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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第8章 青少年期 特別生掌握編

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第七十一話「及ばぬ力 後編」

-前回までのあらすじ-
 ザノバがだらしねえので、彼の手足となる奴隷を買いに行く事になった。
 男三人で。
「はじめまして、フィッツ……です」

 ザノバと顔を合わせた時、フィッツ先輩は少々緊張していた。
 先輩は先輩らしくもっと堂々としていればいいものを。
 と、思うが、人見知りするというのは本当なのかもしれない。
 ザノバがぐいっと前に出る。

「シーローン王国第三王子、ザノバ・シーローンでのあぁ!」

 ふんぞり返るザノバに膝かっくん。中腰にさせた。
 上下関係をとやかく言うつもりはない。
 だが初対面の先輩相手にはもう少し頭を下げた方がいいだろう。

「ザノバ、今回の一件を提案してくださったのはフィッツ先輩だ。相応の敬意を払え」

 そう言うと、ザノバは腰を曲げて挨拶をした。

「わかりました師匠……お初にお目にかかります、シーローン王国第三王子、ザノバ・シーローンともうします、以後、お見知りおきを」
「い、いや、いいんだよ、です。王族の方がそんな、やめてください」

 フィッツ先輩は両手をわたわたさせつつ、俺の後ろを陣取ってしまった。
 ザノバはそれを見て、目を丸くしている。
 フィッツ先輩は見た目、噂、行動・言動のギャップが激しいからな。

 無言のフィッツなんて言われ、無詠唱魔術師として恐れられて。
 グラサン付けてて見た目もちょっとアレだけど、話してみると歳相応。
 後輩の面倒も見てくれる、いい先輩だ。

「では、顔合わせも済んだ所で、行きましょうか」

 俺の号令で、二人は歩き始める。


---


 奴隷市場は商業街に存在している。

 奴隷売買は、中央大陸南部やミリス大陸においては、ほそぼそとしか行われていない。
 だが、この北方大地では違う。

 ここらでは、ほとんどの国で奴隷の売買が完全に合法化され、推奨されている。
 奴隷業は中央大陸北部における、重要な商業の一つなのだ。
 それがなければ国が成り立たないほどの。

 人が奴隷になる理由は様々だ。
 戦争で孤児になった者。
 作物の不作により首が回らなくなり、子供を売る者。
 自分の身を売り出し、家族を救おうとする者。
 盗賊ギルドの暗部には、奴隷牧場のようなものが存在するという噂もある。

 ラノア王国を含む『魔法三大国』は奴隷が無くとも成り立つ国である。
 だが、もっと東の方に行けば、定期的に奴隷商人に村の子供を売るような寒村がいくつも存在している。

 そうした奴隷は、北方大地の戦士団や傭兵団、あるいは国が購入し、
 戦争用の奴隷として使い捨てられたりする事もある。

 もっとも、奴隷商の中にはアスラ王国とツテのある者もいる。
 一部の見目麗しかったり、高い能力を持った奴隷は、アスラ王国へと売られていく場合もある。
 アスラ王国は貧しさとは無縁の土地だ。
 極貧であっても飢えに苦しむ事はない。
 そんな土地にいける奴隷は勝ち組だ。
 奴隷になった時点で負けだとは思うがな。

 また、北方奴隷は身体が丈夫で優秀ということで、わざわざ他国から買い付けに来る者もいる。
 人間が売られていれば、それを買う者は多い。

「ここか」

 実は、事前に冒険者ギルドで情報を収集しておいた。

 これだけ大きな街となると、奴隷市場はいくつか存在している。
 この街では五つ。

 その五つでもピンキリだ。
 『ここは絶対やめておいた方がいい』と言われる場所が一つ。
 信頼性の低い奴隷市場で、病気で死にかけている奴隷を平気で売りつけてきたりするらしい。
 まぁ、そんな所でもたまに掘り出し物はあるらしいが、
 掘り出し物など、俺たちのような初心者が見てわかるようなものではないだろう。

 初心者向け、かつ金のある者向けの奴隷市場へと赴いた。

「ふむ、余の祖国のものとはだいぶ違うようであるな」

 ザノバは関心したように頷いていた。

 奴隷市場は一見すると普通の建物だった。
 土と石材を組み合わせた、ここらではよく見る建築物。
 この世界の建築物の基準で見ても、大きな方だ。
 そんな建築物が、三つほど連なっている。
 入り口となる扉の上には『リウム商会 奴隷販売所』と書かれていた。

 入り口には篝火が焚かれ、防寒具の上から革鎧をきた男が立っている。
 髭面だが、あまりガラの悪そうな感じはしない。
 ……俺も2年ほど冒険者をやっていて、ああした格好を見慣れたからだろうか。
 昔だったら、もうちょっと違う感想を持っただろう。

「外じゃないんだね……」

 フィッツ先輩の意外そうな声。
 北方大地では、奴隷市場は建物の中で行われる事が多い。
 理由は単純だ。

「中に入りましょう」

 中に入ると、むわりとした熱気が身を包んだ。
 建物の中では至る所で火が焚かれている。

 そして、八ヶ所ほどあるお立ち台の上で、裸になった奴隷が並べられている。
 外でやらないのは、ようするに寒いからだ。
 奴隷が風邪を引くのだ。

 もっとも、行くのはやめておいた方がいい、と言われた所は外でやっているが。

「ふむ、売り場が多いですな。師匠、どうするのですか?」
「僕も買うのは初めてですので、まずは適当に見て回りましょう」

 適当に歩き始める。
 8つの売り場は、全てリウム商会の傘下にいる奴隷商人のものだ。
 各地で集めてきた、あるいは購入してきた奴隷を並べ、売っている。

 商品が全て売れるか、あるいは指定の時間がすぎれば他の者と交代するのだろう。

 なかなかに盛況で、どの売り場の付近にも人混みが出来ている。
 服装は様々で、俺のような冒険者風の格好をしたものから、
 ザノバやフィッツ先輩のように貴族風の格好をした者、
 商人、町人、平民、学生の格好をした者もいる。
 中には、転売を目的とする商人なんかもいるのだろう。
 売り場から離れた場所には購入したばかりの奴隷を連れ、互いに談笑している者もいる。

 みすぼらしい格好をしているのはスリの類だろうか。
 いや、警備のいるこの市場にそうした者が入り込めるとは思えない。
 主人の命令で新たな奴隷を買い付けにきた、別の奴隷なのかもしれない。

 とは言え、俺はローブの下で、金貨袋の紐をキュっと握った。
 今回、奴隷を購入するための資金は俺が預っている。
 スられたらシャレにならん。

「う、うわっ、うわぁ……ほんとにみんな裸になるんだ……」

 フィッツ先輩は売り場の方を見て、目を丸くして驚いている。
 顔は真っ赤だ。
 マントのせいでよくわからないが、内股になってもじもじとしているようだ。

「お、おっきいな……あんな風になってるんだ……」

 視線の先を見れば、戦士風の奴隷が、目玉商品として紹介されている所だった。
 男も女も、どいつもこいつも筋骨隆々としている。
 特に真ん中にいる女戦士はいい。
 おっきい。
 背丈もさることながら、その胸の膨らみは垂涎モノだ。
 ああしたでかいブツは戦いの邪魔になりそうなものだが、
 この世界では別にでかくても問題ないらしいというのは、エリスで理解している。

「先輩、奴隷市場は始めてですか?」
「えっ? あ、うん……」

 フィッツ先輩は耳の後ろをポリポリと描きつつ、もう片方の手で恥ずかしそうにマントを前合わせにしている。
 ポジションを気にしているのだろう。
 実にDTらしい反応だ。
 俺にもああいう頃があった。
 今か?
 今はほら、ちょっと別の理由さ。

「る、ルーデウス君は慣れてるね?」

 フィッツ先輩は先輩だが、まだ経験は無いらしい。
 そう考えると少々勝ち誇りたい気分になるが、
 しかし俺も一回だけで、相手に逃げられている。
 自慢できるようなもんじゃない。
 しかし、あれを経験して、少し落ち着いたのも確かだ。
 落ち着きすぎて困ってしまっているがね!

「先輩も経験を積めば、多少は慣れるかと思いますよ」
「そ、そうかな? ていうかルーデウス君、経験あるんだ……」

 フィッツ先輩は若干しょんぼりしている様子だ。
 若いね、実に若い。

「師匠、戦士には用はないでしょう、我々が探すのは魔術の使える手先の器用な種族でしょう」

 ザノバはというと、そんなものには興味が無いと言わんばかりに、顎をしゃくった。
 こいつは基本的に女には興味が無いらしい。
 一応、バツイチだったらしいので、まったく性欲がないわけではないようだが。

「手先の器用な種族というと、やっぱり炭鉱族ですかね?」
「そうですな。土魔術の使える炭鉱族が一番でしょう。もっとも、種族にこだわる必要はないかと思いますが」

 そう言いつつ、俺達は売り場を見て回る。
 これだけ大規模な奴隷市場でも、炭鉱族の奴隷は少ない。
 基本的には戦闘能力を有した奴隷が大半で、手先の器用な、となるとほとんどいないらしい。

「えっと、ルーデウス君が魔術を教えるなら、魔術の使えない幼い子の方がいいと思うよ」

 フィッツ先輩がアドバイスをくれる。

「なぜですか?」
「無詠唱魔術って、小さい頃の方が覚えやすいんだ」
「あ、そうなんですか?」
「うん、10歳ぐらいになっちゃうと、ほとんど覚えられないと思う」

 そうなのか。
 でも、思い返せばシルフィは出来たのにエリスは使えなかった。
 年齢が関係していたのだろうか。

「年齢が関係しているんですか?」
「うん。ボクの実体験と、師匠と、学校の先生の言葉を総合して判断した事だから間違ってるかもしれないけど……。
 あ、あと5歳ぐらいから魔術を使いはじめると、魔力総量が爆発的に増えるんだ。
 ルーデウス君の方法で人形を作るなら、魔力総量は多い方がいいよね」

 5歳ぐらいから魔術を使うと魔力総量が爆発的に増える。
 昔似たような仮説を立てたこともあるが、
 他人の口からは初めて聞く理論だな。

「この世界では、生まれつき魔力総量は決まっていると聞いていますが」
「それは間違いだよ。確かに教本にはそう書いてあるけど、10歳を超えるとほとんど伸びなくなるから、勘違いしたんだと思う」

 なるほど、小さい頃から魔術を使わせると爆発的に伸びる、か。
 2~3歳の頃から魔術を使ってきた俺の魔力総量が多いのもうなずける話だ。
 そして、それを実体験と言っているフィッツ先輩も、恐らく相当な魔力総量を秘めているのだろう。

「フィッツ先輩も小さな頃から魔術を使ってるんですね」
「うん。その……昔、師匠に助けてもらって、その時に頼んで、習いだしたんだ」
「へぇ」

 森で魔物か何かに襲われていたのだろうか。
 いや、幼い頃なら人さらいの方が可能性が高いか。
 この世界では人さらいがブームだしな。
 先輩はグラサンはずせば美少年だろうし、人さらいに狙われるのもわかる。

「その師匠も、無詠唱魔術を?」
「うん。凄い人だよ。今でも尊敬してるんだ」
「そうなんですか、それは、僕も会ってみたいものですね」

 無詠唱魔術を教える事のできる人物。
 それなら、俺ももう少し魔術の腕が上がるかもしれない。
 何にせよ、何か得られるものはあるだろう。
 と、思ったのだが、フィッツ先輩は苦笑した。

「えっと、それは無理じゃないかな……」
「そうですか。やはり、偉い人だからですかね?」

 フィッツは王女の護衛だし。
 宮廷魔術師か何かなのかもしれない。
 運良くどこかで宮廷魔術師に助けられ、そのツテで弟子入り。
 そして成長し、王女の護衛になった。
 そんな感じなのかもしれない。
 アスラ王国の宮廷魔術師なら、無詠唱ぐらいできるだろう。

「偉い人……じゃないけど、えっとね、フィットア領の人なんだ」
「あー……」

 転移に巻き込まれたのか。
 それで、どこにいるかわからないと。

「それはなんというか……生きているといいですね」
「生きてるよ。もう見つかったもん」

 そういえば、知り合いを探すために転移の事について調べ始めたという話だったか。
 で、最近になって見つかったと……。

「あれ? ならなんで僕は会えないんですか?」
「ふふ……ないしょ」

 フィッツ先輩ははにかんで笑った。
 ……なぜこの笑顔を見ると胸が高鳴るのだろうか。
 俺は二次元の男の娘には恋できるが、決してホモではないはずなのだが……。

 もしかすると、そういう荒療治なのだろうか。


---


 フィッツ先輩のアドバイスに従い、奴隷を探す。
 五歳前後(それ以上幼いと言葉を理解できない可能性が高い)で、
 炭鉱族(ドワーフ)(いざとなれば粘土から削りだす方法を用いるので手先が器用な方がいい)で、
 可愛らしい女の子(俺の趣味)。

「女ですか? 余はどちらでも構いませんが、師匠、目的を間違えてはいませんか?」
「ルーデウス君……」

 条件を一つずつ挙げていくと、最後の一つで二人から批難の目が集まった。

「あっれぇ?」

 男ばかりだからむしろ賛同を得られると思ったのだが。
 まぁ、そういう奴らでもないか。
 エリナリーゼあたりなら賛同してくれるかもしれん。
 彼女なら、むしろ可愛い男の子をと提案するかもしれない。
 最近はショタ趣味に目覚めたっぽいからな。

「しかし五歳となると、教育は期待できませんな。言語がわからない場合もありますぞ。
 獣神語しか喋れないとなると、魔術を教えるどころの話ではないですからな」
「僕は獣神語もできますので、その場合は僕が教育しますよ」
「なんと、師匠は獣神語も操れたのですか、さすがですな」
「ふっ、まあね」

 ザノバの称賛に、俺は鼻を高くして胸を張る。
 これでもマルチリンガルなのだ。

 五歳児に勉強を教えた事もある。
 そういえば、シルフィは元気にしているんだろうか。

 エリナリーゼやフィッツ先輩を見るまでもなく、
 長耳族ってのは極めて俺好みというか、ファンタジー世代の日本人好みの顔をしている。
 線の細い美男美女揃いというかなんというか。
 彼女は確か俺と同い年だから、今は15歳か。
 相当美しくなっているだろう。
 パウロの話ではかなり魔術を使えるようになっていたそうだし、そのうえ髪が緑だ。
 どこかで噂に聞くこともあるだろうし、見ればすぐに分かるだろう。
 さっぱり噂を聞かないが……。
 彼女はいま、どこにいるのやら。

「とにかく、条件も決まった事ですし、商人の方に聞いてみましょう」

 俺は『相談所』と書かれた場所に移動する。
 受付の男性は、ツルリとしたスキンヘッドで、口ひげを蓄えたマッチョな男だった。
 俺とフィッツ先輩を見ると怪訝そうな顔をしたが、ザノバを見て納得したように頷いた。

「あの、すみません、実は探してる……」

 マッチョは喋る俺を無視し、後ろにいるザノバに話しかけていた。

「よう、兄さんいらっしゃい。
 お望みはなんだい?
 護衛用の戦士か? 今なら剣を教えられる奴もいるぜ。
 魔術師もいるが、魔法大学に行ったほうがマシかもな。
 それとも、コッチのほうか?
 いやいや、言うない。あんた、モテなさそうな顔してるからな。
 ムッチムチの二十代が一人いるぜ。娼婦上がりだからアッチの方もバッチリだ。
 もちろん病気も持っちゃいねえあがあぁぁぁ!」

 そしてザノバにアイアンクローを食らい、持ち上げられていた。

「師匠を無視するな、そのベラベラとよく動く舌を引っこ抜き、顎を引き裂くぞ」
「こ、こらっ! 何をしている!」

 すぐさま脇にいた警備がザノバを取り押さえようとするが、ビクともしなかった。
 逆に体を少し身震いさせただけで弾き飛ばされた。
 んまぁ、ハイパワーだこと。

 屈強な警備を、ヒョロ長いオタクっぽい男が振り回す。
 シュールだ。
 これが神子のパワーか。
 力こそがパワーか。
 おっと、見てる場合じゃねえな。

「ノウ! ザノバ、やめなさい、ハウス!」
「はい!」

 俺の声で、ザノバは手を離した。
 唐突に止まったザノバに、警備も止まる。
 俺は警備に向かい、頭を下げた。

「申し訳ありません、ちょっと興奮しただけです」
「いや、いいんだ……けど、あまり暴れてくれるなよ? 次は剣を抜くからな?」

 彼らは快く許してくれた。
 その目にやや怯えが含まれていたが、見ない事にする。
 そんな所をつついてもいい事はない。

 意外だったのは、ザノバが掴まれた瞬間、フィッツ先輩が俺の前に出て杖を構えた事か。
 極めて素早い動作だった。
 さすが王女の護衛だな。
 俺が腑抜けているだけとも言えるが。
 つっても、そこまで警戒するような相手はこのへんにはいないしなぁ……。
 ここの警備は、冒険者で言えばCランク、行ってもせいぜいBだろうし。
 まあいいか、話を続けよう。

「五歳ぐらいの炭鉱族を探しています」

 改めてマッチョに話を聞く。

「五歳ぐらいの……?」

 マッチョはおどおどしつつ、手元にある目録のようなものに目を走らせた。
 ペラペラと紙をめくりつつ、目を細める。

「炭鉱族自体このへんにゃ少ないからな、しかも五歳となると……」

 やはり条件的には厳しいか。
 炭鉱族は基本的にミリス大陸の住人だからな。
 それこそ人さらいにでもさらわれてこなければこの辺りには来ない。

「手先が器用な種族なら、別に炭鉱族でなくても問題ありません。
 いっそ若ければとやかくは言いませんが……」
「お、いた、一人いたぞ」

 マッチョは目録の一部をポンと指で叩いた。

「炭鉱族、六歳の女児だ。親の借金で一家揃って奴隷落ちだとさ。健康状態はちと悪いな。栄養失調か、まぁ食わせりゃすぐ元通りになるだろ。人間語は喋れねえ、六歳じゃ当然だが、文字も読めねえ」
「なるほど、親の方はどうなってるんです?」
「親の方は両方とも売れちまってるな」

 冒険者時代に酒場で聞いた話だが、炭鉱族の中には山さえあれば暮らしていけると思っている層がいる。
 ミリス大陸を出て、王竜山脈で働くならいいのだが、
 たまに少々勘違いして北部まで来てしまい、山に入れずどうしようもなくなる馬鹿な奴もいるのだとか。
 家族まで巻き込むとは、ダメオヤジもここに極まれりだな。

「とりあえず、会ってみましょうか」


---


 マッチョの呼び出しで、しばらくした後、一人の商人が顔を出す。

 浅黒い肌をした男だ。
 日焼けだけではあるまい。
 恐らく、ベガリット大陸の出身か、両親のどちらかがベガリット出身者なのだろう。
 やや太り気味で、びっしょりと汗をかいている。
 肩に掛けた布で仕切りに汗を拭っているが、その布もびっしょりだ。
 汗臭いにおいが漂ってくるが、この市場は暑いから仕方あるまい。
 俺も先ほどローブを脱ぎ、ザノバもマントを外している。
 フィッツ先輩だけはいつもの格好で涼しい顔をしている。
 顔は真っ赤なんだけどな。別の理由で。

「どうも、わたくしリウム商会傘下・ドメーニ商店の支店長、フェブリートです」

 商人はそう名乗り。
 ザノバに向かって手を差し伸べる。
 ザノバの手が商人の()へと伸びたので、俺はフェブリートの手を強引につかみ、握手した。

「どうも、泥沼のルーデウスです」

 あえてそう名乗ると、フェブリート一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに顔をほころばせた。

「おお、あなたが泥沼でしたか! 聞いておりますよ、冬に入る前にはぐれ竜を仕留めたとか」
「運が良かっただけですよ、相手も弱ってましたしね」

 A級冒険者、泥沼のルーデウスの名前はこのへんでもなんとか知られているようだ。
 伊達に名前を売ろうと頑張っていたわけではないのだ。

「本日は炭鉱族をお求めという事ですが……?」

 ちらりとフェブリートはザノバやフィッツ先輩を見る。

「はい、こちらの方々に出資してもらい事業を始めるのです。幼い頃から技術を叩き込める子を捜していましてね」

 と、適当に言ってみる。
 嘘は言ってない。

「なるほど、そういう事ですか……あまりオススメの商品というわけではないのですが……。とにかく見てください。こちらです」

 フェブリートに従い、俺たちは市場の裏側から、隣の建物に移動。
 奴隷の倉庫へと移動する。
 倉庫といっても、滑車のついた鉄格子が並び、その中に奴隷が入れられているだけである。
 鉄格子の大きさは畳一畳分ぐらいで、一つの箱につき一人か二人だ。
 市場に出す前には洗ったり、油を塗ったりして光沢を出すのだろうが、今はツンときつい臭いがする。
 中には、めそめそと泣いている子や、ギラギラとした殺気を向けてくる者もいた。

 倉庫には、俺たちのように直接店の者とやり取りをしている人が何人か見受けられた。

 フェブリートは鉄格子の箱の間をスルスルと歩いていく。
 そして、道端に立っていた人物に一声掛ける。
 部下だろうか。

 さらに奥へ。
 一つの箱の前で止まった。

 箱の中には、うつろな目をした少女が、体育座りで座っていた。

「こいつですね。……おい、出せ」
「うす」

 フェブリートの部下はこくりと頷くと、鉄格子を開け、中にいる子を引きずりだす。
 鉄の首輪と足かせをはめられた子供。
 ガリガリに痩せた身体を、申し分程度のボロキレで隠している。
 髪は赤橙といった感じだろうか。
 ボサボサで、白髪が混じっている。
 顔色も悪い。

 彼女は身体を抱くようにして、カタカタと震えていた。
 このへんは倉庫でも奥の方であるせいか、やや寒いのだ。
 俺たちを見る目は完全に虚ろだった。
 さすがに痛々しく見える。

 フェブリートの部下はそんな事に頓着せず、少女のボロキレをあっさりと取っ払った。
 欠食児童らしい、ガリガリに痩せた身体が完全にあらわになった。
 それを見て、フィッツ先輩が顔をしかめた。

「ルーデウス君……」

 安心してほしい。
 さすがの俺も、ピューリッツァー賞受賞作の写真に出てくるようなのには欲情しない。

 早く購入し、飯を食わせて温かい風呂にでも入れてやりたい、そんな気持ちが沸く。
 が、少女の目が少し気になった。
 この虚ろな目。
 どこかで見たことのある。

「見ての通りです、炭鉱族。子供です。六歳ですので、技能は特にありません。
 両親共に炭鉱族です。父親は鍛冶師、母親は装飾品を作っていました。
 手先の器用さについては、遺伝さえしていれば望めるとおもいます。
 ただ、言語を獣神語しか解しません。
 我々としても売れると思っていなかったので、健康状態もあまりよくありません。
 その分は値引き致しましょう」

 フィッツ先輩が難しい顔をしつつ、少女に近寄り、その頬に触れた。
 数秒後、少女の顔色が幾分かよくなった気がした。
 何かしたのだろうか。

「当然ながら処女です。
 疫病等の心配はありませんが、見ての通り、少々病弱かもしれません。
 ご購入の際にはこちらで解毒を掛けさせて頂きますが、
 あまりオススメの商品とはいえませんね」

 フィッツ先輩が捨てられた子犬を拾ってきた子供みたいな目で見ている。
 どのみち条件には合致しているから買うつもりはあるんだが。

『こんにちわ、お嬢さん』

 俺はしゃがみこんで、獣神語で話しかける。
 まずは面接だ。

『僕はルーデウス。君は?』
『…………』
『実はね、お兄さんたちは、君にやってもらいたい事があるんだ』
『…………』
『えっと……』

 少女は俺の方を虚ろな目で見るだけで、何の言葉も返さない。
 フェブリートの部下が、腰に付けた鞭を取ろうとするが、手で静止。

「師匠、どうしました?」
「かなり絶望してますね。希望もなんにもなくて死にたい奴の顔です」
「……師匠は、そんな者を見たことがあると」
「昔、何度もね」

 ザノバとフィッツ先輩が思いつめたような顔をする。
 まあ、あんまり生前の事は言うべきではないか。
 ネガティブな事しか出てこないからな。

 俺は少女としばらく見つめ合った。
 懐かしい目だ。
 生前、俺もこういう目をしていた頃がある。
 そうだな、確か二十歳を超えたぐらいだったろうか。
 学はなく、将来性もなく、バイトの経験もなく、
 自分はこれから、ただ飯を食い、クソを垂れて生きていくんだろうと、
 そう思っていた頃の目だ。
 今考えれば、あの頃の俺なら、まだ何かできた。
 しかし、現状を絶望し、何もかもを投げ出していた。
 数年後には、ニートである事に開き直り、もっと酷い顔をするようになったのだが。
 あの頃は、そうだな、何の希望も持ってなかった。
 死にたいと思っていた。

『お前、もう死にたいか?』
『…………』
『自分ではどうしようもないもんな。気持ちはわかるぜ』
『…………』

 少女の目が、ゆっくりと俺を捉えた。

『なんだったら、終わらせてやろうか?』

 本気で言った。
 口調は軽かったと思う。

 俺は本気で死にたいと思ったことがある。
 ただ、俺はそこでは死なず、その後の人生をなぁなぁで生き続けた。
 長い長い後悔の時間だ。

 俺は彼女の人生を救ってやることは出来ない。
 無論、ここで彼女を購入し、仕事を与えてやることはできる。
 服を買ってやり、飯を食わせてやり、優しい言葉を掛けてやる事はできる。
 だが、それが救いではない事を、俺はよく知っているつもりだ。
 やりたくないものを無理矢理やらされても、決して救いではない。

 むしろそれなら、終わらせてやった方がいい。

 もし俺みたいに。
 死んだら別の人生を歩めるのであれば。
 今の人生は捨て去って、新しい人生で頑張ったほうがいい。
 そういう奴は間違いなくいる。
 頑張れば頑張れるなんてのはおためごかしだ。

 この少女がそういう奴かどうかはわからない。
 俺の目から見て、彼女はまだまだ頑張れる。
 まだ若いというか幼いし、これからのがんばり次第でどうにでもなる。

 けど、そう言われ続けた俺はダメだった。
 死ぬまで馬鹿が直らなかった。

 当人のやる気次第だ。
 決めるのも俺じゃない。

『…………』
『なんか言えよ』

 少女は、微動だにしなかった。
 だが、ゆっくりとひび割れた唇を開いた。

『――――死にたくない』

 少女はぽつりとつぶやいた。
 か細い声だった。
 消極的な返事だが、いいだろう。そんなもんだ。
 俺だってそうだった。それでいい。
 生きたい、じゃなくていい。
 死にたくないで、とりあえずいい。

「買います」

 俺は手に持っていたローブを彼女にズボッとかぶせた。
 魔術で温風を作り、身体を温めてやり、解毒魔術を詠唱する。
 治癒魔術では体力は回復しない、あとで飯を食わせてやろう。

「フェブリートさん、いくらですか?」

 アスラ大銅貨1枚。
 それが彼女の値段だった。


---


 購入後、俺達は奴隷市場の隅にある洗い場で少女を洗った。
 その後、商業区で少女の服等、必要な物を購入。
 適当な喫茶店に入った。

 飯屋ではない。
 雰囲気のいい喫茶店である。
 俺一人であれば、確実に避けるであろう店だ。
 選んだのはフィッツ先輩だ。
 フィッツ先輩にはこうした喫茶店の方が似合ってるからいいんだが。
 どうにも俺に場違いな感じがしてそわそわする。

 ザノバはさすが王族とでも言うべきか、堂々としている。
 購入したばかりの少女は、一心不乱に料理を口の中にかっこんでいる。
 居心地悪そうにしているのは俺だけだ。

 フィッツ先輩は機嫌がよさそうだった。
 よかったね、なんて言いながら少女の頭を撫でている。

「ところでルーデウス君、この子の名前はなんていうの?」

 聞かれ、俺はまだ名前を聞いていない事に気づいた。
 あのフェブリートも名前は教えてくれなかった。

『お前、名前はなんて言うんだ?』

 少女は不思議そうな顔で俺の顔を見ている。

『……名前?』

 あれ?
 俺の獣神語、もしかしてあんまり通じてないのか?
 確かに3年ぐらい使ってなかったけど、大森林では結構通じてたんだが。
 もしかして、ドルディア族の里では東京に来たばかりのマイケル(アメリカ人、自称日本語ペラペーラ)を見るような目で見られていたのだろうか。
 いや、そんな馬鹿な……。
 ルイジェルドとそんなに変わらなかったはずなのに。

『えっと、なんて呼ばれてたんだ?』
『……聖鉄のバザルと美しき雪稜のリリテッラの子』

 要領を得ないので、そのままをフィッツ先輩に伝えた。
 すると、彼は「あ、そうか」と物知り顔で頷いた。

「炭鉱族は7歳になるまで正式な名前を付けてもらえないんだ」
「正式な名前?」
「うん、炭鉱族は七歳になるまでは名前をもらえなくて、七歳になった時に、好きな物とか憧れてる物、得意な物から名前をもらうんだ」

 という事らしい。
 さすがフィッツ先輩は物知りだな。

「なるほど、名前が無いと不便ですね」
「親はもういないんだし、ボクらで付けてあげるしかないよ」

 なるほど。

『これからお前の名前決めるけど、何か希望はあるか?』

 と、一応本人にも聞いてみるが、首をかしげられた。
 こんなんで本当にフィギュアを作れるようになるんだろうか。
 ちょっと不安になってきた。

「女の子だし、可愛い名前にしてあげよう」

 フィッツ先輩はそんな乙女チックな事を言う。
 そう言われると、逆に勇ましい名前を付けてしまいたくなる。
 いかんいかん。

「ザノバ、君の意見を聞こう!」

 そう言うと、ザノバが顔をこちらに向けた。

「うん? 余が決めてもよろしいのですか?」
「金を出したのは僕じゃありませんしね」
「では、ジュリアスと」

 ザノバは静かにそう言った。
 考える素振りはなかった。

「それ、男の名前ですよね?」
「はい、かつて余が力加減を誤って殺してしまった、可哀想な弟の名前です」

 俺は変な顔をしていただろう。
 フィッツ先輩は何のことかわからない顔をしている。

「その子は余の部屋に置くのでしょう?
 ならば、余の親近感の湧く名前がいいでしょう」

 確かに、この少女はザノバと共に暮らす事になっている。
 王族用の部屋に住んでいるザノバの部屋は広いからだ。
 俺も許可を貰えば部屋に住まわせる事もできるが、王族の方が許可は通りやすい。
 だから俺の部屋でもいいが、当初の予定では、金のあるザノバの部屋においておくのが自然、という流れだったはずだ。
 もっとも、言葉がわからないなら、俺の部屋においてもいいだろうが。
 あるいは、俺がザノバの部屋に泊まりこむか。

「まぁ、こだわりがあるなら僕はそれでいいと思いますけど、
 せめて女の子だし、ジュリエットぐらいにしときましょう」
「余はそれで構いません。ジュリエットにしましょう」
「ジュリ……エット、ふふっ、いい名前だね」

 フィッツ先輩は何がおかしいのか、嬉しそうに笑っていた。
 この年頃は何もなくても笑うからなぁ……。

 意見がまとまった所で、その旨を少女に伝える。

『お前の名前は、今日からジュリエットだ』
『ジュリ……?』
『ジュリエットだ』
『ジュリ』

 少女はそう言って、ぎこちなく笑った。
 ジュリとしか覚えてもらえなかったが、問題ないだろう。


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 こうして、ザノバの元にジュリエット(通称ジュリ)がやってきた。
 彼女は周囲からあれこれと教えこまれつつ、
 いろいろとだらしのないザノバの後をちょこちょこと付いて回りサポート。
 夜になると俺について人間語や無詠唱魔術についてのお勉強。
 寝る前に、ザノバによる人形に関する講義をひたすら聴き続ける事で、ブレインウォッ……教育を施す。
 そうした労働に従事する。

 ちなみに、ザノバには引き続き、指先を慎重に動かす訓練を続けさせる事にした。
 いつか、自分でも作りたいだろうしな。


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 俺とザノバの人形計画は、ここから少しずつ前進していくこととなる。

 そして、俺の真の目的が達成する兆しは、まだ見えない。
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