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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

最終章 完結編

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第二百六十話「最後の夢」

 気づけば、白い場所にいた。
 いつもの白い場所だ。
 この世界に来てからせいぜい両手の指で数えられる程度しかきていないが、それでも何度もきている白くて何もない場所。

 そして、俺の姿はここに来ると、相変わらず前世のままだ。
 出っ張った腹に、ぶよぶよの指。
 重い体に、無力感。
 しかし、不思議と、もう、いやな感じはしない。
 胸の奥底から湧き上がってくるようないらだちは感じない。
 これはこれでいいかと、そう思えた。
 この場所に来るのが、久しぶりだからだろうか。
 それとも……。

「……あれ?」

 おかしい。
 久しぶりもなにも、俺は腕輪をはずした記憶がない。
 外すはずもない。
 だというのに、なぜこんな所にいるのか。

 あれ。
 そもそも、俺は何をしている所だったっけか。
 今日、寝る前にしていたことが思い出せない。
 多分こう、子供を作ったりする行為だったようにも思うが……。

 いや、でも長いことそういったことをしていなかった気もする。
 ここ10年ぐらいはご無沙汰だったような気もする。
 なんだか、記憶が曖昧だ。

「やあ」

 記憶は曖昧だが、視界は良好だ。
 この白い場所には、いつもどおり、奴がいた。
 モザイクの塊。
 ヒトガミだ。

 でも、どうした事だろうか。
 ヒトガミの調子が、何やらおかしい。

 体が、バラバラだ。
 その上、四肢それぞれが魔法陣のようなもので縫いとめられて、半透明の鎖で縛られているように見える。
 RPGのラスボスみたいだ。
 なんていうか、右足あたりから倒さないと復活の魔法を使われて厄介そうだな。

「……」

 どうしたんだ?
 封印されし堕天使ごっこか?

「やられたんだよ」

 誰に?

「君がそれを聞くのかい?」

 俺以外に誰が聞くんだよ。
 この場に、俺以外の誰かがいるってのか?

「……あっちを見てごらん」

 言われて、俺は振り返る。
 そこには、大勢の人間がいた。
 彼らが、こちらに背を向けて立っていた。

 知らない奴ばかりだ。
 見知らぬ男に、見知らぬ女。
 見知らぬ魔族に、見知らぬ人族。
 全員で、八人ぐらいか。

 その中に一人、俺の知っている人物がいた。

 オルステッドだ。
 彼は変わらない。
 だが、変わっている点もある。
 黒いヘルメットが無いのだ。
 その上、顔には大きな傷跡が残っている。
 傷のせいもあって、いつも以上に恐ろしい顔に見える。
 しかし、それなのに周囲にいる人間は彼に対して笑いかけていた。
 オルステッドは相変わらず怖い顔だが、やや柔らかい表情を見せているようにも見える。
 会話の内容は聞こえないが、それでも互いに信頼しあっているのが見てとれた。

 話をしているのは……少年だ。
 年齢的には17か18といった所だろうか。
 短髪で、スポーツができそうな顔をしたイケメンだ。
 リア充の顔だな。
 顔立ちは東洋系か。
 それにしても、いい笑顔だ。オルステッドの呪いは効いていないのだろうか。

 彼を見ていると、集団の中、一人の女性が立ち上がった。
 集団の中に隠れるように座っていたその子は、女性というより少女と言うべきか。
 青い髪の少女だ。
 すぐ近くには、白く巨大な狼が控えている。

 ああ、彼女もどこかで見たことがあるな。
 ロキシーに似ている。
 でも、ロキシーじゃない。
 ミグルド族なのは間違いないが、俺がロキシーを見間違えるはずがない。
 じゃあ、誰だろうか。
 もしかして……ララ、か?

 そう思っていると、彼女は俺に向かって、手を振った。
 いや、俺じゃあるまい。
 俺の後ろ、ヒトガミに向かって手を振ったのだろう。

 すると、近くにいた男性が、彼女に話しかけた。
 大方、なにをしているんだと聞いているのだろう。
 彼女が何かを答えると、男性は驚いた顔でこちらを向いた。
 彼もまた東洋系の顔だ。
 ああいうタイプの顔は、この世界には少ない。
 もしかすると、日本人だろうか。
 年齢は20代……30には行ってない気がする。

 彼はこちらに向かって、お辞儀をした。
 動作が日本人っぽいから、やはり日本人かもしれない。

 そうしていると、全員が一斉にこちらを向いた。
 若者もいたし、老人もいた。
 最初は八人だと思ったが、もっと大勢の人間がいるようだ。霞が掛かって見えにくい。
 知っている顔は、オルステッドぐらいだが……。
 ああ、でも、あれはエリスだろうか。
 赤い髪を三つ編みにした剣士も、こちらを見ている。
 でもエリスとはちょっと違うな……。

 彼らはこちらに向かって、思い思いに礼をした。
 ヒトガミに対してだろうか。
 いや、それにしては、少し具合が違う。
 なんだろう。

 そう思って見ていると、彼らはララの描いた魔法陣に乗って、どこかに消えた。
 全員、こつぜんと、姿を消した。
 魔法陣が残った、淡い青色に光る魔法陣。
 そして、しばらくして、魔法陣も光を失って、消え去った。

 何も、無くなった。

「彼らは、寄ってたかって僕をなぶり者にして、こうして、バラバラにして、封印した。
 僕が死んだら、最後に残った人界も滅ぶかもしれないから、ってね」

 滅ぶのか?

「知らないよ。滅んだ事なんてないんだから」

 そっか。
 そりゃそうだな。
 自分の死んだ後の事なんて、誰もわからんよな。

「満足かい?」

 何が?

「これが、君が望んだ結末だ。
 僕は全ての能力を封印されて、ここで一人、生き続ける。
 世界を存続させるためだけに、生かし続けられる。
 もう、世界を見ることもできない。誰かに話しかけることもできない。
 この先ずっと、この真っ白い、何もない、無界の光景を眺め続けるんだ」

 どうだろうな。
 満足かどうかって言われても、わからん。
 俺の目的は、お前をどうこうする事じゃなかった。
 ただ、シルフィとロキシーとエリスと、幸せに暮らしたかっただけだ。
 仕事に行って金を稼いで、帰って来て家族みんなでご飯を食べて、夜になったら寝室でしっぽりと子作りをする。
 普通の……そう、普通の生活だな。
 俺の考えうる限り、最大限に幸せな普通だ。

「君の幸せは、僕の不幸せだ」

 そっか。
 じゃあ、満足だよ。
 お前は今、最高に不幸そうだしな。
 お前がそうなったってことは、きっと俺は幸せなんだろう。

「そうか……そうかい……憎らしいな」

 ヒトガミの表情はわからない。
 だが、声音は憎いというものではない。
 ただ悲しみに包まれていた。
 泣きそうな声で、ヒトガミは言った。

「僕は君が、嫌いだよ」

 そうか、俺はお前が――。


 意識が途切れた。


---


 目が覚めると、そこはベッドの中だった。
 大きな、大きなベッドだ。
 人が三人ぐらい横になっても大丈夫なぐらい大きくて、そしてふかふかのベッド。
 隣には誰も寝ていない。
 首と目は動くが、体はあまり、動かない。
 なんだか、やけに毛布が重い。

 目線だけを動かして、ベッドの外を見る。
 そこには、一人の赤毛の少女が座っていた。
 キッと釣り上がった目に、勝ち気そうな顎のライン。
 エリスにそっくりだ。
 でも、髪型はおとなしい三つ編みだし、エリスよりずっと小さい。背も、胸も。
 年齢は、5才ぐらいだろうか。

 彼女は俺と目が合うと、手に持っていたものを取り落とし、飛び上がった。
 がたんと椅子が倒れ、転びそうになるのを、俺は咄嗟に支えてやった。

 体が動かないのに、どうやって支えたのか。
 自分でもよくわからなかった。
 ただ、少女は中空に手をつき、転ぶことなく体勢を立て直し、トンと床に足をつけた直後、部屋から出て行った。

「ママー! ママー! ひいじいちゃんが目を覚ましたよ!」

 ドタドタと走る音を聞きながら、俺は彼女が持っていたものを見る。
 龍神の文様が刻まれた腕輪だ。
 はずした覚えはなかったが、そうか、眠っている間に、彼女がはずしたのか。

 俺は腕をよろよろと動かして、腕輪を手にとった。
 やけに重い。
 違う、重いのではない、力が入らないのだ。
 腕輪一つ持ち上げることができないぐらい、俺の腕は細くなっていた。

 と、そこで、部屋の隅にある鏡が目に入った。

 そこには、ベッドに沈む、今にも死にそうな老人の姿が見えた。

 白いひげ、白い髪。
 深く刻まれた皺。
 顔全体からは、死相が浮かんでいる。

 ああ、思い出した。
 俺は今、74歳だ。
 でも、あれ。
 それ以外の事は、あんまり、思い出せない。
 記憶にもやが掛かったようだ。
 俺の家に、こんな部屋、あったっけか……。

「ルディ!?」

 部屋に飛び込んできたのは、白い髪の女性だ。
 年齢は40代ぐらいだろう。
 もう、立派なおばさんだ。
 彼女は俺と目があうと、すぐに俺の傍に駆け寄ってきて、毛布の上に出した手を握ってくれた。

「シルフィ……かい?」
「うん……そう。そうだよ、ルディ。シルフィエットです」

 シルフィは優しく、教えるように言った。

「ボクの事、わかる?」
「ああ……ああ、わかるよ」
「俺、どうしたんだ?」
「どうもしてないよ。ちょっと、長く眠ってただけ」

 眠ってただけか。
 そうか。
 確かに、なんか眠いもんな。

「でも、体が動かないんだ」
「うん、そうだね……うん……」

 シルフィは質問に答えてくれない。
 ただ、労るように、俺の手を撫でている。
 まるでボケ老人でも相手にするかのように……。

 あれ、もしかして、俺。
 ぼけてたとか?
 記憶が無いのは、そのせいか?
 あれ?

 74歳って、そんな歳じゃないだろうに。
 でも、本当に74なのか?
 実はもっと、歳を食ってたとか。
 もっと、長い期間、ボケてたとか……?
 俺は一体、どれだけ長い時間、寝たきりになっていたんだ?

「怖いな……」
「大丈夫だよ、ボクがついてるから」

 ぎゅっと、俺の手を握るシルフィの力が強くなった。
 それだけで、少しだけ恐怖が薄れる。
 けど、まだ、怖い。

 そう思ったところで、部屋の中にぞろぞろと人が入ってくるのが見えた。
 赤い子、青い子、金髪の子。
 若者に、中年に、老人。
 彼らは、俺の眠るベッドをぐるりと囲むように、立った。
 どれも、どこかで見たことがあるような顔だ。

「ほら、ルディ。みんな、来てくれたよ」
「ああ……」

 でも、どうしてだろう。
 誰一人として、名前が思い出せない。

 あ、一人、分かるのがいた。
 一番後ろから、ゆっくりと入ってきて、扉を閉めた人物。
 小さい背をした青い髪の少女。
 髪型は、三つ編みだ。
 変わらないな。

「ロキシー」
「…………ルディ」

 彼女は俺を見て、一瞬だけ泣きそうな表情になった。
 だが、すぐにシルフィの横にきてくれた。
 そして、俺の頭をゆっくりと撫でてくれた。

「ルディ、ご苦労様でした」
「ありがとう、ロキシー……師匠」

 ふと、師匠という単語が俺の口から漏れた。
 ロキシーの目から、ポロリと涙がこぼれ落ちた。
 慌てて拭って笑みを浮かべたものの、口元のあたりは笑いきれず、歪んでいた。
 そこで、一つ疑問が浮かんだ。

「エリスは? いないのかい?」

 いつもなら真っ先に駆けてくるであろう女性の姿が見えない。

「ルディ、エリスはね、もう、先に行ったんだ?」
「どこに?」
「ルディの事を、待ってるんだよ」

 ああ。なるほど。
 そうか。

「俺は、彼女を看取れたかい?」
「うん。大丈夫だよ。3日も泣き続けてたけど、ルディはちゃんと乗り越えたよ」

 ああ、おぼろげながら、思い出してきた。
 エリスは確か、70歳を越えてからも元気にトレーニングをしてたんだ。
 けどある日、ランニングをして、素振りをして、帰ってきて、ベッドにバタンと倒れて、そのまま起きなかったんだ。
 俺が気づいた時には、もう死んでしまっていた。
 もしかして、もっと早くに気づいていて、治癒魔術を掛けていれば治せたかもって、泣いたんだったなぁ……。

 でも、そっか。
 そんなことも、憶えていないのか。
 てことは、俺も、もう、長く無いんだなぁ……。

「ごめんな。集まってもらったのに、誰が誰だか、わかんないや」
「うん。大丈夫だよ。えっと……向こうから、ボクたちの孫で、ルーシーの子供のローランドでしょ、その隣が――」

 シルフィは、一人ひとり、指差して教えてくれた。
 ここにいるのは、ほとんどが孫か、曾孫らしい。
 子供たちは、どこにいったんだったか。
 ああ、みんな独り立ちしたんだったか。
 みんな、遠くに住むようになったんだ。

「それで、あの赤い髪の、エリスにそっくりな子が、アルスの孫で、ルディの曾孫のフェリス」
「ああ、俺を起こしてくれた子だね」

 赤い子は、ややバツが悪そうにしていた。
 俺から腕輪を取ろうとしたことを怒られやしないかと、ビクついているのだろうか。
 しかし、彼女はどこかで見たことがある気がする。
 ああ……。
 そうだ、ヒトガミの夢だ。
 大勢いた中に、彼女もいたような気がする。
 うん、そうだ。
 いた、確かにいた。今よりずっと歳を食ってたけど、確かに。

「おいで」

 そう言うと、彼女は泣きそうな顔で前に出てきた。

「これ、君がはずしたのかい?」

 腕輪を指さすと、彼女は涙をぽろぽろと流した。
 怒られるのを不可避とみて、泣き落としに入ったか。

「ごめんなさい。だって、綺麗だったんだもん」
「そうか、じゃあ、君にあげよう」

 そう言うと、彼女はきょとんとした顔で俺を見た。

「いいの?」
「その代わり、もう二度と、人のものを取っちゃいけないよ」
「……うん。約束する」
「よし、いい子だ」

 ゆっくりと手を伸ばし、頭を撫でてやる。
 彼女はもしかすると、後で怒られるかもしれないが、まあいいだろう。
 別に、甘やかしたって、俺の責任にはならないし。

「みんな、元気そうだね」
「うん。元気だよ」

 それを聞いて、安心した。
 これだけ孫がいて、曾孫がいるなら、そりゃあ、みんな元気だろうとも。

「それはよかった。頑張ったかいが、あったなぁ……」

 力が抜けると、フェリスの頭から、手がずり落ちた。
 周囲がざわめく。
 大丈夫。
 いきなりぽっくりいったりはしないよ。
 もうちょっと、寝たきり老人を続けるよ。

 そう思っていると、誰かが部屋に入ってきた。
 背が高い。
 そして、銀髪で、怖い顔だ。

「ルーデウス」
「……オルステッド様」

 彼が部屋に入ってきた途端、部屋の空気が変わった。
 緊張?
 警戒?
 いいや、もっと緩いものだ。
 安堵と信頼だ。

「ヘルメット、被らなくていいんですか?」
「ああ。かぶると、お前の孫に泣かれるからな」

 オルステッドがそう言うと、周囲に笑いが起こった。
 もう泣きませんよ、とか、昔はギャン泣きだったね、とか、様々な声が溢れる。

「もう素顔の方は怖がられないんですね」
「いや、呪いは変わらずだ。お前の子供や、孫だけは、関係ないがな」

 オルステッドの顔は、出会った当初より、ずっと穏やかに見える。
 怖い顔なのは相変わらずだが、リラックスしている、とでも言うべきか。

「そういえば、オルステッド様」
「どうした?」
「先ほど、腕輪を外した時に、ヒトガミの夢を見ました」
「……使徒に、なったのか?」
「さぁ、それはどうでしょうね。本当にただの夢だったのかもしれませんし……もし使徒になっていたら、どうします? いつもみたいに、殺してしまいますか?」
「ああ、無論だ。俺は裏切り者には厳しいからな」

 オルステッドは真面目くさった顔で言ったが、しかし冗談だとすぐにわかった。
 周囲は笑っていたし、オルステッドも殺気を放っているわけではなかった。
 もうすぐ死にそうな寝たきり老人の前でやるものではない気がするが……もしかすると、鉄板ネタなのかもしれない。

「夢は、オルステッド様がヒトガミに勝利し、ヒトガミが封印される夢です」
「いい夢だな」
「ええ、とても、ね」

 もしかすると、あれは未来の出来事だったのだろうか。
 リアリティはあったが、しかし、夢なんてものはいつだってリアリティ満載だ。

「夢の通りになるように、頑張ってください」

 オルステッドは、真剣な顔で頷いた。
 流石に50年近く顔を合わせていると、彼の表情もわかるようになった気がする。

「今まで、ご苦労だった。お前は安らかに眠れ」
「はは……まだ、寝るには早い時間ですよ」

 もう少し、起きていたい。
 気分は悪くない。
 体はあまり動かないが、日差しが当たってぽかぽかと気持ちがいい。

「もう少し、起きていますよ。もう少し……ね」

 起きていても、別段、やりたいことがあるわけじゃない。
 ただもう少し、もう少し、ここにいる面々の顔を見ていたかった。
 それだけだ。

 言ってみれば、そう。
 ちょっとだけ、名残惜しいだけだ。

 もうあと一時間か二時間か、あるいはほんの十分でもいいから、彼らを見ていたい。
 話しておくべきことがあるわけではない。
 何も未練は無かった。
 後悔も無かった。

 ただちょっとだけ、今のこれが、心地いい。
 それだけなのだ。

「もう少し……」

 そう思いつつ、俺のまぶたは落ちていく。
 次第に、次第に、落ちていく。
 最後に、エリスによく似た顔の子が見えた。
 シルフィとロキシーの顔が見えた。

 目を閉じた。





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