第四十話「無料アパート」
こんにちは。元ヒキニートのルーデウスです。
私は本日、いま話題の無料アパートへときています。
敷金礼金ゼロ。
家賃ゼロ。
二食昼寝付きの1ルーム。
建材は温かみのある木材、ブナっぽい何か。
ちょっと日当たりが悪くて、ベッド(藁製品)に虫が湧いているのが難点ですが、それでもこのお値段は安い。
なにせ、家賃ゼロ、ですからね。
トイレは最新のツボ式。
部屋の隅にあるツボに用を足し、ツボに排泄物が溜まったら、部屋の隅の穴に捨てるセルフタイプ。
水道はなく、衛生面に少々難がありますが、魔術が使えれば問題ありません。
特に、私のように熱湯を出せる魔術師であれば、衛生面の問題も解決と言えるでしょう。
食事は二回。
現代人には少々物足りないかもしれません。
しかしながら、この食事はなかなかのもの。
緑の多い土地特有の、野菜や果物。そして肉。
味付けは薄く、素材の味を生かした料理は、魔大陸での生活に慣れた者なら、誰もが舌鼓をうつことでしょう。
さて、このアパートの目玉。
それはなんと言っても、安心のセキュリティ構造。
見てください、この堅牢な鉄格子。
コンと叩いてみても、グッと引っ張ってみても、ビクともしません。
魔術で解錠すると開いてしまうのは難点ですが。
この頼もしい鉄格子を見て、中に入りたいと思う泥棒はいないでしょう。
でも、犯罪者は入ってくるんです。
牢屋ですもん。
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俺はあの後、暗い森の中を運ばれた。
ギュエスの背中で身動きせず、ただただ運ばれた。
暗い森、凄まじいスピードで木々が流れていく。
視界の端には、銀色の毛玉がついてきている。
まだ子犬だというのに、随分と体力があるらしい。
移動時間は二、三時間といった所だろうか。
かなり長い時間、ギュエスと呼ばれた獣族の戦士は走っていた。
そして、どこかに到着し、その足を止めた。
「聖獣様は家に戻っていてください」
「わふん」
銀色の毛玉は一声返事をすると、トコトコと闇へと消えていった。
目だけを動かし、周囲を探る。
木々の密集しているそこに人の気配は少ないように感じる。
ただ、木の上に、チラホラと明かりが見えた。
ギュエスはまたしばらく歩き、木の一つに近づいた。
俺を肩に担いだまま、どこかのハシゴに手を掛け、スルスルと登っていった。
どうやら、木の上に運んでいるらしい。
建物の中に入る。
誰もいない、ガランとした木造の小屋。
そこで、俺はギュエスに衣類を全て剥ぎ取られた。
まさか、動けない俺にナニを……。
と、一瞬だけ思ったが、
ギュエスは俺の首根っこを掴み、ポンとどこかに投げ入れた。
少し遅れて、ギィーと金属の軋む音が聞こえ、ガチャンと何かが落ちた。
そして、ギュエスはいなくなった。
何の説明もなかった。
特に尋問もされなかった。
しばらくして体が動くようになり、指に火を灯して周囲を確認。
堅牢な鉄格子を見て、ここが牢屋であることがわかった。
俺は牢屋にぶちこまれたのだ。
それはいい。
それは話の流れから理解できていた。
俺は密輸人と間違われたのだ。
だから、慌てることはない。
誤解はすぐにでも解けるだろう。
しかし、なぜ衣服を全て剥がされたのだろうか。
そういえば、あの小屋の子供たちも全裸だった。
そういう文化なのだろうか。
獣族は全裸にされると屈辱とかあるんだろうか。
……いや、全裸にして恥ずかしいのは獣族に限らないか。
古来より、捕虜は裸にして心を折れと言われている。
ここはファンタジックな世界だが、
俺の愛読書でも、捕虜になった女騎士が全裸に剥かれていた。
どこの世界でも共通なのだ。
暗がりの中、俺は考える。
とりあえず、明日にでも話を聞いてもらおう。
もし、仮にそこで納得してもらえずとも、問題ない。
あの後、どうやら老戦士はルイジェルドを追っていったらしい。
となれば、子供たちと鉢合わせになるはずだ。
ルイジェルドは誤解されやすいが、
子供を助けにきた戦士と敵対するような事はないはずだ。
子供たちは無事に助かり、俺が密輸人だという誤解も解ける。
どちらにせよ、俺の身は安全だ。
老戦士も、自分が戻るまで尋問だか拷問はするなと言っていた。
だから安全だ。
多分、触手をけしかけられたりすることなんて無い……よね?
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と、そんな事を考えて、丸一日が経過した。
時間が経つのは早いものだ。
牢屋にぶちこまれた日の朝、見張り番の人が現れた。
女性だった。
戦士風の格好をしていたが、
ギレーヌよりもスラッとしていた。
ただし胸はでかい。
俺は彼女に「冤罪です、僕は何もやっていない」と主張した。
密輸組織とは関係なく、偶然あの建物に子供たちが捕まってる事を知り、
義憤にかられて子供たちを助けたのだと説明した。
しかし、見張り番の女は聞く耳を持ってくれなかった。
桶一杯の水を持ってくると、騒ぐ俺にぶっかけた。
冷水だった。
彼女は濡れネズミになった俺を、ゴミを見るような目で見下ろして、言った。
「変態が……!」
ブルっときた。
すごい拷問だと思った。
全裸に剥いて、こんな綺麗な獣耳のお姉さんに視姦させ、
あまつさえ冷水をぶっ掛けて、言葉攻めまで付いてくるとは。
これは心が折れる。
こいつらは老戦士の言いつけを守るつもりなんか無いのだ。
俺はどうなってしまうのだろうか……。
くっ、神よ、俺を守りたまえ……。
……いや、人神は引っ込んでいていいよ。
「ぶぇっくしょん!」
冗談はさておき。
何か着るものが欲しい。
この格好はフリーダムすぎて人としての常識を忘れそうだ。
とりあえず、風邪を引く前に火魔術『バーニングプレイス』で体を温めておいた。
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2日目。
ルイジェルドが助けにきてくれない。
2日も全裸のままだと、不安が鎌首をもたげてくる。
ルイジェルドに何かあったのだろうか。
あの老戦士と戦いになってしまったのだろうか。
それとも、密輸人との事がこじれたのだろうか。
あるいは、エリスの身になにかあって、それの対処に追われているのか。
不安だ。
実に不安だ。
なので、脱走を検討してみる。
昼下がり、飯の後、俺は静かに魔術を使った。
風と火をミックスさせた、温風の魔術である。
これで部屋全体をポカポカと暖かくする。
見張りの人は、次第にうとうととし始め、クークーと眠りはじめた。
チョロい。
俺は鉄格子を解錠し、そろそろと外へと出てみる。
人がいないことを確認しつつ、建物から出る。
そこには、幻想的な風景が広がっていた。
木の上に町があった。
建物は全て木の上にあり、木々には足場が組まれている。
木と木は橋のようなもので繋がっており、
下に降りなくても村中を行き来できるようになっている。
地面には特に何もない。
簡素な小屋や畑の跡のようなものが見えているが、使われてはいないようだ。
地面では生活しないのだろうか。
人はそれほど多くなかった。
木の上の足場を、チラホラと獣族っぽい人たちが歩いているのが見える。
木の上の橋を通れば下から丸見えで、下を通れば上から丸見え。
そして俺は、あらゆる意味で丸見え。
見つからずに逃げる事は難しいだろう。
もっとも、見つかった所で、逃げる事は出来る。
後先を考えないのなら、どこか手頃な木に火でもつけ、
その混乱に乗じて、森へと飛び込めばいい。
しかし、森だ。
道がわからない。
ギュエスはかなりの速度を走っていた。
町まではかなりの距離がある。
俺が全力で走ったとしても、直線距離にして、6時間といった所か。
迷うのがオチだ。
魔術で土の塔を作り出し、高い位置から位置を確認する、という手もある。
だが、そんな目立つことをしていれば、すぐにギュエスが追ってくるだろう。
奴が使った魔術の正体もわからない。
対策も取らずに戦えば、また負けるかもしれない。
そして、次は逃げられないように足とか斬られるかもしれない。
もう少し、状況の変化を待った方がいいかもしれない。
まだ二日だ。
老戦士も、まだ戻ってきていない。
ルイジェルドたちと、子供の親を探しているのかもしれない。
焦ることはない。
俺はそう判断し、牢屋の中へと戻った。
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3日目。
門番さんの持ってくる飯がうまい。
さすが自然の多い所だと違うな。
魔大陸とは段違いだ。
基本的はよくわからない草のスープと、
クズ肉っぽい何かの固め焼きって感じだが、
どちらもうまい。
魔大陸での食事に慣れたせいだろうか。
牢屋にいる相手への食事でこれだ、
きっとここの集落の連中はよほどうまいものを食っているに違いない。
一応褒めてみると、門番さんはおかわりを持ってきてくれた。
反応を見るに、この人が作ってくれているのかもしれない。
もっとも、やはり口は聞いてくれない。
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4日目。
暇だ。
することがない。
魔術を使って何かをしてもいいが、
あまり目立つようにやると、猿轡とか手錠とか付けられそうだ。
付けられた所でどうってことは無いが、
わざわざ自分から不自由になることをすべきではない。
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5日目。
ルームメイトが出来た。
外が騒がしいと思ったら、冒険者風の男が牢に叩きこまれたのだ。
獣族の屈強な男に両脇を抱えられて、蹴り転がされるようにして入ってきた。
「ちくしょう! もっと丁寧に扱いやがれ!」
獣族は喚く男を無視し、外へと出ていった。
男は打ち付けた尻を「イテテ」と撫でながらゆっくりと振り返った。
俺は涅槃仏のポーズで、彼を出迎えた。
「ようこそ。人生の終着点へ」
もちろん全裸である。
男はギョっとした顔で俺を見ていた。
冒険者風の男。
全体的に黒っぽい服装で、関節各所だけ皮のプロテクターをつけている。
当然ながら、武器の類は持っていない。
もみあげが長く、ル○ンみたいなサル顔だ。
もっとも、サル顔というのは比喩ではない。
彼は魔族なのだ。
「どうした? 新入り。何か不思議なことでもあるのか?」
「い、いや、なんていうか」
男は狼狽した顔で、俺を見ていた。
恥ずかしいじゃないか、そんなに見つめるなよ。
「……裸なのに、随分偉そうなんだな?」
「おい新入り、口の聞き方に気をつけろよ。
俺はここにきてお前より長い。
つまり牢名主で、先輩だ。敬えよ」
「お、おう」
「返事はハイだろうが」
「はい」
なんで俺は初対面相手にこんなに偉そうにしているんだろうか。
暇だからだ。
「残念ながら座布団は無い、そこらへんに適当に座れ」
「は、はい……」
「で、新入り。お前はなんでブチ込まれたんだ?」
ぞんざいな口調で聞いてみる。
新入りは年下に生意気な口を聞かれて怒るかとおもいきや、
唖然とした顔で、俺の問いに答えてくれた。
「や、イカサマがバレてよ」
「ほう、ギャンブルか。ジャンケンかね? 鉄骨渡りかね?」
「なんだそりゃ。サイコロだよ」
「サイコロか」
きっと、4・5・6しか出ないサイコロを使ったんだろう。
「つまらん罪で捕まったもんだな」
「そっちの罪は?」
「見てわかるだろ? 公然わいせつ罪だよ」
「なんだそりゃ」
「裸で銀色の子犬を抱きしめたら、ここにブチ込まれたのさ」
「あ、噂になってたぜ。
ドルディアの聖獣が性獣に襲われたって」
うまいことを言う奴がいるようだね。
もっとも、それは冤罪だ。
まあ、こいつに主張した所でしょうがないか。
「愛らしい生き物への獣性……新入り、お前も男ならわかるだろ?」
「わかんねえよ」
男の俺を見る目が、得体のしれないものを見る目に変わった。
いや、変わってないか、最初からか。
「で、新入り、名前は?」
「ギースだ」
「大佐か?」
「たいさ? いや、冒険者だ、一応な」
ギース。
はて、どこかで聞いた事があるような気がする。
どこだったか。
思い出せない。
まあ、似たような名前は多そうだが。
「俺はルーデウスだ。
お前より年下だが、ここでは先輩だ」
「へいへい」
ギースは肩をすくめながら、ごろんとその場に横になり、
ふと、顔を上げた。
「ん? ルーデウス。どっかで聞いたことあるな」
「どこにでもある名前だろうが」
「ハッ、ちげえねえ」
涅槃仏が向かいあわせになった。
もっとも、片方は全裸だ。
おかしな話だ。
この牢屋で最も偉い俺様が裸で、新入りが服をきているんだ?
おかしな話じゃないか。
「おい新入り」
「なんだよ先輩」
「そのベスト、暖かそうだな。くれよ」
「はぁ……?」
ギースは露骨に嫌そうな顔をしながら、
しかし、毛皮のベストを脱いで、俺に放ってくれた。
意外と面倒見のいい人なのかもしれない。
「あ、どうもありがとうございます」
「礼は言えるんだな」
「そりゃもう。何日もフリーダムスタイルでしたからね。久しぶりに人として復活した気分ですよ」
「敬語はやめろよ、先輩」
かくして、俺は江戸時代の鼻たれ小僧のような格好になった。
見張り番の人がムッとした顔をしていたが、特に何も言われなかった。
「このベストから、新入りのぬくもりを感じるなり……」
「おい、お前もしかして、男もイケるとかいうんじゃねえだろうな」
「そんなまさか。女の子なら下は12、上は40までイケますけど。
男は女の子みたいな顔をしてないと無理ですよ」
「女みてえな顔してりゃいけるのか……」
ギースは信じられないという顔をしていた。
でも、こいつだってきっと、好みの女がエクスカリバーを引き抜いたアーサーだったらマーリンになるのさ。
性的な意味でな。
「ところで新入り。少し聞きたい事がある」
「なんだよ」
「ここはどこ?」
「大森林、ドルディア族の村の牢屋だ」
「あたしはだれ?」
「ルーデウス、犬コロに手を出す全裸の変態だ」
もう全裸じゃないんだがね。
あと、冤罪だよ。
俺は変態じゃない。
「で、そのドルディア族の村で、魔族のお前がなんでギャンブルに精をだしてたわけ?」
「ああん。昔の知り合いがドルディア族だったから、もしかすっといるかと思って尋ねたんだよ」
「いたのか?」
「いなかったよ」
「いなかったけど、ギャンブルしちゃう? イカサマやっちゃう?」
「バレねえと思ったんだがなあ」
ダメだこいつ。
でも、役に立つかもしれないな。
「新入り。おまえ、イカサマ以外に何が出来るんだ?」
「なんでも出来るさ」
「ほう、例えば、ドラゴンを素手でぶちのめすとか?」
「いや、そういうのは無理だ。俺は喧嘩は弱ぇんだ」
「例えば、百人の女を同時に相手取るとか?」
「一人だけで十分だな、多くても二人だ」
最後に、声を潜めて、見張り番の人に聞こえないように、ぽつりと言う。
「例えば、ここから逃げ出して町までたどり着けるとか?」
言うと、ギースは身体を起こし、ふと見張り番を見てから、頭をボリボリと掻いた。
そして、顔を寄せてくる。
ひそひそと。
「お前、逃げるつもりか?」
「仲間が来てくれないので」
「ああ……そりゃなんつうか、残念だったな」
おいやめろ。
その言い方だと、まるで見捨てられたみたいじゃねえか。
ルイジェルドは俺を見捨てたりなんかしないやい。
きっと今頃、何か大変な事が起こってるんだい。
俺の助けを待ってるんだい。
「一人で逃げろよ。俺は関係ねえ」
「最寄りの町まで道がわからないんだよ」
「どうやってここまで来たんだよ」
「密輸人に捕まっていた子供を助けて」
「助けて?」
「ついでに繋がれていた子犬の首輪を外してたら、
いきなり獣族の男がやってきて叫び声を上げられて、
動けなくなった所を捕らえられました」
ギースは、よくわからんという顔をして頭を掻いた。
ちょっと説明不足だったかもしれない。
「あー、ってーと、あれか、冤罪か?」
「冤罪だ」
「なるほど。そりゃ、逃げたいよなあ」
「ですとも、ぜひ、お力を」
「やなこった。なんでお前に力を貸さなきゃならんのよ。
俺はすぐ出られるんだよ、お前と違ってな」
なんで、と言われてもな。
さっき言ったじゃないか。
道がわからないからだ。
森の中で死ぬまでさまようとか勘弁だしね。
ほぼ全裸だし。
「ま、冤罪なら大丈夫だろ。わかってくれるさ」
「そうだといいけどね」
俺が思うに、あのギュエスってのは人の話を聞かないタイプだ。
けど、俺が子供を助けたのも事実。
子供が戻ってくれば、自ずと俺の冤罪も晴れる。
「じゃあ、もう少し待つか」
「そうしろそうしろ。逃げたってロクな事はねえよ」
ギースはそう言って、またゴロンと寝転がった。
こいつがそう言うなら、もう少し待つか。
幸い、俺の方にはまだ余裕がある。
いざとなれば、このへん一帯を火の海にすれば、逃げ切れない事もない。
ドルディア族には悪いが、冤罪で捕まえたのは向こうだ、お互いさまだ。
子供の親を探すのに手間取っているだけだと思うがね……。
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6日目。
このアパートは実に住み心地がいい。
飯は出てくるし、空調は完備 (ただし人力)だし、
ちょっとすることが無いと思っていたが、話し相手も出来た。
寝床は虫だらけだったが、現在は温風の魔術で綺麗に殺虫済み。
トイレだけは相変わらずアレだが、
俺の排泄物を獣耳のお姉さんが処理してくれていると考えれば、興奮の一つもする所だ。
しかし、やはり不安はある。
情報が入ってこないというのは、実に不安だ。
捕らえられて、もうすぐ一週間だ。
さすがに遅すぎるのではないだろうか。
何かトラブルがあったと考えるのが普通だろう。
ルイジェルドが解決できないようなトラブル。
俺が行って何の助けになるかわからない。
もう手遅れかもしれない。
けど、行かないわけにもいかない。
明日。
いや、明後日だ。
明後日まで待とう。
明後日になったら、この村を焼け野原に……。
するのは、ちょっと申し訳ないので、
見張りの人を人質にとって、逃げよう。
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7日目。
今日で牢屋生活は最後だ。
俺は心の奥底であれこれと計画を練りつつ、
しかし表面上はのんべんだらりと食っちゃ寝している。
「そういや新入り」
俺はいつも通りの山賊スタイルで横になりつつ、ギースに尋ねた。
「なんだよ」
「この村の牢屋って、ここだけなのか?」
「なんでそんな事を聞く」
「いや、普通は牢屋に意味もなく二人もぶちこんだりしないだろ?」
「この牢屋は、普段は使われてねえのよ。
普通の犯罪者は、ザントポートに送られるからな」
犯罪者はザントポートへ。
この牢屋に入れられるのは、ドルディア族にとって特殊な犯罪者だけってことか。
俺は密輸人と間違えられ、しかも聖獣様を獣姦しようとしたという冤罪までついている。
聖獣というぐらいだから、きっとこの村にとって特別な存在なのだろう。
まさに特別な犯罪者だ。
でもまてよ。
「じゃあ、なんでお前はこの牢屋に入れられたんだ?
イカサマで捕まったんだろ?」
「知らねえよ。村内での小さな出来事だからだろ?」
「そういうもんか」
「そういうもんだ」
ちょっと違和感を覚えつつ。
俺はポリポリと脇を掻いた。
そして、ボリボリと腹を掻く。
ついでに背中もボリボリ。
なんか痒いな。
そう思って、地面を見ると、ピョンと。
一匹のノミが飛び跳ねていた。
「うおおぉぉ! このベスト、虫が湧いてんじゃねえか!」
「ん? おお、随分洗ってないからな」
「洗えよなぁ!」
俺はベストを脱ぎ捨てた。
バサバサと振ると、ボロボロと虫が落ちてきた。
すぐに熱風で死滅させる。
ゴミムシどもが……。
「おー、この間から見て思ったけど、それすげえな。どうやってんだ」
「無詠唱で魔術使ってんだよ」
「……へえ。無詠唱。そりゃすげえな」
ああ、虫に集られたと思うと、無性に全身が痒くなってきた。
とりあえず、刺された場所を一つずつヒーリング。
しかし、背中が。
地肌にそのまま着ていたせいでむっちゃ刺されてるっぽい背中が。
手が届かない。
うおお。
「おい新入り」
「なんだ」
「こっちにきて背中を掻け、痒くて敵わん」
「へいへい」
俺があぐらを掻いて座ると、ギースが後ろにきた。
ボリボリと掻いてくれる。
「ああ、そこ、そこだ。いいなお前、才能あるよ」
「言ったろ? なんだって出来るのよ。
なんだったら、肩でも揉んでやるよ」
そう言いながら、ギースは俺の肩に
やばい、こいつ手馴れてる。
思わず、背筋がピンとなる。
「おお、うまいなお前、気持ちいいぜ、ああ、次はもっと下の方だ、んふー、そこそこ……ん?」
ふと。
ふと、視線を感じた。
横をみてみる。
鉄格子の外に、七人ほど、人が立っていた。
まず、ギレーヌにちょい似の獣族の老人。
ギレーヌに激似の獣族のお兄さん。
ずっと俺を見張っていた、見張り番のお姉さん。
俺の方を指さして笑っている猫耳の少女。
俺の方を見て顔を覆いつつ、指の隙間から見ている犬耳の少女。
そして、頭がツルピカリンのスペルド族のお兄さんと、
俺の服とローブ、そして杖を持った、ボレアス家のご令嬢。
「ルーデウス……男同士で、何やってるの?」
エリスが、すっげぇ冷めた目で見ていた。
俺の今の格好。
ギースに後ろから肩を掴まれて、背筋をピンと。
そう、まるで尻を突き出すような格好をしていた。
尻の先には、ギースの股間がある。
「誤解です」
---
二人の少女の証言により、俺は釈放された。
誤解と冤罪の方はすぐにとけました。
ちなみに、ギースはまだちょっと檻の中みたいです。




