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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第3章 少年期 冒険者入門編

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第二十九話「初仕事終了」

 さて、尋問の時間だ。

 男と女、どちらを先に尋問しようか。

 虫っぽい目をした女のほうは、見るからに怯えている。
 もう必死にンーンー唸りながら、俺たちから逃げようとしている。
 この怯える様が実にそそる……のは、さておいて。
 猿轡をはずすと、どうにも支離滅裂な言葉を叫びだしそうだ。
 尋問をするなら、もう少し落ち着いてからの方がいいかもしれない。

 トカゲの男の方。
 ちょっと表情は窺い知れない。
 トカゲの顔の変化なんて俺にはわからないからな。
 心なしか青ざめているようにも見える。
 そして、周囲をよく観察している。
 俺の顔色、ルイジェルドの顔色、エリスの顔色。
 きっと、彼の頭の中では、この場をどうやって生き残るかで一杯だろう。

 こうなってくると、ルイジェルドが一人殺してしまったのが悔やまれる。
 短絡的な奴が喋ってくれるのが一番楽だった。

 いっそ、二人共猿轡を外して、両方から聞いた方がいいだろうか。
 片方を別室に移動させて、別々に尋問をする。
 そして、後で情報をすり合わせる。

 よし、それで行こう。

「エリス、そっちの女の方を見張っていてください」
「わかった」

 エリスは力強く頷いた。
 俺は男の方を連れて、廊下へと移動した。
 一人では持てないので、ルイジェルドに手伝ってもらった。

 廊下に出て、声が届かないぐらいの位置まで移動する。
 噛み付かれないように、丁寧に猿轡を外す。

「質問に答えてください」
「こ、答える、答えるから、殺さないでくれ」
「いいですよ。喋ってくださるなら、助けてあげます」
「ひ、ひい!」

 安心させるようににっこり笑ったつもりだが、怯えられた。
 意外と冷静な奴だと思ったが、そうでもないのか。

「この建物にいる動物たちは、なに?」
「ひ、拾ってきたんだ」
「へぇ~それはすごいや!
 で……どこから拾ってきたんですか?」
「いや、それは……」

 チラチラと目線が動く。
 俺と、ルイジェルドの顔色を見ている。
 まだ嘘でもつこうというのか。

「そ、そのへんで……」

 嘘にもなっていなかった。
 顔は賢そうに見えるが、それほど賢くないのかもしれない。

「なるほど! この町では動物がたくさん落ちてますからね!
 …………お前、俺が子供だからってバカにしてるだろ?」

 ちょっと凄んで見せる。

「そ、そんなことはない」

 ダメだな。
 どうもこの体では、脅そうとしてもマヌケな感じになってしまうらしい。
 十歳だしな。
 仕方ない。
 ちょっと脅すか。

爆発(エクスプロージョン)

 パチンと指を一発鳴らす。
 と、同時に男の目の前に小さな爆発を起こす。

「うわちっ!」

 男の鼻先が焦げる。

「な、なん、何やったんだ!?」

 と、聞いてくるが、無視。

「お前さ、もうちょっと頭を捻って答えろよ。
 死にたくないんだろ?」

 死んでしまった男の事を思い出したのか、男がぶるりと身を震わせた。
 そして俺は思い出す。
 先ほどの会話は魔神語だったな、と。
 散々こいつらに聞こえる言語で、スペルド族だのなんだのと言ってしまった。

 まあ、いいか。
 知ってしまったのなら、利用するだけだ。

「なあ。わかるだろ。そっちの男は、髪を青く染めてるけど、
 正真正銘、本物の『デッドエンド』だ。
 俺だって、見た目どおりの年齢じゃねえ」
「ほ、本物……?」
「俺らはお前らと同類なんだよ。正直に話してみろ。
 もしかしたら、手伝ってやれるかもしれない」

 という方向で話を進めてみることにする。

「でも……ヒッ!」

 男はチラリとルイジェルドを見て、すぐに目線を逸らした。
 睨まれたのかもしれない。

「教えろよ。ここで、何を、してたんだ?」
「ぺ、ペットを攫ってきて……」
「ほう、攫ってきて?」
「捜索願いの出たペットを、探しだしたフリをして返すんだ」
「なるほどなあ」

 これはきっと本当だろう。
 確証はないが。
 やっている事は辻褄が合っていて、納得出来る。
 今回はいたいけな少女の捜索願いだったが、
 中には「金持ちマダムのクリスチーヌちゃんを探せ」とかいう依頼もあるのだろう。

 ギルドの報酬はランク毎で上限下限が決まっているようだが、
 それとは別に、依頼主が特別報酬を出すこともあるかもしれない。
 運が良ければ、ペット探しでも儲けられるのだろう。

「で、捜索願いが出なかったらどうしてるんだ?」
「しばらくしたら、普通に放してるよ……」
「へえ、ペットショップに売ったほうが得なんじゃねえの?」
「ハッ! んなことしたら、足が付くだろうが」

 男がふてぶてしく鼻で笑った瞬間、
 ルイジェルドが槍の石突きで地面をドンと突いた。
 男がビクンと震える。

 さすがルイジェルドだ。
 調子にのった瞬間、立場を思い出させる。
 お前の脅しのタイミング、イエスだね!

「随分と細々とやってるんだな」
「そ、そうだよ」
「俺だったら、捕まえた動物は売るけどな。バラバラにして、肉屋に。
 それなら足もつかないだろ?」

 魔物の肉を美味しそうに食べるこの世界なら、家畜じゃなくても売れそうだし。

 あ、トカゲ男がなんか「信じられない」って顔をしている。
 なんでや!
 大王陸亀の肉も、ペットの亀の肉も変わらんやろ!

「ルーデウス、お前、こいつらもそうやって肉屋に売るつもりなのか?」

 振り返ると、ルイジェルドが恐ろしいことを言ってきた。
 なるほど、このトカゲ男も、そんな想像をしたわけか。

「それもいいかもしれませんねぇ……」

 ちょっと脅してみると、
 トカゲ男の顔がひきつった。

 ああ、この表情はわかる。
 懐かしい。
 生前ではよくそういう顔をされたもんだ。

「ルーデウス……」

 ルイジェルドさん、後ろから睨むのはやめてください。
 視線を感じます。
 冗談です。やりませんから。

「ま、俺らは猫を一匹探しにきただけだ。
 別に正義の味方ってわけじゃない。
 だから、何も見なかった事にして、立ち去ってもいい」
「ほ、本当か?」
「でも、お前ら、ルイジェルドが本物のスペルド族だって知ってしまったからなぁ。どうしようかなぁ?」
「だ、誰にも言わねえよ! それに町中にデッドエンドがいるなんて、言っても信じねえだろ?」
「いいや、信じるさ。悪い噂ってのは、広まるもんだ」

 都合の悪い噂は、とくにな。
 そう思っておいて損はない。

「俺としては、お前ら全員を殺して埋めるのが一番てっとり早いんだがね?」
「か、勘弁してくれよ……。
 なんだってするから、命だけは……!」

 なんだってする、頂きました。
 脅すのはこれぐらいでいいか。

 しかし、さて、どうしたもんか。

 彼らはペット誘拐犯、つまり悪者だ。
 とはいえ、聞いた感じバックのいない小悪党という感じだ。
 放っておいても、大したことはないだろう。

 が、ルイジェルドが人を殺す場面を見られてしまった。
 これにより、ルイジェルド人気者作戦の障害になる可能性が芽生えた。
 後顧の憂いは断っておきたい。

 しかし、殺すのはダメだ。
 ルイジェルドに殺すなと言ったばかりだしな。

 町の衛兵に突き出すという案はどうだろうか。

 いや、彼らは所詮、ペット誘拐犯だ。
 警察に突き出しても、大した罪には問われないかもしれない。
 中途半端な罰金とかだと、逆恨みされる可能性もある。
 今は殊勝な態度だが、喉元過ぎれば熱さを忘れるものだ。

 できれば、
 目の届く所にいてもらって、定期的に脅していきたい。
 少なくとも、こいつらが安全だとわかるまでは。
 しかし、それにもリスクが伴う。

 脅し続ける事で、逆恨みが、ただの恨みに変わる可能性もある。
 ただでさえ、こっちは向こうを一人殺しているのだ。
 今は恐怖の材料だが、
 いずれ恨みの材料になるに違いない。

 殺すのも、警察に突き出すのも、どちらもダメ。

 なら、取り込むか。
 手元において、金稼ぎとランクアップを手伝ってもらう。
 町中での情報収集や、各種小間使い。
 なんなら、ペット誘拐のビジネスを引き継ぐのもいい。

 だが、これはルイジェルドがあまりいい顔をしないだろう。
 ルイジェルドの中では、彼らは殺してもいいレベルの悪党だ。
 一緒に行動したくはないだろう。


 ふーむ。

 それぞれのリスクリターンを整理してみるか。

1.殺害する
 リスク:ルイジェルドが混乱する+問題が起きたら何でも殺して終了という悪い癖が付きそう
 リターン:後顧の憂いは断てる+彼らの金銭を奪える

2.衛兵に突き出す
 リスク:逆恨みされる可能性が残る
 リターン:もしかすると、ちょっとした名声が得られるかもしれない

3.放置する
 リスク:逆恨みされる可能性が残る
 リターン:特に無し

4.取り込む
 リスク:仲間がいい顔をしない+他人に悪事の片棒を担いでいると思われる可能性
 リターン:彼らを身近で監視できる+人手が増える

 1は、今後のためにも、あまりよくない気がする。
 別に俺は正義の味方というわけではないが、
 なんでもかんでも殺しちゃえ、なんてのは思考停止だ。
 いずれ、大きなしっぺ返しを食らう気がする。

 2と3は、ローリスクローリターンだ。
 逆恨みされても、ルイジェルドがいれば見つけ出すのは容易だが、
 結局は殺すことになってしまう。二度手間だ。

 やはり4か。
 ルイジェルドの心象は悪くなるだろうが、
 俺たちには早急に金が欲しいという、切実な問題もある。
 そう、金だ。
 俺たちはいま、金が欲しいのだ。

 金を稼ぐのに、人手があるのはいい。
 彼らのペット誘拐ビジネスを手伝うのもいいし、
 彼らにパーティに入ってもらえば、Fランクの仕事も手分けして出来る。
 ランクアップは重要だ。
 せめてCランク以上の依頼を受けられれば、俺たちも安定してくるだろう。

 …………ん?

「そういや、依頼でペットを渡しているってことは、お前ら冒険者なのか?」
「そ、そうだ」

 なんと、彼らは冒険者だったらしい。

「ランクは?」
「D、Dだ」

 しかも、ランクは俺たちよりも上らしい。

「DなのにEの仕事を受けてるのか?」
「ああ、もうCには上がれるが、Eランクのペット探しで安定して稼げるんだ」

 Cランクに上がると、Eランクの仕事は受けられない。
 Dランクにとどまったまま、Eランクで安定して稼ぐ、という奴もいるのか。
 彼らの場合は詐欺も同然だが。

 俺たちなら、さっさとCに上がって、Bランクの討伐依頼を受けていくだろう。
 だが、戦闘系が苦手という冒険者もいるのだろう。

 ふむ、いっその事、彼らにCランクの仕事を受けてもらって、それを手伝うのもいいな。
 報酬は山分け、金の問題は解決できる。
 いや、それだと、俺たちのギルドランクが上がらないな。

「あ……」

 その時、俺の脳裏に電流走る。

 そうだ。
 いいことを思いついた。

「お前ら……さっきのヤツ無しで、この仕事、続けられるのか?」
「い、いや、もうこんな仕事はやめてまっとうに……」
「正直に答えろよ」
「続けられる! あいつは、俺たちが二人でやってる所を見つけて、分前が欲しいってんで脅してきたんだ!」

 マジか。
 そりゃ運が良かったな……。
 3分の1で正解したってことだ。
 これも人神の思し召しかね。

「よし、じゃあ俺たちと手を組もう」

 そう言うと、ルイジェルドが背後で叫んだ。

「手を組むだと!? 何を言っている!」
「ルイジェルドさん、ちょっと黙っていてくれませんか?」
「なに!」
「悪いようにはしませんから」
「……」

 振り返る。
 ルイジェルドは、やはり良くない顔をしている。

 いい思いつきだと思ったが、やはりやめておくか?
 だが、この案は完璧だ。
 金はたまる、ランクも上がる、ルイジェルドの評判も上がる。
 全てを満たした完璧な策……のはずだ。

 俺はトカゲ男に向き直った。

「さっき、なんでもするって言ったよな」
「い、命を助けてくれるなら、か、金だって払うよ」
「金はいらない。その代わり、ランクを一つ上げてくれ」
「は?」

 俺は説明する。

「いいか、俺たちは見ての通り、全員が戦闘系だ。
 ペット探しも苦手じゃないが、できれば討伐系の方が効率がいい」
「だ、だろうな……と、いうより、なんでこんな仕事を?」
「事情があって冒険者になったばかりなんだよ」
「は、はあ……」
「まあそんなことは置いとけ」

 話が逸れそうだったので戻す。

「でだ。俺たちは戦闘系の依頼を受けたいが、ランクが低くて受けられない。
 逆に、お前たちは戦闘系の依頼は受けられない。
 ここまではいいな?」
「え、ええ」
「そこで、仕事を交換するんだ」

 仕事を取り替えると聞いて、トカゲの頭がちょっとかしげた。

「ど、どういう事でしょうか」
「お前たちはCかBランクの戦闘系の仕事を請ける。
 俺たちはランクを上げるために、ペット探し系の依頼を請ける。
 そして、俺たちはお前たちの仕事を、お前たちは俺たちの仕事を行う」
「ちょ、ちょっとまってください。受けた仕事を別のパーティが報告したって……」
「バカ! 報告はそれぞれ受けた方でするんだよ」
「あ」

 男Bもようやく気付いたようだ。

 俺たち:Eランクの仕事を受け、Bランクの仕事を行う。Eランクを報告し、報酬をもらう。
 ヤツラ:Bランクの仕事を受け、Eランクの仕事を行う。Bランクを報告し、報酬をもらう。

 こういう形だ。
 最後に、報酬を交換するのだ。
 ギルド規約的に問題もあるかもしれないが、
 低ランクの依頼を高ランクが手伝うこともあると聞く。
 それの逆をするだけだ。不正はしていない。

「俺たちは金もランクも欲しい。
 お前らは安定した生活が欲しい。
 ギブアンドテイクってヤツだ。
 なんだったら、Bランク依頼の報酬の内、
 いくらかをお前らの分前としてやってもいい」
「び、Bランク依頼の分前……」

 トカゲ男が、ゴクリと喉を鳴らした。
 Bランクの報酬は、高い。

 アメとムチ。
 叩いてばかりでは裏切られる。
 こいつらにも利益を与えるのだ。
 俺たちと組めばいい思いを出来ると思わせなければ。

「だが、一つ条件がある」
「じょ、条件?」
「ああ、『デッドエンド』の名前を広めるんだ」
「広めるって……知らないヤツはいないだろ?」

 だろうね。

「良い者風にだよ。俺たちの素行の良さを、嘘でもなんでもいいから宣伝しろ。
 なんだったら、お前らがFランクの仕事とかやって、『デッドエンド』だって名乗ってもいい」
「な、なんでそんなことを……?」

 なんで、か。
 ルイジェルドの過去を長々と話せば、信じるだろうか。
 いや、無理だろうな。
 こいつは、今さっき目の前でルイジェルドに仲間を殺されたばかりだ。
 あまりいい仲間では無かったようだが、
 こいつの中には、スペルド族が恐ろしいという感情が刻まれているはずだ。

「知らない方が良い事もあるんだぜ?」
「……わ、わかったよ」

 適当に言っただけだが、わかってくれたらしい。

「オレたちは、あんたらの名前を、売り込めばいいんだな?」
「そういう事だ、もちろん都合が悪い時には名乗るなよ?
 うちには地の底まで追いかけていくヤツがいるからな」

 男はルイジェルドの方を見て、こくこくと頷いた。

「せいぜい俺たちのランクが上がるまで。仲良くやろうや」
「ああ、ああ」
「明日の朝、冒険者ギルドに集合な。サボるなよ」

 俺は彼の背中をポンと叩いた。


---


 一応、女の方も尋問して、話の裏を取った。

 彼らはペット探しの専門家で、
 昔からそういう仕事を生業にしてきたらしい。

 ある時、明らかに迷子なペットを保護した所、
 もしかすると、先に捕まえておけば手間が省けるんじゃないか、と考えた。
 それがエスカレートして、ペット誘拐という方向になったのだという。

 最初は二人で細々とやっていたが、
 ある日、ペットを捕まえている所を男Aに見つかる。
 男Aは用心棒をすると言って無理矢理パーティに入り、
 そのままリーダー面して、事業を拡大させたらしい。

 用心棒代と称して女を抱き、分前も多く取っていたそうだ。
 だから、あいつを殺した事は、あまり恨んでいないらしい。
 少なくとも、女の方は。

 本当に、運がよかった。

 ちなみに、トカゲ男は名前をジャリル。
 女の方は名前をヴェスケルというらしい。

 俺は彼らと簡単な打ち合わせを終え、手錠を外してやった。


---


 猫を連れて建物から出ると、ルイジェルドが睨んできた。

「おい、なんだあれは!」
「なんだって、なんですか?」

 ルイジェルドに胸ぐらを掴まれた。
 足が浮く。

「とぼけるな!
 あいつらは悪党だぞ!
 それと手を組むだと!?」

 ルイジェルドが本気で怒っていた。
 マジで怖い顔だ。
 その顔で、こいつが先ほど、人を殺したばかりだと思い出す。

「た、確かに悪党ですけど、小悪党です。
 彼らは、そんな悪いことはしていません」
「悪事の大小ではない、悪党は悪党だ!」

 こうなる事はわかっていたはずだ。
 なのに、なぜか、足が震える。
 声が震える。
 目の端に涙が溜まる。

「だ、だって、この策は、一石二鳥で……」
「……だからなんだというのだ!」

 ルイジェルドは納得がいっていないらしい。

 まずい。
 恐怖で頭が働かない。
 ガチガチを鳴る歯の音だけが俺の頭を支配する。

「悪党は、裏切るぞ!」

 ルイジェルドが睨み、叫んでくる。

 裏切り。
 その可能性は考慮に入れてある。
 だが、奴らにも益のある話だ。
 結構脅したし、しばらくは大丈夫なはずだ。

「あんな奴らと手を組むなど、何を考えている!」

 言われて、迷う。

 そうだ。
 別に、手なんて組まなくてもいいのだ。
 もっと時間を掛けていけばいいのだ。
 金が足りなくなれば平原に行って魔物を狩り、
 少しずつ依頼を受けて、じっくりランクを上げていく。
 それでもいいのだ。

 別に、あんな奴らを使わなくても、なんとかなるのだ。
 ちょっと遠回りになるだけ。
 それだけだ。

 やっぱり、やめるか?
 今すぐとって返してあいつらぶっ殺すか?
 血の海でレッツ海水浴か?

 迷う。
 俺は正しいのか?

「ルイジェルド!」

 迷いを中断したのは、大音声だった。
 耳朶を叩く音と共にドンとルイジェルドの体が揺れた。

「ルーデウスから手を離しなさいよ!」

 エリスがルイジェルドの尻に蹴りを入れていた。
 何度も、何度も。

「何が不満なのよ!」

 エリスの大音声。
 ビリビリと鼓膜を震わせる。
 何事かと周囲の人々が目を向けてくる。

「悪党と組むのは好かん」
「好きじゃないってだけで文句を言うの!?
 全部、私とあんたのためにやってくれてることなのよ!」

 ルイジェルドが目を見開いた。
 俺の体がストンと、地面に降りる。
 すると、エリスも蹴るのをやめた。
 だが、大音声は鳴り止まない。

「大体、動物を攫ったぐらいなんだっていうのよ!」
「そうじゃない、子供を蹴るような奴は」
「蹴るぐらい、私だってするわよ!」
「……だが、悪は悪だ」
「あんただって昔は悪いことしたんじゃないの!?」

 ルイジェルドが絶句した。

 エリスさん。
 味方をしてくれるのは嬉しいんですが、
 あんまりそういう核心的な部分をえぐるのはよくないですよ?

「ルーデウスは凄いんだから!
 任せておけば全部うまくいくんだから!
 だから黙って従いなさいよ!」
「……」
「ちょっと嫌な事があったからって、文句言わないでよ!」
「いや」
「文句言うぐらいなら帰りなさいよ!
 私とルーデウスだけでやっていけるんだから!」

 エリスの必死な顔に、ルイジェルドは明らかにたじろいでいた。

「……わかった。すまん」

 結局、ルイジェルドは俺に謝った。
 エリスの気迫に押し切られた感じだ、
 決して納得してはいないだろう。

「い、いえ、いいんです……」

 それにしても、
 随分とハードルが上がった気がする。
 迷っているなんて言えない空気だ。

 あいつらと組むのは軽率だったかもしれない。
 けど、こうなっては、意見は変えられない。
 不安だらけだが、もう、やるしか無い。
 最初に名案だと思った自分を信じてやるしかない。

 自分ほど信じられないものは無いんだが……。


---


 猫を送り届けた。
 依頼主のメイセルには大層喜ばれた。
 彼女は猫を見た瞬間に駆け寄り、ぎゅっと抱きしめて涙を流した。
 よほど大切にしていたのだろう。
 猫も大人しくしている。
 猫といっても黒豹だが。

「ありがとう! あのね! はい、これ!」

 と、ルイジェルドに手渡したのは、鉄か何かで出来たカードだ。
 表面には、

==========
D040023
   完了
==========

 と書かれている。

「これは?」
「冒険者なのに知らないの!?」

 少女に、信じられない、という顔をされた。
 お、教えてやることを許可してやってもいいんだからね。

「よ、よろしければ教えてください」
「あのね、これを冒険者ギルドに持って行くと、お金を交換してくれるんだよ」

 あ、なるほど。
 D040023ってのは依頼ナンバーか。
 どういう法則かはわからんが。

「最初はかんりょーってなってないの!
 でもね、何もない所に指を乗せて、かんりょーって言えば、そうなるの!」

 意訳「カードに指を載せて完了と唱えると、カードが完了状態になる」

 盗難対策か。
 いや、でも例えば俺とかがやれば完了になるんでねえの?
 カードだけ盗んで、完了にして金をもらう……。
 いや、すぐバレるか。
 対策もしてあるだろう。

「でも、最初から完了ってなってたような?」

 普通は、依頼を完了すると同時に、
 カードを完了状態にするのではないだろうか。

「うん! ルイジェルドならきっと何とかしてくれるから。
 先に完了にしといたの!」

 あらやだ。
 この子可愛い。
 信じる少女は美しい!

 ルイジェルドは少女の頭を撫でた。

「そうか……信じてくれたのだなありがとう」
「ううん! 悪魔さんにもいい人がいるってわかったから!」

 悪魔と聞いて、ルイジェルドの顔が一瞬凍りついたように思えた。
 気持ちはわかるけど、そんなもんだよ、あなたの今の認識は。

「それではお嬢さん、『デッドエンド』のルイジェルドを。
 是非、お忘れなく」
「うん! またいなくなったらお願いね!」

 少女の言葉に、俺はちょっとだけ胸が痛くなった。


---


 冒険者ギルドに戻る頃には、時刻はすっかり夕暮れだった。
 かなり時間が掛かってしまった。
 毎回これなら、すぐに破産だ。

「なんだ、おい! あいつら戻ってきたぜ!」
「おいおい、迷子のペットちゃんは見つけられたのかぁ!?」

 建物に入ると、馬の頭をした奴が煽ってきた。
 ミノタウロスっぽいけど頭は馬。
 とても特徴的なので覚えていた。
 てか、こいつずっとギルド内にいたのか?

「あれ? 今朝の馬面の人……。
 今日はお仕事はおやすみですか?」

 この人、ちょっと苦手なんだよなあ。
 昔、俺をイジメてたやつに感じが似てて。
 なんていうか、今からこいつイジメるから皆もノってねー、みたいな。

「な、なんだ? いきなり丁寧な話し方しやがって、
 気味がわるいな……」

 おっとしまった、演技を忘れていた。
 ごまかそう。

「アドバイスをくれた先輩に敬意を払うのは当然じゃないですか」
「お、おう、そうか?」

 馬面は照れていた。
 こいつ、チョロいな。

「おかげで、依頼も無事達成できましたよ」
「なに?」

 完了と書かれたカードをピラピラと見せる。
 すると、馬面は素直に感心してみせた。

「すげえな、この町じゃ、ペットって中々見つからねえんだぜ?」

 そりゃそうだろう。
 行方不明になる理由が人の手によるものなんだからな。

「ま、『デッドエンド』のルイジェルドなら、軽いですよ」
「マジかよ……偽物のくせにやるじゃねえか」
「ホンモノだっつってんだろ!」

 最後に演技をして、カウンターへと向かった。
 職員に完了カードと三人分の冒険者カードを差し出す。
 しばらくして冒険者カードと、古びた百円玉のような硬貨が一枚帰ってきた。
 うーん。安っぽい。

 戻ってくると、ルイジェルドに馬面が話しかけていた。

「よー、どうやって見つけたんだ? 参考までに教えてくれよ」
「狩りの追跡術を使っただけだ」
「狩り! お前の部族ってなんて所だっけ?」
「……スペルド族だ」
「なんてな。わかってるって。そのペンダントを見りゃあな」

 馬面の男の目は、ルイジェルドの胸元、ロキシーのペンダントへと注がれていた。

「おれぁノコパラ。Cランクだ」
「ルイジェルドだ。Fランクだな」
「Fなのは知ってるっつの! ま、分からない事があったらなんでも聞けよ。先輩としてなんでも教えてやるからよ! ガハハハ!」

 ルイジェルドと馬面ノコパラは、楽しそうに会話をしている。
 あの嫌われ者のルイジェルドが人と喋っているというのはいい事だ。
 だが、余計なことを喋ったり、突然キレて襲いかかったりしないか心配だ。
 特に、子供関係のことは触れないでやってほしい。

 心配と言えば、隣に座るエリスも心配だ。
 隣に座っているエリスをちらちらと見て、たまに話しかけてくる奴がいるようだが、言葉がわからないので返事をしない。

「ねえ、あんた、その剣いいわね。どこで手に入れたの?」
『…………』
「ちょっと! なんとか言いなさいよ」

 一人の女戦士が、彼女の無視にムッとしたのが見て取れた。

「どうしました?」

 慌てて間に入る。
 すると女戦士は「ケッ、なんでもないよ」と言って立ち去った。
 代わりに、ノコパラが話しかけてきた。

「ボウズか、ちゃんと報酬は受け取れたのか?」
「ええ、屑鉄銭1枚。僕らの初めての稼ぎです」
「ハハッ、さすがにやっすいなあ」
「小さな少女のなけなしのお小遣いをそんな風に言っちゃいけませんよ」
「安いのは安いだろうが」
「金額はね」

 あの幼い少女が猫を探すために貯金箱を割った。
 そんな光景を思い浮かべてみれば、
 屑鉄銭1枚という金額が安くないことはわかるだろう。

「あんたにはこの価値はわかりませんよ。
 あっち行ってください、シッシッ」
「んだよ、ツレねーなー。ま、頑張れよー」

 ノコパラは手をひらひらと振りながら、ギルドをうろつき始めた。
 こいつは、本当に何の仕事をしてるんだろう……。


 ともあれ、こうして俺たちは初めての依頼を終えた。
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