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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第3章 少年期 冒険者入門編

34/286

第三十一話「子供と戦士」

 三週間が経過した。
 俺たちはDランクに上がった。


---


 随分早いと思って調べてみた。
 昇格の条件は以下の通りである。


=============================

 F→E
 F級の仕事を10回こなす
 E級の仕事を5回連続でこなす

 E→D
 F級の仕事を50回こなす
 E級の仕事を25回こなす。
 D級の仕事を10回連続でこなす

 D→C
 E級の仕事を100回こなす
 D級の仕事を40回こなす
 C級の仕事を10回連続でこなす。

 C→B
 D級の仕事を100回こなす
 C級の仕事を50回こなす
 B級の仕事を20回連続でこなす

 B→A
 C級の仕事を300回こなす
 B級の仕事を100回こなす
 A級の仕事を20回連続でこなす

 A→S
 A級の仕事を100回こなす
 S級の仕事を20回連続でこなす

 また、失敗が続くと降格がある。
 自分より低いランクの仕事は5回連続失敗で降格。
 同ランクなら10回連続失敗で降格。
 自分よりランクが上の仕事なら失敗しても降格はないが、
 5回連続失敗で受けることができなくなる。

=============================


 ジャリルとヴェックスが二人掛かりで、
 毎日F、Eランクの仕事をやってくれたからこそ、
 ここまであっさりと上がれたというわけだ。


 現在はDランク。
 つまりCランクの仕事を受けることができる。
 Cランクの依頼は余裕だ。
 だから、すぐにでもCランクには上がれる。

 そろそろ、ジャリルたちとの契約を切ってもいいかもしれない。
 奴らはもうペット誘拐はやらないようだが、
 依頼交換がどんな悪影響を及ぼすかわからない。

 金も貯まってきている。
 彼らと決別し、この町を発つのにはいい頃合いかもしれない。

 が、
 Cランクに上がるまでは利用させてもらう事にした。
 今の所は問題ないようだし、
 安定して稼げている状態を手放すのは、惜しい。
 金はあればあるだけ、いいからな。

 現在の所持金は緑鉱銭1枚、鉄銭7枚、屑鉄銭14枚、石銭35。
 石銭換算だと、1875枚といった所だ。

 1875円……。
 全財産をはたいても、アスラ大銅貨2枚にも満たないのだ。
 いや、よその大陸の物価を考えるのはよそう。

 Cランクに上がり次第、ジャリルたちと決別し、この町を発つ。
 その方向でいくとしよう。 


---


 そんな中、こんな依頼を見つけた。


=========================
B
・仕事:謎の魔物の捜索・討伐
・報酬:屑鉄銭5枚(討伐で鉄銭2枚)
・仕事内容:魔物の捜索・討伐
・場所:南の森(石化の森)
・期間:次の月末
・期限:早急に
・依頼主の名前:行商のベルベーロ
・備考:森の奥でうごめく影を見つけた。正体を突き止め、危険であるなら排除してほしい。
=========================

 俺はジャリルと共に、顎に手を当てて悩んだ。

 謎の魔物。
 なんとも曖昧な依頼である。
 実はいないのかもしれない。
 仮にいたとしても、
 どうやってその魔物だと証明すればいいのか。

 しかし、報酬はいい。
 鉄銭2枚。
 倒さなくても屑鉄銭5枚は悪くない。

「気になるのか?」
「報酬がいいので。でも怪しい」

 ジャリルもそれに頷く。

「こういう依頼は報酬をもらえないこともあるからな。やめておいたほうがいい」

 そういう事は、以前に一度あった。
 あれは二週間前。

 アシッドウルフを収集してくれ、という依頼だった。
 俺たちはいつもどおり、アシッドウルフの牙と尻尾を規定通り集めてきた。
 だが、必要なのはアシッドウルフの全身でした、と言われた。
 依頼内容にはそのへんが詳しく書いていなかったが、
 俺たちは違約金を払う事になった。
 思い返すも屈辱的な出来事だ。

 そうならないためにも、受けないのがいいのだが……。
 俺は金に目が眩んでいた。

「ああ、でも、鉄銭2枚……
 もう一度ぐらい『勉強』しておくのもいいかも」
「あんたもこりないな」
「こういう場合、違約金は屑鉄銭5枚分の方が適用されるんでしょう?」
「そうだ。カッコの方は特別報酬みたいなもんだからな」

 ちなみに、ノコパラがルイジェルドに絡んできたり、
 他冒険者がエリスに絡んできたりとうるさいので、
 二人は外に待たせてある。

 ヴェスケルも冒険者ギルドには顔を出さない。

 止める者はいなかった。

「まあ、石化の森なら、何もいなくても売れるモノは手に入るだろうし、
 あんたらなら違約金分も回収できるだろう。いいんじゃないか?」
「よし。じゃあ、そっちも頑張って」

 後で思い返すも、どうにも、この頃の俺は判断力が鈍っていた。
 慣れが慢心を生んでいた。
 順調に行っているがゆえ、リスクを軽視した。
 焦りが利益を追求させた。

 もっとうまくやれたはずだ。
 そう思う反面、あの時はあれ以上のことは出来なかった。
 そう思う俺がいた。


---


 石化の森。
 距離はリカリスの町から丸一日。

 街道の脇にある森で、
 先の尖った骨のような木が大量に生えており、
 まるで森が石化してしまったように見える。

 アーモンドアナコンダやエクスキューショナーといった、
 Bランクに類する、かなり危険な魔物も生息している。

 森を突っ切れば、次の町までの近道となるが、
 そんな事をするのは、急ぎの行商人ぐらいだ。
 それも腕に覚えのある護衛を何人も雇った……。

 この世界において森は例外なく危険であるが、
 魔大陸の森は、格別に危険である。


---


 そんな森の入り口。
 そこには、三つのパーティが集まっていた。

 一つは、Bランクパーティ『スーパーブレイズ』。
 一つは、Dランクパーティ『トクラブ村愚連隊』。
 そして最後は、Dランクパーティ『デッドエンド』。


 現在、
 各パーティのリーダーが顔を付きあわせている。
 森等の前でパーティが鉢合わせしたら、
 一応の顔合わせをしておくのが冒険者の常識、だそうだ。

 俺としては無視したい所だったが、
 森の中で鉢合わせしても厄介だ。
 とりあえず、顔を出しておくことにしたのだ。

「おい、で、なんだてめえらは」

 開口一番。
 イライラした顔で言ったのは、『スーパーブレイズ』のリーダーのブレイズだ。

 顔に覚えがある。
 確か、初日に俺たちを笑った豚野郎だ。
 おっと、悪口じゃないよ。
 顔が豚なのだ。
 エリスにゲスい目線を向けていた門番と同じ種族だろう。
 種族名はなんと言ったか……。
 俺の脳内では、豚頭(オーク)族と呼んでいる。

 彼らは多種多様な種族で構成されている6人パーティだ。
 ラミアっぽい人、妖精みたいな羽の生えた人、ケンタウロスっぽい人……他。
 魔大陸でCランクに上がるためには、周囲の魔物を狩れる実力が必要だ。
 Bランクともなれば、実力の裏打ちされたベテランということだ。


「オレたちは依頼できたんだよ!」

 『トクラブ村愚連隊』リーダーのクルトはムッとした顔で言った。
 二本の角がチャーミングな美少年だ。

「僕らもそうです」

 『デッドエンド』のリーダーも右に同じと頷いた。
 ま、俺だけど。

 Dランク二人の言葉を聞いて、ブレイズはチッと舌打ち。

「ブッキングしちまったか。
 なんか嫌な予感してたんだがなあ……」

 ブレイズがイライラと首筋を掻いた。

「ぶ、ブッキングってなんですか?」
「あ!?」

 クルトがおずおずと聞くと、ブタがいきなりキレた。

「まぁまぁ、抑えて抑えて。
 何卒、ここは初心者の俺らに一つ、ご教授してください」

 俺が揉み手でスリよると、ブレイズはペッと地面に唾を吐いた。

「同時期に違うヤツが依頼を出しちまって、
 それをギルドが管理出来ずに一緒に出しちまったってことだよ」

 なるほど。
 ダブルブッキングか。
 依頼者が三人いて、依頼が3つ。
 それぞれ違うものだと思っていたら、実は同じものだった。
 という感じか。
 ありそうな出来事だ。

「ちなみに、皆さんはどんな感じの依頼なんですか?」

 と、聞いてみる。

 ブレイズの依頼。
 『石化の森に出現した、白牙大蛇ホワイトファングコブラの討伐』。

 クルトの依頼。
 『石化の森で目撃された謎の卵の採取』。

 ルーデウスの依頼。
 『謎の魔物の捜索』。


「捜索? あれ? Dランクにそんな依頼あったっけ?」

 クルトの疑問。
 もちろん、ちゃんと考えてある。

「Cランク依頼です。
 クルトがギルドから出た後に貼りだされたんですよ」
「そっか……そっちの方が良かったな……」

 ブツブツ言うクルトを尻目に、俺は考える。

 依頼内容だが、ちょっとずつ被ってる感じはする。
 まず、この森には白牙大蛇はいない。

 しかし、討伐依頼が出ているということは、発見されたということだ。
 つまり、謎の魔物も、白牙大蛇である……かもしれない。
 謎の卵も白牙大蛇の卵……かもしれない。

 もちろん、謎シリーズが白牙大蛇ではない可能性もある。
 ダブルブッキングと断じたブレイズは早計だ。

「それにしても、どうしてこんな事が?」
「しらねえよ。たまにあるんだよ」

 まあ、それもしょうがないか。
 コンピューター管理じゃないしな。

「で? こういう場合はどうすれば?」
「どうもしねえよ、早い者勝ちだ」

 ブレイズが言うと、クルトが驚愕の声を上げた。

「なっ! あんたらが先に魔物を倒したら、
 オレたちの依頼はどうなるんだよ!」
「あん? 卵の採取だったか?
 そりゃ見つけたら割るさ。
 白牙大蛇ホワイトファングコブラが繁殖でもしたら大変だ」

 ブレイズはヘラヘラとクルトをあざ笑った。

「なあ、ルーデウス。あんたからも言ってくれよ!
 こいつらに先に倒されたら、オレたちの依頼が……!」

 と、クルトは俺に矛先を向けた。
 確かに、彼らが先に魔物を倒せば、俺たちの捜索依頼も失敗……。
 いや、俺たちは捜索が任務だ。
 白牙大蛇がいました、と報告すれば、それで完了になりそうな空気はある。
 もしそれでダメでも、森で魔物を狩って帰れば、違約金分は払えそうだ。

「まだダブルブッキングと決まったわけじゃありません。
 白牙大蛇ではない、別の魔物もいるかもしれません」

 俺がそう言うと、ブレイズは嫌そうな顔をした。

「だから、いっしょに探しましょうってか?
 俺らに子守をしろって言うのか?」

 ん?
 なんでそうなるんだ?

 と、俺は疑問に思ったが、
 クルトは子守と聞いて、反射的にカッとなったようだ。

「誰がお前らの世話になりたいって言ったよ!」
「とかいって、俺らに守ってもらいてえんだろ?
 Dランクじゃこの森はキツイからなぁ」

 ああ、なるほど、そういうことか。

 俺とクルトの2パーティが、
 Bランクのブレイズたちに金魚の糞みたくくっついて、
 それで楽に依頼を達成するのが嫌なのか。
 ブレイズたちの負担が増えるだけだからな。

 無論、俺も一緒に行動したくない。
 ルイジェルドが槍で戦う所は見られたくない。
 彼は強すぎるから、本当のスペルド族だとバレる可能性もある。

 なので、
 ここはクルトに便乗させてもらうか。

「そうですね。実に不愉快です。
 子守は必要ありません。『デッドエンド』は単独で行動させてもらいます」

 俺は一方的にそう言って、リーダーの輪から出た。


---


 ルイジェルドとエリスの所に戻る。
 ルイジェルドは森の方を見ており、
 エリスはその脇で暇そうにしていた。

「なんだったの?」

 待ちかねたと言わんばかりに、エリスが聞いてくる。

「依頼内容がダブルブッキングしてたんです」
「ダブルブッキング?」
「内容が被っていたんです」
「それはどうなるの? 譲っちゃったりするの?」
「まさか、早い者勝ちですよ」
「そう、腕がなるわね」

 エリスはやる気満々だった。
 エリスは最近の冒険者らしくない狩りにはうんざりしているようだった。
 狩りというより、完全に『作業』だからな。


 そうこうしているうちに、ブレイズとクルトも話が終わったようだ。
 クルトは残り二人に短く話かけ、森へと入っていった。

 『スーパーブレイズ』も、彼らとは違う方向へと入っていく。

「ねえ、私たちはどうするの?」
「そうですね。いつもどおりルイジェルドに索敵をしてもらって、
 例の謎の魔物とやらを探す方向で行きましょうか」

 と、思ったが、ルイジェルドが首を振った。

「まて」
「どうしました?」
「あの三人の子供が心配だ」

 三人の子供。
 愚連隊のことだろう。

「彼らの実力では、この森では生きていけん」
「つまり?」
「手伝ってやろう」

 ということらしい。

「……でも、あまり一緒に行動すると、スペルド族だってバレますよ」
「構わん」

 俺が構うっちゅーねん。

「スペルド族だとバレたら、色々厄介な事になります」
「ならば、彼らを見殺しにしろというのか?」
「そうは言っていません。
 後ろから追尾して、いざという時に助けてあげましょう」

 仕方がない。作戦変更だ。
 鉄銭2枚は諦め、恩を売る事にしよう。

 しかし、安易に手助けをしても大丈夫なのだろうか。
 魔物に襲われている所を助けるとなると、
 スペルド族だとバレる可能性が高くなる。

 さすがに命を助けてもらってまで、偏見を持ち出す事はないと思いたいが……。
 しかし、デッドエンドという存在は魔大陸では特別だ。
 どうなるかわからない。

 いざとなれば、ジャリル達のように仲間に引き入れる方向でいくか……。

 というわけで。
 クルトたちを尾行することにした。


---


 さて、
 クルトたちは、意気揚々と森の奥へと入っていった。
 ルイジェルドはそれを見て、眉を潜めていた。

「どうしました?」
「奴ら、森に入るのは初めてなのか?」
「さあ、僕は知りませんが」
「迂闊すぎる」

 と、その心配の通り、
 クルトたちは索敵に失敗し、
 エクスキューショナーと遭遇した。

 エクスキューショナーは人型をした魔物だ。
 中身は生前に冒険者だった者のゾンビである。
 そのゾンビが、なぜか巨大な剣と分厚い全身鎧で武装している。
 動きはそれほど早くはないが、ひたすらにタフで、剣に技術がある。
 危険度的にはBに分類される。
 基本的に単体であり、それほど大きいサイズでもない。
 なのにB。
 強敵である。

 ちなみに、剣と鎧は死ぬと消滅する。
 金にならない嫌な敵だ。

 そんな魔物に遭遇したクルトたちは、
 出会って早々に全力逃走。

「助けに入るぞ!」
「いえ、まだです」

 飛び出そうとしたルイジェルドを、俺は止めた。

「なぜだ!」
「まだピンチじゃありません」

 エクスキューショナーは鎧姿に似合わず素早いが、
 しかし、全力で逃げているクルトたちに追いつけるほどではない。
 次第に距離が離れ、このままいけば逃げ切れる。

 という所で、クルト達の運が尽きた。
 彼らの逃げた先にいたのは、アーモンドアナコンダ。
 3~5匹程度で群れる魔物で、体にアーモンドのような紋様がある。
 体長は3メートル程度。
 牙には強力な毒があり、動きも俊敏。タフで数も多い。
 ゆえにB。
 強敵である。

 石化の森を代表する、出会いたくない魔物トップ2。
 それに挟まれたのだ。

 クルトたちの半泣き半笑いの顔。

 大方、どちらかに出会っても逃げればいいや、ぐらいに思っていたのだろう。
 実際、エクスキューショナーからは逃げきれそうな感じだった。
 こうなったのは、彼らが考え足らずだからだ。
 実力的に見合った場所でないのだから、やめておけばいいのに。
 でも、ちょっと背伸びをしたい気持ちはわかる。
 浅はかなり。

「助けるぞ!」
「いや、もうちょっと待って」

 すぐに助けようとするルイジェルドを制する。
 ギリギリのピンチを演出するのだ。
 ピンチになればなるほど、売れる恩も大きくなる。
 傷だらけになった所で、治癒魔術で直せばいい。 
 ククク。
 俺の策は完璧だ。

「あ!」

 エリスの叫び。

 体を両断されて宙を舞う、鳥っぽい少年。
 一撃だった。
 彼はエクスキューショナーの攻撃をいなすことが出来ず、
 一撃で即死した。

 俺の悪い笑みが引きつった。
 そして自分の考え違いに気づいた。
 彼らは、すでに、ギリギリのピンチだったのだ。
 浅はかなのは、俺だった。

「だから言った!」

 ルイジェルドの苛立ち混じった声。

 俺は即座に岩砲弾(ストーンキャノン)をエクスキューショナーに放った。
 同時にルイジェルドとエリスも飛び出した。

 俺の魔術を食らって、エクスキューショナーは生きていた。
 ストーントゥレントゥを一撃で倒した岩砲弾(ストーンキャノン)を受けて立っていた。
 硬すぎる、と思ったが、よく見ると右手だけが吹っ飛んでいた。
 狙いを外したのだ。
 ヤツは左手で剣を拾うと、こちらに向かって走ってきた。
 遠目に見れば遅いと思ったが、
 こうして向かってくると、
 その鈍重そうな見た目からは想像もできないスピードに思えた。

 俺は冷静に、ヤツの足元に柔らかい泥沼を設置した。

 ズボッと片足をツッコミ、前のめりに倒れるエクスキューショナー。
 俺はヤツの真上に巨大な岩石を召喚し、勢いよく叩き潰した。

 その頃、ルイジェルドたちもアーモンドアナコンダを全滅させていた。


---


「……はぁはぁ……まじ……はぁはぁ……助かったよ」

 クルトは真っ青な顔でガクガクと震えながら、
 しかししっかりと礼だけは言ってくる。

「お、おまえら、つ……強いんだな……」

 岩の下敷きになったエクスキューショナー
 首を綺麗に断ち切られて死んでいるアーモンドアナコンダ。
 まあ、このぐらいなら楽勝だ。

 楽勝なのに、
 助けられなかったのだ。

「いや、助けるのが遅れて……悪かった」

 クルトの目には、憧憬の色がつき始めていた。
 俺は胸が痛くなり、視線を逸らした。
 逸らした先には、体を半分に割られて死んだ少年がいた。
 嘴のついた顔。
 たしかガブリンとかいう名前だったか。
 俺が余計なことを考えなければ、死ぬことはなかっただろう。

 そう考えていると、
 ルイジェルドに胸ぐらを掴まれた。

 彼は顎で死体を指し、言う。

「あれはお前のせいだ」

 容赦なく心が抉られた。

「はい……」
「三人とも、助けられたんだぞ!」

 わかってる。
 わかってるさ。
 俺だって、こんなつもりじゃなかったんだ。

 やるせない気持ちでいっぱいだ。
 こんな結果を望んだわけじゃない。
 反省だってしている。
 後悔だってしている。
 なのに、なんで反省してるのに責められなければいけないんだ。

「俺だって一生懸命なんだよ!
 ここ一番で最大の成果が出るように狙ったんだよ!
 なんでそれを責められなきゃいけないんだよ!」
「死んだからだ!」

 思わず声を荒げたが、的確に言い返された。

「ぐっ……」

 言い返せない。
 俺が殺したようなものだ。

「……」

 エリスも今日は黙っている。
 彼女も思う所があったんだろうか。
 ガブリンの死体をじっと見ていた。

 もはや、俺に言葉は無かった。
 俺は失敗したのだ。
 人の生死が関わる場面で、
 自分の利益を優先して、手遅れになったのだ。

「お、おい、仲間割れはやめてくれよ」

 結局、止めてくれたのはクルトだった。

「お前は関係ない。コイツの問題だ」

 ルイジェルドは取り合わない。
 だが、クルトも引き下がらない。

「関係ないけど、わかるさ。オレたちが戦っている所を見て、助けるか見捨てるかで意見が割れたんだろ!?」

 いいえ。
 実際には割れるどころか、俺が独断で見捨てる形になりました。

「確かにあんたらは強いかもしれないけど、万が一だってある。
 それに、オレたちを助ける義理もない!」

 ルイジェルドの髪が逆立ったかと思った。

「義理などではない! 子供を助けるのは大人の責任だ!」

 その言葉に、クルトがカッとなったのがわかる。

「オレたちは子供じゃない! 冒険者だ!
 ルーデウスのリーダーとしての判断は正しい!」
「むっ……」

 ルイジェルドが黙った。
 けど俺は、自分の判断を正しいとは思っていない。

「だが、仲間が死んだのだぞ?」
「見りゃわかるよ!
 確かにオレたちも、このままずっと三人でって思ってたさ!
 けど、死ぬことだってちゃんと覚悟してきたつもりだ!
 冒険者なら、若くたって、年寄りだって、みんな覚悟してる!」

 ズキンと胸がいたんだ。
 俺には、そんな覚悟は無い。
 冒険者という職業は、あくまで金儲けの手段としてしか見ていない。

「助けてくれたのには感謝してる!
 けど、ウチのメンバーのことはウチの問題……。
 いや、依頼の難易度を見極められなかったオレの責任だ」

 クルトの言葉は青臭い。
 若い正義感とでもいうんだろうか。
 それとも社会に揉まれていないガキっぽさがあるとでもいうんだろうか。

 しかし、そこには必死さがあった。
 最近の俺に、明らかに足りなかったものだ。
 所持金とギルドのランクばかりを気にして、
 依頼をゲーム感覚で捉えていた俺には、なかった必死さだ。

「そっちのお前……クルトとか言ったか。
 子供扱いして悪かった。
 お前たちは一人前の戦士だ」

 彼はクルトの言葉で、何かを納得したようだった。

「そして、ルーデウス。すまなかった」

 俺を地面に降ろし、謝罪した。
 今回の件について、ルイジェルドが謝ることは、無い。

「謝らないでください。俺がミスした事実は、帳消しにはならないんですから」
「いや。ミスではない。
 お前は奴らの戦士としての矜持を守ろうとしたのだ。
 すぐに助けようとした俺は浅はかだった」
「いや……」

 そんなことは、一切考えてなかった。

「あの小悪党の二人組の時もそうだったな……」

 ルイジェルドは一人で勝手に納得している。

 俺は納得していない。
 今回の件は反省しなければならない事柄の一つだ。
 すぐにでも悪かった点を洗いだし、
 次回、似たようなミスを犯さないように整理すべきだ。

 と、思う反面。
 勝手にそう勘違いしてもらえてラッキー。
 結果よければ全部オッケーじゃん。
 という、浅ましい考えもあった。

 自分が嫌になりそうだった。


---


 クルトたちはそのまま死体を抱えて町に帰るという。
 俺たちは、せめてと森の入り口まで護衛してやった。

 ルイジェルドなら、「町まで送ろう」と言い出すかと思ったが、
 そうはならなかった。
 彼は、クルトたちを戦士として認めたのだ。

「一人欠けては町に戻れないかもしれない。
 けど、死ぬ覚悟はしている」

 そう言った彼の背中は物哀しく、思わずエリスが駆け寄り、

『頑張りなさいよ!』

 と、声を掛けるほどだ。
 言葉は通じていないが、エリスの表情から、
 なんとなくクルトも言いたいことがわかったらしい。

「ありがとう……えっと、こうだっけ?」
『えっ!』

 と、エリスの手を取ると、その親指の付け根あたりにキスをした。
 そして、にこやかに笑って去っていった。

 エリスは固まっていた。
 俺もどうしていいかわからなかった。

 エリスはバッと振り返り、俺を見た。
 そして、キスされたあたりをゴシゴシと鎧の裾でこすった。

『ち、違うんだから!』

 エリスは何やら必死な顔をしていた。
 キスといっても、皮の手袋ごしだ。
 そんなに必死にならなくてもいいと思うんだが。

『こ、これ、もう使わないから!』

 エリスは手袋をはずすと、ぽいと森の奥へと放り投げた。
 おいこら、手袋もタダじゃないんだぞ。

『装備品を投げるな!』
『新しいのを買う金が勿体ないでしょう!』

 俺とルイジェルドの叱責が重なった。
 反射的な言葉だったが、こんな時にまで金の話を持ち出してしまうとは。
 ううむ……。

『うるさい!』

 エリスは涙目になって地団駄を踏んだ。
 こんなエリスは久しぶりに見る。
 なんだろう。
 手の甲にキスをするというのは、どんな意味があるんだろう。

『ルーデウス! はい!』

 と、彼女は、俺の眼前に手を差し出した。
 反射的に舐めた。

『!』

 エリスの顔が真っ赤に染まり、俺はグーで殴られた。
 意識が刈り取られそうになるほどの本気パンチだった。
 首の骨が折れるかと思った。
 このパンチなら世界が取れると思った。
 俺は無様に地面に転がった。

 何をすればよかったんだ?

 殴られて地面に倒れていると、
 エリスが俺になめられた所をじっと見て、ペロっと舌で舐めたのが見えた。

 そして、見る間に真っ赤になると、ごしごしと服の裾で手を拭った。

『ご、ごめんルーデウス。でも舐めちゃだめよ!』

 その仕草が可愛かったので、俺は全てを許した。
 ついでに、失敗して鬱だった気分も、ちょっと晴れた。


---


 森を歩きながら、ルイジェルドについて考える。

・子供好き
・正義感

 俺の認識におけるルイジェルドはこんな感じだった。
 しかし、本日あるキーワードが浮上した。
 『戦士』だ。

「ルイジェルドさんにとって、戦士って、なんですか?」
「戦士は子供を守り、仲間を大切にする者のことだ」

 即答だった。
 しかし、そのことから、俺はようやく、
 今までルイジェルドが怒っていた理由を察することができた。
 彼は、考えなしの正義感ではない。

 戦士に矜持を求めていただけなのだ。

 戦士は子供を害してはならない。
 戦士は子供を守らなければならない。
 戦士は仲間を見捨ててはならない。
 戦士は仲間を守らなければならない。

 彼の中には、こんな感じの考えがあるのだ。

 だから、俺を蹴り飛ばしたペット誘拐犯は悪党と断定された。
 そして、その敵を討とうともせず命乞いをした二人も、
 戦士の風上にも置けない悪党と断定された。

 クルトたちもそうだ。
 最初は彼らを子供として見ていた。
 子供を見捨てた俺は、悪党というわけだ。

 しかし、先程の啖呵で、考えを改めた。
 子供から戦士へと認識を変えた。
 そうすることで、俺の行動が許された。
 むしろ、彼らを戦士として見ていなかったと、彼は反省した。

 彼の中における、子供と戦士の線引がどうにもわからない。
 エリスはどうやら子供として見ているようだが。
 俺はどっちなのだろうか。

 聞くべきか、聞かざるべきか。

「戦っているな」

 悩んでいると、ルイジェルドが警戒の声を上げた。

「さっきの……ブレイズたちですか?」
「そうだ」

 ブレイズたちであるらしい。
 ルイジェルドの第三眼がどういう見え方をしているのかわからない。
 鉢巻で塞がれていても見えているのは知っていた。

 それと、単なるレーダーだけでなく、
 個体の識別も出来るらしい。
 便利だ。
 俺も欲しい。

「助けますか?」
「必要なかろう」

 さすがBランクともなると、ルイジェルドに戦士として見てもらえるらしい。

 森の先には、一匹の大蛇がとぐろを巻いていた。
 そして、その周囲には四つの死体があった。

「………え?」

 死んでるんですけど。
 あ、必要ないって、そういう意味?

 ブレイズの死体は無い。
 逃げたんだろうか。

「残り二人は?」
「死んでいる」

 全滅したらしい。
 合掌。

「しかし、あの魔物は?」

 ブレイズたちを全滅させた魔物は、デカかった。

「あれは赤喰大蛇(レッドフードコブラ)だな」

 その赤い蛇は、
 俺とエリスが両手を繋いでも抱えきれない胴体、
 10メートルはあろうかという長さ、
 そして、威嚇するように広げられている頚部を持っていた。

 胴体の途中が、ポコリと大きくなっていた。
 あの片方は恐らく豚肉だろう。

 ていうか、白蛇って話じゃなかったっけ?

「この森に赤喰大蛇(レッドフードコブラ)がいるとはな。しかもでかい」
「普通はいないんですか?」
「普通はな。だが、稀に発生する」

 赤喰大蛇(レッドフードコブラ)とは、
 白牙大蛇ホワイトファングコブラの上位種である。

 白牙大蛇よりも巨大な体を持ちながら、敏捷性は大幅に上回る。
 火に耐性を持つ硬い鱗で全身を覆い、鋭い牙には猛毒がある。

 何を摂取して変異するのかはわかっていないらしいが、
 白牙大蛇のいる所に、ごく稀に発生する。

 白牙大蛇はBランクだが、
 赤喰大蛇はAランクに相当する強敵である。
 Bランクのパーティでは、瞬殺だっただろう。

 ということらしい。

 彼は食事に夢中で、どうやらこちらには気付いていないようだ。
 今にも、三つ目の餌に取り掛かろうとしている。

「やれるわよね?」

 エリスが自信満々に剣を抜く。

「やるのか?」

 ルイジェルドが俺に聞いてくる。

「……僕が決めてもいいんですか?」
「任せる」
「他に誰が決めるのよ」

 任せられた。

 ちょっと考えてみよう。
 依頼内容は、謎の魔物の発見か討伐。

 とりあえず、白牙大蛇ホワイトファングコブラ赤喰大蛇(レッドフードコブラ)が謎の魔物で間違いなさそうだ。
 この森にはいないらしいしな。

 ソレっぽいのを発見した現在、帰っても依頼は成功だ。
 しかし、倒せば鉄銭2枚の報酬。
 出来ることなら、倒したい所だ。

 とはいえ、命あっての物種、という言葉もある。
 今さっき、目の前で一人が死んだばかりだ。
 負けたら死ぬ。
 危険な橋は渡りたくない。

「なんなら、俺が一人で倒してきてもいい」

 悩んでいると、ルイジェルドがそう提案した。

「ルイジェルドさん。一人で倒せるんですか?」
「ああ。俺ひとりで十分だ」

 頼もしいセリフ。
 なんとかダッシュさんみたいだ。

「じゃあ、エリスを守りながらでもいけますか?」
「いつもどおりだ。問題ない」

 Aランク相手にこの余裕。
 まあ、ルイジェルドがこう言うのなら、大丈夫だろう。
 よし。

「じゃあやりましょうか」

 決定した。


---


 俺が魔術で遠距離攻撃し、近距離で二人が戦う。

 いつもどおりの連携だ。
 なので、いつも通り岩で砲弾を作る。

 今回は、Aランクが相手ということで、ちょっと威力を上げる。
 形状を楔状に。
 着弾後に爆発するように、内部に火の魔術を内蔵。
 発射。

 砲弾は超高速で飛んでいき、赤蛇へと突き刺さり、そのまま大爆発を起こす。
 と、思われた。

「なっ!?」

 赤喰大蛇は、クッと体をひねり、砲弾を避けた。
 回避されたのだ。

 偶然ではない。
 赤喰大蛇は飛んでくる砲弾を、明らかに見てから(・・・・)避けた。
 遠くの方で、砲弾が爆発した。

「うそだろ……」

 先制攻撃に失敗。
 だが、うちの特攻隊は止まらない。
 ルイジェルドを先頭に、斜め後ろからエリスが追随する。
 いつもと陣形が違う。
 いつもはエリスが前のはずだ。

「シャァ!」
「…………ふん!!」

 ルイジェルドが頭へと襲い掛かる。
 短槍を使った、いつも通りの打突。
 赤喰大蛇はその攻撃をスウェーの動作で避け、反動を利用してルイジェルドに噛み付く。
 噛まれれば一発で大穴が開きそうな牙を、ルイジェルドは軽く槍で弾いた。

 同時に、赤喰大蛇の後ろに回り込んだエリスが、尻尾に向かって剣を振るう。
 エリスの斬撃は、しかし切断には至らない。
 赤蛇の肉か鱗、あるいは両方が硬いのだ。

「シャアアァ!」

 赤喰大蛇の気がエリスへと向く。
 その瞬間、エリスとルイジェルドがパッと離れる。
 一瞬の時間差を、俺の魔術が赤喰大蛇へと飛んでいく。

 1.俺
 2.エリス
 3.ルイジェルド
 2と3が逆になったが、流れは決めておいた連携パターン通り。

「また外した!?」

 しかし、赤喰大蛇はまたも避ける。
 先端を尖らせることで速度を増した砲弾は、
 赤喰大蛇の脇をすり抜け、背後の木を数本まとめて叩き折った。
 まただ、また見てから回避されたのだ。

 とはいえ、当たらなくても問題はない。
 ルイジェルドとエリスの波状攻撃。
 脳と心臓(きゅうしょ)を執拗に狙うルイジェルドと、
 尻尾から徐々に切り刻んで注意を逸らすエリス。
 たまに飛んでくる、当たれば痛いで済まない魔術。
 こちらのパターンは単調だが、そうそう対処できるものでもない。

 エリスを執拗に狙えば突破口も開けるだろうが、
 ルイジェルドのヘイト管理は完璧だ。
 赤喰大蛇は俺とエリスを放置せざるを得ない状況になっている。

 ルイジェルドと俺の攻撃は当たらない。
 だが赤喰大蛇は次第に疲労し、動きを鈍らせていく。

 そして、ついに岩砲弾が蛇の胴体を捕らえた。


---


 赤喰大蛇(レッドフードコブラ)の剥ぎ取りを終えた頃には、すっかり日が暮れていた。
 その日は、赤喰大蛇の肉で晩餐。
 どこが売れるのかわからなかったが、とりあえず牙を引っこ抜き、
 皮を剥いで絨毯のように丸めてある。

 クルトたちが探していたであろう卵も見つかった。
 だが、でかすぎて運べる要素がない。
 色々考えたが、割っておくことにした。

 魔物を増やす行為は厳禁だそうだからな。

 ブレイズたちの死体は、売れそうなものを剥ぎとった後、
 焼いて埋葬しておいた。
 これをそのままにしておくと、エクスキューショナーになるんだろうか。
 ゾンビとしてよみがえる、という現象がイチマチ理解できない。

(それにしても、赤蛇は強かったな)

 俺は先ほどの戦闘を思い出す。
 赤蛇に魔術を回避されたことを思い出す。
 回避だ。
 何度も回避された。
 最後に直撃弾を得るまでは、かすることさえほとんど無かった。

 考えてみれば、エクスキューショナーもそうだった。
 直撃だと思ったら避けられて、片腕だけを吹っ飛ばす結果になった。
 Bランク以上の魔物ともなると、魔術を回避するぐらいは出来るのか。

 赤蛇はAランクという話だ。
 ルイジェルドの槍も避けていた……が、
 あれは手加減していたからだろう。
 本気を出せば、一撃で仕留められたに違いない。
 エリスの剣を避けなかったのは、脅威度が低いから避ける必要もないと踏んだからか。

 しかし、この世界の生物は化物揃いだな。
 人族だって、魔術を受け流すことは出来るようだし、
 魔物は銃弾を見てから回避する。

 Sランクの魔物となったら、岩砲弾が直撃しても無傷、なんて事も有り得るかもしれない。

 恐ろしい事だ……。
 危険な場所にはなるべく近寄らないようにしよう。


---


 こうして、俺たちは依頼を達成した。

 そして、この依頼が、
 この町における最後の依頼となった。
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