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無職転生 - 異世界行ったら本気だす -  作者: 理不尽な孫の手
第6章 少年期 帰郷編
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第五十三話「シーローン王国」

 シーローン王国に到着した。


 シーローン王国は小国だが、200年程度の歴史を持つ古い国だ。

 1000年単位で歴史の動いているこの世界で200年というと、それほど古くないようにも思える。

 だが、400年前の戦争で人族の国はアスラ王国とミリス神聖国以外は全滅している。

 中央大陸の南部は300年前に王竜王国が最南端の一帯を支配するまで、激しい紛争地域だった。

 今でも、北にいけば紛争地帯が広がっている。

 シーローン王国は、そんな紛争地帯にやや近い場所にある国だ。

 そんな場所で、シーローン王国がなぜ200年も国を保っていられたのか。

 正直、興味はないが、一応は知識としては知っている。

 王竜王国と早い段階で同盟を結んだからだ。


 もっとも同盟とはいえ、国力の差は歴然としている。

 シーローン王国は、途中で立ち寄った二国同様、王竜王国の属国みたいなものだ。


 俺が興味があるのは、この国にロキシーがいるということだ。

 あの幼くも……いや幼くはないのか。

 可愛らしく、ちょいドジな師匠は、まだこの国で宮廷魔術師をしているのだろうか。

 王子に手を焼いているということだったが、きっと何とか頑張っている事だろう。

 久しぶりに会いたい。

 会って無事を伝えたい。

 ロキシーの故郷に行った事を話したい。

 王級の魔術というのも見せてもらいたい。


 そう思いつつ、首都への道を移動する。



---



 ここも王竜王国の属国みたいなものなのだが、

 途中で立ち寄った二国と違い、植民地のような印象は受けない。

 位置的に離れているためか、それとも紛争地帯の防波堤として役だっているためか。

 そのへんはよくわからない。


 街道沿いに続くのは、統一感のない田畑や、放し飼いにされている家畜。

 あるいは休耕しているのか、クローバーのような牧草の植えられた区画。

 俺に農業に関する知識は無いが、

 この世界の住人も、何も考えずに作物を作っているわけではないらしい。


 そんな風景を横目で見ながら移動すると、シーローン王国首都ラタキアへとたどり着いた。


 町を囲む城壁をくぐる。


 この世界では、主要な都市は大抵城壁に囲まれている。

 ロアもミリシオンもそうだった。

 キッカ王国やサナキア王国でも、大きな町には城壁があった。

 見るからにファンタジーといった感じの、頼もしい城壁である。


 城壁の存在は魔大陸でも変わらない。

 むしろ、魔物の強い魔大陸の方が徹底していたと言える。

 リカリスの町ほど巨大な自然防壁を持つ町はなかったが、

 それぞれの町では、近くに住む各種族の特殊能力を使い、

 堅牢な壁を作って町を守っているものだ。

 また小さな集落でも、村周辺の魔物駆除は日常的に行なっていたようだ。

 それにくらべれば、中央大陸の城壁は、あくまで格好をつけるためのものに思えてくる。



---



 首都ラタキアに到着した。


 町中に入り、いつも通り馬車を馬屋へと預ける。

 この国の周辺には迷宮がやや多く存在しているためか、物腰の鋭い冒険者が多い。


 迷宮探索を主とする冒険者は数多く存在している。

 パウロやギレーヌもそうだったし、ロキシーも一時期は迷宮に潜っていたようだ。

 迷宮探索者には凄腕が多いのだとパウロが言っていたような気がする。


 シーローン周辺には迷宮が多い。

 その一つでも最初に踏破できれば、莫大な資金が手元に転がり込んでくる。

 今、そこらを歩いている冒険者の中にも、

 一攫千金を狙うSランク冒険者が何人もいるのだろう。



---



 宿をとった。


 いつもと同じ、Dランク冒険者向けの宿。

 この町ではランクの高い冒険者が多いからか、低ランクの宿でも値段が少々割高だ。


 とはいえ、中央大陸の宿はDランク向けでも、魔大陸のCランク向けよりも部屋の質が上である。

 ゆえに、さらに部屋のグレードを落としてもいいのだが、

 値段を気にしなくていいぐらいの金は持っている。

 逆に言えば、もっと高いグレードの部屋をとることもできた。

 かつてはもう少しいい部屋に、と思っていたものだが、

 実際に金に余裕があっても、それほど贅沢はしない。

 案外、俺は貧乏性なのかもしれない。

 もっとも、この数ヶ月、食費だけは少々増えたが。


「さて、では、シーローン王国に到着しましたので、作戦会議を行います」


 部屋にて待機する二人を前に、俺はいつも通り宣言する。

 パチパチとおざなりな拍手。

 すっかり手馴れてきた。


「さて、では、何から決めましょうか……」

「ルーデウスの先生に会うのよね?」


 エリスの言葉に、俺は考える。

 人神の言葉を思い出す。


『アイシャ・グレイラット。

 彼女は現在、シーローン王国にて抑留されています。

 あなたは今の場面に出くわし、助ける事になるでしょう。

 しかし、決して名前を名乗ってはいけません。

 『デッドエンドの飼主』を名乗り、彼女に事情を聞いてください。

 それから、シーローンの王宮にいる知り合いへと手紙を出すのです。

 さすれば、リーリャ、アイシャの二人を、

 シーローン王宮から救い出す事ができるでしょう』


 そんな感じだったはずだ。

 これを全面的に信用するのであれば……。


 つまり、俺としては、夢でみた路地を探して歩きまわればいい。

 エリスとルイジェルドは一緒に連れて行くべきだろうか。

 俺は一人になるとどうにも失敗する事が多い、

 今回は一人で、とは指定されなかったから、三人で行くべきだろうか。


 しかしながら、夢でみたあの光景。

 そこに出てきた兵士二人。

 彼らの格好は、町中でも何度か見た。

 この国の正規兵の格好だ。


 少し考えてみよう。

 人神の言葉にもあるように、リーリャとアイシャの二人はシーローン王宮にいるのだろう。

 そして、王宮に抑留されているアイシャ。

 彼女は、どうやってか王宮から逃げ出してきた。しかし王宮の兵士に追いつかれる。

 俺がそこにかち合うわけだ。


 それを真正面から助けるとなると、王宮と真正面から事を構える事になる。

 ゆえに、決して名前を名乗ってはいけないと言った。

 ここで偽名を名乗る。

 顔も隠したほうがいいかもしれない。


 騎士たちが偽名の俺を探している間に、

 俺はシーローン王宮の知り合い――ロキシーに手紙を送り、助けを求める。

 ロキシーも宮廷魔術師なら、それなりに発言力はあるだろう。

 きっと助けになってくれるはずだ。

 また世話になる事になる。

 本当にロキシーには足を向けて寝られないな。

 逆に足を向けて寝てもらえれば、寝ている間に綺麗に掃除してしまうだろう。


 うん、簡単に考えれば、この助言はそういう流れだろう。


 が、人神の事だ。

 何か企んでいる可能性もある。

 この助言の後に、「あまり詳しいと面白みに欠ける」と発言していた。

 つまり、奴にとって面白い出来事が起こるというわけだ。


 恐らく、それは避けられない事だろう。

 とはいえ、奴は「次回は信用してほしい」と言っていた。

 なら、多少きつい展開が待っていたとしても、

 俺が大怪我を負ったり、身内の誰かが死んだりするような事態にはならないと予想できる。


 あくまで奴を信用するなら、だ。

 今回、確実に騙すためにあんな嘘をついただけで、

 次回など考えていないかもしれない。


 しかし、だからといって、無駄に逆らって事態が悪化したら目も当てられない。

 手のひらで弄ばれている感じがしてイヤだが、言うことを聞くしかあるまい。


 何にせよ、

 アイシャを探す、名前を隠す、ロキシーに手紙を出す。

 この3つは鉄板だろう。


 しかしさて、どうやって二人を説得するか。

 手紙はいいとして。

 路地裏を探す理由、

 名前を隠す理由、

 二つ同時に考えなきゃいけない。


 ミリシオンを出立してからというもの、

 一日を休日に指定してもエリスかルイジェルドのどちらかが、

 必ず俺に付いてまわるようになった。

 パウロでの一件で俺が落ち込んでいたのが、よほど心に残っているらしい。

 それだけ心配を掛けたということだ。

 申し訳ない。

 とはいえ、今回は騎士と事を構える可能性が高いし、

 演技のヘタな二人を連れていくと、藪から野生の蛇が飛び出してきそうだ。

 スネークはどこにだって潜伏しているのだ。


 さて、どうしたものか。


「ルーデウス、何を悩んでいるの?」


 長時間言葉を止めた俺に、エリスが小首をかしげて聞いてくる。

 ふむ……。

 案ずるより産むが易しというし、言ってみるか。


「実は、この町では名前を隠したいと思いまして」

「また演技をするの? どうして?」

「……えぇと」


 人神のことは伏せておくにしても、

 二人のことを伏せておく必要はないか。


「実は、ある筋からの情報なのですが、

 この国のどこかに、僕の家族が囚われているそうなのです」

「そうなの?」

「ほう」


 どこで、誰から聞いたなどと、二人は聞かなかった。

 そもそも、情報収集もこの二人のどちらかと行なっていたのだが。

 突っ込んで聞かれないのは、俺としても都合がいい。


「なるほど、グレイラットって名乗ったら警戒されるもんね!」

「そういうことです」

「で、誰がいるの?」

「リーリャとアイシャ……元メイドと妹ですね」


 そういえば、俺から見て、リーリャは何と呼べばいいのだろうか。

 継母ではないだろうし……。


「ルーデウスの妹?

 ミリシオンにもいたわよね?

 生意気そうなのが」

「もう一人いるんです」

「ふうん……」


 エリスはつまらなさそうに口を尖らせた。

 ノルンは生意気そうか。

 俺はそう思わなかったが、

 エリスにしてみれば、あの態度も生意気に見えるのだろうか。

 妹が殴られたら、俺はどっちの味方をするんだろう……。


「そういうことなら、文句はないわ!

 さすがルーデウスね、よく考えてる」


 エリスはフフンと鼻を鳴らした。

 考えているといっても、人神の甘言に乗っているだけなのだが。

 うーむ。騙しているようで気が引ける。


「名前を隠すのよね。偽名を名乗るの?」

「よくある名前の方がいいだろうな」

「どうして?」

「偽名は憶えられない方がいいときく」


 悩ましく思う俺を尻目に、二人はあれこれと偽名を考えだした。


「このへんで有名な名前ってどういうのがあったかしら」

「旅の最中では、シャイナやレイダルという名前をよく聞いたな」


 死神騎士シャイナは北神英雄譚に出てくる女騎士。

 北神三剣士の一人で、かつ北神の伴侶の一人。

 どんな過酷な戦場からでも必ず帰還するという、異能○存体みたいな人物だ。

 もっとも、それは恐らくフィクションだろう。

 とはいえ、ここいらの人々の間では、我が子が不慮の事故で死なないようにと、

 シャイナという名前をつけることが多いと聞く。


 レイダルは水神だ。

 カウンターの天才で、海を凍らせながら足場を造り、海竜王を倒した英雄である。

 その偉大なる人物の名前をもらい、水神流の宗主は代々、男ならレイダル、女ならレイダを名乗る。

 こちらも、名前としては結構多い。

 水神流を習うとなると改名する場合も多いが。


 名前を隠すと言っただけで、二人はちゃんと考えてくれている。

 ありがたい話だ。

 しかし、人神は『デッドエンドの飼主』を名乗れと言っていたような気がする。

 いや、あれはアイシャに対してそう名乗ればいいという話だったか。


 ふむ、ならいいか。

 よし、俺も真剣に考えよう。


「ルーデウス、どうするの?」

「そうですね、この場合は、いっそ完全に偽名だとわかった方がいいかもしれません」

「どうして?」

「僕らは顔も名前も知られていませんし、あえて派手な名前を名乗れば、目的がわからず、相手方も混乱するかもしれません」


 と、昔どこかのアニメで見たような事を言ってみる。

 ぶっちゃけ、偽名なんてなんでもいいのだが……。


「じゃあ、カッコイイのがいいわね」


 カッコイイのか。


「わかりましたよ、じゃあ僕は影月の騎士(シャドームーンナイト)とでも名乗りますよ」

「シャドームーンナイト!?」


 エリスが頬を染めて眼をキラキラしていた。

 実物は給食当番みたいな格好してるんだがな。

 しかもキザったらしい川柳を吐く。

 エリスだったら見た瞬間ぶん殴るんじゃなかろうか。


「私もそれにする! あ、でも同じだと困るわね、ええと……」


 そんなに気に入ったのか。

 よし、じゃあナイツな名前を授けよう。


「では、エリスは影月の剣士(ソード)と、それで、ルイジェルドが影月の槍士(ランス)にしておけばいいですね。そうすればお揃いです」

「いいわね、お揃い! それで行きましょう」


 ルイジェルドはそんなので恥ずかしくないのかと思ったが、まんざらでもないようだ。

 パウロも『傲慢なる水竜王(アクアハーティア)』をかっこいいとか言っていた。

 この世界には中二病とか無さそうだ。


「でもルーデウスが騎士って感じじゃないわよね」


 決まりかけてから、エリスがぽつりとつぶやいた。

 騎士じゃないって。

 じゃあ俺は魔術師(エビル)司令官(オメガ)とでも名乗るか?

 ……まぁ実際に名乗るかどうかわからんし、なんでもいいんだが。

 状況で判断して、ダメそうなら飼主と名乗ればいいわけだしな。


「では、偽名はそんな感じで」

「そうね、それからどうするの?」

「とりあえず、王宮にいるロキシーに手紙を出して……返事が来るまでは情報収集ですかね」


 俺はそう宣言した。

 自由時間に探し回れば、例の場面に遭遇するだろう。


 うまく事が運ぶように頑張るとしよう。



---



 翌日。

 市場で便箋と封筒を購入し、手紙を書く。

 まずは時節の挨拶などを書きつつ、転移しても無事だったという旨を書く。

 それから、元気にやっていたので心配ない。とりあえずシーローン首都まできているので会いたいと書く。

 ブエナ村での面々が行方不明であることにさりげなく触れ、

 捜索中で誰も見つかっていなくて心配だと不安を煽り、

 それから、メイドのリーリャのことにさりげなく触れ、

 大事な事なのでもう一度家族が心配だと締めくくる。


 それらの文面の頭文字に、「助けてください」と縦読みを配置。

 これだけ書いておけばロキシーでも気づいてくれるだろう。


 これを蝋で封印をして、ロキシーペンダントの模様を形どった印鑑(自作)をペタリ。

 差し出し名は迷ったが、ロアにいた頃には何度もルーデウスの名前で出していた。

 ここも偽名にしようと思ったが、名前を見て「知らん誰そいつ」と捨てられたら困る。

 ロキシーはそういうドジをたまにするのが玉に瑕だ。


 『貴方の生活を見守りたい愛弟子ルーデウス・グレイラットより』と。


 おそらく偽名で書いても、ロキシーなら俺の字を見ただけでピンときてくれるだろう。

 とはいえ、肝心な所でおっちょこちょいっと失敗するのがロキシーだ。

 手紙の行方はロキシーの手にわたってみるまでわからない。

 シュレディンガーのロキシーだ。

 拾ってくださいという箱に入ったロキシーが脳裏に思い浮かぶ。

 おお、神よ、ダンボールは逆さにして隠れるものですぞ。


 ま、それはともかく、中身を読んでもらえる可能性を高めるに越したことはない。


「では、手紙を出してきます」

「ああ」

「はい、いってらっしゃい」


 エリス達は満面の笑みで俺を見送った。

 てっきり付いてくるものかと思ったが、拍子抜けである。


「あれ? 二人はどうするんですか?」

「町でルーデウスの妹の情報を探ってみるつもりよ」


 ああ、そういえば情報収集をするって言ったか。

 まあ情報は力だ、集めておいて損はないだろう。

 むしろ、情報を集めずに事に当たろうとしていた自分の迂闊さに呆れる。


「そうですか、よろしくお願いします。

 僕も手紙を出したら、少し情報収集をしてみるつもりです」


 そう言って、二人と別れた。



---



 冒険者ギルドで手紙を出してから数分後。

 俺は尾行されている事に気づいた。


 最初はルイジェルドが俺を監視しているのかと思った。

 俺は一人にすると何かしら問題を起こす。

 なので、問題が起きた時のためにスタンバっているのかと。


 しかし、この数ヶ月、ルイジェルドはわざわざ尾行などせず、俺と行動を共にしていた。

 そもそも、ルイジェルドの尾行能力は極めて優秀だ。

 俺が気づけるわけもない。


 今俺の後ろにいる奴の尾行はお粗末だ。

 ルイジェルドではあるまい。

 そして、恐らくエリスでもないだろう。

 エリスは尾行がヘタだ。宿を出た時から気配がしていてもおかしくない。

 わざわざ冒険者ギルドからつけ回す理由も思いつかない。


 では誰か。

 この国において俺に恨みを持つ者……心当たりはない。

 なにせ、この国には昨日きたばかりだ。

 これから国と事を起こす可能性は高いが、今の所は誰にも迷惑をかけていない。


 それとも、魔大陸でやらかした事件の内の一つの関係だろうか。

 魔大陸から、わざわざ俺たちを追ってきて、復讐しようというのだろうか。

 バカな。

 ザントポートの密輸組織の生き残り、という可能性もある。

 偶然見かけた俺を、この機会に始末しようという腹づもりかもしれない。

 もっとも、何の関係もない可能性も高い。

 俺に見つかるなど、追跡術がお粗末な証拠だ。


 曲がり角を曲がる際、チラリと後ろを見てみる。

 小さな影がサッと物陰に隠れるのが見えた。


 子供だ。

 近所の子供が、なんとなく生意気そうな俺を悪人に見立てて尾行ごっこしているのかもしれない。

 何のために、などとは思わない。

 突発的にそういう遊びをする子供もいるだろう。


 どこかに隠れて、慌てて追っかけてきた所を「ワッ」と脅かしてやろうか……。


 いや、この世界には小人族なんていう背の低い種族もいる。

 油断は禁物だ。

 どこかで撒くことにしよう。



 そう考えて、2つほど十字路を右折し、やや狭い路地へと入っていく。


「……ん?」


 ふと、何か違和感を覚えた。

 が、俺はさして気にせず、土壁を作った。

 俺の魔力によって3メートルほどの壁が唐突に地面からせり上がり、路地を袋小路へと変えた。

 壁の向こうから、タタッと慌てて走ってくる音が聞こえた。

 そして、力なく壁を叩く音。

 魔術や剣術を使い、壁を破ろうとする気配はない。


 もしかするとエリスが追いかけてきたのかとも思っていたが、

 彼女ならこのぐらいの壁は飛び越えられる。

 やはり近所の子供のイタズラだったのだろうか。


 俺はそれに満足すると、その場を後にする。

 さて、子供を撒くために少々路地の奥まできてしまった。

 大通りはどっちだったか。

 やや迷子気味だ。

 まあ、大きめの通りが見つかればすぐわかるだろう。


 そう思いつつ、曲がりくねった路地を歩くのだが、

 思った方向に行けず、四苦八苦する。

 この町は大通りですら曲がりくねっている。

 碁盤目のミリシオンとは大違いだ。

 迷子属性のない俺ですら、今まさに迷子になろうとしている。

 いざとなれば魔術を使って屋根の上にでも登ればいいのだが。


 そういえば、人神に見せられた光景も、こんな路地だったか。


「あっ!」


 と、そこで俺は先ほどの違和感に思い至った。

 あれは違和感ではない。

 既視感(デジャヴュ)だ。


 すぐに踵を返した。

 曲がりくねった路地を走る。

 ト型になった三叉路で迷いつつも、背後を振り返りつつ、先ほどの道を戻る。


「やだ、やめてぇ!」


 少女の悲鳴が聞こえた。

 俺の視界にも、自分で作り上げた土壁が見えた。


「返してよぉ!」


 俺は土壁に手を当てると、魔力を集中した。


 土魔術によって壁を操作して亀裂を入れる、

 同時に風魔術を使い、壁の中心に衝撃波を発生させる。

 ボゴンと大きな音がして、土壁は粉々に砕け散った。


 俺の視界にその光景が入ってくる。


 一人の少女が乱暴に手を掴まれている。

 手を掴んでいるのは兵士。

 兵士は二人。

 手を掴んでいない方は少女から取り上げた紙をビリビリに破いている。


「お父さんに出す手紙を破らないで!」


 二人の兵士は、唖然とした顔で俺の方を見ていた。


「な、何者だ……?」


 少女。

 リーリャの面影を持ち、パウロによく似た茶髪をポニーテールにまとめ、

 ダボッとした小さなメイド服を着ている。

 普段は飄々として活発そうな印象を受けるだろうその顔は、

 クシャクシャに歪み、涙と鼻水で濡れていた。


 それを見下ろす、下卑た顔をした………。

 いや、兵士二人は下卑た顔はしていなかった。

 どちらかというと、申し訳なさそうな顔だ。

 あくまで仕事でやっているだけで、本意ではないのかもしれない。


「何者だ! 名を名乗れ!」

「僕はその子の……」


 おっと、名前を名乗ってはいけないんだったな。

 えっと。


「我が名は影月の騎士(シャドームーンナイト)!」

「なにが騎士(ナイト)だ、どうみても魔術師ではないか」

「うぐっ……」


 的確にツッコまれてしまった。

 くそう。

 次回があったら、魔術師(エビル)と名乗る事にしよう。

 まあいい。


「いいか坊主。正義の味方ごっこをするのはいいが、

 おじさんたちはこれでも王宮の兵士なんだ。

 彼女が迷子になってたから、迎えにきただけなんだよ」


 挙句、ヤンチャな子供を見るような眼で、優しく諭された。

 この言葉には少々の嘘が混じっているのだろうが、

 脇の騎士も泣きじゃくるアイシャを見て、やや困った顔をしている。

 悪い奴らではないのだろう。

 王宮に何かしら問題があってリーリャとアイシャが抑留されているのだとしても、

 末端の騎士まで悪いというわけではないのだろう。

 もしかすると、この兵士たちとは敵対してはいけないのではないだろうか。

 戦うのではなく、話し合いで解決した方がいいのではないだろうか。


「彼女の持っていた手紙を破いていたようですが?」

「あ~……あれは、まぁ、なんだ。いろいろあるんだよ、大人には」


 そうだな、大人には色々あるよな……。


「あっ!」


 と、その時アイシャが一瞬の隙を付き、兵士の手を振り払った。


「だっ、だずげでください!」


 まっすぐに俺の元へと走り、俺の後ろに隠れ、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたまま、すがりついてくる。

 その顔と必死さを見れば、王国と敵対とか、どうでもいい気分になった。


「あ、あのびどだりが、ぶりやりあだぢのでがびぼやぶびで……」


 何いってんだかわからないが、必死さだけは伝わってきた。

 やめだやめだ。

 俺のようなアダルトな中年にはヤングな正義の味方ごっこはできん。

 いつも通りやらせてもらおう。


「……ふん!」


 唐突に手を上げ、無詠唱からの岩砲弾。


「むっ!」


 騎士は唐突に飛来した岩砲弾を、咄嗟に抜き放った剣で脇へと逸らした。


 うおお、反応はええ!

 水神流か。

 やりにくいな。

 でもまあ、俺が使えるのは岩砲弾だけじゃない。

 この距離なら余裕だ。

 ふふ、俺の岩砲弾を避けたのは、お前で4人目だぜ。


「無詠唱魔術だと!?」

「じゃあこいつ、もしやロキシー殿の!?」

「本当に来たのか!」

「応援を呼べ!」

「わかっ、うおおぉぉ!」


 俺は駆け出そうとする騎士の足元に、落とし穴を設置した。

 没シュート。

 同時に岩砲弾を連発しながらもう片方の騎士を牽制しつつ、アイシャに問いかける。


「逃げますよ、大丈夫ですか?」

「えぐっ、ぐすっ、うん……!」


 アイシャは泣きじゃくりながらも、コクリと頷いた。

 よしよし。

 あとはもう一人を気絶させて離脱するだけだな。


 そう思った時だ。


 ピイィィィ――――!


 と、唐突に鳥の鳴き声にも似た、甲高い音が響き渡った。

 音は穴の底から響いていた。

 笛だ。

 警笛を鳴らしたのだ。


 そして、やや間を置いて、遠くから、あるいはすぐ近くの路地から、

 次々と笛の音が響いてきた。


 ピィィピッピッピィィ――――!!


 それぞれ、鳴らし方や響きが微妙に違う。

 おそらく、音の響きで位置を伝え合っているのだ。

 俺の岩砲弾の手が止まるのを見て、兵士が口を開いた。


「この辺りの道は全て封鎖した!

 もうすぐここにも兵が来る。

 無駄な抵抗はやめて、その娘を離せ!

 悪いようにはしない!」

「…………」


 やばい。

 仲間を呼ばれてしまった。

 恐らく、すぐにでもここに兵士だか騎士だかが殺到するだろう。

 が、俺にはまだ手がある。


「アイシャ、僕にしっかり捕まってください!」

「えっ!?」

「絶対に手を離してはいけませんよ!」


 アイシャは戸惑いつつも、俺の腰の当たりに手を回し、ガシリと掴んでくる。

 俺は左手で彼女の服を掴み、右手に魔力を集中させる。

 足元に先端を平たくした土槍(アースランサー)を発生。


 その勢いで人間砲弾のように中空へとぶっとんだ。


「な、なにぃ!?」

「キャァァァァァァ!」


 兵の狼狽する声とアイシャの悲鳴を聞きつつ、

 俺はその場から華麗に脱出した。

 わはは、さらばだ明痴くん!


 ちなみに、調子にのって高めに射出したら、両足がボッキリ折れました。

 こういう危険な魔術は日頃から練習しておかんといかんね。


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[一言] ヒール使えなかったらとんでもない大怪我で草
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