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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第3章 少年期 冒険者入門編

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第三十二話「失敗と混乱と決意」

 赤蛇大蛇を討伐し、ギルドに帰ってきた。
 いつも通り、ジャリルと冒険者ギルドの外で待ち合わせ。
 完了カードを交換する。
 そして赤蛇の牙と皮を渡し、口裏合わせをする。

 量が多かったので、今回はヴェスケルを含めた全員で冒険者ギルドに入る。

 案の定、ノコパラが寄ってきた。
 この男は、本当にいつもギルドにいる。
 そして、毎回寄ってくる。

「ようよう、随分面白そうなのを狩ってきたじゃねえか。
 それ、赤喰大蛇の鱗じゃねえのか? あ?」

 俺はジャリルに目線を送り、
 打ち合わせ通りに言葉を吐かせる。

「あ、ああ。運よくな、弱っている所に出くわしたんだ」
「へぇ~。お前らがねえ~」

 ニヤニヤと、何か面白い事でもあったかのように。
 ノコパラはジャリルを見下ろしている。
 なんだ。
 何か、いつもと違う気がする。

「と、途中で『スーパーブレイズ』の連中が死んでたんだ。
 あいつらが弱らせたんだろう」
「なに? ブレイズ……死んだのか?」
「ああ」
「ま、赤蛇じゃしょうがねえか……」

 ノコパラは、ふぅんとつまらなさそうに息を吐いた。

「だが、いくら弱ってたからってお前ら二人で赤蛇はなぁ……」
「弱ってたというか、死にかけていたんだ。いや、もう死んでいたと言っても過言ではない。正確には死んでいなかったが、死んだも同然だったんだ」

 早口にそう言って、ジャリルは足早にそこを去る。
 ノコパラも納得していない顔で、標的を俺たちに切り替えた。

「お前らは、今日もペット探しか?」
「ええ、ジャリル師匠のペット捜索術は素晴らしいので、今日も小銭をゲットです」
「へぇ~」

 俺もまた、足早にさろうとする。
 何か、よくない感じがした。
 しかし、ノコパラは馴れ馴れしくも、俺の肩に手を回し、
 小声でボソリと言った。

「で、町の外で、どうやってペットを探すんだ」




 一瞬だけ、無意識的に、俺の動きが止まった。
 でも、ポーカーフェイスは作れていたと思う。

 まだ、想定内だ。
 俺たちが町の外に行くのを見られただけ。

「今回はたまたま外にいたんですよ」
「へぇ~。というと何か?」

 ごまかす方向で話を進める。
 ノコパラはジャリルの肩をガシリと掴んだ。

「赤喰大蛇も、たまたま町の中にいたってことかよ?」

 なるほど。
 ジャリルたちは町中で姿を見られている。
 つまり、もう、バレてるってことだ。

「さぁて、不思議なものもあるもんですねぇ」

 このパターンは、想定していた。

 切り抜けるパターンはいくつかある。
 例えば、ジャリルを尻尾切りにすれば、この場は逃れられる。
 俺たちは低ランクで、高難度依頼を押し付けられて困っているのだ、と。
 が、これはやらない。
 これをやると、俺がルイジェルドに切られる可能性がある。
 戦士の行いじゃないからな。

「おいおい、今更しらばっくれんなよ」
「しらばっくれるも何も、さて、僕らが何かしましたかね」
「あ?」
「僕らは『ピーハンター』に依頼を手伝ってもらい、
 『ピーハンター』の依頼を手伝っていた。それだけの事ですよ?」

 しらばっくれる方向から、開き直る方向へとシフト。
 ギルドの規約は見なおしたが、俺たちに非はないはずだ。
 だが、規約に書いてなければオッケーというわけではない。
 世の中、ルールを守れば何してもいいわけではないのだ。

 とはいえ、その正確な線引は俺にはわからない。
 だから、正しいという方向でごまかす。

「ふざけんじゃねえぞ。
 てめえらのやり方を真似する阿呆が出てきたらどうなる?」
「どう、とは?」
「依頼が金で買える事になっちまう。
 冒険者ギルドの存在意義が無くなるんだよ」

 ふむ。
 金銭取引はしていない……と言い張ってもダメそうだな。
 でも、そうか、依頼の売買に分類されるのか。

 なるほど、こいつ頭がいいな。

 確かに、俺たちみたいなやり方が横行すれば、
 依頼を金で売買するヤツラも出てくるかもしれない。

 例えば、Dランクの依頼を全て受領し、
 他のDランクの連中に売るのだ。
 売ったヤツラは金も入り、ランクも上がる。
 何もしていないのに、だ。

 もっとも、そのやり方だと、売れなければ依頼失敗となるが。

「なんでノコパラさんがそんな事を気にするんですか?
 あんたには、迷惑かけてないでしょう?」
「ヘヘ、いいのか? そんな態度を取って。
 お前らの取れる道は二つだぜ、おい、ジャリル、てめえも聞け」

 俺は胸ぐらを掴んで持ち上げられた。
 後ろでルイジェルドとエリスが気色ばむ。
 とりあえず、今はハウス。
 まだ話は終わっていない。

「ヘヘヘ……」

 馬面の表情は馬なのでわからない。
 だが、そこに下卑た笑いが貼り付けられてるのは、なんとなくわかった。

「冒険者資格が大事なら、
 毎月、鉄銭2枚、俺ん所に持って来い」

 あらやだ清々しい。
 この世界にきて、初めてこういう人に会った気がする。
 最近はどいつもこいつも中途半端にいい面と悪い面があるからな。
 こういう風に、悪い面だけを見せてくれる相手は楽でいい。
 余計な気遣いをしないで済むからな。

 しかし、ノコパラめ、
 どうりでずっとギルドにいるわけだ。
 コイツはギルド内で不正をしそうなヤツを見張っているのだ。
 そして、見つけるとこうして強請ってくる。
 楽な商売だ。
 コイツを通報すれば一発で終了なんじゃないだろうか。
 いや、そうすると通報した方の不正も発覚するわけか。

「おめーら。かなり稼ぐみたいだから、ヘヘ、余裕だろう?」
「い、いくつか、質問いいですか?」

 動揺しているフリをしつつ、俺は冷静に話を進める。

「あん?」
「やっぱ、今回のコレは、依頼の売買に分類されるんですよ……ね?」
「おう、バレりゃあ、罰金と冒険者資格の剥奪だ。困るだろ?」
「困ります、困ります」

 落ち着け、まだ慌てるような時間じゃない。
 こういう状況も、想定していた(・・・・・・)
 大丈夫だ。
 まだ、大丈夫だ。

「と、とりあえず今は持ちあわせがないので、
 ジャリルさんと、依頼の報告をしてきていいですか?」
「構わねえよ。だが、逃げんなよ?」
「もちろんですよ、旦那ぁ~」

 やっぱ、こいつ、あんまり頭良くないな。
 そう思いつつ、俺はカウンターへと向かう。

「お、おい……どうすんだ、どうすんだよ!」
「落ち着いて。平然としてください」

 動揺するジャリルを適当に相手しつつ、ヴェスケルを手招き。
 完了カードを受け渡し、報酬を受取る。
 それと同時に『ピーハンター』を解散させる。
 そして、ジャリルとヴェスケルを『デッドエンド』へと加入させた。

 意味のない措置かもしれない。
 冒険者ギルドがどこまで細かく帳簿をつけているのかわからないからな。

 背後を見ると、ルイジェルドが憤怒の形相だった。
 その視線の先には、ノコパラがいる。
 今回、ルール違反をしたのは俺たちなわけだが、
 それを傘にきて脅すような行為は戦士的にダメらしい。
 とりあえず、ルイジェルドをジェスチャで制しておく。

 エリスは状況がわかっていないようだ。
 言葉がわかれば、最初にノコパラに襲い掛かるのは、恐らく彼女だ。
 拳ではなく剣で襲いかかるだろう。

「ほら、とりあえず今日の分、払っとけよ」

 戻ってくると、ノコパラはなれなれしく、俺たちに肩に腕を回してきた。
 ジャリルは愛想笑いで受け取ったばかりの鉄銭2枚を渡そうとする。
 が、俺はその手を掴んでとめた。

「その前に一つ」
「んだよ。早くしろよ、俺ぁ気が短ぇんだ」

 心の中で深呼吸を一つ。
 うまくいくことを祈ろう。

「俺たちが不正をしたって証拠、あるんだろうな?」

 ノコパラの忌々しそうな舌打ちが、ギルド内に響いた。


---


 ギルドの帳簿から、
 『デッドエンド』が行った依頼がピックアップされる。
 ギルド職員は、何のために、などと聞かなかった。
 ノコパラがこれを聞くのは、今日で初めてではないのだろう。

 それらを元に、依頼者の所へと向かった。

「路地裏で襲おうとか考えんなよ?」

 ノコパラはルイジェルドとジャリルを見ながら、そう言った。
 ルイジェルドの殺気はかなりのものだと思うが、彼は怖くないのだろうか。
 案外、そういう殺気を受けるのは慣れているのかもしれない。

「俺が死ねば、仲間がギルドに報告するし、
 それに、なんちゃってCランクのお前らと違って、
 俺はBに上がれるCだからよ」

 最後の一言は、さすがに虚勢だろう。
 ノコパラも5対1で勝てるとは思っていまい。
 いくら俺たちを追い込んでいるとはいえ、
 彼だって死にたくはないのだ。
 とはいえ、浅はかだな。俺なら、護衛の一人でも付ける。

「さぁて、ついたぜ」

 最初の一軒。
 見たことの無い民家だ。
 ノックすると、中から出てきたのは、偏屈そうな婆さんだった。
 ワシのような鼻で、黒いローブを着ている。
 家の中からは、甘ったるいにおいが漂ってきた。
 恐らくあの中で、ね○ねるねるねを作っているのだ……。

 彼女はノコパラの顔を見るといぶかしげな顔をしたが、
 ヴェスケルの顔を見ると、顔をほころばせた。

「おや、ヴェスケルじゃないか。
 今日はどうしたんだい? 大勢ひきつれて。
 ああ、それが『デッドエンドのルイジェルド』のメンバーかい?」

 ノコパラはぎょっとした顔で俺たちを見渡し。
 婆さんの視線がヴェスケルの顔に注がれているのを見て、

「ハン!」

 と、にやけた笑いを張り付かせた。

「婆さん。こいつらは、『デッドエンド』じゃねえんだ。
 アンタ、だまされてたんだよ」
「あん?」

 婆さんはノコパラを一瞥すると、
 ハッ、と鼻で笑った。

「どう騙したっていうんだい?」
「どうって、そりゃ」
「ヴェスケルは、きちんと害虫駆除をしてくれたよ。
 さすがはズメバ族だね。あれ以来、一匹も見かけないよ」

 どうやら、この老婆はヴェスケルが回った家の一つらしい。
 そういえば、ルイジェルドが監視した話の一つに、そんな事もあったか。

「きちんと仕事をしてくれるなら、
 あたしゃ本物の『デッドエンド』でも構わんよ」

 その言葉に衝撃を受けたのはノコパラだけではなかった。
 ルイジェルド本人も驚いた顔をしていた。

「け、けどな!」
「老い先短い身だしね。
 最後にそんなのと出会えるなら、会ってみたいものさ」

 今、会ってますけどね。

 ノコパラは目を白黒させながら、
 イライラした顔でヴェスケルに振り返った。

「ヴェスケル! てめえ冒険者カードだしてみろ!」

 ヴェスケルはハッとした顔で、しかし、ニヤリと笑った。
 そこには、パーティ名『デッドエンド』と書かれたカードがあった。

「なっ! ち、畜生、てめえらやりやがったな……!」

 すでに、『ピーハンター』は存在しない。
 調べれば、ギルドの帳簿には残っているだろう。
 さらに調べれば、規約のどこかに引っかかるかもしれない。
 だが、ノコパラはそこまで頭が回らなかったらしい。

「クソが! 次だ!」

 ギルドに戻ることはせず、
 俺はニヤニヤと笑いながら、ノコパラについていく。


---


 数十件の依頼人を回り、ノコパラは赤を通り越して青い顔になっていた。

「ちくしょう、どうなってやがる」

 どの依頼者も、ジャリルとヴェスケルを『デッドエンド』として認識していた。
 そして、冒険者カードも『デッドエンド』。

 挙句の果てに、最初の依頼である少女の下に訪れると、
 少女が歓喜の声をあげてルイジェルドの足に抱きつくという、嬉しいハプニングもあった。

「ノコパラさん。悪いんですが、証拠が無いんじゃあ、
 僕らもあんたに金を払うことは出来ませんよ」
「くそがあ」

 ていうか、逆に彼をギルドに訴えることも出来よう。
 依頼の邪魔をしたとかなんとかでっち上げて。

「くっくっく」

 思わず、悪い笑いが溢れる。

 そうしているうちに、最後の依頼者の場所が見えてきた。
 というか、狼の足爪亭だった。
 ジャリルたちは俺たちの泊まる宿屋でも働いていたらしい。

 さすがに顔を知る者がいるとごまかすのは難しいかもしれない。
 が、宿屋の主人とはそれほど仲良くしていた記憶もない。
 ま、今まで通りだ。
 なんとかなるだろう。

「最後は、あいつらだ」

 足爪亭の入り口から出てきた二人。
 それを見て、
 俺は凍りついた。

 ヤバイ。
 俺の頭が警鐘を鳴らす。
 エマージェンシー。
 突然の空襲。敵機襲来。
 不測の事態。
 俺の考えの足りなさが、頭の悪さが。
 ここにきて浮き彫りになる。

「あ、ルーデウス、帰ってきたのか……お疲れさん。
 って、なんだ、ぞろぞろ引き連れて」

 クルトは疲れきった顔で、俺たちを出迎えてくれた。
 ノコパラは俺の焦りを悟ったのか、
 あるいは最初からこうするつもりだったのか。

「よう、前の石化の森で助けてもらったのは、『デッドエンド』で間違いねえよな?」

 ああ、ヤバイ。
 現在の『デッドエンド』のパーティランクはD。
 『ピーハンター』が受けたあの依頼はB。
 つまり、受けることが出来ない。
 つまり、調べればボロが出る。
 まずい、ヤバイ。

「そりゃあ……」

 クルトは俺とルイジェルドの顔を見る。
 俺は必死で、黙っていてくれと首を振る。

(虚勢を張れ、お前は誰の手も借りてなんかいない。
 窮地を切り抜けたのは仲間うちだけだ、そうだろ?)

 と、せめて、クルトたちが虚勢を張って、「そんなの知らねえよ! オレたちは誰にも助けられてなんかいない!」と抗弁してくれることを祈る。
 クルトはそれを見て、力強くうなずいた。

「当たり前だろ、こいつらぐらい強い奴は見たことねえよ」

 アラヤダ正直者!

 クルトは、俺たちがいかに強く、
 エクスキューショナーとアーモンドアナコンダを葬ったかを語った。
 かなり脚色と擬音の入った説明だった。

 ルーデウスさんはマジパネェよ。
 エク公とかマジ調子で、おっかねえけど、
 デッドエンドに上等キれるほどじゃなかったわ。
 エク公とルーデウスさんがタイマン張ってどうだったか、わかる?
 ワンパン。
 マジ。ワンパンでエク公ブチン。ぺちゃんこ。
 ジェルドさんもマジヤバ。
 こっちにフッ、あっちにフッと動いただけで、アナコンダボン!
 スッゲーことやってんのにヨユーって顔してんの!
 いや、マジ痺れたわー。

 と、そんな感じの解説を、ノコパラは、そうかそうかほうほうそらすげー、とニヤニヤしながら聞いていた。
 そして。

「おかしいな~おい、今日、町で依頼を受けてたやつが、
 石化の森で人助けなんかしてんだろうなあ」
「いや、あの、それは、僕らがジャリルと一緒に……」
「ジャリルもヴェスケルも、ずーっと町にいたぜ?」

 もう、ごまかすのは無理だった。
 すでにノコパラの頭の中では俺たちを追い込む算段がついているに違いない。

 落ち着け、まだ手はあるはずだ。
 考えろ。
 まずは3つ。選択肢を思いつけ。
 よし、思いついた。

1.ノコパラを殺す
 仲間がいるという話を信じるなら、決していい方向には進まない。
 だが、案外いい方向に転がるかもしれない。
 全ては運次第。
 下策。

2.ジャリルに全ての罪を被せる
 俺たちは新人、彼らは古参だ。
 騙されていた、食い物にされていたと叫べば、通るかもしれない。
 だが、ルイジェルドの信頼は失われる。
 仲間を裏切ってはいけない。
 下策。

3.今は金を払っておき、時期を見てなんとかする
 これも全てが運次第。
 すぐに解決策が見つかるかもしれないが、
 ノコパラに俺たちの戦闘力を知られれば、逃がさないために二重三重の策を仕掛けられるかもしれない。
 町から逃げ出さないように、自分たちから逃げられないように。
 下策。

 だめだ、全部下策だ。
 下手の考え休むに似たり。

 どうする。
 一番楽なのは2だ。
 だが、これは、恐らく、最悪の手だ。
 その場しのぎで、決して未来につながらない手。
 彼らを裏切るという事は、ルイジェルドとの信頼関係が切れるということだ。
 ルイジェルドは、俺の言葉を二度と信用すまい。

 だから、2はダメだ。
 絶対にダメだ。

 1もダメだ。
 意味がない。今日までやってきたことが無駄になる。
 いくらここが、人死に大して寛容な魔大陸でも関係ない。
 一度やれば、同じことを同じ方法で解決しようとしてしまう。
 血塗られた道を歩くつもりはない。
 俺に、そんな覚悟はない。

 3はもっとダメだ。
 こいつらに金を渡すということは、不正を認めるということ。
 一番やっちゃいけない。
 飼い殺しにされているうちに、二つ、三つと罪状を重ねられるかもしれない。
 その罪をどうにかするために、さらに無理な要求をされるかもしれない。
 もし俺だったら、エリスの体とかを要求するだろう。
 そうなれば、結局はノコパラを殺すハメになる。

 いや、それでも3か。
 いやいや、3を選ぶなら最初から1だ。

 ノコパラと、その仲間を、殺すしかない。

 殺すしかないのか?
 やるのか……。
 やるしかないのか……?

 俺は、人を殺せるのか?

 どこかにいる他の奴らはどうする?
 ルイジェルドに探させるのか?
 どうやって?
 ルイジェルドでも、誰を探せばいいのかわかっていなければ、見つけられないはずだ。

 いっそ、冒険者を諦めるか?
 資格なんて無くても、生きていける。
 この大陸で金を貯める方法はなんとなくわかっている。

 だが、そうやって割り切ったとして、ジャリルたちはどうなる?
 調べれば、ペット誘拐の事だって明るみに出るかもしれない。
 俺たちは金もできたし、この町から出ていけばいい。
 けど、彼らは違う。
 彼らはこの町に住んでいる。
 ペット誘拐なんてしていたと知られれば、この町を追い出されるんじゃないのか?
 彼らに平原を生き延びる術はない。
 結局は裏切る事になるんじゃないのか?

 それとも、町から追い出された彼らの世話を焼くのか?
 無理だ。
 自分たちだけでもギリギリだっていうのに。
 出来るわけがない。


 いや、ここまできたら覚悟を決めよう。
 血塗られた道を歩く覚悟だ。

 俺の目的を思いだせ。
 エリスを無事に家に返すことだ。
 そのためなら、ルイジェルドも、ジャリル達も、裏切ってやる。
 その結果、エリスに軽蔑されたとしてもいい。
 パウロやロキシーに顔向けできなくなったとしてもいい!

 水聖級魔術を使ってこの町を水没させ、
 混乱に乗じて、エリスを連れて逃げる。
 冒険者資格は諦める。
 どんな悪事に手を染めてでも、目的を達成する。

 やってやるよ……。


---


 覚悟を決め、手に魔力を集めた。
 その時、ふと気づいた。
 ノコパラの顔が豹変していたのだ。

「お……あ……」

 馬面が真っ青になり、ガクガクと膝が震えている。

 その視線の先は俺ではなく、俺の後ろ。
 振り返る。

 そこには、ルイジェルドの姿があった。
 水に濡れたルイジェルド。
 すぐ脇には、宿屋の裏にあるはずの水瓶が転がっていた。

「る、ルイジェルドさん?」

 目にはいるのは、輝くエメラルドグリーン。
 水を浴びたことで、青色の染料が、落ちていた。
 エメラルドグリーンの髪が、しっとりと濡れて、輝いていた。
 彼は、額を隠す鉢金の結び目を解いた。
 額の赤い宝石が、露わになった。

 憤怒の形相で立つ、悪魔の戦士がそこにいた。

「す、す、す、スペルド……」

 ノコパラが尻餅を付いた。

「俺が『デッドエンド』のルイジェルド・スペルディアだ。
 バレてしまっては仕方がない。
 お前たちを皆殺しにしてやろう」

 棒読みの、ヘタクソな演技だった。
 しかし、殺気だけが本物だった。

「キャアアアァァァァァ!」

 誰かが叫んだ。
 街角を歩いていた少女が、青年が、老人が、
 手にもったものを放り投げて叫び声を上げ、逃げていく。

 そんな中、まずジャリルが裏切った。
 大声で叫んで、ヴェスケルと共に逃げていく。

「俺は脅されていただけだ! 知らねぇ! 仲間じゃねぇんだ!」

 そんな中、クルトは腰を抜かした。
 つい先日、ルイジェルドに啖呵を切ったことを思い出したのか。
 青い顔で、小便を漏らした。

 髪の色が変わったぐらいで、こいつらは何をそんなに恐れているのか。
 俺には到底理解できない。
 だって、お前ら、今まで普通だったじゃないか。
 クルトさあ。
 お前とか、さっき、ルイジェルドを猛プッシュしてたじゃないか。
 将来はルイジェルドみたいになりたいとか言ってたじゃないか。
 尊敬の目で見てたじゃないか。

 なのに、なんて髪の色を見ただけで、そんなに怯えるんだ?

 エリスを見ろ、何が起こったのかわからないのに、平然としているじゃないか。
 いつもどおり、腕を組み、足を肩幅に広げ、顎をクッと上げて。
 静かにカッと目を見開いて。
 平然としているじゃないか。

 周囲には逃げる人々と、震えながらへたり込む人と、
 剣を抜いてはみたものの、足をガクガク震えさせている者と、
 いろんな者がいた。
 みんな震えていた。

 これほどか。
 『デッドエンド』の姿は。
 ただ髪が緑であるという事の意味は、これほどなのか。
 これほど、人々の中に恐怖として浸透しているのか。

 ハッ、なんだか笑えてくるな。
 俺がやろうとしていたことは何だったんだ。
 髪を見せただけでこんな状況になるのを、
 俺ひとりが頑張って、どうにかなると思っていたのか。

 馬鹿馬鹿しい。
 エリスが大丈夫だったから、
 ミグルド族が大丈夫だったから、
 他の人も大丈夫だと思ったか?
 無駄だったんだ。
 スペルド族の悪評は、評判じゃない。
 恐怖の象徴なのだ。
 それを正そうだ?
 無駄無駄。
 出来っこない。

「…………」

 ルイジェルドは阿鼻叫喚の中、
 ゆっくりとノコパラに歩み寄る。

「貴様……ノコパラとか言ったな」

 胸倉を掴んで、持ち上げた。
 ノコパラの重そうな体が、簡単に持ち上がる。

「ルイジェルドさん! 殺しちゃだめですよ!」

 この期に及んで、俺はまだそんなことを叫んだ。
 殺しちゃいけない、こんな状況で殺したら、
 デッドエンドの名前に、一生消えない傷がつく。

 いや、もう無理か、今更か。
 今更そんな事をしても遅い。
 もういいよ。
 やっちゃえ、○ーサーカー!

「す、すまん、ま、まさか本物だとは思ってなかったんだ!
 ゆ、許してくれ! 許してくれ! 頼む!」
「……」

 ルイジェルドの憤怒の形相。
 震えるノコパラ。

『ねえ、何がおこっているのよ!』

 唐突に、エリスが話しかけてきた。
 俺はゆっくりと答える。

『最悪の事態が起こっています』
『どうにかしなさいよ!』
『できませんでした。すいません』
『ルーデウスに出来ないなら、どうしようもないわね!』

 エリスはあっさり諦めた。
 俺もとっくに諦めた。
 もうどうにもならん。

 全ては俺の責任だ。
 見つかっても、どうにかなると思っていた。
 浅はかな考えで、事態がどうにかなっても大丈夫な気でした。
 結果、ダメだった。

 こうなってしまえば、
 俺に出来る事といえば、
 当初の予定通り、全てを水に流すことぐらいだ。
 水聖級魔術で。
 なんちゃってね。ハハハ。

「た、助けてくれ。お、俺には、腹をすかせた三つのガキが七人いるんだ!」

 支離滅裂な命乞いのセリフを吐くノコパラ。
 どう考えてもでまかせだ。
 俺だって、もうちょっとマシな命乞いをする。

「……町からは出て行く。だからお前も忘れろ」

 が、ルイジェルドはあっさりと許した。
 やはり子供という単語が効いたのか。

「へ、へへ、へ、あ、ありがてえ」

 助かった、というノコパラの顔は、次の言葉で引きつる。

「しかし、もし、次の町にたどり着いたときに、
 俺たちの冒険者資格が剥奪でもされていてみろ」

 ルイジェルドは、槍の先で、ノコパラの頬に、スッと一筋の傷をつけた。
 ノコパラの股間がぐっしょりと濡れ、
 ケツのあたりがモリモリと膨らんだ。

「俺が町中に侵入できんとは思うなよ……?」

 ノコパラはこくこくと頷いた。
 ルイジェルドが手を離す。
 ノコパラは落ち、ビチャリと嫌な音を立てた。


---


 そして、ルイジェルドは町を追われた。
 全ての罪を自分で被って逃げ出した。

 ひどいもんだった。

 ルイジェルドは一人で走り出し、俺たちは取り残された。
 衛兵達が走ってきて、事情を聞かれた。
 俺はルイジェルドは悪くないと抗弁した。
 しかし、子供のいうことだ。
 そう言えと脅されたのだなと、勝手に判断された。

 ルイジェルドは悪事を企んでいた。
 俺たちはそれに利用された。
 悪事の内容はわからないが、
 運よく最悪の事態を避けることができた。
 彼らの中ではそうなったのだ。

 周囲の人々は、俺とエリスをかわいそうな目で見ていた。
 何も知らない、利用された子供としてみていた。

 はらわたが煮えくり返りそうだった。
 ルイジェルドが何をやったというのだ。
 全部、俺がやったことじゃないか。
 俺の甘い考えが引き起こした事態じゃないか。


 俺たちは宿に戻ると、すぐに荷物をまとめた。
 大して量の多くない荷物をまとめ、宿を出る。
 早くしなければ、ルイジェルドがどこかに行ってしまうかもしれない。

 どのみち、俺たちだってこの町にはいられない。
 ノコパラは生きている。
 仲間もいると言っていた。
 俺たちの不正もそのままだ。
 ほとぼりが冷めれば、次はルイジェルドの助けはない。

「なあ、ルーデウス……」

 宿を出たところで、クルトが話しかけてきた。
 なんと言っていいかわからない。
 困惑の表情だ。

「おまえ、なんであんなのと一緒にいたんだ?」
「あんなのって言うなよ。
 お前を助けたのは誰だよ。
 それを小便漏らすまで怯えやがって、何が成り上がるだよ」
「いや……それは……ごめん……」

 いや、クルトには当たってはいけないな。
 こいつはどちらかというと、助けてくれようとした側だ。

「すまんクルト、言い過ぎた」
「いや、いいんだ。本当のことだし」

 クルトはいいやつだな。
 エリスは両手を後ろにして彼を睨んでいるが。

「クルト、頼みがある。命の恩を返してくれ」
「ああ、なんだ?」

 クルトは、まじめな顔で頷いた。

「ルイジェルドは悪い奴じゃない。
 昔の出来事のせいで怖がられているけど、いい奴なんだ。
 俺たちがこの町を出ていった後も、そういう噂を流してくれ」
「あ、ああ。わかってるよ。命の恩人、だもんな」

 本当にわかっているのやら。
 まあ、口約束でもしておけば、もしかするとやってくれるかもしれない。


---


 冒険者ギルドに寄り、ジャリルとヴェスケルを『デッドエンド』から脱退させる。
 ついでに職員に言伝を頼む。

「こんなことになったけど、助かった。ありがとう。
 『彼』も感謝しているって。伝えて下さい」

 あいつらは最後に裏切った。
 けど、それも仕方がないのかもしれない。
 結局のところ、彼らが助かるには、その道しか無かった。

 最後にだけ目をつぶれば、
 世話になったのは確かだ。


 町の入り口へ向かう途中、運搬用に飼育されたトカゲのような爬虫類を一匹購入する。
 足が六本あり、ギョロっとした目がチャーミングなトカゲだ。
 こいつは魔大陸において、馬車のような役割を持っている。
 大の大人がゆうに二人乗れる種で、鉄銭10枚。
 全財産の約半分。
 だが、旅に出る時には、これだけは買おうと決めていたものだ。
 魔大陸を移動する際には、このトカゲがいるといないのとでは、大きな違いがあると聞いた。
 店主から操り方を聞き、荷物を積んで、町の外へと向かう。

 門にはたくさんの兵士がいた。
 これから、ルイジェルド退治にでも出かけるのかもしれない。
 その中に、見た顔があった。
 トカゲ頭と豚頭だ。
 彼らは青ざめつつも、興奮した表情だった。

 話しかけると、
 先ほど『デッドエンド』が出ていったから気をつけろ、と忠告をもらう。
 そこから、やれデッドエンドは悪魔だの、
 町中で一体なにをやらかそうとしていたのかだの、
 ルイジェルドを見たこともないくせに、
 憶測だけで悪と決めつける発言が続いた。

「あの人は、二ヶ月近く街中にいましたけど、
 何一つ問題なんか起こしていませんよ」

 耐え切れず、そう言った。

 門番は「はぁ?」という顔をしていた。
 俺は二人を睨み、舌打ちを一つ、町の外へと出た。

 心がささくれ立っていた。


---


 ルイジェルドと再会しなければいけない。
 彼はまだ近くにいるだろうか。
 いや、いるはずだ。

 彼の戦士としての誇りが本物であるなら。
 俺たちを……いや、エリスを見捨てるはずがない。

「このぐらいでいいか」

 町が見えなくなったぐらいで、空に向かって魔術で花火を上げた。
 轟音が響く。
 熱が降り注ぎ、光が散る。

 しばらく待つも、ルイジェルドは現れない。

「エリス、ルイジェルドを呼んでください」

 エリスが大音声でルイジェルドを呼ぶ。
 大きな声だ。
 しばらくして現れたのは、パクスコヨーテだった。
 虫の居所が悪い俺は、そいつらに八つ当たりした。
 周辺の岩が無くなり、キレイな広場になった。
 パクスコヨーテは肉片になった。
 こうやってバラバラにしてもゾンビとして復活するのだろうか。
 ふん、知ったこっちゃないな。
 あんな町の連中なんて。

「見て、ルイジェルドよ」

 戦闘が終わった頃、ルイジェルドが姿を見せた。
 彼はバツの悪そうな顔をしていた。
 そんな顔はしないでほしい。

「なんで呼んですぐに現れなかったんですか?
 黙っていなくなるつもりだったんですか?」

 けど、なぜか俺の口から出てきたのは、
 彼を責めるような詰問口調にだった。
 そんなつもりじゃなかったのに。

「すまん」

 開口一番、謝られた。
 居心地が悪い。

 どう考えても、俺が悪い。
 調子にのって、ジャリル達を仲間に引き入れて、
 安易な方法で先に進もうとして、
 悪事がバレてつけこまれて、
 でも何とかなると簡単に考えて、
 八方塞がりになって、
 そして、ルイジェルドに尻拭いをしてもらったのだ。

 ルイジェルドが泥をかぶってくれなければ、
 俺たちはあの町に縛られ続ける事になったかもしれない。
 いや、ノコパラは、あの道のプロだ。
 クルトたちがいなくても、最終的には俺たちを追い詰めただろう。

「なんで謝るんですか。謝るのは、こっちの方ですよ」

 いたたまれなかった。

「いや、お前は、やれるだけの事をやっていた」
「でも」
「作戦に失敗はつきものだ。
 俺はお前が、日夜神経を磨り減らして、
 あれこれと考えていたのを知っている」

 ルイジェルドはふっと笑い、俺の頭に手を載せた。

「まあ、お前は何を考えているのかわからなかったし、
 今日まではそれが、良からぬ企みだと思っていた。
 ゆえに、我慢できない事も多かったが」

 ルイジェルドはエリスを見て、うんと頷いた。

「お前はあるものを守ろうと必死なだけだったのだな。
 先ほど、お前がヤツを殺そうとした時。
 その覚悟を見せてもらった」

 先ほどって、ああ、町を水没させようとした時か。

「守るべきものがあるお前は戦士だ」

 戦士だと。
 そう言われて、
 涙が出そうになった。

 俺はそんな立派じゃない。
 浅ましく金儲けを考えて、
 損得だけを考えて、
 ルイジェルドを切り捨てようとまでしたのだ。

 最後の最後に頼れる相手を捨てようとしたのだ。

「ルイジェルドさん、僕……いや、俺は……」

 真摯な言葉で、自分の言葉で。
 敬語なんて鎧を付けない、俺自身の言葉で、
 しかし、何を言おうとしたのかは、分からない。

「言うな」

 ルイジェルドは俺の言葉を、遮った。

「これからは、俺の事は後回しにしろ」
「え?」
「安心しろ。悪評の回復をせずとも、俺はお前たちを守る。
 信用しろ。いや、信用してくれ」

 信用はしている。
 信頼もしている。

 やらなくてもいい。
 なるほど、確かにルイジェルドの名前を売るという行為は骨だ。
 目的を二つ持てば、行動も曖昧になる。
 無理も出てくる。
 最近の俺の精神的なストレスは相当なものだった。
 考えられることも考えられず、思いつく事も思いつかなかった。
 結果として、今回のような失敗を引き起こす。

 だからやらなくてもいい。

 だが、納得できるものでもない。
 あんな光景を目の当たりにして。
 恐れられているのでなければ、
 街中から石を投げられるような光景を見て。

 はいそうですか、と。
 じゃあ、次からは町の外で待っていてくださいね。
 などと、言えるわけがない。

「いえ、ルイジェルドさんの悪評は、必ず消します」

 むしろ、俺は決意を新たにした。

 これはせめてもの恩返しだ。
 次はうまくやってみせる。
 自分に無理をさせず、出来る範囲でやってみせる。

「懲りないヤツだな。
 そんなに俺が信用できないか?」
「信用していますよ。だから報いたいんじゃないですか」

 俺だって、昔はイジメられていたのだ。
 一度貼られたレッテルに苦しみ、何十年も人のいない世界にいた。
 ロキシーに連れ出してもらわなければ、シルフィやエリスに会うこともなかった。

 ルイジェルドと俺とでは、ケースが違う。
 規模も全然違う。
 そんなことはわかっている。
 でも、だからといって。
 俺がルイジェルドを見捨てる理由にはならない。

 ロキシーのように、無自覚的に出来るわけではない。
 俺にできるのは、失敗を続けながら、泥の中を這って進んでいく事だけだ。
 ルイジェルドにとってはいい迷惑かもしれない。
 また今回みたいに失敗して、ルイジェルドに尻拭いさせることになるかもしれない。

 でもいい。
 何もやらないよりはいい。

「……頑固なヤツだな」
「ルイジェルドさんほどじゃありません」
「フッ。じゃあ、よろしく頼む」

 ルイジェルドは苦笑し、静かに頷いた。

 なぜだろうか。
 俺はその時、ルイジェルドと、
 本当の意味で、信頼関係を結んだと思った。


---


 翌朝。
 起きると、ルイジェルドがスキンヘッドになっていた。

 唖然。
 というか、怖い。
 顔の傷も相まって、ヤクザみたいだ。

「今回のことで、人が俺の髪を恐れていると分かったからな」

 凄い覚悟だと思ってしまった。
 俺の常識だと、坊主頭にするということには、決意と反省の意味がある。
 この世界には、そんな常識はない。

 無いのだが……。
 この行動を見ると、俺も頭を丸めないといけない気がしてきた。
 反省には、行動を。
 ルイジェルドがやったのなら、俺も坊主にすべきではないのか。
 いや、でも、しかし……。

「え、エリス、俺もああいう風にした方がいいかな?」
「ダメよ、あたし、ルーデウスの髪、結構好きだもん」

 エリスを逃げ場に使った。
 不甲斐ない俺を、笑え。
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