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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第5章 少年期 再会編

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第四十四話「ミリス神聖国」

 ミリス神聖国。
 首都ミリシオン。

 その町の全貌は聖剣街道から見る事が出来る。

 まず、青竜山脈より流れ出るニコラウス川。
 これは、青く輝くグラン湖へと流れこむ。
 グラン湖の中央に浮かぶは偉大なる純白のホワイトパレス。
 そこからさらに流れるニコラウス川。
 川沿いには、金色に輝く大聖堂と、銀に光る冒険者ギルド本部が存在している。
 周囲には碁盤上に並んだ規則正しい町並みが広がる。
 そして町を囲むように配置された勇ましき七つの塔と、外に大きく広がる草原地帯……。

 尊厳と調和。
 二つを併せ持つ、この世界で最も美しい都市である。

 冒険家・ブラッディーカント著 『世界を歩く』より抜粋。


---


 確かに美しい。
 ファンタジー世界ならではの緑と青の調和。
 それに加えて、江戸や札幌のような規則正しい町並み。
 リカリスの町を見た時にはおぼえなかった感動がそこにある。

 エリスは呆けたままで口を開けっ放しにしている。
 ルイジェルドも眼を細めていた。
 この二人は花より団子だと思っていたが、
 美しいものに対する感動というものはきちんと覚えるらしい。

「すげえだろ?」

 と、ギースがなぜか自慢気だった。
 なんでお前が、と思う所だが、
 こんな光景を知っているのであれば、わからないでもない。
 俺だって、自慢する。
 とはいえ、こいつを調子に乗らせるのは少しばかり癪だった。

「凄いけど、あんな大きな湖じゃあ、雨期は大変なんじゃないのか?」

 つい憎まれ口を叩いてしまう。
 けれど、これは純粋な疑問でもある。
 街のほぼ中央に巨大な湖があるのだ。
 すぐ北にある大森林で三ヶ月も雨が続くのだ。
 こちらにだって影響はあるだろう。

「そりゃ昔は大変だったらしいが、
 今はあの七つの魔術塔が水を完璧にコントロールしてる。
 だから安心して湖の真ん中に城が立つってわけだ。
 城壁もねえだろ?
 そりゃあ、あの塔が常に結界を張ってるからよ」
「なるほど、つまりミリス神聖国を攻め落としたければ、
 まずあの塔をなんとかする所からってことか」
「物騒な事言うなよ、冗談でも聖騎士連中に聞かれたら捕まるぜ?」
「……気をつけましょう」

 ギースの話によると、
 あの七つの塔がある限り、
 首都は決して災害に襲われないし、疫病が流行ることもないらしい。
 どういう原理かはわからないが、便利なものだ。

「はやく行きましょうよ!」

 エリスのワクワクした一声で、俺達は馬車を進ませた。


---


 ミリシオンの町は、四つの地区に分けられる。

 北側にある『居住区』。
 民家が立ち並ぶ区画。
 貴族や騎士団の家族が住んでいる地区と、
 一般市民の住む地区とで多少の違いはあるが、基本的には民家のみだ。

 東側にある『商業区』。
 あらゆる業種が集まる区画。
 小売店はあるものの、規模は小さい。
 大手の商会が幅をきかせている区画で、
 この世界のビジネス街だ。
 鍛冶場や競売場があるのもここである。

 南側にある『冒険者区』。
 冒険者たちが集まる場所だ。
 冒険者ギルドの本部を中心に、冒険者向けの店や宿屋などが揃っている。
 冒険者崩れの住むスラム街や、賭博場もあるので注意が必要である。
 一応、奴隷市場も商業区ではなくこちらにあるのだとか。

 西側にある『神聖区』。
 聖ミリス教会の関係者が多く住む場所だ。
 巨大な大聖堂と、墓地がある。
 また、ミリス聖騎士団の本部もここにある。

 という事を、ギースは一つ一つ、丁寧に教えてくれた。

---

 俺たちはぐるりと回りこみ、冒険者区から町中へと入った。
 ギース曰く、町の外の人間が冒険者区以外から出入りすると、
 いらない疑いを掛けられ、時間が掛かるらしい。
 面倒な町だ。

 町に入った瞬間、雑多な空気が身を包む。
 遠目には綺麗に見えたミリシオンだが、中に入ってしまえば他の町と大差はない。

 町の入り口には宿屋と馬屋。
 露天商たちが立ち並び、煩く客の呼び込みをしている。
 大通りの少し奥まった所には、武具の商店が見える。
 細い路地の奥には、普通よりちょっと値の張る宿屋なんかがあるのだろう。
 ちなみに、銀色に輝く冒険者ギルドの本部とやらは、
 入り口からでも見ることができた。

 俺たちはとりあえず、馬車を馬屋に預ける。
 聞いてみると、荷物を宿に届けてくれるサービスまでやってくれるらしい。
 他の町にはなかったサービスだ。
 やはり大きな町だと、そういうサービスを充実させなければ、
 生き残ることができないのかもしれない。

「さてと、俺はアテがあるから、ここらで失礼するぜ!」

 馬屋に荷馬車を預けるのを見届けると、ギースは唐突にそう言った。

「え? もう別れるのか?」

 俺は意外に思った。
 宿までは一緒にいると思っていたのだ。

「なんだ先輩、寂しいのか?」
「そりゃ寂しいさ」

 からかうような言葉に、俺は正直に応える。
 ギースとは短い付き合いだったが、悪いやつじゃなかった。
 波長が合う相手というのは旅において貴重なものだ。
 ギースのお陰で俺のストレスがどれだけ軽減されたか……。
 それに、彼がいなくなると、また食事が味気ないものになると思うと、やるせない。

「寂しがんなよ先輩。
 同じ町にいりゃあ、また会えるって」

 ギースは肩をすくめて、俺の頭をぽんぽんと撫でた。
 そして、そのまま手をヒラヒラさせながら歩み去ろうとする。
 と、そこにエリスが立ちふさがった。

「ギース!」

 腕を組んで顎を逸らして、いつもの仁王立ち。

「今度会った時は料理を教えなさいよ!」
「だから嫌だっつの。しつけえなあ」

 ギースは後ろ頭をポリポリと掻きつつ、その脇を抜ける。
 ついでとばかりに、ルイジェルドの肩をぽんと叩いた。

「じゃ、旦那も達者でな」
「お前もな。あまり悪さはするなよ」
「わかってるって」

 ギースは今度こそひらひらと手を振りながら、雑踏へと消えていく。
 あっさりしたものだった。
 二ヶ月、一緒にいたとは思えない。
 本当にあっさりとした別れだった。

 と、サル顔は雑踏に消えていきそうになり。
 ふと、振り返った。

「あっ、そうだ先輩。冒険者ギルドには忘れず顔出せよ!」
「……ん? おう!」

 金は稼がないといけないだろうし、冒険者ギルドには行く。
 しかし、なぜ今それを言うのだろうか。

 わからないが、ギースは俺が返事をするのを聞くと、雑踏へと消えていった。


---


 まずは宿を探す。
 宿を取るというのは、俺たちが町に来た時の基本行動だ。
 ミリシオンでは、宿は大通りから離れた所に多い。
 路地を抜けて少し歩くと、宿屋街のような場所に出た。
 ひと通り見て回った後、一つの宿に決定。 

 『夜明けの光亭』

 この宿は、大通りからは少々外れた場所にある。
 だが、スラム街よりは遠く、治安も悪くない。
 各種サービスも充実しており、C~Bランク冒険者の向けの宿と言える。
 日当たりが少し悪いのが、欠点と言えば欠点か。

 宿を取り、部屋で旅の整理をして、
 時間があれば冒険者ギルドを含めた町の要所を見て回り、
 さらに時間が余れば適当に自由時間を満喫した後、
 宿に戻って作戦会議。
 それが一連の流れである。

「もっと安い所に泊まればいいじゃない……」

 エリスは呆れ顔でそう言った。
 彼女のいうことももっともだ。
 金は節約すべき。
 俺が常々言っている事だ。
 だが、今は少しだけ余裕がある。
 三ヶ月間、ドルディアの村を警備して得たお金。
 そして、ギュエスからもらった金。
 二つ会わせてミリス金貨七枚とちょっと。
 稼がなければならないのは確かだが、今すぐ金欠に陥るというほどでもない。
 だから、これぐらいの贅沢はいいだろう。
 俺だって、たまには柔らかいベッドで眠りたいのだ。

「まあ、たまにはいいじゃないですか」

 呆れるエリスを尻目に部屋へと入る。
 なかなかに小奇麗ないい部屋だ。
 部屋の隅にテーブルと椅子が用意されているのがいいね。
 部屋には鍵も掛けられるし、窓には鎧戸が付いている。
 生前の世界におけるビジネスホテルにすら遠く及ばないが、
 この世界の宿屋としては十分すぎるほどである。

 さて、宿に入った後の行動は決まっている。
 装備の手入れと、補充すべき消耗品をメモ。
 ベッドを乾燥に掛け、シーツも洗濯、ついでに掃除。
 この動作はルーチンワークと化しており、指示を出さずとも全員が無言で動いた。

 全てが終わる頃、日が落ちて周囲が暗くなった。
 到着したのが昼下がりだったからか。
 ギルドに行く時間がなくなってしまった。
 まあ、一日や二日ギルドに行くのが遅れた所で、大した事はない。

 宿の隣の酒場で食事を終え、部屋へと戻ってくる。
 三人で車座に座り、顔を突き合わせる。
 作戦会議の時間である。

「それでは、チーム『デッドエンド』の作戦会議を始めます。ミリス首都について初めての会議です、盛り上げていきましょう」

 俺が拍手、と口にして手を叩くと、
 エリスとルイジェルドがおざなりな拍手を返してくれた。
 ノリが悪いが。まあいいか。

「さて、ようやくここまでやってまいりました」

 俺はまず、しみじみと、そんな言葉を口にした。

 長い道のりだった。
 魔大陸で一年とちょっと、大森林で四ヶ月。
 一年半。
 一年半も掛けて、ようやく。
 ようやく、人族の住む領域にたどり着いたのだ。

 危険な場所は抜けた。
 ここからは街道も整備されているし、道も平坦だ。
 今までに比べれば、安全といっても過言ではないだろう。

 もっとも、距離としてはまだまだ長い。
 ミリスからアスラまで。
 世界を半周するような距離だ。
 いくら移動しやすい道のりといっても、距離が縮まるわけではない。
 やはり一年ぐらいかかるだろう。
 となると、一番の問題は……。
 金である。

「とりあえず、しばらくこの町で金を稼ぎたいとおもいます」
「なんで?」

 エリスの疑問に、丁寧に答える。

「魔大陸、大森林と渡って来ましたが、人族の領域は物価が高いです」

 と、俺は今までに調べた相場を思い出す。
 ザントポートの相場を調べる事はできなかったが、
 魔大陸の全体的な相場と、宿場町での物価は覚えている。
 それに比べると、ミリス神聖国やアスラ王国の物価は高い。
 この宿の金額も、魔大陸の宿の相場から見れば眼が飛び出るほどである。

 人族は貨幣というものを他種族よりも重要視している。
 意地汚いとは言うまいね。

「ミリスの貨幣価値は高いです。
 アスラ王国の次に高く、世界では二番目。
 物価も高いのですが、依頼料も高いそうです。
 魔大陸のように町に行く都度、一週間滞在して金を稼ぐより、
 この町で一ヶ月ほど金稼ぎに集中した方が効率がいいでしょう」

 ミリスの貨幣価値は高い。
 という事は、ミリスで今後に困らないぐらい金を稼いでおけば、
 中央大陸南部を通る時も、金に困る事は無くなるはずだ。

「スペルド族が船に乗るのにいくら掛かるのかもわかりませんしね」

 船というと、エリスは露骨に嫌そうな顔をした。
 船酔いのことを思い出したのだろう。
 彼女にとっては嫌な思い出だが、俺にとってはいい思い出だ。
 何度もお世話になっています。

「ここで金を貯めて、一気にアスラまで移動します。
 もしかするとスペルド族の宣伝はできないかもしれませんが、
 ルイジェルドさん。それでもいいですか?」

 ルイジェルドはこくりと頷いた。
 まあ、スペルド族の宣伝は俺が好きでやってる事だしな。

 俺としては、もっと腰を落ち着けてスペルド族の汚名返上に尽力したい所だ。
 半年か、一年か。
 大きな町なら、それだけ影響力も強いはずだ。

 だが、ここに来るまでに一年半の歳月を費やしてしまった。
 一年半。
 短くは無い。
 これ以上、時間は掛けたくない。

 考えて見れば、一年半も消息不明なのだ。
 俺の家族だって心配しているはずだ。
 彼らはどうしているだろうか。

 と、そこまで考え、手紙を出していなかった事に気づいた。
 出そう出そうとは思っていたのだが、色々あって忘れてしまっていた。

 手紙か。
 よし。

「明日は休日にしましょう」

 休日、という概念は、今までもたまに使ってきた。
 最初はエリスを気遣って作ったものだったが、
 途中からは自分自身を休めるためだった。
 エリスは疲れを見せないし、ルイジェルドもタフガイだ。
 情けない軟弱者は俺だけ。

 もちろん、俺だって生前に比べれば体力はついている。
 二人には敵わないが、この世界における一般的な冒険者ぐらいの体力はある。
 だから、肉体的に疲れるわけではない。
 精神的なものだ。
 俺は心が弱い。
 魔物を一匹殺すたびに変なストレスが溜まるのだ。

 もっとも、今回は疲れているわけではない。
 情報収集、ギルドでの依頼確認、その他もろもろ。
 とやっていれば、きっと手紙の事なんて忘れてしまう。
 今までだってそうだったのだ。
 だから、今回は忘れないように、明日一日を手紙を書くことに費やす。

「ルーデウス、また身体の調子が悪いの?」
「いえ、今回は別件です。手紙を書こうと思いまして」
「手紙?」

 エリスの問いに、俺はこくりと頷く。

「はい、無事を知らせる手紙です」
「ふぅん……まあ、ルーデウスにまかせておけば大丈夫よね」
「ええ」

 明日は、手紙を書く。
 ブエナ村のことを思い出しつつ、パウロやシルフィに手紙を書こう。
 手紙は出すなと言われていたが、
 何、こんな状況だ、パウロも嫌とは言うまい。
 出した手紙がたどり着く可能性はそれほど高くない。
 アスラ・シーローン間でロキシーと文通していた時も、
 七通に一通は届かなかった。
 なので、同じ内容の手紙を何通か別便で出したものだ。
 今回もそうする事にしよう。

「二人はどうしますか?」
「私は、ゴブリン討伐をしてくるわ!」

 俺の問いに対し、
 エリスから、そんな返答が帰ってきた。

「ゴブリン?」

 ゴブリンというと、あのゴブリンだろうか。
 人の半分ぐらいのサイズで、棍棒等を装備し、
 黄緑色の肌をしており、繁殖力旺盛で、
 ファンタジー系のエロゲーには高確率で登場し、
 AVの汁男優のごとき役割を果たすという。

「このあたりにはゴブリンが出るって、さっき町中で聞いたのよ。
 冒険者ならゴブリンぐらい見ておかないと!」

 エリスは元気よく言った。
 ゴブリンとは、この世界におけるネズミのような存在だ。
 繁殖力が強く、人に悪さをする。
 一応は言葉が通じるので魔獣の類に属されるが、
 言葉が通じるだけで本能のまま生きる個体が多数を占めるので、
 増えてきたら駆除される。

「わかりました。ルイジェルド、護衛を……」
「ゴブリンぐらい一人で大丈夫よ!」

 俺の言葉を遮って、エリスが大声を上げた。
 心外だと言わんばかりの顔である。

 俺は考える。
 エリスは強い。
 ゴブリンはランク的にはEランクで戦う魔物だったはずだ。
 魔大陸にはいないので実際に見たことはないが、危険性は低い。
 多少剣術をかじっただけの子供でも倒せる相手だ。
 対し、エリスはBランクの魔物とも対等に戦える。

 それにルイジェルドという護衛をつけるのは、
 さすがに過保護すぎるだろうか……。

 いやでも、女冒険者がゴブリンに敗北すれば肉奴隷一直線だ。
 この世界のゴブリンについてはよく知らないが、
 俺の世界のゴブリンはだいたいそんな感じだった。
 もし俺がゴブリンで、運よくエリスを気絶させることができたら。
 それはもう充実したゴブリン毎日を送ってしまうだろう。
 誰だってそうする。
 俺だってそうする。

 十中八九大丈夫だと思う。
 けれど。
 けれども、だ。
 俺が目を離した隙にエリスがそんな事になったら、
 ギレーヌやフィリップに合わせる顔がない。

「ルーデウス。大丈夫だ。やらせてみろ」

 考え込んでいると、ルイジェルドが助け舟を出した。
 珍しい。
 この一年半、ルイジェルドはエリスにあらゆる相手への戦い方をレクチャーしていた。
 教え方は俺には理解しにくいものであったが、エリスはきちんと学んでいた。
 なら……大丈夫か。

「わかりました。エリス、相手が弱いからって決して油断しないように」
「もちろんよ!」
「準備はしっかりしていってください」
「わかってるわ!」
「危なくなったら、脱兎の如く逃げるんですよ」
「わかってるってば!」
「万が一の時には相手の手を掴み、大声で『この人痴漢です』と……」
「しつこいわね!
 私にだってゴブリン討伐ぐらい出来るわよ!」

 怒られてしまった。
 まだ不安は残るが、ここは歴戦の戦士(ルイジェルド)の言葉を信じることにしよう。

「でしたら、僕から言うことはありません。頑張ってください」
「ええ、頑張るわ!」

 エリスは満足そうに頷いた。

「で、ルイジェルドさんはどうします?」
「俺は知り合いと会ってくる」

 ルイジェルドから知り合いなどという単語を聞くのは初めてだ。

「ほう、知り合いですか。ルイジェルドさんにも知り合いなんていたんですね」
「当たり前だ」

 ずっとボッチかと思っていたが……。
 そりゃ五百年も生きていれば、知り合いの相手の一人や二人存在するか。
 なぜここ、ミリシオンに来て、と思わなくもないが、
 逆にこれだけ広い町だからこそ、
 ルイジェルドの知り合いが住んでいるのかもしれない。

「どういう方なんですか?」
「戦士だ」

 また戦士か。
 てことは、その昔、魔大陸で助けた系の人かな。
 ま、余計な詮索はすまい。
 親じゃあるまいし、
 休日に誰と会うのかを詳しく聞くなんてなぁ、野暮ってもんだ。


---


 翌日、エリスとルイジェルドはそれぞれ出かけていった。
 俺もまた、紙とペン、インクを買いに町に繰り出す。

 ついでに、ミリス神聖国の物価についても調べておく。
 食料品については、魔大陸よりもかなり安い。
 品揃えも魔大陸のそれとは比べ物にならない。
 肉や魚はさばきたての新鮮なモノが並んでいるし、
 嬉しい事に生野菜も売られている。

 何より驚いたのは卵だ。
 鶏卵が極めて安い価格で売っているのだ。
 新鮮な卵、今日採れたての卵が、である。
 魔大陸でも時折、卵を売っている店はあった。
 だが、鳥ではなく、魔獣の卵だった。
 インプリンティングを利用して調教するのだ。
 もちろん、食料品には適していない。
 気安く目玉焼きにできるような値段ではない。

 ちなみに、この世界にも養鶏はある。
 ブエナ村にも、鶏を飼っている人がいた。
 正確には、鶏によく似た鳥、だが。
 ミリスでも養鶏が盛んに行われているらしい。

 久しぶりにご飯に溶いた生卵をぶっ掛けて食ってみたいという衝動にかられる。
 TKG。
 卵掛けご飯。
 完全食である。

 しかし、ご飯と醤油が無い。
 市場を探してみたが、やはり売っていないらしい。
 アスラ王国同様、ミリス神聖国の主食もパンであるらしい。

 もっとも、この世界には米があることは確認済みだ。
 米を主食としているのは、中央大陸の北部から東部に掛けてである。

 シーローン王国でも米が出てくると、ロキシーの手紙に書いてあった。
 肉、野菜、魚介類などを混ぜてチャーハンだかパエリアのようにして食べるのが主流だそうだ。

 しかし、しかしだ。
 あの辺りでは、養鶏が行われていないらしい。
 気候が合わないのか、鶏がいないのか、
 とにかく、鶏卵が滅多に手に入らないそうだ。

 また、醤油というものも見たことがない。
 植物辞典によると、大豆によく似た植物はあるようなのだが、
 それを発酵させてソースにする、という試みは行われていないようだ。
 もっとも、探せばあるかもしれない。
 卵と米は存在しているのだ。
 いずれ手に入れてみせよう。
 そして食べよう、卵かけごはんを。

 卵の衛生状態なんか気にしない。
 お腹を壊したら解毒で治せばいいんだからな。


--- 


 市場調査を終え、宿へと戻りながら、
 手紙の文面はどうしようかと考える。

 思えば、パウロやシルフィに手紙を送るのはこれが初めてだ。

 ボレアス家での事から書くべきだろうか。
 いや、それより生存報告が大事か。
 魔大陸に転移されてからの事でいいだろう。
 思えば、色々あったな。
 スペルド族と旅をして、
 魔界大帝に会って、
 獣族の集落で三ヶ月過ごして……。
 信じてくれるだろうか。
 少なくとも、魔界大帝に出会って魔眼をもらった話は信じてくれまい。
 信じようが信じまいが、事実として書きはするが。

 獣族の集落といえば、
 ギレーヌは無事なのだろうか。
 あの強さだし、よほど変な場所に転移しない限りは大丈夫だと思うが……。

 ボレアス家の面々も心配だな。
 フィリップ、サウロス、ヒルダ。
 そして、執事のアルフォンスや、メイドの人々。
 サウロス爺さんはどこにいっても元気よく大声出してそうだが。

 などと考えながら、細い路地へと入る。

 ミリシオンには、こうした細い路地が多い。
 遠目からみると綺麗な碁盤目だが、
 長いこと建物を建てたり崩したりをしたせいで建物の大きさや位置が少しずつズレ、
 こうした細くてジメジメした路地が出来るのだ。
 もっとも、碁盤目に並んでいるからか、迷う心配は無い。

 なので、俺は帰り道は違う道を通るのだ。
 もしかすると、恋人の小径とか見つかるかもしれない。
 うちの赤毛はちょっと乱暴者だが、あれでいて綺麗なものをきちんと愛でる感性はあったりするようだし、
 一ヶ月も滞在するとなれば、デートをする機会もあるだろう。
 その時にステキな場所に案内して好感度アップって作戦よ。


 などと考えていると、細い路地の向こうから、五人ほどの男が急ぎ足で向かってくるのが見えた。
 冒険者風ではない。
 どちらかというと町のチンピラか。
 やや威嚇気味な服装だ。
 一言で言えば、若いねぇ。

 しかし、こんな狭い路地にそんな大人数で入ってくるのは関心できない。
 道というのは譲り合いだ。
 いくら俺が子供で、ナリが小さいとはいえ、
 そんな道一杯に広がって歩いたら、お互いにぶつかってしまうだろう。
 ここは極悪不良高の番長(笑)に会った時のように、
 一列縦隊で目線を斜め下方に向け、お互いに譲り合い……。

「どけ!」

 俺は素直に壁に張り付いた。

 いや、勘違いしないでほしい。
 俺は余計な争いを避けただけだ。
 彼らは急いでいるようだったし、
 俺は急いでいないわけだし。

 別に、DQNっぽかったから避けたわけではない。
 ホントだよ?
 嘘じゃないよ。
 それにな、人を見かけで判断できない。
 チンピラ風だけど、実は名のある剣豪でした、なんて事もある。
 自分の強さを過信して相手の暴力を注意したら、
 実は相手は狂乱の貴公子でした、デッドエンド。
 なんてこともありうるのだ。
 なにせ、道端で餓死寸前の幼女が魔界大帝だってことがありうる世界だからな。
 うん。
 余計な争いは避けるに限る。

 と、思ったのだが。

 通り過ぎた瞬間、真ん中の二人が麻袋を持っているのが見えた。
 二人がかりで、脇に抱えるように。
 そして、その袋からは、小さな手がはみ出ていた。
 恐らく、あの中には、子供が一人、入っているのだろう。

(……また人攫いか)

 この世界は、本当に人攫いが多い。
 犯罪者はスキを見ては子供を攫おうとしている。
 アスラ王国でも、魔大陸でも、大森林でも、ミリス神聖国でも、
 大体どこにでも人攫いがいる。

 ギース曰く、人攫いは儲かるのだそうだ。
 現在、世界は多少の紛争はあるものの概ね平和で、
 奴隷といえば中央大陸の中部や北部から多少流れてくる程度。
 しかし奴隷を欲する人は多い。
 特にミリス神聖国やアスラ王国といった裕福な国では。

 つまる所、需要に対して供給が足りないのだ。
 攫えば高値で売れる。
 ゆえに人攫いはいなくならない。
 道理だね。
 人攫いを撲滅するには、大規模な戦争が起こるしかないらしい。

 さて、しかし子供か。

 五人で運んでいるってことは、計画的な犯行なのだろうか。
 麻袋に入っているのは、高名な人物のご子息あるいはご息女とか。

 正直、あまり関わりあいになりたくない所だ。
 子供を助けたら、一味と勘違いされて牢屋に入る。
 そんな苦い思い出がつい何ヶ月か前にあったばかりだ。

 じゃあ、見捨てるか?
 いや、まさか。
 この世界から人攫いは無くならないのと、
 俺がそれで苦い経験をしたのと、
 子供をたすけないのは、全部別の話である。

 『デッドエンド』の掟その一。
 子供は見捨てるな。

 『デッドエンド』の掟その二。
 子供は絶対に見捨てるな。

 『デッドエンド』は正義の味方。
 悪者はすべからく撃破。
 子供はおしなべて救出。
 そうやって少しずつスペルド族の名を広めるのだ。

 俺は五人の後を追った。


---


 俺の隠密スキルはレベルアップしていたようだ。
 ドルディアの村でエリスたちに近づくために鍛えたからだろうか。
 五人は俺に尾行に気づく事無く、一軒の倉庫へと入っていった。
 迂闊な奴らだ。
 ま、俺を見つけたければ、鼻を鍛えるんだな。
 発情の臭いを嗅ぎとれれば一発だぜ。

 倉庫の場所は冒険者区の一画。
 俺の泊まっている宿よりも、さらに奥まった場所にある。
 通りには面していなくて、細い路地からしか入れない。
 馬車はもちろん入れないし、道が狭いので大きな荷物も入らない。
 なんでこんな所に倉庫なんて作ったんだと、責任者を呼びたくなる。
 そんなデッドスペースに建っている。

 恐らく、倉庫が先で、周囲の建物が後なのだろう。
 俺は男たちが入っていったのを確認し、裏に回った。
 土の魔術を使って自らの身体をエレベート。
 明かり取り用の窓から中へと入った。

 雑然とつまれた木箱の一つに身を隠し、様子を伺う。

 五人はあれこれと話し合っている。
 どうやら、隣の酒場に大勢の仲間がいるらしい。
 仕事が終わったから誰かを呼んでこいと言っているのが聞こえる。

 仲間を呼ばれる前に片付けるか、
 それとも、仲間の顔を確認した上で、子供だけを助けるか。
 俺はもちろん、後者を選ぶ。
 なので、しばらくは、この木箱の中に待機だ。

 しかし、暗かったのでよく確かめなかったが、この木箱には一体何が入っているのだろうか。
 どうやら布である。
 というのはわかるが、服というには少々小さい。
 しかし、包まれていると不思議と安らかな気分になる。
 一つを手にとって見る。
 この感触、形、覚えがある。
 立体的に縫製された布には、三つの穴が開いている。
 一部分だけ布が二重になっており、
 その部分からは、そこはかとないステキなサムシングを感じる。

「って、パンツじゃねえか!」
「誰だ!」

 し、しまった!
 見つかった。
 くそう。こんな罠を用意しているとは。卑劣な。

「木箱の中か?」
「出てこい!」
「おい、団長たちを呼んでこい」

 まずい。
 もたもたしているうちに仲間を呼ばれてしまった。
 計画変更だ。
 子供だけサッと助けてサッと逃げよう。そうしよう。
 しかし顔を見られてしまう。

 いや、問題ない。仮面は手元にある。
 フオォォゥ!
 気分はエクスタシー!
 なんちゃって。
 正体を隠すためにローブもクロスアウトしようかと思ったが、
 よくよく考えると、買い物のために出てきたので、
 ローブも着用していないし、杖も持っていなかった。

「うおっ!」
「ぱ、パンツをかぶってやがる……」
「変態だ……」

 男たちの度肝を抜きつつ、登場、そして口上。

「力と力のぶつかり合う狭間に、
 己が醜い欲望を満たさんとする者よ、
 その行いを恥じと知れッ!
 人、それを……『外道』という!」
「だ、誰だお前は!」
「『デッドエンドのルイジェルド』だ!」
「なにぃデッドエンドだ?」

 あー、いかん、しまった!
 ついいつもの癖で名乗ってしまった。
 ここは『お前たちに名乗る名前はない』だった。
 ごめんなさいルイジェルドさん。
 あなたは今日からパンツを被って人助けをする変態です!
 でも、ちゃんと子供は助けますから!

「人攫いめ! お前たちのせいで、今一人の男が濡れ衣を着せられたぞ! 絶対に許しはしない!」
「おいガキ、正義の味方ごっこなら他所でやれよ。俺たちはな」
「問答無用! さんらいずあたーっく!」
「ぐげぇ!」

 とりあえず、岩砲弾を撃ちこんだ。
 やはり先手必勝はいい。
 思えば、魔界大帝を変態ロリコンオヤジの魔の手から救った時も、
 こうやって先手を打ったものだ。

「そーらそら!」
「げぇ!」
「うごぉ!」

 またたく間に四人気絶。
 俺は少年の元へと駆け寄る。

「大丈夫か少年! と思ったら、気絶してる……」

 どこかで見たことのあるような少年だ。
 ホント、見覚えがある。
 あれ?
 どこで見たっけな。
 思い出せない。
 まあいい。こんな事をしてる暇はない。
 早くしないと敵の増援がきてしまう。
 と、思ったら倉庫の入り口にゾロゾロと男たちが現れた。

「うおっ! みんなやられてるじゃねえか!」
「ガキだが手練れだぞ、はやく団長たちを呼んでこい!」
「団長、今日はそうとう飲んでるぞ!」
「飲んでても強いから!」

 二人が抜け、外へと走っていく。
 すでに十人以上いるのだが、まだ増援が来るらしい。
 ヤバイな。
 非常にヤバイ。
 やっぱ見捨てた方が良かったかもしれない。
 あるいは、明日にでもルイジェルドに相談するとか。
 失敗した。
 もう、全員倒して突破するしかない。

「なんて奴だ、パンツなんてかぶりやがって」
「もしかして、パンツを盗みにきたんじゃないの!」
「女の敵ってこと!?」

 よく見ると、数名ほど女性が混じっていた。
 ごめんルイジェルド。
 本当にごめん。

 心の中で平謝りしつつ、戦闘を開始した。

 幸いにして、彼らは強くはなかった。
 のこのこと走って近づいてこようとするのを、岩砲弾で迎撃。
 彼らはそれが回避できず、だいたい一発で気絶した。
 武器も持っていなかったし、魔術師もいないようだ。
 楽勝だな。

「ち、近づけねえ」
「なんだよあれ、魔力付与品(マジックアイテム)でも使ってるのか!?」
「団長はまだか!」

 半分ほど気絶させた所で、残りが浮き足立った。
 これならいける、そう思った時。

「おう、待たせたな」

 増援は現れた。
 本当にお早い到着だ。
 隣の酒場にいたらしいし、当然か。

 物腰の鋭い五人を引き連れて。
 悠々と倉庫の入り口に立っていた。

 どこかで見たことのあるような男だと思った。
 懐かしい感じのする顔だ。
 しかし、これまた思い出せない。
 そんなことより、後ろにいる巨乳のねーちゃんの方が重要だ。

 ビキニアーマー。
 この世界では珍しくもないのだが、
 肌の露出が極めて高い。
 魔大陸でもこんな露出狂みたいな女はいなかった。

 他の女はしっかりとローブを着込んでいたりするから、
 彼女だけが異様に目だって見える。

「チッ、好き放題やってくれやがって。
 ヒック……てめえらは手を出すなよ。
 ガキ一人に大勢で掛かるこたぁねえ、俺一人でやる」

 男は腕に自信があるようだが、足はフラフラだ。
 遠目にも、酒を飲んで顔が赤いのが分かる。
 しかし、本当にどこかで見たような顔だ。
 茶髪で、DQNっぽくて、若干、パウロに似てるか。
 声もパウロそっくりだ。
 けど、パウロとは似ても似つかない。
 パウロを窶れさせて、顔から余裕をなくせばあんな感じになるか。
 なんとなく、本気で攻撃するのを躊躇いたくなる顔だ。

「てめえ、うちの団員相手に好き勝手やってくれやがって、
 覚悟はできてんだろうなぁ!」

 戦闘に立つ男が気炎を吐いて、二本の剣を抜いた。
 二刀流か。
 恐らく、達人系の剣士だろう。
 岩砲弾でなんとかなるか?
 いや、しかし、殺すのはちょっと……。

 迷う俺に、男は突っ込んでくる。
 一手遅れた。
 俺は反射的に岩砲弾を放った。
 男の反応は早かった。

 右手の剣を斜めに構えると、岩砲弾を受け流したのだ。

「水神流か!」
「それだけじゃねえぜ!」

 男の踏み込み。
 俺は反射的に衝撃波を放ちつつ、後ろへと飛んだ。

「ヘッ!」
「おっと!」

 予見眼を使い、先を見つつ回避する。
 男の剣速は早い。
 だが、やや足元がおぼつかない。
 酔っているせいだろうか。
 これならなんとかなるか。

「チッ、アイツみてぇな動きしやがる……!
 ヴェラ! シェラ! 手を貸せ!」

 先ほどのビキニアーマーと、魔術師っぽい格好の女が前に出てくる。

 ビキニアーマーが俺の横へと回りこみ、
 魔術師が詠唱を始める。
 まずいな。

 男の攻撃は苛烈。
 俺は回避に精一杯だ。
 が、まだ手はある。

「ワッ!」
「うっ!」

 声の魔術を使い、男の動きを一瞬だけ停止。
 同時に衝撃波で男をふっ飛ばし、岩砲弾を魔術師に飛ばす。
 さらに、切り込んでくるビキニに対し、予見眼を使い、カウンターを打ち込む。

 魔術師は詠唱に集中している所に岩砲弾を打ち込まれて気絶。
 ビキニは殴られてたたらを踏んだが、まだ大丈夫らしく、らんらんと眼を輝かせて俺を睨んでくる。
 そして、男も迫る。

「シェラ! てめぇ、よくも!」

 男が踏み込んでくるのを、泥沼を発生させて妨害。
 男は無様に泥沼に足を取られ、転んだ。

「団長!」

 よそ見しちゃいかんよ。
 と、口に出す事もなく、俺は無言で岩砲弾を射出。
 ビキニも気絶。

「ヴェラ! ちくしょう!」

 男が片方の剣を鞘に戻し、もう片方を口に加えた。
 予見眼。
 <四つん這いで走ってくる>
 犬かこいつは。

 俺は岩砲弾で迎撃しつつ、背後へと距離を取る。
 しかしここは狭い倉庫。
 接近を阻めるようなものはない。

「うおおらぁ!」

 四つん這いから、身体にひねりを加えながらの跳躍。
 獣じみた動きの中で、腰の剣を抜刀。
 斬撃は鋭い。
 奇妙な体勢から、身体を大きくひねるように斬撃が繰り出される。
 <同時に、口に加えた剣を左手に持ち替え、逆手での一撃>

 奇抜な攻撃。
 俺の予想を上回る。
 予見眼が無ければ、これを回避することはできなかっただろう。

 斬撃は俺の鼻先をかすめた。
 鼻に、ジンとした痛み。

「……」

 心臓がバクバクと鳴り始める。
 俺は男を殺そうとは考えていなかった。
 だが、奴は俺を殺そうとしていた。
 そんな当たり前の事実に、いま気づいた。

 俺も本気を出さなければ、やられる。
 そう思い、俺は腰を深く落とす。
 ルイジェルドと、そしてエリスとの訓練を思い出す。

 男の獣じみた動きは、
 どちらかというと、本気を出した時のルイジェルドの動きに近い。
 だが、この男の身のこなしはルイジェルドほどではない。
 奇抜なだけだ。
 やれるはずだ。
 次に来たら、カウンターで……。

 と、思った所で、男の動きが止まっている事に気づいた。
 ふと見ると、俺の顔を覆っていたパンツが地面に落ちている。
 まずい、顔を見られ……。

「お前、ルディか……?」

 ルディ。
 俺をその名前で呼ぶ男は、一人しかいない。
 そして、その呆気に取られた声は、
 怒声の混じった、酔っぱらいのダミ声ではなく、
 ひどく聞き慣れたものだった。

「……父様?」


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 久しぶりに会ったパウロ・グレイラットは、
 頬はげっそりと窶れ、目の下には隈があり、
 無精髭を生やして、髪はボサボサで、
 息は酒臭く、全体的にやさぐれていた。

 俺の記憶にあるパウロとは、似ても似つかなかった。
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