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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第4章 少年期 渡航編

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第三十九話「獣族の子供たち」

 その部屋は暗かった。

 暗闇の中で、全裸の少年少女が不安げな顔で身をよじっていた。
 それぞれ違った獣耳をしている。

 子供ばかりが七名。
 少女が四名、少年が三名。
 歳は俺と同じぐらいか。

 全員が全裸+手錠+猿轡+獣耳orエルフ耳。

 全員が後ろ手に手錠を掛けられ、身を縮こませている。
 幼気な少女が全裸で手錠。

 まさか、こんなものを本当に見る日が来るとは思わなかった。
 眼福なんてもんじゃない、若き日の観音様じゃないか。
 これが桃源郷。
 いや、天国か。
 俺はとうとう、天国に至ったのか。
 緑の赤ん坊とか見つけてないんだけど!

 と、喜びかけて、気付いた。

 一人を除いた全員に泣いた跡があり、
 また何人かの顔には青黒い痣があった。

 頭が冷えた。

 泣いて、喚いて、うるさいと殴られたのだろう。
 エリスが攫われた時もそんな感じだったしな。
 この世界では、さらってきた子供に対する遠慮とかは無いのだ。

 そして、その遠慮無しの拷問を、
 ルイジェルドが二つ隣の部屋で聞いていたわけだ。
 我慢できないわけだ。

 とりあえず、パッとみた感じ、性的な暴行を受けた形跡はない。
 まだ幼いせいか、それとも商品価値を落とさないせいか。
 どっちでもいいことだが、不幸中の幸いといった所だろう。


 いつもの俺なら、全裸の少女たちを見て、
 おっぱいの一揉みぐらいは許される、とか思う所だ。
 だが、現在の俺は、ちょっとばかし痴力が低い。
 船から降りる前に賢者に転職したばかりだからな。
 もっとも、知力の方は上がってないが。


 不自由な少年少女たち。
 少女のうち、三人は涙を流し、今もなおエグエグと泣いている。
 少年のうち二人は俺を見て怯えた表情を見せ、一人は倒れて虫の息だ。

 とりあえず、まず倒れている少年にヒーリングを掛ける。
 そして彼の手錠を外す。
 猿轡はきつく結ばれていた。
 外せない。
 仕方ないので焼ききった。
 ちょっと火傷させてしまったが、仕方ない。
 男の子だし、我慢してもらおう。

 残り二人の少年にもヒーリングを掛け、手錠を外す。 

「あ、あの……あなたは……?」

 獣神語だった。
 唐突に別言語で話しかけられたので、ちょっと戸惑う。
 しかし、獣神語はちゃんと習得している。
 ギレーヌとの会話を思い出しつつ、話す。

「助けにきました。三人で部屋の入り口を見張っていてください。
 誰かきたらすぐに教えてください」

 三人は不安そうに顔を見合わせる。

「男の子なら、それぐらい出来るだろ?」

 そう言うと、三人はキッと顔を引き締めて頷き、扉の方に走った。

 この言葉に他意は無い。
 別に視界に女子だけが入るようにしたいとかいう意味はない。

 ルイジェルドが上で暴れている。
 なので人は来ないはずだ。
 けど、万が一はありうる。
 俺は部屋にはいる前に魔眼を開眼。
 一秒先を見えるように設定してある。
 が、後ろを向いていると見えないからな。
 奇襲対策だ。


 俺は少女たちの手錠を外していく。
 おっきいのもあり、小さいのもある、そこに貴賎はない。
 俺は平等に鑑賞し、そして手錠を外すのだ。
 決して無意味に触ったりはしない。
 今宵のルーデウスは紳士と思っていただきたい。

 そして、殴られた跡のある子にヒーリングをしておく。
 お楽しみのじか……ごほん。
 治療の時間だ。
 ヒーリングは手を触れないといけない。
 だから、他意は無い。
 胸のあたりに痣がある子がいるけど、本当に他意は無い。
 この子は肋骨が折れているじゃないか、大変だ。
 っと、この子は大腿骨が折れてるじゃないか。
 まったく酷いことをするぜ。

「………」

 少女たちは手で自分たちの体を隠しながら立ち上がった。
 猿轡は自分で外していた。
 心なしか気の強そうな猫耳の子に睨まれてる気がする。

「助けてくれて……ひっく……ありがとう……」

 犬耳の子が、恥ずかしそうに身を隠しながらお礼を言う。
 もちろん、獣神語だった。

「一応聞いておきますけど、
 言葉通じてますよね?」

 獣神語で聞いてみる。
 全員が頷くのを見て、ほっと一息。
 ちゃんと喋ることが出来ているらしい。

 さて、ルイジェルドの方はまだか。
 殺戮現場に彼らを連れていくわけにも行かない。
 変なトラウマを植えつけてしまいかねない。
 なので、もう少しここでこの光景を見て……。
 じゃなくて、話を聞いておこう。

「どうしてここに連れてこられたか、聞いてもいいですか?」
「ニャ?」

 この中で、最も気が強そうな猫耳の子にたずねてみる。

 彼女は七人の中で、唯一泣いた跡が無い。
 その代わり、体中に痣があった。
 体中が打撲と骨折。
 いつぞやのエリスほどではないが、一番重症だった。
 二番目は最初に助けた少年だ。

 ただ、少年と違い、少女はその眼から力を失っていなかった。
 エリスより気が強いかもしれない。
 いや、多分彼女は当時のエリスより年上だ。
 同い年なら、ウチのエリスも負けてないはずだ。
 うん、何張り合ってんだ俺は。

 ちなみに、この子のOPパワーはこの全員の中で二番目に高い。
 かなり生意気な感じに育つと予想できる。

 ちなみにOPパワーナンバーワンはさっきの犬耳だ。
 この歳でこのレベルなら、将来はかなりだらしなくなるはずだ。
 まったくけしからん。

「森で遊んでいたら、いきなり変な男に捕まったニャ!」

 衝撃を受けた。

 ニャ!
 語尾にニャ!
 本物のニャ!
 エリスのモノマネとは違う。
 この子は本物の獣族ニャンだ。
 獣神語だからそう聞こえるわけじゃないぞ。
 彼女は確かに、語尾にニャをつけている。

 ベリーグッドだ。おっぱいを揉みたい。
 じゃなくて。

「と言うことは、全員が無理矢理攫われてきたってことですね?」

 感動を抑えて冷静に聞くと、一同こくりと頷いた。
 よろしい。

 生活が大変で親に売られたとか。
 生きていけないので自分を売ったとか。
 彼らがそういう立場であったのなら、
 俺たちのしたことはありがた迷惑になる。

 よかった。
 これは人助けだ。
 本当によかった。
 ちゃんと働いてくれた密輸人を裏切るだけの結果にならなくて、本当によかった。

「終わったぞ」

 ルイジェルドが戻ってきた。
 いつしか、頭はマリモではなくなっており、額には鉢金が巻かれていた。
 服は綺麗なもんだった。
 返り血は一切浴びていないらしい。
 さすがだね。

「お疲れ様です。
 ついでに、彼らの服を探しましょう。
 このままだと風邪を引いてしまいます」
「わかった」
「みなさん、少し待っていてください」

 俺たちは手分けして、彼らの服を探す。

 しかし、子供服の類は無かった。
 攫った時に服を剥いで捨てたのだろうか。
 何のために?
 よくわからない。
 子供を全裸にする理由も謎だ。

 とりあえず、密輸品と思わしき服を見つけた。
 サイズはデカすぎるが、これを着せるべきだろうか。
 いや、こういう品から足がつくかもしれない。
 やめておこう。

 服がない。
 切実だ。
 服が無ければ服屋にも行けないからな。

 ふと窓の外を見ると、死体が山積みにされていた。
 全員、心臓と喉を一突きだ。
 昔はこれを見て恐ろしいと思ったが、今はむしろ頼もしい。

 しかし、意外に量が多いな。
 血の匂いがすごい。
 魔物が寄ってきそうだ。
 早めに焼いとくか。

 そう思い、建物の外に出た。
 死体を前に、火弾を作り出す。

 火弾。
 大きさは、半径5メートルぐらいでいいか。
 火の魔術は火力を大きくすると、なぜかサイズも大きくなる。
 肉の焦げる匂いとか嗅ぎたくない。
 一発で消し炭にするような感じで焼く。

 すると、火力が強すぎたせいで、ちょっと建物と周囲に火が移った。
 すぐに水魔術で鎮火。
 危ない危ない、放火魔になるところだった。

「ルーデウス。終わったぞ」

 死体を燃やしていると、ルイジェルドが建物から出てきた。
 子供たちも一緒だ。
 子供たちはと見ると、きちんと服を着ている。
 服というか、羽衣みたいな感じだった。

「その服、どこで見つけたんです?」
「カーテンを斬った」

 ほう。頭いいなお前。
 おじいちゃんの知恵袋かね。


---


 建物の入り口においてあった松明に火をつけ、
 子供たちにそれぞれ持たせる。

 町までのルートは、先程とは違う道を通る事にした。
 他の密輸人に見つかったら困るのもあるが、
 あの道は恐らく、魔物に襲われないためのものだ。
 俺たちには関係ない。

「ニャー!」

 と、猫耳少女が、突然声を上げた。
 にゃー、にゃー、にゃーと、暗がりに声が響いた。

「どうしました?」

 あまり騒ぐなよ、と思いつつ聞いてみる。

「にゃあ! さっきの建物に、犬はいなかったかニャ!?」

 猫耳少女はルイジェルドの足に縋りついた。
 表情からは必死さが伺える。

「いたな」
「なんで助けてくれなかったのニャ!」

 そういえば、いたな。
 あれ、犬だったのか。
 かなりでかかったが。

「お前たちが先だ」

 ルイジェルドに非難の目が集まった。
 おいおい。
 自分たちが助けてもらったのに、その目はないだろう。

「言っておきますけど、
 君たちを助けると言い出したのは彼ですからね」
「そ、それには感謝してるニャ。だけど……」
「感謝してるんなら、お礼の一つも言ってください」

 俺がそう言うと、彼らはそれぞれ頭を下げた。
 よろしい。
 彼らはもっと感謝するべきだ。

「僕が今から引き返して助けてきます。
 ルイジェルドは彼らを連れて町へ」
「わかった、どこへ連れていけばいい?」
「町に入る前ぐらいで待っていてください」

 そう言って、俺は道を引き返す。

 どこに連れて行く、か。
 ふむ。
 難問だな。

 ルイジェルドが密入国したとバレずに、
 そして密輸組織にルイジェルドが生きていると知られないで、
 かつ子供を親元に送り届ける方法。

 例えば、冒険者ギルドに「子供を保護したので、親を探している」という依頼を出すのはどうだろうか。
 子供は冒険者ギルドに預かってもらえばいい。

 いや、いかんな。
 そんな大々的に依頼を出したのでは、密輸組織にバレてしまう。
 依頼を出すときは、必ず依頼人の名前が残るからな。
 そこからたどれば、俺達が密輸組織を使ったとしられてしまう。

 子供たちを衛兵に預け、俺達はさっさと町をでるというのはどうだろう。
 いや、事情聴取でルイジェルドと俺のことがバレるな。
 密輸組織に知られる。
 それに、もうすぐ雨期が来るという話だ。
 町を出ても、行く場所がない。

 いっそ、毒をくらわば皿まで。
 密輸組織を壊滅させてしまおうか。
 いや、相手の組織の規模もわからないからな。

 そもそも、それ以前に、
 俺達が誘拐犯だと間違われる可能性もあるのか。

 うーむ。
 これは、ちょっと。
 早まったかもしれんな。

 いっそ、誰かになすりつけるか。
 うん。
 それがいいかもしれない。
 壁に「魔界大帝キシリカ参上」とか書いておけば、
 案外信じるんじゃないだろうか。

 キシリカも何かあったら頼れと言っていたからな。

「っと」 

 建物についた。
 結局、考えはまとまらなかった。
 どうしたもんか……。


---


 先ほど、魔法陣を見た部屋へと移動する。

 俺が入ると、そいつは胡乱げな眼で迎えてくれた。
 尻尾を振ることもなく、吠えることもない。
 ぐったりとしている。

「確かに犬だ」

 魔法陣の中で鎖に繋がれていたのは子犬だ。
 子犬と一目でわかるのに、サイズがやたらとでかい。
 2メートルぐらいある。
 なんでこの世界の犬猫はみんなでかいんだ。

 一目みた時、毛並みは白だと思ったが、どうやら銀色であるらしい。
 光の加減だろうか、キラキラと光って見える。
 銀色の豆柴、ラージサイズって感じだ。
 なかなかお上品で賢そうな顔をしている。

「いま助けますので……いでぇ!」

 と、魔法陣の中に入ろうとして、弾かれた。
 バチンという感じではない。
 なんというか、痛覚をそのまま刺激された感じだ。

 どうやら、この魔法陣は結界になっているらしい。
 結界といえば、治癒魔術の一種だ。
 俺はまったく原理を知らない。

「ふむ」

 とりあえず、魔法陣の周囲を回って、観察してみる。
 魔法陣は青白い光を放っており、ボンヤリと部屋を照らしている。
 光っているという事は、つまり魔力が通っているということだろう。
 魔力の供給源を絶てば、魔法陣は消える。
 それはロキシーに習った。
 典型的な魔術的トラップの解除方法だ。

 魔力供給源といえば、魔力結晶だ。
 だが見たところ、魔力結晶のようなものは見当たらない。

 いや、きっと見当たらないだけだろう。
 どこかに隠してあるのだ。
 多分、地中だな。

 土魔術で地中から魔力結晶を引き抜くか。
 こういった魔法陣は、無理矢理かき消すと、何が起こるかわからない。
 なんとかして綺麗に抜き取らないと……。

 ん、まてよ。
 まてまて。
 もっと簡単に考えろ。

 そもそも、奴らはどうやってこの魔法陣から犬を出すつもりだったんだ?
 死体をみた感じ、魔術師風の男はいなかった。

 初心者でも簡単に出来る解除方法があるはずだ。
 それを考えよう。
 まず、魔力結晶の場所。
 俺は、地中にあると考えた。
 しかし、地中にあったのでは、奴らは取り出せない。
 取り出せる場所……。
 しかし魔力供給の出来る場所……。

「ふむ、下でないなら上かな?」

 俺は建物の二階に上がってみた。
 魔法陣のちょうど真上の部屋。

 そこには、小さな魔法陣と、木で出来たカンテラのような物がおいてあった。
 カンテラの真ん中には、魔力結晶と思わしきもの。

 よろしい。
 一発で見つけられるとは運がいい。
 俺はカンテラを慎重に持ち上げてみる。
 すると、地面の魔法陣がスッと消えた。

 一階に降りてみる。
 魔法陣がなくなっていた。

 よしよし。

「ウー……!」

 犬に近づくと、彼は威嚇の眼を俺に向けて、唸った。
 俺は昔から動物には好かれない。
 いつもの事だ。

 子犬の様子をじっと観察する。
 力を込めて唸ってはいるものの、
 やはり体に力が入らないらしい。
 ぐったりとした印象をうける。
 空腹のせいだろうか。

 いや、あの鎖が怪しいな。
 近づいてみると、何やら文様が刻まれている。

 とりあえず、外してやるか。
 いや、危ないか?
 この鎖が犬の力を抑制しているのなら、外した瞬間襲い掛かられるかもしれない。
 多少なら噛まれてもヒーリングで治せばいいが……。

「どうやったら噛まないでもらえますかね?」

 なんとはなしに、聞いてみる。
 すると、俺の言葉がわかるのか、子犬は「ウー?」と首をかしげた。
 ふむ。

「噛まないなら、その首輪外して主人の所に返してあげますけど、どうします?」

 獣神語でそう言うと、犬は唸るのをやめて、大人しく地面に寝そべった。
 言葉がわかるらしい。
 異世界ってのは便利だね。

 とりあえず、魔術で鎖を断ち切る。
 すると、犬の体に力が戻ったように感じた。
 すぐに立ち上がって走りだそうとするのを、俺は止める。

「まてまて、首輪がまだです」

 すると、犬は俺を見て、また素直に寝そべった。
 首輪を外してやるべく頑張ってみる。
 鍵穴が見当たらない。
 鍵穴が無ければ、解錠が使えない。

 おかしい、どうやって外すつもりだったんだ?
 外すつもりがなかったのか?

 と、悪戦苦闘。
 なんとか繋ぎ目を発見した。
 どうやら、パッチンってやるとハズレなくなるタイプらしい。 

「今外してやるから、動くなよ」

 俺は慎重に、土の魔術で繋ぎ目の間に土を発生させ、押し開くように外した。
 バキンと音がして、首輪が外れた。

「よし」

 子犬はブルブルと首を振った。

「ウォン!」
「うおう」

 そして、俺の両肩に前足を掛けると、その重い体重で唐突に押し倒してきた。
 無様に転がる俺。
 ベロベロと顔を舐められる。

「ウォン!」

 ああん、だめよワンちゃん、あたしには妻と夫が……!

 銀色の毛玉を押しのけようとしてみるが、
 なかなかに重く、そして柔らかくてふかふかだった。
 ふわふわのふかふかだった。

 それはいいんだが。
 重い。
 乗っかられた胸がミシミシと言っている。
 どかすのは難しそうだ。

 舐められるのはしょうがないと諦め、
 犬が飽きるまで、毛の感触を楽しむことにした。

 うん。ふかふかだ。
 ナウでヤングな言い方をすれば、モフモフだ。

 柔らかい……。
 お前、これ柔軟剤使っただろ?
 えぇ~、使ってないっすよ~。


---


「貴様、聖獣様に何をしているか!」
「え?」

 毛玉を堪能していると、唐突に叫び声を掛けられた。
 密輸人に生き残りがいたのか、と寝転んだままで上を見上げる。

 チョコレート色の肌と、獣っぽい耳と、虎っぽい尻尾。

 ギレーヌ……?
 いや、違う。
 よく似ていたが、違う。
 そして筋肉と毛深い所は一緒だが、ちょっと違う。
 一番大きい部分が違う。

 胸だ。
 胸が無いのだ。
 男だ。


 男は口元に手を当てている。
 ウララー、なポーズ。
 あ、やばい。
 何かされる。
 逃げないと。

 しかし、動けない。

「ワンちゃんどいて、そいつから逃げられない!」

 犬がどいた。
 慌てて立ち上がる。
 予見眼を開眼。
 ビジョンが見える。

 <男は口元に手を当てている>

 何もしていないのか。
 と、思った瞬間、男が咆哮した。

『ウオオオオォォォォォン!』

 圧倒的な音量。
 エリスの金切り声の数倍はありそうな音量。
 それは質量を持っているようにも感じられた。
 鼓膜がビーンと震えた。
 脳が揺れた。

 気付けば、俺は地面に倒れていた。

 立てない。
 まずい。
 ヒーリングを……。
 手も動かん。
 なんだこれ、魔術の一種なのか?

 やばい。
 やばいやばいやばい。
 殺される。
 魔術は使えないのか。
 魔力を集中して……あかん。

 男に胸ぐらを捕まれ、持ち上げられた。
 俺の顔を見た男は、むっと眉根を寄せた。

「ふん……まだ子供か。
 殺すには忍びないな」

 あ、助かるっぽい。
 ほっとする。
 子供の姿でよかった。

「ギュエス、どうした?」

 そこに、もう一人、男が現れた。
 やはりギレーヌによく似た、しかし白髪。
 老人だ。

「父上。密輸人の一人を無力化しました」
「……密輸人? 子供ではないか」
「ですが、聖獣様に襲いかかっていました」
「ふむ」
「聖獣様を撫で回しながら、いやらしい笑みを浮かべていました。
 もしやすると、見た目通りの年齢ではないのかもしれません」

 ち、違うよ。僕は11歳だよ。
 決して体感年齢45歳のオヤジじゃないよ!

「ウォン!」

 犬が吠える。
 すると、ギュエスと呼ばれた男は犬の前に膝をついた。

「申し訳ありません聖獣様。
 本来ならばすぐに馳せ参じる所、少々救出が遅れてしまいました」
「ワン!」
「まさか、聖獣様の御身をこんな男の手で……くっ……」
「ワン!」
「え? 気にしていない? なんと寛大な……」

 話が通じているのだろうか。
 ワンワン言ってるだけなんだが。

「ギュエス、階下の部屋にトーナたちの臭いがあった。
 ここにいたことは間違いないはずだ」

 と、老人が言った。
 トーナとは誰だろうか。
 話から察するに、獣族の子供だろうが。

「……この少年を村に連れ帰り、聞き出しましょう」
「そんな暇はない。明日には最後の船が出る」

 ギュエスは「ぐっ」と歯噛みした。

「……諦めるしかない。
 聖獣様を助け出せただけでも僥倖と考えねば」
「……こいつはどうします?」
「村に連れて帰る。何か知っているかもしれん」

 ギュエスは頷くと、腰からロープを取り出し、俺の後ろ手を縛った。
 肩に担がれる。
 ギュエスの後ろから、犬がちょこちょこと付いてくる。
 心配そうに見上げてくる。

 大丈夫。
 心配するな。

 こいつらは密輸人ではないらしい。
 先ほどの子供たちを助けにきた存在だ。
 だから、話せばわかる。
 話せるようになるまで待つだけだ。

「む……」

 外にでた所で、老人の方が鼻をひくつかせた。

「臭いがあるな」
「臭い、ですか? 血の臭いが濃くて自分には……」
「かすかにある。トーナたちの臭いだ。
 それと、もう一人、例の魔族の臭いだ」

 例の臭い、と言うとギュエスが表情を険しくした。

「例の魔族が、ここにいたトーナたちを攫ったと?」
「さてな。案外、助けてくれたのかもしれんぞ」
「まさか、ありえません……」

 どうやら、彼らはルイジェルドの臭いを嗅ぎとったらしい。

「ギュエス。儂は臭いを追う。
 お前はその小僧と聖獣様を連れ、一旦村にもどれ」
「いえ、自分も行きます」
「お前は短気すぎる。その小僧とて、密輸人ではないかもしれんではないか」

 さすがご年配の方はいうことが違う。
 そうです。
 私は密輸人ではありません。
 弁明をさせてください。

「だとしても、聖獣様に汚い手で触っていたのは間違いない事です。
 この少年から、発情した人族の臭いがします。
 聖獣様に性的な興奮を催していたのです、信じられないことに」

 ピギャー!
 違います。
 犬になんて欲情してないです!
 いたいけな少女たちの裸で……。
 いや、それもヤバイのか!

「ならば、牢屋にでも入れておけ。
 ただし、儂が帰るまでは手を出すなよ」
「ハッ!」

 老人は一つ頷くと、暗い森へと走りだした。
 ギュエスはそれを見おくると、俺に一言。

「ふん、命拾いしたな」 

 はい、本当に。

「では聖獣様。少々走ります、お疲れの所かと思いますが……」
「ワン!」
「ですね!」

 そして、俺はギュエスに担がれ、森の奥へと運ばれていった。



--- ルイジェルド視点 ---


 町の近くまできたが、ルーデウスが戻ってこない。

 まさか、迷ったのか?
 いや、それなら空に魔術の一つでも撃つはずだ。

 なら、何かトラブルがあったか。
 あの建物の人間は全て排除した。
 だが、新手が別の場所から移動してきて、鉢合わせたのかもしれない。

 今からでも戻って確かめるべきだろうか。

 いや、ルーデウスは子供ではない。
 例え敵が現れたとしても、なんとか対処出来るはずだ。
 まだ若いせいか脇が甘い部分があるが、
 敵地で油断するほど甘い男ではないはずだ。

 今なら周囲にエリスもいない。
 ルーデウスが本気で魔術を使えば、誰にも負けはすまい。
 問題は、人を殺すのに抵抗があるところか。
 ヘタに手加減をして、返り討ちに合う可能性が高い。

 ルーデウスは心配いらないが……。
 しかし、困った。
 このまま子供たちを連れて町に行っても、嫌な予感しかしない。

 似たようなことは何度もあった。
 奴隷商から子供を助け、町に連れて行ったら、俺が攫ったと勘違いされたのだ。

 今は髪は剃り、額の目も隠している。
 だが、俺は口下手だ。
 衛兵に呼び止められれば、うまく説明できる自信がない。

 いつもの様に町に置き去りにすれば、町の人間がなんとかしてくれるだろうか。
 いや、それではルーデウスに何と言われるか……。

「ニャー、お兄さん、さっきはすまなかったニャ」

 悩んでいると、少女の一人が、ぱしぱしと太ももを叩いてきた。
 他の子供たちも、申し訳なさそうだ。
 それを見ているだけで、救われた気分になる。

「構わん」

 それにしても、獣神語を使うのも久しぶりだ。
 以前に使ったのは、さて、いつだったか。
 ラプラス戦役の頃に憶えてから、あまり使わなかったが……。

「セイジュー様は一族の象徴ニャから。
 あんな所に置き去りにしたらいかんのニャ」
「そうか。知らない事とはいえ、すまなかった」

 そう言うと、少女はにこやかに笑った。
 やはり、子供に怯えられないのはいい。

「む……」

 と、そのとき、俺の『眼』は急速に接近する何者かの気配を捉えた。

 かなり速く、力強い気配だ。
 建物の方から来ている。
 奴らの仲間か。
 かなりの手練れだ。
 まさか、ルーデウスを倒したのか……?

「下がっていろ」

 俺は子供たちを下がらせ、槍を構えて前に出る。
 先手必勝。
 一撃で仕留める。

 と、思ったが、奴は俺のリーチに入る前に足を止めた。
 獣族の男だ。
 鉈のような肉厚の剣を持っている。
 俺を見て警戒心を顕にし、静かに構えた。
 年老いてはいるが、どっしりと落ち着いた重厚な気配を感じる。
 戦士だ。

 だが、もし先ほどの連中の仲間というのなら、殺そう。
 自分の種族の子供をこんな目に合わせるなど、戦士の風上にもおけん。

「あ、じいちゃんだニャ!」

 猫の少女が声を上げ、老戦士に駆け寄っていった。

「トーナ! 無事だったか!」

 老戦士は飛び込んでくる彼女を受け止め、安堵の表情を作った。

 それを見て、俺は槍を下ろした。
 この戦士は、どうやら攫われた子供を助けにきたらしい。
 戦士の風上にも置けないと疑って、悪かった。
 誇り高き男だ。

 犬の少女も知り合いらしく、駆け寄っていく。

「テルセナも無事か。よかった……」
「あっちの人が助けてくれたんです」

 老戦士は剣を収めると、俺の前まできて頭を下げた。
 しかし、まだ警戒はしているようだ。
 当然だろう。

「孫娘を助けてもらったようだな」
「ああ」
「名はなんと?」
「ルイジェルド……」

 スペルディアだ。と答えようとして、躊躇した。
 スペルド族と知られれば、相手は警戒する。

「ルイジェルドか。儂はギュスターブ・デドルディア。
 この礼は必ず致そう。まずは子供たちを親元へ送り届けねば」
「そうだな」
「じゃが、子供たちに夜道をあるかせるのも危険だ。
 詳しい話も聞かせてもらいたい」

 老戦士はそう言うと、すぐに町に向かって歩き出そうとした。

「待て」
「どうした?」
「建物の中は見たのか?」
「うむ。血の臭いばかりで気が滅入ったがな」
「誰もいなかったか?」
「一人残っていたぞ。子供のようなナリをした男がな。
 いやらしい笑みで聖獣様を撫で回していたそうだ」

 ルーデウスだ、と直感的に悟った。
 あの男はたまにそういう笑みを浮かべる。

「あれは俺の仲間だ」
「なんと!」
「まさか、殺したのか?」

 例え誤解でも。
 ルーデウスを殺されたのなら、俺は復讐を果たす。
 その前に、子供だけは親に送り届ける。
 エリスもだ。
 そうだ。今はエリスが一人か。
 心配だ。

「他の仲間の居場所を吐かせるべく捕らえた。
 すぐに身柄を解放させよう」

 ルーデウスめ、油断したか。
 あの男は、いつも脇が甘い。
 心構えだけは一流だが……。

 いや、言うまい。
 俺が言ってはいかん。
 俺はその心構えすら三流だ。

 今回、全ての悪事に眼を瞑るつもりだったが、耐えられなかった。
 子供が拷問を受けていて、我慢できなかった。
 ルーデウスが捕らえられたのは俺の我儘のせいだ。

 すぐに助けにいくべきか。
 ……いや。

「ルーデウスは戦士だ。
 死んでいないのであれば、急がずともいい。
 まずは子供たちを優先しよう」

 獣族には人族のような拷問はない。
 せいぜい裸に剥いて牢屋に放り込む程度だ。
 ルーデウスは裸を見られる事に抵抗のない男だ。
 先日も、「エリスが僕の水浴びを覗こうとしても止めないでいい」と、ワケのわからん事を言っていた。
 耐えられるだろう。

 それに、エリスの事もある。
 ルーデウスは俺によくエリスの護衛を頼む。
 自分の身より、エリスを案じているのだ。
 ならば、俺もエリスを守るべきだろう。

 もう少しだけ、ルーデウスに負担を掛けさせてもらおう。

「俺はゆえあって、正体を明かせん。
 お前が主導で子供たちの親を探してほしい」
「ふむ……了解した」

 ギュスターヴは頷き、俺たちは町を目指した。
+注意+
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