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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第3章 少年期 冒険者入門編

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第三十三話「旅の始まり」

 魔大陸。

 この言葉を聞くと、ド○クエ世代の俺としては、魔界という単語を思い浮かべる。
 魔王が統治し、
 魔物たちの小さな村があり、
 人々の忘れられた祠があり、
 強力な魔物がそこらを闊歩する。
 それが魔界だ。

 しかし、この世界では違う。

 まず、魔王が統治していない。

 魔王がいないわけではない。
 現在、魔王はアバウトに30名ぐらいいる。
 そして、それぞれがそれぞれで適当に君臨している。

 しかし、統治はしていない。
 あくまで魔王と名乗り、偉そうにしているだけだ。
 魔王はそれぞれ親衛隊だか騎士団だか、
 かっこいい名前のついた軍事力を持っている。
 リカリスの町を守っていた衛兵もそれに当たる。

 彼らは冒険者とは別に、周囲の魔物を退治したり、
 町中にいる犯罪者を逮捕したりと、
 独自に自分たちの住む町を守っている。
 軍隊というよりは、自警団という意味合いが強い。

 そのへんの魔王と自警団の関係についてはよくわからない。
 魔王が任命しているのか、
 それとも自警団が勝手に魔王の配下を名乗っているのか。

 魔王が戦争をすると決めれば、
 彼らがそのまま魔王軍となるわけだから、
 何らかの契約はなされているのだろう。

 現在は互いに戦争するということもなく、平和である。
 が、あくまで平和なのは魔王の周辺だけであり、
 魔大陸の大半が無法地帯となっている。

 サザ○クロスと聖○十字陵の周辺は平和でも、
 その間の道のりでは無所属のモヒカンが跋扈しているというわけだ。

 ちなみに、リカリスの町周辺は、『バーディガーディ』という魔王が君臨している。
 六本腕で黒い肌、筋肉ムキムキマッチョマンの大魔王らしい。
 もっとも、現在は放浪の旅に出ていて、行方不明らしい。
 実にフリーダムだ。


---


 魔大陸には強力な魔物が出没する。
 冒険者ギルドにおいて、最もランクの低い討伐依頼はCランクである。
 つまり、逆に言えば、
 この大陸には、Cランク以上の敵しかいない。
 ストーントゥレントで、ギリギリDランクか。

 とはいえ、魔族は種族的に人族よりも強い。
 その上、種族ごとの特性もあるため、集団戦も非常にうまい。
 Bランクに上がるのに壁はあるが、
 それがゆえに、魔大陸のBランク冒険者は他の大陸の冒険者より質が上だ。
 上がれないヤツはノコパラやジャリルみたいになる。

 そう考えると、ルイジェルドは異常だ。
 彼はAランクの魔物なら、一人で倒せると豪語する。
 質の高いBランク冒険者6~7人より強いのだから。

 『デッドエンド』の二つ名は伊達じゃない。

 そんな人物の信頼を得られた事を、純粋に嬉しく思う。


---


 リカリスの町を出立して三日が経過した。

 ルイジェルドと信頼関係を結べて安心したせいか、
 最近、俺の食欲が旺盛になり始めた。

 といっても、食材はよろしくない。
 俺たちの主食は大王陸亀の肉だ。
 美味しくない。不味い。

 なので、俺はちょいと工夫することにした。

 焼くのではダメ。
 ならば調理法を変えるのだ。

 魔術で作り出した土鍋、
 魔術で作り出したグレイラット家の美味しい水、
 魔術で作り出した火力の強いコンロ(人力)。
 この三つを使い、煮ることにした。

 水は貴重だが、俺ならば無限に作り出せる。
 本当は圧力鍋で柔らかく調理したいと思ったが、
 試してみた所、爆発しそうになったので、やめた。

 時間はかかるが、ガス代も水道代も無料だ。
 じっくりコトコト愛情を込めて煮込めばいいのだ。

 土魔術を使った調理器具は、使い捨て出来るため、便利だ。
 そのうち、燻製も試してみよう。
 ストーントゥレントのチップ……。
 あんまり美味しくはならなさそうだ。

 ともあれ、これで大王陸亀の肉は、マシになった。
 硬くて不味い肉が、
 柔らかくて不味い肉に変化した。

 うん、不味い。
 煮た所で、やはり特有の臭みは残っているし、まずいものはまずい。

 おかしな話だ。
 ミグルドの里で食べた時はもっとおいしかった。
 何が足りないのだろうか。
 と、そこで俺は思い出した。
 ミグルドの里で栽培されていた植物のことをだ。

 最初に見た時は、枯れかけの作物だ、と思った。
 だが、違う。
 あれは恐らく、香草の一種だ。
 肉の臭みを取り、より美味しくするための彼らの知恵なのだ。

 ロキシーの「苦くて美味しくない」という言葉にすっかり騙されてしまった。
 あれは野菜だが、そのまま食べるものではないのだ。
 まったく、うちの師匠はドジっ娘で困る。

 次の町に赴いたのなら、そうした香辛料を買い込もう。
 他にも、使えそうな食材があったら色々試してみたい。

「けど……無駄遣いになるかな?」

 魔大陸では、基本的に食料が高額だ。
 植物がほとんど育たない地域であるせいか、特に野菜類が高い。
 細い高麗人蔘みたいなのが、肉5kgと物々交換されたりする。

 大王陸亀は安い。
 主食であるといえよう。
 5tトラック以上の大きさを持つあの亀は、一匹狩るだけでかなりの世帯が何日も食っていける。
 かといって、それで街中の全世帯がまかなえるはずもない。
 時にはパクスコヨーテを食ったり、トゥレントに寄生する虫の幼虫を食ったりする。
 さすがに、虫ともなるとエリスも遠慮気味だった。
 俺だってゴメンだ。

 この大陸の食文化は、俺にはあわない。
 大王陸亀の肉は、調理次第ではまだ食える。
 低い食文化の水準の中では、まぁ、美味しい部類だ。
 焼くだけで美味いというルイジェルドの言葉にも、ギリギリ頷ける。

 だが、やはり香辛料は必要だ。
 二人はあまり必要としていないようだが、俺には必要だ。

 つまり俺の独断で買う事になる。

 だが、独断はよくない。
 俺たちは、チームだからな。

 香辛料のことはさておき、
 何事も相談する習慣をつけた方がいいだろう。


---


「全員集合!」

 さぁ寝るぞと、枕代わりになる布の塊をどこに置くか迷っていたエリス。
 目をつぶり、周囲の索敵をしていたルイジェルド。
 彼らを呼び寄せる。

「いまから会議をしたいと思います」
「……会議?」

 エリスは首をかしげた。

「はい、これから旅をするにあたって、色々問題が起きると思います。
 その時になって、三人が意見を違えて喧嘩しないように、
 大まかな事柄を先に話しあって決めておくんです」
「それって……」

 エリスは訝しげな表情を作った。
 やはり、彼女はそうした細かい事に参加するのは嫌だろうか。
 いっそのこと、ルイジェルドと二人で話し合ってもいいのだが、
 仲間ハズレはよくない。
 彼女は荷物ではない。
 ならば、やはりこうした相談事には参加させなければ。

「それって、あれよね。
 いつもルーデウス達が月に1回やってたやつよね?」

 ん?
 月1回?
 ああ、職員会議のことか。
 そういえば、そんなのもやってたな。

「そうです。それの冒険者バージョンです」

 エリスは口元をキュっと閉じると、すとんと俺の前に座った。
 真面目な顔をしようとしているが、
 口元にニマニマ笑いが張り付いている。

 なんだろう。
 さして面白いものでも無いんだが……。
 まぁ、嫌がられるよりいいか。

「それは、俺も参加するのか?」

 ルイジェルドの疑問。
 むしろ、お前が参加しないでどうするとツッコミたい。

「もちろんです。
 こういう話し合いは、戦士団の頃にはしなかったんですか?」
「していない。俺が全て一人で決めていた」

 普通はそういうものらしい。
 リーダーのいうことを聞きなさい、ってヤツだ。
 でも、俺は民主主義の国の出身だ。

「今日からは、三人で話し合い、三人で決めていきましょう」
「了解した」

 ルイジェルドは素直にうなずき、座った。
 焚き火の脇で、俺たち三人は車座になった。
 よし。

「では、第一回『デッドエンド作戦会議』を始めます。拍手」

 パチパチパチと、三人でそれぞれ拍手をする。

「ルーデウス、なんで拍手するの?」
「そういうものです」
「ギレーヌたちとの時はやってなかったじゃない」

 なんで知ってるんだ?
 まあ、いいけどさ。

「記念すべき1回目だから拍手するんです」

 職員会議ではしなかったけど。
 今は冒険者だ、盛り上げていかないとな。

「こほん。
 さて、前回、僕は盛大な失敗をしました」
「いや、お前のは失敗ではなく」
「シャラップ! ルイジェルドさん、発言をする時は、
 話が終わった後、挙手でお願いします」

 ヒステリックな三角メガネっぽく、そう言った。

「わかった」
「よろしい」

 ルイジェルドが気圧されたように黙ったのを見て、俺は続ける。

「失敗の原因は、いくつか思い当たります」

 情報収集を怠った事、金儲けばかりを考えた事、
 一石二鳥を狙いすぎたこと、
 エトセトラ。
 ま、ソレらはそれぞれ気をつけるとして。

「予防策として、これからは報告・連絡・相談を密にしていこうと思います。
 この3つは『ほうれんそう』といって、実に重要なものです」
「ほうれんそう……か」

 ほうれんそう。
 とても重要だ。
 これを一缶飲むだけで、屈強な大男を星の彼方までぶっとばせる。

「はい。ほうれんそうです。
 何かをする時は、まず相談!」
「ふむ。具体的にはどうすればいい?」
「やりたい事や困った事があったら、その都度聞いてください」

 実際、社会で相談というのがどういうことをするのかは知らないが……。
 まあ、難しいことは置いておこう。
 俺たちにやれることをやればいいのだ。

「僕も二人に聞きます。
 聞かれた方は、考えて下さい。やるべきか、やらざるべきか、
 そうすれば、案外相手の気づいていない名案が出てくるかもしれません」

 思えば、俺はルイジェルドに相談せずに決めることが多かった。
 俺は口では彼を信用していると言っていたが、
 心の底では彼を信用していなかったのかもしれない。

「そして、連絡。
 何か気づいたり、何かわかったら、すぐに口に出し、
 周囲のもう一人に伝えてください」

 エリスがうんうんと難しそうに頷いている。
 わかっているんだろうか。

「最後に、報告。
 途中経過も重要ですが、
 失敗したか、成功したかだけでもいいです。
 これは、僕に伝えてください」

 一応リーダーだからな。
 自覚を持っていこう。

「ここまでで質問は?」
「無い、続けてくれ」
「はい!」

 ルイジェルドが首を振り、エリスが手を上げた。

「はい、エリス」
「三人で相談はするけど、ルーデウスが決めるのよね?」
「まあ、最終的には、そうなりますね」
「じゃあ、最初からルーデウスが全部決めればいいんじゃないの?」
「僕ひとりじゃ考えられる範囲に限界があります」
「でも、私じゃルーデウスの考えなかった事なんて思いつけないわ!」

 そう言ってもらえるのはありがたいが、
 ハッキリ言わせてもらうと、
 俺だって安心が欲しいのだ。
 相談して、大丈夫よ、あなたなら出来るわ、と言ってもらいたいのだ。

「思いつけなくても、エリスの言葉がヒントになって、
 何かいい考えが浮かぶかもしれませんからね」
「そうかしら……」

 エリスはよくわかっていないという顔だ。
 まあ、最初のうちはしょうがないだろう。
 頭を使うのが重要なのだ。

「さて、とりあえず、今後の事について決めていきたいと思います」

 今後の事。
 十分な準備は出来なかったが、旅は始まった。
 行き当たりばったりになるが、やっていくしかない。

「まず、目的地ですが……。
 当然、最終目的地はアスラ王国になります。
 中央大陸西部です。これはいいですね」

 二人は頷く。

 しかし魔大陸から中央大陸には渡れない。
 航路が無いからだ。
 この世界では、海は海族が支配している。
 決められた航路以外は通れない。

「ルイジェルドさん、ミリス大陸には、どこから渡れますか?」
「魔大陸最南端の港町、ウェンポートから船が出ている」

 ゆえに中央大陸に行きたければ、
 魔大陸の南端→ミリス大陸。
 ミリス大陸を縦断。
 ミリス大陸の西端→中央大陸の東南端。
 というルートを通る必要がある。


 もっとも、裏ワザのようなルートもある。

 魔大陸の北西から、天大陸へと渡る道だ。
 このルートを通れば、ミリス大陸を経由しなくとも中央大陸に至れる。
 中央大陸に至りたいだけなら、理論上は数ヶ月は短縮できる。

 もっとも、口で言うほど容易くはない。
 天大陸は断崖絶壁の上にある大陸である。
 翼でもなければ上に上がることは出来ない。
 岸壁を伝っていかなければならないのだ。
 足場は無く、道はなく、魔物も大量にいる。
 致死率95%とか言われている過酷なルートだ。

 しかも、そこを抜けても、待っているのは中央大陸で最も過酷な北方大地。
 賞金稼ぎに追われる犯罪者ぐらいしか通らない。

 あくまでも、理論上の話だ。
 実際には、もっと時間がかかるだろう。

 結果として旅程日数にそれほど差が出るわけでもなく、
 わざわざ危険を犯す必要はない。
 というわけで、俺たちが向かう先は、南だ。

「船賃はいくらかかるかわかりますか?」
「わからん」
「そこまでの道のりは、どれぐらい掛かりますか?」
「かなり掛かるな。休み無く移動して……半年ぐらいではないか?」

 休み無く移動して半年、遠いなぁ……。

「何か移動手段はありませんかね、転移魔法陣とか」
「転移魔法陣は、第二次人魔大戦の折に禁術として指定されたと聞く。
 探せばどこかに残っているかもしれんが、使うのは難しいだろう」

 適当に言ってみたのだが、あるのか、旅○扉。

「結局、地面を歩いて移動するしかないってことですか?」
「そうだな」

 高速で移動する手段は無いらしい。
 半年も移動し続ける……うーむ。

 いや、半年、移動しつづけると考えるからいけないのだ。
 少しずつ移動する。
 町から町へ。
 そう考えればいい。
 千里の道も一歩から、ってやつだ。

「とりあえず、最南端の港町ウェンポートを目指すとして、
 次の町まではどれぐらい掛かりますか?」
「15日程で、大きな町につくはずだ」

 2週間。
 そんなもんだろうか。
 町から町の距離は。

「冒険者ギルドはありますかね」
「あるだろうな」

 ルイジェルド曰く、
 昔は種族毎に集落を作り、
 彼らの情報交換、物々交換の場として、町がある。
 そんな感じだったらしい。

 ゆえに、小さい町というものは存在せず、
 各種族の戦士たちが寄り集まる冒険者ギルドも、当然のように存在する。

 もっとも、昔は冒険者ギルドは無かったらしい。
 町を守るのは、各種族から代表して選ばれた戦士たちだ。

 また、戦う事の少ない種族のために、
 戦える者の多い種族が戦士を出向させる事もあったのだとか。
 スペルド族とミグルド族の関係がそんな感じだったらしい。

 そんな種族間の関係の繋がりを強めるために、
 別種族同士で結婚する、という事もあったという。

 どおりで、魔族は雑多な種族が多いわけだ。
 ハーフやクォーターだらけなのだろう。


 っと、話が逸れたな。

「では、僕らは冒険者ギルドのある町を転々と移動することにしたいと思います」

 そこに一週間から二週間ほど滞在。
 冒険者資格が剥奪されていなければ、
 冒険者としての依頼を受けつつ、
 『デッドエンド』の名前を売っていく。
 基本的に、悪いことはしない。
 そして、次の町までの旅費がたまり次第、町を出立する。 

「というのが、一連の流れですが、
 何か質問、あるいは意見はありますか?」

 ルイジェルドが挙手。

「別に、俺の名前は売らなくてもいいんだぞ。
 そのために髪も切った。今の俺は、スペルド族ではない」
「ま、名前を売るのは依頼のついでですよ、ついで」

 ヴェスケルたちの働きでわかった。
 特別なことをする必要はないのだ。
 誠心誠意仕事をして。
 うまくいけば、『デッドエンドのルイジェルド』と名乗る。

 ダメなら、ルーデウスと名乗る、それだけだ。
 次から、『デッドエンド』の汚名は、俺が被るのだ。
 でも、そのことはルイジェルドにはナイショだよ。
 え?
 相談が大事って決めた後で勝手に決めるなって?
 細けぇこたぁいいんだよ。

「あと、滞在中にすることで、何か質問はありますか?」
「はいっ!」
「はいどうぞ、エリス君」

 このノリ、懐かしいな。
 授業中みたいだ。

「昔やっていたみたいに、お店の値段を調べたりはしないの?」
「市場調査ですか?」

 ふむ。
 そういえば、リカリスの町ではサボっていたな。
 あの町では、本当に行き当たりバッタリだった。
 運搬用のトカゲだって、相場を知っていれば、もう少し安く手に入ったかもしれない。

「やっていきましょう。
 値段を知ることは、金をうまく使う事の第一歩ですからね。
 他には何かありますか?」
「…………」

 無いようだ。
 まあ、とりあえずはこんなものだろう。
 これから先、進むにつれて、問題も出てくるだろう。
 その時は、喧嘩せずに、ゆっくり話しあえばいいのだ。

「では、明日から、よろしくおねがいします」

 そう言って、俺は二人に頭を下げた。


---


 こうして、俺たちの旅は始まった。


--- 


 町。
 そこでルイジェルドがスペルド族と認識されることは無かった。
 眉毛まで剃ったせいだろうか、
 魔大陸では、髪型をガッチリ整えるといった文化も無いらしい。
 種族ごとの外見を大切にしているのだろう。

 門番には快く迎えいれてもらえた。

 ルイジェルドの見た目は茶坊主というか、
 どう見てもマフィアか右翼にしか見えないのだが、
 町中にはもっと物騒な顔をした奴らもいるからだろう。

「ウェルカム、マイタウン!」

 やはり、冒険者らしい格好をしていると違うらしい。
 本当によくきたと歓迎された。
 前に来た時は、明らかに貴族っぽい格好をしていたからな。
 かなり怪しかった。
 ルイジェルドも、こんな快く迎えられたのは初めてだと嬉しそうに言った。


 パーティ名が『デッドエンド』であるとギルドにいうと、
 周囲から「大丈夫か?」なんて疑問が飛んでくる。

 本物なので大丈夫というと、大抵は笑い声が上がった。
 この方法は相変わらず有効らしい。
 知らない場所でも簡単に受け入れられる。
 デッドエンドという存在のネームバリューには頭が下がる。


 宿に泊まれば作戦会議だ。
 今回の議題は、エリスからだった。
 「洗濯中にルーデウスが私のパンツの匂いを嗅いでいる、やめてほしい」。
 わりと真顔で言われた。
 俺はエリスのパンツに触ることを禁止された。

 しかし、そうなると洗濯ができるのはルイジェルドだけとなる。
 こんな子供と見れば頭を撫でずにはいられないようなロリコン野郎に可愛いエリスのパンツを渡す訳にはいかない。
 というわけで、
 エリスに洗濯を覚えてもらった。
 本日から、洗濯はエリスの担当である。

 と、思ったら、彼女はコッソリ、俺のパンツの匂いを嗅いでいた。

 でも、俺は決してやめてほしいなんて言わない。
 それが男の度量ってもんだろ?
 どや顔。


 情報収集はそう難しくなかった。
 冒険者ギルドを利用すれば、大抵のことはわかった。
 子供のフリをして、他の冒険者に聞くだけだ。
 もう、ホント、楽だった。
 このまま子供でいたいと思ったぐらい、なんでも教えてくれた。
 調子にのって、グラマラスな女冒険者にスリーサイズを聞こうとしたら、エリスにマウントを取られた。
 この世界には、タップという概念が無い。
 死ぬかと思った。


---


 町から町へと渡り歩きながら、
 俺たちはどんどん南へと移動していく。


---


 ある日を境に、エリスは魔神語を習いだした。
 ロキシーの教科書が無いので詳しいことは教えられないが、
 俺とルイジェルド、二人の教師がいるため、
 彼女もすぐに覚えられそうだ。

 アスラ王国にいた頃は読み書きなんてちっとも覚えられなかったのに。
 やはり、環境は人を変えるようだ。

 自分だけ会話が通じないと、ストレスも半端ないしな。

「わ、わたし、は、エリス・ボレアス・グレイラット……です」
「はい、できていますよ、お嬢様」
『ほんと!?』

 まあ、まだまだ会話には程遠いが……。

 山本五十六も言っている。
『やってみせ、言って聞かせて、させてみて、 ほめてやらねば人は動かじ。
 話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。
 やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず』

 なので、俺は褒めて伸ばす。

『さすがお嬢様ですぅ! 流石ですぅ! シビレますぅ!』
『……なんかバカにしてない?』
『いえいえいえいえそんなまさか』

 ちょっと調子に乗りすぎたか……。
 褒めればいいってもんじゃないな、うん。

『ねえ、でももうすぐ魔大陸から出るんでしょう?』
『その予定です。次はミリス大陸ですね』

 もうすぐといっても、まだまだ先は長いがね。

『じゃあ、もしかして、魔神語を憶えても意味ないんじゃ……?』
『また来るかもしれないじゃないですか』

 必要にかられてやる気になったとはいえ、
 エリスは相変わらず勉強嫌いのようだ。


 そして、彼女は俺に魔神語を教わりつつ、
 ルイジェルドに戦い方を教わっていた。

 最初の頃は、俺もそれに参加していた。
 だが、正直、ついていけなかった。

 ルイジェルドの指導は、ただひたすら、無言で打ち合いをするだけだ。
 最終的には、指導を受ける側は地面に転がされ、あるいは喉元に槍を突きつけられる。
 そして、ルイジェルドが聞く。

「わかったか?」

 俺にはわからない。何度やってもわからない。
 だが、エリスには理解できるらしい。

 たまに、ハッとした顔で、

「わかったわ」

 と、言う。
 何がわかるというのだろうか。
 いや、なんとなくはわかる。
 恐らく、ルイジェルドはこちらの悪い部分を、戦いの中で突いているのだ。
 戦いとは流動的で、動かせる部分は多い。
 だからこそ、口ではなく、実際にやっているのだ。
 けど、だからといって、理解できるものではない。
 それがわかるのなら、俺はもっと強くなっていたはずだ。

 多分、エリスは天才だ。
 事、戦いに関しては、俺の及ばない所にいる。
 正直な所、俺はルイジェルドの戦いの理論がチンプンカンプンだった。
 だが、エリスにはわかる。
 わかったわ、というのは口だけじゃないのだ。
 彼女は何かを理解している。
 そして、事実、エリスは強くなっている。
 彼女の戦闘力は飛躍的に向上している。

 まだまだギレーヌには及ばないだろうが、
 もしかすると、パウロはそろそろ超えているかもしれない。
 ……もしかすると、魔術を使った俺より強いんじゃないだろうか。


 俺も、色々考えないといけない。
 エリスが成長しているのに、俺が今のままでは、立つ瀬がない。

 なんとかして、強くなりたい。
 そう思い、エリスの目を盗んで、ルイジェルドに本気で挑んでみたことがある。
 本気といっても、パウロを想定していた時のような、接近戦での戦い方でだが……。

 結論から言うと、負けた。
 完敗だった。
 ルイジェルドには、俺の考えてきた接近戦用の魔術が、何一つ通じなかった。

「悪くはない。お前は魔術師としては完成の域にある」

 負けたはずなのに、そう言われた。
 昔、ギレーヌにも似たようなことを言われた気がする。

「だが、考え方は良くない。
 俺に接近戦で勝とうとする必要はない」

 近すぎるのだ、と言われた。
 相手の土俵に上がるから苦戦するのだ、と。
 そんなことはわかっている。
 でも、だからといって、いつも遠距離から戦いを始められるとは限らない。

「じゃあ、どうすればいいんですか?」
「さてな。俺も魔術は専門外だからな……。
 魔術を交えての接近戦といえば、龍族が得意としているらしいが、
 俺はペルギウスの戦いを少しだけ見たことがあるだけだ、参考にはならん」
「ペルギウスって、あの空中城塞の人ですよね?
 どんな戦い方だったんですか?」
「ああ、ヤツは前龍門と後龍門を召喚し、自分は魔力爪を使って戦っていた」

 召喚。
 召喚魔術は知らないんだよな……。

「その、前龍門と後龍門というのは、どういう召喚魔術なんですか?」
「詳しくは知らんが、前龍門は相手の魔力を常に吸収し、
 後龍門は吸収した魔力を自分のものにする、という感じだった」

 ゆえに、ペルギウス相手には長期戦になればなるほど不利になる。
 ラプラスは圧倒的な魔力総量を誇ったがゆえに、あまり効果が無かったらしいが……。
 並の戦士なら、五分もたたない内に体中の魔力を吸収されて気絶するらしい。

「卑怯な戦い方ですね」
「…………そうか?」

 ルイジェルドなら、それを卑怯だと言うかと思ったが、そうでもないらしい。
 やはり、宿敵ラプラスに一矢報いた仲間意識でもあるのだろうか。

「そう焦るな。お前の年齢を考えれば、本格的に強くなれるのはこれからだ」

 最終的に、ルイジェルドはそう言って、俺の頭を撫でた。
 戦士として見てはくれているようだが、ルイジェルドは俺の頭を撫でる。
 単純に、子供の頭を撫でるのが好きなのだ、この男は。

 しかし、でも、どうすれば強くなれるんだろうか……。


--- 


 南へ、南へ。
 町につき、依頼を受けて、名前を売り、金を貯めて、次の町へ。
 同じことを繰り返しながら、ただひたすら、南へ。


---


 旅の途中、
 ルイジェルドに勝負を挑んでくる者がいた。

「我こそは北神カールマンが直弟子『孔雀剣のオーベール』!
 の、三番弟子のロドリゲス!」

 最初は賞金稼ぎかと思った。
 知らん間にルイジェルドに賞金が掛けられたのかと思った。

「その物腰、さぞ名のある御仁とお見受けした!
 立ち合いを所望したい!」

 しかし、どうやら違うらしい。
 彼は武者修行のために魔大陸を旅しているのだとか。

「ルイジェルドさん、どうします?」
「こういう手合いは久しぶりだな」

 ルイジェルド曰く、魔大陸には武者修行者も多いらしい。
 魔大陸は魔物も強く、
 その魔物を退治する冒険者たちも強い。
 修行しようなんて考えている輩にはうってつけの場所なのだとか。
 意味もなく強くなってどうすんだろうな。

「俺はうけてもいいが、どうすればいい?」
「僕は断ってもいいと思いますけど、どうしたいです?」
「俺は戦士だ。手合わせしたいというのなら、相手をしたい」

 受けたいなら最初からそう言えよ。
 ということで。
 ルールを決めることにした。

1.殺し合いは無し、止めは刺さないこと
2.こちら(ルイジェルド)が名乗るのは、勝負の後であること
3.勝っても負けても禍根を残さないこと

 相手は快く承諾してくれた。

 そして、ルイジェルドは勝った。
 相手の全力を受けきるような動きで、勝った。
 手加減をしている、という感じではない。
 ただ、ローリスクに動き、相手の動きを完全に制したのだ。

「完敗だ。こんな強い者がいるとは……世界はまだまだ広いな!
 で、名前はなんと言うのだ?」
「ルイジェルド・スペルディアだ。『デッドエンド』と呼ばれている」
「なに、あの『デッドエンド』か!?
 魔大陸で何度も噂を聞いたぞ。
 恐ろしいスペルド族の男がいるとな!」

 戦いが終わると、彼は驚いた。

 意外と、人族はスペルド族の特徴を知らない。
 スペルド族が槍を使っているだとか、
 額に赤い宝石があるだとか、
 そういう事を知らない者が多い。

 人族の常識では、スペルド族の特徴は髪がエメラルドグリーンって部分だけなのだ。

 エメラルドグリーンの髪。
 戦争から400年も経った今では、ただそれだけが迫害の理由なのだ。
 髪が緑なだけでイジメられる、俺には到底理解できない。

「しかし髪がないようだが?」
「故あって、剃った」
「り、理由は聞かない方がよさそうだな……」

 明らかに強い相手、
 恐怖の象徴スペルド族、
 中でも最も凶悪とされる人物。

 恐れて当然の相手だ。

 しかし、やはり、武人同士。
 何か通じるものがあるらしい。
 強さを基準で生きる人々にとって、
 ルイジェルドは尊敬に値する人物なのだ。

「まさか、歴史上の人物と手合わせしてもらえるとは……!
 これは故郷で自慢できるな!」

 大抵の相手は、嬉しそうにしていた。
 まるで、道端でハリウッドスターにでも会ったかのような、
 しかも、気難しいと思われていたそのスターが、
 意外とフレンドリーだった時のような、
 そんな喜び方だった。


「我こそは――――」

 そいつを皮切りに、ルイジェルドは挑まれ続けた。
 南に行けば行くほど、そういう手合いが増えた。

 武者修行者の中には学のあるやつもいて、
 ルイジェルドが400年前の戦争時のスペルド族の戦士団。
 そのリーダーと同じ名前だと指摘する者もいた。

 同一人物だと言うと、大層驚いていた。
 その人物には、ルイジェルドの戦争話が一昼夜を掛けて語られる事となった。
 ルイジェルドおじいちゃんの昔話は長いが、
 誇張なしで語られるその実話は、武人にとって興奮するものであるらしい。
 特に、1000人の包囲を抜け、長い時間潜伏し、ラプラスに一矢報いるくだりには、武人も男泣きに涙を流した。

 この話を本にして流通させれば、案外スペルド族の見方も変わるかもしれない。
 『実録! 正義なき戦い 魔大陸死闘篇!』
 とか、
 『誰も知らない歴史の真実 スペルド族編』
 とか、そんな感じで。

 土魔術を使えば印刷は出来るからな。
 さらに、俺は4ヶ大陸語を扱える。
 ま、国の法律に抵触して捕まる可能性もあるが……。
 頭の片隅には置いておく事にしよう。

「じゃあな、ありがとう! 勉強になった」 

 武者修行者たちは、誰もが嬉しそうに別れた。
 喧嘩別れをすることは一切なかった。
 それもこれも、みんな髪を剃ったおかげだろう。

 もう、スペルド族は全員スキンヘッドにすればいいんじゃないかな?


---


 そうして、南へ、南へ。
 俺たちは旅をする。


---


 もちろん、順調なだけじゃない。
 問題は何度も起きた。
 言葉を理解したことで、嘲笑にブチ切れたエリスが喧嘩することもあった。
 ルイジェルドがスペルド族だとバレて、追い出される事もあった。
 また、俺がエリスの水浴びを覗こうとして、ルイジェルドに首根っこを掴まれて引き戻される事も多々あった。

 似たような問題は何度も起きた。
 最初の頃は、問題が起きるたびにヤキモキしたものだ。

 直さなきゃ、どうにかしなきゃ、と思った。

 けれど、考えてみれば、だ。
 エリスは喧嘩をする時には絶対に剣を抜かなかった。
 ルイジェルドも、追い出される時は最初の時のような騒乱は起きなかった。
 町で仲良くなった衛兵から「すまんな、スペルド族だと、やっぱり怖がるヤツがいるからな」と申し訳無さそうに言われることもあった。
 そして俺は、結局一回もエリスの水浴びを覗くことは出来なかった。

 どれも小さな問題だった。
 大問題には発展していない。
 だからか、そのうち気にしなくなった。

 エリスは乱暴者だし、
 ルイジェルドはスペルド族だし、
 俺はスケベだ。

 生まれた時からそうだったのだ、
 いまさら直そうと思ったって、直るもんじゃない。

 ま、やれることはやっているのだ。
 失敗しても後からフォローすればいい。
 気楽にいこう、気楽に。
 途中からは、そう思えるようになっていった。

 決して、失敗を軽くみているつもりはない。
 ただ、肩の力を抜くという、
 当たり前のことを実践できるようになっただけだ。


---


 旅を始めて、約1年が経過した。
 俺たちはいつしかAランクの冒険者になっていた。


 そして、魔大陸最南端。
 港町ウェンポートへとたどり着いた。
第3章 少年期 冒険者入門編 - 終 -


次章
第4章 少年期 渡航編
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