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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第8章 青少年期 特別生掌握編

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第七十話「及ばぬ力 前編」

 ザノバ・シーローン。
 シーローン王国第三王子。
 生まれつき怪力を持って生まれた神子。

 彼は変態である。
 紛うことなき変態である。
 行き過ぎたフィギュアオタクとでも言うのだろうか。
 気づけば毎日人形を眺めている。
 そして、気が向けば、その人形を優しい手つきで撫で回している。

 決して人形を乱暴には扱わない。
 興奮すると怪力を制御できなくなるが、
 人形に対しては絶対に力の制御を間違えない。

 彼の人形に対する愛がそうさせているのかもしれない。

 愛。

 そう、彼は人形を愛している。
 偏愛している。

 例えば、彼の部屋には銅製の裸婦像がひとつ置いてある。
 以前、市場で見かけて衝動買いしたものだそうだ。
 ほっそりとしつつもやや艶やかな印象を受ける少女の裸婦像。

 俺がザノバの部屋を初めて尋ねた時、彼はその裸婦像に全裸で抱きついていた。
 驚かせようと思いノックもせずに入室した俺に非がある。
 それは間違いない事だが、ザノバは俺の顔を見ると慌てて服を着て、
 見苦しい真似でしたと頭を下げた。

 全裸で抱きついて何をしていたのかは、わざわざ説明せずともいいだろう。

 彼の愛は異常だ。
 北方大地はまだ時折雪も降る。外に出れば寒く、金属製の像がどれだけ冷たいのかなど、考えるまでもない。
 そんな中、凍傷になりかけながらも自分の欲望を優先する。
 高度すぎてとても真似できない。

 だが、理解できないという程ではない。
 俺だって生前はフィギュアを『使用』したことがあるのだから。
 もっとも、御神像(ロキシーフィギュア)にそんな真似をしたら、さすがに許さんがね。

 ……そういえば、ザノバの部屋にロキシー人形を見かけなかった。
 実家に置いてきたのだろうか。


---


 そんな彼は、ある日。
 唐突に土下座をした。
 夜の事だった。俺の手元には、作りかけのフィギュアがあった。

「師匠、余に人形(フィギュア)の作り方を教えてください!」

 この一ヶ月、俺はザノバに対し、もう少し待てと言い続けていた。
 彼は従順な飼い犬のように、『待て』をしていたが、
 とうとう我慢の限界がきたらしい。

「約束したではないですか!
 なぜいまだに授業を始めてくださらないのですか!」

 ザノバはややご立腹だった。
 もちろん、俺も断る理由はない。
 最初からそういう約束だったしな。
 そのために自分でもリハビリを兼ねた復習をしていた。
 教えなかったのは、生活が落ち着いていなかったのもあり、
 本来の目的とはかけ離れていたのもあり、キッカケがつかめなかったのもある。

「……ザノバよ、我が修行は厳しいぞ」

 わざと芝居がかった口調で言うと、ザノバはハッとした顔で重々しく頷いた。

「無論です。師匠、余をあまり見くびらないで頂きたい。
 例え血反吐を吐いてでも、余は師匠の人形製作の極意を習得してみせます」
「うむ、その意気やよし」

 というわけで、俺はザノバに人形製作を教えることとなった。

 就寝前の時間を使い、一日に約1~2時間。

 俺にも下心があった。
 彼の人形への愛は本物で。
 ついでに言うと王族なので金持ちだ。

 もしかすると、俺が断念した人形への着色や、
 人形の量産といった事業に着手することもできるかもしれない。

 まずはロキシー人形の量産だ。
 前に作った時は一品物だったが、
 この世界には銅像を作る技術や、西洋風の人形を作る技術は存在している。
 それを流用すれば、出来は悪くなるが、量産は可能であるはずだ。

 それから、ルイジェルド人形だ。
 史実を元に、スペルド族をひたすら美化した本を執筆するのだ。
 この世界の読者に受け入れられやすいように、バトル描写多め、
 認められない男と、この世界に認められた英雄との対比を描きつつ、
 認められないなりにも努力する男の苦悩と葛藤。
 それの付録にフィギュアを付けるのだ。

 本とセットでフィギュアをプレゼント。
 やはり主人公がビジュアル化されているのといないのとでは、大違いだからな。
 それが成功したら、次はロキシーの偉業を称える本を出すのもいいかもしれない。

 よし、いける。
 俺一人では無理かもしれないが、ザノバはなんだかんだ言って王族だ。
 金を持っている。
 情熱もある。
 仕事仲間としてはきっと最適だ。

 取らぬ狸の皮算用という言葉がある。
 その時の俺はまさにそんな感じだった。

「では、奥義を伝授しよう!」
「ハイッ! 師匠!」

 俺たちの人形製作は始まったばかりだ。


---


 結論から言おう。

 できなかった。
 ザノバは、無詠唱による土魔術でフィギュアを作る事が出来なかった。

 理由は二つ。
 無詠唱による魔術の制御自体が出来なかった事。
 そして、圧倒的に魔力総量が足りない事。

 考えてみればこの世界では、無詠唱で魔術を使える人物はほとんどいない。
 俺が出会った中では、オルステッドとフィッツ、あとシルフィぐらいか。
 学校にはもう一人、無詠唱で風魔術を操る教師がいたというが、去年死んだらしい。
 幼い頃から出来た俺はあまり実感がなかったが、無詠唱とは高度な技術なのだ。
 思い返してみると、エリスやギレーヌも無詠唱での魔術は習得できなかった。
 そんな状態で、魔術を覚え始めたばかりのザノバができるはずもない。

 また、魔力総量の問題も重要だった。
 俺がフィギュア製作をしていたのも、際限なく増え続ける魔力を、効果的に使い切るためだ。
 相当な量の魔力を使って作っている。

 ここで俺も初めて理解した。
 どうやら、俺の魔力総量は他人よりも相当多いらしい。
 いや、薄々感づいてはいた。
 多少は多いとは思っていた。
 だが、それほど差があるとは思っていなかったのだ。
 冒険者でも、すぐに魔力切れを起こす他の魔術師を見て「無駄な所で魔力を使いすぎているのさ」なんて思っていたぐらいだ。
 数値で現すなら、通常の魔術師が100ぐらいだとすると、せいぜい500程度かな、ぐらいに思っていた。
 実際には、俺の魔力総量はもっともっと多いらしい。
 まさか、ザノバがパーツ一つ作れないとは思ってもみなかった。

 まあ、俺の事は置いておこう。

 ザノバは努力した。

 朝起きて、気絶するまで魔力を使って気絶して、目覚めたらまた魔力を使って気絶して。
 そんな事を一日中繰り返した。
 限界まで魔力を使い続けたせいか、頬はゲッソリと痩せ落ちていた。
 ガイコツのような顔は、涙と鼻水でグシャグシャだった。
 一番やりたいことの才能が無い。
 そんな様子がまざまざと見て取れた。

 俺は彼に、なんと悪いことをしてしまったのだろうか。
 俺は反省した。
 反省し、彼に謝った。

「すまん」

 ザノバは首を振り、力なく答えた。

「いえ、余がもっと優秀であれば……」

 うちひしがれた男の背中。
 哀愁ただよう負け犬の背中。
 ここで諦めてはいけない。

 俺は考える。

 ザノバがフィギュア製作の第一歩すら踏み出せないのは流石に可哀想だ。
 とはいえ、無詠唱は無理。
 魔力総量も足りないとなれば、俺と同じ方法でフィギュアを作り出すのは無理だろう。

「よし、方法を変えよう」

 俺は自然とそういう結論を導き出した。

「別のやり方があるのですか!?」

 うちひしがれたザノバは、すぐに立ち直り、身を乗り出す。

「ええ、極力、魔力を使わない方向でいきましょう」

 俺はそう言って、土の塊を作り出す。
 粘土である。

「今は魔術で作りましたが、恐らく自然界を探せば見つけられるはずです」

 粘土ってのはどこで取れるんだったか。
 有名な陶芸家が山に籠もるという話は聞いているが、
 この世界の山や森は危険がいっぱいだ。
 とはいえ、ゴーレムなんかには材質が粘土っぽい奴もいるだろうし、
 わざわざ地面を掘り返さなくても流用できるものは多いだろう。

「それをどうするのですか?」
「削りだします」

 削りだし。
 それは最も原初的で、最も確実な、しかし難しい方法だ。

 粘土の塊を、パーツ毎に削りだす。
 それなら、魔力の無い者でも可能なはずだ。
 問題は削りだすための道具が無い事だが、
 そこはまた市場で魔力付与品(マジックアイテム)でも探していけばいいだろう。
 岩をバターのように切れるナイフ、なんてのを以前どこかで見かけた事がある。

「なるほど、師匠、これなら余にもできそうですな!」

 と、ザノバは明るい声を上げた。
 その表情は希望で満ちていた。


---


 希望は、いとも簡単に打ち砕かれた。

 ザノバは手先が器用ではなかった。
 これは生来の能力に起因している。

 怪力。
 そう、彼の怪力が邪魔をした。
 物を壊さないようにという制御はできる。
 だが、彼にできるのはそこまでだ。
 パーツを精密に削りだすという、繊細な作業を行うのは難しかった。

 ザノバは目を真っ赤にしながら、毎日頑張った。
 彼の情熱は本物だった。

 彼は一睡もすることなく、餓死寸前になるまで人形製作に没頭した。
 思い通りにいかず、何度も作り直した。
 そのたびに彼は泣き、叫び、奇声を上げた。

 そして、完成したのだ。
 彼がゼロから作り出した、人形が。

 それは決して美しいものではなかった。
 出来も悪く、前世であれば鼻で笑われるか、ネタ画像かコラージュ素材として大量に出回った事だろう。
 だが、俺は知っている。
 これが彼の情熱だ。
 決して笑うまい。
 だが、俺が笑わなくとも、出来が悪い事はザノバ自身が理解していた。

「師匠、できません……余には……余には師匠のようにはでぎまぜん!」

 ザノバは、泣いていた。
 自分の思う様にものを作れず、泣いていた。
 打ちひしがれ、もはや立ち上がる気力もないと言わんばかりに。

 教え始めてから完成まで2ヶ月。
 ザノバのげっそりとやつれた顔。
 それを見ても、俺には、どうすることも出来なかった。


---


「という事があったのです」

 俺はフィッツ先輩に相談してみる事にした。
 弟子の不出来を他人に相談するなど、師匠としては実に情けない話だ。
 だが、誰かの知恵を借りたかった。
 ザノバが可哀想だしな。

「人形を、作るの?」

 フィッツ先輩は、やや理解できてない様子だった。
 図書館の椅子に並んで座りつつ、俺の話を聞いて首を傾げている。

「はい、こんな感じです」

 俺は土魔術を使い、ササッと簡単な形の人形を作って見る。
 服を着ていないサ○ボボみたいな感じの、シンプルな人形だ。

「す、すごい……」

 フィッツ先輩は俺の手元をまじまじと見つめ、出来上がった人形をしげしげと見ていた。
 そして、自分でもできるかと指先に魔力を集中させ、グネグネと不定形なスライムのような土くれを作り出す。
 即座に真似をしようとするとは、この人も結構すごい。

 しかし、彼の望む形にはならなかったらしい。
 最終的にフィッツ先輩は「ふぅ」と溜息をついて諦めた。

「できないや」

 まあ、フィギュアを作るという事は、俺が昔からコツコツと研鑽を積み重ねてきた技術だ。
 見ただけで簡単にコピーされたら泣いてしまう。
 とはいえ、見た感じ練習すればフィッツ先輩には出来そうな気がする。
 そもそも無詠唱魔術が使える人だし。

「これは普通の人には真似できないよ」
「そうですね、別の方法としては、土の塊から削りだすという方法を取るのもいいかと思っていますが……」
「手先が不器用だから出来ない、と」

 フィッツ先輩は、うーんと唸り、顎に手をやって考える。
 考える時は顎に手を当てるのが、彼の癖であるらしい。
 サングラスのせいか、そのポーズはやけにキマって見える。
 ちなみに照れたり困ったりすると頬とか耳の後ろを掻く。
 その動作は歳相応っぽくて、なかなか親近感が湧く。
 もっとも長耳族は長寿だそうだから、見た目通りの年齢とは限らないのだが。

「うーん、そうだね。参考になるかどうかわからないけど、
 アスラの王都にも、似たような人がいたよ」
「似たような人、ですか?」
「うん、自分でやりたいんだけど、能力も技能も無いって人がね」
「その人はどうしていたんですか?」

 聞くと、フィッツ先輩はやや答えにくそうに、耳の後ろをポリポリと描いた。

「えっと、その、奴隷にやらせていたんだ」
「ほう」

 フィッツ先輩の話によると。
 王都のその人物とやらは、知識はあったが技術はなかった。
 なので奴隷を購入し、そいつに教え込んで、自分の望むものを作らせていたそうだ。

「聞いた話によると、その、ザノバ君はルーデウス君の作る人形が好きで、もっと欲しいから自分でも作りたいって言ってるんだよね?」
「……あれ? そういう話でしたっけ?」
「えっと、ボクにはそう聞こえたよ?」

 そうなのだろうか。
 でもまあ、普通のフィギュア好きは、塗装や改造ぐらいはしても、自分で一から作ろうなんて考えないしな。
 俺だって生前は、せいぜい魔改造を楽しんだ程度だ。

「ザノバ君は、きっとルーデウス君に専属の人形師になって欲しいんだろうけど、無理だって分かってるから、そういう風に言ってるんじゃないかな?」
「別に無理じゃないとは思いますがね」

 シーローン王宮にて、ザノバに雇われて毎日フィギュアを作って暮らす。
 最終的には、そういう生活も悪くないだろう。
 王宮勤めなら、給金も安定してるだろうし。
 そういえば、フィッツ先輩はアリエル王女に月どんなもんもらっているのだろうか。
 ……聞くのは失礼な気がするな。

「まあ、一度、そういう提案をザノバにもしてみますよ。ありがとうございます」
「うん、どういたしまして」

 俺が頭を下げると、フィッツ先輩ははにかんで笑った。
 なんで、この笑顔を見ると、俺はドキリとしてしまうのだろうか。
 謎だ。
 謎の男フィッツ、謎だ。


---


 奴隷を購入して技術を伝授し、作らせる。
 そんな話をザノバにしてみた所、彼はノってきた。

 我が意を得たりと、大喜びで奴隷購入の計画を立て始めた。

 本当は自分でも作りたかったらしい。
 だが、無理ならそういう方向に行くのはしょうがないと考えていたそうだ。
 案外、フィッツ先輩の言った「奴隷にやらせる」という方法は、この世界では一般的な事らしい。
 とはいえ、師匠と弟子という関係にある以上、自分ではなく奴隷に教えてやってほしいと頼むのは、失礼に当たるそうだ。
 ザノバは最初に血反吐を吐いてでも習得すると言っていたしな。
 ゆえに切り出せなかったが、俺の方から提案した事でほっとしたんだと。

「という事で、次の月休みに奴隷市場に行く事になりました」

 俺はフィッツ先輩に改めてお礼を言った。
 困ったときにアドバイスを貰える存在というのは、本当にありがたいものだ。

「そうなんだ。いい子が見つかるといいね」

 それでその話題は終わった。
 終わったのだが、フィッツ先輩は、その後、ややそわそわしていた。
 なんていうか。

「そういえば、次の月休み、ボクも暇なんだよね」
「そうなんですか」
「うん、それでね、えーと、することもないから町にでも行こうかと思ってるんだけど、特に行きたい場所があるわけでもなくてね……友達もいないから一人だし……」

 言葉の端々から、チラチラと盗み見る感じ伝わってくるようで。

 護衛はいいのだろうか。
 何かあった時に王女の傍にいないといけないとかは無いのだろうか。
 ……まあ、それは俺が考える事じゃないか。
 きっとルークの方がなんとかするのだろう。

「えっと、次の月休み、先輩も一緒に行きますか?」
「いいの? 邪魔にならないかな?」
「ええ、アドバイスをもらったお礼に、食事でも驕りますよ」
「そう? じゃあ、ごちそうになります」

 フィッツ先輩はそう言って、はにかみながら笑った。


---


 こうして、男三人で奴隷市場に行くことになった。
副題を
「ルーデウスvsザノバ」
「師匠の魔力総量は世界一ィィィ!」
「両手に花!? 怪力王子とはにかみ王子とドキドキショッピング!」

の、どれかにしようかと思ったけどやめた。
+注意+
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