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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第6章 少年期 帰郷編

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第五十六話「スピード解決」

 この世界には、生まれつき魔力に異常を持って生まれてくる子供がいる。
 異常というと奇形児のようなものを思い浮かべるかもしれないが、見た目は普通である事が多い。
 ただ、見た目が普通なだけである。

 その子供は、生まれつき特殊な能力を持っている。

 異常に足が速かったり、
 怪力だったり、
 耳が他人よりよく聞こえたり、
 体重が羽のように軽かったり、
 あるいは重かったり。

 触ったものを全て凍らせる、
 口から炎が吐ける、
 指先から毒を出せる、
 短い距離を瞬間移動できる、
 目から光線を出せたり。

 あらゆる毒を無効化したり
 一日中眠らなくても疲れなかったり、
 何百という女を同時に抱いていても萎えなかったり……。

 そうした超常的な能力を生まれつき持つ子供の事を、この世界では『神子』と呼ぶそうだ。
 あるいは役に立たない、あるいは生きていく上で不都合な能力を持った子の事は『呪子』と呼ばれるらしいが、それは置いておこう。


 さて、それを踏まえた上で、シーローン王宮の話をしよう。
 現在、この王宮には、五人の王子がいる。
 一番上が32歳で、一番下が……。
 まあ、年齢はどうでもいい。

 この国においては、王子が生まれると、直属の親衛隊を与える。
 幼い頃から自分の手足となるものを与える事で、
 人を動かす事を学ばせようという魂胆である。

 そうして育っていき、良い事をすれば親衛隊の数が増え、悪いことをすれば数が減る。
 王が崩御した時に最も親衛隊の数が多いものを次代の王にする。
 というのがこの国の習わしである。
 親衛隊の数が多ければ多いほど、権力を持つというわけだ。
 問題は多いと思うが、

 そんな中で最も親衛隊の数が多いのが第一王子。
 長男であることに自覚を持ち、少々傲慢ではあるものの、王族として相応しい振る舞いをしている。
 ゆえに30人近い親衛隊を持っている。

 では、最も数が少ないのは誰か。
 兵士たちに蔑まれている第七王子パックス・シーローンか。
 たしかに彼の親衛隊の数は少ない。
 現在の所、三名のみである。
 一時期は一名まで減ったのだが、無法地帯であった奴隷市場にツテを作った事で一人増えた。
 もう一人は後述する。

 3人。
 たった3人。
 彼の親衛隊は少ない。
 だがさらに下がいる。

 それが第三王子ザノバ・シーローンである。

 親衛隊の数は0。
 ゼロ。
 零。

 自身に動かせる兵はただの一人も存在しない。
 ごく一年前までは、ジンジャーという、この国で12番目に腕の立つ者が親衛隊だった。
 だが、とうとうその最後の一人も、とある人形とトレードされ、パックスの物となった。
 ジンジャーはその時点で辞職を願い出ようとしたらしいが、
 慌てたパックスに家族を人質に取られ、嫌々彼の親衛隊になったそうな。


 さて、この第三王子ザノバ・シーローン。
 彼は神子であった。
 生まれつきの怪力で、頑丈な身体を持っている。
 ただそれだけの能力をもった、異能者であるのだ。

 大した能力ではないが、国王は歓喜した。
 神子は将来、必ず国の役に立つ人物になる。
 特に、紛争地帯が北に近いこの国では、
 戦力になりうる存在の誕生は両手を上げて喜ぶべき事柄だった。
 ザノバを生んだのは妾の女だったが、
 彼女もこれで役割が果たせたと、ほっと胸をなでおろした。

 国王の挙げられた両手が下がったのは、三年が経過した時だ。

 ザノバが三才の時、第四王子が生まれた。
 第四王子ではあるが、正妃にとって初めての子供だった。
 玉のような子供だと周囲は喜び、
 国をあげてのパーティを執り行った。

 ザノバはそのパーティの中、とてとてと歩き、己の弟の居場所に向かった。
 そして、ベッドに横たわる弟に触りながら、可愛いね、お人形さんみたいだと言った。
 誰もがその言葉を聞いて、にこやかに笑った。
 ザノバは三才にして、人形が好きだったから。
 自分の好きなものに準えて言うのは、微笑ましかった。

 次の瞬間、ザノバは弟の首を引きちぎった。
 人形のように。

 パーティは阿鼻叫喚の地獄となった。
 国王と正妃は発狂し、ザノバの母を国外追放に処した。
 しかし、ザノバは国に残った。
 まだ幼いという事もあったし、神子でもあったからだ。
 この世界における神子とは、それほど重要な人物であるらしい。

 ザノバの親衛隊は、その事件で3人にまで減らされた。
 8人だったのが、3人だ。
 これ以上増やすことはない、と王に宣言された。

 次に事件が起こったのは、彼が15歳の時だ。
 この頃になると、ザノバは人形狂いとはいえ、分別もついていた。
 なので嫁を迎え入れる事になった。
 やや北に位置する豪族の娘だ。
 国王としては、戦争となった時、ザノバを矢面に立たせるつもりだったのだろう。

 結婚式はつつがなく終了した。
 初夜を終えた翌日。
 ベッドの中で、花嫁が首なし死体となって発見された。
 ザノバが引きちぎったのだ。
 豪族は娘が殺された事で怒り狂い内乱を起こし、鎮圧された。

 国王はザノバより、二人の親衛隊を取り上げ、
 戦争が起こるまで城内に軟禁することを決めた。

 その際、ザノバが偏愛していた人形を取り上げようとしたが、
 その任に赴いた兵士は、全て首を引っこ抜かれて死んだ。

 『首取り王子』ザノバ・シーローン。

 この事件から、ザノバはそう呼ばれるようになった。
 さすがにそこまですれば、国王も彼をどうにかしようと思っただろう。
 だが、彼には人形があればよかった。
 人形さえ定期的に与えておけばザノバは害がなかった。
 ゆえに王も、あれは人の形をした危険な兵器だと、そう思う事にしたのだ。

 それ以後、ザノバは腫れ物のように扱われ、現在に至る。

 と、偉そうに事情を語ってみたが、
 俺がこの話を聞いたのは、後になってからだ。

 あの時、俺はザノバがシーローン王宮の最大戦力の一つだとは知らなかった。


---


 ザノバはやたらニコニコした顔で立っていた。
 それを、俺は引きつった顔で見ていた。

 俺の視線は彼のにこやかな笑顔ではない。
 その手に持つ物に注がれていた。

「師匠、どうでしょう、これで弟子にしてくださいますね!」
「いだいいだいいだいいだい! やめろ! やめてくれ兄上!」
「うるさいぞパックス」
「あああぁぁぁがああああぁぁぁ!」

 それは顔面を捕まれているパックス・シーローンだった。
 掴まれている所からボタボタと血が垂れている。
 パックスが血を流しているのではない。
 ザノバの全身が血にまみれているのだ。

「っ……」

 俺は言葉を失っていた。
 意味がわからなかった。
 弟子だのなんだのと軽い話をしていると思ったら、
 いつのまにかスプラッタホラーになっていた。
 いやほんと、ワケがわからないよ。

 ザノバはニコニコしている。
 無邪気な笑顔だ。怖い。
 血塗れの笑顔というものは、美女がしてこそ艷のでるものだ。
 こんなオタクっぽいヒョロい兄ちゃんがしても猟奇的なだけだ。

「やめろザノバ! 手を離せ!」
「そ、そうだぞザノバ、気を確かに……!」

 この狭い部屋には、今数名の人物がいる。
 剣を抜いたジンジャーと、それと対峙する兵士三人。
 兵士の後ろに隠れる、高価そうな服を着た二人の王子。
 両方とも王子というには、片方は少々歳を食い過ぎているが。
 この狭い部屋に俺を含めて9人では、ちと手狭だ。

「兄上。パックスは兵士の家族を人質に取り、己がままに操っていたことをご存知ですか?」
「い、いや……」
「親衛隊ではない、父上のものである国の兵士を、です」

 ザノバはニコニコしていた。
 ニコニコしながら語っていた。

「そこなジンジャーも、家族を人質に取られていたようです」
「……そうなのか?」
「ハッ」

 ジンジャーは剣を抜いたまま、王子に対し答える。
 剣を抜いたままだが、いいのだろうか。
 ザノバは変わらずニコヤカな表情のまま、

「兄上たちは、ロキシーを覚えていますか?」
「あ、ああ。パックスの家庭教師の……」
「水王級魔術師にして、我がシーローンの兵に対魔術師戦の極意を教えてくれた、大恩のあるお方です。
 父上もロキシーを正式に王宮に招こうとおっしゃっていたではありませんか。
 このパックスの浅はかな行動でそれも灰燼に帰しましたが」
「う、うむ……そうだな、確かにパックスは悪い、だがお前が……」
「だというのに……御覧ください。
 その弟子である師しょ……ルーデウス様がこのような辱めを受けている。
 パックスの手によってです。
 ロキシー師曰く、自分よりも才能のある弟子と豪語する。
 素晴らしい人材であるはずのルーデウス様が、です」

 ザノバはニコヤカな顔を崩さない。
 ある意味、あれもポーカーフェイスといえるのだろうか。

「お、お前、議会の時はつまらなそうにしているが、聞いているのだな。
 兄として安心したぞ。てっきりお前は国のことなどどうでもいいと……」
「兄上、余は人形にしか興味はありません。
 ただ、パックスをこうする正当性を説いていただけです。
 余がこうしている理由は、ただひとつ」

 ザノバはハッキリとそう宣言し、
 パックスを持ち上げた。

「イダダダ!」
「ルーデウス様は、この世界に二つとない素晴らしい人形を作るお方。
 そんなお方が、パックスの下らぬ復讐に利用されるなど、あってはならぬ事!」
「アアアアァァァ! 割れる、割れる、割れるぅぅ!」

 パックスの悲痛な悲鳴が部屋に響き渡る。

「兄上、パックスの肩を持つのでしたら、余は暴れます」

 兵士三人と王子二人がざわめいた。
 もうすでに暴れてるじゃねえかと俺は思うのだが。
 場がそれでビクりと震えた。
 生前、俺が実家で暴れた時もこうはならなかった。

「余は難しい事は言っておりません。
 人形の製作者を助けたいが、パックスの悪事が邪魔だと申しておるのです」
「しかし、パックスは奴隷市場を……」
「兄上、何度も言わせないでください。
 弟の首を引っこ抜きそうです」

 ザノバはもう笑っていなかった。
 俺はワケがわからなかった。
 引っこ抜くってどういう比喩表現なんだと戸惑っていただけだ。
 ただ、ザノバがこの場の支配権を持っているのはわかっていた。
 頑張れ我が弟子よ。
 ちょい怖いけど。

「ィィィィ、イヤダ! やめろ! 離せ、ジンジャァァ! 助けろ!
 家族が、家族がどうなってもいいのか!」
「自分の家族でしたら、昨晩ルイジェルド殿が助けてくださいました」
「なにぃ!?」

 パックスが暴れ、ジンジャーが冷徹に答える。
 ルイジェルドが誰を助けたというのだろうか。
 あいつはいつも誰かを助けている。
 とはいえ、やはり俺の知らない所で何かが進行していたらしい。

「この通りです兄上、余は王子の中で最も権力が無いゆえ、
 兄上に頼むという形になりましたが、断るというのならば、
 余も力の限り暴れましょう。何、この距離ならば兄上のどちらか、
 あるいは両方の首をねじ切ってさしあげることができるでしょう。
 その後は、宮廷魔術師にでも焼かれて死ぬでしょうが……」
「殿下、死ぬまでお供いたします」

 お前みたいなヒョロい男が大した自信だな、と。
 俺は本気で思っていた。
 自分を強いと思い込むのは危険だぞ、とハラハラしながら見守っていた。
 というのに、おそらく第一王子と第二王子とおもわれる二人は、折れた。

「わ、わかった! お前の言うとおりにしよう!」
「兄上、きちんと調べてくださいよ?
 それから、城のどこかに二年前に騒ぎを起こしたリーリャが囚われているはずです。
 その身柄も確保して頂きたい」
「無論だ。父上の耳にも入れよう……」

 なぜこの王子二人はパックスのようなクズを擁護しているのだろう。
 結構真面目に、そんな疑問を持っていた。
 しかし、違うのだ。
 彼らはザノバを恐れていたのだ。
 爆発寸前の爆弾をどうしようかと恐れていたのだ。

 それがわからないまま、俺は結界から出された。
 魔力結晶は天井に隠されていたそうだ。

 パックスは捕らえられ、リーリャは解放され、
 あれよあれよという間に事件は終了した。


---


 ここからは後日談というか、事件の種明かしとなる。

 リーリャが抑留する事になった流れだ。
 彼女は当初、他国のスパイだと疑われていたらしい。
 尋問された時に、ロキシーやパウロの名前を出した事で、牢獄は免れるが、監禁される。
 転移事件の情報が流れてきた時に解放されそうになったらしいが、
 パックスが横槍を入れ、情報規制を敷いて城の中に閉じ込めたそうだ。

 パックスはロキシーが出奔した後、奴隷市場にツテを作ったそうだ。
 で、その奴隷市場のツテで私兵を雇い、兵士の家族を拉致監禁。
 命が惜しければいうことを聞けと脅したのだそうだ。
 兵士たちもなんとかしたいと思いつつ、裏町を探っていたりしたそうだ。
 一応人質の場所はわかったものの、屈強な護衛も多く、救出は困難。

 そんな中、アイシャが脱走し、王子より追跡命令が下る。
 嫌々ながら動いてアイシャを発見。
 と、そこに俺が現れ、華麗にアイシャを攫う。
 兵士たちはアイシャを助けるという行動に加え、
 無詠唱魔術という高度な術を見た時点で、俺がロキシーの弟子だと気づいたのだそうだ。

 そこで、兵士たちは一晩にて計画を練った。
 まず、奴隷市場にて喧嘩を起こし、市場を使えなくする。
 アイシャが謎の男に攫われた事にして、私兵を追跡に出してもらう。
 それから俺に事情を話し、人質救出に参加してもらう。
 警備の手薄になった人質の保管場所に襲撃を掛け、助けてもらう。
 そして、見返りにリーリャの身柄をなんとしてでも助けてくれる、とそういう流れだったそうだ。

 ちなみに、その計画が実行される前に、俺はロキシーがいると思い込んで王宮に手紙を出し、
 それをみたパックス王子に監禁されていたわけだ。
 せめて、あと1日手紙を出すのを遅らせれば、
 俺は彼らから事情を聞き、パックスを逆に罠にハメる事もできただろう。
 やっぱり、人神の助言は、アイシャを助けた後に手紙を書けという意味だったのだろう。

 で、救出計画だが、頓挫するかと思われたが、実行された。
 俺のいる宿に行ったら、ルイジェルドがいたからだ。
 彼は兵士から事情を聞き、奮起してあっという間に人質を助け出したらしい。
 一応その時、例の偽名を使ったらしいよ。

 人質を無事家に送り返した後、ルイジェルドは城に突撃をかまそうとしたそうだが、
 そこは兵士たちが自分たちでやると言って聞かなかったそうだ。いわばプライドだね。
 兵士たちの計画では、人質が帰ってきたという報告はせず、
 のこのこと裏町にきた王子を、そのまま殺害する予定だったのだとか。
 裏町での殺人なら、発見も遅れるし、死体も隠せるんだそうだ。
 やや無謀な作戦に思えたが、勝算はあったらしい。
 ルイジェルドは折れた。

 ちなみに、これらの作戦、終了するまでジンジャーは知らなかったらしい。
 ハブられてたっていうか、親衛隊だから危険と思われていたそうだ。
 かわいそうにね。
 人質を解放した時、ジンジャーの家族も発見され、その流れでジンジャーも自分たちと同じだとわかったそうだが。

 一方、ジンジャーはジンジャーで今回の一件を好機と考え、ザノバに人形を渡したりとかしていたそうだ。
 この王国で最強の戦闘力を持つザノバ。
 彼に人形を渡せば、俺に興味を持つ。
 俺がその人形の事を喋れば、ザノバが貴重な情報源として、自分の側についてくれるかもしれない。
 という打算もあったそうだが、
 ジンジャーは単純にザノバに忠誠を誓っているのも理由の一つだそうだ。
 この一件でパックスから解放され、ザノバの元に戻りたかったらしい。
 人形のカタに売られたというのに、なぜまだ忠誠を誓うのかと思うが、
 彼女にもお涙頂戴のエピソードがあるのだろう。

 で。

 翌日。
 ザノバがパックスの親衛隊二人を殺害し、身柄を確保した。

 この流れは、ジンジャー以外は誰も予想できていなかったそうだ。


---


 国王はさすがに疲れた顔をして、パックスを国外追放に処した。
 奴隷市場のツテはもったいなかったらしいが、
 兵士の家族を、あまつさえ親衛隊の家族を人質に取り、
 本来なら懐柔して引き入れるべき魔術師である俺を捕らえ、
 あまつさえロキシーをおびき出して犯し殺そうとした。
 いくらなんでも示しが付かない。

 体裁が悪いので、表向きは留学。
 実際には殺されてもいい人質として、王竜王国あたりに送られるようだ。

 ザノバもまた、国外追放となった。
 こちらも表向きは留学という形である。
 これを提案したのは第一と第二の王子だ。
 やり方がスマートでなかっただの、
 ザノバにも非はあるだのと第一、第二王子が言っていたそうだが、
 実際には、どんな事で爆発するかわからない核弾頭が自分に被害を与えるのが怖いようだ。
 国王もザノバを手放すのは嫌なようだが、
 操れる手綱が頼りない以上、城外に置いた方が安全だと思ったのだろう。

 で、リーリャの身柄は解放されたが、
 この後に及んで、まだ他国のスパイ云々と言い出す者がいた。
 リーリャはパックスに取りいって、裏ではシーローンの情報を盗んでいたんだと。
 監禁されながらそんな事までできるとは、うちのリーリャはすごいな。

 で、そいつらを黙らせるために、
 リーリャはパウロの所まで『護送』されることとなった。
 アスラ王国ではなく。パウロの所に。
 まあ、アスラ王国に送られても、彼女の身元を証明できる人はいないしな。
 あ、一応アスラ王国に故郷があるんだったか。
 仕送りしてるって言ってたもんな。
 でも、夫妻という間柄なのでパウロの所に送るらしい。
 今のパウロはどちらかというとミリス神聖国との繋がりの方が強いようだし、
 アスラ王国に変な勘ぐりをされるよりマシという所だろうか。
 まあ、これも建前上の問題だろう。

 俺としては、移動の最中に口封じに殺されたりするんじゃないかと心配だったが、
 護衛にはジンジャーが参加してくれるらしい。
 師匠の家族を守れという、ザノバの命令だそうだ。
 他にも、ルイジェルドに助けられた兵士も参加するのだとか。
 なら安心だ。

 で、俺に対しては、国王様が直々に、
 宮廷魔術師の地位を用意するがこの地にとどまらぬか?
 と聞いてきた。
 声音からしてため息混じりという感じで、ダメ元という感じの聞き方だった。
 俺も当然のように断った。
 すると王様はハッキリとため息を吐きつつ、ならば下がってよいぞと言った。
 それだけだった。

 まあいいんだけどな。
 最初からなんとかなるってわかってたし、
 慰謝料を払えとか言わないよ、俺は。


---


 俺が王宮を出ようとすると、ザノバが泣きついてきた。

「師匠ぉぉ! 行ってしまわれるのですか!
 弟子を置いて行ってしまわれるのですか!」
「申し訳ありません。旅を急ぐ身なので……」
「では人形は、人形は作ってはもらえぬのですか!」
「あれを作るのには結構時間が掛かるので、ちょっと……」
「なんとぉぉ!」

 ザノバは俺に人形を作ってもらえなかった事が悲しいらしく、
 俺の手にすがりついてさめざめと泣いていた。

 この時には、この人が神子ってことを聞いていた。
 他人の手足をバラバラにして首を引っこ抜く殺戮の王子だと。

 正直、かなり怖い。
 いきなり頭を引っこ抜かれるんじゃないかとビクビクしてしまう。
 キレるスイッチがわからない奴は怖いのだ。
 いや、感謝はしているんだけどな。
 怖いものは怖い。

「もし、次回会えたら、僕の人形の作り方を一から教えますよ」
「ええ! そんな、でも、余は、その、いいんですか?
 秘伝の極意ではないのですか?」
「弟子に作り方を教えなくてどうするんですか」
「うおおおぉぉ、師匠ぉぉぉ!」

 ザノバは泣きながら俺の身体を胴上げした。
 俺は天井に叩きつけられた。

「し、しまった!! ジンジャー! 治癒魔術を!」
「ハッ!」

 ジンジャーが治癒魔術を詠唱し、すぐに俺の傷が塞がれる。
 ザノバは危うく俺を殺しかけた事で真っ青になってわたわたしていたが、
 俺が無事に起き上がると、ほっとした顔をしていた。
 こいつ、破門にしてやろうか……。
 いや、やめとこう首を引っこ抜かれるのは勘弁だ。

「では師匠、達者で!
 余はどこに留学処分となるのかわかりませぬが、
 なに、師匠とならいずれまた出会える気がします!」
「ゲホッ…………はい、達者で」

 ザノバは泣きながらうんうんと頷いて、俺を見送った。
 ジンジャーもそれを見て、ホロリと涙をこぼしていた。


---


 こうして、シーローンにおける事件は終了した。
 リーリャとアイシャは救い出され、パウロの元へと送られる。
 パックスは国外追放。
 俺にはザノバとかいう弟子ができる、と。

 俺としては人神の助言に従って動いただけだったつもりだ。
 多少、至らない部分もあったのだが……。
 しかし結果は最上とも言える形に落ち着いた。

 なんていうか手のひらの上で踊らされていた感じが抜けない。
 俺がどんな動きをしようとも、大まかに助言に従えば、
 似たような結果に収まっていたように思える。

 茶番を見ていたような気分だ。

 けど、確かに全てがいい方向に行った。
 リーリャもアイシャも五体満足。
 ザノバはよくわからんが、悪感情は持たれていない。
 パックスには悪感情を持たれたままだろうが、完全に手駒のない状態で国外に。


 過程はともかく、少なくとも俺にとっては都合のいい結末だ。
 今までの助言も、俺の都合の悪い方向には転がらなかったように思う。

 もしかすると、人神はもっと信じた方がいいのだろうか。
 いや、詐欺師ってのは一度成功体験をさせてから搾取するからな。
 もう少し慎重に見極めよう。

 まあ、約束は約束だ。
 次に出てきたら、喧嘩腰はやめておこう。
+注意+
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