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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第7章 青少年期 入学編

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第六十六話「入試」

 ラノア王国。
 中央大陸北部の最大の国。
 最大だが、国力はシーローン王国と同程度。
 だがバシェラント公国、ネリス公国と同盟を結んでおり、魔術ギルドとも懇意。
 三国の力を総合すれば、貧しい北部にありながらも、世界で四番目の力を秘めているとされる。
 ゆえに、ラノア、バシェラント、ネリス。
 この三国をひっくるめて『魔法三大国』と呼ぶ。

 なぜ『魔法』三大国なのか。
 魔術ギルドの本部があるからか。
 それもある。
 だが、その最たる理由としては三国が魔術に関する研究に力を入れているからだ。
 世界各国から優秀な人材を集め、出資を惜しまず、魔術に関する研究を進めているのだ。

 そのために作られたのが、
 同盟主たるラノア王国の端。
 国境線ギリギリの位置に存在する大都市。

 魔法都市シャリーアである。

 そこには、『ラノア魔法大学』『魔術ギルド本部』『ネリス魔道具工房』といった、
 魔術に関するありとあらゆるものが凝縮されて詰め込まれている。

 魔法三大国の中枢。
 最も栄えている町、と言えるだろう。


 魔法都市シャリーアを上からみてみると、
 最新式の耐魔レンガで組まれた魔術ギルドを中心に、
 東には魔法大学を中心とした学生街。
 西には魔道具工房を中心とした工房街。
 北には商業ギルドを中心とした商業街。
 南には外から来る者や冒険者を迎え入れる、宿場街がある。
 見るものが見れば、ミリシオンの構造を参考にしている事がわかるだろう。
 少なくとも、俺は地図をみた瞬間にピンときた。
 ピンときたからなんだって話だけどな。

 俺とエリナリーゼは宿場街にて宿を取った。
 寒いとエリナリーゼがベッドに潜り込んでくる。
 目の前で無防備に寝られると、どうしても触りたくなる。
 触ると俺が凹む。
 なので、暖房が完備されたA級冒険者用の宿を取った。

 エリナリーゼも特に文句は言わなかった。
 旅の間でわかった事であるが、
 彼女は男とやらなければならない理由があるらしい。
 道中、ちょっと道を間違え、次の街にたどり着くまで1週間以上掛かった事があった。
 その時の彼女の体調は最悪であり、俺を見る目がヤバい事になっていた。
 どんだけヤバイ事になっていても、相手を出来ないものは出来ないのでどうしようもないのだが。

 詳しく聞いてみると、そういう呪いであるらしい。
 定期的に男と交尾しなければ死亡する、という呪いだ。
 字面にすると大変そうな感じだ。
 だが、エリナリーゼはその事をまったく苦に思っていないらしい。
 もともとエロい事は大好きらしいし。
 呪いがなくてもやることは変わりませんわ、なんて言っていた。
 持病と上手く付き合えている、と言えるだろう。

「では、例のジーナスさんという方のところに行ってきます。エリナリーゼさんはどうします?」
「わたくしも行きますわ」
「……なんで?」

 てっきり、エリナリーゼは冒険者ギルドあたりで男漁りでもするかと思ったが。

「せっかくですので、わたくしも入学してみますの。魔法学園に」
「…………なんで? 魔術に興味あるんですか?」
「いいえ、ルーデウスぐらいの歳の子に興味が湧いて来ましたの」
「ああ、そう」

 平常運転というわけだ。
 しかし、大学とはいえ、学校なら子供も多いだろう。
 この国の法律がどうなっているのかわからんが、未成年略取になったりしないだろうか。
 ……まあ、捕まるのは俺じゃないし、いいか。
 どうせ止めてもやるだろうしな。
 俺が心配することはない。

「でも、多分、普通に入学金とか学費とか掛かりますよ?」
「問題ありませんわ。わたくし、これでもお金は結構持っていますのよ」

 そう言って、彼女は金貨袋をポンと叩いた。
 あの中には、ここいらで使われる硬貨の他に、5枚以上のアスラ金貨が入っている。
 また、旅用のバックパックの中に魔力結晶がいくつも入っている事も。
 一度だけ見せてもらったが、綺麗な球体をした魔力結晶で、大きさはスーパーボールぐらい。
 売ればアスラ金貨にして10枚以上の値段は付くらしい。
 どこで手に入れたのかと思ったが、
 もともと彼女は迷宮探索を主とする冒険者だ。
 昔見つけた魔力結晶を小切手代わりにして持ち歩いているのだろうと、勝手に判断した。

 入学には金が掛かる。
 だが、彼女は金には困っていない。
 入学理由が不純だが、俺も人のことは言えない。
 止める理由もなかった。

「そですか、じゃあ、行きますか」

 俺たちは魔法大学へと足を向けた。


---


 ラノア魔法大学は巨大な敷地を持っていた。

 極めて広大な敷地に、何重にも連なるレンガ造りの棟が並び、中央には城のような建物まで存在していた。
 遠目にはそのまま要塞として使えそうにも見えた。
 イメージとしては筑○大学が近いだろうか。
 いや、筑○大学とか写真でしか見たことないけどな。

 とりあえず、校門で守衛とおもわれる人に手紙を見せる。

「すいません、こういう手紙を頂いたのですが」

 守衛さんは手紙を見ると、「ああ」と頷いた。

「教員棟の場所はわかるかい?」
「わかりません」
「ここをまっすぐ行って、初代学園長の像を右だ。青い屋根の建物だ。
 そこの受付に渡して、取り次いでもらうといい」
「ありがとうございます」

 エリナリーゼが守衛さんに色目を使いそうだったので、耳を引っ張って先に進む。


 初代学園長の像までは直線の道だった。
 道の両脇には枯れ木が立ち並んでいる。
 春になれば、桜でも咲くんだろうか。
 いや、この世界に桜があるのかどうかはしらないが。
 枯れ木のさらに外側には、高さ3メートルぐらいのレンガ造りの壁がそびえ立っている。
 大勢で攻め込めば、この両側から弓兵が顔を出して「掛かったな!」とか言うんだろうか。

「みんな耐魔レンガで作られてますのね」
「ほう」

 エリナリーゼの呟きに、俺は壁を注視した。

 耐魔レンガとは、
 名前の通り、魔力に対して耐性を持つレンガだ。
 大規模な攻撃魔術による攻撃でも耐えることができるらしい。
 一体どれぐらいの耐性があるのか。
 実際に魔術を撃って確かめてみたい気分になる。
 やらないが。

 耐魔レンガは魔術ギルドが独占的に製造・販売をしていると聞く。
 アスラ王国では、王都でしか使われていないほど高価なものだ。
 ミリシオンでも王竜王国でも見なかった。
 しかし、魔法三大国ではよく見かける。
 製法は極秘だが、原材料はそれほど高くないのかもしれない。


 レンガの通路を抜けると、やや大きめの広場に出た。
 そこから三方に道がわかれている。
 中央にあるのは、ローブを付けた一人の女性の像だ。
 『初代学園長、第56代魔術ギルド総帥フラウ・クローディア』。
 像にはそう書かれたプレートが張り付いていた。
 これが初代学園長の像だろう。

 レンガの壁はここで途切れている。
 正面の道には、要塞のような巨大な校舎群だ。
 見える範囲だけでも6つ以上の建物がある。
 ふと、校舎の脇にある運動場のような場所から、炎が吹き上がるのが見えた。
 授業中なのだろうか。

 左手には、赤い屋根の建物がいくつか。
 これもまたでかく、そして窓が多く、ベランダもついている。
 ベランダに洗濯物が干されている所を見ると、学生寮だろうか。

 さて。
 右手には青い屋根のおうち、左手には赤い屋根のおうち。
 俺はシル○ニアファミリーではないので右に向かう。

「なんかわくわくしてきますわね」

 ふと、エリナリーゼがつぶやいた。

「そうですか?」
「だって、こんな大きな建物ばっかりですのよ」

 このビッチはなにをブリっこぶってるんだろうか。
 と、一瞬思ったが、
 しかし、冒険者ってのは、あんまりでかい建物には用がない。
 せいぜい、冒険者ギルドぐらいだ。
 なので、巨大な建物を見る機会が少ないのだ。

「エリナリーゼさんが今まで入った中で一番大きな建物ってどこです?」
「ミリシオンの冒険者ギルド本部ですわ」
「へぇ、そういえばあそこもでかいですもんね」

 俺もミリシオンの冒険者ギルドには行ったことがある。
 確かにあそこは結構な広さがあった。
 もっとも、生前にもっと広い建物を見たことがあるから驚きはしなかったが。

「面白みのない子ですわね。わたくしが初めてミリシオンの冒険者ギルドを見た時は興奮で思わずパウロに抱きついてしまったというのに……チッ、思い出したくない過去でしたわ」

 エリナリーゼは一人で呟き、一人で嫌な顔をしていた。
 よほどパウロの事が嫌いらしい。
 男なら誰でもいいと豪語する彼女にここまで言わせるとは……。
 何をやったんだか。
 そういえば、パウロとエリナリーゼが別れたのは何年前だったっけか。
 俺が今15歳だから、15年以上前だよな。

「つかぬことをお聞きしますが、エリナリーゼさんって何歳なんですか?」
「あらあら、女性に歳を聞くもんじゃありませんわよ」
「ちなみに僕はもうすぐ50歳です」
「嘘おっしゃい」

 なんて話をしているうちに、青い屋根の建物にたどり着いた。


---


 受付に手紙を渡すと、応接室に通された。

「しばらくお待ち下さい」

 という言葉を残し、受付のおばさんはいなくなる。
 俺たちはソファにおとなしく座りつつ待機。
 同時に、エリナリーゼがしなだれかかってきた。
 彼女は男の隣に座ると必ずやる。悪い癖だ。
 俺としても悪い気分じゃないので放っておく。
 彼女は男の体を弄れて嬉しい、俺は美人の姉さんに密着されて嬉しい。
 誰も不幸になっていない。
 不幸なのはこんな状況で反応を返さない俺の息子だけだ。

 なんて思いつつ、周囲を見回す。
 ここの応接室のランクは、Cって所だな。
 ソファは硬いし、調度品も少ない。
 もっとも、流れの冒険者を迎える場所としては相応だろう。

「おまたせしました、教頭のジーナスです」

 ジーナス教頭は一時間ほどで現れた。
 アポイントメント無しだというのに、迅速な事だ。

 かなり生え際の後退している、壮年で神経質そうな男性だ。
 深青色のローブを着ている。
 水魔術を使うのだろうか。

「はじめまして、ルーデウス・グレイラットです」

 俺は貴族風の挨拶で、ぺこりとお辞儀をする。
 チラリとエリナリーゼを見ると、彼女もそれっぽく頭を下げていた。

「そちらの方は?」
「わたくしはエリナリーゼ・ドラゴンロード。ルーデウスのパーティメンバーですわ」
「はぁ……」

 誰? 何しにきたんだ?
 という視線を向けられたが、エリナリーゼはどこ吹く風。
 ジーナスも、まあいいかという感じで、俺達に椅子を薦めた。

「まさかこんなに早く来ていただけるとは思いませんでした」
「ある人の勧めでね」
「ある人? ああ、ロキシーですね」

 さんをつけろよデコ助野郎。
 と、心の中で叫ぶも声には出さない。

「もちろん先生にも勧められましたが、しかし、今回は別の方の後押しもありましてね」
「ほう……では、大学に在籍していただけると?」
「ええ、まあ」

 ジーナスは身を乗り出している。
 俺はそれに、若干引き気味に頷く。

「っと、これは失礼、在野で活躍する魔術師の方はプライドの高い方も多く、特にルーデウスさんのような若い方は魔法大学そのものを馬鹿にしているきらいがありまして……」
「なるほど」
「ルーデウスさんも、先日はぐれ竜を倒したとお聞きしました。
 そのような方なら、まさか大学に在籍などしないと思っておりましたが……」

 俺もこの2年間で冒険者の傾向はわかってきた。
 種族や国によっても違うが、この世界は15歳が成人である事が多い。
 冒険者もそれぐらいの歳にデビューする者が大半だ。
 だが、成人前に冒険者になる者も結構多い。
 特に年齢制限があるわけじゃないからな。
 とはいえ、15歳になる前から才能を発揮し、高ランクまで上り詰める者は少ない。

 そして、上り詰めてしまう若者は、大抵がプライドの塊だ。
 一人だけ、14歳でBランク冒険者という少年を見たことがある。
 そりゃもう鼻っ柱のたかい奴で、やけに俺をライバル視していた。
 当時は同い年だったから、Aランクにいる俺が気に食わなかったのだろう。
 まあ、最近見ないなと思ったら、討伐依頼に失敗して死んでたのだが。

 ジーナスはそうした例から、俺がそんなテング野郎に違いないと思っていたのだろう。
 残念ながらうちのテングは最近ちょっと元気がない。
 霊力不足かね。

「学びたい事、調べたい事、やりたい事、色々ありましてね。
 ここを利用するのが一番だと思いまして。
 あ、もちろん、卒業後は魔法大学の宣伝もさせてもらいますよ」

 コンラートの話を思い出しつつそう言うと、ジーナスは苦笑した。

「そう正直におっしゃっていただけると、こちらとしてもありがたいですね」
「さて、とはいえ、特別生というものがどういうものか、
 僕もまだよく知りませんので、話はそれを聞いてから、ですかね」

 ジーナスはそれに頷こうとして、しかしふと思い出したように苦笑した。

「と、その前に、少々試験をさせていただいてもよろしいですか?」
「試験ですか?」

 奨学生試験みたいなものだろうか。
 言われてみると当然か。
 まずいな。
 ロキシーに魔術について習ったのは十年前だ。
 どこまで覚えているだろうか。
 ええと、確か混合魔術は……。

 くそう、そうとわかっていれば予習してきたものを……。

「はい、ルーデウスさんが噂通りの方かどうかの、テストです」

 どうやら、筆記ではないらしい。


---


 はぐれ竜をもう一度倒せと言われても正直やりたくない。
 拙者はすくたれ者にござるゆえ。
 正直にそれだけ伝えると、ジーナスは苦笑しつつ「まさか」と答えた。
 この人は苦笑が多い。

 ジーナスに連れられ、建物から出る。
 向かう先は校舎群。
 修練棟の訓練室だそうだ。
 魔術の実験や試験に用いられる場所らしい。

「それにしても、ずいぶんと建物の数が多いですよね。
 そんなに生徒がいるんですか?」

 そう聞くと、ジーナスは頷きながら

「ラノア魔法大学は通常の魔術学校とは違い、
 通常の学校としての授業も行なっていますので、教室数も多くなっています。
 貴族の方を対象とした課や、商人向けの算術課などもございます。
 もっとも、基本的にどの課でも魔術を習う事には変わりませんがね」

 立場や目的の数だけ課やコースがあるらしい。
 ロキシーの言うとおり、どんな相手でも受け入れる、という事なのだろう。
 マンモス校になるわけだ。

「さすがに帝王学を教えられる人材はおりませんが、
 魔術に関する教師陣はラノア王立学校を凌駕していると自負しています」
「ほう」
「一応、軍学を教えている課もあります。もっとも、生徒数はほとんどいませんがね」
「例えばその中には、精神的な病に対する医学を教えている課もあったりするんですか?」
「精神的な病に対する医学? いえ、さすがにそれはありませんね。治癒・解毒魔術に関してはいい教師が揃っていると自負していますが……それは魔術とは少々分野が違うのでは?」
「そうですね」

 大学ではあるが、大学病院ではない、という所か。
 まあ、人神の助言もある。
 焦ることはない。

「どなたかお知り合いに、病気の方がおられるのですか?」
「病気というほどではありませんが……まあ、呪いのようなものです」
「なるほど、呪いを治す研究をするためにこちらにおわした、という事ですか、ご立派です」
「そこまで大した事をするつもりはありませんよ」

 なんて話をしつつ、一つの建物に入っていく。
 ここもまた、耐魔レンガ造りだ。
 中は体育館のようにガランとした作りだが、床には半径5メートルほどの魔法陣が横一列で4つ並んでいる。
 端の魔法陣では、二十名ほどの男女がいた。
 全員が似たようなローブを着ており、
 魔法陣の中に入り、二人が攻撃魔術を使いあっていた。
 ケガとかしないのだろうか。

「あれは今年4年生になる生徒達ですね、貴族が多いクラスだったと思います。
 我が校では実戦の事も考え、ああした模擬戦も行なっているのです」

 ジーナスの説明を流し聞きしつつ見ていると、
 片方の生徒が放った火球がもう片方を直撃した。
 生徒は火に包まれたが、すぐに足元の魔法陣が光り、鎮火。
 炎の下からは焦げ跡一つない生徒が出てきた。

「この魔法陣は?」
「聖級治癒術の魔法陣です。攻撃を受けても瞬時に回復します」
「へぇ、そりゃすごい」
「さらに、外縁部には上級の結界も張ってありますので、
 多少の魔術ではびくともしません」

 なるほど。
 魔法陣ってのは、昔魔術教本を見た時には気にもとめなかったが、
 魔大陸から帰る最中には、何度も苦汁をなめさせられた。
 自分でも使えるようになっておいた方がいいのかもしれない。
 もっとも、今ならシーローンでくらった魔法陣に入ってもなんとかなりそうだが。

 などと思いつつ、生徒たちから見て逆端にある魔法陣へと入る。

「それで、僕はなにをすればいいんですか?」
「ルーデウスさんは無詠唱魔術の使い手と聞いています。それを見せてもらいましょう」
「使うだけでいいんですか? もし僕が偽物だったら、それぐらいの準備はしてきますよ?」
「え? それもそうですね、我が校にも無詠唱魔術の教師は一人いたのですが、去年老衰で亡くなりましたので……」

 と、悩みだしたジーナスだったが、ポンと手を打った。

「ああ、丁度いい、実はあのクラスにも、一人無詠唱を使える子がいるんですよ。
 ルーデウスさんには及ばないかもしれませんが、我が校きっての天才です。
 今年も生徒会に所属して……いや、そんな事はいいか。
 ゲータ先生! フィッツ君をお借りしてもよろしいですか!?」

 ジーナスが向こうの魔法陣に駆け寄りつつ、教師に声を掛けた。

 しばらくして、一人の少年を連れてきた。
 白い短髪で、サングラスを掛けている。
 耳が長い。長耳族なのだろうか。
 体系は小柄。いや、単に幼いのか。13歳ぐらいか。
 圧倒的に筋肉が足りない。
 秀才タイプだな。
 男ならもっと鍛えるべきだ。

 年下。とはいえ、来年から先輩になる相手だ。
 挨拶ぐらいしておいた方がいいだろう。

「ルッ……!」

 彼は俺を見て、駆け寄ってこようとした。
 俺はそれに先んじて、大きな声で挨拶をしつつ、頭を下げる。

「はじめまして、ルーデウス・グレイラットです。
 何事もなければ、来期からあなたの後輩になります。
 何か至らないところがあればご指導ご鞭撻の程お願いします」
「…………え? あ、は、はい」

 フィッツが何か言おうとしたが、その時にはすでに俺は挨拶を終えていた。
 自己紹介は先手必勝。

 彼はパクパクと口を動かしていたが、
 やがて、口をキュっとつぐむと、

「フィッツです。よろしく」

 と、声音のやや硬い、高い声で答えた。
 声変わりはまだきていないようだ。
 やはり年下か。
 でも、先輩は先輩だ。
 陰湿なイジメをされるのは怖いから、へりくだっておこう。

「お手を煩わせる事になりますが、
 試験の方、どうぞよろしくおねがいします」
「あ……うん」

 彼が魔法陣に入ると、ジーナスが何やらブツブツとつぶやき、魔法陣を発動させた。
 魔法陣には嫌な思い出がある。
 試しに外縁部をコンコンと叩いてみようとすると、すり抜けた。

「あれ? ジーナス先生、きちんと作動していませんよ?」
「ルーデウスさん。ここは魔術に対する抵抗だけですので」
「物理はすり抜けると」

 ということらしい。
 シーローンで見たのは王級だったっけか。
 あれは物理も魔法も無効化していた。
 まぁ、あのへんも暇があったら調べておくか。
 せっかく学校に来たんだし、誰かに教わるのもいいかもしれない。

「では、ルーデウスさんは冒険者という事ですので、
 フィッツとの模擬戦という形でいいですか?
 基本的には無詠唱魔術を使っていただく形で」
「構いません」

 頷いて、フィッツに向き直った。

 あれ?
 これ、もしかして負けたら普通に授業料払えとか言われるのだろうか。
 それは嫌だな。
 はぐれ竜を討伐して金は有り余っているが、
 しかし俺も長いこと守銭奴生活を続けてきたせいか、
 抑えられる出費は抑えたいと思ってしまう。

 本気でいくか。

 魔法陣の中心点をはさみ、フィッツが構える。
 彼が手に持つのは、一本の小さなワンドだ。
 懐かしい、俺も昔はああいう杖を使っていたものだ。

 俺も杖を構える。
 こっちは10歳からはずっと使ってきている『傲慢なる水竜王(アクア・ハーティア)』。
 最近は『傲慢なる水竜王(アクア・ハーティア)』にシャーリーンなんて名前をつけようかと思ってるぐらいだ。
 ぶっちゃけ、使っても使わなくてもそんな変わらないんだけどな。

 ジーナスが手を上げる。

「では、はじめ!」

「『乱魔(ディスタブ・マジック)』!!」

 号令と同時に、杖を構えたフィッツに対し、俺は乱魔(ディスタブ・マジック)を使用した。
 出るはずの魔術が出ず、びっくりした顔で杖の先を見るフィッツ。
 俺は左手で、岩砲弾(いつもの)を作り出す。

 なんだかんだ言って、岩砲弾は一番使いやすい。
 ピンポイントな場所を狙えて、高威力になる。
 一時期フィギュアばかり作っていたせいか、威力の調節や、連射もしやすい。
 討伐依頼で使うのも、基本的には大体これと『泥沼』ばっかりだ。
 状況に応じて色々使うことはあるがね。
 ていうか、迂闊に火魔術とか使うと自分がやけどするんだよ。

「……なんで!」
「さて、なんででしょう」

 大きさは小指の先ほど。
 回転速度と射出速度は高め。
 狙いはフィッツの額どまんなか……と、思ったがやめた。
 射出。

 岩砲弾は「キュイン」なんて音を立てつつぶっ飛んでいき、
 フィッツの顔端を通り過ぎると、「カァン」なんて快音を響かせて結界を突破。
 そのまま耐魔レンガの壁に突き刺さり、瓦礫を飛び散らせて、その運動を止めた。

「……っ!」

 フィッツの頬から、つうと血が流れ、そしてすぐに傷口がふさがった。
 フィッツは頬に流れる血を指ですくい取り、後ろを振り返って、岩砲弾の行く先を確かめた。
 そして、カクンとその場に尻餅をついた。

 はずしておいてよかった。
 治癒魔術は万能じゃない。
 簡単な傷なら瞬時に治す聖級治癒魔術という事だが、
 直撃したら即死してしまった可能性もあった。
 聖級では即死は治せまい。

「……」

 ふと。フィッツと目があった。
 サングラスのせいでどこを見ているのかわからないのだが、
 なんとなく、目があったのがわかった。

「…………」
「……」

 俺たちはお互い、何も言わなかった。
 フィッツの視線だけがどんどん強くなっていく。

 なんとなく、
 やっちゃったかな、という感じはしていた。

 向こうの魔法陣から容赦なく視線が降り注いできている。
 ジーナスも目を丸くして見ていた。
 エリナリーゼはあくびをしている。

「い、今の……どうやってやったの……?」

 フィッツの震えた声。
 ジーナスもまた、何が起こったのか知りたそうな顔をしていた。

乱魔(ディスタブマジック)という魔術です。知りませんか?」

 フィッツは首を振った。
 乱魔の事は知らないらしい。
 わりとマイナーなのだろうか。
 魔術師との対人戦では極めて有効な魔術だと思うのだが……。
 そういえば、オルステッド以外は使ってる所みたことないな。

 フィッツがじっと俺を見てくる。
 サングラスの奥からの視線が痛いほど伝わってくる。

「……」

 ジーナスの話では、フィッツは天才という話だ。
 それが公衆の面前で尻餅をついてしまうとは……。
 彼のメンツを潰してしまった可能性が高い。

 フィッツの視線が痛い。
 俺は静かに目線を逸らした。

 目をつけられてしまっただろうか。
 食事の時になったら足を引っ掛けられたりとかするんだろうか。
 引っ掛けられた上から牛乳と嘲笑を浴びせたりするんだろうか。
 あれは実に惨めな気分になるんだ。
 出来ればやられたくない。

 よし。

「ありがとうございます先輩!
 新入生である僕に花を持たせてくださったんですね!」
「えっ?」

 俺はニコヤカに笑いながら、他の生徒にも聞こえるようにそう言って、彼に近づいた。
 そして、彼に手を差し伸べる。
 フィッツがやや戸惑いつつも、俺の手をつかむ。

 フィッツの手は柔らかかった。
 剣とか持ったことがないんだろうか。

「本日の御礼は、後日きっちりとさせていただきます」
「………っ!」

 俺が助け起こすと同時に耳元でこそりとつぶやくと、フィッツはぶるりと身を震わせて、コクコクと頷いた。

 入学したら菓子折りを持って挨拶に行こう。
 そうしよう。
 俺は静かに決意した。


 ちなみに試験は合格した。
 ジーナスは俺の事を褒め称えていた。
 フィッツを完封なら、文句なしだそうだ。


---


 というわけで、俺は一ヶ月後から、魔法大学の寮で暮らすこととなった。

 その後、特別生の事について詳しい説明を受けた。

 基本的に特別生は学費免除。
 場合によっては授業も免除。
 希望する者は一般生徒に混じり、カリキュラムに沿った授業を受ける事は可能。
 月に一度のホームルームにさえ出席すれば、基本的に校内で何をするのも自由。
 研究棟の一室を借りて研究に没頭するもよし。
 修練棟の一室を借りて修行に明け暮れるもよし。
 図書館に赴き、読書に明け暮れるもよし。
 食堂でひたすら飯をかっこむのもよし。
 大学の敷地から出て、冒険者として活動するもよし。
 魔術ギルドに赴き、研究成果を発表してくるもよし。
 色街に繰り出して、適当に遊んでくるもよし。
 ただし敷地外での出来事に関しては自己責任で、だそうだ。

 生徒と名はついているが、研究員に近いのかもしれない。
 もっとも、特別生にも色んな形態があるようだ。
 他の特別生は基本的に授業免除というわけではないらしい。

 俺はかなり自由を認められているようだ。

 もちろん、禁止されている事はある。
 例えば、ラノア王国において犯罪とされる行為全般。
 学校に対する破壊活動や、魔術ギルドに唾吐く行為等。
 詳しいことは校則を読んでくれと、冊子サイズの薄い本を一冊渡された。

 その場でパラパラと読んでみたが、
 基本的に、俺の知る常識に則った行動をしていれば問題はなさそうである。
 ていうか、冒険者ギルドの規約と大体同じだった。
 冒険者ギルドの方が締め付けがキツいぐらいだ。


 ちなみに、エリナリーゼも入学した。
 普通に金を払って。
 入学金と卒業までの学費を一括払いしてアスラ金貨にして3枚程度だそうだ。
 意外と安い。
 物価が違うからこんなもんか。

 ちなみに、きちんと試験を受け、優秀な成績を納めれば、
 ある程度学費や入学金が免除となるらしい。
 もしくは、金が無いなら卒業時に支払うとかでもいいのだとか。
 優秀な人材を獲得するために、かなり融通をきかせているらしい。

 ま、それは俺には関係ないな。

「ふむ」

 俺は再度、校則を舐め回すように読んだ。
 性的な事に関する罰則事項。
 そこん所について、よく調べてみた。

「エリナリーゼさん。どうやら無理矢理でない限り、ある程度の自由は認められているらしいですよ」
「素晴らしい学校ですわね。知ってます? ミリシオンの学校では全面的に禁止ですのよ」

 主語が抜けた会話だったが、的確な答えが帰ってきた。
 さすが脳内ピンク色の人は違う。

 生前の知識で行くと、
 在学中に子供とか出来たら風紀が著しく乱れてしまうのでは、と思う所だ。

 だが、そもそもこの学園には、10歳前後の幼い子から、
 100歳を超える人物まで在籍している。
 一応若者が多いようではあるが、
 年齢も様々。
 種族も様々。
 常識も様々だ。

 また、エリナリーゼのような呪い持ちも数多く存在している。
 そんな状況で、あれもダメ、これもダメと定めていては、
 かえって問題が起きやすくなってしまうのだろう。

 特に、生殖は本能だしな。

 まあ、自由な校風にも、理由があるってことだ。

 理由があるって事は、俺が男としての生きがいを取り戻すために努力してもいいってことだ。

 うわぁ、がんばろう。
 息子をビッグにしてやろう。
 なんちゃって。

 ま、人神の助言もあるし、治るのはもはや確定的に明らかだ。
 気楽にいくとしよう。
+注意+
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