挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第4章 少年期 渡航編

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

42/286

第三十七話「船の中の賢者」

 密輸人と話を付けるのに一ヶ月掛かった。

 探すこと自体はそう難しくなかった。
 まず情報屋に金を渡し、仲介人を紹介してもらう。
 そして、仲介人を通して密輸人と連絡。
 仲介人を通して、密輸人から返事が来る。
 それを繰り返しただけだ。

 情報屋に金を払い、
 仲介人に金を払い、
 そして密輸人にも金を払う。

 あっという間に手持ち金の半分以上が消えた。
 サイフが軽い。
 海の向こうで宿に泊まるだけの金はあると思いたい。

 正直、密輸人に直で話を持っていけば、もっと安くなるような気がする。

 けど、密輸人は組織的に動いているらしく、
 仲介人を介さなければ接触できない。
 摘発を回避するための知恵だそうだ。

 詳しい仕組みはわからないが、うまく回っているのだろう。


 全ての打ち合わせを終えるのに、一ヶ月かかった。
 この一ヶ月という期間が長いと見るか、短いとみるか。

 どちらでもいいことだ。


---


 指定の日。
 深夜。
 月は出ていない。

 指定場所は港の端にある桟橋。
 周囲は不気味なほどに静かで、波の音だけが響いていた。

 そこには小舟と、怪しげなフードを目深に被った人物がいた。
 打ち合わせでは、彼に密輸してほしい人物を渡すということだ。

 俺たちはルイジェルドを密輸人に引き渡した。
 指定された通り、ルイジェルドは後ろ手に手枷をつけている。
 この手枷も指定されていて、道具屋で購入した。

「…………」

 密輸人は人を運ぶ場合、全て奴隷として扱う。
 奴隷を運ぶのに掛かる金は緑鉱銭5枚。一律である。
 この金はすでに払ってある。
 仲介人によるとこのタイミングで金を出し渋る奴もいるらしい。
 嫌だね、守銭奴は。

「それでは、よろしくおねがいします」
「…………」

 密輸人は一切喋ることもなかった。
 ただ静かに頷いて、ルイジェルドを小舟に乗せると、ずだ袋を被せた。

 小舟には船頭が一人。
 それと何人かのずだ袋が乗っていた。
 大きさ的に子供はいない。

 ルイジェルドが乗るのを確認すると、密輸人は小舟に合図。
 小舟の先頭にすわる男が魔術を詠唱する。
 小舟はすいっと音もなく、真っ黒な夜の海へと発進した。
 詠唱はよく聞こえなかったが、水の魔術で水流を生み出して進むらしい。
 あれなら俺にも出来そうだな。

 小舟は沖に停めてある大型の商船へと移動。
 そこで奴隷たちを載せ替えて、早朝に出港するらしい。

 ルイジェルドは小舟の中からも、ずっと俺の方を向いていた。
 ずだ袋を被っていても、俺の方向がわかるのだ。
 見送る俺。
 ドナドナが流れる。
 いや、流れない。
 売ったわけじゃない。

 ちょっとの間、お別れだ。


---


 翌日。
 一年間お世話になったトカゲを売却した。

 トカゲを船に乗せると税金がかかるし、ミリス大陸では馬が使える。
 この世界の馬は足が速い。
 もうトカゲに乗る必要は無いのだ。

 エリスはトカゲの首に抱きつき、ポンポンとその身を叩いていた。
 言葉は無かったが、寂しそうだった。

 トカゲはエリスになついていた。
 旅の途中でも、よく彼女の頭を舐め回し、唾液まみれにしていた。
 エリスを粘液まみれにするなんて、なんてエロいトカゲなんだろうか。
 俺だってエリスを舐め回したいのに。
 そうやって、嫉妬したのは、記憶に新しい。

 そうだ。
 かのトカゲも俺たちの仲間だったのだ。
 『デッドエンド』の仲間だったのだ。
 いつまでもトカゲなどと言ってはいけない。
 せめて名前をつけてやろう。

 よし、お前の名前は今日からゲ○ハだ。
 人間の友達を多く欲しがる海の男だ。

「随分とおとなしいな。旅の途中もちゃんと躾けてたのか?」

 と、トカゲを扱っている商人は関心していた。

「まあね」

 躾けていたのはルイジェルドだ。
 特になにをするでもなかったが、
 ゲ○ハとルイジェルドの間には確かに主従関係があった。
 きっと、トカゲにも、このパーティで誰が一番強いのかがわかったのだろう。
 ちなみに、俺にはあんまりなついてなくて、何度か噛み付かれた。
 うん、思い出すとむかついてきたぞ。

「ハハッ、さすが『デッドエンド』の飼主だ。
 これなら、ちょっとは色を付けられるよ。
 最近は雑に扱う奴が多くてな。
 再調整が大変なんだ」

 そういう商人はルゴニア族。
 トカゲ頭である。
 魔大陸では、トカゲがトカゲを躾けるのだ。

「一緒に旅する仲間を大切に扱うのは当然のことですよ」

 そんなやりとりの後、
 ゲ○ハ(トカゲ)は本格的にドナドナされていった。

 俺の手元には、仲間を売って得た金。
 そう考えると、すごく汚い金に見えてくる。不思議だ。
 やっぱり名前はやめとこう。情が移ってしまう。
 さらばだ、名も無きトカゲ。
 お前の背中は忘れない。

「ぐすっ……」

 エリスが鼻をすする音が聞こえた。


---


 トカゲを売った足でそのまま船へと乗る。

「ルーデウス! 船よ! すごく大きいわ!
 わっ! 揺れてる! なにこれ!」

 エリスは船に乗ると、すぐにはしゃぎだした。
 トカゲと別れた事はすでに忘れたのか。
 気持ちの切り替えが早いのもエリスのいい所だ。

 船は木造の帆船だった。
 一ヶ月前ぐらいに完成したばかりの最新型であるらしい。
 今回は処女航海を兼ねて、テスト的にザントポートまで航海するらしい。

「でも、前に見たのとちょっと形が違うわね?」
「エリスは以前にも船を見たことがあるんですか?」

 海を見るのも初めてだったのに。

「何言ってるのよ、ルーデウスの部屋にあったじゃない!」

 そういえば、そういうものを作った記憶がある。
 懐かしいな。
 土の魔術を訓練しようと思って作り始めて、
 これもしかしてフィギュアとか作れるんじゃね、
 と1/10ロキシーを作り始めたのだ。

 フィギュアも、もう随分作っていない。
 いつ、どれだけ魔力を使うかもわからないから、魔力消費の訓練もしていない。
 精々、ルイジェルドやエリスと訓練して体を動かすぐらいだ。
 最近、随分とサボってるな。
 落ち着いたら鍛え直す必要があるかもしれない。

「僕も想像で作りましたからね、細部が違うのはしょうがないでしょう」

 それに、この船は最新型って話だしな。
 何がどう最新なのかは知らないが。

「凄いわね。こんな大きなもので海を渡るなんて」

 エリスはしきりに関心していた。


---


 出港から3日後。
 俺は船上にて考える。


 船。

 船と言えば、イベントの宝庫だ。
 船にのってイベントが起こらないなんてありえない。
 そう言える。
 断言できる。

 例えば、船の外をイルカが跳ねる。
 ヒロインがそれを言う「みてっ! 凄いわ!」と、
 俺が見て言う「俺の夜のテクのほうがすごいぜ」と。
 ヒロインが言う「素敵! 抱いて!」と。
 俺が言う「おいおい、こんな所でとは、いけない子猫ちゃんだ」と。
 うん。ちょっとなんか違うな。

 また、船と言えば、襲撃だ。
 タコかイカかサーペントか海賊か幽霊船か。
 そのへんに襲われて、沈没。漂流。座礁。
 たどり着いた先は孤島で、ヒロインと二人切りの共同生活が始まる。
 最初は俺のことを嫌っていたヒロインも、幾つかのイベントを乗り越える事で段々とデレてくる。
 そして、孤島で男女が二人きりといったらヤルことは一つだ。
 交差する視線。燃え上がる情熱。若き血潮。
 弾ける汗。響く潮騒。夜明けのコーヒー。
 二人きりのパライソ。

 また、タコに襲われると言えば、ヒロインの運命も決まったようなものだ。
 とても八本には見えない足に襲われ、宙に釣られるヒロイン。
 悶える肢体。浮き出る胸部。潜り込む触手。
 手に汗握る一大スペクタクルだ。一時たりとも目を離せない。

 しかし、現実は非情である。

 エリスは現在、船室で桶を前に真っ青な顔をしている。
 初めて乗る船で興奮していたと思ったら、途中で吐き気を訴え出したのだ。
 トカゲは平気なのに、どうして船はダメなのだろうか。
 乗り物酔いをしたことのない俺にはわからない。

 ただ一つ言えるのは、多少揺れが小さいからといって、
 船酔いに掛かる奴にとってはあまり意味がない。
 という事だろう。


---


 4日目。
 タコが出てきた。
 多分タコだ。目がさめるような水色のタコで、超でかかった。
 しかし、護衛のSランクパーティに呆気無く撃退された。

 船の護衛なんて依頼はなかったはずだが……。
 そう思って近くの商人に聞いてみると、
 彼らは船の護衛を専門に行う者達であるらしい。
 パーティ名は『アクアロード』。
 造船所ギルドと専属契約を結んでいるらしい。

 そして、そんな彼らだから、この航路に出る魔物はお手の物。
 どきどきわくわく触手イベントは無かった。
 残念。

 もっとも、実入りはあった。
 俺は万が一に備えてその戦いを脇で見ていた。

 最初はそう、鼻で笑った。
 前衛として戦っていた剣士は強かったが、ギレーヌほどではない。
 敵の攻撃を受け止め、注意を引いていた戦士は強かったが、ルイジェルドほどではない。
 後衛でタコに止めをさした魔術師は、俺より下だろう。

 最初はそう、ガッカリした。
 Sランクといっても、こんなものなのだろうか、と。
 この世界は強い者がたくさんいるのだと思っていたが、
 案外大したことはないな、と。

 しかし、ふと思い直した。
 彼らはSランクの『パーティ』だ。
 見るべきは個々の能力ではなく、チームワークではないだろうか。

 個々の能力が低くても、あの大ダコを倒せるという事。
 個々の能力が低くても、Sランクに上がれるということ。
 それが重要なのだ。
 個々がしっかりと役割を果たし、集団として大きな力を発揮する。
 それがチームワークだ。

 俺たち『デッドエンド』に足りないものだ。

 『デッドエンド』は個々の能力は高い。
 だが、チームワークという点ではどうだろうか。

 ルイジェルドはチームワークも抜群だ。
 軍隊での経験が生きているのか、集団戦もうまい。
 俺やエリスが何か失敗してもよくフォローしてくれる。
 ヘイト管理も抜群にうまく、魔物の視線は彼に釘付けだ。
 だが、強すぎる。
 本当なら彼一人で倒せるような相手でも、無理やりチームで戦うという形になっている。
 悪いとまでは言わないが、歪であることに間違いはない。

 俺は一応、チーム戦のなんたるかは知っているつもりだ。
 かといって、知っているからといってうまく動けるわけではない。
 自分の方に迫ってくる敵の対処に夢中になることもある。
 敵の数が多い時は、ルイジェルドに頼る部分も大きい。

 エリスはダメだ。
 指示は素直に聞いてくれる。
 だが、戦闘中に阿吽の呼吸で周囲に合わせることができない。
 目の前の敵に必死で、突出しすぎてしまう。
 のびのび戦えていると言えば聞こえはいいが、
 ルイジェルドや俺のフォローに回ったことは一度も無い。

 もっとも、ルイジェルドや俺にフォローが必要ないのだが。

 もし、このまま、何らかの理由でルイジェルドと別れたら。
 俺はエリスを援護しきる自信がない。
 魔眼は手に入れたが、俺の手は二本しか無いのだ。
 自分を守る手とエリスを守る手。
 片手で守れる範囲は限られる。

 不安だ。
 向こうについたら、真っ先にルイジェルドを迎えにいこう。

「ルーデウスゥ……」

 エリスが真っ青な顔で甲板に上がってきた。
 そのままよろよろと船の縁へとよろめいていき、船の外へオエッと一息。
 もう胃液しか吐くものが無いといった風情だ。

「ひ、人が苦しんでるのに、なんで……こんなところに、いるのよ……」
「すいません。海が綺麗だったもので」
「……酷い……うっぷ……」

 エリスは片目に涙を浮かべて、俺に抱きついてきた。
 彼女の船酔いは重度だ。


---


 五日目、エリスは相変わらず船室でダウン中だ。
 そして、俺はそれにつきっきりになっている。

「う、うう……頭いたい……ヒーリングしてよ……」
「はいはい」

 船員に聞いて知ったのだが、
 どうやら船酔いには少しだけヒーリングが効くらしい。
 ためしてみると、ちょっとだけエリスの気分がよくなることが判明した。

 船酔いは自律神経の失調で起こる。
 頭にヒーリングを掛ければ、一時は収まる。
 つまり、そういう事だ。
 とはいえ、持続するものではなく、気持ち悪さがスッと消えるわけではない。

「ねえ……あたし……死ぬのかな……」
「船酔いで死んだら笑えますね」
「笑えないわよ……」

 船室には、誰もいない。
 船自体が大きいのもあるが、魔大陸からミリス大陸に渡る者は少ないらしい。
 魔族の渡航費用が人族よりも高いせいか、それとも、魔族にとって暮らしやすいのは魔大陸だからか。
 そこら辺はわからない。

 俺とエリス、二人きりだ。

 静かで薄暗い部屋のなか、抵抗する力を無くしているエリス。
 そして、五日間、弱ったエリスを相手しつづけた俺だけだ。
 最初はそれでも良かった。
 だが、ヒーリングはよくない。

 ヒーリングをするには、エリスの頭に触れる必要がある。
 定期的に掛けるため、
 彼女に膝枕をして、頭を抱きかかえるように使い続けている。

 すると、変な気分になってくる。
 変というのは語弊のある言い方だな。

 ハッキリ言おう。
 エロい気分になってくる。

 考えてもみてくれ。
 船室で、いつも強気のエリスが
 目をうるませて、息を荒くして、弱々しい声で、

「お願い、お願いだから(ヒーリング)して」

 と、懇願してくるのだ。
 俺の中ではヒーリングの部分はボリュームを極限まで絞られた。
 エリスが誘っているようにしか見えなかった。

 もちろんそんな事はない。
 エリスはただ弱っているだけだ。
 船酔いというものには掛かった事はないが、
 辛いことだけはわかる。


 相手に触れる。
 それはエロい行為ではない。
 だが。
 年頃の女の子の頭を撫で、体温を感じ取る。
 それは、刺激のある行為だ。
 触るのがエロい場所でなくとも、刺激はあるのだ。
 低刺激だが、長く続くとヤバイ。

 触れるという事は触るという事だ。
 触るということは、近いということだ。
 近いということはつまり、冷や汗が浮かぶエリスの額や、首筋、胸元……。
 全てが視界に入るということだ。

 まして相手はぐったりとしている弱気なエリス。
 いつもは迂闊に触れれば殴ってくる相手だ。
 それが、今や、まな板の上の鯉。

 もうこれ、自分のものなんじゃない?
 好きにしちゃっても問題ないんじゃない?
 そんな気持ちが芽生えてくる。

 きっと、今すぐ衣類を剥ぎ取り、欲望を露わに覆いかぶさっても、エリスは抵抗しないだろう。
 いや、出来ないだろう。
 弱々しい顔で、諦め顔で、一筋の涙を流しながら、俺を受け入れるしかないだろう。
 そんな光景を思い浮かべるだけで、俺の股間のエクスカリバーはアーサー寸前だ。

 そして、頭の中のアーサーが抗弁に叫んでいる。
 今ならエリスは抵抗できないと叫んでいる。
 こんなチャンスは二度と無いと叫んでいる。
 今がアレを捨てるチャンスだ、と叫んでいる。

 だが、俺の中のマーリンは我慢しろと言う。
 決めただろうと。
 15歳になるまでという約束を守ると決めただろうと。
 この旅が終わるまでは我慢すると決めただろうと。

 俺はマーリンを支持する。

 だが、もう我慢は限界に近い。
 例えば、試しに胸をもにゅっと触ってみたとするだろう。
 きっと柔らかいに違いない。
 そして柔らかいだけではない。
 そう、胸というのは柔らかいだけではないのだ。
 柔らかい中にも固い部分があるのだ。
 聖杯だ。
 それこそが俺のアーサーが求める聖杯なのだ。
 俺の(ガウェイン)が聖杯を見つけてしまえば、どうなる。
 カムランの戦いさ。

 ああ、もちろん、聖杯だけじゃない。

 エリスの体は日々成長している。
 彼女は成長期なのだ。
 特に一部分は、遺伝のせいか、急激に母親に近づいている。
 きっとこのまま、妖艶さの際立つ美人に育つだろう。
 そして、周囲の男どもの視線を釘付けにするのだ。
 中には、「ヘッ、もっと小さいぐらいでちょうどいいぜ」という奴もいるだろう。
 人の好みは様々だからな。
 そんな奴に言ってやるのだ。
 俺はその丁度いいぐらいの時を知っているぜ、と。

 理解しているか。
 俺は、今、この瞬間。
 エリスの過去を手に入れる事ができる。

「フー……フー……」

 鼻息が荒くなる。

「る、ルーデウス……?」

 エリスが不安そうな顔を向けてくる。

「だ、大丈夫なの?」

 声が耳を叩く。
 いつもは甲高くて、大きすぎてちょっと不快なぐらいの声。
 それが、丁度いい高さで、俺の脳を痺れさせる。

「はぁ……はぁ……大丈夫ですよ。
 安心してください、約束ですから……」
「……辛いなら無理しなくてもいいのよ?」
「!」

 無理しないでいいってのは、
 我慢しないでいいってことか?
 何してもオッケーって事なのか?

 ……。
 なんてな。
 わかってるよ。
 これはヒーリングをかけ続けて魔力はもつのかって意味だ。

 わかっているとも。
 彼女は俺を信頼している。
 決してこの瞬間、手を出されないと信頼している。

 そして、俺はそれを裏切らない。
 ルーデウス・グレイラットは裏切らない。

 それが信頼に応えるって奴だ。


 よし、機械になろう。
 俺はヒーリングをする機械になろう。
 血も涙もないロボットになるのだ。

 俺は何も見ない。
 エリスの顔を見れば、暴走する。
 そう思って目を瞑る。

 俺は何も聞こえない。
 エリスの声を聞けば、暴走する。
 そう思って耳を塞いだ。

 俺は朴念仁だ。
 欲望なんて持っていない、だから暴走しない。
 そう思って、心を閉じた。

 ただ、エリスの頭の温もりと匂い。
 その二つで、一瞬で決意が霧散する。
 頭がフットーしそうになる。

 ああ、もうダメだ。
 我慢の限界だ。

「エリス、ちょっとトイレに行ってきます」
「……ああ、トイレを我慢してたのね……いってらっしゃい……」

 簡単に信じたエリスを尻目に、俺は船室を出た。
 素早く移動。
 誰もいない所。すぐに見つかった。
 そして、至福の一時。

「ふぅ……」

 こうして俺は賢者になった。
 さらに目を瞑って聖人になるまで変身スト○ンガー。

「ただいま戻りました」
「うん、おかえりなさい……」

 菩薩のような顔で船室に戻り、ヒーリングを掛ける機械になる。

「……あれ? ルーデウス、何か食べた?」
「え?」
「すんすん……変な匂いがするわ……」

 手を洗うのを忘れていました。
 てへぺろ。


---


 船から降りると、エリスはすぐに元気になった。

「もう船には乗りたくないわね!」
「いえ、ミリス大陸から中央大陸まで、もう一度乗る必要があります」

 それを聞いたエリスは、あからさまにげんなりした。
 そして、船での事を思い出し、不安そうな顔になった。

「ね、ねえ。その時は、またずっとヒーリングしてくれる?」
「いいけど、今度はエッチなことをするかもしれません」

 真面目に言った。
 本当に切実だ。
 生殺しを耐え続けるのは拷問なのだ。

「う……なんでそんなイジワル言うのよ!」

 イジワルではない。
 これは本当に辛いのだ。
 目の前に御馳走を用意され、待てを強要される犬の気持ちがわかる。
 腹の中はスッカラカンで、あたしを食べてと御馳走が言ってくるのだ。
 水を大量に飲んで一時的に空腹を満たしても、意味はない。
 御馳走は無くならず、腹はまたすぐに空っぽになる。

「エリスが可愛いから、僕も我慢するので必死なんです」
「……しょ、しょうがないわね。
 次の時は、ちょっと触るぐらいなら、いいわよ?」

 エリスの顔は真っ赤だった。
 実に可愛いことだ。
 だが、彼女の「ちょっと」と俺の欲望は大きさが違いすぎる。

「残念ながらちょっと触るぐらいじゃ済みません。
 ぐっちゃぐっちゃにされる覚悟が出来てから言ってください」

 エリスは絶句した。
 あまり期待させるような事は言わないでほしい。
 俺に約束を守らせてほしい。
 約束を破って手なんか出したら、どうせ後でお互い嫌な気分になるんだからさ。

「とりあえず、行きましょうか」
「う、うん。わかったわ」

 エリスの切り替えは早く、意気揚々と町の方に向かって歩き出した。

 目の前には、ウェンポートとよく似た町並みが広がっている。
 ここがザントポート。
 ミリス大陸北端の町。

 ミリス大陸だ。
 ようやくここまできた。
 そして、まだまだ先は長い。

「ルーデウス、どうしたの?」
「いえ、なんでもありません」

 先の長さは忘れよう。
 とにかく大切なのは、次の町を目指す事だ。

「さてと」

 密輸品の受け渡しは夜だ。
 両替も魔大陸ですでに済ませてある。
 冒険者ギルドに行く必要はない。

 まずは宿を取ろう。
 そこで、船旅で疲れた体を休ませるのだ。

 それから、ゆっくりとルイジェルドを迎えにいくとしよう。


---


 こうして、俺達はミリス大陸へと移動した。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ