとっては十分だ。
 でも、どうやって話しかけようなぁ……。


 と、そんなことを思いながら、アリエル様と授業を受ける。
 アリエル様はカリスマとして、成績を維持しないといけないから大変だ。

 混合魔術の授業はボクの知っているものとは全然ちがった。
 ルディはロキシーさんから習ったらしいし、
 この学校でも同じことを教えていると思ったんだけど、なんか小難しい。

 それでもボクはルディの教えがあったからすんなり理解できる。
 けど、アリエル王女やルークは苦戦している。
 ボクもなるべくサポートするべく、アリエル様にあれこれと教える。
 けど、ルディに教わった教え方をしても、あまり理解してもらえない。


「フィッツ、次の授業に関する資料をもってきてくださる?」

 アリエル様の言いつけで、ボクは図書館に赴く。
 図書館は本校舎の外にある。
 次の授業までそれほど時間があるわけではない。
 急がないといけない。

 図書館には3年間通いつめているから、どこにどんな本がおいてあるのか、よく知っている。
 今日の授業で必要な資料の場所も、ちょっと考えればすぐに頭に浮かんだ。
 それを一つずつ手に取って行く。
 うん、これならすぐに戻れる。
 と、その時だ。

「あっ!」

 本棚の前にいた人物を見て、ボクは声を上げた。

 ルディがいた。

 不意打ちだった。
 後日、機会を見て会いに行こうとは思っていたのだが
 まさかここで会えるとは思っていなかったのだ。

「…………」
(な、何を話そう……!?)

 慌てるボクにルディが気づいた。
 次の瞬間、ルディは深々と頭を下げた。

「先日は申し訳ありませんでした。
 僕の浅はかな行動で先輩の顔を潰すような事になってしまいました。
 いずれ菓子折りでも持って挨拶にでも出向こうと思っていましたが、
 何分新入生ゆえ、あれこれと忙しく……」
「うぇぁ!? ……い、いいよ、頭を上げて」

 どうやら、ルディはボクが機嫌を損ねたと思っていたようである。
 驚きだ。
 入試の時の言葉は、そういったものだったのだ。

 でも確かに。
 言われてみると、ボクはメンツを潰された形になるのか。
 うん。言われてみると。確かに。うん。

 ……だからアリエル様とルークも不機嫌だったのだろうか。
 ボクは最初からルディには勝てないと思っていた。
 そりゃあ、あんな何もさせてもらえないとは思わなかったけど。
 でも、二人にしてみれば、ボクが負けたのは面白くないはずだ。

 いや、そんな事はいいんだ。とりあえず置いとこう。

「ルデ……えっと、ルーデウス君? 君はここで何を?」
「少々調べ物を」
「何について?」
「転移事件です」

 その言葉を聞いて、ボクは思った。
 もしかして、と。
 もしかして、ルディもボクと同じように考えたのかな、と。

「転移事件を? なんで?」
「僕もアスラ王国のフィットア領に住んでいましてね。例の転移事件では魔大陸まで飛ばされました」
「魔大陸!?」

 さらに驚いた。
 魔大陸の話は聞いた事がある。
 D級以上の魔物しか存在しない、過酷な土地だという話だ。
 剣士で武者修行に行く人もいるけど、ほとんど戻ってこない。
 そして、転移事件でそこに飛ばされた人の生存が絶望視されている。
 ルディは、そこから帰ってきたというのだ。

「ええ、かえってくるのに三年も掛かりました。その間に家族は見つかったようですが、まだ知り合いの一人も見つかりませんし、いい機会だから、詳しく調べて見ようと思いましてね」
「……もしかして、それを調べるためにこの学校に?」
「そうです」

 その言葉を聞いて、ボクはルーデウスの凄さを再確認した。

「そっか、やっぱり……すごいや」

 魔大陸から三年も掛けて戻ってきても、決して安心する事なく、他の人を探し続けた。
 それだけでも凄いのに、魔法大学からのお誘いが来たら、これ幸いにと、事件について調べようというのだ。
 そんな人、他にはいないだろう。
 もしボクなら、三年も掛けて戻ってきた所で力付きて、難民キャンプに居着いてしまうだろう。

「先輩はここで何をしてるんですか?」

 そんな言葉で、ボクは我に帰った。
 資料を運ぶ途中だったのだ。
 アリエル様が待っている。
 もっとルディと話していたいけど、アリエル様を放っておくわけにはいかない。

「あっと、そうだ。資料を運ぶ所だったんだ。ボクはもう行くよ。ルーデウス君。またね」
「あ、はい、また」

 踵を返し、資料の貸出の申請をしようとした所で、ふと思い出した。
 この図書館は広大で、書物がたくさんあるが、転移事件に関して必要なものは少ない。
 いくらルディでも、転移事件について調べるのは時間が掛かってしまうだろう。

「あ、そうだ。転移についてならアニマス著の『転移の迷宮探索記』を読むといいよ。
 物語形式だけど、分かりやすく書いてあるから」

 まずボクが転移について理解するに至った書物を、勧めておく事にした。
 あれなら、子供でも転移がどういうものかわかるはずだ。
 他の書物では破り取られた部分も乗ってるしね。

 少しだけ良い事をした気分になって、ボクは図書館を出た。


---


 その日の夕方。
 ボクは下着を洗っていた。
 アリエル様の下着である。

 アリエル様の衣類を洗うのは、ボクの役目だ。
 というのには、理由がある。

 アリエル様の下着は極めて高価な布地で作られている。
 そのうえ、アスラ王族の下着という事で、付加価値も付く。
 要するに、市場に持っていけば高値で売れてしまうのだ。

 実際、入学した当初、洗濯に出した下着が盗まれ、売られた事があったのだ。
 5枚の内4枚が盗まれ、内3枚が売られた。
 残った一枚は、犯人の男子生徒が個人的な使用をしていたらしい。

 そうした事に耐性のない女生徒は「信じられない!」と、過敏に反応していた。
 アスラ王国にて生まれ育ったアリエル様や、そのアリエルの下の世話をしてきたボクにとっては、大して驚く事ではない。
 アスラ王国には、もっと変な人がたくさんいたのだから。

 でも、やっぱり不快なものは不快だ。

 ということで、それ以来、アリエル様の衣類の洗濯はボクの仕事となった。
 アリエル様は、ボクにそんな事をやらせるのは、と少し戸惑っていたけど、
 ボクも自分の分を一緒に洗濯できるし、都合がいい。
 ちなみに、ボクは性別を隠すため、下着をアリエル様とお揃いのものを着用している。
 色違いだけどね。


 順調に洗濯を終え、下着だけは夜のうちに陰干ししておこうとベランダに出る。
 そして、紐のついた物干し竿に一つずつ吊るしていく最中。

「あれ……?」

 ふと、ベランダの下を見て、驚いた。
 なんと、日が暮れた後だというのに、男子生徒が歩いているのだ。
 寮生のルールでは、この時間は男子が歩いてはいけない事になっている。
 下着泥棒の事もあるし、今は時期じゃないが、発情期の事もあるからだ。
 それなのに、なぜ男子が……。

 ただの近道でも、すぐにでも一階の自称自警団の子たちが、彼を囲むだろう。
 今のうちに警告しておいた方がいいんだろうか。
 一番最初に発見した人は、他の人にしらせる義務がある。
 いや、でもボクはあんまり声出しちゃダメって事になってるしな……。

(あ、あれ、もしかして……)

 と、ボクはその人物が、ルディであることに気付いた。

(な、なんで!?)

 思わず、手元を滑らせてしまった。
 手から離れたパンツはひらひらと落ちていき、ルディの頭上へ。
 ルディはそれを視界に収めた瞬間、凄まじい手の速度でパシンと受け止めた。

(は、速い……!)

 常に周囲を警戒している、という事なのだろうか。
 今の動きには、魔大陸を踏破したという凄みを感じる。

 ルディは手元にあるものがパンツであることに気付いたらしい。
 上を見上げ、こちらを見つけると、落としましたよと言わんばかりにパンツを掲げてきた。
 先ほどの手の動きとは違う、のんきな動作だった。

(あっ、そっか、今日入学してきたばかりだから知らないんだ!)

 ルディは特別生で、特別生は一人部屋だ。
 特別生は寮の色んな当番が免除されてるけど、
 寮のルールを説明する会合みたいなのにも参加できないと聞く。

 教えてあげないと。
 あんな所でパンツを持ったまま立ってたら、絶対に誤解されちゃう。

「キャァァァァ!」

 その心配は、すぐに現実となった。
 いきなり女生徒が叫び声をあげたのだ。
 一階に住む、自称自警団の子達が飛び出してくる。
 ルディはあっという間に囲まれた。

(……でも、ルディなら、なんとか切り抜けるかな?)

 ボクは、そう思って、ちょっとだけ楽観的に見ていた。
 あのルディが、こういう時にどうするか、興味があった。
 やっぱり、ブエナ村の時みたいに、やっつけちゃうんだろうか。
 それとも、うまいこと口を使って切り抜けるんだろうか。
 魔術を使って脅したり、逃げたりとか。

 …………ルディはどれもしなかった。

 ただ、ゴリアーデさんに腕を掴まれて、困っているように見えた。
 その姿は、まるでブエナ村にいた頃の自分のようだった。
 急速に自分の頭が冷えるのを感じた。

(何やってるんだボクは!)

 ボクは慌ててベランダから飛び出した。
 階下に降りて、人混みまで走った。

「へぇ、なんだい、開き直って暴れるつもりかい?
 下着泥棒のくせに図々しいじゃないか。
 この人数相手に勝てるとでも思っているのかい?」

 暗くてみんな気づいていないようだったけど、
 ルディは土魔術で足を固定していた。
 その理由については、ボクはわからなかった。
 もしかしたら、意味なんて無いのかもしれない。
 ルディに限って、足を震わせているなんてことはないだろうけど……。

 そこまで思って、ふっと。
 気付いた。
 昔の事を思い出した。

 そういえば、ルディはソマルたちを追い払った時。
 足を震わせていた。

 ルディに女の子と知られて、ちょっとギクシャクした時。
 ルディは、「最近シルフィ冷たいよね」と言いながら、少し震えていた。
 そうだ、ルディはボクに嫌われたと思って、少し怯えていたのかもしれない。

 ……普通の男の子みたいに。

(あ……)

 気づいた。
 ボクはルディを特別視してきた。
 ずっと年上の人を見るような感覚だった。
 けど、ルディは、ボクと同い年なんだ。

(シルフィは、ずっと彼に守ってもらうだけなのかい?)

 最後に思い出すのは、おとうさんの言葉だ。
 そして、おとうさんの言葉を受けて、自分が誓った事だ。
 ルディを、助ける。
 そう誓った。
 もし何かあったとしても、ボクはルディを助ける。
 そう誓った。
 そうだ、そのために、ボクは頑張っていたんじゃないか。
 まして、今回の原因はボクじゃないか。

「待って! その連行、ちょっとまって!」

 ボクは彼らの間に割って入った。
 そして、必死にルディを弁明した。
 この学校に来てから、初めてアリエル様以外と会話したかもしれない。
 それぐらい、ボクは無口で通していた。

 しかし、ルディの腕を掴んでいる女生徒、ゴリアーデは頑固だった。
 頑固に、ルディを断罪しようとしていた。
 ルディは何の罪も犯していないのに。

「ふん、あの無口なフィッツ様がここまで弁護してるんだ。本当の事なんだろうよ。けど、こいつが寮の協定を破ったのも本当だ。見せしめとして、罰は受けてもら……う!?」

 見せしめ。
 そんな言葉を聞いた瞬間、ボクの中で何かが切れた。
 何もしらない相手を、ただ運が悪かったというだけで見せしめにするなど。
 許せる話ではなかった。
 気づけば杖を向けていた。
 今にも魔術を使おうと魔力を込めていた。

「彼は悪くないと言ってるだろう。
 いいから、その手を離せ……」
「ふぃ、フィッツ……様?」
「それとも、ここにいる全員、医務室送りになりたいのか?」

 こうした啖呵は、アスラ王国にいた頃にルークから学んだものだ。
 時にはハッタリをきかせる必要もあるだろうと言われて、一生懸命練習したのだ。
 アスラからラノアまでの道中においては、野盗なんか相手に何度か使った。
 ボクがいうと子供っぽいから逆効果、とルークにからかわれたものだが。
 しかし、今回は効果があったらしい。

「チッ……わかったよ」

 ゴリアーデはルディの腕を離したのだ。
 そして、捨て台詞を一つ残して、その場を去った。
 実質的なリーダーである彼女がいなくなった事で、他の女子も姿を消した。
 ほっと一息。

「ふぅ……まったく、ゴリアーデさんは人の話を聞かないんだから……」

 ボクは普段の彼女の言動や行動を思い出した。
 悪い人ではなかったはずだ。
 ただ、獣族というのは、決まり事を守るという事に対して忠実なのだ。
 融通は効かないけど。

 っと、そんな事より、謝らないと。
 元はといえば、ボクのせいとも言えるんだから。

「ごめん。ボクが下着を落としたからこんな事になっちゃって」

 もしボクが手を滑らせなければ、大事にはならなかっただろう。
 ゴリアーデだって、あんなに過剰な行動を取らなかったはずだ。
 多分。

「いいえ、フィッツ先輩は悪くありません……助かりました」

 ルディの返事に、ボクは違和感を感じた。

 なんか、ルディの声音から、固いものがとれていた。
 顔を上げてみてみると、ルディの目つきが少しかわっていた。
 今気づいた。

(……ボク、今までルディに警戒されてたんだ)

 思えば、最初から妙におかしいと思ってたんだ。
 やたら頭を下げてくるし……。
 でも、そっか。
 そうだよね。
 よくよく考えてみれば、ボクは『無言のフィッツ』だもんね。
 ルディなら警戒して当然か。

 そして、今、その警戒が解けた。

(なんか……嬉しいな)

 失敗から出た事だけど、ルディに一歩近づけた。
 そう感じたのだ。


 それから、寮の説明をした。
 日が落ちたら、この道は通っちゃいけない決まりがある事。
 ルディはやっぱり知らなかったようで、関心したように頷いていた。

「先輩、本当にありがとうございました」

 ルディはそう言って、最後に頭を下げた。
 ちょっと不思議な気分だった。
 昔、ボクがイジメられていた時は、逆の立場だった。
 あの時、ボクはお礼言ったっけかなぁ……。
 なんて考えてると、不思議と笑いがこみ上げてきた。

「あはは……ルーデウス君にお礼を言われるなんて、おかしな感じだね」
「え? どうしてそう思うんですか?」

 それはもちろん最初の時に……。
 と、自然に正体を明かしかけて、躊躇した。
 また、不安がムクムクと大きくなった。
 今、この雰囲気で、「ごめん、覚えてない」と言われてしまったら……。

 ボクは自分に言い聞かせるように、思った。

 別に思い出してもらわなくてもいいんじゃないか、と。
 新しく出会ったつもりで、彼と新しい道を歩んでいけばいいんじゃないか、と。
 昔の事は置いて、今の彼と仲良くなればいいんじゃないか、と。

 だから、言った。

「ないしょ」

 と。
 ルディはきょとんとした顔をしていた。


 ボクは寮に戻った。
 もちろん、下着は返してもらった。
 途中でルディにキャッチされたから汚れてはいないだろうけど、ルディは男性だ。
 ボクはルディが汚いとか、そういう事は思わないけど、
 アリエル様に、男性の手で触られた下着を履かせるというのはよくない気がする。

「やっぱり洗濯しなおしたほうがいいよ……ね……」

 明かりの下で広げて見て、ボクは凍りついた。
 ボクの(・・・)パンツだった。

 これをルディが手に持っていた……。

 ボクはその場で悶絶した。


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 その一ヶ月後、
 ボクはアリエル王女の「息抜き」の日に転移事件について調べ始める事になった。
 ルディと一緒にだ。

 一ヶ月も掛かったのは、踏ん切りがつかなかったのだ。
 もしルディに拒絶されたらと考えたら、
 足手まといと考えられたら、辛いから。

 けど、むしろルディは、歓迎してくれた。
 あの一件で、ボクの警戒を解いてくれたのだろう。
 ルディには悪いけど、下着を落としてよかったと思う、うん。
 うん、恥ずかしかったけど。

 なんて思いつつ、ボクは一歩目を踏み出した。
 ボクにとっては、大きな一歩だ。


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 そして、何度もあったチャンスを生かせず、
 自分の正体を明かせないまま、
 大きな二歩目を踏み出せないまま、
 一年が過ぎようとしていた。
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