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無職転生 - 異世界行ったら本気だす -  作者: 理不尽な孫の手
第4章 少年期 渡航編
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第四十一話「ドルディアの村のスローライフ・前編」

 牢屋から出ると、外は豪雨だった。


 雨期がきたのだ。

 これから三ヶ月、集中的な豪雨が続くらしい。

 地面は洪水のようになり、まともに歩けなくなる。

 ゆえに大森林に住む者たちは、木の上で暮らすのだ。



---



 今回の誘拐事件は、かなり特殊なケースであったらしい。


 密輸組織の企てた大規模な誘拐作戦。


 彼らはドルディアの守り神たる聖獣を誘拐する計画を立てた。

 どうしてそんなものを攫おうと思ったのかは、わからない。

 だが、聖獣は特別な生き物だから、手に入れたいと思う者も多いらしい。

 

 さて、聖獣を普通に誘拐するのは難しい。

 仮に拐えたとしても、鼻の効く戦士たちに猛追され、すぐに取り返される。


 そこで、密輸組織は雨期を狙った。


 雨期は三ヶ月続く。

 そのため、どこの集落も準備で忙しくなる。

 各村の戦士たちも手一杯である。


 また、雨期の最中は船を出すことが出来ない。

 つまり、雨期が来る直前に聖獣を誘拐し魔大陸へと運んでしまえば、

 戦士たちに追いかけられることなく、完璧に逃げ切ることが出来る。


 もちろん、獣族だって警戒はしている。

 雨期の準備中、子供は外に出ないようにと言いつけ、大人も警戒する。

 言うまでもなく、聖獣だってきっちりと守られている。


 なので、密輸組織はさらに一計を案じる。

 まず、周辺の人攫いたちを全て雇い、時期を待つ。

 そして、ある時期に各地を襲撃し、一斉に女子供を攫わせた。


 戦士たちは慌てた。

 今年は誘拐の被害が少ないと気が緩んでいた所、

 いろんな集落の子供が一斉に攫われたのだ。


 さらに、密輸組織は事前に用意しておいた武装集団を使い、各地の集落を攻撃した。

 この時、ドルディア族の村に被害はなかった。

 ドルディア族の戦士たちにも救援要請が飛び、戦士たちは手分けして各地の集落の防衛に手を貸した。

 そして、ドルディア族の村の警備が手薄になった所、

 密輸組織は精鋭を使って『ドルディア族の村』を襲撃。

 族長の孫娘たちと同時に、聖獣の誘拐に成功する。


 各地で騒ぎを起こしてから本命を奪取する電撃作戦。


 武装集団の攻撃。

 子供たちの誘拐。

 そして聖獣の誘拐。

 こうなると、いくら獣族の戦士が優秀であっても、手が足りない。


 ギュエスとギュスターヴは、まず子供を諦めた。

 戦士団をまとめあげて、村の防衛に当たらせると、

 自分たちは聖獣の捜索を開始した。

 それだけ、聖獣というのは、村にとって特別な存在であるらしい。


 聖獣を攫ってから船が出るまで、二日も無い。


 密輸品の保管場所を発見できたのは、運がよかったのだそうだ。

 むっとする血の臭いと、一瞬あがった火。

 この二つが、あの建物を二人に発見させる鍵となったらしい。

 俺たちのおかげだね。


 しかし、なぜ聖獣と同じ場所にルイジェルドを運んだのだろうか。

 まあ、大規模な作戦のようだし、色々と手違いがあったのかもしれない。

 もしくは、いざという時にルイジェルドの手枷を外して暴れさせるつもりだったのかもしれない。



 さて、ここからは俺の知らない話だ。

 この一週間、俺をほったらかしにして何をやっていたのか。


 上記の話を聞いたルイジェルドは、密輸人に対して怒りを露わにしたらしい。

 彼は出港前の船を襲撃しようと提案。

 どの船に子供が乗っているかわからない、奴らは獣族の鼻を隠蔽する方法を知っている。

 とギュスターヴが言えば、

 額の眼でわかる、と胸を張って答えた。


 エリスはというと、その作戦には参加せず、

 子供たちの護衛を引き受けたらしい。

 それはもう満面の笑みで。

 これもグレイラット家の血かね。


 さて、ルイジェルドたちは襲撃に成功。

 あえなく密輸組織の船は発見され、密輸組織のメンバーは全員、半殺しで捕らえられた。

 船の中から、わらわらと捕まった子供が出てきた。

 五十人ぐらいいたらしい。


 さて、子供たちを助けてハッピーエンド。

 とはならなかった。


 雨期前の最後の便を襲撃したということで、ザントポートの役人が出張ってきたのだ。

 もちろん、ギュスターヴ、ギュエスはそれに抗弁。

 獣族の誘拐・奴隷化はミリス神聖国と大森林の族長たちの間で禁止されている。

 それを水際で阻止しただけだ、咎められるのはおかしい、と。


 これを聞いてザントポートの役人もヒートアップ。

 事前に一言ぐらい説明があってもいいはずだと主張。

 だが、襲撃は出港ギリギリで行われた事である。

 説明などする暇はなかった。


 そして、五十人だ。

 子供は五十人。

 五人や十人ではない。

 あらゆる集落から一人や二人は子供が攫われているのである。

 ザントポートはそれを一切、捕まえていない。

 それどころか、役人は賄賂を受け取り、見てみぬフリをしている。

 これは条約違反である。


 これを放置するなら、

 獣族とミリス神聖国の間に大きな亀裂が入る。

 最悪、戦争になる。

 そういうレベルまで話が大きくなった。


 最終的に、ザントポート側は引き下がった。

 獣族に対し、多額の賠償金を支払う事となった。


 その交渉と、さらわれた子供を親元に返したりで約一週間。

 俺のことは後回しとなり、一週間も放置されたわけだ。

 まあ、仕方ないかね。

 むしろ、そんな大事をよく一週間で終わらせたと思うよ。


 でもな。

 ルイジェルドは獣族に感謝されてご満悦。

 エリスは獣族の子供に囲まれて満面の笑み。

 俺は牢屋でサル顔の男とフリーダムライフだ。


 納得できるもんじゃない。

 ていうか、途中で牢屋から出すとかしてくれてもいいよな。



---



 俺が不満を口にすると、ギュエスは謝った。


「本当にすまなかった」


 それは、獣族版の土下座だった。

 俺は仰向けになったギュエスに腹を見せつけられた。

 最初はおちょくられているのかと思った。

 腹を見られながら、けれど、ギュエスの声音は必死だった。


 まさか娘を救ってくれたとは思わず、

 まさか聖獣様の封印まで解いてくださったとは思わず、

 そんな恩人を裸に剥いて冷水まで浴びせてしまうとは。

 そして、それを途中で忘れて、外事に没頭してしまうとは、

 これはもうどんな事をしても許されることではない。

 もはやこの首を差し出して許しを請うしかない。

 そう言われた。


 けど、見張りの人は許してほしい。

 彼女は自分の指示で仕事をしていただけだと。

 彼女は雨期が終わったら結婚するらしいので、

 罰を与えるにしても、女性に屈辱的でないものにしてほしいと。

 そうでなければ禍根が残ると。

 そう言われた。


 はっきり言って、ドン引きだった。

 そんな、みんなが見ている前で逆土下座とかされても、困るだけだって。

 なあ。

 そんな引き締まったシックスパックを魅せつけられても嫉妬するだけだって。

 それより、見張りのお姉ちゃんの……いや。なんでもないです。


「全ては誤解から生まれた事です。

 何、私は気にしていません」


 ここは菩薩・DE・ルーデウスだ。

 俺は大人だからな。

 貫禄ってやつを見せてやろう。


 そうとも。

 悪いのは、全部密輸組織さ。

 その密輸組織が壊滅したんだ。

 ハッピーエンドさ。

 俺も苦労した、あんたらも苦労した。

 それでいいじゃないか。

 俺が何か言ってミソを付ける事もない。


 牢屋の生活も楽しかったしな。

 飯もうまかったし、ギースもいたし。

 お世話係のお姉さんは綺麗だったし。


「寛大なお心、族長である儂からも、感謝いたします」


 と、俺の反応を見て、ギュスターヴと名乗る老戦士が偉そうに言った。


 ……ギュエスはいいけど、お前も謝っていいんじゃない?

 一応、あの場にいて指示を出したの、あんただよね?

 まあ、いいけどさ。

 ジジイの土下座なんて見たくないし。

 そんなものより見張りのお姉ちゃんの以下略。


 ルイジェルドも眉根を寄せていた。


「俺も謝ったほうがいいか?」

「いえ、ルイジェルドさんは別にいいですよ」

「いいのか? だが、俺の……」

「ルイジェルドさんも一週間、我慢したじゃないですか」


 獣族もルイジェルドの事を認めてくれたしな。

 すでにギュスターヴもギュエスも、ルイジェルドがスペルド族という話は聞いたらしい。

 スペルド族に対して彼らがどういう感情を持っているかはわからない。

 けれど少なくとも、今のルイジェルドは子供を助けた英雄だ。


 俺が我慢してルイジェルドが名声を得られた。

 なら、結果オーライだ。

 過程はどうあれ目的を達成してるのに、俺が不満をいう事はない。


「フンッ!」

「ごぉふ!」


 そう思っていると、エリスがツカツカと前に出てきて、

 ギュエスのむき出しの腹を蹴り飛ばした。

 そして、


「汝の求める所に大いなる水の加護あらん、

 清涼なるせせらぎの流れを今ここに、ウォーターボール」


 無防備なギュエスに、容赦なく水弾を叩きこんだ。

 唖然とする周囲。

 エリスは腕を組んだいつものポーズで、高らかに言った。


「これでおあいこね!」


 さすがエリスだと思った。


---



 さて、現在位置はギュスターヴの家である。

 木の上にある家で、この村で一番大きな家だ。

 木の上の三階建て木造建築。

 地震とか来ても大丈夫なのだろうか、と思うが、

 中で大人が走り回ってもビクともしないのだとか。


 彼らはデドルディア族。

 デドルディア族の族長ギュスターヴ。

 その息子、戦士長のギュエス。


 俺が密輸人から助けたのは、ギュエスの次女のミニトーナ。

 長女のリニアーナは、別の国に勉強に出しているらしい。


 そして、助けた中にはアドルディア族の娘も混じっていた。

 アドルディア族の族長の次女テルセナだ。

 おっぱいの大きな犬っこだ。

 アドルディアの里に戻る予定だったが、

 途中で雨期が来てしまったので、三ヶ月ここに泊まるらしい。



 ちなみに、獣族の中でも、ドルディアの血が入っている種族は、ある国の貴族に高く売れるらしい。

 特に、調教しやすい子供はよく狙われるのだとか。


 ある国の貴族。

 どっかで聞いた話だな!


「アスラ貴族の風上にも置けないわね!」


 そこのエリス君!

 何を他人ごとのように言っていますかね!

 多分、最初にグが付くネズミっぽい家名の人たちが大いに関係していますよ!


 エリスの実家のメイドたちの出自は聞いたことが無いが、

 もしかすると、そうやって攫われてきた人もいたかもしれない。

 サウロスもいい人なんだけど、ちょっと見方が変わりそうだな。

 うん、とりあえずこの事は黙っていよう。

 言わなくてもいい事は、言わないほうがいいのだ。


 と、俺が思っていると、

 エリスはふと思い出したらしく、自分の身に着けていた指輪を見せた。


「そういえば、ギレーヌって知ってる?

 これ、この指輪、ギレーヌのなんだけど……」


 彼女は獣神語が出来ない。

 ゆえに人間語である。

 この場で人間語が出来るのは、俺とルイジェルドを除けば、

 ギュスターヴとギュエスだけである。


「ギレーヌ……?」


 と、ギュエスが渋い顔をした。


「あいつは……まだ生きているのか?」

「え?」


 その声は、嫌悪感にまみれていた。

 吐き捨てるような声だった。

 そして、最初の一言。


「あいつは一族の面汚しだ」


 その言葉を皮切りに、ギュエスによる、

 ギレーヌのバッシングが始まった。


 人間語で、エリスに聴かせるように。

 ギレーヌという人物がいかに不出来で、

 いかに自分の妹として相応しくないか、

 という内容を、感情のこもった声で淡々と語り続けた。


 ギレーヌに命を助けられた事もある俺としても、聞くに堪えない内容だった。


 彼女はこの村で、そうとうあくどい事をしてきたらしい。

 だが、それは所詮、子供の時の話だ。


 俺の知っているギレーヌは、不器用な頑張り屋だ。

 改心し、心をいれかえている。

 こんな言われ方をする人じゃない。

 尊敬すべき剣の師匠であり、自慢すべき魔術の生徒だ。


 だから、ちょっと、なんていうか。

 やめてくれよ。


「その指輪も、あいつが無闇矢鱈と暴れないようにと母が上げたものだが、まったく意味はなかった。あいつは壊すことしか能のない木偶の坊だ」

「あんた……」

「うるさい! あなたにギレーヌの何がわかるのよ!」


 俺の言葉を遮って、エリスが金切り声で叫んだ。

 家が割れるかと思う大音声に、デドルディアの一家は顔をしかめた。

 人間語のわかるのはギュスターブとギュエスだけである。

 突然叫んだエリスに、他の数名は唖然としていた。


 俺はエリスは暴力を振るうと思った。

 けど、エリスはただ悔しそうな顔をして、目に涙を浮かべて、

 拳をブルブルと震わせながらも、殴りかかることはしなかった。


「ギレーヌは私の師匠よ!

 一番尊敬してる人なんだから!」


 俺は知っている。

 エリスとギレーヌがどれだけ仲がよかったかを。

 エリスが一番信頼していたのが誰なのかを。

 俺なんかよりずっと。


「ギレーヌはすごいんだから!

 すごく、すごいんだから!

 助けてって言えば、すぐに来てくれるんだから!

 すごく足が早くて!

 すごく強いんだから!」


 エリスは、自分でも意味のわかっていないであろう言葉を羅列し始めた。

 その悲痛な声は、内容がわからなくても、意味が通じるものだった。

 少なくとも、俺の気持ちは全て代弁してくれていた。


「ギレーヌは……ひっく……えぐっ……。

 そんなこと……言われるような……ひっく」


 殴りかからずに涙を浮かべ、エリスは頑張った。

 そうだ、ここでギュエスを殴ってはいけない。

 ギレーヌは、この村において、暴力に生きてきた。

 好き放題暴れてきた。

 エリスが殴れば、ギュエスはそれ見たことかと言うだけだ。

 お前もあいつも、同じ穴のムジナだと。


 ギュエスはと見ると、彼は混乱していた。


「いや、そんな……まさか、ギレーヌが……尊敬? そんな馬鹿な……」


 それを見て、俺は怒りを鎮めることにした。


「この話題は、やめにしておきましょう」


 俺はエリスの肩を抱きつつ、そう進言した。

 進言した俺を、エリスは信じられないという顔で見た。


「なんでよ……ルーデウス……ギレーヌの事、嫌いなの?」

「僕だってギレーヌの事は好きですよ」


 けど、


「僕らの知っているギレーヌと、

 彼らの知っているギレーヌは、

 同じ名前の別の人です」


 そう言って、混乱しているギュエスを見る。

 彼だって、今のギレーヌと会えば考えを改めるだろう。

 年月は人を変えるのだ。

 俺が言うんだから間違いない。


 エリスは納得がいってないようだった。

 けれど、一応の溜飲は下げたらしい。


「いや、その、ギレーヌは本当に、

 そんな立派な人間になっているのか?」

「少なくとも、僕は尊敬しています」


 そう言うと、ギュエスは思いつめた顔になった。


 まあ、今の話を聞いた所、

 彼とギレーヌの間でも、色々あったのだろう。

 それはもう、ハラワタの煮えくり返るような事が。

 血のつながった関係ってのは、結構シビアなのだ。

 肉親だからこそ。

 何年経っても、許せないことはある。


「なので、謝ってもらえますか?」

「……すまなかった」


 なんとも微妙な空気になってしまった。



 それにしても、ギレーヌか。

 この一年ですっかり忘れていたが、

 彼女もあの転移に巻き込まれたはずだ。

 一体、どこで何をしているのか。

 彼女のことだから、俺とエリスを探してはいると思うが……。

 ザントポートで情報収集をできなかったのが悔やまれる所だ。



---



 一週間が過ぎた。

 ずっと雨が降り続いている。

 俺たちは、村の空き家の一つをもらい、そこに暮らしている。

 一応、大森林の英雄ということで、毎日何もしなくても飯が来る。

 これはよくない生活だ。堕落する。



 木の下は大洪水で、ある時、里の子供が落ちて大変な事になっていた。

 魔術で助けてやると、大層驚かれ、感謝された。


 なら、いっそ魔術で雲を吹き飛ばしてやろうか、と思ったが、やめておいた。

 ロキシーも言っていたが、あまり天候を操作するのはよくない。

 この雨を無理矢理止めれば、大森林にとって良くない事が起こるかもしれない。

 ぶっちゃけ、さっさと降り止んで先を急ぎたいんだが。


 まあ、三ヶ月ぐらいで止むらしいから、それまで我慢だ。



---



 雨の中、村を散策してみる。

 やはり村だからか、武器屋防具屋宿屋の類はなかった。

 基本的には民家と倉庫、そして兵士の詰所だ。

 それらが全て、木の上にある。

 村の構造は立体的で、実に面白い。

 歩いているだけでワクワクしてくる。


 一箇所、コレ以上奥には入ってはいけないと言われる場所があった。

 その通路の奥に、この村にとって大事な場所があるらしい。

 もちろん、俺だってそんな場所に土足で踏み入るつもりはない。



 そんな時、上下で通路が交差した場所を見つけた。

 そこで上に女性が通らないか期待して待っていると、ギースが歩いてきた。


「よう新入り、もう出られたのか?」


 呼びかけると、ギースは嬉しそうな顔をして手を振った。


「おう。もう二度とやるなよってさ。バカだよなあいつら。やるに決まってるじゃねえか」

「犬のオマワリさーん! こいつ懲りてませーん!」

「まてこら。おいこら、やめろこら。

 今は雨季で逃げられねえんだからやんねえよ」


 今は雨期で。

 ということは、またこいつはやるんだろう。

 まったく、どうしようもない男だ。


「あ、ベスト返しますね」

「だからいきなり敬語はやめろって。

 ベストはもらっとけ」

「いいんですか?」

「この時期、まだ寒いだろうが」


 でも、悪い人じゃなさそうだ。

 この適当で温かい感じ、パウロを思い出すね。

 パウロ。

 元気してるかな。



---



 二週間が経過した。

 雨はやまない。


 なんでも、ドルディア族には秘伝の魔術があるという事を知った。

 遠吠えを利用して敵の位置を探ったり、

 特殊な声で相手の平衡感覚を失わせたりする魔術だそうだ。

 ギュエス相手に俺が麻痺したのも、その魔術の一種であるらしい。


 聞いた感じ、『音』を利用した魔術らしい。

 なのでぜひとも教えてくださいとギュスターヴに頼み込んだ。

 快く承諾してくれた。


 何度か実演してもらい、真似する。

 が、中々うまくいかない。

 ドルディア族の特殊な声帯がなければ使えるものではないらしい。


 そんなこったろうとは思っていた。

 恐らく、種族のオリジナル魔術は俺にはほとんど扱えないと言っても過言ではなさそうだ。

 獣族とかは人族の魔術を使えるのに、ズルいよね。


 声に魔力を乗せる、という基礎は分かったので何度か試してみたが、

 どうにもイマイチ効果が出ない。

 俺にできるのは、相手を一瞬だけビクンとさせるぐらいだった。

 ワ○ャンにはなれないらしい。


 ちなみに、ギュスターヴに無詠唱の魔術を見せると、大層驚いていた。


「最近の魔術学校はそんなものも教えるのか」

「師匠の教えがよかったからですよ」


 と、意味もなくロキシーをプッシュ。


「ほう、その師匠はどこの出身なのかね?」

「魔大陸のビエゴヤ地方のミグルド族ですね。

 魔術は……魔法大学で習ったんじゃないでしょうか」


 俺もそのうち魔法大学に行くつもりだというと、

 ギュスターヴは「ほう、それだけできてまだ向上心があるのか」と感心していた。


 ちょっといい気分になった。



---



 1ヶ月が経過した。

 この村にも魔物は出る。

 水の上を、あめんぼのような虫がスルスルと移動してきて、

 唐突に飛び上がって攻撃してきたり、

 海蛇のような奴が木を伝って登ってきたり。

 どいつの素材が儲かるんだったか。


 ちなみに、村は戦士団が守っている。

 しかし、この雨では獣族自慢の鼻も、声を使ったソナーもあまり役にはたたないらしい。

 魔物は度々、監視の眼を抜けて町中に出没した。


 村の中をエリスと散歩していると、

 目の前で、獣族の子供が一人、カメレオンみたいな爬虫類に捕まりそうになった。

 とっさに土砲弾でカメレオンを撃墜した。 

 危ないところだった。


 子供は可愛らしく尻尾を振って、お礼を言ってくれた。

 エリスがそれを見て、鼻息を荒くしていた。

 慌ててエリスの尻を撫でて止めた。

 子供は嬉しそうに駆けていった。

 危ないところだった。

 そして今、俺の命も危険である。


 ルイジェルドにその事を話すと、彼は顔をしかめた。

 子供に危険が及ぶような状態は見過ごせまい。

 とはいえ、村の警備を手伝うのは反対のようだった。


「この村には、この村の戦士たちのプライドがある」


 そういうのがあるらしい。

 村を守るのは、村の戦士の役目。

 よその戦士が頼まれもしないのに出しゃばってはいけない。

 それがルイジェルドの常識だそうだ。

 俺にはさっぱりわからない。


「そんな事より子供の安全の方が大事なんじゃないでしょうか」


 そう言うと、ルイジェルドは数秒ほど考えた後、

 ギュエスに話を聞いてみる事になった。


「おお、ルイジェルド殿が手伝ってくださるのですか!」


 ギュエスには大歓迎された。

 彼のルイジェルドに対する評価はものすげー高かった。

 そういえば、ギュエスも船を襲撃するイベントには参加したらしい。

 村の戦士団を代表して礼金も出す、と言ってくれた。


 村で見かけた魔物は退治する事にした。


 ルイジェルドが見つけ、俺が魔術で倒す。

 そして死体を回収し、素材を剥ぎ取る。

 ギュエスはそれを買い取ってくれる。

 実にいいサイクルだ。


 最初、ルイジェルドの予想通り、村の戦士たちはいい顔をしていなかった。

 だが、俺たちが容赦なく村に入ってきた魔物を殲滅すると、

 今年の雨期は犠牲者無しで済みそうだ、と顔を綻ばせていた。


「獣族はもっと誇り高い種族だと思っていたが……、

 他の種族に村の守備を任せて安堵しているとは、まったく……」


 ルイジェルドだけが、そんな事をボヤいていた。

 どうやら、数百年前の獣族と違うらしい。



---



 1ヶ月半が経過した。

 雨脚がちょっと弱まってきた気がする。

 多分気のせいだが。


 エリスとトーナ、テルセナが仲良くなっていた。

 言葉は通じなくとも、あの年頃だと仲良くなれるのだろうか。


 雨だというのにあちこちに移動しては、なにやら楽しそうにしている。

 何をしているのかと思ったら、エリスが人間語を教えているらしい。

 あの、エリスが、人に、言語を、教えているのだ!


 ここで教師面して割り込んで、エリスの顔を潰すこともあるまい。

 俺は空気が読める男だからな。

 こうやって近くに隠れて観察するだけだ。


 エリスは同年代の友達がいなかった。

 なので、こうして同じぐらいの年齢の子と仲よくしているのを見ると、俺もほっこりする。

 赤毛と、猫耳と、犬耳。

 それらが楽しげにじゃれあっているのを見ているだけで、俺は十分だ。


 でもなエリス。

 あまり無闇矢鱈と抱きついたりしない方がいいと思うんだ。

 俺みたいに誤解されるかもしれないからな。


 ほら、あっちを見ろ。

 ギュエスさんが見ているじゃないか。

 そんな鼻の穴を大きくして娘に抱きついているのを見て、親はどう思うかな?


「ふむ、エリス殿、娘と仲よくしていただいて、ありがとうございます」


 あ、あれぇ?

 俺の時と反応が違うくないですか?

 その娘、今間違いなく発情の臭いとかしているはずですよ?

 やっぱり男と女だと違うのか。

 そうか、そりゃそうか。当たり前か。


「時に、ギレーヌの件は申し訳ありませんでした。随分と会っていないので誤解していましたが、あの妹も、外の世界を歩くことで、少しは成長しているようですね」


 ギュエスが頭を下げる。

 ここ一ヶ月で、彼の中でもあれこれと整理がついたのかもしれない。

 いいことだ。


「そりゃそうよ。剣王ギレーヌだもの! あのね、今のギレーヌは魔術だって使えるのよ」

「ははは、ギレーヌが魔術? エリス嬢は冗談がうまい」

「本当よ! ルーデウスがギレーヌに文字と計算と魔術を教えたんだから」

「ルーデウス殿が……?」


 その後、エリスによる、俺とギレーヌの猛プッシュが始まった。

 フィットア領における、俺の授業の話だ。

 自分とギレーヌがいかに物覚えが悪かったかという事から始まり、そんな自分とギレーヌは、最後まできちんと教えてくれたルーデウスを尊敬しているとか、そんな話だ。

 聞いていて、照れ臭くなってしまった。

 3年目で転移したから、最後までは教えられてないんだけどね。


 ギュエスはしきりに関心していた。

 そして、三人と別れると、俺の隠れている木箱の前へとやってくる。


「それで、その尊敬されるべき師匠は、こんな所で何をやっておられるのか?」

「しゅ、趣味の人間観察です」

「ほう、それは高尚な趣味をお持ちのようだ。時に、ギレーヌにはどうやって文字を教えたのですか?」

「どうもこうも、普通にです」

「普通に……? 想像もつきませんね」

「冒険者時代に、勉強不足で色々と苦労をしたみたいですしね。想像が付かないのも当然かと」

「そうですか。あの妹は、昔から気に食わない事があれば誰かを殴らなければ気が済まない奴でしたが……」


 聞く所によると、ギレーヌは昔のエリスみたいな少女だったらしい。

 何かと言えば喧嘩をして、しかも強かったので中々止まらない。

 ギュエスは何度も煮え湯を飲まされたのだとか。

 妹に力で敵わないとは、ダメなお兄ちゃんだ。


 お兄ちゃんと言えば、俺もお兄ちゃんだったな。

 ノルンとアイシャは元気にしているだろうか。

 そうだ。

 手紙を書こうと思って、ずっと忘れていたんだ。

 この雨がやんだらミリス神聖国の首都に行くし、ブエナ村に手紙を出すとしよう。

 魔大陸からでは届かない場合も多いが、ミリスからなら届くだろう。


「ところでルーデウス殿」

「はい」

「いつまで木箱の中に入っておられるのですか?」


 もちろん、彼女らが着替えを始めるまでだ。

 もうすぐ夜だからな。

 彼女らはこれから水浴びをして寝間着に着替えるのだ。


「すんすん……発情の臭いがするな」

「ええっ! いや、そんな馬鹿な。どこかで獣好きな少女が恍惚とした表情を浮かべているのでは?」


 すっとぼけると、ギュエスの眉がピクリと動いた。


「ルーデウス殿。先の一件は感謝している。

 勘違いであんな事になり、申し訳ないという気持ちは今でもある」


 そう前置きして、ギュエスは豹変した。


「だが、娘に手を出すというなら話は別だ。

 今すぐ出てこないと箱ごと水に叩き落とすぞ」


 本気だった。

 俺は迷わなかった。

 1秒で箱を出た。

 黒ひげも危機一髪なスピードだ。


「自分はこの村を守る者だ。

 あまり言いたくないが……ほどほどにしてくれ」

「はい」


 うん。

 まあ、ちょっと調子に乗りすぎてたな。

 反省。


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