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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第6章 少年期 帰郷編

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第五十五話「第三王子」

 こんにちは。元ヒキニートのルーデウスです。
 本日はですね。
 シーローン王国の無料アパートへときています。

 敷金礼金ゼロ。
 家賃ゼロ。
 零食昼寝付きの1ルーム。
 建材は堅牢なる石材、ガッチリと硬く組まれています。


 ちょっと日当たりが悪くて、ベッドが無いのが難点ですが、それでもこのお値段は安い。
 なにせ、家賃ゼロ、ですからね。
 トイレは少々古めの垂れ流し型、長く暮らせば病気になること間違いなしですが、それを差し引いても家賃が安い!
 しかもなんと、安心のセキュリティ構造。
 見てください、この堅牢な結界。

 なんとこの中にいると魔術を無効化し、外に出ることができなくなるんです!
 Aランク冒険者である私が本気で殴ってもビクともしません。

 いかに脱獄脱走の名人だったとしても、ここを出入りすることは容易ではないでしょう。


 うん、まあそのネタは2回目だからいいとして。


 出られない。
 誰か助けて。
 ルイジェルドはやく助けにきて、ルスケテ!

 と、囚われの桃姫さまのような感じに陥っています。


---


 あれから丸一日、俺は結界の解除を試みた。
 結果はというと、ひどいものであった。

 魔術が使えないという事は俺にできることはほとんど無い。
 見えない壁を叩いてみたり、床の魔法陣を擦ってみたり。
 4メートル近くある天井に届かないかピョンピョン跳んでみたり。

 やれることはやったが、何も出来なかった。
 せめて杖があれば天井を叩くぐらいはできたかもしれない。
 だが、荷物は全てジンジャーにあずけてしまった。
 荷物も大したものを持ってきているわけではないが。

 魔術に関しては色々と試してみた。
 だが、どれも不発に終わった。
 魔力が吸収されているなら、出来る限り最大限の魔力で壊してやるぜ。
 などと少年漫画のように思い、試してみたかもしれないが、そんな感じではない。

 魔力は出る、しかし、なぜか形にならない。
 現象へと変化させることができない。
 できそうだが、できない。
 なんというか、ライターが強風で付かない時と似ているのかもしれない。
 火花は出るし、ガスも出るのだが、しかし火は付かない。
 あるいは、火がついてもすぐに吹き消される。

 そんな感じである。
 王級の結界魔術と言っていたか。
 凄いものだ。

 そう認識した時点で、じわじわと焦燥感が湧いてきた。

 いざというときに何もできない。
 そんな状況に今、俺は置かれている。

 例えば、運悪く、今ここにロキシーが来たとして、
 俺は彼女を助けることが出来ない。
 見捨ててくれと喚くだけだろう。

 例えば、何かの拍子にエリスが捕まったとして、
 俺は彼女を助ける事が出来ない。
 その場合は、きっと俺を人質に取られての事だろうから、
 ルイジェルドに何とかしてもらうしかない。
 これまた、見捨ててくれと喚くだけだろう。

 例えば、パックスの気が変わって、
 俺がいれば人質は十分だからと言って、
 リーリャを殺そうとしたら。
 やはり、喚くしかないだろう。

 人神の助言は覚えている。
 だが、それを確実になぞってはいない。
 もしかすると、すでに助言から外れているのかもしれない。
 人神のことだから、それも想定していそうだが。
 しかし、あの助言は、アイシャとリーリャが助かるとしか言っていない。
 いや、俺の信用を得ようという助言だ。
 裏の意味で何かをもたせるとは思いにくい。

 イヤな考えがグルグルと回る。

 くそっ。
 はやく脱出しないとな……。


---


 あれこれと試している間にどれぐらいの時間が経過したのだろうか。

 疲れた。
 久しぶりにこんなに魔力を使った気がする。
 結界はびくともしない。
 ロキシーを捕まえようという結界だもんな。
 そう簡単に解除できるわけがないか……。
 ふぅ……。

 少し、休もう。

 時計もないし、太陽も見えない。
 なので、時間の感覚が曖昧である。

 腹が減った。
 先ほどからグウグウと腹が鳴っている。
 あの王子、もしかして飯のことを忘れてるんじゃないだろうな。

 いや違うか。
 食事の量を減らし、ガリガリにやせ細った華奢リンみたいな身体にするつもりなのだ。
 その方が、ロキシーを連れてきた時に興奮するだろう。
 一日に一食か。
 育ち盛りの身体をもつ身としては、少々辛いな。

 どうしたもんか……。
 力任せでは脱出できない。
 少しひねった方がいい。
 生前、牢屋に捕まった人物はどうやって脱出していたっけか。

 例えばそう、病気や死んだ振り。
 医者か治癒術師を入れるために、一時的に結界を解除するかもしれない。
 いや、単に見殺しにされる可能性もあるな。人質は二人いるわけだし。

 ハリウッドスターなら、門番が近寄ってきた所を鉄格子の間から手を伸ばし、一瞬で気絶させて鍵束を奪い取ったりするだろうが、ここでは出来ない。

 ふーむ……。
 あと、どんな方法があったかな。
 ようは、ここから出てしまえばいいのだ。
 魔術さえ使えれば、どうにでもなるからな。

 いっそ、恭順するふりをするのもいいかもしれない。
『実はロキシーの事は前々から気に入らなかったんですぜ兄貴、グヘヘ。
 実はロキシーの家族の居場所をしっていやしてね。
 父親と母親の目の前で、なーんてのはどうでゲスか?』
 てな感じでいけば、引っかかるんじゃなかろうか。
 あいつ馬鹿そうだし。

 ……いや、やめとこう。
 いくら俺でも、ロキシーを悪く言うことは出来ない。
 プライドはいくらでも捨てるが、ロキシーを悪く言うことだけは出来ない。


 コツ……コツ……。


 悩んでいる俺の耳に、ふと音が届いた。
 足音である。
 段々と近づいてくる。

 パックスが様子を見に来たのだろうか。



 コツ……。


 足音が、ちょうど真上で止まった。
 そして、すぐに部屋を横切り、階段から聞こえてくるようになる。

「ほう、ジンジャーの言うとおりだな」

 階段を降りてきたのは…………見知らぬ男だった。
 だが、恐らく王族であろうことは一目でわかった。

 まず、服装が実に偉そうな感じである。
 黒を基調にしていて、赤色のラインが入っている。
 金色の刺繍がそこらに施され、一目で高いと解る。

 年齢は二十歳ぐらいだろうか。
 顔はというと、パックスにやや似ている。
 だがパックスよりもヒョロっとした印象を受ける。
 面長で、頬骨が浮かんでいて、メガネを付けている。
 この世界ではメガネはあまり見ることがないが、つけている人はつけているのか。

 キューピッドの存在が科学的に証明された世界のニートがこんな顔をしていただろう。

「シーローン王国第三王子、ザノバ・シーローンである」

 やたらと渋い声で、そいつは言った。
 第三王子。
 てことは、パックスの兄貴か。

「どうもご丁寧に。ルーデウス・グレイラットです」
「うむ」
「本日は、どのようなご用件で?」
「うむ」

 ザノバは大仰に頷くと、手に持った袋を掲げた。
 肩に掛けるタイプの道具袋だ。
 どこかで見た袋だ。
 ていうか、俺のだ。
 ザノバは袋を地面に置くと、慎重な手付きで、その中から一つのものを取り出した。
 ルイジェルド人形だ。

「この魔族の人形をどこで手に入れた?」

 ザノバは人形を結界のすぐ外に置いた。

「言え。ジンジャーから、貴様が持ってきたと聞いておる」

 詰問口調だった。

 魔族の人形。
 あまり難しく考えずに持ってきたが、
 やはり魔族の人形はこのあたりでは邪神像になるのだろうか。
 ロキシー人形は魔族の特徴が無い人形だが、
 ルイジェルドのは一目で魔族だとわかる。
 額に宝石があるからな。

 なんと答えるべきか。
 少なくとも、俺が作ったとは、言わない方がいいだろう。

「……魔大陸を旅している時に、偶然入手したものです」
「ほう! やはり魔族の手によって作られたか!
 して、どこらあたりで手に入れた?
 売っていた商人はどんなナリだった?
 製作者は誰かわかるか!?」

 あれ?
 なんかすごい食いつきがいい。
 目が輝いている。

「さ、さて、なにぶん、僕も一目見て気に入ったから購入しただけで詳しいことは……」
「なにぃ?」

 ザノバの眼鏡がギラリと光った。
 すげぇ威圧感だった。
 間違いない、あれは人を殺した事のあるやつの目だ。

「ああそうだ。その人形を売るときに、商人が言っていました。その人形を持っていれば、スペルド族に襲われても大丈夫。人形を見せてルイジェルドハコドモズキ、ルイジェルドハコドモズキという呪文を唱えるだけで、たちまちスペルド族は十年来の旧友のようにフレンドリーになり、馴れ馴れしく肩に手を回してヘイブラザーと言ってくるようになるとか」
「ほうほう! そんな事を! 他には!? 他には!?」
「えっと、無病息災で子宝に恵まれて、あ、あと剣術がうまくなるとか?」
「ええい、そういう事ではない!
 要するに、スペルド族と関わり深い者が作ったという事なのだな!?」

 そういう事になるな。
 俺はルイジェルド一人しかスペルド族を知らないが。
 それでも、関わり深いといえば、深いだろう。
 この世界では、スペルド族とはあまり関わりあいになりたくない人が多いようだしな。

「ふーむ、やはりこれは同じ製作者の可能性が高くなってきたな……」

 ザノバはふむふむと言いつつ、人形を手に持って、グリグリと回して見ている。
 それとトンと地面に置くと、また袋の中へと手を伸ばした。
 はて、あれ以外にいれてるものといえば、緊急用の着替えとかだけだが……。

「では、この人形には見覚えがあるか?」

 ザノバが取り出したのは、その昔商人に売りつけた、1/10ロキシーフィギュアだった。


---


 ロキシーフィギュアが、床へと置かれた。
 ザノバはその前にどっかりと座り込む。
 綺麗なおべべが汚れたりとか考えないのだろうか。
 自分で洗濯なんてしなさそうだが。

「この魔族の像は五年ほど前、市場にて発見されたものだ……」

 ザノバは顎に手をやり、慈しむ目で人形を見ている。

 ルイジェルドフィギュアを布教させようとした時にわかったのだが、
 ミリス教団の影響下では、魔族の人形はご法度である。
 やはりその事を糾弾するのだろうか。
 怒っている感じはしないが。

「我が弟が発見したものでな、当時宮廷魔術師だったロキシーによく似ていると、
 手ずから市場で行商人から購入したものだという」

 ふむ。

「『当時』宮廷魔術師『だった』、ですか?」
「うん? そうだ。お前は知らないようだが、ロキシー・ミグルディアはすでにこの国にはいない。我が弟の性的嫌がらせに耐えかねて、出奔した」

 いや、一応、パックスから聞いたんだがね。
 そうか、セクハラで出奔したのか。

「具体的にはどんなセクハラを?」
「セク……? 下着を盗んだり、水浴びを覗いたりだな」

 マジか。
 許せんな。
 そういう奴にはキツイお仕置きをすべきだ。
 そうだな、例えばパソコンをバットで壊すとか。
 事ある毎に命を刈り取る形をしたパンチを放つお嬢様と一つ屋根の下で暮らさせるとか。
 全裸にして牢屋にぶちこんで冷水を浴びせるとか。
 そういうお仕置きをすべきだ。

 なんだったら、俺が直々にぶっとい土槍(アースランサー)明日(アス)に向かって撃ちこんでやってもいい。
 カラーコーン並のぶっといやつだ。

 まったく。
 ロキシーのパンツを盗むだとか、そんな事をしていいと思っているのだろうか。
 いや無い。
 いいわけがない。
 許されざる行為だ。
 いくら王子といっても、やっていい事と悪い事がある。
 ロキシーが出奔して当然だ。

 ……あれ?
 その論法で行くと、
 もしかして、ロキシーが俺の家庭教師をやめた理由って、俺のせい?

「そんな事より、この人形の話だ」

 ザノバはそう言って、ロキシー人形の肩の辺りをツイっと撫でた。
 そうだな、こういう鬱な話題は変えるべきだ。
 そう思い、俺は真面目な顔で頷いた。

「余は人形には目が無くてな。
 世界各地の人形を集めているのだが……」

 と、前置きを置いて、彼は語り出した。
 そう、語り出したのだ。

「この人形だけは製作者も、どこで作られたのかもわからんのだ。
 岩を削りだして作られている事はわかるが、ドワーフの使う石細工の材質よりも硬く、重い。
 この硬度の石をここまで精巧に削りだす技術は、今の世には存在しない……。
 例えばだ……見ろ、この杖の部分を。
 器用なドワーフであっても、硬い石材をここまで細く削りだすのは至難の業だろう」

 ザノバはそう言って、人形の持つ杖を指さした。
 杖などの細い部分は折れやすい。
 その欠点を補うため、かなり試行錯誤した。
 そのかいあって、高い剛性と靭性を得ている。
 ルイジェルド人形の槍の柄の部分も同じ材質であるが、
 しかしこの部分は作るのにかなりの魔力と集中力、そして時間を要する。
 具体的に言うと、1センチ作るのに丸一日かかる。
 とはいえ、俺の製造技術の結晶ともいえよう。
 折れず曲がらないものに仕上がった。
 工夫した部分の一つだ。
 ほめられると嬉しいね。

「こんな素晴らしいものが、アスラ金貨にして5枚程度で売っていたというのだ。
 余ならアスラ金貨100枚は出す所だ。
 市井に住む者はまったく目利きのできん無骨ものばかりで困る。
 もっとも、安いのは魔族の像であるという事を考慮しての値段だろう。
 こんな像を持っている所をミリス教団の神殿騎士団に知れれば、
 シーローンの王子であっても異端審問に掛けられ、
 魔神崇拝者の一人として殺されるであろうからな。
 安値で投げ売りにすれば、いくらでも言い訳ができる」

 ザノバは額を抑え、やれやれと肩をすくめた。
 殺されるのか……。
 神殿騎士団は狂信者ばかりだそうだしな。

「だが、余はかねてよりこの像の製作者を探しておった。
 魔神崇拝者とは関わりあいになりたくはないが、
 しかし、この像を作ったものとは話をしてみたいとな。
 そんな折り、リーリャがいきなり余の部屋に現れた。
 ロキシーが出奔した翌日であった」

 ふむ。
 偶然すれ違いになってしまっていたのか。

「リーリャは兵に捕らわれ、色々あってパックスが管理することとなったのだが、
 リーリャの持ち物に、こんなものがあった」

 ザノバはそう言いつつ、袋より小さな箱を取り出した。
 拳大の見覚えのない箱である。

「なぜこんなものを大事そうに持ち歩いていたのか不思議でならんのだが、
 まぁ、よく見るがいい」

 ザノバは箱を開けると、俺によく見えるように箱を開けた。
 柔らかそうな布に包まれたそれを取り出すと、ザノバは丁寧に布を開いていく。
 中に入っていたのは、木彫りのペンダントだった。
 どこかで見たことのあるような木だ。
 当然ながら手掘りで、作り手の不器用さが伝わってくる。

「そのペンダントが……何か?」
「うむ、このペンダントはどうでもいい」

 ザノバはそう言うと、ペンダントを摘んで、袋の上に置いた。
 動作がいちいち丁寧である。
 好感が持てる。

 しかし、箱の中身がどうでもいいとはどういう事だろうか。
 と、そこで俺も気づいた。
 ペンダントを包んでいた布には、見覚えがあった。

「さて、このパンツだが」

 ザノバはそう言って、布を摘んで広げた。

 間違いない。
 あれは……。

 御神体(ロキシーの)だ。

「リーリャは貴様の10歳の誕生日にこれを贈ろうとしていたそうだ」

 なるほど。
 つまり、そういうことか。
 ペンダントはカモフラージュ。
 その包んだ布こそが、俺の大切なものだとハッキリわかっているのだ。
 もしかすると、当初はそのまま贈ろうとしたのかもしれないが、
 誕生日にパンツを贈ることの異常性を考慮して、わざわざこんな事をしてくれたのだ。

 しかし、残念でならない。
 御神体(パンツ)は綺麗に洗濯をされていた。
 ロキシーのエクストラバージンオリーブオイルは流れ落ち、神性は失った。
 すでに、このパンツに神は宿っていない。
 代わりに、真心が詰まっているといえるだろうが……。

「そ、それで、そのパンツがどうしたというのですか?」

 震える声を隠しつつ、俺は尋ねる。
 ザノバはうむと頷くと、

「パンツについて話す前に、この人形について説明してやろう」

 と、ザノバは四つん這いになった。
 ロキシー人形をこわれものでも扱うように指で触れる。
 そして、
 語り出した。
 そう、語り出したのだ。

「まずはこう正面から見てみろ。
 一見すると、これは杖を構えた普通の魔術師だ。
 しかし躍動感がある。
 このローブの波打具合を見ろ。
 片足をバッと前に出し、杖をグッと突き出す、その瞬間がありありとわかる。
 そして、ローブの袖と裾から覗く、手首と足首!
 露出している肌はほんの少しだ。
 ほんの少しだが、そこはかとないエロスがある。
 このほんの少しの部分だけで、この魔術師の少女が痩せぎすで、
 決して豊満ではない体がローブの中に隠されているとわかる。
 こんなダブダブなのに、わかるのだ!
 そして、今度はこうして……後ろから見てみろ。
 ダブダブなローブは本来、体の線が出ない。
 しかし、足を前に出した事で布が引っ張られ、
 ほんの少しだけ尻の線が浮かび上がっている。
 小さな尻だ。恐らく実物を見ても、そうエロいとは思わないだろう。
 だが、こうして、ダブついたローブに浮き出るからこそ、エロいのだ!
 ぜひ見たいと、脱がしてみたいと、そう思わせる尻なのだ。
 そう思えば、なんと、このローブは脱がすことが出来る。
 ローブをつなぎ止める部分を丁寧にはずしてやると、
 あどけない少女の下着姿が露わになるのだ。
 しかも、この少女は胸下着(ブラジャー)を付けてはいない。
 ロキシーという人物の胸の大きさ的に、この選択は正解だ。
 そうして表を向けてみると、なんと、左手が胸を隠している。
 おかしい、先ほどまで左手は杖を持っていたはずなのに。
 そう思い、ローブをみてみると、なんと左手がくっついたままだ。
 そう。この像には腕が3つあるのだ。
 ローブを着た姿と、下着姿。このギミックで二つの像が一体化しているのだ。
 まさに天才だ。
 ローブを脱がすことが出来るということは、すなわち体のポーズを固定化させてしまう。
 しかし、こうして腕の位置を中と外で変えることで、ポーズの自由度を上げているのだ。
 それだけじゃないぞ、今度は横から見てみよう。
 ローブを着ている時は背筋を張り、前足を突き出したようなポーズだった。
 しかし、ローブを脱がすと、なぜか前かがみになっているのだ。
 まるで、胸を、体を隠すように。
 それを確認した上で、顔を見てみろ。
 ローブをつけている時は凛々しかった顔が、
 今は恥じらいを必死にこらえているようではないか。
 これを作ったものはわかっているのだ。わかっていて、表情を同じにしたのだ。
 誰も真似しえない、"至高"がここにはある。
 確かに、要所要所は炭鉱族の細やかな技術には遠く及ばない。
 素人もいい所だ。
 だが、粗野な炭鉱族などでは到底及びつかない領域に、この人形はある!」

 俺はそれを一言一句、聞き逃さなかった。
 普通ならポカンとする所かもしれない。
 だが、俺はこの人形の製作者だ。
 一言一句聞き逃すことなく、噛み締めるように聞いた。

 そして満足気な気分になっていた。
 だってそうだろう、自分が作ったものが、これほどまでに熱く語られているのだ。
 嬉しくないわけがない。
 こんな状況であるにもかかわらず、俺の胸の内は暖かくなっていた。

 そうだ。
 そうとも、その通りだ。
 このロキシー人形には、当時俺の持てる全ての技術を注ぎ込んだ。
 まだまだ素人の出来とはいえ、見る者が見ればわかるのだ。
 嬉しいものだ。
 細かい所に施した工夫まで気づいてもらえるなんて……。
 でもひとつ足りないな。
 俺がなぜ手で胸を隠すようにしたのかを……。

「あれ?」

 と、そこで俺は気付いた。

「脇下のホクロが消えてるのですが」
「ん?」

 ザノバはそう言うと、ロキシー人形を再度裏返した。

「ああ、脇にあった黒い点のことか?
 だが、それは像の美観を損ねると思って削った」

 ザノバは、こともなげにいった。
 俺はその言葉でフリーズした。
 凍りついた。
 目を見開いて、動きを止めた。

「け、削った……?」
「ふむ、ここに点があったことを知っているということは、
 やはり貴様はこの像のことを何か知っているのだな?」
「……ちょっと、その像を回してみてください」
「その前に余の質問に答えよ」
「いいから回せよ」

 自分でも驚くほど冷たい声が出た。
 ザノバは「うっ」とたじろぐと、俺に言われるがまま、像を回した。

「そこで止めて、その角度で見てみてください」

 ほくろがあった位置がザノバにギリギリ見える位置で、止めさせる。

「手の位置を見てみてください」
「なんだというのだ」
「いいから、見てみてください」

 俺のやや強い口調に、ザノバがムッとしているのがわかる。
 しかし、律儀に人形を見ていた。

「隠しきれていないのがわかりますか?」
「……ふむ?」
「手が届いていないのがわかりますか?」
「…………あっ」

 ザノバが小さな声を上げる。
 ようやく、彼にもわかったらしい。
 そう、俺が手で胸をかくすようにした理由。
 18禁などというものが存在しないこの世界において、
 なぜロキシーの可愛らしく慎ましい胸を露出させなかったのか。

「胸は隠せているのに、ホクロが隠せていないことが、わかりますか?」
「……そん……な……馬鹿な……」

 ザノバがわなわなと震えていた。

 そうだ。
 俺がホクロに目をつけたのは、まさにそこだ。
 ホクロを第二の乳首に見立て、それを隠せていない事に対する恥じらいを表現したのだ。
 あのホクロは、この人形の中で一番エロい。

「よ、余は……何も、わかっていない……。
 なのに、作品を……汚して……」

 ザノバの目はうつろで、身体を痙攣させ始めた。
 口から泡が吹き出ている。
 ちょっと反応が過敏すぎやしないだろうか。

「まぁ、ホクロなんてまた付け直せばいいんですが、
 それで、パンツがどうしたんですか?」
「ぱ、パンツは……それと……同じで……」

 と、パンツと像を見比べてみると、
 人形の履いているパンツと、元御神体は同じものだった。
 なるほど。
 俺は自分の最も見慣れたものを人形に装着させた。
 このパンツをリーリャが俺に贈ろうとしているのなら、関係性があると考えるのが普通だろう。

 ちなみにロキシーは、当時あと4枚のパンツを持っていたが、
 細部が少しずつ違った。
 ああ見えて、ロキシーはオシャレなのだ。 

「そういうことでしたか。それで、僕はこの人形の何を喋ればいいんですか?」

 まあ。いいだろう。
 ザノバはこの人形を大切に扱ってくれているらしい。
 いきなり神殿騎士団に突き出されたりはしないはずだ。

「ぬううおおおお!」

 ザノバは、唐突に五体投地をした。
 床にダンと己の全身を叩きつけたのだ。
 びっくり。

「貴方様がこの像の製作者であらせられましたか!」

 これには流石の俺もポカンとした。
 なぜこいつはいきなり這いつくばっているのだ。
 俺にわかるのはロキシーが偉大だって事ぐらいだ。

「さすがは『水王級魔術師』ロキシーの弟子!
 この人形は魔術にて作り上げたのですね!」

 ロキシーの名前を呼び捨てにするなよ。
 さんを付けろよ。

「あなた様の作品を毎日見ていました。
 見る度に発見があり、尊敬の念を募らせていました。
 ぜひ、師匠と。そう呼ばせてください」

 そう言って、彼は四つん這いでカサカサと動き、俺の靴にキスをしようとして、
 しかし結界に阻まれて、「うおおぉ」と雄叫びを上げて結界を叩いた。
 その姿は、まるで夏の三日目に新刊に群がる亡者のようであった。
 人としてのプライドや尊厳をかなぐりすて、欲望のままに生きる者の姿がそこにあった。

「うおおお! なんだこの結界は!
 誰がこんなものをぉ!
 師匠! ぜひともその神手を拝ませてくださああああぐおおああぁぁ!」

 こうして、俺にちょっと気持ち悪い弟子が出来た。
 こういう奴は生前にもいた。
 主にネット上での付き合いで、友人とも言えない関係だったが、いた。
 そうか、あいつ、こういう顔をしていたのか。

 ここまで心酔されたのは初めてだが……しかし好都合。
 きっと、人神はこのことを予見していたのだ。
 城で捕まることで、彼と仲良くなり、そして手を貸してもらって脱出するのだ。
 よし。エンディングが見えた!

 俺は仏のような顔で、彼に言った。

「弟子よ。部屋のどこかにこの結界を維持する魔力結晶があるはずです。
 それを見つけ出し、叩き壊すのです!」
「わかりました師匠! それを実行したら、是非とも、是非とも人形制作の極意を我が身にぃ!」
「見つけ出せなければ破門です。今後二度と僕を師匠と呼ぶことは許しません」
「もちろんですとも!」

 ザノバはその言葉に奮起した。
 奮起して部屋の中を探し回し。
 上の部屋も探しまわり、ガサガサとゴキブリのように周囲を這いまわった。

 そんなこんなで小一時間。

 発見したものといえば、天井にA4サイズぐらいの四角い穴が開けられるという事ぐらいだった。
 パックスはどうやら、そこから食事を投げ入れるつもりだったようだ。
 食事はそれでいいとして、排泄物とか病気とかはどうするつもりだったのだろうか。
 上から催眠ガスでも吹きつけて、俺を眠らせてからこっそり結界を解除するのだろうか。
 いや、どうせ考えてないだろう。
 あのパックスという男は、ペットには餌さえ与えておけばいいと思っていそうだ。

 とりあえず、俺はザノバにいらない袋と瓶を持ってきてもらった。
 それを使い、自分の排泄物を片付ける。
 いや、結構もれそうだったもんで。

 とりあえず、蓋さえどける事ができれば、脱出できるかとも思った。
 天井は高い。
 4メートル近くある。
 しかしロープでも垂らしてもらえば、なんとか登れるだろう。

 しかし、重そうな石版が溶接されたマンホールのようにガッチリと固定されていて、外すことは難しいらしい。
 蓋の上にも魔法陣が描かれているんだそうだ。
 ワンセットなのかな。
 壊す事も難しそうだ

「殿下の配下には、結界に詳しい人はいないんですか?」
「余に配下はおりませんゆえ!」
「そうなんですか? あのパックスですら親衛隊がいるのに……」
「最後の一人はロキシーの人形とトレード致しました! いやあ、いい取引でした!」

 こいつもバカか。
 しかも、親衛隊をトレードって、この国はどうなってんだ。

 ま、とにかく、一つ判明した事がある。

「よし……わかりました」
「おお、わかりましたか、さすが師匠!」
「はい、このままだと、どうやら君は破門になりそうです」
「なんとぉ!?」

 俺のちょっと気持ち悪い弟子は、異例のスピード破門……。
 とは、ならない。
 せっかくの協力者を失うつもりはない。

「条件を変えましょう。ここから出るのを手伝ってくれれば、出られた時に弟子としましょう」
「おお! そんな事でいいのですか! しばし、しばしお待ちを!!
 今すぐ拳で天井をぶち破りますゆえ!」
「無茶はやめなさい」

 拳を握りしめて天井を睨むザノバを、俺は慌てて止めた。
 本気の顔だった。
 手骨が砕け散ってもなお蓋を殴り続けそうな顔をしていた。
 危ういやつだ。

 ザノバはしばらくそわそわしていたが、
 ふと、何かに気づいたように顔を上げた。

「師匠、この結界を作り上げたのは誰ですか?」
「ええと、確か第七王子のパックス殿下という話です」
「ふむ、そういえばジンジャーがそんな事を言っていたな……」
「詳しい事情は聞いてないんですか?」
「なにぶん、余の頭は人形で一杯ですゆえ」
「ああ、そう」

 とりあえず、この王子はジンジャーにツテがあるらしい。
 ジンジャーも裏で動いているのだろうか。
 あの人もパックスには思う所があるようだし、その方面で手伝ってもらった方がいいかもしれない。
 いや逆か、ザノバはジンジャーに言われてここに来たと言っていた。
 という事は、ジンジャーは俺とザノバをあわせたかったということだ。
 ルイジェルド人形を見て、趣味が一緒だとでも思われたのだろうか。
 しかし、ジンジャーはこの頼りない王子を仲間に引き入れて、どうするつもりなのだろうか。
 イマイチ動きが見えない。

「つまり師匠、パックスをどうにかすればいいわけですね?」
「ん? ええ、そうなりますね」

 ザノバはそこで少しだけ考えた後、
 今まではしゃいでいたのが嘘のような静かな声で言った。

「わかりました、しばしのご辛抱を」

 何かを思いついたらしい。
 けど、この王子もあんまり頭よくなさそうだしな。
 変な動きをすると藪蛇になるんじゃないだろうか。

「ええと、行動を起こす前に誰かにきちんと相談してくださいよ。
 そう、例えばジンジャーさんとか。僕でもいいですけど」
「ははは、師匠は心配性ですね。ご安心を、全て任せておいてください」
「おい、ちょっとまて、どこにいく、話を聞け。何をするつもりだ!」

 ザノバは笑いながら、階段を登っていった。

「まじかよ……」

 俺はこの時、やっちまったという気持ちになっていた。
 配下のいないダメ王子をその気にさせて、
 蛇のいる藪をつついてしまったと、思っていた。
 事態は非常に悪い方向に転がってしまうと思っていた。
 イヤな予感がひしひしと伝わってきた。

 ああ、こんな事なら、せめて飯を持ってきてもらう程度の頼み事にしておけばよかった。
 なんて考えていた。

 だが、それは間違いだと、知ることになる。

 ザノバ・シーローンという人物。
 それを完全に見誤っていたのだ。

 後になって考えてみれば、人形の製作者だとザノバに知られた時点で、全て終わっていたのかもしれない。
+注意+
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